2011年08月22日
全米オープンを一週間後に控えたこの時期。
前哨戦となるマスターズのシンシナティ大会を制したのは、男子がアンディ・マリー。女子が、マリア・シャラポワという結末を迎えました。
マリーは、決勝でジョコビッチが棄権して転がり込んできたタイトル。
シャラポワにしても、セリーナ・ウィリアムズやアザレンカといった優勝候補たちが次々と棄権していくなかでの僥倖的な優勝ではあります。が、二人とも大きなタイトルから昨今は見放されていただけに、この優勝という結果は、大きな意味合いを持つように思います。特にシャラポワは、決勝でヤンコビッチ相手に常にリードを許しながらも、根性と執念、そして「何もそこまで!?」と思うほど常にリスクを冒し攻めていく姿勢で、相手の心を折って手にした勝利の感が強かった。全仏でベスト4、ウィンブルドンでは準優勝と、確実にかつてのフォームを取り戻しつつある元女王。最後の一押しに必要だった“結果”と、それに伴う自信を、今大会で得たように思います。
昨年優勝者のクライシュテルスが欠場、肩書き上の世界一位のウォズニアッキはまだまだ女王の器とは言いがたく、セリーナも体調が安定せず蓋を開けて見るまで調子が分からない状態。そのような中、勝ちきる感覚を思い出したシャラポワが、頂点へと駆け上がる可能性は少なくないように思います。
そして日本人ではやはり、全米では常に何かやってくれる錦織圭に注目!
他媒体になりますが、インタビューが掲載されています。良かったら読んでください!
http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/otherballgame/2011/08/21/post_10/
それにしても、シャラポワは気合が入り集中すればするほど、叫び声の切れ味も増してくる。わたしは試合を記者席で見ていたのですが、そこからだとコート上のシャラポワの声と、それに0.5秒ほど遅れて流れるテレビのライブ中継の音が後ろからも聞こえてきて、間断なく飛び出すシャラポワ絶叫のサンドイッチ状態でした。今もこうして彼女の写真を見ていると、耳鳴りのように「あ゛ーーーーッ!!!」という声が耳の奥でこだましてます……。
posted by writing3 |12:30 |
テニス |
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2011年07月05日
昨年のウィンブルドンベスト4の時は、「誰!?」という感じだったクビトワですが、
今年はさっさと新女王。
失礼ながら、そういう運気を上手につかむ感じの選手だとは、思わなかったんですけれどね……。
未熟です、自分が。
クビトワは、昨年末にちょこっとインタビューをしたのですが、
その時に「凄くメディア擦れしてないコだなー」と感じた記憶があります。
例えば、あれだけ大柄なのにも関わらず、ライジングぎみにボールを捉える
テニススタイルを選んだその理由をたずねた時には
「私は足が遅いし、走るのが好きじゃないから、運動量が少なく済むスタイルになった」
と言って、「うわっ、身も蓋もなっ!」と思いました。
取り繕ったりしないんです。
あこがれの選手はマルチナ・ヒンギス(国籍は違えどチェコ人です、ヒンギスも)
と言っていたので、「もう一人のマルチナ(ナブラチロワ)は? 彼女はチェコだし、
サウスポーだから、あなたと共通点が多いけれど?」
と水を向けたら、
「彼女は私よりずっと年上だから、テニスを見たことが無いし。
お手本とか憧れとか思ったことはない」
とはっきり言われ、やはり「うわっ、身も蓋もなっ!」と思いました。
取材慣れしている選手は、思っていなくても「もちろん母国の英雄だし、
憧れ。残念ながらプレーを見たことはないけれど、尊敬しているわ」
なんて、脊髄反射的に言ってしまいそうなものなんですけれどね。
思っていることをそのまま口にする、素直なクビトワを初々しく感じたものでした。
あれから、約半年。
ウィンブルドン女王になった彼女が、これからどう変わっていくのか?
