2006年08月25日
開幕が週末にせまってきた全米OPは、4大大会で初めて“チャレンジ”制度が導入される大会として注目を集めています。
“チャレンジ”とは、線審(主審)のコールに対し、選手がビデオを使った判定を要求できるというもの。今年3月のマイアミ大会で初めて試運転され、現在開催中のUPオープンシリーズでも使われています。
個人的には、違和感がある、というのが正直なところ。自分が非常にコンサバな人間だからかもしれないけれど、誤審という「あや」も勝負の行方を左右する重要な要素の一つであり、その「あや」こそが時として予測不能なドラマを生むというふうに思っていました。ひとつの誤審のせいで大きくリズムを崩してしまう選手、逆に際どい判定にも岩のごとく揺らぐことなく、自身のミッションを遂行していく選手。テニスという競技は選手の人間力が試合を決するファクターであり、だからこそわたしはテニスが好きだったので、そのファクターが薄れてしまうのは寂しい気もします。
選手の間でも、異を唱える声はいくつか聞かれます。
フェデラーは反対派で、「導入に必要な莫大な費用は、別にことに使われるべき」と言っていたそうです。
今年で引退するアガシも、「この制度のせいで試合に集中しきれない。それに、衆人環視の前で大スクリーンに誤審が映し出されてしまうのは、審判にも気の毒」なんて言っていました。かつては、審判を口汚くののしることで悪名をはせていたヤンチャ坊主だったのに(苦笑)
ただ、USオープンシリーズの大会をいくつか見てきたなかでは、少なくてもお客さんは大いにこの制度を堪能しているように感じました。
チャレンジが申告されるや否や皆でスクリーンを食い入るように見、映し出された結果に一喜一憂する様は、テニスの新しいエンターテインメントの一面になりえるかもしれません。
セレナ・ウィリアムズはロサンゼルスの大会の際、
「観客も試合に参加することができて、すごく良いと思うわ」と言っていました。確かに彼女の試合では、際どいジャッジがあると観客たちが「チャレンジ! チャレンジ!」と、セレナのチャレンジ行使を求める声を上げていたのです。なんとも、アメリカ的な発想だと感じましたが、そもそもこの制度は、04年の全米OPの準決勝でセレナが幾つかの「明らかな」誤審により敗れたことが引き金になったといわれています。セレナが全面的に賛成なのは、当然でしょう。
杉山愛選手も、「結果の如何に関わらず、チャレンジして確認できればスッキリできる。マイナス要素は何一つないと思います」と、賛成派であることを断言。わたしは、長くやってきた選手ほどドラスティックな変化を嫌うだろうという先入観があったので、この杉山選手の発言には少し驚かされました。
かくのごとく、テニスという競技の性質を変えかねないこの新制度。今年の全米OPをテレビ等で見る際には、チャレンジ行使のタイミングや、それに対する観客のリアクションなどにも注目してみてください。
posted by writing3 |03:19 |
テニス |
コメント(3) |
トラックバック(0)
2006年08月21日
ロディックが、W&SFGオープンで優勝。なんと彼にとっては今年初のタイトル。コーチをジミー・コナーズに代えるなど、本人も必死で契機を探していたようですが、その結果が出たとあって、優勝の瞬間はかなり感極まった様子。会場に詰め掛けた満員の観客とその瞬間を共有すべく、フェンスから身を乗り出すファンたちとハイタッチをしながらコートを一周していました。
優勝後のコメントも、なんとも大人でした。
まずは、対戦相手のフェレーロに対する賛辞。
「4大大会も獲得したことのある彼は、この結果では満足してないでしょうが、彼の素晴らしいプレイがまた見られたことを、すごく嬉しく思っています」。
そして感謝の意の対象は、家族へ移行。
「この大会のために家族みんなが集まってくれたことに、とても感謝しています。そして今僕は、新たに1万人の家族を手に入れました」
最後に、ボランティアたちに。
