2008年08月29日

五輪の行方と2016年東京立候補

北京大会は史上最多、史上最高などの実績、評価が報道されている。この図式は永遠に続くのか、興味が尽きない。

組織委員会が安堵感を漂わせ、しかし誇らしげに発表したように、成程大会は円滑に、秩序を保ち、最高のレベルで運営された。

メディアは組織委員会というよりは中国政府が取り仕切った大会であるとの論評が目立つ。

五輪をてこにして近代国家に衣替えを果たし、国際社会のリーダーとして揺るぎない地位を獲得したこの国の今後が注視される。

個人的な見解だが、中国のスポーツ指導者のなかでひと際注目すべき人物が存在している。

組織委員会副会長の于再清氏である。今次のIOC総会で副会長にアポイントされ名実ともにトップリーダーとなった。

同氏はまだ50代である。若き日に国費留学生として大阪外語大に学んでいる。

当時を知る一人として同氏の活躍に注目をしている。IOC副会長としてこれから長い期間、活躍をするとともに、中国がスポーツ大国としてオリンピックムーブメントに貢献することを望みたい。

さて、2016年東京が立候補を表明している。日本が2度目の夏季大会を開催することについては、異論がない。

しかし、なぜ東京でなければならないのか?
インフラ整備含め東京一極集中に拍車をかけると同時に、格差が拡大する懸念を持つ。

我が国で開催都市としてどの都市よりも意義があるとすれば、国際平和都市である広島ではないだろうか。

全世界に向けて平和とスポーツの祭典を呼びかける最適の地であろう。

もっとも、広島市は全くその気がないので夢想話であるが、世論とスポーツ界の指導者達に問うてみたい。

「北京大会を語る」、おつきあいに感謝しながら稿を閉じる。

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posted by yasuhiko |21:33 | IOC | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月29日

日本選手団公式ウエア等とは何か…続き

前稿では公式ウエアの歴史、定義等に「ついて解説をしたので、本稿では具体的な話をしてみたい。

協賛企業からのウエア類、競技団体より支給されたアイテム、それらに加え個人契約によるアイテム、一人の選手が受け取る量は相当なものだ。さらに日常生活用品などが加わる。

その為、公式ウエア等の引き渡しに際しては協賛各社がそれぞれ担当のアイテムを持ち寄り、個人別にセッティングを行わなければならない。キャッシュプラス製品プラス労力の提供だ。

こうして入念に準備されたアイテムは晴れの舞台で選手と共に、メディアの前に登場する。

表彰式、記者会見、選手村の生活などである。

JOCは長年スポーツ企業3社(アシックス、デサント、ミズノ)から支援を受けた経緯を尊重し、3社の面子を立てることを続けてきた。

その結果、一人の選手が着せ替え人形為らぬ着せ替え選手のような姿になっている。

他国に例を見ない五輪、アジア大会、ユニバーシアード代表の姿である。

公平、平等の論理、協賛金のシエア等、双方の利害が一致したかの如き印象を受ける一方で、主体の選手にとり、場面ごと、とっかえひっかえ着替えを強いられ、競技以外に余計な神経を使うことになる。

余談であるが、大会が終わり、選手や関係者が憩う馴染の店に、代表ウエアが飾ってあることも知られている。
それはそれで支援者や協力者への謝辞として微笑ましいのだが・・・。

どちらのメリットを求めるのか?見直しが必要か?選手の声も聞いてみたいものだ。

posted by yasuhiko |20:51 | 北京五輪 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月29日

日本選手団公式ウエア等とは何か

選手団が相次いで帰国、公式ウエアに身を包み解団式、文部科学大臣訪問など恒例の公式行事に忙しい。

公式ウエアとは何か?競技団体関係者か余程のマニア以外は耳慣れない用語だ。

別な用語では公式支給品と呼ばれている。かっては国から支給されていたからだ。

歴史を辿れば、日本が五輪に初参加した時から、上下お揃いに加えて旅行用ウエア、鞄、靴等が支給されていた。

その調達は入札形式で百貨店、服地メーカー、洋服組合等が参加していた。

東京、札幌両五輪の際には、代表的なデザイナーが参画し、生地メーカー、スポーツ用品メーカー、百貨店、洋服組合等が今で言うコンソーシアムを組み大規模なビジネスが成立した。