次に取材できる機会があったら、そのあたりの変化を見るのが楽しみだな。
posted by writing3 |14:04 |
テニス |
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2011年06月09日
今回の全仏を取材していて、凄く思ったことがある。
大会が行われる街、そしてそこに棲む人々から成る観客は、
単なる舞台装置ではなく、主役級の役割を果たすんだな、と。
パリを歩いて思うことは、本当に歴史の中で未だ生きている街で、
まるで歴史博物館に居るようだなということでした。
食べ物にしても、市場に売っているものには当然、調理方法も
カロリー量も原材料も書かれていない。
たぶん、そんなことは書かなくても、みんな小さい頃に
親や周囲の大人たちから教わり知っているからなんでしょう。
歴史がある、文化がある、地縁があるって、そういうことなんだなーと。
今大会の男子準決勝、ローランギャロスの観客たちは、
フェデラーを徹底的に応援しました。
相手は、現在最強のジョコビッチ。
そしてパリのファンは、現在最強よりも、史上最高を選んだ。
もちろん、フェデラーは世界のどこに行っても凄まじい人気だし、
彼がフランス語を話すことも全仏での人気に寄与している。
それに加えて、「ルネッサンス」という言語の発祥でもあるフランスは、
やはりクラシックへの回帰と再生を、両者の対戦に求めたのではと思った。
王の帰還、完璧の復元
フェデラー対ジョコビッチ戦を見て頭に浮かんだのは、
そんな言葉でした。
posted by writing3 |11:20 |
テニス |
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2011年06月05日
ブログのタイトルは、以前に自分がテニス誌に書いた李娜の原稿に
編集さんがつけてくれたもので、ちょっと気に入ったから書いただけなんです。
アジア人初の四大大会優勝。
その出来事は、自分が思っていた以上に胸に迫った。
当の本人は、かなりあっけらかんとしてましたけれどね^^;
優勝後、会見場に現れた李は、薄く化粧をして髪も綺麗に整え、
可愛らしかったです。いくつものテレビ取材を受けてから会見をし、
その後も挨拶回りや取材などに、引っ張りだこ。
そんな彼女の社交的な姿を見ると、いつも思い出すことがある。
2006年のウィンブルドン。彼女はベスト8に進出した。
会見は、常に通訳同伴だった。
アジア人の躍進ということで李の活躍はイギリスでも注目を集めたが、
地元メディアの彼女への視線には、どこか無作法な好奇が含まれていたように思えてならない。
「中国では、国が賞金をほとんど取っていくというのは本当か?」
「バドミントンや卓球をどうしてやらなかったのか?」
そんな質問にまじり、
「で、いつになったら、その通訳を外して会見をするんだい?」
そんな発言も飛び出す。
彼女が乗り越えるべき障壁は、テニス以外でも高いと感じた。
翌年3月のインディアンウェルズ、わたしが知る限りでは、
それが彼女が初めて通訳を使わず会見を行った大会だった。
「通訳は、どこにいったんだい?」
会見の最初でそう聞かれると、大会スタッフが
「彼女の意志で、今日は通訳なしでやります」と代わりに応じる。
その大会でも李は好成績をあげ、会見ではユーモラスな発言で
笑いを取る場面もあった。
なんとなくその時、これで彼女はツアーテニスの世界に
全面的に受け入れられたのではないかと感じた。
08年の北京五輪後、中国テニス協会の会長にして“女帝”と呼ばれる
マダム孙は、選手たちに独立を促した。結果李は、ドイツ人のトレーナーをつけ、
今年3月からはデンマーク人のコーチを雇っている。
「通訳を外す」なんて枝葉末節なことのように思われるかもしれないが、
わたしは、大きかったと思う。
李が会見の際に来ていたTシャツには、中国語で「スポーツは全てを変えられる」
と書いてあった(と、中国人の記者が訳してくれた)。
