2014年08月18日

近況報告 8

kick

僕のTwitter(@YoshiTatsuIsm)をフォローしてもらっている方はご存知かと思われますが、 昨日、12年間のレスリング生活で初めてベルトを巻きました。

フロリダヘビーウェイトチャンピオンというベルトです。

御託はまた後で並べます(笑)。

相手はアーロン・エピックという、 アメリカのインディーではそれなりに知られた選手です。

2週間ほど前もニューヨークでカート・ホーキンスとタッグを 組んで試合をしていました。

20分近い試合で、かなり手こずりました。 いい選手です。

日本から応援してくださったみなさん、 ありがとうございました(^_^)。

写真はベルトを取った30分後ぐらいに撮ったもので、 Twitterでも上げたものです。

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2014年08月16日

近況報告 7

kick

娘が描いてくれました。

これと同じように明日、絶対ベルトを巻かないといけません。

ベルトにも「がんばってね」って書いてあるし、 家族に対するせめてもの贖罪の意味も込めて。

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2014年08月15日

近況報告 6

kick

まずリリース後の初戦はシックスメンでした。

自分は例のチェイスン・ランスと、 TNAのディーバ、ノックアウト・ブリトニーと組みました。

僕とブリトニーが、シングルマッチで相手の仲間の乱入によってやられたチェイスンを助けに行って、 その結果シックスメンになりました。

まずよかったのは、初陣を勝利で飾れたことです。 僕の中で、これは今後を占う上で重要です。

そして、それぞれの持ち味を出せたこと、 WWEの頃と同じように、会場の大小、 お客さんの多い少ないに左右されず、 きちんと歓声をもらえたことも大きかったです。

このとき、本来の場所に戻って来たと感じました。 この日、WWEの時とは比べ物にならない小さなスポットでしたが、僕に再びスポットが当たりました。

やはり、お客さんの前で試合をするのがレスラーの本来の姿で、リングこそが僕の戻る場所だと確信しました。

たった数十人のお客さんの前でしたが、 レスラーであることの幸せを噛み締めました。

そして、次の週にはシングルマッチで勝利を収め、 アメリカ時間の今週の土曜、タイトルマッチに漕ぎ着けました。

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2014年08月12日

近況報告 5

kick

それから彼のやっているチーム・ヴィジョン・ドージョーに毎日のように通うようになりました。

ただで練習させてもらう代わりに、 若い子たちに教えるようにもなりました。

しかし、コーチはすでに何人もいるので、 あくまでもサポートであったり、 コーチが来れないときに教える、 練習時間が終わったあとのエクストラの練習のときに教える、といった感じです。

僕はWWEの二軍の奴らにコソッと個人的に教えることはあっても、堂々と何人にも教えるのはこれが初めてでした。

人にものを教えるということがこんなに素晴らしいことだとは思ってもいませんでした。

虚ろな目をした奴らを多く見てきたからかも知れませんが、 目を輝かせながら、若い子たちが次から次に教えて欲しいと言ってくる。

この動きはどうか?この技はどうか?この考え方はどうか? と僕の周りに輪ができる。

ときにはプロモを見て欲しいとプロモを見せてくる。 このコスチュームはどうかと見せてくる。

僕のTwitter(@YoshiTatsuIsm)をフォローしてもらっている方はご存知かも知れませんが、夕方5時ぐらいから夜中の1時過ぎ、ひどいときは夜中の2時ぐらいまで納得の行くまで練習し、 議論を闘わせてます。

僕は今、無職ですが、彼らは皆、別に職があり、 次の日は朝から仕事なのにもかかわらずです。

レスリングには夢があり、熱い気持ちになれる、 本来こういうものでなくてはと思うのです。

僕は皮肉にも、世界一のWWEをリリースされて、 忘れかけていたレスリングの原点に立ち返りました。

僕がレスラーを志した14、5才の頃の初期衝動も戻ってきました。

そしてありがたいことに、僕には、かつてWWEで、 仲間内でジャパニーズゾンビ、ヘッドバンプマスターと呼ばれた、怪我で一度も欠場したことのない丈夫な体があります。

精神的にリフレッシュして、いくらでもまた上を目指せます。 ということで、2週間前から試合も始めました。

続く

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2014年08月11日

近況報告 4

kick

ということで、このチェイスンという男、 僕の知らないところで、僕のアメリカでの一部始終を客観的に見ていた数少ない人間の一人ということになります。

挨拶もほどほどにチェイスンからこう切り出されました。

「何かの縁で知り合って、気が付いたら、 新日本辞めてWWEとサインしたって聞いて、 当時、関わったプロモーターとかみんなビックリしてたんだよ。

そしたらあれよあれよという間にECWでブレイクしてRAWに出るようになって、レッスルマニアのバトルロイヤル優勝だろ?