JOCとして独立後は一転してスポンサーによる協賛金プラス製品無償提供方式となった。

スポンサーとなった企業は宣伝・広報活動が許可されるほか、レプリカ商品として販売が可能となる。

北京大会代表選手団の服装類が媒体を通じて目に留まる。
スポーツブランド3社(ミズノ、アシックス、デサント)のロゴが、それぞれが提供したアイテムに、最も目立っ箇所ににマーキングされている。

協賛金プラス製品つまりはコストの代価としての選手を媒体とした宣伝・広報効果が見込めるからである。

ところで世間一般では、果たしてどのブランドが目立ったなどと評価の対象となるだろうか?

北島、愛ちゃん、吉田、オグシオはどこのウエア、シューズを着用していたのか、正確に記憶しているだろうか?

公式支給品と言われた時代は、少なくとも購入されていた。従ってブランドが露出することは殆ど無かった。

協賛方式が当たり前の今日、ブランドの露出も効果的になるように工夫される。

しかし、一人の選手が3つのブランドを身につけているケースもあり、なんとなく滑稽だ。

更に競技場では競技団体ごとに契約ブランドが存在する。

素人には関係ない不思議な光景が毎回繰り返される。

この続きは次稿でもう少し解説する。

posted by yasuhiko |19:55 | 北京五輪 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月24日

スポーツブランドはなぜ五輪にかくも執着するのか?

本コラムでは、スポーツブランドと五輪との相思相愛関係について、度々述べてきた。

ブランド側の論理として、可能な限りブランドの露出を図り、ブランディング戦略を効果的に実行するためには、五輪が最適なイベントであるという考え方である。

一方、IOC、IF、組織委員会等主催者側は、永続的安定的なパートナーとして必要としている。

ビジネス論理として利害が一致し、ウイン、ウインの関係が成立している。

なかには、スポーツの振興に資することを経営理念として掲げている企業も見られる。

五輪とのつながり、取組を企業活動に最大活用したいという表れである。

企業は営利を目的とする以上、最大効果を常に希求しなければならないことは自明の理である。

そこには、スポーツ振興の顔をしながら、もう一方ではブランドの宣伝に知恵を絞り、倫理に反しないように競争を行う企業の姿が見え隠れしている。

この一見矛盾した行動は、本音と建前は必ずしも一致しないのが世の常であることを如実に示している。

IOCはロゲ会長が就任以来。サマランチ会長体制における過度の商業化路線を修正しつつあり、特に倫理規程を厳格に適用しているところである。

とかく慣れ合いになりがちな、スポーツブランドとの日常的な付き合いも修正され、特別視されない雰囲気が感じられる。

五輪が世界最大のイベントであり、30億人を超える人々がテレビを視聴し、感動を共有するという定説に揺り動かされ、過大とも思える投資に走る。

投資効果について、後からつけ足される思い込みにも似た主観を耳にするにつけ、その執着ぶりには些か理解しがたいものがある。

posted by yasuhiko |23:05 | 北京五輪 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月23日

北京大会のNIKE

アディダスの巨額な投資が突出する北京大会だが、大会が深まるにつれてナイキもその姿を現した。

五輪に対する両社の戦略は余りにも対比的だ。

創意者自ら五輪に着目し、広報活動を展開、やがて2代目ホルストは盟友サマランチとの二人三脚を組み、商業化路線の基盤構築に大きな役割を果たしたアディダスである。

闇に包まれていた同氏の行動は書物により、近年になり次々と明らかにされている。いずれもスポーツを産業として大きく成長するきっかけとマネジメントを確立したパイオニアとして取り上げている。

