2009年10月31日

応シリ 第15回 藤井将雄

第15回に相応しい人がいました。

故藤井将雄氏。

1994年にドラフト4位で当時の福岡ダイエーホークス(現福岡ソフトバンクホークス)入団。

1997年オフに「プロ野球脱税事件」への関与が発覚。

しかし、1998年に中継ぎエースでチームに貢献し、翌年1999年には「炎の中継ぎ」として活躍します。
この年は当時のパシフィック・リーグ最多ホールド記録を樹立とホールド王のタイトルを獲得し、チームのパ・リーグ優勝の原動力となりました。

しかし同年の日本シリーズ前の検査で異常が見つかりシリーズ後に緊急入院、そこで肺癌(余命三ヶ月の末期癌)であることが判明。

翌年2000年は2軍戦6試合に登板するなどの回復ぶりを見せますが、6月末に再入院。

そして同年のチームのV2を見届けた後、32歳の誕生日を3日後に控えた10月13日に容態が急変し、そのまま亡くられました。

現在、福岡Yahoo!Japanドームのロッカールームには、藤井氏が入院していたのころから背中に「FUJII」「15」と手書きされたハリーホーク人形が置かれています。

藤井ハリーと呼ばれるこの人形は、優勝が近づくとベンチに置かれ、胴上げにも毎回加わっています。

また、彼の背番号15にちなみ、ドームの15番通路は「藤井ゲート」と呼ばれ、記念プレートと藤井氏の最後のメッセージが入り口に掲げられています。


私が前回紹介した故津田氏は生で見たことはないんですが、藤井氏は見たことがあります。

私がまだ子供だった1999年(1998年かもしれません)の春先のことです。

当時の大阪ドーム(現京セラドーム大阪)に近鉄vsダイエー戦を私と父の2人で見に行きました。

当時私は余りプロ野球に興味が無く、父も阪神ファンなのですが、父がチケットを知り合いから貰ったため、観戦に行ったんです。

で、確か7回(定かではないです)の表と裏の間にトイレに行き、帰ってきたらマウンドで藤井氏がピッチング練習をしていました。

そして1イニングを三者凡退に討ち取ったのを覚えています。

もちろんその試合、中継ぎ投手は藤井氏以外にも何人かは投げたんですが、なぜか藤井氏が最も印象深かったですね(正確には、当時は名前が分からなかったんですが、背番号15が印象深かったからです)。

その時は、まさか翌年に亡くなられるなんて思ってもいませんでしたし、訃報を知った時は驚きを隠せませんでした。

「炎の中継ぎ」と謳われ多くのダイエーファン、そして多くのプロ野球ファンからも愛された藤井氏。

心からご冥福をお祈りします。

なお、藤井氏には専用応援歌がありました。

第15回 藤井将雄 FDH

「変化球

ひざ元つき

速球で

ねじ伏せてやれ」

posted by whitestar |21:52 | コメント(1) |
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2009年10月30日

応シリ 第14回 津田恒実(広島投手テーマ)

(本来なら応援歌のない選手は紹介できないんですが、14と言うこともあり故津田氏を紹介させていただきます。

代わりに応援歌には津田氏の所属していた広島東洋カープの投手テーマを代用させていただきます。

なお、現在の投手テーマは2作目であり、1作目は「コンバットマーチ」でした。

もともとコンバットマーチは汎用テーマ(応援歌のない野手・投手兼用)でしたが、現在はチャンステーマ化されています。

今回は両方とも紹介します)

(また、今回はウィキペディアにお世話になりました)