WWEと契約前のお前の周りにいたインディーのプロモーターやら関係者は、Yoshiは俺が育てたぐらい言ってたよ(笑)。

今回はネットワークの穴埋めにされて運がなかったな(笑)。

まあいずれ全員クビになる会社だから。

あれからもう6年か。長かったね。お疲れ様。」

と。 僕よりキャリアは長いけど、僕より年は下。 しかし、年下とは思えないほどしっかりとした感じを受けました。 やはり、小さいながらも一人で団体をやってる人間はちょっと違うなあと思います。

WWEでもいっしょですが、自分たちレスラーは自分の心配さえしていればいいのですが、彼は、自分のことは元より、自分でレスリングを教え、レスラーを育て、道場の家賃を払い、会場のブッキングや選手のブッキング、ギャラの分配、選手のグッズの発注、その販売、自分で次の大会のプロモーションを打ち、ポスターを擦り、それを自分で貼りに行き、自分でチケットを売るなど、何から何まで一人で切り盛りしているのです。

話を聞いているうちにこっちまで武者震いしてきて、 こいつには負けてられないなと思いました。

続く

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2014年08月06日

近況報告 3

kick

昔、週刊プロレスのコラムにも書きましたが、 自分は新日本の海外遠征でFCW(WWEの当時の2軍)に来たとき、 特別な計らいで練習はさせてもらえましたが、 やはり試合はほとんどさせてもらえませんでした。

なので、FCWが試合のある週末は、 地元フロリダのインディーの試合を自分でブッキングして試合に出なければなりませんでした。

当時、英語もダメで、何のコネクションも無かった自分は、FCWの人間に、地元タンパのインディーのレスラーを紹介してもらい、そのレスラーの伝手を頼りに、 とんでもない英語で自分で電話を掛け、 ブッキングしていました。

しかし、実は、その影で、僕のブッキングがうまくいくように色々と動いてくれていたのが、そのインディーのレスラーから頼まれた、このチェイスンという男だったということを、 何の因果か、7年後に知ることになりました。

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2014年07月31日

近況報告 2

kick

この握手を求めて来た チェイスン・ランスという男、

「久しぶりだね」

と言って来ましたが、 見覚えがありません。

訝しそうにしていると、

「きっと覚えてないだろうね。」

と、微笑みかけてきました。 そして、

「申し訳ないけど、あのYAMAMOTOがここまでになっちゃうとは思ってもみなかったよ。本当に誇りに思うよ。」

と。

状況の把握できてない僕に

「7年前、New Japan Pro-WrestlingのYAMAMOTOがフロリダに初めて来たとき、 インディーでのブッキングのヘルプをしていたのが俺だよ。 試合後、何回かご飯を食べに行った中に俺もいたんだよ。」

と。

続く

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2014年07月27日

近況報告

kick

みなさんコメントありがとうございます(^_^)。

近況報告をすると、自分は、今、 ラリー・ズビスコと”レイザー・ラモン”こと スコット・ホールの作った チーム・ヴィジョン・ドージョーというところで、 トレーニングをしています。

WWEをリリースされてほどなくして、 ラリー・ズビスコから

「練習場所に困っているならいつでもおいで」

と連絡をもらい、お言葉に甘えて行かせてもらっています。

初めて行ったときは何の知識もなく、住所を辿って行くと、今、自分が住んでいるところから車で30分ほどの場所にありました。

中に入ると、人当たりのよい、背が170cmぐらいの、 そのドージョーの実質的な経営をしている チェイスン・ランスというレスラーに

「久しぶりだねYAMAMOTO」

と握手を求められました。

続く

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2014年07月20日

今、今後

kick

今もまだ、ものすごい悔しさに苛まれています。

本当に悔しい。

僕はWWE史上初の、使うプランがなくWWEに入った日本人です。

なので、有無を言わさず二軍からの、 その中でも底辺からのスタートでした。

契約後、まったく相手にされない状況から、 目の前の物事や問題に真正面から立ち向かい、 ディベロップメントメント契約から一軍に上がった初の日本人になりました。

様々な面で僕が道を切り開いてきたという自負もあります。

権力者の味方のいない中、6年間毎日、成功しようと、 わずかな可能性に、人生のすべてをかけ、 家族に多大な犠牲を強いて(これは、アメリカに実際住んでいる日本人にしか理解できないと思います)、 闘い続けてきたのです。

なので、一ヶ月やそこらでは、 その可能性を絶たれたことを飲み込めないみたいです。

ただ、毎日少しずつ現実を受け入れ、 また自分を冷静に見つめることができるようになってきています。

WWE契約前の僕を知らない人もいるかと思うので言いますと、新日本のとき、僕は箸にも棒にもかからないレスラーでした。

それが、わずか一年足らずで、なぜWWEと契約でき、 一軍に上がれ、ECWのトップベビーフェイスと言われるまでになれたのでしょうか?

それは、新日本での失敗を反省し、その経験をWWEで生かすことが出来たからです。

僕は、WWEで、ECWでは上まで行けましたが、 RAWでは通用しませんでした。

ファンの方もご存知でしょうが、みんなこの会社は政治がすべてだと言います。

しかし、それだけではありません。 僕にも反省点は多々あります。

それを真摯に受け止め、次のステージで生かさなければなりません。

今、言えることは、僕に”世界”を見せてくれたWWEには感謝しかないということと、僕に後退の二文字はないと言うことです。

大きく分けるなら、僕のレスラー人生は、 新日本時代が第一章なら、WWE時代は第二章でした。

これから第三章が始まります。

新日本とWWEにここまで上げてもらった僕の価値を、 必ず今後のキャリアアップに繋げます。

これからも応援よろしくお願いします(^_^)

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2014年07月18日

週刊プロレス

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みなさんお久しぶりです。

早速ですが、7月23日発売の週刊プロレス1749号に、 自分のWWEリリース後、第二弾のインタビューが載ります!

前回のものより長いものになっています。 ぜひご覧ください。 よろしくお願いします(^_^)

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