コーチやご主人から成るスタッフたちは、やはり中国語で
「be yourself」(これは李本人の訳)と書かれたTシャツを着ていた。
あるがままの自分を貫き、そしてスポーツで革命を起こす――。
李の歩みを言い表すに、最適なキャッチコピーだと思う。
posted by writing3 |07:45 |
テニス |
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2011年03月18日
カリフォルニアで開催中のBNPパリバオープンの準々決勝、
ウォズニアッキ対アザレンカの試合で、二人は日本の国旗を手に
入場してきました。
国旗に書かれた文字は、「our thoughts are with you!!」
(私たちの想いは、貴方たちと共にあります……なんかカッコ悪いですが、
直訳するとそんな感じでしょうか)。
その姿を見た大会関係者たちも、驚きの表情。
前の晩に「自分たちに出来ることを、何かやろう」と、
メッセージの内容も含めて二人で話し合い、準備したとのことです。
「完璧に書かなきゃと思って緊張しながら書いたから、
手がつりそうだった」と照れ笑いするウォズニアッキ。
その文字は力強く、温かみに満ちていました。
今年からヨネックスにラケット契約を変えたウォズニアッキのそれは、
赤と白のカラーリング。その色を選んだ理由を、
「わたしの母国のデンマーク、両親の母国であるポーランド、
現在住んでいるモンテカルロ、そして日本の国旗を象徴する色だから」
と説明してくれたことがあります。
ジュニア時代から日本で好成績を残していることもあり、
日本への想いも強かったのでしょう。
アザレンカは、残念ながら試合途中で棄権し会見もしなかったため、
話を聞くことはできませんでした。ですが彼女も、
コート上での激しさとは裏腹に、コート外ではとても礼儀正しく、
会うと必ず挨拶してくれます。
いずれにしても、彼女たちの想いにホロリと来てしまいました。
もしよければ、彼女たちのtwitterやfacebookなどに
コメントしてみてください。
@CaroWozniacki @Vika7
http://www.facebook.com/CarolineWozniacki
http://www.facebook.com/VictoriaAzarenka
他にもジョコビッチやナダルが、youtubeやfacebookで
動画メッセージを送ってくれています。
http://www.facebook.com/Nadal?sk=wall#!/video/video.php?v=10150118959274522
http://www.youtube.com/watch?v=jLIOySMb8q4
posted by writing3 |14:03 |
テニス |
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2010年06月07日
決勝が終わった後、大会との別れを惜しむように
(という訳でもないんですが)、しばし会場内をプラプラしていました。
すると、スタジアムの外に、巨大な人だかりが。
みなみな一様に、顔にスペイン国旗のペイントをほどこしたり、
サッカーのスペイン代表のウェアを着たり、
あるいはナダルのコスプレ(?)をしているところから、
2010年Roland Garros優勝者、ラファエル・ナダルのファンであることは
一目瞭然。みな、いわゆる“出待ち”をしているのでしょう。
わたしがその近くを通り過ぎようとしたとき、
スペインファッションに身を包んだ10代半ばと思われる少年が、
こちらに近づいてきて、フランス語で話しかけてくる。
「ごめん、フランス語出来ないの」とたどたどしいフランス語で言うと、
「英語は?」と英語で聞いてくる。
英語なら何とか……と返すと、彼はわたしが首から下げている
パスを指差し、
「それを貸してくれ!」と言ってくるではないですか!?
