2009年01月12日
なんだかんだありながら、そして最後には相馬の電撃退団まで決まってしまった浦和レッズですが、本日2009シーズンの船出を迎えました。
フライブルグの名将フィンケ監督を中心に据え、彼の両腕ともいうべきナイチェルとタンコ(あのタンコ!)も迎え、期待は高まるばかりです。
さて、公式ホームページを見てみると今期の新背番号がアップされていました。
永井の9はどうなってしまうのか?
5番は埋まったのか?
何かと注目を浴びていた話題ですので、ここで紹介したいと思います。
1 GK 山岸 範宏 1978.05.17 185 / 84 中京大
2 DF 坪井 慶介 1979.09.16 179 / 67 福岡大
3 MF 細貝 萌 1986.06.10 177 / 64 前橋育英高
4 DF 田中 マルクス闘莉王 1981.04.24 185 / 82 水戸ホーリーホック
5 ※ 欠番
6 MF 山田 暢久 1975.09.10 175 / 66 藤枝東高
7 MF 梅崎 司 1987.02.23 167 / 64 大分トリニータ
8 MF 三都主 アレサンドロ 1977.07.20 178 / 69 レッドブル・ザルツブルク
9 ※ 欠番
10 MF ポンテ 1976.11.06 174 / 69 バイヤー・レバークーゼン
11 FW 田中 達也 1982.11.27 167 / 63 帝京高
12 DF 堤 俊輔 1987.06.08 177 / 69 浦和レッズユース
13 MF 鈴木 啓太 1981.07.08 177 / 67 東海大翔洋高
14 MF 平川 忠亮 1979.05.01 171 / 67 筑波大
15 FW エスクデロ セルヒオ 1988.09.01 171 / 71 浦和レッズユース
16 ※ 欠番
17 FW エジミウソン 1982.09.15 183 / 77 アルビレックス新潟
18 MF 赤星 貴文 1987.05.11 175/72 水戸ホーリーホック
19 FW 高原 直泰 1979.06.04 181 / 75 アイントラハト・フランクフルト
20 DF 堀之内 聖 1979.10.26 178 / 72 東京学芸大
21 DF 永田 拓也 1990.09.08 169 / 58 浦和レッズユース
22 DF 阿部 勇樹 1981.09.06 177 / 77 ジェフ千葉
23 GK 都築 龍太 1978.04.18 185 / 81 ガンバ大阪
24 FW 原口 元気 1991.05.09 177 / 63 浦和レッズJrユース
25 DF 近藤 徹志 1986.03.17 187 / 77 愛媛FC
26 DF 濱田 水輝 1990.05.18 185 / 80 浦和レッズユース
27 MF 西澤 代志也 1987.06.13 174 / 66 浦和レッズユース
28 GK 加藤 順大 1984.12.11 180 / 71 浦和レッズユース
29 GK 大谷 幸輝 1989.04.08 185 / 80 浦和レッズユース
30 DF 野田 紘史 1986.08.17 169 / 64 阪南大学
31 DF 橋本 真人 1989.10.12 190 / 76 市立船橋高
32 MF 林 勇介 1990.01.23 170 / 60 盛岡商業高
33 MF 高橋 峻希 1990.05.04 169 / 68 浦和レッズユース
34 MF 山田 直輝 1990.07.04 166 / 64 浦和レッズユース
とまあこんな感じのようです。
注目されていた9番は欠番でしたね。
欠番にしてしまうと却って次の候補が見つからなくなるような…
順当に来年決まるよう、セルヒオを始めユース組の今期の爆発に期待ですね。
5番はまたも欠番。
ネネが去って以降、補強の必要性が訴えられている外国人DFがつけるものと思ってはいるのですが、なかなかそうはなりません。
一桁の番号が2つ空いているというのも珍しい現象ではないでしょうか?