「皆さんがいてくれたおかげで、このように素晴らしい大会が成立するんです。僕らは、甘やかされてますね(笑)」
ロディックは愛すべき対象なのだけれど、これまで彼には非常に歯がゆい思いをさせられてきました。なんか彼のテニスって、頭が悪そうなのですわ。
特にウィンブルドンで19歳のアンディ・マリーにケチョンケチョンにやられた時は、彼はもうアカンと見限りそうになったほど。どんなに劣勢になっても愚直なまでにサーブ&ボレーを繰り返し、マリーのロブやドロップショットの餌食になりまくっていた姿には、哀愁すら漂っていました。会見場でも、技術的な指摘をした記者に対し、「あの試合を観て、そう思ったの? わ~お、俺が今まで会った中でベストの記者だよ、あんたは」と憎まれ口を叩くなど、人間性としての印象もイマイチ。
でも、彼が多くの人々に愛されているのは間違いないみたいです。アガシもアンディには様々なアドバイスをしてきたようですし、ジミー・コナーズが彼のコーチに付いた経緯にも、アガシは一枚かんでいたそうです。
それら多くの人々の愛に包まれ、そして艱難辛苦を乗り越え、ロディックは随分とオトナになったように、今回の優勝スピーチから感じました。もちろん人間、調子のいいときは誰に対しても優しくなれるものですから、これだけでは判断できませんが。
いずれにしても、「どうせロジャーの優勝だしな」と関心パラメータが下がりっぱなしだった全米OPが、これで大分楽しみになってきました。
posted by writing3 |03:33 |
テニス |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年08月18日
本人と会ってしまったことがあるので非常にドキドキしながら言うのだけれど、わたしはスポーツライターの武田薫さんの文章が、どうも好きではなかった。武田氏はテニスに造詣が深く長年にわたり第一線で活躍しており、Number誌などにも多くのコラムを寄稿している。
わたしが武田氏に対し否定的な感情を抱いた理由の大多数は、伊達公子に起因している。彼は、基本的に誰に対してもそうであるように、伊達に対して辛口だった。そして当時、かなり盲目的な伊達ファンであったわたしには、それが面白くなかった。
決定的だったのが96年のウィンブルドン、伊達がベスト4に進出した際の記事だ。日没により順延になったこの試合だが、武田氏は日没順延→グラフの勝利に至る一連のシークエンスを、男女の恋愛模様に例えて描写していた。それが、わたしにはカチンときた。わたしにとりあの試合は、限りなく純潔で神聖なるものだった。日本テニス史に、否、スポーツ史に金文字で刻まれるべき金字塔だと思っていた。それが、なぜ男女の痴話げんかなぞになぞられなければならないのか? 今思うとかなり滑稽だが、とにかくわたしは憤っていた。
それから約2ヵ月後、伊達公子が引退を表明した際にも、武田氏はNumberか何かに文章を寄せていた。そこで氏は、確か以下のような趣旨のことを書いていたと記憶している。
「日本テニス界やマスコミ、伊達公子本人の性格、テニスツアーという体制との相性なども含め、彼女はここまでだったのだ」
と。
これも、わたしには面白くなかった。
そのような言い方をするのなら、あなただって彼女を「ここまで」に制約してしまった一因だろう――と。
今なら、氏がこの文章をある種の自戒も込めて書いたであろうことがわかる。でもあの当時、悲しみに打ちひしがれていたわたしには、なんとも無責任な物言いに響いた。
それから、10年の歳月が流れた。自他共に認める日本のエース杉山愛は、わたしとほぼ同年代。伊達公子が現役を退いた年齢を大きく上回ったが、彼女は今でもピークに近い状態を維持している。
この10年間、テニス界は大きく変動した。トップ選手も、グラフやヒンギスにウィリアムズ姉妹、さらにはエナン&キムのベルジャンからついに開花したモーレスモへと移り変わり、そのときどきで猛威をふるったテニススタイルも異なる。ルールやポイント制度も、いくつかの微調整を繰り返してきた。そして杉山は、常にそれらの変化に対応してきたのだ。ダブルスにも参戦し、テニス界での友人も多い。選手ラウンジでも、選手やコーチから彼女に声をかけ、談笑している様子を何度か見かけた。