ちょっとさすがにそれは、相談の余地もないと断ると、
それでも後についてきて「pleeeeaaaaase!」とせがんでくる。
困ったなぁ……と思うと同時に、どこか嬉しくもある。
これらの少年にとり、ナダルは、そこまで必死になってまで
会ってみたい存在だということだから。
試合終了後から3時間近くたち会場を後にすると、
その時にも別の場所で、出待ちをしている一団を目にする。
時刻は既に、夜の9時近く。
でも、パリの空はまだ青いです。
posted by writing3 |10:38 |
テニス |
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2010年06月06日
スキアボーネが仰向けに倒れ、そのまま赤土にまみれながら身をよじって
大地に口づけする姿を目にしたとき、自分でも予想外なくらいの感慨が
胸にこみ上げてきた。
正直、スキアボーネという選手の優勝に、自分がここまで心を動かされるとは意外だった。
白状すると、そこまで感情移入してきた選手ではない。
もちろん、29歳(もうすぐ30歳)という年齢。決勝戦になると不思議と勝てないという
ここまでの足取り。この年齢にして、初めて掴んだ頂点……
挙げていけば、彼女の優勝をセンチメンタルに彩るエピソードには事欠かない。
だが今回、わたしが妙に感傷的になったのには恐らく、数日前に、彼女と仲の良い
イタリア人のカメラマンから聞いた話が根底にある。
コート上のスキアボーネは情熱的で、茶目っけたっぷりの所作も見せてくれる。
会見でのコメントもユーモラス。イタリアという国の、陽気で開放的…
そのようなわたしの先入観を体現する選手だった。
「それは違う」
イタリア人のカメラマンは、遠い国の人間の、安直すぎるステレオタイプを一蹴する。
イタリアという国は、昔からの都市国家の特性が今も色濃く残る。
出身地や家柄に対する偏見や差別など、排他的な因習は消えていない。
また、女性を大切にする傾向はあるが、逆に、華やかに振るまわない
女性に対しては、妙に冷たいところもある。
イタリアでは、稼業や職業がそのまま苗字になることが多い。
Schiavoというのは、奴隷という意味……
イタリアという国にあっては、彼女のような個性は理解されないことが多く、
故に彼女はあまり、メディアに心を許していない。
周囲のイメージとは異なり、とてもシャイで、傷つきやすい
繊細な心の持ち主なんだ。
――――――――
人間が他人に対して抱くイメージとは、なんと表層的で一元的で、
そのイメージ故に本質を見誤らせてしまうものなのだろう。
そういえば昔、アガシの「image is nothing」というキャノンのCMの
有名なキャッチコピーがあった。アガシもまた、本質とイメージの乖離に
苦しんだ人物だ。
会見でのスキアボーネは、わたしが抱いていたイメージ通りに
陽気で饒舌で、ユーモラスだった。
その会見の最後に、記者が提案した。
「そのトロフィーに、思い出のローランギャロの土を詰めて
持って帰ったらどうだい?」
優勝者は答える。
「いやいや、今わたしはこのトロフィーに触れるけど、
持って帰れるのは、こんなの(と、指で小さなサイズを示す)だもん」。
会見場が、ドッと沸く。
実際に優勝者が家に持ち帰れるトロフィーは、表彰式の時に
手渡されるものではなく、そのレプリカだ。
「目に見える物と、実物は違うんだよ…」
なにか彼女が、そう示しているようにも感じた。
考えすぎか。
posted by writing3 |18:57 |
テニス |
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2008年09月07日
先日、アルゼンチンのテニスライターに、錦織選手のことを聞かれた。
彼は何歳なの、どこで練習しているの、日本ではどれくらい有名なの…
それら等々の基本的な質問の後、彼はこう続けた。
「彼の両親は、お金持ちなの?」
別に、特別お金持ちという訳では無いと思う。
普通のご家庭だ――
そう説明すると、予想していたとおり、
「ではどうして、アメリカのアカデミーに来れたのだ?」
と来る。
そこで、もうこれも何度か海外の記者さんたちに説明したことのある、
彼のサクセスストーリーの一端を話した。
現テニス協会会長の盛田氏が設立したファンデーションの資金で
うんぬん……というものである。
これで「なるほどね!」と来るかと思いきや、
件の記者氏は、さらに質問を重ねてくる。
「その盛田氏の支援を受けられるまでは、どうしてたんだ?