津田恒実氏は「炎のストッパー」と謳われ、球団初の新人王やカムバック賞、最優秀救援投手賞などを獲得しながら悪性の脳腫瘍の為、32の若さでこの世を去った選手です。

1年目(1982年)は「恒美」で、先発投手として11勝6敗で球団初の新人王に輝きます。

しかし2年目以降は中指の血行障害などで登板が激減します。

その後、血行障害を治す為に手術し、1985年に「恒実」に変更、1986年に抑え投手として復活しカムバック賞を獲得します。

またこの年にチームは5度目のリーグ制覇をしました。

しかし1988年には、肩痛などが原因で度重なるリリーフ失敗を繰り返すなど9敗を喫し、『サヨナラの津田』とも揶揄されました。

しかし、翌1989年は12勝5敗28セーブを挙げる活躍で最優秀救援投手に輝き、再び復活を遂げます

特に、得意の剛速球を武器に相手打者に敢然と立ち向かう姿は『炎のストッパー』と謳われ、多くのファンを魅了しました。

しかし、1990年には再び故障の為に登板数が減りました。

またその年のシーズン終了後から頭痛をはじめとする体の変調を訴えるようになります。

そして1991年、前年から続く体調不良を抱えたまま開幕を迎えざるを得ませんでした。

その結果、4月14日に広島市民球場で行われた読売ジャイアンツ戦に登板するも、大乱調のためたった9球での降板。

結局、津田選手は敗戦投手となりました。

しかし、これが津田氏の生涯最後の登板となってしまうわけです。

この試合の翌日、広島にある大学病院に検査入院します。

そこで悪性の脳腫瘍があることが判明。

同年限りで現役引退を表明し、闘病生活に入ります。

この時、球団は本当の病名を伏せ「水頭症のため引退」と発表しました。

津田氏は、一時は奇跡的な回復を見せ、現役復帰に向けたトレーニングも行っていましたが、1992年6月頃を境に再び病状が悪化します。

そして1993年7月20日、津田氏は32歳という若さでこの世を去りました。

現在、広島の新本拠地である『MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島』の一塁側ブルペンには、津田氏の功績と人柄を讃え、「直球勝負 笑顔と闘志を忘れないために」と刻まれたメモリアルプレートが設置されています。

また、津田氏が逝去した当日、東京ドームではオールスターゲーム第1戦が行われていましたた。

そのため、津田の死は試合途中に速報で伝えられ、地元広島のテレビ各局で津田と親交のあったアナウンサーは、涙ながらに訃報を伝えていたそうです。

また、山本浩二監督を始めとする広島の選手は、葬儀の際、全員喪服ではなくユニフォーム姿参列したそうです。

現在でも広島ファンの方々を筆頭に、多くのプロ野球ファンの方々から津田氏は愛されているはずです。

故津田恒実氏へ、ご冥福をお祈りいたします。

第14回 津田恒実 C

1作目「(前奏はあるが歌詞はなし)

(本奏)○○倒せ ○○倒せ

○○倒せ

かっ飛ばせよ かっ飛ばせよ

勝つぞ 勝つぞ カープ」


2作目「振らな 何も

始まらないから

強気で一か八か

フルスイング」

posted by whitestar |22:42 | コメント(3) |
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2009年10月29日

応シリ 第13回 ジェイミー・デントナ

今期のCS、ヤクルトは残念ながら中日に1勝2敗で敗れた。

やはり怪我人やインフルによる戦力低下が原因だっただろう。

そんな中、第1戦の勝利に貢献したのが彼。

7回表に逆転2ランホームランを放ったのだ。

「ギネス新記録打線」(勝手に命名)の一人であった彼。

来期は更なる飛躍を遂げそうである。

第13回 ジェイミー・デントナ Ys

「セ界を揺るがすパワー

狙いを定めて

ここで魅せろデントナ

アーチを描け」

posted by whitestar |21:39 | コメント(1) |
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2009年10月29日

横浜ベイスターズドラフト獲得指名選手一覧

支配下ドラフト選手

1位 筒香嘉智 内野手 高校生 横浜高

2位 加賀繁 投手 社会人 住友金属鹿島

3位 安斉雄虎 投手 高校生 向上高

4位 眞下貴之 投手 高校生 東洋大望洋高

5位 福田岳洋 投手 社会人 四国・九州独立リーグ・香川オリーブガイナーズ

以上5名。

以下は育成選手です。

1位 国吉佑樹 投手 高校生 秀岳館高

2位 小林公太 投手 高校生 多摩大聖ヶ丘高

以上2名。

計7名の獲得です。

横浜ベイスターズを支える、熱き星となれ!!

