2007年11月22日

北京五輪出場決定!!【クリエイティブな選手の逆襲に期待】

北京五輪出場権獲得おめでとうございます!!
自分と同じ世代と言うことで非常に嬉しい。
次が黄金世代と言われているので、また反町監督が元アルビの監督と言うことで、「もし出場権を逃したら…」と考えると、思い入れが強い世代だけにバッシングがみていられないと言うことで、何とか連続出場の流れを止めないで欲しいという思いでしたが、正直ほっとした。

試合はスコアレスドローでしたがチームとしての成長が垣間見える内容だったと。

■攻撃の形はサイド攻撃
最終予選も後半になってくるにつれ、ようやく攻撃の形が出来てきた五輪代表。
それはサイドを丁寧に、徹底的に攻めていくものだったと思う。
2トップの採用はその為だろう。
たしかにクリエイティブなゲームをするチームにはなれなかったが
もともとサイドには優秀な人材が居た世代。
結局は自分たちのストロングポイントをシンプルに活かしていこうと言う形に落ち着いたようだ。
常にセンタリングに対してはゴール前に最低2人が飛び込める形を作っていたことも評価できる。
シンプルな攻撃と言うのは守備側にとっては予測しやすく守りやすいものだ。
しかし、試合で1度もミスが出来ないのが守備陣。
1回成功すればよい攻撃陣が同じ形を徹底して繰り返すと言うのも戦略の一つだと思う。
2トップにさほど起用とも言えない李と岡崎を起用したのも、忠実にミッションを実行するだろう姿勢と、何度も跳ね返されるだろう攻撃でもすぐに守備に戻るというハードワークが出来る事が期待されてのことだろう。

もちろん多彩な攻撃パターンを持っていたほうがゴールの確立が上がるのは言うまでもない。
A代表が流動的で多彩な攻撃を目指す中、1度は五輪代表もその形を目指した。
しかし、それがチーム発足当時は見るものに期待を抱かせた攻撃の形を見事に混乱させてしまった。
私が解釈するその原因はこの世代の育成段階に問題があったとだいぶ前のエントリーで長々と書かせていただいたので省略する(参照:http://www.plus-blog.sportsnavi.com/yorimi/article/13)

攻撃の形は目指すものよりはシンプルなものになったが、チームを継続的に強化するのが難しい代表チームとしては、わかりやすいと言うことが大前提となるのかもしれない。
もちろん日本が世界で勝つためには、オシム監督が作り上げようとしたサッカーが必要になってくるのだろう。
しかし、それはまだ日本のスタンダードになるほどには浸透していない。
これから日本がやっていこうとしているサッカーと、現状のサッカーの狭間で反町監督は大いに頭を悩ませただろう。
日本サッカーの転換期とも言えるような、本当に難しい時期に、苦しみながらも良く五輪の切符を手にしてくれたと思う。

■才能を活かせなかった選手たち
この世代でトップクラスのポテンシャルを持つ平山、家長が最終的にピッチに立っていなかったことは残念である。
結果が求められる予選終盤、反町監督が選択したのは武器となり得る彼らではなく確実に計算できる選手たちだった。
チームの戦術にも原因があるとは思うし、使いこなせなかった監督に原因があると言う考え方もあるだろう。
しかし、絶対に勝たなくてはいけない、あるいは負けられない状況の中で特定の個人のひらめきに頼るサッカーのリスクを忘れてはいけない。
2人にも間違いなく原因はある。
才能はあるだけにサッカー選手として、プロとして一皮向けて欲しい。
それがスペシャルなプレーを常時出来る選手になる成長でも
ハードワークの中で時折違いが見せられる選手になる成長でも構わない。

■水野晃樹の迷走
平山、家長と並ぶこの世代で屈指の才能を持つ水野。
彼もまたこのチームで能力を発揮できずに居る。
それでも使われている理由は前者達よりも機動力があるからだろう。
U20の時やその後のキレキレの水野を思うと最近の水野は物足りない。
常にジェフをチェックしているわけではないがJリーグでもあまりパッとしていない気がする。
原因は知らないがこんなものではないはずだと思っている人も多いだろう。
才能は疑いようがないが、それをフルに活かしきれていないと感じるのだ。
きっと「こういう使い方をしてくれなければ水野は活きないよ!」という意見を持つ人も多いだろう。
しかし、どんな試合でも自分の得意な状況を作り出すことが出来る選手こそ一流だと思う。
この能力がまだ足りないのかなぁと思う。

