2006年11月23日
アガシの源泉を探る
今年引退したテニス界の元スーパースター、アンドレ・アガシは、イラン系アメリカ人だ。アガシの父マイク氏は、イランを代表しオリンピックに出場するほどのボクサーでありながら、母国を離れ単身アメリカに渡って来た。そして、大きなイラン系コミュニティもないラスベガスに住居を構えたのだ。 アメリカには、イラン人はかなり多い。東海岸のことはあまりよく知らないが、LAやサンディエゴなどの西海岸には比較的大きなイラン人コミュニティが存在し、英語を話せなくても暮らすに困らないほどだ。だがマイク氏は、それらのコミュニティとは距離をとり、ラスベガスでカジノホストなどをしながら生計を立て、その一方で子供たちを一流のテニス選手に育てることに妄執していたという。 わたしには、「イランの人たちは、例えアメリカに居ても母国を愛している」という先入観があったので、マイク氏の経歴はやや異質に映った。そして先日、たまたまイラン人の新聞記者と話す機会に恵まれたので、その件についてたずねてみたのだ。 記者氏の答えは、実にシンプルだった。 「アガシの父は、より良い生活を求めてアメリカに渡っただけだよ。母国に対するこだわりなどは、あまりないだろうね」 理由の大きな部分は、彼がアルメニア系イラン人であることに起因しているようだ。アルメニア系はイランの中で少数民族であり、あからさまな差別はなくとも肩身の狭い思いはしているはずだという。さらには、アルメニア人にとっての宗教はキリスト教。イスラム教が国教である“母国”は、彼らにとって決して居心地の良い場所ではないのだろう。アガシ自身が敬虔なクリスチャンだということを不思議に思っていたのだが、そのような歴史的背景があったのだ。また「アンドレ」というイラン人らしからぬ名も、アルメニアでは非常にポピュラーなものだという。 件の記者氏に、「アガシがアメリカでこれだけ成功したことを、イラン人として嬉しく思うか?」と聞いたら、「そういう感覚はあまりない。アガシはイランに来たことがないし、彼のことをイラン人だと思ったことはあまりないから。またアガシ自身も、自分をアメリカ人以外の何者だとも思ってないだろう」という返事。 言われて見れば確かにアガシは、引退直後に出演したテレビ番組で、アガシと同じくイラン系アメリカ人だという視聴者から「将来、イランにテニススクールなどを作る気はあるか?」と聞かれた際に、なんとも歯切れの悪い回答をしていた。チャリティや子供の育成に熱心なアガシのその反応を意外に思ったが、彼にしてみれば「イランで」という限定的な仮定に戸惑いを覚えずにいられなかったのだろう。アガシにとってイランとは、自分からは見えないが人目には付き易い場所にあるホクロのように、他人から指摘されるまでは気にならず、どう思うかと聞かれても答えに困るような存在なのかもしれない。
posted by writing3 |23:25 |
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