2008年11月19日
いよいよ今夜、W杯アジア最終予選の日本vsカタール)だ。
カタールと言えば、「ドーハの悲劇」とか「天然ガス」くらいしかイメージが沸かない。
カタールという国がどこにあるかも知らない人は多いだろう。
まあ、そんなことは置いといて…。
カタールのサッカー文化は育成というよりは、取り寄せ、輸入という感じの文化らしい。
文化というほど大そうなものもないのだろう。
だからこそ、エネルギー産業で稼いだ大金をはたいて、選手を買うのだろう。
先日、「ゲキサカ」というケータイサッカーサイトで、「カタールのサッカー」について触れていたので、以下に引用紹介してみます。
(※ゲキサカ:http://shop.kodansha.jp/bc/fbn/moba.html)
わかりやすかったので、宜しければ読んでみてください。
ゲキサカは、会員になれば無料で世界中のサッカー情報や、コラム、写真など見られるお得なサイトでした。
皆さんも是非会員になって使ってみては如何ですかね。
たまに見ますが、なかなかのサイトです。
…と、話がそれてしまったので、本筋に戻しまして…。
以下、記事及び写真どえす。
[カタールのサッカー文化]
カタールでポピュラーなスポーツはバスケットボールやバレーボール、競馬、モータースポーツ、ボートレース等いろいろあるが、サッカー人気が最も高く、国内には10チームで編成されるリーグがある。
ナショナルチームのFIFAランキング最高位は51位(93年8月)だったが、現在は78位(08年10月)に落ち着いている。これまでの実績を見る限り、カタ-ルにとって日本は「与しやすい相手」と言える。93年のJリーグ発足以降、日本はカタールと3度対戦。94年の広島アジア大会のGL第2戦(94年10月5日)では1-1のドロー。2度目となった00年レバノンアジアカップのGL最終戦(00年10月20日)では、またしても1-1。3回目はベトナムでのアジアカップ初戦(07年7月9日)で、これも1-1のドローに終わっている。それ以前を含めてもカタールは日本に2勝3分と勝ち越しており、相性が良い相手となる。
近年、カタールをはじめとする中東諸国は潤沢なオイルマネーを使って「スポーツや選手の輸入」に精を出している。カタールの隣国であるUAE(アラブ首長国連邦=7つの首長国が集まった連邦国家)の首長国・アブダビは、FIFAクラブワールドカップ(09・10年)の開催権を落札し、F1グランプリ(09年)の招致を勝ち取った。また、UAEの投資ファンド、アブダビ・ユナイテッド・グループ(ADUG)は100兆円を超える資産を使って08年9月にプレミアリーグのマンチェスター・シティーを約400億円で買収した上、約163億円を使ってロビーニョなどの著名選手を獲得。これらは一例に過ぎないが、これまでスポーツの世界で余り注目されてこなかった中東諸国がエネルギー産業で築いた財産を武器に「スポーツの輸入」に着手している。その目的は「自国の国際的知名度と地位の向上」である。
カタールでも同様にスポーツ、特にサッカーのレベル向上に力を注いでいる。世界中から力のある選手を自国に帰化させることで輸入に成功。代表的な選手を挙げると、FWセバスチャン・キンタナ(ウルグアイ出身)、DFアブドラー・コニ(セネガル出身)、MFヤセル・フセイン(エジプト出身)、MFファビオ・セザール・モンテシン(ブラジル出身)などがカタールに帰化し、ナショナルチームで活躍している。Jリーグからもエメルソン(浦和=当時)がカタールに帰化し国内リーグのアル・サッドへ移籍した過去があり、また08年9月にはダヴィ(札幌)がアル・サッドへ移籍する話もでた(結局ダビィは札幌に残った)。07年には元ガンバ大阪のマグノ・アウベスもサウジアラビアのアル・イルテドに、バレーも08年にUAEのアル・アハリ・ドバイに引き抜かれるなど、かつてのJリーグバブルのような波が近年のカタールで起きており、「J経由中東行き」の流れができつつある。また、かつては元アルゼンチン代表のガブリエル・バティストゥータも引退前の数年をカタールリーグで過ごした。
カタールは18年のW杯誘致を狙っており、首都ドーハでは世界初の地下スタジアム建設計画が持ち上がっているという。このスタジアムは丘の中心部をくり抜いた半地下スタジアムで、ノートパソコンのように開閉式となっていることから「The Laptop」という愛称が付けられた。The Laptopは快適なエアコン設備が完備されており、気温が著しく高い砂漠の中でもサッカーが行えるようになっている。今のところスタンドが小さく収容人数が11000人と少ないのが弱点だが、W杯招致をする上で最初の武器となるだろう。
このようにカタールは自国の強みである資金を使って現在強化の真っ最中。岡田ジャパンにとっても侮れない相手となるだろう。
(文 山口雄人)
おしまい
posted by yanmar |17:28 |
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2008年11月15日
岡田ジャパンが今日15日の午前、W杯アジア最終予選・カタール戦(19日)が行われる敵地ドーハに向け、関西空港発のチャーター機で出発した。