柏木はハードワークの中で時折違いが見せられる選手として成長したお手本のような存在だと思う。
水野や平山、家長にもどうすれば自分の才能を活かせるかをもう一度見つめなおして欲しい。

■チームのベースと個の力の融合へ
結局、最終予選終盤はオシム監督が就任当初に取り組んできた走るサッカーの徹底の為の人選の様な形になった。
オシム監督は自分のこれからやろうというサッカーのスタイルを徹底する為に代表で実績のある選手や才能ある選手をあえて呼ばず、クリエイティブとは言えないが計算できる選手を多く呼びチームの土台を作った。

反町監督はそれまでの世代代表とあまり変わらないメンツでオシムの目指すサッカーを体現しようとした。
A代表へ選手を輩出する為の育成世代としては間違った取り組みではない。
しかし、五輪を重視し結果も求められる状況では正解とはならず、予選での苦戦が批判を招いてしまった。
難しいミッションではあったが、結局は五輪への切符を優先し、最終的には現実的な人選をした様な形となった。

北京五輪に向けて最終予選終盤でチームのベースは見えてきた。
今度はA代表と同じよう個の力を上乗せしていくことを目指すことになるだろう。
それを考えると五輪が楽しみになってくるが、それは日本人的な考え方なのかもしれない。
五輪で戦えるチームを作る為の強化と
A代表へ選手を輩出する為のチームとしての強化では意味合いがずいぶん違ってくる。
前者であれば反町監督は就任後あれほど多くの選手を試したり呼ぶ必要はなかったし、こんなにも苦戦することも批判を受けることもなかったのかもしれない。
しかし、後者であれば間違いではなかった。

いろいろ言い過ぎて相変わらずまとまりがなく読みにくいエントリーになってしまった・・・
とにかく最終予選終盤で、計算できる選手たちを使って堅実とも取れる戦いをした五輪代表。
これからはそこに個の力をどう乗せていくかと言うことになるだろう。
家長、平山、水野の逆襲に期待したい。
私は五輪の好きな日本人なので五輪を戦えるチーム作りをこれから期待したい。

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posted by yorimi |21:40 | 日本代表 | コメント(6) | トラックバック(0)
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2007年09月02日

U22代表のサッカーへ不満を持つ方へ~その3~

前回、前々回に続きU22日本代表について
U22世代が評価されない理由に
(1)意識の差
(2)育成環境の差
(3)当時の主流
を上げ今回は(3)の育成段階での主流だった戦術が現在のU22日本代表にどう影響を及ぼしているかを考えていきたいと思います。


(3)当時の主流
現在、A代表はオシム監督の就任によってポジションチェンジを繰り返す、運動量、戦術理解度が求められる流動的な戦術を取っている。
日本らしいサッカーを確立するということで新しいステージに立ったといえる。

代表立ち上げ当初、それまで代表と縁がなかった監督の意図を十分に理解している千葉勢が多く召集されたのは、
これまでの日本サッカーから、新たなスタイルを目指す転換期だったと思う。

日本の新たなスタンダードを示すため、
多くの選手が代表候補合宿に参加し目指すべき方向を明確にし
これまで代表の主力だった選手達も、このスタイルに適応できないようなら淘汰されていくことを意識させた。

そのため、一時的に代表のレベルは下がった感は否めないが
日本サッカーのこれからを考えた時、大きなターニングポイントにあると思う。


一方
U22世代が育成段階で叩き込まれてきたのは3-5-2で
個々の役割がハッキリとした戦術だった。
高校選手権などを見ても当時の主流が3-5-2だったのは明らかである。
その結果

ポストになれる選手(平山)とスピードのある(カレン、苔口、前田など)FWのコンビ
クラシカルなゲームメイカー(梶山、本田圭)
サイドで勝負できる選手(水野、家長)にサイドでアップダウンを繰り返せる選手(中村北斗)
守備専ボランチ(伊野波、青山敏、本田拓)
ストッパー(青山直、水本)
スイーパー(増嶋)

