2011年10月23日
オープンスペース⇒スルーパス
最近のサッカー中継や実況から「オープンスペース」という言葉が消えかかっている・・・と、前回の「オープンスペース」の時に提起させてもらいましたが、今回の「スルーパス」という言葉も徐々にではあるものの、消えかかりつつあるような気がします。
言葉は文化です。言葉は時代を表わす鑑です。
オープンスペースが消え、スルーパスが消えつつあるということは、現代(近代)サッカーからオープンスペースが無くなり、必然的にそのスペースへ出す「スルーパス」も消えゆく運命にあるように感じます。
昔は良かったなぁ~・・・と、言えばそれは即「年老いた男」になってしまうのを覚悟の上で言います・・・。「昔は良かったなぁ~」(爆)
センターサークルの中には遊びと情緒と余裕からなる牧歌があり、その十数メートル先には広大なオープンスペースがあり、そこに至る道筋には、幾つもの「スルー!」のルートがあったように思います。
それがあんた・・・今やもう・・・
ボールはまずサイドへ。
サイドでポジションと間合いの測り(謀り?)あいがあり。
ボールは激しく上下左右に動き。
華麗なる「スルー」を生みだす出す「構築」よりも、相手が後ろで持っている間に前線で激しく「プレス」。
芝生の上を滑るように、そして緩やかに弧を描く、アウトサイドにかかった、綺麗なグラウンダーのボールの流れは、たゆみない宇宙の営みを告げています。
満天の星をいただく、はてしないピッチの緑を豊かにながれゆくボールに心を開けば、きらめくパスの物語が聞こえてくる・・・、スルーの軌道の何と饒舌なことでしょうか。
お送りしております、このシリトリフティングが、今宵も貴方(貴女)の夢に溶け込んでゆきますよう・・・。
スルーパスのお供をいたしましたプレイヤーは、私「読裏クラブ」でした。
それではまた、次回のシリトリフティング、午前0時にお会いしましょう!
PS
久しぶりの「シリトリフティング」シリーズでした。気がつけばもうこのシリーズ、1年と6ヶ月弱も放置されておりました。と、書いた前回からまたまた1年強も手つかずでした。はい。業界で言うところの「完全死に筋」となっておったわけです。だいたい筆者自身がこのシリーズの存在を完全に失念しておりましたもので(笑)。
ただ、最近私が毎日チェックしておりますブログで、シリトリネタで面白いエントリーがありまして、「!!」と閃き、このシリーズを復活させた次第です。これを機会にまたこのシリーズ、細々と続けていきたいと思っておりますので、一つ、温かい目で見てやってください!
それではみなさん・・・ジェットストリーム!ジェットストリーム、ジェットストリーム・・・
別館「読裏新聞」を好評発刊中!サッカー以外のネタ(もちろんスポーツネタもありますが)もお楽しみいただければ幸いです。お暇な方は是非お立ち寄りください。こことはまた別の「しょうもない読裏ワールド」が待ってます(^^;)
posted by 読裏クラブ |22:30 |
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2010年09月05日
ルック・ビフォー⇒オープンスペース
最近のサッカー中継や実況から「オープンスペース」という言葉が消えかかっていると感じるのは私だけだろうか?「スペースを使う」とか「スペースを見つける」とか「スペースを見出す」とかの、「スペース」というフレーズは、いまだに大手を振って闊歩するほど、ポピュラーなフレーズであるものの、そこに「オープン」が付いた「オープンスペース」という言葉がなくなりつつあります。
言葉は文化です。言葉は時代を表わす鏡です。
近代サッカーから「オープンスペース」という言葉がなくなり「スペースを~~」というフレーズになったということは、すなわち、近代サッカーから広大な「オープンスペース」というものそのものが無くなりつつあるということを表わしているように思います。
オープンなんて牧歌的で、余裕を持ったスペースが、もう近代サッカーでは生まれてこないのかも知れません。
スペースと言っても、もっと狭く、もっと瞬時になくなる、一瞬の限定されたものになっているのかも知れません。
僕らの時代は、選手のプレースタイルや、自分の得意な分野を説明するときによくこう言ったものでした
Q)君の自信のあるプレーは?
