2008年07月03日
6月26日から29日までの4日間、神奈川県川崎市等々力競技場で行われた、第92回日本陸上競技選手権大会に行ってきました。
この大会は、北京オリンピックの選考を兼ねていましたので、北京オリンピックの出場を目指す選手にとっては本当に重要な大会でした。
そして、観る側の皆さんにとっても、オリンピックに出場する選手決定の瞬間が目の前で観られるということもあり注目度の高い大会でした。
大会1日目から、男子10000mの松宮隆行選手が優勝してオリンピック出場が内定しました。2日目以降も、男子400mHの為末大選手の見事な怪我からの復活勝利、最後まで大接戦となった女子10000mでの渋井陽子選手の優勝、男子ハンマー投の室伏広治選手、男子棒高跳の澤野大地選手の日本記録保持者らしい貫禄を見せつけての優勝など、喜びいっぱいの表情がたくさん見られました。最終日の最終種目となった女子5000mの小林祐梨子選手の優勝インタビューでの嬉し涙も印象的でした。怪我の影響で苦しんでいた昨シーズンのことを思い出したようで号泣していました。
他にも本当にたくさんの素晴らしい戦いがありました。
その反面、期待されながら結果を残せず、第一次日本代表選手には選ばれなかった選手や、オリンピック出場が叶わなくなった選手もいました。
勝負に敗れた瞬間は、目に悔し涙を溜めていた選手もいました。競技終了後には観客席にいる家族や応援してくれた人たちへ謝っている姿なども見かけました。
また、オリンピック出場とは関係なく、それぞれの目標に向けて頑張っている選手も大勢いました。高校生が活躍していた種目もあり、7月29日から埼玉で行われるインターハイでの活躍も楽しみです。
この大会期間中は、会場でたくさんの子供たちの姿も見かけました。団体で来ていた川崎市内の小学校や中学校の引率の先生方に少し話を聞くことが出来ました。
今回は川崎市教育委員会からの招待を受けて来たそうです。野球やサッカーのようなメジャースポーツではないので、生で陸上競技を観たことのある生徒はほとんどいなかったとおっしゃっていましたが、スタジアムに行けることになって子供たちは本当に喜んでいたそうです。
混成競技の棒高跳を目の前で観た子供たちは
「ものすごく高くてびっくりしました」
「怖いけどやってみたい気もする」
等と目を輝かせながら話してくれました。
そして、中学で陸上をやっているという子は、トラック競技を目の当たりにして、
「生で観るとスピードがすごいです。今まで見た事のない速さで、日本のトップレベルの凄さを実感しました。自分もいつかこういう大会に出たいなあと強く思ったので、これからはもっと練習をしっかりやらなくてはいけないなと思いました」
と話してくれました。地元の子供たちにも夢を与えてくれる大会でした。
日本選手権が終わり、北京オリンピック出場が決まった選手、次の大会で出場を目指す選手、次の各自の目標に向けて頑張る選手、そして、これから陸上を始めようと思った子供たちもいるかも知れません。それぞれの熱い夏が始まりますね。
そして、あと約1ヶ月後に迫った北京オリンピックが本当に楽しみです。
posted by watakana |16:58 |
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2008年06月26日
まずは陸上です!
2008年6月27日(金)~29(日)(大会は6月26日(木)~です)
神奈川県等々力陸上競技場で行われる
第92回日本陸上競技選手権の場内FM放送《Athlete-FM》77.5MHz♪
で、フィールドリポーターを務めさせて頂きます!
会場にお越しの際はぜひFMラジオ持参でお越しください♪(レンタルもあります)
詳しくは日本陸上連盟HPをごらんください。
陸上競技での北京オリンピックへ出場する選手の選考基準の最上位は、「標準A記録を突破し、日本選手権で優勝した競技者」となっていますので、熱い戦いがたくさん繰り広げられること必至ですね。
目の前でオリンピック出場がほぼ決まり喜ぶ姿が見られそうな競技もたくさんありますので、今から楽しみです。
明日以降、競技の様子や大会の雰囲気などもを、こちらでお伝えできればと思っています。
そして、野球です!