それまでの日本サッカーの集大成のようなメンツがそろっている。
もし、日本の戦い方、日本らしいサッカーというものの価値観が変わらなければこれほど酷評を受けるような世代ではなかったと思う。
U22世代が中学から高校まで見てきて、一番戦術的な影響を受けたであろう
トルシエ監督から見たら、あの時のサッカーを体現するのならば生唾モノのメンツだ。

しかし、流動的な戦術を敷き、豊富な運動量をベースに戦ってきたU20世代の様なサッカーがスタンダードになってきた今
U22世代にも今までやってきた戦術の転換が求められているわけだ。

よく攻撃の形が見えない
と言われるU22世代のサッカーだが
そもそも特定の攻撃パターンに依存しないのが日本サッカーの目指すところ。
前回のベトナム戦の右サイド偏重の攻撃もトルシエ時代ならば
日本の得意な形として評価されたのではないだろうか。

もしこの世代にいくつかの攻撃パターンを植えつければかなりのものになると思われる。
しかし残念ながら時代がそうさせてくれない。
それでは今後世界と戦ってはいけないと言うのが世間の総意だろう。


今回まで3回にわたって書き続けてきたU22世代が評価されない理由についてだが
同意してくれる方も異論を唱える方も居るのとは思いますが
大切なのは「~だからダメだ」ではなく
ここがダメだからその為にどうするべきかを考える事だと思います。
私もU22世代ということでこの世代には特別な思い入れがあります。

私が思うのは
A代表(U22までと同系列の育成を受けてきた世代)が
オシム監督になってからあれだけの意識改革をさせられてきたこと
それをU22世代にも行わなくてはいけないのではないかと思います。

たら、れば、になってしまいますが
もしオシム監督が五輪代表の監督も兼任していたら、
U22世代も現在の日本サッカーの変化の流れに乗れたのではないかと思ってしまいます。

また五輪を重視する日本の風潮がU22世代の選手達が、A代表で日本サッカーの変化を体感する機会を失っているともいえます。

五輪を捨て代表召集をA代表優先にする、
もしくはU22世代強化合宿などを最優先(リーグよりも)させるくらいの手を打たなければU22のサッカーを世間が満足するようなものにすることは
今回までに挙げた理由から難しいと思います。


反町監督に批判の声が上がっていますが
あれだけベストメンバーを組めない日程で新しい日本のサッカーを体現しようとするのは無理だと思います。
今まで彼らが一番慣れ親しんできた旧時代的な戦術を取るなら別ですが、それでは日本サッカーの強化という位置づけの世代別代表の意味がありません。

川渕キャプテンには批判をする前によ~く考えてもらいたいものです。

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posted by yorimi |14:03 | 日本代表 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2007年08月28日

U22代表のサッカーへ不満を持つ方へ~その2~

前回の記事の同様U22世代についての投稿です。
前回はU22世代が評価されない理由に
(1)意識の差
(2)育成環境の差
(3)当時の主流
の三っつを上げ(1)のみ自分の考えを書かせていただきました。
簡単に要約すると、北京五輪世代はサッカーが一番上達する年齢と言われる「ゴールデンエイジ」の頃にドーハの悲劇により、世界をまったく意識することが無かった、アジアで勝ち抜くことが最大の目標として取り組んできた世代である。
そうやって戦ってきた彼らと
彼らが大人になるまでの時間に、「アジアで勝つのは当たり前、世界で戦える代表」を希望するようになった世間とのギャップが
アジアで苦戦する彼らへの過度な批判となっているのではないかと言うことを書きました。


前回は中途半端なところで切ってしまったため、何が言いたいのか良くわからない等の意見もあり、結論を言わずに区切ったことに反省しております。
今回は(2)についてU22がどういう世代だったのかを検証したいと思います。


(2)育成環境の差
85年組である私が小6の時にトレセン制度が開始された。
地域によって差があるのかどうかわからないが、
より高度な指導が受けられる選抜チームは、それまで年齢別カテゴリーがなく、主に6年生しか呼ばれなかった。
しかし、このトレセン制度は学年別にカテゴリーが分かれており
より早くから高度な指導が受けられるようになった。

私たちからしてみると6年生と言うことで今までの選抜チームと特に変わることは無かったが
早いうちからレベルの高い環境が用意された下の世代の選手達の
技術や戦術理解度の向上には目を見張るものがあったことを覚えている。