A)はい!左サイドのオープンスペースの使い方です!
もし、今、このような答えをする選手がいたら、きっとこういう結末になるんやろうね。
Q)君の得意なプレースタイルは?
A)はい!左サイドのオープンスペースを使うプレーです!
Q)・・・。君、悪いけど、今のサッカーで「オープンスペース」なんてもんが90分で何秒発生すると思ってんの?
A)は?
Q)今のサッカーにオープンスペースなんてものが、そもそももう無いの!だから君は使えないよ!
って。。。
PS
久しぶりの「シリトリフティング」シリーズでした。気がつけばもうこのシリーズ、1年と6ヶ月弱も放置されておりました。はい。業界で言うところの「死に筋」となっておったわけです。筆者自身がこのシリーズの存在を完全に失念しておりましたもので(笑)。これを機会にまたこのシリーズ、細々と続けていきたいと思っておりますので、一つ、温かい目で見てやってください!
思うところあって、このたび、別館「読裏新聞」を発刊いたしました。サッカー以外のネタ(もちろんスポーツネタもありますが)もお楽しみいただければ幸いです。お暇な方は是非お立ち寄りください。どこまで続くか解りませんが、しばらく「二足のわらじ」で頑張ります(^^;)
posted by 読裏クラブ |22:59 |
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2009年07月18日
インテル⇒ルック・ビフォー
サッカーの基本的なセオリーというか、テクニックというか、スキルに「ルック・ビフォー」というのがあります。これと類似している言葉に「前方ルックアップ」なんてフレーズがよく「金子勝彦さん」の口から出ていましたが、ルック・ビフォーはそれとは根本的に意味が違います。前方ルックアップは、ボールを持っている時の行為を表わしたもので、ルック・ビフォーはボールが来る前の動作のことを表わしています。
ルック・ビフォーの秀でた選手ほど、インテリジェンスを醸し出し、知性をにじませ、サッカーを芸術に高めていきます。ある意味、身体能力よりも重要な能力だと思います。
時々「あかん・・・首を捻挫した」なんて言いながら首筋をさすっている選手がいますが、これは完全に「俺、ルック・ビフォーを意識してプレーしてるねんで!」という自己顕示の別の言い方で、このセリフを聞いて「え?首なんか捻挫するの?」なんてど素人の応答をすれば、それこそ言った当人の「思うツボ」となるので、そこは軽く聞き流し、「ふ~ん・・・お大事にね!」と、いなさなければなりません。
さて、ルック・ビフォーというのは何も瞬時のプレー(ボールを貰う直前)に限ったことではありません。今の相手のポジションの取り方、今現在の相手のスペースの空け方、CKでの流れ込む前の相手との距離、なんかもすべて事前に掴んでなければ対処できません。
つまり、予備知識であり、事前情報であり、現時点で起きている様々な状態を、しっかりと頭の中に叩き込んでから、次の行動を起こす。そのための必要不可欠な行為であるわけです。
ここまで書いていると、何も「ルック・ビフォー」というのは、サッカーだけに通じる話ではなく、「生き方」、「人生」、に、すべて通じる非常に重要な行為だと言えます。
今の自分の仕事が会社からどう評価されているか?を事前に周辺の状況から把握しておく。
今度の商談相手の焦点は、そのサービスの価格なのか、内容なのか、スピードなのか、を事前に把握しておく。
今度のデートの相手は、今付き合っている人がいるのか?いないのか?を周辺の情報から把握しておく。
それだけではありません。
今の自分が周りから求められているものは何か?
今の自分に足りないものは何か?
今の自分で出来る範囲の事は何か?
今の自分がより高まるために必要なことは何か?
これも全て大きな意味では「ルック・ビフォー」です。
ね?
賢いサッカー選手がルック・ビフォーに秀でているように、
人生の賢者はルック・ビフォーを自然に身に着けています。
ここまで説明すれば、賢明な読者の方々は当然ながら、
将来有望な若手諸君にもこの予備動作の重要性が伝わったのではないでしょうか?
そう・・・わかってくれた?○○君!
