2009年05月22日
久しぶりのシリーズ「私の天才列伝!」。今回はその7回目。久々ということもあって海の向こうの天才に登場してもらいましょう!登場するのは『エンツォ・シーフォ』!そう、ベルギーの至宝!ベルギーの貴公子!と謳われたあのシーフォです。プラティニ曰く「20世紀最後のゲームメーカー」。
とにかくそのプレースタイルは優雅そのもの!背筋を真っ直ぐに伸ばしてボールにタッチする姿が印象的でした。僕が大体「天才」と呼ぶためには、条件が3つほどあるんですよね。
私の天才列伝条件 その1)
ボールタッチがグンバツに柔らかく、囲まれても絶対に獲られず、そして、ボールを持つ姿が美しい。その美しさとは、背筋の角度。つまり、背筋を真っ直ぐに伸ばして、ボールをキープする姿。これが第一条件。
私の天才列伝条件 その2)
配球するパスの美しさ。もちろん基本的には90分間繰り出すパスはノーミス。美しいパスの条件とは、天才を中心に円を描くようにボールが走ること。フィードだけではダメ。スルーだけでもダメ。もちろんロングだけでもダメ。長短緩急織り交ぜて、ボールが生き物のようにピッチ上を気持ちよく走ることが出来たとき、天才が最も輝くときです。
私の天才列伝条件 その3)
ゲームの膠着を一人の力で変えることが出来ること。もっと端的に言えば「オモロナイゲームをぐっとオモロクさせる」ことが出来ること。オモロサとは何か?と言うのはちょっと一言では言えませんがね。
で、この3つの条件を完全に揃えているのが「シーフォ」です。
その中でも特にこだわりたいのが「立ち姿」ですかね。立ち姿の美しさは、今まで紹介した「天才達」の中でも一番じゃないかなぁ~?
ベルギーが86W杯でベスト4に入ったのもシーフォがいたからでしょうね!
あ、それとどうでもええんですが、ルックスも一級品でした。ちょっとイメージはフィーゴに近いかな?そう思うと、シーフォとフィーゴって結構似てるよねぇ~?ルックスも名前も。
やっぱり天才って天才に似合う名前があるんとちゃうかなぁ~・・・。って思いますね。
「オコチャ」「マラドーナ」「ジーコ」「プラティニ」「バルデラマ」「イソガイ」
ね?み~んな特徴のある個性的な名前でしょ?
だから、ここで提案があります。
「エンドウ」もちょっと改名というか呼び方を考えてもええんとちゃうやろうか?
「エンドウ」でも天才の仲間入りは充分可能なんやけど
「エーンドゥ」とか「エンドゥ~」って言った方が天才っぽいでしょ?
posted by 読裏クラブ |19:47 |
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2009年04月19日
「小野、靭帯断裂!」の一報が飛び込んできた。
「一報」だけなので、詳細はもちろん知りえないが、「靭帯」が「断裂」だったら、多分トップレベルのプレーを回復するのに相当な期間を要するだろう。
そもそも今年彼は「足首」をやっており、出場機会も本当に少ない。ドイツの方だって、「どんだけ上手いか知らんけど、出てなんぼやからなぁ~」と、思ってもそれはそれで自然やろうし。今季残りの出場が絶望だった場合、来季もそのまま在籍できるかどうか?も、一気に不透明になるやろうね。
だいたい「小野」という名前には「怪我持ち」というイメージが、もうユーロ圏内では定着しまくってるんやないやろうか?いや、これだけ情報化世界の今日、「小野=怪我持ち」は、今や知らないクラブはいないかも・・・。
ところが「どうせ怪我人やろ?」というイメージで練習だけを見てみると「な・・なんや?この上手さ!テ・・・天才ちゃうんけ!?こら絶対獲らなアカン!どうしてもや!!」と、どのクラブの幹部も思っちゃうんやろう。ボーフムがそうやとは言いませんがね。
で、結果は・・・
「上手い!」でも「出ない(出れない)!」。
こういう選手が一番監督としてはやっかいなんやろうなぁ~。
そう考えたら、急に「小野」の将来が心配になってきた。
「代表復帰」どころか「選手としての場」さえも失ってしまうのか?