実際に現在のU20世代(特に88年組)から基本技術のレベルが我々の世代と1段階違うと感じる。
それは全国を目指していた高校時代はもちろん
たかが、大学のサッカーサークルでプレーしていても感じることだ。
それは特別上手い人が多いと言うわけではなく、サッカーをやっていた中でもフツーレベルの人の層の技術がしっかりしているのだ。
若い人達とサッカーをするたびに日本サッカーの育成の成果を肌で実感している。

トレセン制度が確立された下の世代と、なかった上の世代の両方と一緒にサッカーをしてみて実際に思うのが
81年~86年組位までのフツーの人や上手い人の基準になるレベルは変わらないのに対して
87年組位からそのレベルが1段上がる気がする。
わかりやすく言うと
81年~86年組みまでは40くらいががフツーで、60からが上手い人に部類されていたのに対して
87年以降は50くらいからがフツーで、70くらいからが上手いに部類される感じだ。

もちろんだから、各世代のトップで戦っている選手たちにそのような差があると言い切れるわけは無いが・・・



もうひとつ育成環境を考える上で北京世代までこうだった、と思えるのが
高校サッカーが中心だった事。

世代別代表の選手を見てもらえばわかると思うが、今のU20世代からは代表はクラブユース出身者が中心となっていたと思う。

平山、中村北斗、兵藤を要して最強の名を欲しいままにしていた国見高校。
高校サッカーが数々のタレントを要していた、そして日本の若手育成の中心を高校が担っていた最後の年代ではないだろうか。

その後は練習環境、指導環境の整ったクラブユースが選手達の選択の1番手となり、
プロクラブチーム、プロコーチの元
今まで以上に効率的な育成がなされてきていると思う。




このような事を考えると北京五輪世代は、前回の記事でも書いた「日本サッカーの潮目が変わりつつある時代」のちょうど境目の世代だと言うことを思わずにはいられない。


アジアの戦いで優勝したU17、クオリティの高いサッカーで魅せたU20
一方でアジア予選で死闘を繰り広げたアテネ五輪組を単純に見ると
意識の差、育成環境の差の違いが出ているのではないだろうか。

当然、世間で求められているのはU17やU20の様な戦いだが・・・
では、育成段階の差を補うだけの強化がなされてい来たのか?見つめなおしていただきたい。
特に川渕キャプテンにはピチピチ感が無いとか気持ちが無いとか批判する前に、
適切な強化をできる環境を整えているのかを考えていただきたい。

(3)はまた次回。
その後北京五輪世代の展望を私なりに考察したいと思う。



前回の記事にいただいたコメントで
79年黄金世代組はどうなんだ?勝ってたじゃないか
的なコメントをいただきました。

彼らは確かに北京五輪世代と比べたら環境、時代共に整っていいなかったのは事実。
しかしU20の時からトルシエ監督により、徹底的な意識改革、日本で最先端の指導を受けてきた。
普通その国の最先端はA代表、もしくはクラブトップチーム。強化費だって一番使うのはここ。
そして、育成段階のチームはトップチームのサッカーを模倣、するものです。
それを、79年組の頃は育成段階のチームから新しいスタイルを作っていやろうという破格の待遇だったのだから、他の各世代代表とは別物と考えてよい気がする。

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posted by yorimi |16:00 | 日本代表 | コメント(5) | トラックバック(0)
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2007年08月25日

U22代表のサッカーへ不満を持つ方へ~その1~

先日のベトナム戦やそれまでの戦いぶりから
U22代表のサッカーは酷評されています。

私は85年生まれの北京五輪世代であり
やはりこの世代の代表には人一倍思い入れがあります。
なので、この世代が酷評されることは心苦しいものがあります。

しかし、みなさんに考えていただきたいのは
「ナゼ、この世代はもっといいサッカーができないのか?」
その原因です。

ピチピチ感がない
情熱が足りない
連携が全然だめ
人とボールが動くサッカーができていない
等々
…

ではその原因は?
と聞いた時、答えられる人は少ないのではないでしょうか?