白夜書房刊 白夜ムック中学野球小僧7月号で熱中症に関する記事を執筆させてもらいました。
夏に向けて予防方法なども書いていますので、よろしかったらぜひご覧ください。
絶賛発売中です♪
よろしくお願いします。
今回は・・・画像がなくてすみません_(._.)_
明日からご期待!?ください(^^;
posted by watakana |01:02 |
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2008年02月20日
2月17日に行われた東京マラソン2008の正式名称は
《東京マラソン2008兼 第92回日本陸上競技選手権大会男子マラソン兼 第29回オリンピック競技大会(2008/北京)代表選手選考競技会》
です。
華やかなイベントなどが行われるお祭りのような要素と共に、男子マラソンは北京オリンピック出場権を懸けた真剣な戦いでもあったんですよね。
北京オリンピック日本代表の座を狙うアテネオリンピック代表選手日清食品の諏訪利成選手やカネボウの入船敏選手も出場しました。
諏訪選手は4位。入船選手は5位という事でメダルには届きませんでしたが、共に2時間9分台の記録を出しています。入船選手は自己新記録だったんですね。
しかし、その注目選手二人よりも上位に入った日本人選手がいました。
JR東日本の藤原新選手です。しかも記録が2時間8分40秒という好記録です。一気に北京代表候補に名乗りをあげた感じですね。
男子マラソンの選考レースは、3月2日に行われる、びわこ毎日マラソンを残すのみとなりました。誰が選ばれるのでしょうか?
そして、私が個人的にとっても注目していたのが、ケニア勢です。
こちらのblogでもトークイベントの様子を紹介させて頂きましたが、エリック・ワイナイナ選手、そして昨年の覇者ダニエル・ジェンガ選手たちの走りです。
両選手共に、記録があまり伸びず厳しい結果になりましたが、そんなケニア勢の中でも、ジュリアス・ギタヒ選手が見事に3位で銅メダルを獲得しました。
2位と3位は招待選手ではなくて一般参加選手だったんですよね。
そして、優勝はすでに北京オリンピックの出場が決まっているスイスのビクトル・ロスリン選手でした。自己記録を1分近く縮めての見事な優勝でした。優勝インタビューでは
「大阪の世界陸上の時に沿道から応援してもらって喜んでいたら、自分にではなくて、後ろにいた日本の選手への声援でちょっと寂しかったのですが(笑)今日は自分が一人で走っていた時にもたくさん応援してもらえてすごく嬉しかったです。日本は大好きなのでこれからも応援してください」
と笑顔で言っていました。
北京での勇姿を観るのも楽しみですね。
私はワイナイナ選手のゴールを観た後に有明を後にして秩父宮に向かったのですが、、、会場はとても盛り上がっていました。
なんと、ゴール前の観客席は満席になっていました。昨年は悪天候だったということもありますが、ガラガラで寂しい限りでしたが今年は満席でした。
「もう、観客席ではご覧いただけませんので、モニター会場か沿道での応援をお願い致します」
というアナウンスが流れていました。
これからも年々盛り上がっていくと良いなあと思います。
posted by watakana |17:42 |
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2008年02月18日
2月17日は、午前中は有明の東京マラソンのゴール地点に行き、午後からは秩父宮ラグビー場に行ってきました。
東京マラソンは今年で2回目の開催でした。第1回大会の時は、ゴール有明で場内DJのアシスタントの仕事をさせて頂きました。
あれからもう1年経ってしまったなんて早いなあ~と思いながら有明に向いました。
臨海線の国際展示場駅からビックサイトに向かって歩く道の途中にたくさんの露店が出ていました。私は朝食をすませてきたはずなのに・・・おいしそうな匂いに誘われそうになりました。個人的には、タイ・ラーメンがすごく気になり、後ろ髪を引かれる思いでしたが、急いでゴール地点に向かいました。
近くには大きなスクリーンも設置されていて、好きなお店で好きな物を買って屋外で軽食を取りながらレースの様子も見られるようになっていました。
昨年は、仕事でスタートの1時間前から会場入りしていたし、朝方は強い雨だったということもあったと思うのですが、このような状況を見たり雰囲気を味わうことが出来なかったので、今年はまた違った角度から東京マラソンを楽しむことが出来ました。