あの華麗なボールタッチはもう見ることが出来ないのか?
あのシルキートラップは?
あのノールックパスは?
あのダイレクトヒール股抜きスルーは?
あの空中トラップダイレクトアウトヌキは?
もう見ることが出来ないのだろうか?
そうなれば、我々は何という貴重な財産を失うことになるんだろう。
日本人史上最も優雅で日本人史上最もテクニックに秀でた選手だったのに。
あ・・・まるでもう彼が引退するみたいな表現になってしまいました。
小野のご家族及び関係者及び熱烈なる彼のファンの皆様、ごめんなさい。
「なぁ、そうやって大袈裟に褒め称えるけど、昨日の今日まで、お前、小野のことなんか頭の片隅にもなかったやろ?」
って!?
「な・・・何てこと言うんですか!」
でも
「どうして解かるのん?僕のこと」。
posted by 読裏クラブ |21:52 |
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2008年11月14日
私のシリーズネタ、「私の天才列伝~~」は、基本的には「現役を退いた選手」という基準を勝手に設けています。従って、どれだけ現在そのピッチで才能を表現していても、この該当項目に外れている間は、このシリーズには登場できません。あまたの「天才選手」の皆さん、「俺も早く『読裏~』の天才列伝に載りたいよなぁ~」と、思っておられても、現役を退かれるまでは、その資格を有しませんので、あしからずご了解してね(遠藤君に言ってます)。
さて、その該当選手にようやく、エントリーされた、数少ない日本人の天才が今回の列伝の主です。
そう、「名波 浩」その人です。言わずとしれた「ベルベット・レフティー」。レフティーにはよく「モンスター」とかいう形容詞がつきますが、それは彼には似合いません。あくまでも私としては「ベルベット・レフティー」と名付けたい。
どこか、ハンジ・ミューラーを彷彿させるんですよ、彼のプレーは。エンドウ⇔バルデラマとのオーバーラッピングともまた違うんですよ。これはもう、どこがどう!という具体的な表現は不可能で、いわゆる感覚です。
あのつま先でのめっちゃ狭いワンツー!
勝敗の行方という意味ではほとんど無意味なタッチライン際のヒールの落とし。
「当てて、貰い、落として、貰って、ヒールでチョン!」
このリズム・・・。あかん!こんなん、文字で表わせるわけあらへん!
とにかく、僕が最も好きなプレースタイルを体現する男・・・。それが「名波 浩」でした。
あの開始5分で顎が上がったような、ランニングフォーム。
これがまたいかにも天才っぽいじゃありませんか!
我々を初めてW杯に連れていってくれた、あの1997のアジア予選。あの韓国でのアウェー。あのロペス・ワグナーの先制点。そのお膳立てをしたのは、他ならぬ、名波、君でしたよね!ライン際のあのフェイクヒール!今でも強く印象に残っています。まだ、我々が「韓国」という国に、ある種の怖れとコンプレックスを持っていた、あの時代に、君だけは「明日は大事な試合だとは思うけど、ある意味、韓国をおちょくってやろうと思います」なんて・・・。なかなか言えるもんじゃぁありやせんや!
