2007年04月09日

スポーツの理解

 2007年統一地方選の前半戦は8日夜即日開票され、
注目を集めた東京都都知事選において、現職の石原慎太郎氏の続投が決まった。
都知事選において一つの争点となった五輪立候補の是非の中に、
日本人にとってのスポーツへ対する考え方の乏しさを感じざるをえない。

 昨年夏にJOCは2020年五輪国内立候補都市として東京を選定したわけであるが、
その決定を覆してまでも選挙で五輪反対を掲げる候補者は少なくはなかった。
その多くは五輪において多額の経費が発生することから、税金の無駄使いだという主張である。

 日本人において、スポーツの理解とはそういったところにあるのであろう。

 確かに、スポーツ施設や体育館はハコモノ行政の最たるものかもしれない。
2002年日韓W杯の開催によって空前の盛り上がりを見せた日本列島各地においても、
その巨大サッカースタジアムがその後活かされているかと言えば、疑問符が付く。
サッカーの中継などをみると、それこそしっかりとした経営が出来ているのは、
レッズの本拠地として知られるさいたまスタジアム2002や、
アルビレックスがある新潟のビックスワンぐらいかもしれない。

 しかし、そういった一連のハコモノ行政への解決策こそが2005年の地方自治法改正により、
公共施設において市場化テストの必要を説き、施行された指定管理者制度なのではないか。
つまり、国としての理解は施設も民間が経営を行えば収益を上げられる。
…のではなかったのだろうか。

 仮に五輪招致に成功すればするれば、
現在北京で起きているような大規模な建設ラッシュが起こることが容易に想像できる。
果たして、それはお金の無駄使いなのであろうか。
経済効果とは捉えてみることはできないのだろうか。
古くドイツのビスマルクは、交通の利を良くすることを考え、
アウトバーンと呼ばれる高速道路を作った。
それは同時に雇用の拡大をも促し、
失業者対策という側面からビスマルク政治への支持へと繋がったという。
今日小さな政府という言葉が度々叫ばれるが、

本来政治とは、人・もの・金の流れを滞らなくすることもその一つの役割である。

 無論、IOCとしてもビジネスとして成立しないような都市を選定しないであろうから、
恐らくそんなものは取り越し苦労に終わるだろう。

 加えて、反石原色を示す為か、元来スポーツは無駄と考えているのかはわからないが、
国内候補地が決まっている中で、それに関して反旗を掲げるよりも、
それを前提としてどう活かし、採算を取るかと主張する方が建設的であり、
政治家としてのインテリジェンスを見せ所だったのではないかとも思っている。

 もっとも、先日の東京マラソンを始めとして、
スポーツイベントを開催するということはスポーツ愛好家を見方に付けることでもあるので、
今日のスポーツの現状を考えると、政治的にも頂けない。

 ただ、スポーツが選挙の争点の一つとして挙げられてしまうこと、
スポーツと政治の関係性に関して誰も口を開かないことに関しては、
悲しき事実ではないか。

日本のスポーツへの理解はまだまだそんなところにある。




「日本のスポーツ文化を変革する」Sports of Japan

posted by yamagiwaboy1012 |19:39 | 雑感 | コメント(0) | トラックバック(1)
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