2007年05月23日
今回は、試合前から様々な条件で不利だった。
カリフォルニア在住のメキシカン選手と日本人選手の一戦にも関わらず、ジャッジはカリフォルニアから2名とメキシコから1名。
そして、レフリーもアメリカ人という、”あり得ない”世界戦だった。

モレノ選手の実力が並外れていたため、ジャッジの国籍がどうであれ、試合結果が変わることはないと思う。
それでも、このような状況で世界戦が行われたことは残念だ。
また、これ意外にも菊地は様々な面で不利な状況にさらされた。
空港へ菊地の向かいにはこないが、後日渡米したセコンドにはリムジンが迎えにくる。
メディカルチェックへの付き添いはなく、通訳もつかなかった。
メディカルチェックと試合が行われるホテルが遠かったため、
菊地が試合の行われるホテルに入れたのは2日前。
相手は一週間前からホテルに入っていた。
前日計量は16時開始の予定だったのが、実際に計量が行われたのは18時20分。
アメリカの感覚がルーズなことは予想していたのだが、これほどまでとは思わなかった。
ちなみに、その後のルールミーティングが終わった時には20時になっていた。
ホテルの部屋は、後日来たセコンドの部屋の方が広く、菊地は狭い部屋だった。
控え室は、菊地用に仕切られたスペースはなく、他の選手には用意されている。
君が代は流れたが、国旗は掲揚されず。
当初、菊地は王者にもかかわらず、青コーナーになっていた。
また、入場は菊地が後だったが、国歌はアメリカ国歌が後になる。
試合後のファイトマネーの支払い方法が明確に説明されなかった。
当初予定されていた日本への帰国便に乗るには、試合翌日の朝6時頃にホテルを出発しなければならなかった。もし、帰国便を変更していなかったら、パンチを大量にもらった菊地の生命に関わることでもあった。
文句を言いたいことは山ほどあるのだが、しかし、結局はそれら全てがアウェーで戦うということなのだろう。
これら全ての不利な条件がなければ、菊地はもっと良いパフォーマンスができた可能性はある。
ただし、それらの不利な条件がなかったとしても、菊地がモレノ選手に勝つ可能性は低かったと思う。
モレノ選手の圧倒的な強さが、この一戦のあらゆる不満から私たちを救ってくれた。
今回の防衛失敗は、菊地の実力が50パーセント、残りの50パーセントがマネージャー(私)の経験不足と政治的な力が足りなかった事が原因。
マネージャーに経験と力があり、日本での女子ボクシングがもっと整備されていれば、菊地はもっと防衛記録を伸ばすことができたはず。
しかし、結局はそれらを含めた全てが、ボクサー菊地奈々子の実力でもあるのだろう。
モレノ選手が、今後アメリカで防衛を続けていく以上、試合に負けることは考えにくい。
モレノ選手に勝つには、菊地、もしくはその他の日本人選手が、日本のリングでベルトを奪い取るのが一番可能性があると思う。
モレノ選手のような強い女子ボクサーが日本に来ることによって、日本国内での女子ボクシングの存在も、もっと認められるようになるはず。
いつの日か、菊地、もしくはそれ以外の日本人女子ボクサーが、モレノ選手のような本当に強い女子ボクサーに勝てることを期待したい。
posted by wbcfs |10:52 |