私は彼らと同世代でサッカーをしてきました。
その中で北京五輪世代を取り巻くサッカー環境がどうだったか
そのようなことをから、この世代について掘り下げていきたいと思います。


U22代表が評価されないのはズバリ
「育成段階と現在求められているサッカーのギャップ」
だ。
そのギャップには
(1)意識の差
(2)育成環境の差
(3)当時の主流
というものが挙げられると思う。


まず
(1)意識の差
いつからか、日本代表はアジアでは勝って当たり前と思われている。


しかし、94年W杯アメリカ大会アジア予選
ドーハの悲劇と呼ばれる敗戦で日本代表はW杯初出場を逃し
「アジアの壁」を痛感した。

ちょうど
我々の世代がサッカーの「ゴールデンエイジ」と言われる年齢の頃だった。
このドーハの悲劇により

世界のサッカーとの出会い
世界で勝つという意識

そういうものが芽生えることはなく
むしろ
はるか彼方のレベルにある世界のサッカー
その前に立ちはだかるアジアの壁。
アジアで勝てるようにならなくては
そんな意識を持ちながら私たちはゴールデンエイジを過ごした。

私たちの世代の夢はJリーガー
今の子のように、幼い頃から「バルサでプレーする」などということなど思いつくことさえできなかった。


初めて日本がW杯に出場した98年
ちょうど現在のU20世代がゴールデンエイジの真っ只中にいた。

彼らは世界を知り
世界で戦う
そういう意識を持ってコールデンエイジを過ごした。

中学生でプロの試合に出た選手
そして高卒で海外でプレーすることを選択した選手
そんな選手達が生まれた。


私たち北京五輪世代は「アジアの壁」をリアルに感じて育った最後の世代なのかもしれない。

それは現在の選手達の発言からも伺える。


先日のU20W杯のときの選手達は当たり前のように
「優勝を狙う」
「やるからには勝つ」
と言ってのける。
U17代表の選手達もそうだ。

しかしU22の選手達は北京五輪予選に挑むにあたって
「まずは出場権を獲ること。そして世界で1勝すること」
と語った。
そういうことだ。


しかし私たち世代がここまで来るのに時代は大きく変わった。

A代表の強化は急ピッチで進められ
79年黄金世代組はU20時代からトルシエ監督に鍛えられると言う
A代表並みの待遇で世界と戦う意識を植えつけられ、
日本サッカーの底上げを成功、そして中心となった。



アジアでの勝利も
世界での戦いも
もう経験した。
世間はアジアで勝つのは当たり前、世界への殴りこみを期待する。
アジアで戦う相手も日本と言うだけで警戒し、研究し、慎重に戦う。


世間と、自分たちがいままでやってきたことへの意識の差が
大きなギャップとなりU22の低評価につながっている。


アテネ世代は苦しみ抜いて五輪出場を勝ち取った。
しかし五輪では惨敗。
アジアを目標としてやって来た世代の結果だった。


北京五輪世代はアテネ世代と世界への意識の上では同じレベルにある。
それは時代ゆえ仕方のないことだと思う。

一方で世間が求めるレベルは4年前とは比べられないくらいに上がっている。
同じレベルのサッカーをしていては酷評される。


皆さんには理解して欲しい
我々北京五輪世代は「アジアの壁」をリアルに感じて育った最後の世代なのだ。
そして、世界を知らなかった世代。
日本サッカーの潮目が変わりつつある今、古い時代の最後の生き残りだということを。



(2)(3)は次回







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posted by yorimi |16:22 | 日本代表 | コメント(12) | トラックバック(0)
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2007年07月29日

アジア杯の放送席を放送

試合の評価、分析でも意見でもありません。

ここに書くことではないと思うのですが、
テレビ朝日のサッカー中継に我慢できなくてmixiで書いてたら友達から評判が良かったので・・・
くだらないことなので、興味が無い方、不快に思う方は読まないで下さい。

笑いのネタにでもしてください。


こんなサッカー中継で日本サッカーは良いのでしょうか?
~アジア杯、放送席の声(一部)~

「左の加地。(角沢アナ)」(ほんとは駒野)
いや、左に加地はいねぇよ…


「12番巻がここまで戻って来てますよ!(松木さん)」
だってその前相手コーナーだったから当たり前じゃん。


(高原のゴール)
「アーッ!(松木さん)」
「高原が決めた!よって日本が一点獲得!(角沢アナ)」
そりゃそうだ…


「加地と駒野の位置が最高ですね。まるで4トップです!(川添さん)」
そんなことはない。


「もっと審判に(ファールを)アピールしなきゃだめですよ!(川添さん)」
「いや、無駄にカードもらっても仕方ないし、落ちておとなしくしてましょうよ。3点リードしてるし!へへへぇ(松木さん)」
「別にファールろと言ってる訳じゃなくてね(川添さん)」キレる
公共の電波での喧嘩は・・・


オシムのジェスチュアに松木さんがアフレコ。「相撲かっ!」


「松木さんこの審判はだめですね(川添さん)」
こらこら!