相馬の16も離脱が決まったのが最近だったということからか欠番扱いに。
変更組では、当初の報道通り高原が7→19に。
なじみのある番号、浦和を代表する男・内舘秀樹の背負った番号を受け継いで、心機一転を計ってほしいものです。
高原の移動により空いた7番には梅崎司が。
代表で付けていたような気がしますが、一桁の背番号はやはり期待の表れ。
昨年の北京で落選後は干されるような形になってしまいましたが、その攻撃センスは誰もが認めるところ。
昨年の悔しさを、今年は晴らしてほしいですね。
別に背番号でサッカーをやるわけではありません。
ですが、やっぱり選手の背中は気になりますよね。
どこのチームでもそうですが、そのチームの背番号は世界中で自分だけの番号。
誇りを持って、プレーしてもらいたいと思います。
posted by yassol |17:20 |
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2009年01月12日
思っていたよりもずいぶん早く発表されました。
以下は公式サイトより引用。
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相馬崇人との契約について、お知らせ致します。
相馬崇人との契約について、浦和レッズは、これまで、2009シーズン以降の契約更新に向け、交渉を重ねてまいりましたが、本人の海外移籍の希望が非常に強く、これ以上の交渉を長引かせることは、今シーズンのチーム運営にも影響を与えてしまうとの判断から、契約更新に向けた交渉を断念致しました。
これにともない、相馬崇人については、2009シーズンの登録は行わないことになりましたので、お知らせ致します。
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とのこと。
左サイドの人材不足は明らかで、これは確実に大きなマイナス移籍となるでしょう。
現状、開幕戦に間に合う見通しのない三都主と新人の野田、永田のみ。
計算できる選手がいないのはつらいところです。
これを主力レベルで考えると、ACL優勝時からは小野伸二、長谷部誠、ワシントン、永井雄一郎、相馬崇人が離脱したことに。
代わりに入ってきたのはエジミウソン、高原直泰、梅崎司のみ。
昨シーズン最終戦でマリノスに大敗した試合後、ポンテや闘莉王が補強の必要性を訴えていたことが思い出されます。
フィンケが現有戦力の育成に重点を置き、補強を行わないことを名言。
こうしたところから、選手との信頼関係がどう言ったものになっていくかが注目されるところでしょう。
まさに監督の手腕に期待するしかない状況です。
2006年に降格したヴェルディより移籍。
三都主とのポジション争いに敗れ、ベンチを温める日々が続いていました。
三都主のいなくなった2007年にポジションは得たものの、パフォーマンスが安定せず、信頼を得るまでには至ったかどうか。
しかしこの年の後半から徐々にチームにとけ込み、なかでもクラブワールドカップでのプレーは見事なものでした。
相馬のクロスからのワシントンのヘッドは今でも忘れられないシーンです。
2008年では不調のチーム状況にありながらも、気を吐いたプレーを見せてくれる数少ない選手でした。
相馬の海外志向が高いことは前々から分かっていたことでした。
自身のブログでも海外、特に欧州サッカーへの憧れは再三口にしてきたことです。
ここ最近ブログの更新もなく、まさかとは思っていましたが…
契約期間終了後に移籍をしやすくしたい(いわゆる中田浩二方式)、という気持ちも分かりますが、チームが始動する今日まで結論が出なかった(あるいは本人の中では出ていたのかもしれませんが)のは、フロントの責任も重いはずです。
相馬の意志が固いのならば、それに替わる策は用意しておくべきだったように思いますよ。
先まで引っ張らず、ここが我慢の限界と言うことでスッパリと切ったのはいい判断だと思いますけどね。
チームの始動直前に移籍、ということでまず思い出されるのは05年の山瀬功治。
あれほどまさかの移籍、という言葉がしっくり来る移籍もありませんが、対策を打てなかったレッズはシーズンを通して結果こそ2位でしたが苦戦していました。
代わりの戦力を用意できずに、魅力的だった04年のサッカーから今の見ていてつまらないサッカー、退屈なサッカーに変貌していったのもこの頃からです。
その代償として、たくさんのタイトルを獲得することができたというのは皮肉な話です。
思えば中田浩二も、山瀬功治も、今回も代理人は同じ方ですね。
