YOSHITATSU公式ブログ~SANCTUARY~

月別アーカイブ :2011年07月

週刊プロレス

今週の週刊プロレス(8/10号、ナンバー1588)に ヨシ・タツ選手のコラムが掲載されています。 ぜひご覧ください! ...続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー25

南アフリカでは本当に色んなことが起きました。 この時期にちょうどいい話もあります。 今回は南アフリカ版『あなたのしらない世界(古い?)』をみなさんにお届けします。 ある選手がヨハネスブルグ大会初日、控え室で一人になりました。 自分のスーツケースを床に広げ、それを背に立っていると 「チャリチャリーン」 と背後で音がしたので振り向くと、 膝ぐらいの高さの空中に突然5枚の......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー24

僕が新日本プロレス所属時代、すごくお世話になったのが、 道場を管理されていた(いる)小林邦昭さんです。 僕は道場暮らしが長かったこともあり、色々なことで本当にお世話になりました。 恩人と言っても過言ではありません。 小林邦昭さんは、新日本プロレスが、70〜80年代の、 世に言う金曜8時の、飛ぶ鳥を落とす勢いだった時代に、 初代タイガーマスクのライバル、“虎ハンター”としてご活......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー23

これまでの『トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー』を読んで、 みなさんはどう感じられましたか? 僕がみなさんの立場だったらこう思います。 「こいつ吹いてるな」 と。 何でほとんどSMACKDOWNに出ていないアンダーカードの人間が、 南アフリカで一番オーバーするんだ? いくらなんでも大袈裟だろう! と。 しかし、実際、トップエージェントのアーン・アン......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー22

バックステージに帰ると、まずビッグショーが開口一番 「◯ァッーク!◯ァッキンオーサム!」 と言ってくれて、続いてランディーが 「ヨシ!空気読めよ!(笑)」 と言っていました。 まあそのぐらいみんなやらかすと思っていたということです。 なぜならシンシンは南アフリカツアーのそれまでの全4戦 “やらかして”いたからです。 南アフリカで彼とやらかさなかったのは僕だけな......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー21

15000人フルハウスの会場のセミファイナル。 本当にすごい熱気でした。 数字だけ聞くとそこまですごく感じませんが、 南アフリカツアー最終戦です。 この国は熱が違う。 ちょっと怖いぐらいでした。 ベビーフェイス対ベビーフェイスは本当にやりづらいのですが、 それを感じさせないぐらいのお客さんたちの声援でした。 僕が先入場で彼が後入場、ゴングが鳴り、 まずベビーフェ......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー20

シン・カラとは全員が手が合わない。 なぜか? それには必ず理由があるはずです。 僕はこう考えます。 彼はカルマに続くハンタープロジェクト第二弾の選手で、 いきなり一軍契約、一軍デビューの破格の待遇で、FCWを経験していません。 そして一軍デビューしてまだ3ヶ月で、 まだまだWWEのスタイルに順応できていないのがひとつ。 あと、みんなこの会社で何年もやってきた世界の......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー19

南アフリカツアー最終戦、ヨハネスブルグ大会二戦目、 会場に着き、カードを見て目を疑いました。 僕の相手は 『シン・カラ』 シングルマッチで、 しかもセミファイナル。 15000人フルハウスというのはこの時点で知っていました。 しかも最終戦です。もちろん初対戦。WWEもたいがい冒険します。 ランディーから 「ヨシ、変なことしてきたら早い......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー18

ヨハネスブルグに着きましたが、 やはりヨハネスブルグの中でも治安のいい地域のせいか、 ケープタウンやダーバンと何も変わらず、危険な感じはしませんでした。 相変わらず、時差ボケは直らず、 朝方眠りにつき、また2時間ぐらいしか寝られませんでした。 出発時間まではまだまだ時間があります。 事前に下調べをしていて、行けない距離ではない所にサファリがあるのを知っていたので、 行こうと......続きを読む»

明るい未来

どうしても書きたいことがあるので一回、 『トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー』はお休みします。 元XのTAIJIこと沢田泰司さんが亡くなりました。 心よりご冥福をお祈りします。 Xは僕の青春の一ページで、中学二年でXに出会わなければ、 今の僕はなかったかも知れないほど僕に影響を与えたバンドです。 中学二年の山本少年は完全に、頭の中が花畑のドリーマーでした。 当時の......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー17

ダーバン大会の次の日の早朝、ヨハネスブルグまでは飛行機移動でした。 ダーバンの空港に着くと、昨日のセキュリティの二人が僕を見つけ、 わざわざ近寄ってきてくれました。 見た目とイメージは血も涙もない感じ、 人との別れなんて何とも思わない感じの人たち(言い過ぎ?)なので、 ものすごく意外で嬉しかったです。 二人のうちの一人が 「ヨシ、少し時間あるか?実はな、俺は元プロボ......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー16

