2008年03月01日
「国立」を「ウェンブレー」に!
本日「ゼロックススーパーサッカー」という冠名で「鹿島」VS「広島」が行われました。結果や内容は他のブログさん等で詳しく記載されるでしょうから、そちらに譲るとして、今回はその試合が行われた場所。つまり、「国立」のお話しをば。 「国立」を使ったサッカーの試合って、年間何試合あるんでしょうか?詳しく調べていないのは「怠慢」のそしりを免れないのでしょうが、それでも少なくとも5~10試合はあるんじゃないですかね。 まずもって「天皇杯の決勝」に始まり、「高校サッカーの決勝」でしょう?それに、確か「ナビスコの決勝」もそうでしたよね?加えて「オリンピックの予選」や「W杯の予選」がある場合は、あと数試合プラスされて、最後に「Jリーグ」でも一部使用されるときがあったはずです。そんでもって「ゼロックス・スーパーサッカー」も。「オールスター」で使うこともあったかな? え?「くどくど前置きして何をいいたいんや?」ですって? つまり、その、「多すぎるんちゃうのん?」と思うわけですよ。国立を使用する試合が。 「そんなことないやろ?だいたいサッカーの決勝で国立を使うのに何の不思議があるねん?」 とおっしゃりたいのもよく解かります。が、もう少し「国立」を少なくして「国立」の稀少価値を高めてもいいのではないか?と。もっと言うなら「聖地」にしてもいいのではないか?と。思うのです。 もっともっと言うと 「国立」を「ウェンブリー」にしよう!。。。 と、いうわけです。 もちろん今のままでも充分かもしれんのですが、どうも「各大会」の値打ちというもんにバラつきがあるように思えるんですよ。で、「決勝だけはやっぱり国立」というものに限定させれば、「国立に立ちたい!」というモチベーションの力を借りて、各々の大会に「箔」がつくのではないかなぁ~と考えるわけです。 「夢」というか「憧れ」というか。 「俺って国立のピッチに立ったことがあるんだぜ!」というのはイコール「○○○大会の決勝・ファイナリストなんだぜ!」という意味にしてもらいたいのです。60・70歳になっても酒を飲みながら自慢できるように。プロのサッカー選手になったからと言っても必ずしも国立の芝を踏めるかどうかは判らない・・・という環境ですね。極端な話、年間でサッカーの試合での国立はカップ戦の「天皇杯決勝」と「ナビスコ決勝」だけとか。プラス「最も重要!とみなすアジア予選の時だけ急遽特別に」ぐらいに対象試合を絞って。高校サッカーの決勝をどうするか?はちょっと悩みますがね。 「それでもラグビーもぼこぼこ使ってるわけやし、陸上のハンマー投げも使ってるんやから、サッカーも使わんと損やろ!」というご意見は至極ごもっとも! 「だいたい年間2試合そこらで年間の芝の維持費のことをどう考えてるんや?」というご意見も至極ごもっとも! でも、そこを!「百年計画」のJが、「ぐっと我慢の男の子!」になって応分を負担するんですよ! 「たった2試合」のために、残りの363日、来る日も来る日も、その日のために「最高の芝生」を保つために、専属のグリーンキーパーが丹精込めて手入れをするんです。ラグビーの試合やハンマー投げのためにも、芝生の維持はサッカー協会が持つのです。その崇高さはテニスのウィンブルドン・センターコートが近しいイメージでしょうか。別のイメージとしては「甲子園」でしょうか。日本の高校野球があそこまでの盛り上がりを地方大会から見せるのは「甲子園」という存在抜きには語れないでしょう!「やりました!これで夢の京セラドーム大阪です!」ではねぇ~~。 だからこそ、そんな「芝」だからこそ!「選手」はその「ピッチ」に立つことだけで「名誉」と「誇り」を感じ、「身体が震え」、90分間、力の限りを出し尽くすのです! 今の「国立」のピッチの状態。スタンドの寂しさ。値打ちがどんどん下がってます。加えて「老朽化」。でも、老朽というのは時間とともに発生するもので、その老朽という顔にはイコール歴史という皺が刻まれていると発想を変えるのです。 イングランドのFAカップがイタリアのコッパ・イタリアやスペインの国王杯のそれとは明らかに違う理由の一つに「決勝の地、ウェンブレー」というステータスがあるように聞いております。「ウェンブレーは、しょうもない中途半端な試合には絶対に使わせない!」と聞いております。。 そういう存在に「国立」がなってくれたら、また一つサッカー文化に奥行きが出るように思うのですが、いかがですか?川淵会長。
posted by 読裏クラブ |20:29 |
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