「相手FWを懲らしめてやりたいですね~!(松木さん)」
ニュアンスはわかるけど・・・


「韓国の監督は日本人のメンタルの良い面も悪い面も知ってるって言っていましたね!
まぁ本当かどうかわかりませんけどね、へへへぇっ(松木さん)」
一言多いっ!


「遠藤の事引っ張ってますよ!ほらっ!引っ張ってますね!(松木さん)」(リプレイ中に)
いや解説してほしいのはそこじゃねぇ…


(俊輔のセンタリングからのチャンス)
「いゃぁ~最後触ったのは誰ですか?(松木さん)」
それを伝えるのが君だよ松木君。


(日本のFKのチャンスで中沢と相手DFのやり取りを見て)
「恋人同士の様にくっついてますね(松木さん)」


日本のファールは相手の演技。
日本人に対するファールは悪意の塊。
(放送席一同)


韓国のキックミスにたいして
「風ですかぁ?(松木さん)」
セルジオさん、すかさずフォロー
んなわけねぇよ。


「ダイレクトでねでねダイレクトなんですよ。ですから・・・(松木さん)」ピンチで遮られる。
彼が本当は何を言いたかったは迷宮入りだ。


ミスジャッジで日本ボール(スローイン)が韓国ボールに
「高原が出したという雰囲気ですかね(松木)さん」
雰囲気って?


韓国DFが2枚目のイエローで退場
「えっ?えっ??(放送席一同)」
「2枚目ですよ(堀池さん)」ピッチリポーター
放送席にはデータあるだろうに…


「テクニカルエリアというのは、ベンチの周りに今日は白いラインが引いてありますよね。ここから出てはいけないという・・・(松木さん)」
今日だけでなく、いつもライン引いてあります。


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サッカー知っている人には物足りない
サッカーを知らない人には、サッカーを詳しくなるようなことも無い。

こんなサッカー放送は改善して欲しいなぁ

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posted by yorimi |14:13 | 日本代表 | コメント(37) | トラックバック(0)
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2007年07月27日

足りなかったもの-日本代表-

今回のアジア杯での敗戦
そして、U-20W杯での敗戦
どちらのチームも、戦えている、自分たちのサッカーができている、
決して内容では負けていない中での敗戦だったと思う。


自分たちの「らしさ」は出すことができた。
しかしそれだけでは勝てないのがサッカー

今回のような国際舞台のトーナメントを勝ちきるための
本当の「強さ」には何が足りなかったのか?



それは、ジョーカーの存在ではないかと思う。


誰が出てもいい内容の試合ができる、それくらいに日本サッカーの選手層は熱くなってきたかと思う。

一方で
交代出場で流れを変えられる存在が少ない。
ドイツW杯予選の時の大黒
オーストラリアのケーヒルの様な
まずはこのカードを切る!という強烈な存在がいなかった。


U20代表で最初に切られていたカードは青木。
非凡な選手ではあるが、スタートから使うタイプのように感じた。
香川は不運ではあったが、彼にツキがあればもっと上までいけた気がする。

サウジアラビア戦での1番手は佐藤だったが
最後までボールに絡めずに終わった。


確かに切り札になるような選手というのは運に頼る部分が大きいとは思う。

だから、ラッキーボーイ。
そう呼ばれる。



しかし、切り札に対してのチームからの信頼があってこそ
切り札としての役割が果たせるのではないか。

ラッキーボーイが活躍できるのは、
こいつが出たら何かやれる!
こいつが出た時はこいつに任せる!
といったチームからの信頼があるからだ。


そういう意味では
今回のアジアカップ・U20W杯の日本にはラッキーボーイが生まれなかったのではなく
ラッキーボーイが生まれる環境が無かったのではないだろうか?



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posted by yorimi |19:21 | 日本代表 | コメント(25) | トラックバック(0)
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