ゴール地点に着くと、そこにも大きなスクリーンがあって会場に集まった方々がレースの行方を見つめていました。
そして、観客席の周辺はとても賑やかで、昨年は死角になってしまい放送席からは見ることの出来なかった、御神輿やダンスなどの華やかなパフォーマンスも見る事が出来ました。
そういえば、昨年参加したランナーの方に話しを伺った時に、
「有明の少し手前のストレートの道を走っている時は体の疲労もピークになって辛かったんだけど、ゴールが見えてくると御神輿や太鼓を叩く人たちの元気な様子が見えたり、楽しそうにダンスをしている人たちの姿が見えてきて、もう一度力が沸いてきました。その瞬間はゴールしないでずっと走り続けていたいなあと思うくらい幸せでした」
と嬉しそうに話してくださった方がいました。その言葉の意味が、この日は少しわかったような気がしました。
そして、しばらくすると、最初にゴールする車椅子マラソン男子の優勝者がゴールする時間が迫ってきました。
男子車椅子マラソンのトップクラスの選手は、42.195kmを1時間30弱で走ってしまうんです。近くで観るとその速さは本当にすごいなあと思い感動しますよ。
注目選手は、昨年大会のチャンピオンの副島正純選手です。昨年の大会後、blogなどにコメントをさせて頂いたりして応援していたので、ワクワク・ドキドキしながら待っていました。すると目の前を、ものすごい速さで駆け抜けていきました。
副島選手は見事に東京マラソン2連覇を達成しました☆
昨年の大会は、悪天候の中で見事に優勝を飾った副島選手は、実は悪天候の中で行われるレースはものすごく強いそうです。
その後、アメリカのボストンで行われたレースの時も雨で天候がかなり悪かったそうなのですが、見事に優勝を飾っています。
そのレースでは、女子の土田和歌子選手も見事に優勝を飾り、日本人アベック優勝という快挙を達成されました。メジャーリーガーのボストンレッドソックスの松坂大輔投手も
「お二人からたくさんの勇気をもらいました」
と言って感激していたというニュースもありました。
今回は晴天下でのレースになり、副島さんの調子はどうかな?と、ほんの少しだけ心配!?していたのですが、さすがは日本の車椅子マラソン競技トップの実力の持ち主ですね。2位に大差を付けての素晴らしい優勝でした。
ゴールした直後には本当に嬉しそうに笑っていました。
そして、数分後、女子車椅子マラソンではたった一人の出場となった土田選手も見事にゴールしました。
大勢の方々が《土田和歌子》と書かれた大きなのぼり旗を振って応援していました。ゴールをした選手の皆さんも応援している仲間の方々も観客の皆さんもゴールシーンを見ながら東京マラソンを堪能してるように見えました。
この日は、私的には本当にスポーツ盛りだくさんの1日で東京マラソンの続きや激戦だったラグビーの事とか書きたいことがたくさんあるのですが、長くなってしまったので順次書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします_(._.)_
posted by watakana |23:58 |
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2008年01月31日
先日、行われたオリンピック男子マラソンメダリストのエリック・ワイナイナ選手のトークイベントで、出場した過去3大会のオリンピックでのレースについての思い出を語って頂きました。
初めてのオリンピックの舞台は1996年のアトランタでした。初出場で銅メダルを獲得しました。このレースは銅メダルでしたが、金メダルを獲得した南アフリカのチェグワネ選手との差は8秒。そして銀メダルの韓国のイ・ボンジュ選手との差は5秒でした。金メダルまで手が届きそうだったのですごく悔しい銅メダルだったそうです。
2度目のオリンピックは2000年のシドニーでした。この大会では、金メダルを獲得したエチオピアのアベラ選手との心理戦も続いていたそうです。二人で抜け出してから、アベラ選手がずっとワイナイナ選手の後ろについていてワイナイナ選手は、風よけのような形になってしまったそうです。そして疲れてきたところで抜かれてしまい、そのままゴールして銀メダルでした。
そんなちょっと辛い思い出を語ってくれたのですが、ワイナイナ選手は、
「金メダルを二つも取り損ねているんですよ」
と笑顔で話してくれました。
そして、3大会連続で出場となった2004年のアテネでは、残り10km辺りまでは先頭集団にいたそうなのですが、下り坂が続いたところで他の選手に差を広げられてしまったそうです。