どうやってトーナメントなどに参加してたんだ?」
質問の意図が図りかねてモゴモゴしていると、
彼は単刀直入に、切り出した。
「要は、試合に出たりしていたということは、
ラケットやシューズなどは、必要だったのだろう?
親が裕福でなかったのなら、それらは、
どうやって調達していたんの?」
言葉につまった。
ちょっと、胸も痛んだ。
posted by writing3 |12:49 |
テニス |
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2008年08月21日
オリンピックのテニスは、男子がナダル、女子はロシア勢がメダル独占と、
現在の趨勢を見極めたり、来週から始まるUSオープンの展望を
占う上で、興味深い結果になったように思います。
その、USオープン。オリンピック狂騒に隠れた感が強いですが、
アメリカ国内では、「coming soon!」的なCMも流れています。
特に、毎年豪華に、趣向を凝らして作られるのが、
全米をまたにかけて行われる「US Open series」のCM。
西海岸から東海岸へ、USオープンの開催地であるNY目指して
選手たちが大型バスで旅する、という「ロード・トリップ」をコンセプトに
作られているのですが、今回、このCMシリーズで、
ジョン・マッケンローが出ずっぱり。
例えば、ナダルが主演するバージョンでは、ナダルがバスを運転し、
そのBGMには、スペイン風の情熱的なギターの音色が流れる。
だが何故かナダルはご機嫌斜めで、
「信じられない」「全くもって、バカげてる」と一人ごちる。
と、カメラが後部座席を写し、そこには、実はBGMだと思われていた
ギターを一心不乱に弾いているジョンが居る……という内容。
あるいは、トレーラーの中でジョンとフェデラーが
コーヒーを飲んでいる。ふとフェデラーがジョンのマグカップに
目をやると、そのマグカップには「World's greatest tennis player!」
と、デカデカと書いてある。フェデラーが「それ、どこで手に入れたの?」
と聞くと、ジョンは「81年だよ。なあ、このカップをかけて、勝負するかい?」
と返す。「遠慮するよ。これは、あなたが持っていると良い」
と丁寧に辞退するフェデラーに対し、ジョンは、
「ふふ~ん、ビビッてんだな」と口の端を上げて、
誇らしげにカップを手にする……というものもある。
とにかく、どのCMも「ジョン・マッケンロー フィーチャリング○○」
と言った趣き。
そのジョン、LAで行われたCountrywide classicでは、
シニアマッチのためにラケットを手にしコートにも登場した。
彼の試合は、平日のナイトセッション、ロディックの試合に
続いて行われたのだが、試合が始まったのは、すでに22時近く。
ところが、ロディックの試合を見るため集まったほぼ満員の観客の
多くは、席を立つことなく、もはや50に手が届こうかという
往年のスターの試合を見守っていた。
もちろんエキシビジョンマッチだからというのもあるが、
マッケンローがコートに立つだけで、なんとなく客席が
ワクワクしているのが伝わってくる。試合前の
場内アナウンスもイかしている。
「観客のみなさん、もし携帯電話の電源が入っているようでしたら、
どうか、ジョン・マッケンローのためにそのままにしておいてください」
ってなもんだ。
試合は、別に正直、どうでも良いです。ただ、相変わらず
ボレーは上手で、そして彼がネットに詰めるために観客は大喜び。
「明日、じっくり休んでいいから、今日はサーブ&ボレーを見せてくれ!」
と、彼の代名詞を要求する声も客席から飛ぶ。
そして何より、サーブ&ボレーと並ぶ彼の代名詞、
「you can not be series!!」(ふざけんな!)の罵詈を
聞かないことには帰れない、という期待感(?)が、
客席からはありありと伝わってくる。
ジョンのこのセリフを聞かずに帰るというのは、間寛平の
「かいいの」や、上島竜兵の「訴えるぞ!」を聞かずに
劇場を後にするようなもの(例えが古いか?)
