2007年03月30日
陽の当たるところだけがスポーツじゃない
3月24日の土曜日はスポーツ日和と呼ぶに相応しい一日であったかもしれない。 野球は春の甲子園が始まり、パ・リーグが開幕した。 サッカー男子日本代表は2007年の初戦を向かえ、 ボクシングの亀田興毅は2階級制覇へと歩みだす。 中でも、近年人気が急騰している女子フィギュアスケートと 世界水泳女子シンクロナイズドスイミングはそのファイナルをテレビの同時間帯で迎えた。 さて、ここでお聞きしたいのだが、皆様はフィギュアやシンクロに関してどれほどの知識があろうか。 私はスポーツを学ぼうとする立場にありながらも、 恥ずかしくもシンクロやフィギュアスケートに関してとても暗い。 フィギュアで言えば、スピンの種類も区別が付かない。知っているものと言えば、 中野選手のドーナツスピンや、浅田真央選手のビールマンスピン、 それに荒川選手のイナバウアー、と書いていても恥ずかしくもなるばかりだ。 シンクロナイズドスイミングにいたっては、それ以上に技や勝敗の判断が困難になる。 それはボクシングにおいても同様だ。 それは得点というもっともわかりやすい規準がありながらも、 引き分けに終わってしまったサッカーの試合を自分の中で勝ち負けを付ける行為に近い。 要は競技としてわかりにくいのだ。 しかし、それでも私はこれらの競技が行われているとついついチャンネルをつけてしまうのは何故であろうか。 私がスポーツ好きの変わり者であるからだろうか。 と思うと、どうもこれらの競技を愛する多くの方々も私と同様のようである。 私はこれをスポーツの新しい形と考えている。 これらは、もはや競技スポーツではなく、発表型スポーツであり、応援型スポーツなのだ。 「選手ががんばっている雄姿を応援したい。」 勝敗に関係なく、技の知識にとらわれなくなったからこそ、 我々の規準はそこに移りつつあるのではないか。 もはや、スポーツは競技というよりも、その価値観が主観性による芸術に近い存在ですらある。 その対象は人間らしさだ。 例えば、泥まみれで涙を流す高校球児はそれだけに絵になることがある。 そこに我々は何を思うのであろうか。 少なくとも、私は努力の結晶ともいうべき人間の感情を文字通り体現していることに興味を持った。 また、これらの発表型・応援型スポーツは概して、 演技後の演者の顔を見ていればわかることが多い、特に日本人の場合はそれである。 何かを失敗して曇った顔で演技を終えるもののいれば、浅田真央選手のように、 ファイナルで最後のジャンプを決めた時に小さなガッツポーズをみせ、 それをきっかけに顔が晴れていくものもいる。 我々の規準はそういったところにある。 そこで悔しくて涙を流していてもはれた顔をしていれば、 試合は負けてしまったとしてもいいのではないか。 スポーツの本質とはそこにあるようなのだ。 繰り返しになるが、そこに我々はアスリートの人間性、もっと言えば努力を見ようとしている。 我々が見たいのは、天賦の才をもつがゆえに努力を怠るものではなく、 地道な練習に裏打ちされた努力の結晶なのだ。 そこに、人としての人間性と常人離れした技という格差があるからこそ スポーツは人々に受け入れられているのだと想う。 人々の感動のスイッチはそれであり、そこにスポーツの価値がある。 我々がスポーツを観る時の物差しは決して、メディアに取り上げられることでも、 選手が雑誌などに載り有名であることではないのである。 そこに私はスポーツマネジメントの糸口を感じている。 私はこの一年間、様々なスポーツに触れてきた。 そもそもこういった記事を書こうと思い立ったきっかけが、 大学のヨット部に見学に行ったことから始まっていることを思い出した。 どんな競技に足を運んでも、どこの場所にも必ずスポーツを満喫している人間の姿があった。 きっとその根本だけはブレることないのであろう。 それだけで、見る価値は十分にあると思うのだ。 しかし、その競技が知れ渡っていないことや情報が少なく見に行く機会が少ないことから、 選手の中にはコンプレックスを感じているものもいる。 本来世の中の誤解を解く為に生み出された「伝える」という行為が、 伝えたことによって、伝わらないものが生まれることにより、 誤解を生み出すパラドックスがそこにはあった。 そもそもスポーツマネジメントはそんな想いを選手に抱かせたくない、 という些細な気持ちから生まれているのではなかったのだろうか。 だからこそ、もし興味があったら現場へと足を運んで欲しい。 その運ばれた足の数が、今のメディア型のビジネスモデルにおいて、 スポーツマネジメントが築かれる礎となることは間違いない。 私は日本にスポーツという文化を根付かせたいという想いで活動してきたが、 文化というのは、トップダウンの政策とは対極に位置し、民衆によるボトムアップから生まれる。 そして、私は「観る」という視点からの「生涯スポーツ」が、競技文化ではなく、 スポーツ文化を根付かせることの一つの方法であると思っているのだ。 W杯や五輪といったビッグビジネスだけが、スポーツマネジメントの仕事ではない。 ドリームジョブと呼ばれるこの仕事の本質は何なのであろうか。 陽の当たるところだけがスポーツではない。 現場で足を運ぶことによって、その意味を感じて欲しい。 「日本のスポーツ文化を変革する」Sports of Japan
posted by yamagiwaboy1012 |10:50 |
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