2008年08月25日
ミスター・ポーゴ、いや、関川哲夫氏の回想録が佳境へとさしかかったようだ。
13年振りの新日本プロレス・IWGPタッグリーグ
ブロディ・20年目の真相告白
FMW始動・大仁田厚との遭遇
「山口敏太郎事務所・くまき由佳画伯」
不思議な感覚が私の胸中に去来する。
幼少時からまずどのようなジャンルであろうとも興味を抱いた記述ものは読まずにはいられなかった性分の私であったゆえ、ポーゴ氏の赤裸々な自叙伝にも巡り会ったのかなとも感じてしまう。ご縁あって当シリーズの解説を承ったが、IWGPタッグ・ブロディ刺殺・FMW始動、そのどれもが私の未だ回想の只中に位置している案件だった。
期せずして、ポーゴ氏の肉筆原稿が私の手元へと届いたとき、往時への感慨がいっぺんに潮となって押し寄せてきたようで、私はほっと溜め息をつかずにはいられなかった。
もう既に20年という、月日が経てしまった。
ひとそれぞれの勘考。思い思いの感じ方がある中で、私もまた、あの“衝動”の只中であった若かりし日の出来事に哀切が重なる。
「幾度も幾度もこれまでそこかしこで書き連ねてきたこと」だが、未だに止め処も無くあふれてしまう、この感慨とは一体、なにゆえであろう。
かつての自身を窺い知る、旅。往時の記憶を手繰り寄せることはまた往時の自身の“在り処”がなんであったのか?時空を超えてそのことをまた探し求めることでもあるのだろう。
たとえささやかな道しるべにも未来を信じて生きる為に懊悩した自身の“影”が刻み込まれている。
『ある極悪レスラーの懺悔』
読了するたびに、そこに私はしかとかつての私を見出すのである。「未来への疾駆」その答えは過去の私自身が携えている。
ここまで歩んでみたけれど・・・・・・もう、あれから20年という月日が経つのですね。
☆こちらも併せてご覧くださいませ。私なりに往時の記憶を辿っております。
⇒『第1回・IWGPタッグリーグ戦雑感』
posted by 美城丈二 |12:12 |
魂暴風【pickup report】 |
2008年08月01日
観客動員減に苦しみ、未だ復興への糸口が見出しかねる状況を続ける、まさに“彷徨(さまよ)えるプロレス界”にあってこの報道は朗報なのであろうか!?「プロレス・エキスポ」各社報道から新日本プロレスHPを覗いて見た。
⇒新日本プロレスオフィシャルWEBサイト -NEWS-「「Pro Wres Expo 2008 in Japan」」について
私みたいな昭和からのプロレスファンにとっては、「世界各国のプロレスラーが一堂に会し・・・・・・」などと聞くとあのもともとのIWGPの理念を思い起こしたりしてしまうのですが、いざ開催期日までまだまだ様々な紆余曲折が予想され、注目すれど実際どのような形に収束するのか?今後の推移が待たれるところですね。
「争いの中から世界平和を!」拡大解釈すればオリンピックの理念にも通じ、まさに様々な閉塞状況、たとえば資金源に関し、滞ることがあってもたとえば毎年開催では無くとも、まさにオリンピックのごとく4年に一度の開催でも良いだろうと鑑みたりしておりますが・・・・・・、
プロレスという奇特な競技ジャンルにおいて、勝敗をどうするか?といった、いわば各団体間の「思惑のすりあわせ」なる命題もあって、また未だに統一コミッションすら設立されていない状況下で、果たしてどのように収束し、開催されるのか、興味は俄然、沸く次第です。
どちらにせよ、こういった各社報道から推測される「プロレス・エキスポ」なるイベントの理念は大変素晴らしいことだと私は思うので、是非、やるからには出来るだけ盛大にぶち上げても良い気がしております。
「闘いの中から世界平和を!!」これはアントニオ猪木の現在進行形の理念なのですが、ならば猪木さんにも何らかの形で登場願いたいものです。
「底が丸見えの底無し沼」まったく底が丸見えになってしまった感のある昨今、このイベントがそんなプロレス界の閉塞感を覆すほどの地盤足れ!!と私は願ってやみません。
いくつものイマジネーションを見る者に起こさせるプロレスという名の格闘浪漫!!この「プロレス・エキスポ」発表概念からも何かしら、いやぞくぞくとイマジネーションが沸くではないですか!?(笑)。愉しみに10月24日を待たせていただこうと思います。
☆「プロレス・エキスポとは?」
