2007年01月17日

3,2,1のカウントダウン

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68分、71分、そして12分を残して、最後の1枠がなくなった。
早稲田大学ア式蹴球部の主将である金田隼輔は何度このカウントダウンをしたのだろうか。
そして、1年前に誰がこの様な金田の姿を想像したであろうか。

金田は早稲田の汗かきやと呼ばれる典型的なボランチだ。
そのポジションはミッドフィルダーの底に陣取り、
守備の時にはいの一番にボールマンを止めに行く役割を担っている。
失点する時には大抵ボランチは後ろにある自陣のゴールを遠めに眺めることになる。
自分が止めていれば、そう思うことも少なくない。

石川県星陵高校から早稲田大学にやってきた金田隼輔は早稲田にとって、
エッセンシャルな存在である。

小柄ながらも豊富な運動量でピッチを縦横無尽に走り、
いち早く相手の攻撃の目を摘み取る金田の献身的なプレーは、
泥臭いという言葉を想起させる。

巧くはない。

もしかしたら、それは同じポジションを務めながらも長短の多彩なパスワークで
チームを動かす3年生の鈴木修人や兵藤慎剛とのコントラストかもしれない。
しかし、そんな金田のプレーが少しエリート染みて、
たまに気持ちの弱さを見せるチームを纏め、活気付ける。

早稲田大学ア式蹴球部において金田隼輔がキャプテンたる所以はそんなところにある。

しかし、今季のリーグ後半戦、
金田は怪我から選抜メンバーから外れることが多くなった。
前期リーグの全12節で798分出場した主将の姿はそこにはなく、
後期は52分の出場に留まっている。
チームは前期3位から2つ順位を下げシーズンを終えた。
「チームがバラバラである」というのは、インタビューの中での金田の言葉だ。
そんな中始まってしまったのが全日本大学サッカー選手権である。
大学日本一を決めるこの大会は敗退したその時点が四年生の引退となる。
しかし、早稲田大学はグループ予選において近畿大学や高知大学という
西の雄を相手に2試合で16得点というような快進撃を見せる。
そして点差がついた時になって金田の出番はやってくる。
「金田を、主将を試合に出そう。」
準決勝戦の流通経済大学戦で、
FKのこぼれ球をつめた四年生のディフェンダー山口が得点後、
ベンチの方へと一目散に向かっていったのはそんな想いがあったのではないか。
「四年生とできる限り長くプレーしたい。」
そういった多くの下級生の言葉からもわかる通り、
このチームは金田を中心にまとまったのだ。

だが、有終の美を飾ることは出来なかった。
終わってみれば金田の大学最後の公式戦出場記録は、
準々決勝の立命館大学戦の出場時間1分というものだ。
いや、決勝戦において4年生は松橋優一人を除いて誰もが出場できなかった。
ベンチには主将の金田とムードメーカーの堀江重誠。
準決勝の累積警告でベンチから外れた山口貴弘。
Jリーグ移籍の一番乗りを決めたが怪我でインカレを欠場しているゴールーパー時久省吾。
計25人(うちマネージャーとトレーナーは3人)の四年生は
松橋を除いて誰もピッチに立てなかったのである。

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試合終了の笛が鳴る。歓喜の声も悲しみの声もあまり聞こえてこない。6-1。
面白いようにボールは早稲田ゴールに入ったが、試合展開は決して面白いものではなかった。

駒澤大学にいいようにやられていくチームを、
主将はピッチの外からただ見守ることしか出来ない。
ただ、その日バックグラウンドだけが開放されていた国立競技場において、
メインスタンド側のベンチにいる金田の後ろにはもう誰もいなかった。

…金田はJリーグには進まない。
これは世の中に星の数ほどいる、陽の当たる場所のすぐ横にいた一人の選手の物語である。




posted by yamagiwaboy1012 |23:56 | ノンフィクション | コメント(2) | トラックバック(0)
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