2009年06月28日
三沢プロレスの遠き向こう
三沢プロレスの遠き向こう 文筆家・美城丈二 三沢光晴・ノア代表の今回、信じがたいリング上での“死”は殉死であろうか。一報を聞き及んだ僕には少なからず、そういう思いが充満して仕方なかったです。現代という時代と等しく、耐性の無くなったファンによって過酷な闘いを強いられ続けた果てに今回の“死”が横たわっているような気がしてならなかった。
posted by 美城丈二 |15:18 |
魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
三沢プロレスの遠き向こう 文筆家・美城丈二 三沢光晴・ノア代表の今回、信じがたいリング上での“死”は殉死であろうか。一報を聞き及んだ僕には少なからず、そういう思いが充満して仕方なかったです。現代という時代と等しく、耐性の無くなったファンによって過酷な闘いを強いられ続けた果てに今回の“死”が横たわっているような気がしてならなかった。
posted by 美城丈二 |15:18 |
魂暴風Personal【格闘技の在り処】 |
現プロレス界の至宝、プロレスリング・ノア代表、三沢光晴社長の未だ信じがたい訃報に接し、こころより哀悼の意を述べさせていただきます。 「どうか御霊が安らかであられますよう」 合掌 美城丈二
posted by 美城丈二 |16:07 |
魂暴風【pickup report】 |
初出:2007・6 (筆者注;このコラムは2007・6、当サイト掲載文です。不定期にて過去コラムにおける多数の筆者宛てコメントメールを賜った上位作を再掲載しております。) モンスター・ロシモフ、言うまでも無くのちに“人間山脈”とネーミングされた、アンドレ・ザ・ジャイアントの初来日時(1970年)、国際プロレスでのリングネームである。この初来日時に、あのバーン・ガニアにその素質を見込まれ、乞われるままに渡米、AWA圏内をサーキットしながら、ガニアの指導を受けた。このガニアとの出会いが、ただの“でくのぼう”と評されたアンドレのレスラー人生を一変させた。一年後、国際プロレス主催の第3回・IWAワールドシリーズにおいて、“人間風車”ビル・ロビンソン、“神様”カール・ゴッチを押さえ、堂々の戴冠を得る。 ゴッチとの対戦では、当時としても既に2メートルをゆうに超え、200キロ近い巨体であったが(アンドレは、悲しいかな、巨人病の典型でその後も身長・体重ともに増え続けるという、生まれながらの性を背負っていた).、多くのファンはあの巨体をどういなすのか、注目の決戦となり、有識者の指摘によれば、見事、ゴッチは完璧なジャーマンで投げつけたが、その時、レフェリーは失神していたが為、変わって飛び出してきたサブ・レフェリーにゴッチがカウントされ、敗れるという波乱を生んでいる。 しかし、当時の大人たち、プロレスファンはアンドレのその部類の強さを認め、讃えたはずだ。いまでも残る、一葉の写真。表彰式でのアンドレのなんともいえぬ微笑がそれをまざまざと物語っている。その横に並んだ、ロビンソンとゴッチのこれまた納得づくとも思えし、笑顔。あのまさに“プライド”の塊とも揶揄されたロビンソン、ゴッチがふくよかに笑って写真に納まっている姿にはなんとも言えぬ感慨を抱かせる。この一葉を望むだけでも、残念ながら、その試合をまったく記憶に留めていない私にですら、いかにアンドレの強さが顕著であったか、窺い知れよう。 そうしてその微笑の底から覗く、ひととしての優しさ。ゴッチ、ロビンソンが讃える、強きものが強きものを知る、強きものこそが持つ、慈愛なる精神。まさにその瞬間を捉えた貴重な一葉の写真であろうと思う。 大昔から、プロレスほど世間から、“常識”という目をそそがれ、野蛮だ、八百長だなんだと疎外されてきた格闘ジャンルも無い。その誠に特殊な競技にのめりこんでしまった者達は、ときにひとによっては口泡吹かし抗弁し、時に怒りを胸に潜めつつ反論し、時にフンとただその一々説明せねばならぬ状況に嫌気がさし、横を向いた。 そのような時でもあの、アンドレの有無を言わさぬ大男の佇まいはなんと、プロレスファンに溜飲を下げさせたものか。 「あの、アンドレを見よ!!」 「あのプロレスラーに勝てる格闘家が居るのか!?」 