世界初の試みとなる“プロレス万博”はベンチャー企業の若手経営者らが設立した法人『フリーバーズ インターナショナル ジャパン』企画・発案によるもので、大野耕二郎代表取締役によれば1年後の中国・上海興行、更にはモスクワ、インド、カタールへの進出も視野に入れているとのこと。この一大イベントの第1回興行として「ProWres EXPO in Japan」と冠して今秋平成20年10月24日、25日、東京・両国国技館にて両日開催を予定(25日は昼夜興行)。
ニュースソース⇒『週刊マット界舞台裏'08年8月07日号』
posted by 美城丈二 |10:36 |
魂暴風【pickup report】 |
2008年06月30日
『ある極悪レスラーの懺悔』
ミスター・ポーゴ著
武道・プロレス・格闘技ファイト!ミルホンネット配信
その、事のもともとの起因は様々な形でプロレス界に関わりを持たれる山本雅俊氏が、ミルホンネットさんに推薦され、今回、配信開始としていよいよ上梓される運びとなったもの。
⇒『ヤマモブログ・My Dear Life』
ご縁あって、今回、筆者も解説者としてこの配信プロジェクトに参加させていただいた。もとより、実際に一字一句、あの“極悪大王”が携帯のメール文として打ち込み、ミルホンネットさんに送られてきたものが、今回の配信につながった事実が筆者に特別な感慨を抱かせたのは本当の話しです。筆者も、そんな著者であるポーゴ氏の熱意に負けぬよう、気持ちを込めて書かせていただいた次第。
今後も続々配信されようから、筆者も“昭和プロレス者”の末席に位置する者として、その続編刊行を愉しみに致しております。
プロレスとは、“人生の綾(あや)”をも映しだす、まるで手鏡のごとし・・・・・・。
⇒『「ある極悪レスラーの懺悔(ZAN-GE)」配信開始!』
長年、様々な蔑視を受けてきたプロレス界。けれど、まことに多くの人々に共鳴を与えてきたこともまた事実でしょう。ひとの喜怒哀楽、そんなまるで自分の中の様々な感情を映しだしているかのような“人生の綾”をも導き出す、プロレスという格闘浪漫の世界を筆者なりにそこかしこで書きとめてきた者として深い溜め息と感銘がいま静かに筆者の胸に去来いたしております。
posted by 美城丈二 |14:22 |
魂暴風【pickup report】 |
2008年05月18日
【拝読者の方々へ】
過去コラムにおいて加筆・訂正中、誤って連続投稿掲載されてしまったようです。悪意はございません。新着コラム等を掲載される方々にご迷惑をおかけしました。ここに謹んでお詫び致します。申し訳ありません。 筆者・美城丈二
posted by 美城丈二 |17:46 |
2008年04月18日
初出:2007・6
モンスター・ロシモフ、言うまでも無くのちに“人間山脈”とネーミングされた、アンドレ・ザ・ジャイアントの初来日時(1970年)、国際プロレスでのリングネームである。
この初来日時に、あのバーン・ガニアにその素質を見込まれ、乞われるままに渡米、AWA圏内をサーキットしながら、ガニアの指導を受けた。このガニアとの出会いが、ただの“でくのぼう”と評されたアンドレのレスラー人生を一変させた。一年後、国際プロレス主催の第3回・IWAワールドシリーズにおいて、“人間風車”ビル・ロビンソン、“神様”カール・ゴッチを押さえ、堂々の戴冠を得る。
ゴッチとの対戦では、当時としても既に2メートルをゆうに超え、200キロ近い巨体であったが(アンドレは、悲しいかな、巨人病の典型でその後も身長・体重ともに増え続けるという、生まれながらの性を背負っていた)、多くのファンはあの巨体をどういなすのか、注目の決戦となり、有識者の指摘によれば、見事、ゴッチは完璧なジャーマンで投げつけたが、その時、レフェリーは失神していたが為、変わって飛び出してきたサブ・レフェリーにゴッチがカウントされ、敗れるという波乱を生んでいる。
しかし、当時の大人たち、プロレスファンはアンドレのその部類の強さを認め、讃えたはずだ。いまでも残る、一葉の写真。表彰式でのアンドレのなんともいえぬ微笑がそれをまざまざと物語っている。その横に並んだ、ロビンソンとゴッチのこれまた納得づくとも思えし、笑顔。あのまさに“プライド”の塊とも揶揄されたロビンソン、ゴッチがふくよかに笑って写真に納まっている姿にはなんとも言えぬ感慨を抱かせる。この一葉を望むだけでも、残念ながら、その試合をまったく記憶に留めていない私にですら、いかにアンドレの強さが顕著であったか、窺い知れよう。