10年前には伊達公子の盲目的ファンだった自分も、10年たって多少は物事を相対的に見られるようになった。ただテニスが上手いだけでは、ツアーを周るプロにはなれない。文化や環境面の差異に対応しながら世界各地を転戦していく能力は、球を強く正確に打つことと等しく、プロ選手に求められる重要な資質なのだ。
だから今なら、武田氏が伊達公子を「ここまでだった」と言った理由も、よく解る。たぶん、そういうことなのだろう。そして杉山が現在進行形で行っていることが如何に偉大かも、今なら理解できる。
今回の全米OPが、杉山選手にとってなんと50回連続のグランドスラム出場になる。
posted by writing3 |04:44 |
テニス |
コメント(2) |
トラックバック(0)
2006年08月16日
テニスの大会のとき、記者は参加選手たちに会見を要請することができる。で、これに呼ばれた選手は、怪我などよほどの理由がないかぎり応じなくちゃいけない。基本的に、すっぽかすと罰金になってしまうのです。だからテニス選手の発言って、失言系が多いんでしょうね。だって、負けてムシャクシャしているときに記者から呼びだされ、「なんで負けたの? ねぇねぇ、何でだと思う?」なんて聞かれたら、誰だって憎まれ口のひとつも叩きたくなるでしょ。
で、この会見、選手は試合が終わったのち可能な限り早くやってくる。普通はシャワー浴びて着替え、その後なので、試合終了後30分くらいというのが平均所要時間。中にはコートから直行してくる選手もいるので、ときどき、試合を観てから会見場に行ったら、すでに選手が来ていた――なんてこともあります。
んで、わたしがこれまで観てきたかぎり、試合終了から会見場登場まで最も長い時間を要するのが、断然シャラポワちゃん。だいたい彼女の平均所要時間は、45~60分といったところ。ユニフォーム姿で来たのを見たことはないし、いっつも髪はサラサラ。なんだか良い香りがする。
セレナはこの間の会見のとき、なぜか愛犬を連れてきていた。会見中ずっと撫でていたのだが、このワンちゃん、抱えるサイズじゃないのよね。よくパリス・ヒルトンなんかが猫とネズミを掛け合わせたみたいな小型犬を抱えているが、ああいう感じではない(下の写真参照)。これ、セレナと一緒だからまだ小さく見えるけれど、わたしが抱えたらこの倍のサイズに見えるはず。
ま、考えてみれば選手たちだって、年頃の女の子たち。人前に現れ写真までバチバチ撮られるのだから、ちゃんと髪だって整えたいしメイクもしておきたいってのは、当然の感情ですわね。
posted by writing3 |01:14 |
テニス |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年08月16日
8月12日に行われたK-1ラスベガス大会で、元WWEのチャンピオンで大スター(らしい)のブロック・レスナーがスペシャルゲストとしてリングに上がり、改めてK-1(Hero's)への参戦を表明。そして彼が「俺を指導してくれる人物」として紹介したのが、何を隠そう、あのホイス・グレイシーだったのだ。
んで、そんなスーパースターに対してお客さんの反応がどうだったかというと、実はこれがイマイチ。レスナー自身も肩透かしだったのか、
「俺が来てるのに、これっぽっちの反応かい?」
と苦笑ぎみ。しかもそんなレスナーの煽りに対し、一部の観客はブーイングで応えた。
正直、この反応の意味がわたしにはわからなかった。もちろんプロレスラーたるもの、ブーイングもときには賞賛のうちだろうが、WWE時代の彼をよく知らないわたしには判断のしようがない。
そこで、WWEの大ファンだという知人(警察官)にたずねてみた。