皆さん、お気づきでしたでしょうか?その名波、実は、代表ではいわゆる「外国人監督」と縁が薄かったんよね。「オシム」とは全くの疎遠だったし、「ジーコ」もほとんど参加してなかったでしょ?唯一「トルシェ」の時にエントリーされたんだけど、ほら、あのウルグアイで行われた「南米コパ」で、トルシェの逆鱗に触れちゃって、あのあと、めっきり干されたもんね。もし、時代が時代なら、あの名波の「アウトサイド放り出して真ん中プレー選び」だって、「自由度の高い選手」という評価を受けたかもしれんし、「自分で考える選手」という評価を受けていたかもしれん。
特に、2002年の最後の最後でトルシェの選から漏れたときは、僕は猛烈に怒りを覚えた一人ですからね。あのときの落選のシュンスケとナナミが二人とも当時の02の代表に入っていたら・・・。そう思うと未だに残念でなりません。で、あのときの落選の弁がこれまた奮ってました「僕がそれだけの選手ってことなんでしょ!?」くぅ~~~、このプライド。タマラン好きですね。あの時以来、僕はトルシェが嫌いになってしまいました。
そういう意味では名波って代表との相性としては「不遇」だったように思います。代表としては、結局「岡田さんのフランス」だけやった印象が・・・。
だから人は「磐田黄金期の名波」という印象が強いんじゃないかな?
でも、僕は、あの韓国戦とあのトルシェに自己主張した、あの名波が一番好きです!!
これから指導者として生きていくそうな。
「彼が名波の教え子」という選手が代表に選ばれて欲しいし
「あのベルベットパス、あの自己主張の効いたプレーはやっぱり名波の血を継いでるよなぁ~」
という選手を早く育てて欲しいね。
「名波 浩」
君は天才でした。
posted by 読裏クラブ |21:41 |
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2008年07月30日
東京ヴェディに所属している諸君は幸せである。何故なら「天才」に教えてもらえるのだから。
東京ヴェルディに所属していたユース諸君は幸せである。何故なら「天才」の教えを受けられたのだから。
東京ヴェルディにその昔所属していたジュニアユース諸君は幸せである。何故なら幼少期に「天才」に触れられたのだから。
その「天才」こそ・・・・菊原志郎である。
外見なぞは、「え?ほんまにサッカー選手?」という外見。
華奢で知的そうで、どこか、予備校の先生を彷彿させます。
16歳でJSLのトップにデビューし、その体格とプレーとのアンバランス(なのかイメージ通りなのかもまた微妙)さが何とも言えん。当時のラモスも認めた逸材。戸塚も上手かったけど、天才度では菊原の方が上だと思う。
ドリブルも決して向こうを張るようなトリッキーなそれではなく、相手のバランスの崩れを利用するスルスル抜け。
パスも決して派手なものではなく、シンプル且つシルキーなもの。
ボールキープも体格から言えば「すっ飛ばされ」そうなのに、囲まれてもスルスルと抜け出す。
そんなプレーが一際印象的でした。
ああいうプレーって、どこで身につけたんやろう?正直教えられてもなかなか体現できないんとちゃうかなぁ~。
そういう意味では彼のコーチってどうなんでしょ?どういうコーチングなのか非常に興味がありますな。とはいいながら、これだけ長きに渡りヴェルディのスタッフとして頑張っているということは、その基本パフォーマンスがきっと高いんでしょう。
でもね、例えば
「あ・・・そこ・・・ほら、相手のバランスが一瞬崩れるやろ?サッと右を抜いて!」とか
「あ・・・ほら・・・今、一瞬、相手が来るの解るやろ?その時はアウトサイドでこうやって身体入れて・・・」とか
「あ・・・こうやったら・・・ほら・・・ね?パスコース見えた?」とか
「ん!?今の、足裏でキープ!そしたら。。。ほら。。。こうやって・・・・」
みたいな菊原が菊原でありえたプレーって、感覚的なもんやから、なかなか教えられへんやろうねぇ~。
どなたか天才のコーチぶりってご存知の方が居られましたら、是非ご一報を。
posted by 読裏クラブ |17:31 |
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2008年04月23日
イタリアの労働者と言えば、現代ではまさにガットゥーゾなんでしょうが、彼は労働者というよりは略奪者、あるいは破壊者というイメージが強いもんでちょっと遠慮してもらい、ブルーノ・コンティに登場してもらうことにしました。
基本的にカテナチオを組み上げる彼らの国は労働者だらけなんでしょう。が、コンティは前線の労働者。ここが印象的です。スケールは違えど、鈴木隆行タイプ?か。いや~~それはコンティに失礼かな。最も近いところではブラジル代表のジーニョかな?