そうしてその微笑の底から覗く、ひととしての優しさ。強きものが強きものを知る、強きものこそが持つ、慈愛なる精神。まさにその瞬間を捉えた貴重な一葉の写真であろうと思う。
大昔から、プロレスほど世間から、“常識”という目をそそがれ、野蛮だ、八百長だなんだと疎外されてきた格闘ジャンルも無い。その誠に特殊な競技にのめりこんでしまった者達は、ときにひとによっては口泡吹かし抗弁し、時に怒りを胸に潜めつつ反論し、時にフンとただその一々説明せねばならぬ状況に嫌気がさし、横を向いた。
そのような時でもあの、アンドレの有無を言わさぬ大男の佇まいはなんと、プロレスファンに溜飲を下げさせたものか。
「あの、アンドレを見よ!!」
「あのプロレスラーに勝てる格闘家が居るのか!?」
私は幼い時分からアンドレの痛められっぷりに、なんともいえない「怪物退治」というプロレスファンの中でさえ巣くっている、蔑視の目というものが介在しているさまを見出してしまって、そのやられっぷりはほどなく好まざるものになってしまっていた。
いつぞやか、私も子供ながらにその“悲鳴”が演技であると察してはみても、なんだか度し難い想いが込み上げてきて、見ていられなくなってしまったのだ。
後年、そんなアンドレの、実際、演技とはとても思えぬ“醜態”をも見てしまったとき、私は殊更に“巨人”なるものの悲哀を見るようで忍びなかった。試合が経過すればするほど、そのスタミナのロスが露呈してくる。足がもつれ、自身から勝手にマットにくず折れてしまうアンドレ。物心ついた時分に見たアンドレとはあきらかに違う、異体。
(ああ、あれはもしや、もはや・・・)
成人した私の中で翳ってきた思い、憂い。
のち、アンドレは故・馬場氏に乞われ、全日本プロレスに参戦。もはや、あの頃のアンドレに、あの“プロレスラーの強さとしての象徴”その影は微塵も感じられなかった。
1993年1月27日、逝去、享年47歳。
黄泉の国で静かに横たわるMr,アンドレはいまや何を夢見、何の往時を振り返っているのだろう。
ロビンソンとも違う、ゴッチとも違う、テーズの色とも違う、まさに強さという域を超越した“凄み”・・・。
私は今でもこう、思って止まない。
「Mr,アンドレ。プロレスの“凄み”を有り難う。プロレスの“強さ”を有り難う。あなたこそ、プロレス界史上最強のプロレスラーでした」と。プロレスは何も“強弱”ばかりを競う格闘浪漫ではないのだ。その底に見る“悲哀”・・・。若くしてそのことに踏み込めた私は誠に幸せ者である。
☆筆者・電子書籍最新作、配信開始です。
⇒『魂暴風anthology-Act1 The best selection』
*Thought・10’s chapter title
『はじめに道ありき“新日本プロレス道場編”』
『もはや甦ることは無い
“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントの微笑』
『12歳の疾走“ミル・マスカラスに想いを馳せた、片路48km”
いまもきっと胸に棲む、青春の瞬間(とき)』
『“プロレスの凄みを引き出す”猪木、天龍、小橋が体現してみせた
vs“不沈艦”スタン・ハンセン戦』
『脆さと優柔不断ぶり“師に反発し、師をこよなく愛した両雄”
藤波辰爾とジャンボ鶴田』
『“最強”かつてそこに執着した、在るファンが見た一夜の幻!?
小川直也とは一体、何者であったのか!?』
『「プロレス道に悖(もと)る」猪木の求心力を著しく貶(おとし)めた、
あの事件“前田日明”【長州力顔面襲撃事件】』
『“Is it cheerful?(やぁ、元気かい?)”未だ忘れられぬ名優!!
“狂犬”ディック・マードック』
『“立ち上ってくる妖気”踏みとどまることを知らぬ小橋建太という、執念』
『“アルバトロス殺法”キラー・カーン“あほうどりが奏でたプロレスラーとしての
矜持ゆえの夢”』
posted by 美城丈二 |17:55 |
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