「彼は、ヒールだったときもあったしベビーフェイスだったこともあるから、それはあまり関係ないんじゃないかな。むしろ、NFLに挑戦すると言って突然WWEを止めたことの方が大きいと思う。
彼がNFLにチャレンジすると表明したとき、多くのファンはその決断を支持していた。でも、彼はNFLのチームに解雇されたあと日本のプロレスに行ったし、今もまた日本の興行に出ようとしている。僕らからしてみれば、NFLで失敗したから逃げるように日本に行き、WWEを捨てた裏切り者のチキンという風に映らなくもない」
と、複雑な感情を吐露してくれた。
なるほど、確かにそうかもしれない。
彼らファンからしてみれば、自分たちの愛するヒーローが去るのは寂しいが、アメリカの国技とも言えるフットボールに挑戦するというから、気持ちよく送り出してやった。「もしダメだったら、いつでも帰ってこいよ」という思いだったろうが、夢破れ気が付きゃ遠い島国でプロレスやってた。そりゃ、あんまり気持ちのよい話ではないだろう。
レスナーのHero'sデビューは、恐らく来年早々という谷川Pのお話。ま、レスナーが善いモンにせよ悪モンにせよ、アメリカ人の関心を引くことだけは間違いないでしょう。WWE時代からの筋金入りのファンたちがどんな反応を見せるのか、楽しみだ。
posted by writing3 |00:45 |
K-1 |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年08月12日
昨日の夜から、ラスベガスに来ています。
ロサンゼルスもいい加減アッツかったけれど、ラスベガスはレベルが違う! なんちゅーかもう、近くで火事が起きているとしか思えない暑さ。建物の外に出ると、一瞬で唇から一切の水分が逃げて行き、ヒリヒリとしてしまう。
で、なぜそんな酷暑のラスベガスに来ているのかというと、明日K-1GP開幕戦の最終予選が開催されるから。そして本日は、次代のK-1&HERO'Sのスターを発掘すべく、べラージオホテルでトライアウトが行われました。
ラスベガスでも随一の超高級ホテルのパーティルームで、上半身素っ裸の若者たちが、組んずほぐれつを繰り返す。なんかもうスッパイ感じですわ。刺青率8割、モヒカン率は3割(当社比)と言ったところで、こんなマッチョな方々にホテル内をウロウロされた日には、高い宿泊費を払って泊まりにきたまっとうな客たちが迷惑するわ、と、別に泊まってもいないわたしが何故か憤ってみたり。
で、トライアウトなどなどが終わり、さあ帰ろうとホテル内を歩いていると、上品そうな中年のおばさんがテンパッた表情で「わたしの息子が! わたしの息子が!」とわたしに迫ってくる。
なんだなんだ! とドン引きしていると、「わたしの息子が、トライアウトを受けたんです。でも、まだ何も結果を知らされていなくて……。いったい、いつ結果が出るんですか!? どうやって連絡が来るんですか!」と、腕を握ってくるではないですか。正直、結果のことは知らんですがな、わたし。
「息子は、まだ19歳なんですよ。モヒカンの子なんですけれど。他の人が、彼のことを高く評価しているような感じのことを言っていたのを聞いたんです。ねぇ、あなた、何か知りませんか? 関係者の方なんでしょ!!??」
う~ん、母は強し、ですかな。でもこんなに強い母親の息子は、そんなに強くなりそうもない。
その後も彼女から、彼のご子息が19歳であることを20回くらい聞かされた。そして「わたしは結果については知らないけれど、有望だと言われながら何回もトライアウトに呼ばれ、いまだリングに上がっていない人もいる。どんなに優れた選手でも、すぐにデビューとかいう話にはならないと思う」という趣旨のことを伝えると、
「そうですよね。でも、うちのコはまだ19歳なんです。それであそこまでやったことを、わたしは誇りに思っています。あなたがわたしに結果を言えないことも、解っています。それでもわたしと話をしてくれて、本当にありがとうございます」という、ナゾの感謝の意を述べられてしまった。
はたしてこの女性に捕まった人間は、わたしで何人目なのだろう?