私は幼い時分からアンドレの痛められっぷりに、なんともいえない「怪物退治」というプロレスファンの中でさえ巣くっている、蔑視の目というものが介在しているさまを見出してしまって、そのやられっぷりはほどなく好まざるものになってしまっていた。 いつぞやか、私も子供ながらにその“悲鳴”が演技であると察してはみても、なんだか度し難い想いが込み上げてきて、見ていられなくなってしまったものだ。 後年、そんなアンドレの、実際、演技とはとても思えぬ“醜態”をも見てしまったとき、私は殊更に“巨人”なるものの悲哀を見るようで忍びなかった。試合が経過すればするほど、そのスタミナのロスが露呈してくる。足がもつれ、自身から勝手にマットにくず折れてしまうアンドレ。物心ついた時分に見たアンドレとはあきらかに違う、異体。 (ああ、あれはもしや、もはや・・・) 成人した私の中で翳ってきた思い、憂い。 のち、アンドレは故・馬場氏に乞われ、全日本プロレスに参戦。もはや、あの頃のアンドレに、あの“プロレスラーの強さとしての象徴”その影は微塵も感じられなかった。 1993年1月27日、逝去、享年47歳。 黄泉の国で静かに横たわるMr,アンドレはいまや何を夢見、何の往時を振り返っているのだろう。 ロビンソンとも違う、ゴッチとも違う、テーズの色とも違う、まさに強さという域を超越した“凄み”・・・。 私は今でもこう、思って止まない。 「Mr,アンドレ。プロレスの“凄み”を有り難う。プロレスの“強さ”を有り難う。あなたこそ、プロレス界史上最強のプロレスラーでした」と。プロレスは何も“強弱”ばかりを競う格闘浪漫ではないのだ。その底に見るジャンル特有の“悲哀”・・・…。若くしてそのことに踏み込めた私は誠に幸せ者であった。 ☆筆者・電子書籍ベストセラー作、誠に嬉しき限りです。⇒『魂暴風anthology-Act1 The best selection』 *Thought・10’s chapter title 『はじめに道ありき“新日本プロレス道場編”』 『もはや甦ることは無い “人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑』 『12歳の疾走“ミル・マスカラスに想いを馳せた、片路48km” いまもきっと胸に棲む、青春の瞬間(とき)』 『“プロレスの凄みを引き出す”猪木、天龍、小橋が体現してみせた vs“不沈艦”スタン・ハンセン戦』 『脆さと優柔不断ぶり“師に反発し、師をこよなく愛した両雄” 藤波辰爾とジャンボ鶴田』 『“最強”かつてそこに執着した、在るファンが見た一夜の幻!? 小川直也とは一体、何者であったのか!?』 『「プロレス道に悖(もと)る」猪木の求心力を著しく貶(おとし)めた、 あの事件“前田日明”【長州力顔面襲撃事件】』 『“Is it cheerful?(やぁ、元気かい?)”未だ忘れられぬ名優!! “狂犬”ディック・マードック』 『“立ち上ってくる妖気”踏みとどまることを知らぬ小橋建太という、執念』 『“アルバトロス殺法”キラー・カーン“あほうどりが奏でたプロレスラーとしての 矜持ゆえの夢”』 ☆☆☆ さるプロレスラーの方のご招待をお受けし、先だってよりミクシーの方にも参入致しております(笑)。文筆家として柔らかい発想を保ち続けたいとの想いと、こういう輪の拡がりも大事かなと考え、ご招待をお受け致した次第です。 もしや、こちらをご覧の方々でミクシーの方もされておられる方がいらっしゃるかも知れません。どうぞ、コミュニティ“オノレ・ド・バルザック”や“ヘルマン・ヘッセ”で検索してみてください。メンバーの中に私がおりますよ。ミクシーでもお気楽にメッセくだされば嬉しいです。ただいま、マイミク大募集中!!(笑)
posted by 美城丈二 |11:55 |
“魂暴風”popular request column |