posted by whitestar |20:15 | コメント(4) |
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2009年10月28日

応シリ 第12回 脇谷亮太

今期のCS、代打の一振りで賞を獲得。

個人的にお気に入りの選手だけに、更なる活躍に期待したい。

第12回 脇谷亮太 G

「声の限り 力の限り

応援し続けるから

気持ち一つに立ち向かえ

夢叶う時」

posted by whitestar |21:10 | コメント(0) |
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2009年10月27日

応シリ 第11回 中島俊哉

(間違いがあったため、訂正しています。コメント下さった方、ありがとうございます)

中島は『なかじま』では『なかしま』と発音します。

あだ名は「シャーパー」だそうです。

なんでも「シャープにコンパクトに」のことをシャーパーと呼んでいたらしいです。

もちろん歌詞には「シャープ」と「コンパクト」が使われています。(残念ながらシャーパーは使われていないですが)

今期のCSでは大活躍でしたね。

第11回 中島俊哉 Bw→E

「(前奏)今 大空切り裂き
飛ばせ彼方へ

(本奏)コンパクトに振りぬけ

シャープな一打

今 大空切り裂き

飛ばせ彼方へ」

posted by whitestar |20:07 | コメント(1) |
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2009年10月27日

秋季キャンプ

横浜投手陣の課題の一つにコントロールの悪さがある。

特に高崎や山口らと言った速球派投手のコントロールが悪い。

今期も高めに甘く入ったストレートを痛打されていた。

あとランナーがいると打たれていた。

素人なので投手心理はわからないが、秋季キャンプは是非この2つを改善して欲しい。

先発投手陣は立ち上がりの悪さが目立った。

なかなか初回から飛ばすのは厳しいが、初回に点を取られるのは良くない。

何とかしてほしい。

目立った補強の噂がない今は、現状戦力に頼らざるを得ない。

秋季キャンプは若手、中継、ベテラン関係なく夜遅くまで練習して欲しい。

じゃないと何も変わらない。

質が悪い以上、量でカバーするしかないのだから。

野手の課題は守備力。

特にエラー率が酷すぎる。

また連携プレーもいまひとつ。

秋季キャンプは守備練習に重点を置いて欲しい。

大砲タイプの選手に関しては選球眼を鍛えて欲しい。

とにかくボール球は振らないようにして欲しいのだ。

逆に巧打タイプの選手に関してはバットコントロールを鍛えて欲しい。

多少のボール球でもファールで粘るくらいのしつこさが欲しいのだ。

横浜には後者の方が多い。

前者はスタメンクラスなら村田、吉村くらい。

(ただドラ1予想の筒香は前者だろう。

ロッテからの獲得が噂される橋本選手も前者だと思う。)

と言うことは、チーム全体の課題としては繋ぎを意識すること。

無理に決めようとせず後ろに繋ぐようにする。

(確か日ハムがそのスタイルだったはず。)

アウトになるのは全て投手、ぐらいになって欲しい。

でも現状戦力ではそれは厳しい。

ならもう一つの方法。

それは機動力野球だ。

今までベイスターズの課題は盗塁の少なさだった。

しかし、現在は野中、石川、藤田、吉村など俊足、またはその部類に近い選手が多い。

生憎、新守備走塁コーチが馬場氏と守備の人なので可能性は低いが、盗塁技術を身につければ作戦の幅を大きく増える。

結果、秋季キャンプは守備力と連携プレーを中心に打撃や走塁を鍛える、と言う形が理想だろう。

また新監督になるであろう尾花氏は厳しい人らしい。

今の横浜の選手の根性を叩き直すにはピッタリの逸材だ。

村田、内川が来期に流出の可能性があるチーム。

来年結果を残さないと、チームは更なる深溝にはまり込む。

来期が本当に正念場だ。

横浜にはもう後がない。

監督ありきのチームだが、結果を残すのは最終的には選手自身。

来期の奮起を心の底から期待する。

チームを変えられるのは、選手自身のみなのだから。

posted by whitestar |11:37 | コメント(0) |
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2009年10月26日

横浜は悪夢から脱出できるのか?