特に左サイドで抜くとはなく、預けるでもなく、まさにライン際を挟まれながらも身体を入れてキープ。隙あらば身体を入れ替えて突破・・・なんだけど、そうそううまくもいかず遅れてやってきたサポートにようやくボールを預ける。
その1拍も2拍も遅れたタイミングで天才(王様)アントニオーニが「俺にはよ球渡せやぁ~」と言いたげにボールを触りに来る。
そう、その時には既に、コンティは彼のスルーパスを貰うために前線でもう予備動作を仕掛けてました。ボールが出なければそのままスペースを作るためにまたどっかへ消えていく・・・。
「ようこんなしんどいこと繰り返すわ・・・。ボール貰うときにはヘトヘトやないか・・・」と思ったもんでした。でも、ボールが来ればほとんどノーミスで左で強烈なシュートや、最後の一絞りでワンツーを狙ったりしてました。
まさに労働攻撃・・・・。本当にチームに必要なんはコンティのようなタイプやと思います。
当時ベネチアに移った「名波」がコンティのようになってくれることを期待してたんですが。ちょっと無理だったようですね。
posted by 読裏クラブ |18:00 |
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2008年04月11日
今回新たにシリーズを追加します!追加といっても、今までアップしたエントリーでシリーズめいたもんは「私の天才列伝」だけですがね(それも4回で止まってます)。その名も「私の愛した労働者」です。♪見よ万国の労働者ではないのですが、サッカーに天才と労働者は切ってもきれんセットでしょう?
今風(オシム師流)に言えば「水運び人」なんでしょうが、我々の時代はやはり、労働者!汗かき人!です。
天才ばっかし列記してもやはりその陰で彼等を支える人間もちゃんと光を当てないといかんのは今も昔も変わらない真実ですよね。
で、今回、栄えある第一回の「愛する労働者」は・・・
「ジャン・ティガナ」です。
将軍プラティニが好き放題できたんも、フォンテーヌが自己顕示できたんも、ジレスがいぶし銀の立ち回りを演じられたんも、すべてティガナがそこに居たからではないでしょうか?
しかも、ボールキープは抜群。スペースを空けるとちゃんとドリブルですりあがる。ボールを追いかける姿はまさにチータのごとき俊敏さ。82W杯、北アイルランド戦の4点目のお膳立ては、今でも脳裏に焼きついてます。
彼の不幸はプラティニと同じ代表に入ったこと。でも、彼の幸運は、これまたプラティニと同じピッチに立っていたことでしょうな。でもティガナとジダンのお互い全盛時どうしでのコンビって、是非一度見てみたかったなぁ~!(空想の世界でしかないですが)マケレレとは違う存在感を彼なら出していたことでしょう。
当時噂されていた「ティガナがPKを蹴ることがないのは肌の色が関係している・・・」
これって今のレ・ブルーにはもうないんやろうね。
posted by 読裏クラブ |18:56 |
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2008年03月22日
礒貝⇒オコチャ⇒佐々木と回を重ねて、今回が「私の天才列伝」その4回目。です。
国内⇒海外⇒国内という順番でしたので、今回は海外から選ばさせていただきました。
その名は
「カルロス・バルデラマ」
そうです、あのコロンビアのライオン、バルデラマです。
オコチャよりも天才度ではおそらく彼の方が凌駕しているのではないでしょうか?
あのようなプレーヤーを今現在世界の中では探し出せません。気持ち的にはG大阪の「遠藤」が私の中ではカブりますが、あくまで「気持ち的」というだけですので、どうぞくれぐれもお間違いのなきよう!もし「遠藤」を「バルデラマ」と同一視するようなコメントを述べただけで、このエントリーは間違いなく炎上するでしょう!そのことはもう一度お断りとご了解を求めます(苦笑)。
私のバルデラマの印象は、とにかく、
「インサイド」しか使わん!