(筆者注;このコラムは2008-03-29当サイト掲載文です。不定期にて過去コラムにおける多数の筆者宛てコメントメールを賜った上位作を再掲載しております。) ☆『ブルーザー・ブロディ 私の、知的反逆児』バーバラ・グーディッシュ&ラリー・マティシク/共著 田中雅子/訳(東邦出版刊)を読ませていただいてつらつらと思ったこと。 おそらく、妻で無ければここまでは語れまいと思われる告白体に生々しさが横溢し、一気に時を20年前に遡らせる。読み綴るままに感じることは、「やはりブロディはフランク・グーディッシュという一己のひとであったのか?」という、あまりにも“らしい”その生き様がありありと投影されており、息が詰まるほどの切迫感がまるで自身のことのように生々しく往時を回想させてしまう、点。二人目の子息を流産し、その8日後にブロディがプエルトルコの地で冥土に臥されたとの衝撃告白は、ファンならずとも胸が詰まるほどであった。 普段、日常のブロディを、妻として身近に接してこられたひとで無ければ告白することが出来ぬであろうと思われる、その迫真性にしばし思いが滞り、のちふつふつと感慨が沸き立って仕方無くなる。 あれは、時の週刊プロレスの表紙であったろうか?棺の中でまるでメシアの如く両の瞼を閉じたブロディの在り様。あまりの、突然の悲報に驚かざるをえなかった記憶がまるで昨日のことのように甦り、思い起こされる。
posted by 美城丈二 |18:43 |
“魂暴風”popular request column |
山口敏太郎事務所 くまき由佳画伯 ある雑感【INOKI SPIRAL】タダシ☆タナカ+シュ-ト活字委員会 徹底検証!猪木vs.アリ戦の“裏”を読む。(筆者注;このコラムはミルホンネットブログ欄とダブルポストにて記したものです。) いよいよと言うべきか?或いは、やはり一筆したためられたのだなとの想い。タダシ☆タナカ先生の最新作、 『タダシ☆タナカ+シュ-ト活字委員会 徹底検証!猪木vs.アリ戦の“裏”』(ミルホンネット刊) を読ませていただいた。 「世紀の大凡戦」から「これこそ真剣勝負の極み」、との評価変遷のち、とかくダークな部分をも後世に様々な形で伝わっている、猪木vsアリ戦。筆者も先だってのTV放送(テレビ朝日開局50周年特別編成番組)を見て、感慨を自身のサイトに吐露させていただいたが、あくまでも少年時の記憶を呼び覚ますものであり、突っ込んで論評した次第では無い。 主旨は飽くまでも一ファンが見た記憶をなぞっておくことも一興かなと思って記した次第であるから、無論、この一戦のダークな部分への紐解きまでは突っ込んで筆をしたためてはいない。 タナカ先生のお作は、無論、こういった一ファンの感慨の外にあり、また論評する主旨が違うのだから、読む心構えまで変えて読まねばならない。 その視点・解析はこれまでのお作同様、微に入っており、秀逸だった。
posted by 美城丈二 |18:12 |
美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 |
プロレス界という潮流を大きく逸脱した闘い模様。世間をも驚愕(きょうがく)させた一大ビッグイベント。 往年のアントニオ猪木の戦い模様においてやはり外せない一戦と言えばvsM・アリ戦ということでもあるのでしょう。 昨日、テレビ朝日開局50周年記念番組の一環として「伝説スポーツ名勝負 壮絶!!舞台裏の真実」内にて猪木vsアリ戦が取り上げられておりました。私もしばし筆を休め、久しぶりにゆっくりとテレビ画面を見つめることが出来ました。プロボウラー・中山律子さんの12投連続ストライクパーフェクト、故・須田開代子さんとのライバル闘争篇を経ていよいよ猪木vsアリ、伝説の一戦の舞台裏が一部分ではありましたが、明かされておりました。 内容自体はいまや多くの格闘技ファンが見知る内容以上のものではありませんでしたが、懐かしい、思い起こせばこのシーンは覚えがあるなだとか、様々な想いがよぎった次第です。 秘蔵の、とまではいかずとも、いつぞやか目にした記憶がある猪木の姿に、やはりこの一戦に賭けていた猪木自身の並々ならぬ意欲、野心とでも言うべきものでしょう、そういったものがまさしく全身からほとばしっているとでも表現したくなるほどの“意気軒昂”ぶりが際立っておりましたね。“ビッグマウス”アリに対し、冷静沈着さを装いつつも“プロレス界の元祖パフォーマー”猪木らしいマイク応戦の一部始終。 吼(ほ)えるアリにはらわたが煮えくり返っているはずなのに穏やかげに応酬する猪木。往年の猪木信者にはまさにその頬もほころびかねない“絵”だったのかも知れません。 