設問1
○○に入る漢字を下から選んで、上の文章を完成させなさい
【本】【平】【水】【田】【山】
posted by 読裏クラブ |20:20 |
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2009年03月11日
ラモス・瑠偉⇒インテル
インテルという名のクラブはおそらく相当な数があるんだろうね。「インター」という意味からすればどこの国においてもその名称をつけることは出来るわけやし。でも、やはり、「インテル」と言えば「インター・ミラン」ということになるんでしょう。青と黒。ね?どこかの国の青と黒も最近でこそトップ3の仲間入りで、堂々としてますが、このインテルも、栄光と挫折(?)との繰り返し。というか、常に栄光を求めるが故の苦悩を抱えてきたクラブのイメージが強い。
皆さんは「インテル」イコール誰?を思い浮かべます?モウリーニョ?イブラヒモビッチ?アドリアーノ?それともフィーゴやロナウドかな?渋めがお好きな方はカンビアッソとかソラーリとか?あ、そうそう、ピルロもインテルにいたんよね。ちょっとの間やけど。そういう「ちょっとの間のインテル在籍」ってすっごい多いよねぇ~。それこそ綺羅星のごとく。ちょっと挙げてみても、バッジヨ、セードルフ、ベルカンプ、スキラッチ、ムトゥ、ラモン・ディアス、ダーヴィッツ、ベーロン、シメオネ、ヨンク、それにカンナバーロもローラン・ブランもシルベストルも。。って・・・すごいよね?この面子。そうそう、僕の大好きな「シーフォ」もインテルに在籍してました。
これにまたインテルのイメージが強烈なジョルカエフとマテウス!。ジョルカエフの青と黒ってごっつぃ似合ってて格好よかったもんね。
これだけの面子がインテルのOBやねんから、一度OB会なんか開いたらそら壮観やろうなぁ~。OB会長は誰何やろ?ベルゴミ?やっぱりゼンガ?
でもOB会のパーティー会場に入る時の合言葉だけは絶対これに決まってるやろうね。
「インテル、ハイッテた?」
※実はこのネタ↑だけを言いたいだけの今回のエントリーでした。
posted by 読裏クラブ |23:55 |
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2009年01月26日
ゲルト・ミュラー⇒ラモス・瑠偉
ご存知、ミスター読売。初代ミスターはジョージ与那城だったのかもしれないが、やはり今や「ミスター読売」と言えば彼だろう。ラモス自身はいまだに「ヴェルディ」ではなしに「読ク」とあのクラブのことを呼んでいるらしいし、それだけかのクラブへの愛着は人一倍だろうと思う。
そのベルディが今日現在あのような現実に直面していることに彼はどういう感慨を持っているのだろうか?
私達の年代はラモスによって夢を追い求めさせてもらった。それだけの情熱と愛情を我々の日本サッカーに注いでくれた。だから私は「彼、ラモスは日本サッカーの偉大な恩人の一人である」と断言できる。クラマー、カマモト、カズ、オクデラ、ヒデ、等等。日本サッカーをそのたびに一段ステップアップしてくれた偉大な男達に並んでも、全然色褪せない!
日本が初めてキリンチャレンジサッカーで外国クラブを相手に優勝した、あのトットナム戦。あの試合が私が見たラモスの最も光り輝いていた試合でしたね。リネカーがマジでラモスに拍手してたもん!加えて彼の闘争心、彼の気持ち、の強さは我々にはまだまだ見習う所が多いと思うなぁ~。「サッカーは気持ちだよ!」って、あれだけのテクニシャンが言い切るから、より真実味があるわけで・・・。
そういう印象が強く残っているだけに、最近のラモスは、ちょっと淋しさを覚えます。誰かの引退試合や、どこかのフットサルで頑張るのもいいんやけど、もっともっと最前線で我々を叱咤激励して欲しいね。「冗談じゃないよ!」と叫んで欲しい。今の代表のどこに何が欠けているか?をもっともっと言って欲しいね。例えそれが「暴言」に近かったとしても、面と向かってラモスに反論できる気骨のある選手がどれだけいるのか?って思うと、これまた現状への淋しさとやるせなさが強まります。
そう考えたらいっそ一気に「代表監督」なんてことも・・・考えんでもない。マラドーナでも有り得たんだからね。だって今の遠藤に「走れよ!もっと!今日のプレーじゃ全然駄目だよ!」って堂々と言えるのは、ラモスぐらいだもん!