しかし最後まで諦めずに3大会連続メダル獲得に向けて走り続け、7位まで順位を落としていましたが、その後5位まで挽回しましたが、最終順位は7位でした。
アテネではメダル獲得はなりませんでしたが、オリンピック3大会連続入賞という素晴らしい成績をあげています。
そして、4大会連続オリンピック出場を目指して、2月17日に東京マラソンに挑みます。沿道で応援してもらうと背中を押してもらっているぐらいのパワーになるので応援をよろしくお願いしますと言っていました。
トークイベントの後は、じゃんけんプレゼント大会が行われました。ワイナイナ選手にケニアではじゃんけんのようなものはあるのですか?と聞いてみたところ、そういうものはないなあとの事で、何かを決める時はアミダくじのような感じで決めることが多いかなとおっしゃっていました。
じゃんけんは、ぜひケニアで広めたいねと言っていました。そのじゃんけんですが、
「私のじゃんけんは、じゃんけん・ワイですからね」
と言っていました。そしてもちろん会場のお客さんと和やかに《じゃんけん・ワイ》大会が行われました。
最後に、サイン・握手・写真会などが行われました。お客様一人一人に丁寧にサインをしていました。お客さんや店員さんたちにも、
「いつか一緒に走りましょうね」
と気さくに話しかけていました。スポーツをしている学生さんも本当に嬉しそうに、
「はい。楽しみにしています」
と目を輝かせていました。
オリンピックでの貴重な話を聞かせて頂いたり、気さくで素敵なワイナイナ選手の素晴らしい人柄を知ることが出来た楽しいひと時でした。
イベントが終わった後も、スポーツ用品店の各支店に飾るサイン色紙にもサインをしていました。
この日は国立競技場でもサイン会があり、またサイン会の他にもファンに囲まれてサインをしたり、夕方からのトークイベントの最後にもサイン会があり、
「今日は、何枚サインしたかわからないぐらいたくさんサインしたなあ。でも、その代わりに大勢の人からたくさん応援してもらって本当に有難いし嬉しいね」
と言っていました。
ワイナイナ選手はサインをする時には必ず《NEVER GIVE UP!》という言葉をサインと共に書いています。
「この言葉は、本当に好きな言葉で辛い時とかにいつも励まされているよ」
と話してくれました。
東京マラソンでも最後まであきらめない素晴らしい走りをしてもらいたいです。そして北京へと続きますように。
posted by watakana |00:09 |
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2008年01月29日
1月27日、男子マラソンのオリンピックケニア代表選手として2大会連続でメダルを獲得しているエリック・ワイナイナ選手のトークイベントのお手伝いをしてきました。
この日のワイナイナ選手は大忙しで、午前中は新宿シティハーフマラソンにも出場しました。
オリンピック4大会連続出場を目指しているワイナイナ選手は、その出場権獲得を目指して2月17日に行われる東京マラソンに出場します。
3週間後に迫ってきた東京マラソンへの調整をしながら新宿シティハーフマラソンで走りを確認したいね。目標タイムは1時間8分台ぐらいかなとおしゃっていたのですが、目標タイムよりも2分ぐらい早い1時間6分33秒でゴールしました。
レース後に話を伺うと、
「ちょっと早く走りすぎたかな。日陰は寒かったけど楽しかったよ」
と素敵な笑顔で話してくれました。
レース後は、国立競技場内でのサイン会と握手会。そして場所を移動してスポーツ用品店でもトークイベントが行われました。
まずは国立競技場内でのサイン会場となるテントにワイナイナ選手が現れました。すぐに大勢の人たちに囲まれて握手やサインを求められ、笑顔で応えていました。
この日は、午前中に行われたハーフマラソンの他にも午後からは10kmの部などもあり会場にはたくさんの市民ランナーの皆さんが集まっていました。
ある親子の会話が聞こえてきたのですが、
子供「この選手見た事あるよ。有名な人だよね?」
父親「そうだよ。オリンピックのマラソンで二つもメダルを獲っているすごい選手だよ。握手してもらったらお前も早く走れるようになるかもしれないぞ」
等と楽しそうに話していました。その後、握手をしてもらって大喜びしていました。
その後、夕方からはスポーツ用品店に移動してのトークイベントだったのですが、少し空いた時間には、大阪で行われた女子マラソンをテレビ観戦していました。