今更ながら振り返れば、様々な検証ごとがこの一戦のち、多くの関係者によって披瀝されており、無論、ジャンルを背負っているが為にどちらも負けるわけにはいかないのですから、引き分けという結果は「さにあらん、いた仕方無し」ということではあるのでしょうけれど、当時は勿論、私を含め、まず大抵の人間はどういう結果に落ち着くのか?興味津々でした。 特にプロレスファン、まして猪木派のプロレスファンにとってはなんとしても猪木に凱歌が上がってほしかった、そういう思いこそ私も強く意識しつつ見つめていたはずなのですから、無残かな、淡く、或いは深く私の願望は気泡と化し、一戦後は涙した記憶がございます。 (何故だ!?何故、猪木は寝転がってばかりだったんだ!?) 当時は、この思いがまさしくぐらぐらと胸中を駆け抜け、幼いながらに苛立つ自身を抑えることに必死になっていたような・・・・・・。 過日、休みが明けて学校へゆくとクラスの幾人かが、私に対して「猪木は逃げてたよな?」このようなことを言って馬鹿にしてくる。腹立たしいやら悔しいやら、なんだかない交ぜの感情が私自身に襲ってきた、そういった想いがまた鮮明に想い出されました。
posted by 美城丈二 |20:23 |
プロレス、この果て無き浪漫 |
☆魂暴風【pickup report】Once again『ある極悪レスラーの懺悔』 ミスター・ポーゴ著 武道・プロレス・格闘技ファイト!ミルホンネット配信 その、事のもともとの起因は様々な形でプロレス界に関わりを持たれる山本雅俊氏が、ミルホンネットさんに推薦され、今回、配信開始としていよいよ上梓される運びとなったもの。 ⇒『ヤマモブログ・My Dear Life』 ご縁あって、今回、筆者も解説者としてこの配信プロジェクトに参加させていただいた。もとより、実際に一字一句、あの“極悪大王”が携帯のメール文として打ち込み、ミルホンネットさんに送られてきたものが、今回の配信につながった事実が筆者に特別な感慨を抱かせたのは本当の話しです。筆者も、そんな著者であるポーゴ氏の熱意に負けぬよう、気持ちを込めて書かせていただいた次第。 今後も続々配信されようから、筆者も“昭和プロレス者”の末席に位置する者として、その続編刊行を愉しみに致しております。 プロレスとは、“人生の綾(あや)”をも映しだす、まるで手鏡のごとし・・・・・・。 ⇒『「ある極悪レスラーの懺悔(ZAN-GE)」配信開始!』 長年、様々な蔑視を受けてきたプロレス界。けれど、まことに多くの人々に共鳴を与えてきたこともまた事実でしょう。ひとの喜怒哀楽、そんなまるで自分の中の様々な感情を映しだしているかのような“人生の綾”をも導き出す、プロレスという格闘浪漫の世界を筆者なりにそこかしこで書きとめてきた者として深い溜め息と感銘がいま静かに筆者の胸に去来いたしております。 ☆☆美城丈二・最新稿出来!!史実をもとに再検証、お陰さまで反響も上々、筆者も感激致しております。こちらも併せて読了いただければ幸いです。筆者、自信の一作です。⇒『美城丈二のセミファイナル』
posted by 美城丈二 |15:32 |
魂暴風【pickup report】 |
【本年も残すところ、あと僅かとなりました。ご愛読賜り、まことに嬉しく、また多くの暖かいメールコメントも頂戴し、有難うございました。明くる年は文筆業様々、少しづつでも結実していけたらと思案致しております。今後とも宜しくお見知りおきくださいませ。皆様の明くる年、より良き年であられますよう、心より祈念致しております。良いお年を! 筆記2008・12・29 美城丈二】まさしく、その男、田中章仁(あきひと)。 キン肉万太郎への転身。 夢を壊すも何も、FEG谷川貞治代表&DREAM笹原圭一イベント・プロデューサーが「全日本レスリング7連覇、学生レスリング6冠ですよ。高校時代から負けてないんですよ。」などと正体をばらしているのだから誰でも容易に想像がつく(厳密には03年の全日本選手権で2位に甘んじたり、北京五輪予選最終ステージ第1戦ではロシアの強豪・ムスルベスに判定負けを喫していたりするが・・・・・・)。 その実績は北京オリンピック柔道男子100kg超級で金メダルを獲得した石井慧(さとし)と同様、超一線級である。 