そんな歴史を持つアディダスである。北京大会においても多くのレジェンドを活用しナンバー1であることを誇らしげに主張しているかのようである。

一方、IOCの権威主義に真っ向から対立し、攻撃的な広報・宣伝活動を展開していたナイキである。

かって同社の広告コピーがあまりに挑戦的であるがゆえに、IOCとの間で論争が巻き起こった。

その後シドニー大会では組織委員会と契約したリーボック社の契約破棄により、IOC側からの要請で肩代わりを行い、高い評価を得て、対立に終止符が打たれた。

しかしその後においてもパートナー、スポンサー契約を嫌い「選手が主役」を貫いている。

この方針は創業者のフィル・ナイトの意思をあらわしていると言われている。

さて、テレビ中継を見る限り、両社は甲乙着け難い互角の勝負となっている。

ナイキは日常のファッションとして生活の場であらゆる世代に選ばれていることは街を歩けば理解でき、ここ北京はそれが顕著に表れている。

巨大資本を背景に2強が競う五輪である。雌雄は決するのか?
大会終了後の両社のプレス発表等が待たれる。

posted by yasuhiko |23:48 | 北京五輪 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月23日

オニツカの遺伝子

フリーのスポーツライターとして活躍中の折山淑美の著書である。(ベースボールマガジン新書)

終戦後、間もなく故鬼塚喜八郎氏により創業されたオニツカ(現アシックス)のモノつくりを支える信念と技術について、関係者の取材を通じて纏めた書である。

鬼塚喜八郎氏はスポーツシューズ製造を柱にスポーツ用品の製造、輸出入、販売に終生を捧げ、惜しくも昨年夏89歳の人生を閉じた立志伝中の人物である。

国内のみならず世界のスポーツ用品業界のまとめ役として活躍し、80歳過ぎても国内外を精力的に駆け巡る姿は印象的であった。

同業に籍を置き、ある時は競争の場で、ある時は業界振興の場で常に接していた自身にとり、とても身近に感じられてならない。

著者は創業時代、黎明期、飛躍期、そして未来に至るまで、ものつくりにこだわり続ける同社の遺伝子を描いている。

スポーツが競技にとどまらず生活の一部になっている今日、同社のもの作りへの徹底したこだわりは進化を遂げながら継承されている。

北京大会においてもライバル企業に伍して有力選手、チームが挙って使用しており、五輪に賭ける意気込みを強く感じた。

スポーツブランドの創業者に共通するのは、ものづくりへのこだわりである。文字通り寝食を忘れ没頭する姿が浮かんでくる。

その中から数えきれない数のヒット商品がこの世に誕生していることがなによりの証明だ。

先発の美津濃(創業時の社名)に追いつけ、追い越せを合言葉に、三社合併により誕生したアシックスはその後、行く度かの経営危機を乗り越え、ここ数年は目標のミズノを売上、利益で遥かに凌ぐ好業績を達成した。

特に欧米における業績、製品に対する高い評価は特筆に値しよう。

ナイキ、アディダスが相次ぐ企業買収により世界制覇を争っている今日、ものづくりに対する強い信念を貫き通す、アシックス、ミズノ、ヨネックス、加えるにバスケット、サッカーボールのモルテン、バレーボールのミカサ、卓球のバタフライ、ニッタクなど日本企業の活躍もいぶし銀のように光を放っている。

競技観戦と並行してブランドの動向を注視しながら同書を読み終え、いつも笑顔と握手でスポーツの場を駆け巡り、選手たちを激励した鬼塚さんを遙かに思い起こした。

posted by yasuhiko |10:33 | 北京五輪 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月22日

ブランドの露出は本当に視聴者の記憶に残るだろうか?

