2009年03月15日

北京五輪・決勝で笛を吹いた日本人トップレフェリー 平原勇次に聞く!

(今回、スポーツの世界ではあまり注目されない審判にスポットライトを当ててみました。この記事は学校の雑誌制作に載せたものをブログにもアップさせていただきました。2008年11月のものです。)

「君の判定基準はこういう風に変えなさい」と(北京五輪で)言われたことはないですから
2007年ウィンターカップにて
   PHOTO BY YUJI HIRAHARA     FIBA OFFICIAL Referee 平原勇次 ――日本の審判の報酬は低いのではないか。バスケットボールの場合、JBLは審判ひとりあたり1試合1万5千~2万円ぐらい。bjリーグなら1試合10万円もらえるという話を耳にしたが。  10万円はないですね。bjは1試合3~5万円、JBLはそのぐらいですね。プレーオフなどは別ですが。欧州にユーロリーグというのがあるんですけど、そこのトップは1試合1千ユーロ(およそ11~12万円)もらえるんです。職業として成り立っている方もそれなりにいるんじゃないですか。それを考えると、日本は少ないかもしれません。  ですが、(日本のトップリーグに関して)他競技と比べると、バスケットボールはサッカーの次に報酬が良いんです。金額的に十分かどうかは別として、他と比べても悪い方ではないです。それ以外のトップリーグの審判は報酬がなかったり、お弁当だけっていうところもたくさんありますから。 ――日本の審判は職業として成り立つか。  絶対に成り立たないと思います。 ――日本にはしっかりした審判学校がない。米国は職業として成り立っているという話も聞くが、それについてどう思うか。  米国や欧州でも、審判が職業として成り立つのは微々たる方々しかいないと思います。審判学校というのは、オフシーズンに審判が生計を立てるためにやるんですよ。オフシーズン、審判は収入がないじゃないですか。だから審判を集めてキャンプし、参加者を募る。そうすれば、ある程度、お金がもらえるじゃないですか。  僕の知人の、NBAの審判(おそらくNO.2の方)はバスケのシーズン中はバスケの審判、野球のシーズンは野球の審判、アイスホッケーのシーズンはアイスホッケーの審判をしている。そういう人が実際トップにいたりするんです。それは本人から直接聞きました。貧乏だからそうやってさまざまな審判をやるんですよ。生計を立てるために。 ――日本の審判はトップレベルで活躍できない選手がなる傾向があるようだが、そのことで選手になめられることがあると聞く。日本も米国のように、審判学校をつくり育成すれば、威厳が保たれるのではないか。  なめられるというのはどこのスポーツの世界にもあると思います。ただ、威厳というのは審判学校ではなく、選手の育て方(で構築されるもの)だと思います。選手に、審判を敬いなさいと指導する。そういうことができているチームは強いですね。審判がうまいとかしっかりしているとか、それが問題ではなくて、教育がしっかりしているんですよ。海外だって、凄い選手が審判をやっているわけではないんです。 ――米国では審判が職業として成り立っていると聞く。十分な報酬があれば、それだけ責任感がでる。だから米国や欧州はレベルが高いのではないか。  たしかに、十分な報酬があれば責任感がでて、レベルが上がるかもしれません。ただ、日本では難しいですね。なぜなら日本のプロ野球(の審判)だって、1千万もらってる人なんてほぼいないじゃないですか。 バスケットに関しては、報酬が上がっても、急激にレベルが上がるとは思いません。それなら現在の審判システムにお金をかけた方がレベルは上がるでしょう。 ――北京五輪で、世界と日本の判定基準の違いはあったか。  ぼくは自信を持って言えるんですけど、違いはほとんどありません。某バスケットボールチームの方は言っていました。海外に行ったらこうやって吹かれるんだよとか。でも海外に行って、ぼくは日本にいるときと同じように吹いて、それで今回北京の決勝(の審判)に選んでもらったんですよ。評価してもらったから、北京の決勝を吹けたんです。北京五輪の試合でも、試合前ミーティングがありました。そのときも、「君の判定基準はこういう風に変えなさい」と言われたことはないですから。それは日本の判定が世界と違わないことの証明ではないですか。  ただ、国際試合では厳しさが違います。ある意味、戦争ですから。1つの判定がすぐ一触即発につながります。高さやスピード、パワーが全く違います。そういう意味で国内とは違ったプレッシャーはありますね。ただ基本的にジャッジは日本も海外も変わりませんね。ジャッジを変えるということはないです。 ――現在、日本の審判レベルは低いといわれるが、実際はどうなのか。  えらそうに言うわけじゃないですけど、(今回、ぼくが北京五輪で笛を吹いたことで)「日本の審判がレベルが低い」と、言えないきっかけは作りました。ぼくだけがすごく上じゃないんですよ。ぼくよりうまい審判は日本にたくさんいますから。個人としてはまだ世界トップレベルではないです。ただ日本というグループで見れば、アジアではトップだと思います。日本人はとても審判向きだと思います。性格的にも。細かく公平にジャッジする力があります。だからどのスポーツの審判でも評価されます。サッカーだってそうです。