posted by 読裏クラブ |20:48 |
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2008年12月09日
釜本邦茂(げ)とくれば、やはり、ストライカーつながりで、この人のご登場となります。「(ゲ)ルト・ミュラー」。
爆撃機の異名をとったこの異色のストライカー。背は低く、ボールタッチは硬く、ヘディングもせず、トリッキーなドリブルもなく、ないない尽くしの彼が、代表で62得点(68試合)、ブンデスリーガでなんと!365得点(427試合)、というとんでもない数字を弾き出している。
嗅覚とか臭覚とか形容詞はいろいろあろうが、要は「ゴールのみを狙う猟犬」ですわね。足元に入り過ぎたようにボールを止めて、何でか知らんがそのまま180度反転して、何でかしらんが、コースが空いているゴールマウスへ、グラウンダーでドスン!っていうのが十八番(オハコ)でした。
インザーギでもないし、リネカーでもないし、もちろん武田修宏でもない。いわゆる「ミュラー」なんだよね!
74年のキラ星のようなスター軍団、「フランツ・ベッケンバウアー」「ギュンダー・ネッツアー」「ウォルフガング・オベラート」「パウル・ブライトナー」「ライナー・ボンホフ」なぁ~んて懐かしくて涙ちょちょびれの面々の中で、ミュラーだけは、ホンマ格好悪かったもん(苦笑)。でも、彼がオランダを夢から引きずり降ろしたんだよね。
あ・・・ちなみに、僕は「ライナー・ボンホフ」のファンでした。「もみあげ」も格好良かったなぁ~~。
ミュラーを思うとき、やはり思ってはいかんのだが、現在の代表のトップと比較してしまう。してはいかん!やってはいかん!と思うのだが・・・。僕は釜本邦茂の再来は望んでいないんだけど、日本のゲルト・ミュラーって存在は是非生まれて欲しいなぁ~。
僕らにもしミュラーがいたら・・・。オーストラリアもバーレーンも、そんなのイチコロだぜ!!
posted by 読裏クラブ |20:53 |
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2008年09月26日
ガンバ大阪の「か」。「か」では迷いました。「(か)んさい」が生んだ偉大なサッカー人が二人いるからです。一人は「加茂 周」さん。で、もう一人が「釜本邦茂」氏。なぜ前者が「さん」で後者が「氏」かというと、それはもう簡単な話で、シンパシーが有るか無いかということだけです。
ですので、本来なら「加茂 周」さんで続けたかったのですが、やはり「ガンバ」の流れで「釜本」氏に登場してもらいました。
「ガンバ大阪」の初代監督がこの人ですからね。
皆さんは「釜本」と聞いたらどんなイメージをお持ちですか?もしかして「参議院議員」?それとも「大御所の解説者」?かな?
でも、やはり僕的には「ガンバの監督」ではなしに、日本が生んだ不世出のストライカーのそれというイメージの方がダントツに大きい。それも「真っ赤なユニに3本線」のヤンマーのそれです。
私も釜本の現役時代のプレーを知る者の端くれですので、「彼の現役を知る者としては、今の選手がどうにも物足りなくて・・・」
ということは・・・・
ぜぇ~んぜんありません。
正直彼のプレーがそれほど偉大だったかどうか?疑問をずっと持ち続けています。「金子勝彦」さんなどは絶対的に釜本を別格扱いしてましたよね?確かにあの当時、我々日本サッカーを唯一世界に近づけたものにしてくれたのは釜本だけだったかもしれません。
右足でボールを持って、右アウトでチョンと出して、後は「ズドン!」。ガァ~っとゴール前に入って打点の高いヘッドで「ドスン!」。この2つのプレーだけが印象に残ってます。でもね、逆に言うとこの2つのプレー以外は印象に残ってないというか。
ドリで相手をカンカン!・・・なんてもんはなし。
前線でチェイスしてボールを奪って・・・もなし
スペースを空けながらサイドに流れて、そのスペースに入り込んだ2列目の選手にヒールでチョン!・・・もなし。