大会は佳境に入り、多くの種目がファイナルラウンドを迎えている。
オリンピックの華と謳われる陸上競技は、波乱が相次いでいる。

帰国してテレビ観戦をしながら、長年の習性により、選手が使用するウエア、シューズ、バット、グラブなどに自然と目が行ってしまう。

組織委員会、競技団体、選手との契約、提供する用品・用具等のデザインなど全般に携わっていたからだ。

推定30億人が視聴する大会である。出場選手が使用する用具・ウエアなどは当然目立たなければならない。これが企業の論理である。

従ってデザインの中に溶け込みながらブランドを目立たせ、少しでも視聴者の関心を集めることに腐心する。

陸上競技においてはナイキ対アディダスに交じりアシックス、ミズノが健闘していることが確認できた。

またジャマイカチームが着用するプーマも効果的な露出だ。

テレビのライブに加え新聞紙面のカラー写真等を丹念に見ると、それぞれブランドが如何に効果的な露出を狙っているか明確にわかる。

視聴者対象のマーケット・サーベイが公表されないので、リアクションが確認できないのであるが、それでもブランドはビジビリティ(視認性)にこだわり続ける。

物品供与と金銭供与に加え成績によるボーナス、インセンティブなど投資が行われる以上、宣伝活動であって、その効果は定性的にとどまらず定量的に測定される必要がある。

シンクタンクが発表する経済効果と同じように、算式による計算ではなく実際に消費者がどのように感じたかなどの調査が実施されるべきであろう。

過去の経験からみて、自己満足に陥りがちな成果の発表が広報される。その中に定量的効果測定が出ることを期待したい。

posted by yasuhiko |21:14 | 北京五輪 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月22日

戦いの後に~アスリートのオフ

マイケル・ヘルプスの八冠で幕を閉じた競泳、その夜遅く市内のレストランを借り切りSPEEDO社恒例のアスリート・パーティが開かれた。

会場を仕切る人物は同社の欧州プロモーションチームを率いるアダ・コック(東京・メキシコ五輪金メダリスト、オランダ)女史である。

殆どのメダリストが顔を揃えるため、テレビカメラと写真カメラの砲列の中、続々と選手が到着する。イアン・ソープ、グランド・ハケット、そして主役のマイケ・ヘルプスの登場だ。

先ほどまで水中にいた彼らであるが、今夜はあるものはカジュアル、あるものは肩を露出し金髪を靡かせ思い思いのファッションを身に纏っている。

長く厳しい戦いを終えた今、オフの時間を楽しもうと集っている。若さとエネルギー、そして華やかさに満ちた北京の夜である。ここが五輪開催期間中とは信じがたいリラックスぶりである。

2階には寛いだ雰囲気のコービー・ブライアント(米国男子バスケット)がスイマーに交じり談笑する姿も見られた。何でも水泳観戦が大好きだそうだ。

思い思いのドリンクを片手に、肩を組み、膝に乗っかり、フロアーで踊るものあり、オンとオフの使い分けがうまいなと感じ入った次第だ。

スピード社主催パーティではあるが、アリーナやナイキ、アディダスと契約し着用した選手たちもそんなことは一向に気にせずに和気藹々のムードである。

しかし、日本選手の顔が一人として見当たらない。
選手の行動規制が厳しい日本選手団である。当然この種の集まりは禁足令が敷かれることは想像に難くない。

特に水連は過去において大会期間中や合宿中におきた不祥事を重く見てことのほか厳しいようだ。

こうした光景をみるにつけスポーツ先進国の成熟した選手管理と選手個人の自己管理について思いを及ぼさずにはいられない。

集団行動の中における個の尊重が一定の秩序で行われていること、選手も羽目を外すこともあるが限度を超えないことなど自覚しているように思う。

日本選手も海外交流を積み重ね競技外のフレンドリーな交流にも慣れている現在、折角の機会を利用し、交流を実現することが有意義であるのだが今回も実現しなかったようだ。

選手を個として尊重し育てるためにはこのような機会を活用することもよいと考える関係者の英断に期待したい。

posted by yasuhiko |20:31 | 北京五輪 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月21日