本当に花道を引き揚げるとき涙が出そうになりました。 そのとき自分の引退試合がこんな風だったら最高だなあとふと思いました。 このときの高揚感と言ったら今まで経験したことのない別次元のものでした。 だから言葉にできないのです。 この日、僕の中の何かが完全に振り切り、突き抜けました。 生まれ変わるほどの強烈な体験でした。 脳内麻薬ちょっと出たと思います(笑)。 試合後、バック......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー15

その日の夜、ダーバン大会での出来事です。 この感覚を何と表現していいかわからないのですが、 自分を解き放ち?振り切り?突き抜け?ました。 試合前、エージェントのアーン・アンダーソンから 「ヨシ!お前はすでにこの国ではスターだ。Kill the town! 」 との指令が出ました。 今日はその日の大会の行方を左右する第一試合をまかされました。 会場は屋外で、寒く、湿気......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー14

ジムの前にシャトルが着くと、 わざわざ二人のセキュリティーもいっしょに車から降りてくれました。 段々この扱いに慣れ始めた僕は、 ジムの前まで付いてきてくれるのだと思いました。 ジムの前に着き、お礼と終わる時間を告げようとすると、 僕を前後で挟みながらジムの中まで入ってきてくれました。 「もう大丈夫です」 と告げようとすると、それを察してか、先に 「何時間でもやって......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー13

二人に、昨年のサッカーのワールドカップ以降、 飛躍的に治安がよくなったという話がネットにたくさん出ていたことを告げると、 それはあくまで表面的なものだと言うのです。 それでも食い下がる僕に 「日本人に南アフリカの実態や裏側がわかるのか?」 と笑われました。 これは世界最悪の犯罪都市と言われるヨハネスブルグの中でも 本当に最悪の地域の話として聞いてください。 毎日数......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー12

結局、シャトル乗り場には僕以外の選手は現れず、 今回の送迎は僕一人のようでした。 二人に別れを告げようとすると、 二人ともシャトルに乗り込もうとしてきました。 なぜか尋 ねると 「赤信号で止まったとき襲われたらどうするんだ?」 と逆に聞き返されました。 「2PACかよ!」 と思いながら助手席に乗り込もうとすると、 僕を遮り先に乗り込まれました。 助......続きを読む»

週刊プロレス

今週の週刊プロレス(7/27号、ナンバー1586)に ヨシ・タツ選手のコラムが掲載されています。 ぜひご覧ください! ...続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー11

内戦終結後も傭兵として色んな所に雇われ、 流れ着いたのが今のセキュリティーだというのです。 あとで詳しく書きますが、南アフリカの治安の悪さは半端ではありません。 なぜホテルの外まで付いて来てくれたのか尋ねると、 僕がシャトルを待っているときに襲われたら困るからだと言っていました。 そして僕の興味本位のお話に付き合ってくれている間も、 一人は僕をかばうように道路に背を向......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー10

そのとき話を聞いて、 僕たちとは別の世界の住人だということに気付くのに時間はかかりませんでした。 「お前は面白いヤツだから話してやるな」 という前置きのあと、アンゴラ内戦の話をしてもらいました。 彼らはアメリカ特殊部隊グリーンベレーと行動を共にすることを許されたという エリート傭兵集団にいて、アンゴラの内戦に参加し、 ソ連、キューバ、が後ろにいるアンゴラ解放人民運動(MP......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー9

ケープタウン二連戦の次の日の早朝、ダーバンまで飛行機で移動して、 昼過ぎにホテルに着きました。 すぐにジムに行こうとしてホテルのロビーに行くと、 厳ついセキュリティーの二人が外まで着いてきてくれました。  シャトル乗り場なんてホテルの前だからいちいち着いて来なくてもわかるのにと思いつつも、 気さくに話かかけてきてくれるので話していると、 二人とも顔におかしいぐらいたくさん傷が......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー8

ケープタウン初日の試合は意外にも初シングル対決になるマーク・ヘンリーとでした。 マークには、今年のレッスルマニアも含めて、 バトルロイヤルで10回近く連続で出されている借りがあります。 今までの借りを返すべく、思いっきり真っ向から向かっていき、見事に玉砕されました。 さすが『ザ・ワールドストロンゲストマン』。一発一発が別次元でした。 しかし、試合後、エージェントのアーン・ア......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー7

その山の名前はテーブルマウンテンと言って、 世界でいくつもテーブルマウンテンと呼ばれるものがある中でも、 最も有名なものでした。 僕はこういった観光名所的なものにとんと疎く、 自分の無知さ加減を恥じましたが、何事も勉強です。 写真はアメリカに帰ってから上げますが、 まさにテーブルのような形をしています。 そのテーブルマウンテンの、車で行けるギリギリの所まで行ってもらって......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー6

