2008年01月28日

感謝デーでブーイングを受ける組織体について思うこと

「人は同じ価値観同士で集合体を作ろうとする性質がある」ということをどこかで聞いたように思います。逆に言えば「同じ集合体に所属すると同じ価値観を持つ」ということになるかもしれません。小は「家族」、中(?)は「宗教」、大は「国家」まで。その狭間にある「組織体」はすべからくそのような宿を持ち合わせながら発生し、存続しているのでしょう。

「同じ価値観を持っている」⇒「それを共有化し、その共有を確認するために組織体が発生する」⇒「その組織体に所属している者同士だから同じ価値観を持つようになる」⇒「同じ価値観を持っている」⇒(以下永久に続く・・・と思われる)

それが長期に存続できれば、その組織体には「伝統」や「誇り」などという目に見えない「暗黙知」というものが発生し、よりその組織体を強固せしめる要素となるのでしょう。しかし過去を紐解くまでもなく「組織(集合体)は決して永久のものではない」というのも歴史が証明しております。

さて、ここで大きな分岐となる課題にぶち当たります。


「自分の求める価値観をその組織が認めなくなった」
「組織の暗黙知が薄れ、以前とはまったく違う組織体へ変貌しようとしている」

組織はこれを「繁栄のための変化と成長」と訴えるでしょうし、
個々はそれを「堕落と変節と失望」と捉えるでしょう。

皆さんはこの問題が発生したとき、どのように行動されますか?

「自分が愛すべき組織がその価値観を変更し、愛すべき対象ではなくなってしまった」
そのような場面が、人生を進もうとするときには、誰しも大小の違いはあるにせよ、経験することでしょう。


「その組織に残って、あくまで、自分の愛した組織への復元に尽力を尽くす」
「その組織を離れ、自己の価値観に合致する組織を模索・または所属する」

人の生き方がここに出るのでしょうね。

政党間の移動も、企業間の移動も、そのような動機付けで動いている人達が存在するのも事実かもしれません。



さてさて。「クラブ」⇔「サポ」⇔「選手」にそのような関係はありやなしや?
誰しも「愛するクラブ」で「自分の求めるサッカー」を「永続的」に表現したい。それを共感してくれるサポーターとともに共有したい。と思ってるでしょう。しかし現実はこうなってしまいました。

かのクラブの異常事態を見るにつけ、このようなことを考える今日この頃です。

価値観を共にする共同体というのは、その純度を維持するのが一番難しいのでしょうね。

この状況をウバガイさんはどう思われているのでしょうか?

posted by 読裏クラブ |19:45 | コメント(5) | トラックバック(1)
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「人は同じ価値観同士で集合体を作ろうとする性質がある」ということをどこかで聞いたように思います。逆に言えば「同じ集合体に所属すると同じ価値観を持つ」ということになるかもしれません。小は「家族」、中(?)は「宗教」、大は「国家」まで。その狭間にある「組織体」はすべからくそのような宿を持ち合わせながら発生し、存続しているのでしょう。

2008-01-29 12:48 | 続きを読む
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感謝デーでブーイングを受ける組織体について思うこと



「その組織に残って、あくまで、自分の愛した組織への復元に尽力を尽くす」
「その組織を離れ、自己の価値観に合致する組織を模索・または所属する」

↑選択肢はたぶん、この2つ以外にもあるのではないでしょうか。
なぜ特定のチームをサポートするのか、この理由をはっきり答えられるサポーターがどれだけいるのでしょう。
たぶん答えられない人たちがほとんどで、こういう人たちは社長がばかでも、選手が下手でもサポートをやめないでしょう。

政党や企業とは、たぶん違いますよ。前者は政策を実現するための手段、後者は生活の糧を得る手段(個々からすればですが)。サッカーチームを応援してえられるのはカタルシスです。
ジェフのサポートをやめて柏のホームゴール裏へ引っ越すジェフサポーターってまずいないでしょう。

posted by こんばんは。 | 2008-01-28 20:40

感謝デーでブーイングを受ける組織体について思うこと

自分は「しょうがないなぁ。」って文句言いながらも、応援するほうでしょうね。

「その組織に残って、あくまで、自分の愛した組織への復元に尽力を尽くす」ってことなのかな?