欧州でプレーするMF中村俊輔(セルティック)、MF松井大輔(サンテティエンヌ)、MF長谷部誠(ボルフスブルク)の3選手は現地で合流するという。
ドーハ。
GK楢崎、DF中澤ら守備の要となる選手が不在のなか、「ドーハの悲劇」と言われないような、頼もしい戦いぶりをアウェーのカタール戦で見せてほしい。
先日、講談社の無料ケータイサッカーサイト「ゲキサカ」で、カタール戦に向けた特集記事を見た。
(※ゲキサカ:http://shop.kodansha.jp/bc/fbn/moba.html)
その中で、「ドーハの悲劇とは…」という記事があり、懐かしく読んでいた。
今の中学生や高校生など若い人たちは、「ドーハの悲劇」を知らないという。
現に今アジア予選を戦っている若手選手も、「ドーハの悲劇」と聞いてもピンとこないらしい。
時は流れるんだな…、なんて思った。
93年の「ドーハの悲劇」は、94年アメリカW杯の切符を逃した試合で、その後のJリーグバブルや、その後の日本代表のブーム的な人気のきっかけとなった要因の一つ。
大きな意味のある試合だったと思う。
記事を読みながら、そう感じた。
以下は、「ゲキサカ」より、その記事を引用。
「ドーハの悲劇」を知っている人も、知らない人も、きっと興味深く読めると思います。
11月19日、日本代表はカタールとアジア最終予選を戦う。この一戦はアウェーで行われるが、カタールという国名を聞いてこの国の場所や風土を答えられる日本人はそう多くないのではなかろうか。
そこでゲキサカでは、11月19日に行われるカタールvs日本に向けて、カタールの紹介記事をお送り致します。アジア最終予選を通じて、アジア諸国の認識を深め、サッカーをもっと楽しもう!!
[ドーハの悲劇]
93年10月15日、アメリカW杯のアジア最終予選がカタールの首都・ドーハのカリファ・インターナショナル・スタジアムで開幕した。最終予選は日本、韓国、北朝鮮、イラン、イラク、サウジアラビアの6ヵ国で争われ、総当たりリーグ戦の上位2ヵ国がW杯出場権を手にする事となった。
日本は初戦で強敵サウジアラビアと0-0で分けたものの、第2戦のイラン戦はアリ・ダエイ(現イラン監督)らの得点で2点のビハインドを負ったあと中山雅史(ジュビロ磐田)が1点返したが1-2で勝ち星を落としてしまう。勝利を絶対条件とされた第3戦。北朝鮮との試合では、ハンス・オフト監督がそれまでスーパーサブとして起用してきた中山をトップに置いた。長谷川健太(清水エスパルス=当時)、中山、三浦知良(ヴェルディ川崎=当時)をスリートップに配したこの采配は当たり、三浦の2得点と中山の得点で3-0と完勝した。同じスリートップで臨んだ第4戦の韓国戦でも三浦の得点で1-0と勝利。日本は4試合を終了して2勝1分1敗の勝点5。1勝3分で同じく勝点5のサウジアラビアを得失点差で上回り、首位で最終戦のイラク戦を迎えることとなった。これに勝てば、初のW杯出場が決まるはずだった。
10月28日、日本とイラクのゲームはドーハのアルアリ・スタジアムで行われ、同時刻にサウジアラビア対イラン、韓国対北朝鮮の試合が、それぞれ別のスタジアムで行われた。イラクは86年のメキシコW杯に出場した経験があり、当時の中東の中ではパスを繋ぐ正統的なサッカーをする強豪。そのイラク相手に、日本はこの試合も第3戦・4戦と同じスリートップで臨んだ。前半5分、中山のクロスから長谷川がシュートするとゴールポストを直撃。そのこぼれ球を三浦が頭で押し込んで先制し、1-0で前半を終えた。後半10分、イラクは攻勢を強めアーメド・ラディのゴールで同点に追いついたが、同24分にはラモス瑠偉(ヴェルディ川崎=当時)のスルーパスに飛び込んだ中山がゴールを決め加点。興奮と緊張の中、その後も日本は必死に守り、2-1で何とか試合を終えるかに思われた。
"ドーハの悲劇"と言われる事件が起きたのは、後半ロスタイムだった。イラクは右サイドでCKを得ると、短く繋いでゴール前に浮かせる。そこにオムラム・サムランが高い打点でヘディングシュートを叩きつけた。GK松永成立(横浜マリノス=当時)はセービングを見せたが、ボールはゴール左隅に転がり込んだ。土壇場で追いつかれ2-2。痛すぎるドローだった。日本の勝点は6となったが、同時刻の試合でイランを破ったサウジアラビアが勝点7で1位通過。次いで、3-0で北朝鮮に大勝した韓国が日本と同じく勝点を6としたが、得失点差で日本を2ポイント上回り3大会連続のW杯出場を果たすこととなった。目の前で、あとひと踏ん張りのところで世界の扉を閉ざされた日本の選手たちは、試合終了直後、グラウンドに倒れこみ、放心状態となった。また遥か遠い日本でも、W杯出場を願いテレビに食い入っていたサポーター達の情熱と夢は、"ドーハの悲劇"と共に泡となって消えた(テレビ中継平均視聴率は深夜帯ながらも48.1%)。後に、オフト監督は「ゲームの作り方は教えたが、ゲームの逃げ切り方を教えることができなかった」と述懐したという。
(文 山口雄人)
posted by yanmar |23:24 |
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