ケープタウンのホテルに着いたのが夜の12時ぐらい。 その日はそのまま寝て、次の日の試合に備えます。 しかし、やはり時差ボケは直らず、 寝たのは朝9時。10時半まで一時間半寝て、 起きて朝ごはんを食べにホテルの大きな部屋に行くと、 僕と似たり寄ったりの奴らが数人。 色々話していると、そこから綺麗な大きな岩山が見えます。 会場への出発時間まではたっぷり時間があります。 ......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー5

南アフリカでは本当に色々あり、一つの物語にできそうなので、 『トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー』 と名付けて少しづつ書いていきます。 それより今だに時差ボケが直らず毎日一時間半ぐらいぐらいしか寝ていませんが、 仕事も遊びも命掛けでやっています。 実際、自分は仕事も遊びも家庭も両立して人生を楽しめるような器用な人間ではありません。 小さいときから勉強もスポーツも......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー4

空港に着くとその他にも大変なことが待っていました。 大変といっても悪いことではなく、僕にとって大変嬉しいことでした。 何と!空港で僕が大人気だったのです。 信じてもらえないかも知れませんが、 空港でランディー、ビッグショーを除いて一番オーバーしていたのがこの僕です(笑)。 もちろん周りはみんな首を傾げるばかりです。 SMACKDOWN所属のくせにSMACKDOWNにほとんど出......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー3

サウスアフリカ!日本語では南アフリカ共和国!話すことがいっぱいあります! まず32時間に及ぶ長旅を経て、ケープタウンの空港に降り立ち、 バゲージクレームに向かいました。 荷物を待っていると、ある選手が自分のバッグの鍵が壊されているのを見つけました。 中身を見ると、何と!中身がグチャグチャに荒らされて物が盗まれているではないですか! すると次々に同じように鍵が壊されている選手が出......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー2

チャボ・ゲレロが辞めた理由が僕にあるようなことが 海外のいろんなサイト上に書かれている(いた)ようですが、事実に反します。 しかもいろんな説があり、逆に楽しませてもらっているぐらいです。 本来、ネット上のことなど相手にしませんが、 いろんなサイトで言われているらしいし、 今回のことは多くのボーイズ、レフェリーにも言われていて、 話が一人歩きしそうな勢いなので一応キチンと話します。 ......続きを読む»

トゥルー・サウスアフリカ・ストーリー1

これから南アフリカに行ってきます! 20時間フライトです! コネクティングも含めたら何と!30時間越え! 日本ータンパを越えました。今までで最長のフライトです。 明日からケープタウン、ケープタウン、ダーバン、ヨハネスブルグ、ヨハネスブルグと5試合して、 アメリカに帰ってTV撮ってタンパ帰ってそれから…。 今日も元気にレスリングのDVD見て、小説読んで、週プロのコラム書......続きを読む»

悲願

RAW、SMACKDOWNの冠番組で 一度もストーリーを与えらなかった男のアクションフィギュアが、 何様のつもりなのか、エリートコレクションから出ます。 もちろん前代未聞です。 喜ぶより恥に思った方がいいのかも知れません。 しかし、ひとついいことは、にわのまこと先生にデザインしていただいて、 みなさんに投票で選んでいただいたコスチュームがひとつ形になったことです。 ......続きを読む»

今日から俺は

注意「今回のブログには日本で未放送の内容が含まれています。 ご注意ください。」 今週のNXTは僕にとっての終戦記念日兼宣戦布告の日になりました。 僕の中の新たな第一歩を踏み出しました。 今週のNXTで僕はWWEらしくない試合をしました。 僕はこの会社唯一の日本人です。 それが僕のアイデンティティなんです。 RAW所属時代、僕はハウス......続きを読む»

ブロガープロフィール

profile-iconwwe_yoshitatsu

'''YOSHITATSU (ヨシ・タツ)'''

2007年よりアメリカ修行に出発、WWEの下部組織であるFCW (Florida Championship Wrestling)でトレーニングを重ねる。2008年にWWEのトライアウトを受け、ディベロップメント契約を勝ち取る。その後渡米しメジャーデビューを目指してFCWで研鑽を積み重ねる。

2009年6月、ECWの新たなスーパースターとしてWWEデビュー。
ディベロップメントからWWEへ昇格した初の日本人スーパースターとして歴史に名を残すことになる。

デビュー戦では〝ゴールドスタンダード〝ことシェルトン・ベンジャミンと対戦し、挑発するベンジャミンをハイキック一発で仕留め、衝撃のデビューを飾った。以来、WWEファンの心をつかみ、人気選手の仲間入りを果たす。

2009年10月にはデビューからわずか4カ月でECWタイトルに挑戦するなど、破壊力抜群のキックとエキサイティングなファイトスタイルでWWEファンを常に魅了している。
 
本名 山本尚史(やまもと なおふみ) 1977年8月1日生まれ。
岐阜県出身。身長186cm / 体重100kg。
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(07月13日現在)

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