もうちょっと何とかして下さいよ、と思うのは私だけでしょうか。
相馬選手、今までありがとう。
夢を追いかけて、きっと捕まえて下さいね。
あなただけのサッカーを突き詰めて、極められることを期待しています。
もう日本ではプレーしない、という決意だとは思いますが、それくらいの気持ちで頑張って下さい。
浦和レッズから選手の心が離れていくことは寂しいことです。
かつて浦和でプレーしたゼリコ・ペトロビッチがこう言っていました。
「もしレッズのためにプレーするなら、レッズを愛さなくてはならない。
そしてもしレッズを愛するなら100%ファイトしなければならない。」
と。
そんな選手達と、サポーター達と一緒に今シーズンも戦っていきたいですね。
気持ちを切り替えて、まずは今日のチーム始動に期待したいと思います。
posted by yassol |09:20 |
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2009年01月09日
ついにこのときがやってきた、という感じニュースでした。
「永井雄一郎、清水エスパルスに完全移籍-。」
弊ブログでも再三言ってきたように、永井の移籍は予想できたものでした。
毎年のように起用法に不満を訴え、それでも残留を続けてきた永井でしたが、08シーズンはエンゲルス監督の起用法、とりわけサッカー観に大きな隔たりがあって、シーズン終盤には公然とチーム批判をして干されるような形になってしまいました。
この生え抜きスターの反乱は、チームの成績と相まって、チーム、サポーターを巻き込んでの論争になったものです。
「監督が悪い、フロントが悪い、選手が悪い、サポーターが悪い。」
こんな感じで、今だってくすぶっている感があるくらいです。
シーズン終了後に、ある主力選手が「チームがバラバラだった」とか、「腐る選手がいた」と言っていたのは印象的で、それは間違いなく永井選手のことを言っているのだと思いました。
もともと永井選手は生え抜き選手でありながらも、チームの有力選手との距離を少し置いているようにも見えました。
特に仲のよかった酒井選手は既にチームを去っていますし、岡野選手も退団した今、もしかしたら永井選手の居場所は無かったのかもしれません。
浦和の戦力体系からしても、田中達、高原、エジミウソン、セルヒオとFWの駒の数だけは揃っていましたので、プロのサッカー選手としてこうした決断をするには今しかなかったようにも思います。
またこのメンバーで、いろいろな意味でプレッシャーのかかる浦和でのポジション争いにも疲れたのかもしれません。
しかし予想できたこととはいえ、いなくなることが決まると寂しいものです。
デビュー戦での鮮烈なドリブルを見て以来、あなたはずっと赤のプリンスとして、多くの人々を魅了し続けてきました。
福田正博の背番号「9」を受け継ぐことに、文句はなかった。
ゴールを外して天を仰ぐ仕草もよく叱咤されましたが、もう赤いユニフォームでは見られないのかと思えば不思議と寂しくなるような。
そして、いつもどこか人見知りしてはにかむような、そんな永井選手のことをサポーターは愛していました。
07年大宮戦での敗戦あたりからぱったりと止まって、そのまま何の予告もなく消滅していた彼のブログ。
今日、ホームページとしてひっそりと復活していました。
そんなホームページのレイアウト・カラーはオレンジ色。
別れの予感は感じていた。
だけど、分かっていても続けてきた関係。
そんな長年連れ添った関係も、ついに終局を迎えました。
新天地へのメッセージを見て、ちょっと嫉妬をやく。
まるで恋人のような選手、そんな風にさえ思えてしまう部分がこの選手の魅力でした。
サッカー界に移籍はつきものです。
だから永井選手の決断も、清水エスパルスも、浦和レッズにも恨み辛みは何もありません。
同じような、またそれ以上の思いを阿部選手獲得のときに、ジェフのサポーターはしているのでしょうし。
レッズのサポーターは耐性がない、と言われればそれまでですけど。
でもたまにはこんな人間くさい、演歌みたいな思いだってしてもいいですよね?
「別れた相手には、楽しかった時のことだけを思い出して、ありがとうと言おう」
っていう考えが、私は好きです。
だから、こんな風に言いたいです。
「永井選手、今までどうもありがとう。
そしてさようなら。
またいつか会う日には、きっと…。」
posted by yassol |20:00 |
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