「胸トラしてドスン!」「身体を入れて、反転してズドン!」「ペナコの角から強引にニアサイドをドスン!」「コーナーをヘッドでズドン!」
こればっかりのような気がします。でもこれが全部ゴールの中に入るから、それはそれですごい。
だからでしょうか、釜本氏はどうも「サッカーはもっとシンプルに。ボールは前に蹴るもの」という哲学をお持ちのようで、実際その昔、ガンバとの練習試合で釜本氏のベンチからの指示をピッチ上で聞いたことがありましたが、そりゃもう「前へ蹴れ!」とか「ガァ~~っと行け~!」とか「前や!バックパスすんな!」とか。前近代的な指示のオンパレードやったもんです。
釜本氏は監督としてではなく、まだ現役時からチームメイトにもこう言ってたそうな。
「しょうもないパスで崩すなんてこと考えんと、ボール持ったら俺がどこに居るか探して俺に出せばええんや!」って。
「パスでちょこちょこせんと、ゴール前に放り込んだら俺が決めてやるから、早ぅ、ボール前へ蹴れ!」って。
これ、ヤンマーだけじゃなしに、全日本(当時の日本代表の呼称ね)でも同じやったそうです。これホンマの話です。だってそのチームメイトの人(この人も全日本です)から直接聞いたもんで。
ですんで、この人、真面目な顔でこう言ってました。「日本のサッカーが世界からいまも10年は遅れているのは釜本さんがおったからや」って。
ただしこれは釜本氏を否定しているものではありません。釜本氏の偉大さを表わすセリフだとご理解ください。
皆さんは「釜本」と聞いたらどんなイメージをお持ちですか?
posted by 読裏クラブ |19:57 |
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2008年09月10日
シリトリフティング、3回目。は、ブンデス・リーガ⇒ガンバ・大阪です。
ガンバ大阪。今でこそACLでその覇を狙おうかというポジションにまで登り詰めていますが、歴史的にはそのような「ビッグ・クラブ」として存在感を醸し出したのは最近のことなんですよね。
「ガンバ大阪」はJ発足の時から名を連ねていますから、そう思うと老舗ということになるんでしょう。ちなみのその発足当時のクラブは10クラブ。以下にその10個を並べてみます(クラブ名は当時)。
鹿島アントラーズ
浦和レッズ
ジェフ市原
横浜マリノス
横浜ASフリューゲルス
清水エスパルス
ベルディ川崎
名古屋グランパス
ガンバ大阪
サンフレッチェ広島
この中で発足当時から未だ2部落ちがないのが、「鹿島」「ジェフ(千葉)」「横浜M」「清水」「名古屋」「ガンバ」となります。もう6個しか残ってないんやね。
しかしこうやって一覧してみますと、まだまだ当時は「地域密着」を掲げていたものの、その地域の偏りはいかんともし難かったですねぇ~。関東地域に7クラブ(静岡は微妙ですが)、名古屋以西に3クラブ。北もなし。東北もなし。四国もなし。で、九州もなし。関西だって「ガンバ」しかありませんでした。
その関西、Jが出来ると聞いたときは、てっきり「ヤンマー」が入るもんだと思ってました。当時読売クラブの台頭があったとは言え、何といっても「三菱」と並んで「ヤンマー」は、日本サッカーの中心の一部を担っていたし、その自負も当事者にはあったしね。
だから「ガンバ」というよりは「松下電器」がJに入ったというように聞いたときは少なからず驚きを感じました。松下電器って僕の現役時代当時、よく練習試合でお付き合いさせていただいてたんですよね。水口さん、当時から選手の人望が厚いという印象が強かったです。
ヤンマーのBチーム、「ヤンマークラブ」からの水口さんの松下が、ヤンマーのAを押しのけてJに参画して行くことを知ったとき、何か歴史というか因縁というか人生というもんを当時の若造の僕でも感じざるを得なかったですね。
JSL2部で叩きあげてきた当時の「ヤンク水口」さんの「松下」の下積み時代があってこそ、今のガンバがあると言えるんじゃないでしょうか?