34Km過ぎ、福士加代子選手がスタミナ切れで足がフラフラになりながらも走ることを止めようとせずに前を向いて走る姿を見ながら、
「こんな状態になってしまったら普通は走るのを止めたくなっちゃうのにね。ゴールを目指す気持ちは失っていないね。あきらめていないね。エライね」
と言っていました。そして、福士選手の後ろから付いて歩き見守っていた監督の姿を見ながら、
「監督も本当は、選手が心配だから止めさせたいはずなのにね。信じて見守っているんだね。エライね」
と言いながらレースの行方を見ていました。そして最後に、
「マラソンはやっぱり難しいね」
としみじみと言っていました。
福士選手がフラフラになりながらゴールしたことに関しては色々な意見があるとは思うのですが、一流アスリートでもゴールをするということがどれだけ難しいことなのかという事を改めて教えてもらいました。
大阪国際女子マラソンを見た後に、トークイベントの行われる会場に移動しました。トークイベントでは、過去のオリンピック3大会での裏話等たくさんのお話をして頂きました。
その模様はまた改めて書かせてもらいます。
posted by watakana |23:56 |
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2007年11月22日
11月18日は、東京国際女子マラソンも行われました。
高校ラグビーの東京都予選決勝戦が行われた秩父宮ラグビー場と東京国際女子マラソンのゴール地点の国立霞ヶ丘競技場は、入口によって若干の違いはありますが歩いて10分弱ぐらいの距離の場所にあります。
ということで、秩父宮で2試合を観た後に小走りで国立に向かいました。
しかし、野口みずき選手のゴールシーンを生で見届ける事は出来ませんでした。国立に向かいながら、携帯のTVで野口選手の優勝インタビューを聞いていました。
「(同学年の)渋井選手と一緒に走れて刺激になって良いレースをする事が出来ました」「試合前からメチャクチャ意識して闘志を燃やしていました」「負けず嫌いですから絶対に負けたくなかった」等のコメントが次々と出てきました。
北京オリンピックに行くためには絶対に負けられない相手に勝ち好記録も出て、心からホッとして喜んでいるのだなあと思いながら聞いていました。
そして、野口選手の優勝インタビューが終わった直後に渋井陽子選手が国立に帰ってきました。疲れきったその表情を観たスタンドのファンや関係者の方だと思われる人たちから、
「ようこ・ようこ」
という声援が飛びました。しかし、その声援に応える気力もなさそうなほど辛そうな表情をしていた渋井選手は7位でゴールしました。
ゴールしてすぐにタオルで顔を覆い隠してスタッフに体を支えられながらグラウンドを後にしました。
その瞬間、国立が一瞬静まり返りました。野口選手の最高の笑顔。そして対照的な渋井選手の痛々しい姿。勝者と敗者の姿がクッキリと浮き彫りになっていました。
国立競技場には、その後も続々と選手がゴールしてきました。疲れきった表情の選手、走りきったという満足気の表情の選手、ゴールをする選手の表情も様々でした。
posted by watakana |00:57 |
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2007年05月30日
陸上とは無縁と思われる場所に陸上のトラックが出現して、日本のトップアスリートを生で間近に観られるなんて、夢のようなイベントだなあと思っていました。
東京ストリート陸上
観てきました。会場は、本当に夢の舞台でした。
オフィス街に出現した50mのトラックで、為末大選手がハードルを跳び、もの凄いスピードで駆け抜ける。
そして朝原宣治選手が、この日の予選で勝ち抜き出場権を得たチビッ子チャンピオンと並んで真剣!?勝負をしていました。
そんな様子を見ていた、短距離の菅野優太(かんのゆうた)選手や棒高跳びの有木健人(ありきたけひと)選手が「朝原さん大人げないなあ~」等と言っていて、会場を盛り上げていました。
競技が行われている間も、出場しないアスリート達が、順番に競技の解説などをしてくれていてとても和やかな雰囲気で大会が進んでいきました。
全ての競技終了後、アスリートの皆さんから挨拶がありました。いつもは、陸上競技場で行われている競技が、このようなストリートで行われて、観客の皆さんに近くで観てもらえて楽しかったと、感想を述べていました。