ちなみにこのあと、トライアウトの審査員である前田明日氏に、この女性の息子さんについて聞いてみると……
「モヒカンのコ? そんなの、山ほどいたからな~。でも、有力そうなヤツの中には、そんなのおらんかったぞ」
とのご返事。
ま、しゃーないよね。

posted by writing3 |18:09 |
K-1 |
コメント(1) |
トラックバック(0)
2006年08月11日
先日のブログで、「アキュラクラシックで、ヒンギスが記者に助言を求めた」という内容を書いたけれど、その詳細が判明したので記しておくことにします。
WTA公認のベテラン記者、マットさんの指摘では、現在の彼女は以下の図のようにネットに対して左側に立ち、フォアハンドのサイドを多きく空けている。なので、フォアで逆クロス(インサイド・アウト)を打つ機会が増えているうえに、フォアのランニングショットも多く打たなくてはならない。
でも本人も認めているように、フォアのランニングショットは彼女の得意とするところではない。
マット氏は、このフォアサイドを大きく空けてデフォルト・ポジションを取るのは、最近の女子テニス界の趨勢だという。若く体の大きな女の子たちは、右腕をブンブンと振り回してボールをひっぱ叩き、エースを狙う。だがマット氏は、「フォアをクロス、逆クロス、ランニングと上手く打ち分けているは、僕の知る限りではクズネツォワくらい。キムですら、全てを打ちこなせてはいない」と言う。ちなみにヒンギスの見立てでは、それが出来るのはロジャー(フェデラー)くらいらしい。
さて、そこでかつて女子テニス界を支配していたころのヒンギスがどのようにプレイしていたかというと、以下のようにデュースサイドコートをデフォルト・ポジションとし、基本的にクロスショットはバックの逆クロスで対応していた、というのだ。
言われて思い返してみれば、確かにそうだった。全盛期のヒンギスは、まるで彼女は立っている位置からほとんど動いておらず、相手ばかりが走り回っている……という“手塚ゾーン”状態(『テニスの王子様』参照)で、それが彼女を天才たらしめていた主因だと思うんだけれど、そのプレイの根幹を成していたのは、恐ろしく早いタイミングのライジングで放たれる、バックの逆クロスだった。
会見で一連の指摘を受けたヒンギスは、「インサイド・アウト・バックハンド……ね。考えてみるわ」と言い残して会場を去った。
マット氏は、「次にヒンギスがプレイするとき、果たして変化があるかどうか、とても楽しみだよ」と話していた。
わたしも、とても楽しみだ。
posted by writing3 |06:15 |
テニス |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年08月07日
サンディエゴで開催中のアキュラ・クラシック決勝戦は、今大会の第一シード(キム・クライシュテルス)と第二シード(マリア・シャラポワ)が激突する順調な展開。観客も満員の入りで、駐車スポットを見つけるのに難儀した。
キムは昨日はナイトマッチだったので、準決勝から決勝までの間隔が約17時間というタイトなスケジュール。その影響もあったのか、あるいは痛めている背中の影響か、サーブがイマイチで最初のサービスゲームでいきなりブレークを許す。
が、サーブに苦しむのはシャラポワも一緒で、立ち上がりは二人してダブルフォルト合戦。互いに2連続でサービスゲームを落とし(お互い2連続でブレークしたとも言えるが)、うち3つがダブルフォルトで相手にゲームを謙譲するというちょっと締まらない展開だった。
ただ、ストローク戦のレベルの高さは、間違いなく今大会随一。シャラポワはフォア、バックともにクロス、逆クロスと打ち分けてキムを走らせまくり、対するキムも、驚異のディフェンス力で凌ぎまくる。第9ゲームに迎えたシャラポワのマッチポイントでは、10回を越えるラリーの末にキムがポイントを取るなど、観客がスタンディングオベーションを送る場面も幾度もあった。
スコア的にはシャラポワが7-5、7-5のストレートで取ったが、1時間48分という試合時間の長さが、内容の濃さを物語っている。
シャラポワにとっては、これが対キム戦初勝利。たださほど浮かれた様子もなく、会見では「あまり嬉しそうじゃないね?」などと突っ込まれていた。
それに関しては、「もちろん嬉しいわ。でもわたしたちは、もっと大きな視野で物事を見なくちゃならない。だから、ここで優勝したからといって机から飛び降りるほど喜ぶことはないし(笑)、逆に負けていたとしても、泣き崩れたりしなかったはず」と、あくまでこれが、テニスツアーをつなぐリングのうちのひとつであることを強調。もちろん現時点では、その先に続く最大の目標地点は、全米OP優勝だ。