福岡県出身の田中は当年、25歳。 まさしく夢を繋ぐやも知れぬ逸材だ。 高校時代からレスリングを始め、フリー・グレコで全国制覇。 専大進学後はフリー130kg級全日本選手権で優勝。 02年からはフリー120kg級で連覇を達成。 史上6人目となる学生4冠 (全日本学生選手権フリー&グレコ、 全日本大学選手権、全日本学生グレコ) という快挙をも成し遂げた男である。 それにしても世界各地で予選トーナメントを行い、優勝者が一同に会し真の王者を決するだの、K-1の下部組織として「闘魂クラブ」ならぬ「(仮)K-1クラブ」を設置しようとする案があるなど、FEG谷川貞治代表の発想はどこまでも往年の新日本プロレスの模倣のようにも思えるのだからなんとも可笑しい。新日本プロレスの模倣というよりもその発案の下地にかつて格闘技界を席巻したプロレスフィーバーなるものが仄見えて仕方ない。
posted by 美城丈二 |23:35 |
魂暴風【pickup report】 |
『美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代 ~時代の風が男達を濡らしていた頃”』 Act25「ジャンボ鶴田の“自制”」中央大学法学部在籍時におけるレスリング部入部不許可のいきさつはミスターポーゴ、関川哲夫氏の『ある極悪レスラーの懺悔 第1章』に詳しい。 これまで通説とされてきた事柄がいかに風説として歪められてきたか、関川哲夫氏の著述がそれらを雄弁に物語っているが、それはジャンボ鶴田という一時代を築いた、いわば往時の“全日本の顔”であった人間・鶴田友美にも当てはまることだろう。 漏れ伝わってきた、その人間性はまことに温厚そのものといった按配ではなく、我を完遂させようとする強い信念を匂わせるものだった。普段見せる当りは柔らかいが、一度こうと決めたら頑なに意志を貫こうとする強靭さ、やはりジャンボ鶴田も“昭和”のレスラーによく見られた“プライド”をどこか恒に醸しだしているレスラーであった、と私は往時を懐かしく思い出す次第。
posted by 美城丈二 |08:39 |
時代の風・シリーズ“80’S プロレス黄金狂時代” |
“魂暴風”popular request column 優しい目を宿していた。さも起きがけの軽食を喰らい、ほっと満足感に浸っているかのような。 穏やかに易々と伝わってくる、かつて“悪童”と謳われた男の微笑。まるで毒気の抜けた貌(かお)を覗かせている。彼の中で“争い”は終わったのか!?とふと、殊更に思う。思う私は、そんな私に少しばかりの“道化”を感じて、それは淋しさという感情よりも、“時の魔術師”がここにも居たのか?という、嘲りにも似た感情。 時代はとうに過ぎ去ってしまっていたのだ。彼はかつて“最強”を欲しいままにした、そう、屈指のファイターだった。 やがて彼はぽつりと呟いた。 「記憶してもらうだけで幸せだ」 彼にいまや寄り添う風は、もはや彼のものでは無いことをはっきりと自覚しているかのような風情で。 どこにでもいそうな、どこにいても出遭えそうなありふれた目を湛えている。それがまたどことなく温かい思いをも抱かせる微笑であった。 マイク・タイソン。 かつて世界を席巻した、男。 南アフリカの地にて、ロイターのインタビューに応じた際の、彼のこの一言。 「記憶してもらうだけで幸せだ」 婦女暴行罪で刑務所に収監されたことを? イベンダー・ホリフィールド戦にて無性か否か、耳を噛み千切ろうとしたことを?・・・ 子ども向けチャリティー募金活動に勤しむ彼は、 「戦争のない場所であればどこへでも行きたい」と述べ、更に「だが、ケニアには行けない。あそこは内戦状態にあるから」と補足したとも伝えられた。 そうして「もう、自身は“悪童”でもなんでもない。ボクシングへの関心も無い」とコメントを発している。 「年を取り過ぎたと感じる。記憶してもらうだけで幸せだ」と最後に彼は微笑と共にそう、呟いたそうである。
posted by 美城丈二 |23:32 |
美城流追憶稿“あの忘れがたき、漢(おとこ)” |