Olympic Turnaround

五輪の直前には関連の著作が店頭に並ぶ光景が恒例となった。今大会も例外ではなく、多くの著作を見かけた。

それらの中ですでに読み終えた2冊を紹介する。

最初の1冊はすでに本ブログでも紹介されている「オリンピックはなぜ、世界最大のイベントに成長したか」(マイケル・ペイン著、グランドライン発行)である。

元IOCマーケティング責任者の著者は、サマランチ、ディック・パウンドと共に存亡の危機に瀕していたIOCの立て直しと奇跡的な復活に貢献した人物として広く知られている。

日本にも馴染みが深く、サマランチあるとこと常にペインあり、と言われていた。サマランチが来日するたびに帯同しているが、一見物静かだが、どこか短気そうな表情が印象的であった。

かってのボス、ダスラーの部下としてIOCに送り込まれた後は放映権、ライセンス管理、スポンサー管理のすべてにおいて、彼の考えが反映されていたと感じる。

纏められた内容は如何に危機を乗り越えたか、ブランディング戦略はどのようにして高められたか、放映権交渉の内幕など著者ならではの臨場感を感じさせて強く興味を覚えた。

但し書かれていない出来事も当然多く、たとえば長野冬季大会招致活動問題などが盛り込まれていない点が残念に感じた。

サマランチと堤義明氏の繋がり、そこから発生する経済界へのアプローチ、結果として実現したミュージアムへの巨額の寄付、さらにはこれらの活動が長野大会招致の決め手になったことなどでも本来は書かれて当然である。

また全編を通じていかにサマランチを中心にした体制が献身的に貢献したかに終始しており、その結果生じた負の遺産にはあまり触れていない点も不満が残る。

しかし、スポーツマーケティングに携わる関係者、研究者等には価値のある内容であることは疑問の余地はない。

功成り遂げた同氏はサマランチとパウンドが会長、副会長職を 去った後、自身も去就を決め去って行った理由について聞いてみたいと思う。


posted by yasuhiko |16:30 | IOC | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月19日

スポーツブランドの選手契約

大会は佳境に入り、メダル獲得数が幾度となく報道される毎日である。

万事が順調と胸を張り記者団に答える組織委員会首脳、そんななかで国民的英雄劉翔のリタイアという衝撃が全土を覆った。

水泳のマイケルヘルプスの金字塔から一夜明けての出来事であった。まさに筋書きのないないドラマである。

陸上では故障による出場辞退、ドーピングによる追放、レース中の転倒による棄権等が目立ち、調整の難しさ、地位と名誉、金銭んを得るための誘惑などリスクが多い。

アスリートと使用契約するブランドではこうしたリスクに対し事前に対策を講じている。

しかし、対策はあくまで金銭的支出をプロテクトすることに主眼が置かれ、失われたイメージ等については取り戻せないのが実情だ。

メーカーが無償提供する時代は遙か彼方となり、その後はシューズに現金を忍ばせる方法、報奨としてクレジットカードを与える、家族旅行に招待する、などあらゆる手段が導入されている。

トップクラスのアスリートと家族がスポンサーが準備する高級ホテルに滞在していることも事実として広く知られている。

五輪で露出するブランドは例外なく、選手手との間で詳細な契約書を交わしている。それは選手本人と直接結ぶ方法、マネジメント会社が介在する方法、さまざまである。

五輪では先述したようなリスクが現実となるのであらかじめ想定された範囲で対応を準備することが常識である。

しかし劉翔ほどのスター選手がしかも自国開催の五輪でとなると話は別であろう。

五輪は魔物のフレーズがまさに言い当てている。

スポーツブランドのみならずグローバル企業がコマーシャル等で選手に投資することが一般的になった今日、リスクはますます増大することになろう。

posted by yasuhiko |10:54 | 北京五輪 | コメント(0) | トラックバック(0)
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