そして、観客のそのような心理を知ってか知らずか、
マッケンローも、ラケットを投げたり審判に文句を言ったりはするものの、
件の一言はなかなか口にしない。
そして試合終盤、彼が例の一言を吐き出した際には
客席はこの日一番といっても過言ではない盛り上がりを見せ、
そしてみな、大いに満足して帰路についた。
好みや是非はともかくとして、アメリカはスポーツイベントをショー化し
盛り上げるのが、やはり上手い。欧州スポーツであるテニスでも、
アメリカの大会では、コートチェンジ間に様々な余興を行い、
観客を飽きさせないよう務めている。
それはそれで楽しいし良いことだと、個人的には思っている。
ただやはり、ジョン・マッケンローのような、「観るに値する」
選手の存在には、どのような余興も敵わないなと、
改めて実感させられた。そしてそれは同時に、
マッケンローを上回るタレント、キャラクターが現在の
アメリカテニス界に居ないという事実を、浮き彫りにもする。
話は長く、オチは思いつかない。まあ、いっか。
エナンは突如去り、フェデラーは永遠に居座るかと思われた
一位の座を受け渡した。先のウィンブルドン男子決勝は、
多くの人々から「史上最高の一戦」と称されている。
今年のUSオープン、面白くなる要素は満載のはず。
マッケンローはカリズマティックだけど、彼が出てくる余地もないくらいの
大会の盛り上がりに期待。
※マッケンローのせりふ「series」ではなく「serious」です。
嗚呼、物凄く恥ずかしい、スペルミス……。
posted by writing3 |04:14 |
テニス |
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2008年04月04日
以前に途中まで書いたまま放置していた「セルビアテニスの、真の姿とは?」ですが、
現在マイアミで開催中のSony Ericsson Openでティプサロビッチ選手が
敗退したのを機に、後編を書こうかと思います。
以前、ティプサロビッチが吐き出すように話した、
「現在のセルビア人選手たちの活躍は、単に偶然が重なっただけ。
“セルビア勢の台頭”というようなものではない」
という発言に関し、イバノビッチに感想を求めたところまででしたね。
イバノビッチの反応は、
「ヤンコの言う通りだと思う。私たちは、セルビアテニス協会の
支援を受けた訳ではなく、スポンサーを探すのも、コーチを見つけるのも、
それどころかテニスをする場所を探すことにも、本当に苦労した。
コーチは今でも不足していて、テニススクールには多くの子供たちが
入会を希望しているけれど、コーチが足りずプレイできないという
話を聞いている」。
いつも、どんなことを聞かれても笑みを絶やさぬアナの表情が、
さすがに少し強張ったように見えた。
現在、恐らくシャラポワに次いで商品価値が高い女子テニス選手
であろうイバノビッチは、Dan Holzmann氏というビジネスマンの
支援を受けることでスポンサーや財政面の問題をクリアし、
現在の地位を築くに至っている。
イバノビッチが13~14歳の時、当時彼女をサポートしていたマネージャー
(もしくは、マネージメント会社?)が破産したため、
イバノビッチとHolzmann氏双方を知っている人物が、
両者を引き合わせたのだという。だが、Holzmann氏が初めて
イバノビッチを“品定め”しに来た試合で、
イバノビッチは固くなり惨敗。
千載一遇のチャンスを台無しにしたと思った彼女は、試合後、
ロッカールームに4時間こもって大泣きした、というエピソードが
残っているが、これも、「練習をする場所を探すのにも、
スポンサーを見つけるのにも苦労した」という背景と
大きく関係しているのだろう。
セルビアを含む旧ユーゴスラビアの民族紛争について
ほとんど何も知らない私が、セルビア選手らの活躍と、
彼らの民族性や歴史的背景を結びつけて語ろうとは、とても思わない。
ただ今後、「セルビア勢の台頭」というフレーズを耳にするたびに、
ティプサロビッチやイバノビッチが苦渋に満ちた表情と共に
口にした言葉を、思い出すことになるだろうとは思っている。
posted by writing3 |06:47 |
テニス |
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