今、世界を見つめているガンバ。
天才・遠藤を擁するガンバ。
宮本の故郷、ガンバ。
稲本の故郷、ガンバ。
日本の天才・礒貝が所属したガンバ。
これからも長い歴史を刻んでいって欲しいと思います。発祥の人たちの肩に乗って世界へ旅立って欲しいですね。あ・・・でも、2部には落ちないでよね。残された6つの中の栄えある1つなんだからね。サッカーの世界は厳しく、浮き沈みが激しいから、ちょっと油断するとほんと冗談なしにすぐに「2部」落ちってあるんだから
posted by 読裏クラブ |23:26 |
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2008年08月16日
シリトリフティングの2回目は「読売クラブ」⇒「ブンデス・リーガ」
さて、「ブンデス・リーガ」。私達が現役真っ只中の時は、海外サッカーといえば「セリエA」でもなく「リーガ・エスパニョーラ」でもなく、もちろん「リーグ・アン」でもなく、そして「プレミア」でもなく(当時はプレミアはありませんでした。いわゆるイングランド1部リーグね)、ドイツのでもなく、「西ドイツ」の「ブンデス・リーガ」でした。
緑のピッチが目に眩しく、バイエルンの本拠地、オリンピックスタジアムの優雅で近代的(に見えた)なメインスタンドのファイバー屋根がすっごく印象的でした。こんなところサッカーできたら、そりゃ巧なるやろうなぁ~と、ダイヤモンドサッカーを見ながら思ったもんです。
今も王者の位置をキープしている「バイエルン」や、当時のプーマのユニがすっごくカッコよかった「ボルシア・メンヘン・グランドバッハ」、奥寺が入って一気に試合を見る機会が増えた「1FCケルン」、「ドルトムント」や「ハンブルガーSV」、「シャルケ04」なんかも中堅どころでええ味だしてました。
加えて子供(青年?)心に深く刻み込まれた、あの「歌声」。声援というフレーズでは軽すぎ、応援というフレーズには違和感を感じる、何か、そう、「血涌き、肉踊る」といいますか「鼓舞する人間の心の叫び」とでもいいますか、とにかく当時の日本にはまったくなかったスタイルの応援でした。「いったい誰が歌い出してどうやってまとめてるんやろ?」って、これまた日本的な疑問を感じてたもんです。そのときの我々の最新応援スタイルは「赤ヘルのコンバットマーチ」と「甲子園のブラスバンド」でしたもんね。
そして、このブンデス・リーガが、幾層から成り立つリーグのトップリーグであること(確か12リーグ?)、アマチュアからプロまでがそのピラミッドにきちっと治まって運営されていること、そしてその各チームは「クラブ」と呼ばれ、何と!その「クラブ」はスポーツシューレという基本的な組織の一部で、そのシューレにはサッカー以外のスポーツチームも存在し、バスケットのバイエルン・ミュンヘンやバレーボールの1FCケルンがあることも知りました。
そうです。当時の私にとっては「ブンデス・リーガ」は「異国のサッカーリーグ」というよりは、「理想郷」、「憧憬の地」、「適わぬ夢の先にある楽園」のように思えたのです。
だから、川淵さんが「ブンデス・リーガ」を見習って日本にサッカークラブを作りたいのだ」という夢を語ったとき、僕は文字通り「夢」を見たわけです。「もしそんなことが日本で実現できたら俺は本当に、どれだけ、その、なんというか、人生が、充実するだろう!」って。
だから川淵さんを盲目的に支持しましたし、将来できる「J」がいかに日本スポーツ文化の風穴を開ける画期的な存在になるのか!を周りに必死になって吹聴したもんです。
そんな僕が「川淵さん」にコメントし、これだけサッカーに包まれた幸福な人生を味わいながら、まだサッカーに対する自分の渇望をこうやって綴ってるんですから、そらもう、考えてみれば隔世ですよ。
てなわけで「ブンデス」だけは、どこか違う特別な存在なんです。
読売クラブと同じ、僕の人生感を変えてくれたといっても過言ではないのが「ブンデス・リーガ!」
なのでした。
posted by 読裏クラブ |21:00 |
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2008年08月05日
別に某番組の某企画ネタをパクったわけでもないのですが、ちょっとした弾みでこんなシリーズもええんとちゃうかな?・・・と思いまして、続けてみようと思います。「シリトリフティング」。ベタ中のベタと言われるでしょうが、ご存知のように、私は「ベタ大好き人間」なもんで。
一番最初に登場すべきフレーズを考えると、やはりここから始めようかな。「読売クラブ」
我々の世代ではこの「クラブ」の存在は、本当に特別なもんでした。
企業スポーツ全盛の日本アマチュアサッカーの中で異色の光を放ってましたもんね、ここは。
なんせ、「J」の「じぇ」の字もないときから「我々はプロサッカーを目指す」と当初から公言してたのはここだけでしょ?そのポリシーの力強さに憧れを抱かないサッカー少年はいなかったのではないでしょうか?