21歳、若くしてのプロ格闘家への転進。【写真提供;ミルホンネット】 業界の未来を担う逸材として筆者も興味が沸き立つ。 公称では181cm、110㎏、 2004年に講道館杯全日本柔道選手権100㎏級で優勝、 2006年には全日本柔道選手権大会で 史上最年少初出場・初優勝、 2007年では嘉納治五郎杯東京国際柔道大会で 100㎏超級にて優勝、 本年8月・北京オリンピックでは100㎏超級で 金メダルを獲得と実績は申し分無い。 小川直也や吉田秀彦のように“遅れてきた逸材”とは違い、 20代の前半での転進は次のオリンピック出場を待ってからでも 遅くは無かっただけに、 多くの識者が注目することとなる転進でもあった。
posted by 美城丈二 |00:01 |
魂暴風【pickup report】 |
いよいよと言うべきか、ようやくと言うべきか? 本年暮れ、大晦日『Dynamite!!2008』、 その第1弾カードとして発表された このカード、 「桜庭和志vs田村潔司」 筆者も連綿たる思いの一端を かつて当ブログサイトでも書かせていただいたが、 振り返れば“Uの時代”、 思いはやはり、あの頃に行き着く。
posted by 美城丈二 |12:23 |
美城丈二の「僕らは格闘探偵団」 |
度重なる負傷。 特に89年6月22日、ビッグバン・ベイダー戦後の 腰痛悪化欠場は有名だ。椎間板ヘルニアで1年3ヶ月という 長期欠場を余儀なくされる。ドラゴンボンバーズや飛龍革命の未遂、どれも当初の目的を 鑑みれば中途で頓挫しているように思わせるが、 藤波らしい、周囲に配慮した、レスラーらしからぬ温厚な性質が 災いした結果であり、プロレスというジャンルを大局的に 見定めることが出来る識者においては それもこれも「むべなるかな」という ことになる。 いまではアングルではなくリアルとの定説がある、 長州力以下維新軍団の大量離脱騒動でも 「ここで藤波までが離脱すれば 間違い無く、新日本は潰れる」と言われる 最中、踏みとどまったのは何故だろう!? 一旦は離脱の仕掛けに応じたと漏れ伝わる 藤波の真意。 藤波を悪く言う人間は 必ず、その優柔不断ぶりをそしるが いまの新日本の黎明期、その支柱を支えた との認識を持つ私としては とても彼を責められない。 「無我ワールド・プロレスリング」の旗揚げ。 そこに見えるのはその支柱の象徴でもあった 師匠・アントニオ猪木のオーナー職辞任という 影がちらついたからと鑑みるのは 果たして私だけだろうか? 西村修との確執が表面化し、彼が辞していこうとも 多くを語らなかった藤波辰爾という男の真実。 若手に混じってリング作りを手伝っていた 会場における藤波の後ろ背。
posted by 美城丈二 |21:52 |
プロレス、この果て無き浪漫 |
美しさはしなやかさなり・・・・・・ 1978・1・23MSG●カルロス・ホセ・エストラーダ WWWF(現WWE)ジュニアヘビー級タイトルを奪取。 来る同年3・3帰国第一戦●マスクド・カナディアン(ロディ・パイパー) どちらも制したのは、藤波の乾坤一滴、渾身の ドラゴン・スープレックスであった。 人気は俄かに沸騰。 甘いマスクにいかにも日々の鍛錬を思わせる ビルドアップされた姿態。 時のマスコミはカール・ゴッチ仕込のレスリングテクニック、 綺麗に上体をそらせて孤を描く、見事というほかはない スープレックスの凄まじさに “ジュニア界のアントニオ猪木” さもしなやかに動き回るリング上の闘い模様が まるで龍が舞うようだと形容し “ドラゴン藤波”とも はやしたてた。(写真提供:ミルホンネット) あれから、早30年・・・・・・ 時の移ろいは振り返る暇さえも与えぬかのように あっというまに積年を刻んでしまった。
posted by 美城丈二 |21:25 |
プロレス、この果て無き浪漫 |