尾花巨人投手コーチが次期監督にほぼ間違いなくなるであろう。

コーチ陣も島田誠氏を筆頭に決まりつつある。

杉村打撃コーチは留任らしい。

またロッテの橋本選手がFA権行使濃厚で横浜が獲得に乗り出すとのこと。

去年野口を獲得したが事実上失敗に終わり、今年は捕手に苦しんだ。

橋本選手が入団すれば正捕手になるのはほぼ間違いない。

ただ、細山田や武山ら成長株の選手への影響が心配される。

さらに本来真っ先に補強しなければならない投手については、噂がない。

ドラ1は内野手の筒香選手らしい。

投手陣の早期改革が望まれる中、果たしてこれでいいのか。

また内川、村田の両者は単年契約が濃厚。

これは来期にFA権を獲得できるためだ。

もし彼ら二人が同時に抜けるとなると横浜は更に泥沼から抜け出せなくなる。

だからこそ、来期が一番重要なのだ。

横浜の課題は山のようにある。

果たして新監督はこの状況をどう改善していくのか?

手腕に期待する。

posted by whitestar |22:45 | コメント(8) |
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2009年10月26日

応シリ 第1回〜第10回 ダイジェスト

(第3回アンディ・グリーンの記事にて一部記載ミスがありました。

「連覇の夢」→「連覇の願い」でした。

深くお詫び申し上げます。)

この応シリでは10回毎に簡単なダイジェスト(とは言ってもほとんど感想)をします。

応シリ自体は基本的に1日1回更新ですが、この応シリダイジェストを書く日のみ(第20回、第30回…)1日2回更新となります。

さて、今まで紹介した選手を一覧にしました。

第1回 村松有人
第2回 辻竜太郎
第3回 アンディ・グリーン
第4回 大西宏明
第5回 井端和弘
第6回 前田智徳
第7回 鈴木尚典
第8回 片岡易之
第9回 坂口智隆
第10回 大松尚逸

以上です。

現役選手が多いです。

異色なのはアンディ・グリーンでしょう。

唯一の外国人かつあまり有名ではないですから。

辻竜太郎も知らない人がいるかも。

左打ちの選手が好きなので多くなってしまいました。

また巨人、ヤクルト、阪神、ソフトバンク、楽天、そして近鉄の選手がまだなんで次回から紹介していこうと思います。

もし「この選手の応援歌を紹介して欲しい」などリクエストがあれば、随時受け付けます。

ただしコメントへの返信はしませんので悪しからず。

では最初なんでこんなもので。

今後も応援歌シリーズ、略して『応シリ』をよろしくお願いします。

ちなみに、今後の予定を一つ紹介します。

第15回には15にちなんであの選手を紹介します。

むしろ15と言えばあの人しかいないでしょう。

幸いにも応援歌があるので。

では

posted by whitestar |20:40 | コメント(2) |
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2009年10月26日

応シリ 第10回 大松尚逸

(応シリの前に、読者に一言あります。

コメントでのご指摘通り、明日からこの応シリは1日1回投稿とします。

ただし例外があります。

詳しくは今日の夜に投稿予定の「応シリ 第1回〜第10回 ダイジェスト」にて書くのでそちらをご覧下さい。)

下の名前は素直に『しょういつ』と言う。

彼の応援での必須アイテムが虫採り網。

実際に網で彼のホームランボールをキャッチした人がいるかどうかはわからない。

また1イニング15得点の時、彼が3アウト中2アウトになってしまった。(ちなみに残りの1アウトは田中雅彦による犠牲フライ。実質、凡退したのは彼のみである。)

また、多田野数人のノーヒットノーランを阻止したのも彼。

左打ちの大砲である彼は、今やロッテの4番である。

ちなみに、ロッテファン以外は応援歌の一部である「大松」の部分を「おーおーまつー」と呼んでしまいがちだが、実際は「おーーまっ(つ)!」と叫ぶように呼ぶのである。

第10回 大松尚逸 M

「オオオーオーオーオオ大松

俺達の為に

オオオーオーオーオオ大松

勝利を目指して」

posted by whitestar |12:39 | コメント(0) |
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