北京五輪で笛を吹く平原氏
   PHOTO BY YUJI HIRAHARA ――近年、テニスではコートにセンサーが導入されたり、野球などでもビデオ導入がされ始めました。審判が機械化することは可能か。  (テニスやバレーボールなどの)ネットスポーツなら可能だと思います。ただ身体のぶつかり合いがあるスポーツは無理です。バスケットにも流れがありますから。機械化なんてしたら流れが切れてしまいます。機械化なんてしたら、絶対誤作動します。なぜなら同じ強さの身体のぶつかり合いでも、こちらから見るとディフェンスファウルでも、反対から見るとオフェンスファウルってことが実際あるんですよ。同じふれあいでも、場面によってジャッジが変わることがでてくるんです。そんなところも判断できる審判ロボットができれば、便利ですけどね(笑) ――審判としていて、つらいことは。  いろんなところからプレッシャーを受けますので、そのプレッシャーはつらいです。ただ、大きなゲームだからきついということはないです。 ――逆にうれしかったことは。  しっかりしたジャッジを積み重ねていくと、選手から信頼されるですね。選手から文句を言われなくなってくると、審判をやっている充実感はでてきますね。ぼくは間違いがあったら、必ず選手に「すみません」「ごめんなさい」と謝るので。そうやって丁寧にジャッジを積み重ねることによって、選手もだんだんわかってくれる。  相撲の行司(審判的存在)が黒人とかモンゴル人ってありえないじゃないですか。観客はイメージ的に「なんだ!あいつは」と変な目で見ますよね。ぼくが北京に行ったときもそんな感じでした。世界から見たら、「日本ってバスケやってるの」って思われるんです。「誰だ!あの東洋人は」「中国人じゃないのか」「どこのルーキーだ」……そんな風に思われていたと思います。そんな奴を選手か信頼するかってことですよ。  とにかく毅然として態度を積み重ねていくことによって、自分をアピールしていく。そうすると、選手から徐々に信頼されてくるんですよ。 ――審判を始めたきっかけは。  ぼくはバスケットを教えたくて教員を始めたんです。バスケットを教えるためにはルールに精通し、審判技術を知っておかないと駄目だ。そういう風土が東京の高体連(高校体育連盟)の中にはあるので。当たり前のように目指すものだと教えられたので。 ――辞めたいと思ったことは。  いっぱいありますね。審判の指導・育成は当時かなり厳しかったので。泣かされるぐらいボロクソ文句言われたりね。でもそれは当たり前ですよ。高校生だって、死ぬ気でやってますから。中途半端な気持ちでやることはできません。 ――最後に、審判・平原勇次が大切にしていることは何か。  どの試合でも大切な試合だということです。それは大きな試合ならみんな注目しますけどね。  ヨーロッパの審判というのは選手と顔見知りなんですよ。名前で審判のことを呼ぶんです。ぼくのことは知らないじゃないですか。ぼくの場合、普段は国内で審判をしています。残念ながら、日本と世界のレベルはやはり違います。ぼくはほとんど世界にアジャスト(対応)するチャンスがないんです。でも、なんで世界で吹けたのかといったら、日本の審判指導育成システムがよかったんですよ。これは大切にしなくてはいけない。  ぼくは高体連の先生なので、高校生の試合だって、1回戦から大切に吹く。それを積み重ねてやってきたから。いきなり世界の試合を吹いてもアジャストできたのかな。 こっちに帰ってくれば、簡単かというと、そんなことはないんです。難しいゲームはいっぱいあるんですよ。両チーム、ハッピーエンドは難しいですが、そうなればよいですね。 ――もし今後、世界の審判にならないかとオファーがあったら。  まあそんなオファーはないと思いますよ(苦笑)ただ、万が一あれば、興味あります。ぜひやってみたい。お金がどうこうという問題ではなく、向こうで1シーズンやったらどういうものが見えるのか。 <取材協力> 東京都立葛西工業高等学校 教員 平原勇次氏 東京都立江東商業高等学校 教員 野口浩正氏  <お願い> ここに掲載している写真・その他の無断、転用・複写は堅くお断りさせていただきます。 <関連記事> ●選手にとって、その試合は……一生に一度しかない 野口浩正氏http://www.plus-blog.sportsnavi.com/yanahi-/article/97


