2007年01月13日
平沢潤氏とLAテニス事情
先日(とっても、昨年末のことだけど……)、ロサンゼルスを本拠地に活動を行っている、平沢潤さんという方にお話を伺いに行った。 平沢さんは元はヨネックスの社員であり、その当時、まだ頭角を現す前のヒューイットと契約を取り次ぐなど、選手のスカウトとして活躍。その慧眼が評価されてアメリカ支部へと転勤になり、モニカ・セレスやマルチナ・ヒンギスなどのヨネックス契約選手の用具ケアも担当した。そして現在はフリーとなり、ヨネックス専属のスカウトとして活動する一方で、プライベートコーチとして地元の子供たちから選手まで、手広く指導しているのだった。 12月上旬、出張とコーチ業で大変忙しいその合間をぬって、幸いにもお話を伺う機会が得られた。わたしが会ったその翌週には、ヒンギスと打ち合わせをするためスイスに行く予定だという。 平沢さんがコーチとして活動しているのは、ロサンゼルス市内から車で小一時間ほど南に外れたところに位置する、ローリングヒルズという閑静な住宅街。平沢さんがかつてつとめていたヨネックスをはじめ、トヨタやブリジストンなどの日本企業の拠点となっているため、日本人も非常に多く住む区画である。 平沢さんから伺う話は、一流選手たちの舞台裏的な秘話ありビジネスとしてのテニス界の内情ありで、どれもがわたしにとって刺激的なものばかりであった(例えば、ヒンギスは彼が知る限り最も新しい用具を取り入れることに貪欲な選手で、次から次へと新モデルを試したがるために、平沢さんが「キミのモデルをつい最近出したばかりなんだから、しばらくはそれを使ってよ!」と、たしなめなくてはならないほどだとか)。が、中でもわたしが最も伺いたかったのは、「アメリカと日本テニスの育成システムの差異」、そして、平沢コーチが第一義に掲げる指導者としての理念だった。 この“指導者としての理念”に関しては、これまで異なるコーチからかなり異なる持論を聞かされてきた。ある者は、「子供なんて動物と同じ。主従関係をはっきりさせ、犬をしつけるように反復練習をさせることで、考えるより先に体で覚えさせなくては」と口角泡を飛ばし、またある者は「才能ある子は、放っておいても育つ。指導者として大切なのは、その環境を整えてやること」と穏やかな口調でのたまう。 平沢さんは、どちらかというと後者の立場の者だ。今回のお話は、クラブハウス(ジーンズ不許可)にあるカフェで伺っていたのだが、テーブルに置いてあったペン立てを引き合いにだし、 「この中から一本、優れたペンを選べと言われても限界がありますよね。でもこの10倍、100倍のペンがあれば、可能性は大きく広がる。やはり優秀な選手を育てるためには、裾野を広げることが重要だと思います。そしてそのために僕らがすべきことは、やはり第一に、テニスの面白さを知ってもらうことでしょうね」 と、テニスウェアに身を包んだまま、平沢さんは自分に言い聞かせるかのように語った。 「これから生徒さんが来るんですが、見て行きますか?」 そう言ってくださったので、是非とも見させて頂くことにした。 そして、驚いた。 平沢さんの“生徒さん”は、人がラケットを持ってるんだかラケットに人がくっ付いているのか判別つきがたいような、4~6歳の小さな3人の女の子たちだったのだ。彼女たちは、ボールを打つどころか、自分の身の丈ほどもあるラケットを振り回すのが精一杯といった感じ。一応、ネットを挟んでラリーをするのだが、ボールの大半は後ろに逸れて行き、ラケットに当たってもネットを越えることはまれ。 「おいおい。これじゃあキミたちの練習なんだか、コーチの球出しの練習なんだか解らないよ~」 そんな平沢さんの嘆きにも、女の子は悪びれる様子もなく、「だってこれは、コーチのれんしゅうだも~ん」などと返すのだ。 平沢さんのプログラムは、球を打つことだけではない。ラケットにボールを乗せて落とさないように走ったり、コーンで高く弾んだボールをキャッチするなど、“球遊び”的な要素もふんだんに盛り込まれている。 「それにしても、どうしてこんな子供たちが平沢さんのような有名コーチの指導を受けているのだろう?」 ふと疑問に思い、練習に付き添いにきていたお母さんに伺ってみると、 「アメリカでは、テニスは社交の場としてよく使われているし、中学生くらいになるとみんな多少はできるらしいんですよ。友だちのお母さんに『高校生になってテニスくらいできなくちゃ、デートの相手も見つからないわよ』なんて言われて、そしたらあの子たち、『わたしもテニス習う!』なんて言い出したんです」 と、明確な回答が返ってきた。 実に、なんてことない。でも、この「なんてことない」っていうのが、とてつもなく大きい。つまりこれは、彼女たちにとってテニスは、日常に何気ないカタチで入り込んでいるということだ。この「何気なさ」に、肩に力入りまくった気負いは、なかなか敵わない。平沢さんの言うところの「たくさんのペン」の動機付けは、「デートできるコになりたいから」だったりするのだ。 このお母さんはつい最近まで、平沢さんがそうそうたる経歴の持ち主であることも、全く知らなかったという。 「以前、近所のレストランで偶然、平沢コーチが若い女性と一緒に居る現場に居合わせちゃったんです。『これは、大変なものを見てしまったかしら!?』と慌てたんだけれど、よくよく見てみたら、その女性は杉山愛ちゃんだったの」 という按配だ。 子供たちを指導し終えた平沢さんは、「日本だったら、あんな練習をしてたら親御さんから怒られちゃうんですよ。『お金払ってるんだから、その分真面目にヤレ!』ってね。日本の環境だったらそれもわかるんですが、本来ならやっぱり、ああやってボールがどう跳ねるのか、ボールとの距離感はどうやって掴むのかというのを体で覚え、それから次のステップに進みたいんですよね」と言っていたが、その言葉からも、そして何よりコート上での練習から、彼の指導者としての理念が伝わってきた。 こんなものを、日本と比べてもどうしようもない。 第一に、LAは土地が広い。また一年中晴天に恵まれているので、コートを使える時間も長い。それゆえに優秀な選手やコーチが各地から集まってくるので、平沢さんのような方から直接指導を受けられる機会も多い。物理的な環境が、圧倒的に異なるのだ。 「恵まれている」と言ってしまえば、それまで。ただそのような中でも、育成に対するスタンスやテニス界の体質など、日本でも抜本的な部分は変えていけないものだろうか? 「なんで、日本ではテニスをするのに、あんなにお金がかかるんだろう?」 テニス好きなうちの父が、近所のスクールに通っては母親から文句を言われていたことを、シミジミと思い出してしまった。
posted by writing3 |10:03 |
テニス |
コメント(4) |
トラックバック(0)


