2008年07月24日

純粋なスポーツの危機

 「モナ降板!」「二岡、ラブホ入って1軍入れず」……そんな皮肉じみたフレーズが各スポーツ新聞を賑あわせている。名前こそ『スポーツ新聞』と謳われているが、スポーツのことは半分ほど。あとは芸能・風俗・社会など、まるでテレビのワイドショーのような内容だ。
 「東スポだからあてにならないよ」。こんなあきらめ半分のボヤキも日常生活でよく囁かれる。つまり確信が持てない情報が世の中を飛び交っているということだ。たしかに、インターネットから発信される情報は不特定多数がアクセスするので、その不正確さも理解できる。だが、一般大衆が多く手にする『新聞』の中に、そんな曖昧な情報が掲載されている現状はいかがなものだろうか。

 『新聞』。それは、『社会の出来事の報道や論評を、広い読者を対象に伝達するための定期刊行物(YAHOO辞書より)』。『社会のあたらしい出来事を早く伝えるための定期出版物(新選国語辞典第八版 小学館より)』。誤った情報を載せていいものではないはずだ。

 王貞治という選手を知らない人はいないだろう。868本塁打の金字塔をうちたて、全世界から『世界の王』と崇められているスーパースターである。現在、ソフトバンクの監督として、日本野球界を引っ張る存在だ。
 1979年、王は第1回正力賞を受賞している。正力賞とは、プロ野球の誕生・発展に多大な貢献をした正力松太郎氏のように、プロ野球に感動を与え、多大な貢献をした選手・監督・審判員に与えられるものだ。賞金は500万円と純金のメダルが贈られるだけだが、その名誉はお金で計れない重みがある。
 だが、第1回の受賞者は、本当は王ではなかったらしい。正力松太郎氏。彼にその栄光は与えられるはずだった。しかし、過去に政界に入り、戦争に加担したことで、アメリカから『A級戦犯』の烙印を押されてしまった。そのため、正力賞を受賞することは叶わなかったという。
 第1回というのはその賞の偉大さを左右する。インパクトのある選手が取らなければ。そんな気持ちが働いていたのかもしれない。あくまで噂の粋をでないことだが、「第1回はスーパースターに取らせたい。だから王に決まっていた」。そんな話もあったりする。

 『スポーツ新聞』になぜ風俗欄が必要なのか。それは売れ行きだ。読者層がだいたい30~50代のサラリーマンあたりをターゲットにしているので、エロ本を買いにくくなった夫(中年男性)の欲望にカットインしているのだろう。なぜ不確実な情報も載せてしまうのか。やはり売上至上主義が先行しているとしか思えない。なぜ第1回正力賞は王貞治だったのか。それも新聞の販売数に大きく影響していたにちがいない。

 こう考えると、恐ろしく悲しい真実が浮き彫りになる。それは……『スポーツのスーパースターや感動、ドラマは全てマスコミによって造られたもの』。そういった裏の構造が見えてくる。どんなに努力しても日の目を見ることができない選手や競技が生まれてしまう。
 実力が多少低くとも、ルックスの良い選手や個性的な選手がクローズアップされる。それはテレビや雑誌でそういう選手の方が受けが良いからだ。視聴率、売り上げ、商品価値。スポーツも今や商売と化してしまっている。たしかに、スポーツにはお金が必要だ。盛り上げるために、マスコミの力は欠かせない。スポンサーの協力も不可欠だ。だがそれでも……
 これから始まる北京五輪。放映権料は軒並み上昇を続けている。水泳の水着問題にしても、スポンサーと契約しているからスピード社の水着はNG。その問題もなかなか解決に至らなかった。それも全て金、金、金である。

 話は変わるが、先日、ツバルという国がIOC(国際オリンピック委員会)に北京五輪の参加を初めて認められた。日本から飛行機でおよそ40時間。面積は日本の品川区と同じぐらいという、とても小さい孤島の国だ。今、地球温暖化による海面上昇により、消滅の危機に直面している。
 北京五輪の出場者は3名。その中の1人が、短距離のアセナテ・マノア(16歳)。ベストタイムは100メートル14秒ジャストだ。決して速いとはいえない。下手をすると、日本の小学生が出せそうな記録だろう。だが、それにはツバルの練習環境を踏まえる必要がある。
 整備された競技場はない。グラウンドとは言い難い。天然の、ボウボウと生い茂った芝の上に棒で線を引き、コースを作る。足は裸足。スタート台などあるわけもない。勝てる望みはゼロに等しい。さらにコーチもいなければ、練習相手さえいない。1人だけの孤独な練習だ。それでもインタビュー中、アセナテから笑顔が消えることはなかった。ただ前向きに走ることを楽しんでいる。ツバルの人々の中には、五輪を知らない人も多い。だが皆アセナテを応援している。「私が走っていちばんになると喜んでくれる人たちがいるから。ツバルの人たちのために走るの」とアセナテは微笑みながら語った。
 五輪はトップアスリートのためだけにあるのではない。優勝や金メダルもたしかに素晴らしいことだ。だが、私たちはお金儲け以外の面にもっと目を向けていかなければならない。純粋にスポーツを楽しむ。そのためには。見ようによって、綺麗事と言われても仕方がない。ただそれが今後の私たちになければ、純粋なスポーツは消滅するだろう。

 走るのが好きなのか?という質問に、「もちろん」と笑顔で答えるアセナテ。記録ではなく、メダルでもなく……なくなってしまうかもしれない母国。その名を世界の人々の記憶の残すため、アセナテは全力で疾走する。
 2008年北京五輪。ぜひこのアセナテ選手に注目してもらいたい。『オリンピックは参加することに意義がある』。そんな忘れられた言葉を思い出すような、純粋なスポーツの楽しさを彼女は見せてくれるのではないか。

<参考資料>
●日本テレビ 『さんま&櫻井翔 栄光への道SP』⇒ツバル代表 アセナテ・マノア

posted by yanahi- |21:50 | 北京五輪 | コメント(0) | トラックバック(0)
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