「日立」や「古河」や「三菱重工」「日本鋼管」なんて、重厚長大企業の傘下クラブ(とは言いませんでした。正確には実業団ね。)が居並ぶ中、「読ク」のサッカーは、奔放であり、先進であり、まさに異国のそれでした。彼らだけが正確に「クラブ」組織で生きていたのですから。
筋トレやダッシュやシゴキに似た非能率的な練習に明け暮れていた我々の耳には「読クの練習ってミニマッチばっかりらしいで」なんて、まことしやかにそんな噂が流れてました。「全員ストッキングずらして、自由気ままにボールを蹴ってる」なんてことも、さも本当のように伝聞されてました。今から思うとそんな練習だけで勝てるわけないように思うんですが、当時の「読ク」のスペシャリティーが、それらをすべて真実に思わせていたのです。
「読ク出身」というのは「サッカーが巧い」という称号を意味してました。それもプレースタイルだけに留まらず、「日本サッカーに対してアンチテーゼを主張する」、「アマチュアリズムに反逆する」、「プロのサッカーを体現する」、そんなものをも全て含めての称賛と憧憬の象徴であったように思います。
今、あのときの「読ク」のような主義と主張を放つクラブを見つけようと思ってもなかなか難しい。それだけ全員が成長したのだろうし、それだけ全員が上手くなったのだろうし、それだけ優秀になり、それだけサッカーに打ち込む姿勢が真剣になったおかげで、つまり全員が優等生になったおかげで、異端者が存在し難いということもあるのでしょう。
負けても負けても中央突破を挑むチームスタイル。ダサい点よりも相手を抜き去る事に悦びを感じるペナコ内のワンツー。一旦形勢が不利になり、自分達のスタイルが崩れそうになったときに見せる不満タラタラの審判への悪態。なんかむしょうに「カッコエエェ~」と思ったんですよねぇ。
だから何回日産に負けても、自分達のスタイルを変えずに、「ふん・・・そんなんで勝って面白いか?」的なサッカーをするのが堪らなく魅力的で、「日産に負けるからこその読クなんや!」みたいな、僕はそういう読ク側の目線で見てましたね。
よく人から「○○(←僕の名)さん、好きなチームってどこなんですか?」と聞かれるんですが、そのときには「そうやなぁ~。やっぱり読クかなぁ~。あ、間違わんといてな、ヴェルディと違うからね。ヴェルディと読クは違うから」と、答えています。
ちなみに、ヴェルディ←読クの流れから、読クのユニも「グリーン」というイメージが強くありますが、実はそれは最後に日本リーグを制した時の頃で、グリーン以外でも「水色+黒」とかの、思いっきり「南米チック」なユニもあったんですよね~。僕はあの頃の読クのユニが一番好きですね。ちなみに当時はずっと「プーマ」でした。
優等生的な実業団のオープン攻撃(←もうこの言葉も今では死語ですかね)に対して中央突破。優等生的な実業団のプレー態度に対して読クの審判に対する南米的な態度。日本的なユニフォームデザインに対する読クのユニフォーム姿。大袈裟に言えば僕の人生に深く影響している、サッカーの醍醐味やお洒落、サッカーでの自己表現、サッカーを通しての世界観、なんぞは全て読売クラブからの発信によるものかも知れません。
今回はあまりにノスタルジックになり過ぎました。読クと僕の青春がかぶっちゃうもんで、ついつい。
posted by 読裏クラブ |20:24 |
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