2008年04月01日

ピッチの状態で変えるサッカーについて

今回は、先日のエントリーに対するコメントの中で非常に考えさせられたものがありました。ので、まずはその内容をもう一度ご紹介させていただきます。

HNオシム流さんからいただきました。あらためて感謝です。

オシムという監督は別に日本サッカーを日本化する、などといって革命的な戦術を生み出した監督じゃない。ヨーロッパ流のほんとうにオーソドックスな理論をもった監督。ちょっと性格や発言が面白くカリスマ性はあるが、理論は至ってオーソドックス。

それだけに特に選手達に今回はがっかりしました。オシムの求めていたものって、監督が変わっら突然忘れちゃうようなもんじゃないでしょって。スペースを作るために走るなんて「おい。お前らとりあえず自由に練習試合やってみろ。」って言われてもリフティング並みに当然のようにできちゃうべきことなんじゃないかと。

本当におっしゃる通り。ごもっともです!

考えてみれば、「イタリア」や「ブラジル」や「フランス」で、「今日はピッチの状態が悪いので、あまりパスを繋ぐサッカーを意識しないように!」なんて指示を監督が出したらいったいどうなるのでしょうか?

ボコボコに袋叩きにあうか、端から相手にされないか・・・。でしょうね。

だいたい我々のような「土のグラウンド」で土砂降りの雨でできた「水たまり」にボールがビタ止まりするようなサッカーやったら、「今日はバックパスは禁止や!前に蹴っとけ!」とか、「繋いでもしゃぁないねんから、ゴール前に放り込め!」とかいう監督の指示やったら解ります。

でもね、「国際Aマッチ」でしょ?

芝でしょ?

水たまりもなけりゃ、どろどろの泥もなかったやんね?


「選手がそう思っても監督の出した指示だから」と言って、繋ぎを放棄する選手がいたとしても、それと同時に、

「アホ!こいぐらいやったら繋げられるやろ!もう蹴んの、止めようぜ!!」と、試合中に軌道修正が出来る面子がいれば、また違ってたのかもしれません。

「自分で考えて、自分で判断して、自分でプレーする」

それがもっともオシムが求めていたことでした(ジーコも??)。


そういう意味では、まだまだ我々のサッカーって、幼いというか、経験が足りないというか、いい意味で従順であり、素直であると同時に、自我や、頑強な自己というものはまだまだ足りないのではないか?と思います。

「ピッチの状態がどうであれ、我々の技術があれば、対応できるはずだ」そう思えない所が、まだ「弱者の論理」に怯えているのかもしれません。

「アウェーだから守ってカウンター」という固定観念に私自身も陥っていたように思います。

今回は、貴重なご意見を賜りました。
こういうワンツー。ずっと続けていきたいです。

posted by 読裏クラブ |19:38 | 日本代表 | コメント(11) | トラックバック(0)
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