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2009年03月06日

選手にとって、その試合は……一生に一度しかない

(今回、スポーツの世界ではあまり注目されない審判にスポットライトを当ててみました。この記事は学校の雑誌制作に載せたものをブログにもアップさせていただきました。2008年11月のものです。)


どのスポーツでも同じだが、『審判』とは光の当たらない存在だ。
どんなにすばらしい試合を作ったとしても、彼らの活躍が取り上げられることはない。
もしあるとすれば、ミスジャッジをしたときに、世間から非難されることぐらいだろう。
審判なんて機械化してしまえばいい。そんな声もある。
だが、人間が審判をするからドラマが生まれるのだ。


東京都バスケットボール協会・ブロック長 野口浩正氏
      PHOTO BY YANAHI- JBA(日本バスケットボール協会公認審判  野口浩正  「日の丸をつけた選手と同じコートに立てることを誇りに感じる」。そのバスケットボールの審判はにこやかに語った。 ■機械化されるスポーツ界  スポーツを見ていると、まれに誤審を目にする。誤審とは、監督や選手、観客と審判のジャッジが合わず、試合が滞ることだ。皆、長くそのスポーツに携わっているのだから、ルールは熟知しているはずだ。しかし全員が同じ基準を持っているわけではない。たとえ1つのルールだったとしても、100人の人間がいれば、100通りの認識が生まれる。大まかなところは同じかもしれないが、全く同じなどありえない。審判にも同じことがいえるだろう。100人の審判がいれば、100通りのジャッジが存在することになる。ひとりの審判であっても、その日の感情や体調、試合の流れによって、ジャッジが変わることもあるだろう。なぜなら彼らは機械ではなく、人間だからだ。  では、審判を機械にしてみたらどうだろう。現在、審判の機械化が導入されつつある。テニスではコートにセンサーをつける試みが始まっている。ボールがラインの内なのか、外なのか。白黒はっきりさせる目的だ。以前、選手と審判のジャッジが異なる場面がしばしば見られたからだ。またバスケットボールや野球では、ビデオ判定が入ってきている。ある意味、何が合っていて何が間違っているか、明確になることは良いことなのかもしれない。  だが、機械では絶対にできないことがある。それは「流れ」だ。サッカーの試合ではよく見られることだが、たとえ反則があっても、反則されたチームに有利になる場合、その反則をとらないことがある。いわゆる「アドバンテージ」だ。サッカーほど顕著ではないが、他のスポーツにも「プレーを流す」場面が存在する。それは試合の流れを止めず、よりエキサイティングにするためだ。もし審判が機械だったら、反則はすべて反則となり、試合はプツプツと途切れ、目も当てられない内容になってしまう可能性は否定できない。 ■審判=職業は可能か  日本の審判はまだまだ欧米に及ばない。そんな話をよく耳にする。スポーツニュースを見ていても、あいまいな判断がない日はないのではないか。日常的に半誤審は存在する。  では、審判を職業にすることができれば、ジャッジのレベルは上がるのではないか。例えば、審判だけで生活できる給料がもらえれば、審判人口も少しは増加するだろう。たとえ不平を言われても、プロだからと納得できるかもしれない。ただ、今の少ないお小遣い程度では……とてもじゃないが、納得できないだろう。監督や選手から酷い罵声を浴びせられるシーンはまだまだ痕を絶たない。  問題点は多々ある。バスケットボールのシーズンはおよそ7ヶ月間。その間に1年間の生活費を稼がなければならない。仮に審判Aさんの年収300万として、7ヶ月で割ると、シーズン中の1ヶ月間で、約43万稼がなければならない。そうすると、試合がある土日は約8回。1試合で5、6万円稼ぐことが必要だ。  1日単位で考えてみると、1つの会場で4試合あるとして、1試合2人で、計8人。48万円の費用を一体どうやって算出すれば良いのだろうか。それにはもっとバスケットボールが発展する必要がある。試合は常に満員になるぐらいでないと、採算が合わない。  ただ日本では、審判を職業化を望んでいる人は多くないようだ。