復元っていうのはちょっと違う気がするけれど??

posted by ブランク | 2008-01-28 21:16

感謝デーでブーイングを受ける組織体について思うこと

私は、どっちかと言うと、「その組織を離れ、自己の価値観に合致する組織を模索・または所属する」ですかね。
だから、特定クラブのサポにはならないんですよね。
黄金時代の磐田、イビチャ・オシム時代の日本代表、2002年のレアル、2005年のバルセロナ、いまのアーセナル。

同じ匂いのするチームを次々と好きになります。
でも、匂いが変わってしまったら、愛することはできない。
いまの磐田は愛せないし、いまのレアルも愛せない。

ただ、日本代表は、程度の差こそあれ愛しています。
これは、たぶん、中田英という私の中でも最も好きな選手が所属した「チーム」だからでしょう。
やってるサッカーを見たら、第1次岡田ジャパンもトルシエジャパンもジーコジャパンも好きじゃなかった。
でも、日本代表は好きでしたね。
中田英がいたから。
これは、「その組織に残って、あくまで、自分の愛した組織への復元に尽力を尽くす」ってことなんでしょうかね?

よく分かりません。

posted by ジダ | 2008-01-29 02:39

感謝デーでブーイングを受ける組織体について思うこと

あくまでも自分の場合はですが、贔屓チームは「家族や親戚」のような感覚です。
なので、たとえどんなに変質してしまったと感じたとしても、よそを応援しようとは思わないでしょう。
たとえが極端かもしれませんが、家族が法に触れることをしてしまって刑務所に入ったとしても、やっぱり家族です。縁を切ったりはしません。

posted by AH | 2008-01-29 13:44

■リターンパス

>こんばんは さんへ
 コメント有難うございます。「カタルシス」っていい言葉ですねぇ~。そうなんでしょうね。「政党」と「企業」はちょっと乱暴な例えでした。選手はどう思ってるんですかねぇ?「去るも地獄、残るも地獄」というのはこういう状況のことを言うのでしょうね。どちらの選択も「人間の生き様」だと思います。ただ、その点でいけばサポーターは、ある意味選択肢は限られてますよね?千葉サポの皆さん(もしここをご覧になっているとしたら)、「踏ん張ってください!」

>ブランク さんへ
いつものコメント有難うございます。イングランドでは、「マンU」や「アーセナル」ではなしに、名もない「3部の(おらが街の)クラブ」にそれこそ人生を捧げている人々があると聞きます。正直、そういうのって、なんか、すごく、羨ましい。そういうのってのが「伝統」であり、「誇り」なのかも知れませんね。

>ジダ さんへ
 いつもコメント有難うございます。黄金時代の磐田ですか。ひっじょ~~~に、コンチネンタルでしたよね。私も大好きなチームの一つでした。今でも「ドゥンガ様」の雄姿が目に浮かびます(彼はやはりユニフォームが似合いますな。少なくともあの「柄・プリントシャツ」よりは)。磐田⇒02レアル⇒05バルサ好きなら、もうひとつ大事なクラブを忘れていませんか?そう。。。。「読○クラブ」です。え?違いますって!「ヴェルディ」じゃないですよ!「読ク」です。「日産」のサイド攻撃を喰らって最後には敗北をしても、それでもあくまで「中央突破」のスタイルを貫き、あくまで「ゴール前のワンツー」に拘ったあのチームです。是非「好きな棚」のアイテムの一つに入れてやってください。今後ともよろしくお願いします。

>AH さんへ
 コメント有難うございます。「家族・親戚」論。本物ですな。そこまで断定したら(笑)。書き忘れていましたが、そういう「家族同様」と感じるサポの多さが、有能な選手を呼び込む時代になってきましたよね。「ゼニカネ」よりも「あの人達の前で自分を向上させたい」と。日本のサッカーもそういう意味では奥が出てきたということで、喜ばしい限りだとは思っております。
 

posted by 読裏クラブ | 2008-01-29 20:50

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