この大会は、為末選手が、昨年出演したTV番組の賞金1000万円の使い道として宣言した事から始まり実施されました。
しかし、実際には、費用1000万円では、足りなかったそうです。為末選手は、
「開催にあたり、多くの方々に賛同してもらい、協力して頂いたことを深く感謝いたします」
と、お礼を述べていました。続けて、陸上に対する熱い思いを語り始めました。
「私が、初めて世界の大きな舞台に立ったのは、シドニーオリンピックでした。その会場には、10万人という人が足を運んで大きな声援を送ってくれました。その翌年、日本選手権という大会に出場したのですが、観客は、1000人でした」
そう言った後、少し間が開きました。溢れそうになる涙を堪えているように見えました。観客は、皆、為末選手に注目していました。そしてその様子を見て、場内は静寂していました。少しの間の後、為末選手は、また語り始めました。
「自分が人生を懸けて取り組んでいる陸上競技への日本での関心は、こんなに小さなものなのかと落胆しました。この時から、日本国内でも、もっと陸上の素晴らしさを知ってもらいたいと思うようになりました。これからも、出来る限り色々なイベントを行って、もっと陸上の素晴らしさを知ってもらいたいです。そして、陸上を一番アピールすることが出来るのは、世界陸上のような大きな大会で結果を出すことです。選手一同頑張ります」
と、言いました。そして、最後に、この大会の感想として、子供達と一緒にイベントに参加出来た事を喜びながら、将来への希望も語っていました。
「僕らは、どんなに頑張っても、あと数年しかトップで活躍することは出来ません。これからの陸上界を担っていくのは、今日参加してくれたような子供たちです。彼らがもっと陸上に興味をもってくれるように益々頑張ります」
と言っていました。そんな為末選手の言葉を、参加した子供達も静かに聞いていました。
世界陸上まで、いよいよ3ヶ月を切りました。日本選手の活躍に期待しながら、世界の最高峰の素晴らしいプレーをたくさん観たいです。
実は、その前に、国内最高峰を決める日本選手権という大会が、世界陸上と同じ会場の長居陸上競技場で6月29日~7月1日まで行われます。世界選手権の代表選考を兼ねている種目もあり、こちらも注目してみたいと思います。
posted by watakana |01:27 |
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2007年04月17日
今回の日記は、私のblogタイトルに偽り有りです・・・(^^;
足で集めて来た情報ではないのですが、とても嬉しいニュースなので紹介させてもらいます。
現地時間の16日(日本時間17日)にアメリカのボストンで行われたボストンマラソン車椅子の部で、男子の副島正純選手と女子の土田和歌子選手が揃って優勝したそうです。
男子の副島選手は、先日行われた《第1回東京マラソン》の優勝者です。
私事ですが、このblogでも紹介させて頂きましたが、東京マラソンでは、ゴール地点のMCをさせて頂いたのですが、優勝者の名前を間違えるというミスをしてしまいました。
その事がとても気になっていまして、後日、なんとか副島さんに謝罪することは出来ないかと思い色々と調べていたら、blogを見つけました。
《東京マラソン》というタイトルのblogには、東京マラソンで優勝出来て嬉しかった事を綴る中の一文に「名前を間違われたのは悲しかったけど」というものがありました。
その日記にコメントしてをして謝罪しました。すると、すぐに返信を頂きました。その内容は以下の通りです。(一部抜粋です)
「書込みありがとうございます。
気にしないで下さい!、僕にとってはもう笑い話です。
東京マラソンは、いい思い出になりました。
勝った事以上に、今まで頑張ってきたことを喜べる大会でした。沢山の人に観てもらえるチャンスであった事、またその沢山の中に懐かしい友達等がいて連絡があった事。
嬉しいことが沢山ありました、その喜びに比べたら名前の間違いなんて笑える話です。
少ないチャンスを活かしてもっと僕らの事を知ってもらい、ファンを作れるよう頑張ります。
今後とも応援よろしくお願いします。」
こんな素晴らしいお返事を頂いて本当に感激しました。
そして、私も車椅子マラソンをたくさんの人に知ってもらえるようにこれからは、微力ながら頑張っていこうと思いました。
と言いながら、まだ全然そういう活動を出来ていませんが、副島選手は、色々なレースに出場されて頑張っていらっしゃいます!!!