なぜなら審判をしている人はほとんどが学校の先生だからだ。審判をする理由として、もっとも多かったものは、「バスケットボールを教えたいから」。もちろん全員が同じではないと思うが、そういう人が多いことも事実なのだ。選手しかしたことのない監督は視野が狭くなる確率が高い。審判の特徴がわかれば、審判の目線からバスケットボールを理解できる。どういうときに笛を吹くのか。何をしてはいけないのか。 ■日本現役審判の実情  東京都バスケットボール協会のブロック長を務める野口浩正氏(48)。本業は学校の先生だ。これまで工業高校11年、普通高校8年、商業高校6年と計25年間勤めてきた。今年で26年目を迎える。現在、東京都にある江東商業高校に勤めている。  平日は、朝5時に起床し、朝6時半には学校へ行く。それが日課だ。授業開始までのわずかな時間を使い、午後の仕事を早めにこなす。部活動に専念するためだ。授業を終え、バスケットボールを教え、家に帰るのは夜8時頃だ。土日は審判をしているか、バスケットボール部の練習・試合で使ってしまう。1年間の休みは1週間もない。これを聞けば、ほとんどの人が弱音を上げるだろう。だが、「好きなことをやらせてもらっているのだから」と野口氏は言う。先生と審判を兼任する形だが、現状に不満はない。  野口氏がまだ審判見習い時代、某学生リーグの審判をしたことがあった。そのとき応援席から自分に対し、ある暴言が飛んできた。さすがにちょっと納得できなかったそうだ。また同時期、葛飾区民大会で笛を吹いた。その試合は教員になりたての頃で、母校のジャージをはいて審判をしていた。その試合でも野次というか罵声のような言葉を浴びた。「おめー、どこの大学だよ」と。  しかし彼は怒らなかった。「あの試合は(自分が)良くなかったのかもしれない」。そう考えることで、より審判技術の向上を目指したのだ。あるチームの監督にこんなことを言われたそうだ。「私たちは終わった試合を何十回、百回見ている。審判の方にももっと研究してほしい」。それを聞いたとき、改めて審判の重要性を再認識できたそうだ。彼と話していると、その謙虚さに驚愕してしまう。選手でもないのに、試合前は腕立てや準備体操を欠かさない。睡眠時間を大切にし、食事も含め、体調管理にはとても気を使っている。その積み重ねが現在の野口氏を作り出した。そう言っても過言ではないだろう。彼は高校・大学・その上のカテゴリー……バスケットボールのどのカテゴリーでも活躍している。そういう試合を頼まれるということは「あの人ならしっかりと裁いてくれる」という信頼があるからだろう。実際会ってみても、そのオーラは伝わってきた。バスケットボールに対する真摯な姿勢がそれを作り出したのかもしれない。 ■審判の幸せとは  「自分が見た選手が成長する姿は頼もしくもあり、嬉しくもある。一緒に成長してきた仲間なのだ。彼らは名前を覚えてくれることは、今までやってきたことが間違っていなかったと証明していることになる」  野口氏はバスケットボール部の活躍を自ら新聞にし、選手の両親たちに配っている。何試合かはプロのカメラマンを呼び、生徒の写真を取ってもらう。費用はもちろん実費だ。費用は馬鹿にならないが、生徒にとって、その試合は一生に一度しかないのだ。彼が審判をする試合も同じだ。たとえどんな小さな試合であっても、野口氏は全身全霊を込めて笛を吹く。 東京都江東商業高校教員 野口浩正氏 野口 浩正 JBA公認審判であり、 東京都バスケットボール協会・審判委員会 のブロック長を務める。現役審判として、 JBL(スーパーリーグ)をはじめ、高校、大学など さまざまなカテゴリーで笛を吹く。 また東京江東商業高等学校に勤務し、 バスケットボールの楽しさを教えている。 PHOTO BY YANAHI- (都立忍岡高校にて)


<取材協力>
東京江東商業高等学校 教員 野口浩正氏
バスケットボールライター 小永吉陽子氏

 <お願い>
ここに掲載している写真・その他の無断、転用・複写は堅くお断りさせていただきます。


posted by yanahi- |02:31 | 審判特集 | コメント(0) | トラックバック(0)
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