シャラポワは、来週はロサンゼルス、その後はモントリオールと、あと二つのトーナメントに出場して全米OPを迎える。一方のキムは、2週間の休養をとってから全米入りする予定だ。
posted by writing3 |12:39 |
テニス |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年08月05日
これはちょっと面白かったんで、さっき投稿したばかりだけれど、書いておく。
アキュラクラシック準々決勝、キム・クライシュテルスに敗れたヒンギスは、
「今日は、特に第一セットは素晴らしいプレイをしたわ。全豪OPの方がドラマチックだったでしょうけれど、今日の方が遥かに試合のレベルは高かった。キムは昨日の試合と比べても1~2段階上のレベルでプレイしていたし、彼女をそこまで本気にさせたことを、わたし自身誇りに思うわ」
と、内容には満足だった様子で、会見でも実にすっきりした顔をしていた。
「(復帰以降)ここまでのベストトーナメントは?」と聞かれたヒンギスが、
「東京でマリア(シャラポワ)を破った試合は素晴らしかったし、マイアミも良かった。ベルリンでのディメンティエワ戦も良い試合だったわ。もちろん、今日もね。だから、どれか一つ、というのは難しいわ」とコメントしたところで、会見を仕切っている司会者から、
「では、これにて終了」の声がかかる。
さて、これで引き上げ……と思った刹那、ヒンギスが逆に、
「ねえ、あなたたちはどう思う? ここまで、わたしは良くなってきてると思う? どこか改善点はある??」
と聞いてきたのだった。ベテラン記者の一人が、「う~ん、聞きたいの? お母さんは居ない?」
と冗談めかして応じると、「もちろんよ、聞かせて、聞かせて」と真摯な態度。
そうせがまれて、先述のベテラン記者が、穏やかな調子で話し始める。
記者「バックハンドは、素晴らしい」
ヒンギス「うんうん」
記者「サーブも、なかなか良かった」
ヒンギス「ま、わたしにしてわね(笑)」
記者「ドロップショットは、さすがだ」
ヒンギス「彼女(キム)もいっぱい決めたけれどね」
記者「ボレーは、エクセレント」
ヒンギス「ここまでは褒め言葉ばかりで、逆に不安になるんだけれど(笑)」
記者「でも、どうしてもっとインサイドアウト・ショットを使わないんだい?」
ヒンギス「インサイドアウト・フォアハンドのこと? う~ん、だってわたしには、それをするだけのパワーがないもの。フォアに回り込むことによって、フォアハンドのサイドにスペースを作りたくないの。だってランニング・フォアハンドは、わたしのベストショットではないもの」
記者「じゃあ、インサイドアウト・バックハンドは?」
こんな感じで、特定の場面を上げながら「あの場面では、インサイドアウト・バックハンドはべストショットだったはずだ」などと記者氏は語り、ヒンギスはまるで天啓を得たかのように、
「ワォ、なんでかしら。それは考え付かなかったわ」
とつぶやいたのだった。
※正直、具体的な場面とそれに対応する技術的な指摘は、よく解っていません(苦笑) あとで、件の記者氏に詳しく聞いておこうっと
そんな感じで、ヒンギスは記者の言葉に耳を傾け、「そうは言っても、難しいのよ。キムは、特定の戦術で勝てるようなレベルの選手じゃないもの」と意見交換もしながら、かなり濃厚な時間を過ごした。プレスカンファレンスは、「今日の調子はどう?」「うん、よかったわ」というような予定調和的な質疑応答に終始するか、あるいはプライベートのことに言及したり、選手の機嫌が良いときは和気あいあいとしたチャッティングに発展することもあるが、このように選手が記者に技術的/戦術的な意見を求め、互いに本音をぶつけ合う議論の場に立ち会ったのは初めてだった。
ヒンギスは、少なくともアメリカの記者さんたちの間ではあまり人気がないようだ。実は彼女に貴重な進言した前述のベテラン記者も、ヒンギスが試合中に絶妙なドロップショットを決め、さらにその後「見た、今の?」とでもいうように自慢げな表情を見せたときには、ヒンギスの声真似をしながら
「どう!? わたしの試合は見所に溢れていて、お客さんはわたしのテニスを楽しんでるのよ」
などとおどけていたのだった。
「はいはい、負けちゃったね。さっさとお家に帰って、馬にでも乗ってなさい」
なんて、あからさまに嫌悪の情を表す女性記者もいた。
よっぽど、昔の彼女は生意気で鼻持ちがならなかったにちがいない。
でもそのころのヒンギスを知らないわたしは、彼女の知的で真摯な姿に、関心させられっぱなしだ。
昔のヒンギスがどんな感じだったのか、今度記者の人たちに聞いてみようかな。
posted by writing3 |17:54 |
テニス |
コメント(2) |
トラックバック(0)