「マニアに贈る全日本プロレス&NOAH研究」と副題が付された最新号の『G SPIRITS』を読了させていただいた。ご存知、元『週刊ゴング』から二派に分かれた専門誌の一誌であり、私が毎号、楽しみに発売を心待ちにしている雑誌である。1300円という値段を高いと見るか安いと考えるかは昨今の出版事情を考慮に入れた上では微妙なところだろうが、それだけの値打ちを感じる専門誌ならではの切り口は識者間においても定評があり、丹念に織り込まれたプロレスというジャンルに対する愛情が強く感じられて、プロレス者を自認する私としては読み綴っていく段において様々感興を起こさせる良書だとの認識がある。 物事は何事もそれらに対する見識以前の好悪の持ちようで、どのようにでも変わる。専門誌には専門誌なりの位置付けなるものがあって、かつてのプロレス界なる物差しで鑑みれば、猪木寄りであったり馬場寄りであったりするはずだが、この専門誌にはどちらかに寄り偏ったかのようなまさしく“偏見”なるものは感じられない。マスクマンの特集が回を重ねていたり、かなたのレスリング事情が散りばめてあったりと誠にオールマイティな編集方針には好感が抱けるし、その姿勢には感服するほどだ。私は本来、読ませる、読まれるべき文章なるものはこういった偏った見識を見せず、飽くまでも客観視した視点で論じていくべきだとの考え方だから(なかなか、そうは論じれないが)、「G SPIRITS」の奥ゆかしき、けれどきちんと掘り下げてみましょうよというスタンスには賛辞以外の何物も無い。 今号でも底辺にはそういった真摯さが横溢しており、もっともっと多くの人々に読んでもらいたいと思わずにはいられない丁寧な作りであるなと感じた。 それにしてもザ・グレート・カブキこと高千穂明久氏のインタビュー、及び往時のスター達への言及には感が沸き立つものが多かった。そこかしこで知られてきた高千穂氏の辛口批評。筆者も度々見聞きしてはいたが、たとえば故・ジャンボ鶴田氏への言及のくだりは指導した立場ならではの見解もさることながら、かなり辛らつというか、刺激的な内容であった。 私は以前からレスラーのインタビュー記事なるものは本音半分建前半分で読み解いてきた次第だが(下世話な物言いかも知れませんが、やはりどんな立場の方であろうとも微妙な人間関係の“綾”なるものからは逃れられないと思うゆえ)とはいえ、歯に衣着せないといった按配の言説には興がそそられる。世間的には、またプロレスファンには功成り名を遂げた人物との印象が薄い“天才レスラー”“怪物レスラー”故・ジャンボ鶴田氏ではあろうが、こういう見方をまたさらさらと公に出来てしまえる状況が故・ジャイアント馬場氏健在なりし頃と比した場合、隔世の感を受ける。マスコミの一言説にも過敏な反応を示し、かん口令を敷くことが多かったとされる(というよりも無言の圧力というべきか)旧全日本プロレスの黄金期時代では考えられなかった状況、専門誌編集作業というべきであろう。それはすなわち時代の変遷を思わせ、あの当座がかなた古き良き時代の代物になってしまったとの思いは強く抱かざるをえないのだが、読み手側の“読む姿勢”によっていくようにでも読み取れる読み物の深さとしては表題にある通り、丹念に掘り下げていこうという姿勢をも感じさせ、秀逸だったと思う。 専門誌には専門誌ならではの弱点があり、それは言うに及ばず、俗に揶揄されるところの業界側との癒着が暗に感じられる文章の運びに端を発しているわけだが、そこをなんとかして飛び越えようと計る“野心”をも感じられて好もしく思わせた。 連載物では、今号でも私が敬愛する先達“プロレス冒険家”澁澤恵介氏の『世界・ふしぎ再発見』連載があり、毎号、楽しみにしている起因のひとつとなっている。 今回はあのブロディ刺殺事件の本舞台でも知られるプエルトリコがお題であった。こちらも大変興味勘考が未だ消えぬものでありゆっくりとじっくりと読ませていただいた。故・ビクター・キニョネスとの親交もあって現地を訪れた氏に彼が語ったブロディ死因の真相、プエルトルコにおけるプロレスの歴史をも編修なされており、何かと興味は尽きない。 一プロレスファンとして、またものを書くはしくれとしても大いに刺激を受ける『G SPIRITS』。願わくばプロレスなるジャンルが閉塞して止まないという、未曾有の危機的状況と囁かれて久しい昨今、こういった心を傾けた、懸命なる作り物との印象がある“良書”が長く今後も続くことを切に願う。また来号もその発売を楽しみに致しておりますよ。 ☆美城丈二・最新稿出来!!史実をもとに再検証しております。こちらも併せて読了いただければ幸いです。筆者、自信の一作です。⇒『美城丈二のセミファイナル』
posted by 美城丈二 |18:32 |
魂暴風【pickup report】 |