「センターサークルから出ん!」
「ボールを触る度に何かが起こる!」
というもので、バルデラマだけを見てれば、どんなにその試合が凡戦であろうと、僕は大満足でした。
・なんでそこで「バルデラマ」に戻すかなぁ~~!?
・ひょえ~~!そこでまだ「バルデラマ」に預けるかぁ~~!?
・おいおい!そこまでして「バルデラマ」を探さんでもええやろ?
こんな突っ込み、彼のプレーを見た方々なら一度や二度は絶対に言ったでしょ?
「シルキータッチ」とか「シルキーパス」なんて言葉は彼のプレーの為に生まれ、彼の存在以降から使われ出したのではないでしょうか?
彼から繰り出された糸を引くようなスルーパス!必殺のスルー!
ヒデのキラーパスなんてのも、彼のシルキースルーに比べればその繊細さは数段落ちますもんね。
あの時煌いた「コロンビア」
それは「リンコン」がいたからでもなく「アスプリージャ」がいたからでもなく、
間違いなく「バルデラマ」がいたからだと断言します!
晩年には噂で「日本に来る!」なんて囁かれましたが、実現できずに残念の極みです。もし彼が来ていたなら、そのプレーを見て影響を受けた子ども達は少なくなかっただろうし、一人ぐらいは「日本のバルデラマ」が生まれていたかもしれません。
え?「遠藤のこと言ってるんやないやろうな?」って?
ちゃいます!ちゃいます!
posted by 読裏クラブ |20:51 |
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2008年03月17日
各ブログでの皆さんのオジェック解任のコメントを見てからのタイミングですから「後出し」感は否めないのですが、どうもしっくりこない点がありましたので、ベタですが、やはり私も今回はこのネタでお願いしたいと思います。
しかしながら、私がこのニュースに触れた時の第一感は、「オジェック解任」よりも「エンゲルスの昇格」です。
いわゆる「緊急事態請負人」だそうです。彼が監督に就任するのが今回で4回目、そのうち3度、前任の解任を受けての指揮ですからね。
しかし、逆に言うと、彼の所属した4クラブのうち、3クラブは彼が存在しているのに、「緊急事態」を発生させていることになります。
さて、ここで、ひっじょ~~に乱暴な例え話しをさせていただきます。
ある監督AとあるヘッドコーチXが存在し、クラブはその戦績不振を要因に監督Aを解任した。
ある監督BとあるヘッドコーチXが存在し、クラブはその戦績不振を要因に監督Bを解任した。
ある監督CとあるヘッドコーチXが存在し、クラブはその戦績不振を要因に監督Cを解任した。
そして、ヘッドコーチXは2度交代から監督Xとして就任し、1度は途中で戦績不振を要因に監督を辞任した。
ここで【戦績不振に対して一番影響力のある人物を挙げなさい】と、問われたら、いったい誰がその答えなのだろう?
確率的に考えると、監督Aも、監督Bも、監督C、も戦績不振にさせる確率は各々1/2である。だが、ただ一人「X」だけは、1/2×1/2×1/2×1/2で1/16になる。
え?「お前はまたこじつけて何を言いたいのか?」ですか?
僕はヘッドコーチXとチームの不振との相関確率の話しをしているだけです。
う~ん、祖母力に影響されすぎているのだろうか?
