2008年04月11日

「私の愛した労働者」その1=ジャン・ティガナ

今回新たにシリーズを追加します!追加といっても、今までアップしたエントリーでシリーズめいたもんは「私の天才列伝」だけですがね(それも4回で止まってます)。その名も「私の愛した労働者」です。♪見よ万国の労働者ではないのですが、サッカーに天才と労働者は切ってもきれんセットでしょう?

今風(オシム師流)に言えば「水運び人」なんでしょうが、我々の時代はやはり、労働者!汗かき人!です。

天才ばっかし列記してもやはりその陰で彼等を支える人間もちゃんと光を当てないといかんのは今も昔も変わらない真実ですよね。

で、今回、栄えある第一回の「愛する労働者」は・・・

「ジャン・ティガナ」です。

将軍プラティニが好き放題できたんも、フォンテーヌが自己顕示できたんも、ジレスがいぶし銀の立ち回りを演じられたんも、すべてティガナがそこに居たからではないでしょうか?

しかも、ボールキープは抜群。スペースを空けるとちゃんとドリブルですりあがる。ボールを追いかける姿はまさにチータのごとき俊敏さ。82W杯、北アイルランド戦の4点目のお膳立ては、今でも脳裏に焼きついてます。

彼の不幸はプラティニと同じ代表に入ったこと。でも、彼の幸運は、これまたプラティニと同じピッチに立っていたことでしょうな。でもティガナとジダンのお互い全盛時どうしでのコンビって、是非一度見てみたかったなぁ~!(空想の世界でしかないですが)マケレレとは違う存在感を彼なら出していたことでしょう。

当時噂されていた「ティガナがPKを蹴ることがないのは肌の色が関係している・・・」
これって今のレ・ブルーにはもうないんやろうね。

posted by 読裏クラブ |18:56 | 私の天才列伝 | コメント(3) | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/yomiuraclub/tb_ping/77
この記事に対するコメント一覧
「私の愛した労働者」その1=ジャン・ティガナ

ぼくは、86年W杯仏代表の”ルイス・フェルナンデス”ですね。
チームの肺と呼ばれてました。




*82年W杯 スイス戦は、北アイルランドの間違いだと思ってます。たしかスイスは出場してません。
4点入れた試合はクウェート戦と北アイルランド戦ですが、
北アイルランド戦の4点目は、ティガナからのアシストでジレスが得点しましたが、綺麗なヘディングシュートだったのを覚えてます。

あのときのフランスはすごかったですね。今ではフランスよりあのときのブラジルを”黄金の4人”と世間では賞賛していますが、ぼくはフランスの方が、今のバルセロナのパスワークに近いと思ってます。ブラジルもすごかったが、緩急をつけている分、スピード感がなかった(あくまでも当時のフランスと比べてですが)。フランスはダイレクトを多様していた分、攻撃のスピードがかなりあった気がします。

posted by M | 2008-04-12 17:43

■リターンパス

>M さんへ
コメント有難うございます。並びに訂正のご指摘、誠に感謝です。早速訂正(北アイルランド←スイス)させていただきました。

おっしゃる通り、フランスの方が黄金でしたよねぇ~、緩急という意味では。あの時代のリズムって今の時代からは牧歌的として見られてしまうのでしょうか?

今後ともよろしくお願いします。

posted by 読裏クラブ | 2008-04-12 17:54

「私の愛した労働者」その1=ジャン・ティガナ

水運び人というのは、火災時に手渡しリレーで水をかける先頭の人までバケツで水を運ぶ人-そこからきたドイツのスポーツ用語で、例えば自転車競技の同チームのスター選手をサポートする人もこう呼ばれます。サッカーでは60年代終わりから70年始めにかけてナショナルチームでも活躍したスター選手MFギュンターネッツァーをサポートした守備的MFヘルバート ヴィマーが「水運び人」と呼ばれていました。これ以降スター選手の負担を軽くする運動量の多い選手をこう呼んでいましたが、最近はあまり聞かなくなった言葉です。

posted by akiri | 2008-04-15 20:11

コメントする