今回のレースも、東京マラソンの時の様に、強風に雨という過酷な条件下で行われたそうですが、見事に優勝!!!
副島選手は、悪条件下のレースはとても強いそうです。きっと精神力がすごく強い方なんですね。
そして、女子優勝の土田和歌子選手は、出産後、初のレースだったそうです。
その復帰レースで見事に優勝!!!
ママさんアスリートが、ここでも頑張っているんですね!
お二人とも本当に凄いですね☆☆☆
おめでとうございます(^^)
posted by watakana |23:21 |
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2007年02月24日
東京マラソン2007は、当日の服装は自由で仮想もOKだったそうです。そんな訳で、本当に色々な格好で走っているランナーがいました。
うさぎの耳のカチューシャをしていたり、メイドさんの格好をしていたり、季節外れのサンタクロース、そして熊の着ぐるみを着ながら走っている方々もいました。
42.195キロを走るだけでも凄く大変なのに、面白いコスチューム着て走って完走するなんて本当に凄いなあと思いました。
7時間の制限時間内に走りきったランナーには、完走メダルが贈られました。そのメダルを首に掛けたランナーの皆さんは本当に誇らしげな表情をしていました。
制限時間内の最後にゴールした選手を、石原慎太郎大会会長がゴールで迎え入れ、完走メダルを首に掛けてくれました。
メダルを掛けられたランナーも、メダルを掛けた石原大会会長も本当に満面の笑みで、喜びを分かち合っているようでした。
役目を終えて会場を後にする石原大会会長は、ゴール地点のスタッフやボランティアの皆さんに向かって、笑顔で何度もガッツポーズをしながら、喜びを体いっぱいに表していました。
制限時間から、数分遅れてゴールする選手もいました。その選手達には残念ながら完走メダルは贈られません。しかし、42.195キロを走りきったという記録はしっかり刻まれます。
ボランティアの皆さんもゴール地点に集まり、最後のランナーに声援を送り拍手で迎え入れ、スタートから約7時間30分でレースの幕が閉じられました。
本当にたくさんの感動的なシーンがありましたが、一つ残念だなと思った事は、雨という天気でした。
この日のために3万人以上のランナーが必死でトレーニングに励んで臨んだ第1回記念大会でした。コンディションの良い晴天の下で走ってもらいたかったと思いました。
しかし、あるランナーの、この言葉で、そんな残念だなと思った気持ちは吹き飛びました。
「こんな大雨の中で走ることは、あまり無い事だし、1回目の東京マラソンは、大雨の中でのレースだったのよねって一生語り継がれますよね。そんな話になった時に、あの大変なレースに私は参加していたのよって言ったら話は盛り上がりますよ。雨の中でのレースだったからこそ、そんなことも含めてより印象深いものになりました。だから雨で全然残念だったとは思いませんよ。それに本当にスケールの大きい大会で、凄く楽しかった。またぜひ出場したいです。きっと今日レースに出た選手はみんな病みつきになっていると思いますよ」
とおっしゃっていました。
そして、こう思いました。もし次の大会もMCの仕事をさせて頂けることになったら、私も必ず、
「第1回大会は、大雨の中での大変なレースでしたが・・・素晴らしい大会でした」
と言うはずです。
それから、ボランティアの方にも少し話を聞いてみたのですが、
「バナナを渡したりしながら、選手に頑張ってねって声を掛けたり出来たのですが、ありがとうと言ってくれるその表情からは、本当にこのマラソンを楽しんで走っているという事を感じました。ボランティアで参加出来て本当に楽しかった。楽しかったから、雨とか寒さとかあまり気にならなかったし、本当に楽しい1日でした」
と嬉しそうに話してくださいました。
雨の演出で、それだけインパクトの強い大会になったようです。そして、雨という天気だけで《あいにくの天気》と決めつけてはいけないんだなと言うことを、ランナーやボランティアの方々に話しを伺って思いました。
本当にたくさんの笑顔が見られた大会でした。しかし、当然ながら課題も出ました。課題を克服しながら来年以降もこの感動いっぱいの大会が行われていく事を願わずにはいられません。
posted by watakana |23:05 |
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