posted by 読裏クラブ |20:20 |
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2008年03月11日
皆さんはどこまでご存知だろうか?彼を・・・。
我々の年代では、一度くらい彼の名を聞いたことがあるはずだ。無ければ我々の年代ではサッカーのモグリだと断言してもいい!それくらい有名でした。「枚方の天才」佐々木。
いわゆるササキフェイント、ササキドリブル!独特の内股でボールを晒しながら、ある時は身体の中に取り込みながら相手ディフェンスをコーンのように抜いていく、ある時は相手のバランスを崩して開いた股をスコスコ抜いていく。その姿は、完璧にプロプレーヤーのそれでした。
大阪球場にペレが来たときに、佐々木を見て絶賛し、「サントスに連れて帰りたい!」と言ったとか言わなかったとか。夜中にむくっと起き出して、思いついたドリブルをそのまま庭先(道端?)で完成するまで練習したとかしないとか。当時は噂だけが一人歩きして、それが余計に天才のイメージを膨らませました。
佐々木を見た瞬間から「佐々木病」に罹り、選手生命に多大な影響(被害)を受けた人間も多々いたとか。
そんな佐々木がJリーガーになって、それなりに試合に出ていたのですが、その時にはすでに平凡なテクニシャンになってしまってました。ダイレクトで叩いたり、普通の切り返しで交わしたりと。「これが伝説の佐々木かよ?」と、一人で突っ込んだ記憶があります。
晩年は地元のセレッソに帰り、そのまま地元の北陽高校で指導者になったとか。しかし、彼に教わる立場の高校生も、あんなドリブル、教わったからって、できるもんやないと思うんやけどなぁ~。
現在はフットサルを経て、サッカーの指導人生を歩んでおります。彼のような天才に教えを乞うた子供達が、やがて日本代表のユニフォームを着て、ピッチに立つ・・・。そういう循環ってごっつう、「ええ感じ」やと思います。
どなたか佐々木の往時の天才ぶりをご存知の方、またご一報ください!
posted by 読裏クラブ |20:28 |
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2008年02月26日
久しぶりのシリーズ「私の天才列伝!」。今回はその2回目です。登場するのは『ジェイジェイ・オコチャ』!実は『バルデラマ』とどちらに登場してもらおうか?と悩んだのですが、やはり自分の中でのインパクトの強さで『オコチャ』にしました。
僕が『オコチャ』を見たときにまず思ったこと。。。。それは
『オコチャ・メチャうま!』
これはオコチャがめちゃめちゃ上手いという意。
『オコチャ・ボコうま!』
これはオコチャにかかったらボコボコにされるぐらい上手いという意。
『オコチャ・バカうま!』
これはオコチャがバカほど上手いという意。
まぁ、これ以外にも『オコチャ・○○うま!』というのはいくらでも出てきますね。皆さんも皆さんなりに○○にお好きな言葉を代入してください。
02ワールドカップの一次リーグ、「対アルゼンチン戦」のナイジェリアが一番印象に残ってます。オコチャを中心に、大胆・且つ繊細にゲームを組立て、あのアルゼンチンを事実上圧倒してました。90分間、一度もオコチャはパスミスもトラップミスも何もかもない完璧なプレーをしたように記憶しています。
1~2人に囲まれたほうが逆に彼はモードが上がるというか、燃えるというか、真剣になるというか。「1対1で抜いたり、キープしたりしてもしょうがないやろ?」みたいな雰囲気がありました。「やる気になったらゴボウ抜きかて簡単なんや!でもそれって面白ろないやろ?囲まれてから抜かな・・・」っていう雰囲気が。天才ですな!
アウト・ヒール・トゥ・どこででもボールを自由に操り、自チームを自由に操り、もちろん敵を恐怖のどん底に陥れる、彼のプレーはめちゃめちゃ印象に残ります。その彼が一次リーグ敗退決定(2敗後)後の最後の対イングランド戦。「ほとんどセンターサークルから出ない・・・」「ボールが入っても「ポーン!」と最終ラインにダイレクトで戻す」「あげくの果てにはボールをキープしながら、スィーパー(旧いですねこの表現)の位置までダラダラとボールを持って最後はやる気のなさそうなボールを前にフィード」
まぁ、一言で言うと「一次リーグ敗退が決まった後のこんな試合・・・。めっちゃやる気ないし!俺!」というのが身体中から発散されておりました。
このとき僕はもう一度思いました。
「オコチャ!天才や!」と。
中田がボルトンに移籍が決まったとき、これで「中田」⇔「オコチャ」の黄金コンビ!が見られるぞ!とワクワクしてましたが、二人が揃ったときってほとんどありませんでしたよねぇ?見たかったなぁ~!「オコチャ」が「ヒデ」をこき使いまくるゲームを。。。。
posted by yomiuraclub |18:40 |
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