2008年05月25日
車椅子バスケット日本選手権~北京へ
今年は、8月に北京オリンピックが行われますが、その翌月の9月には北京パラリンピックが行われます。 北京パラリンピック日本選手団の主将という大役を務めることになったのが、車椅子バスケットボールの京谷(きょうや)和幸選手です。 その京谷選手も出場した、車椅子バスケットボール日本一を決める大会、日本選手権がGWに行われました。 優勝候補の筆頭は、京谷選手が所属している千葉ホークスです。4連覇を目指して大会に挑みました。千葉ホークスは、前評判通りの強さで決勝まで進みました。 その千葉ホークスと決勝で戦ったのは、初優勝を目指す宮城MAXでした。宮城MAXも北京パラリンピック日本代表キャプテンの藤井新悟選手を擁する強豪チームです。 試合は、宮城MAXがリードして千葉ホークスが僅差まで詰め寄るという展開が続きました。第3ピリオドまで終了した時点で、得点差は1点差。宮城MAXがリードしていました。 第4ピリオド中盤には、流れが千葉ホークスに向きかけた時間帯もありましたが、千葉ホークスはチャンスを活かすことが出来ず、逆に点差を広げられて、58対46で宮城MAXが見事に初優勝を飾りました。 試合が終了する直前のほぼ勝負が決まったという時間帯になった時に、試合を観ていた他チームの選手が 「千葉が負けるのかよ。信じられないな」 とつぶやいていました。目の前で起ころうとしている事実を信じがたい様子でした。近年の千葉ホークスは、他のチームにとってはそれぐらいに強い王者なのです。 優勝の瞬間は、その王者千葉ホークスに勝利して初優勝を果たした宮城MAXの選手・首脳陣・客席のファン、みんなが優勝を喜び合っていました。 決勝戦で、ゲームキャプテンを務めた宮城MAXの東海林(とうかいりん)和幸選手は、 「勝った瞬間は涙が出た」 と喜びを噛み締めながら語っていました。そして、MVPに輝きJAPANのキャプテンも務める藤井選手は、 「この日の為に、頑張ってきたので優勝出来て本当に嬉しいです。次は北京でメダルを獲れるように精一杯頑張ります」 とインタビューで語っていました。その様子を千葉ホークスの京谷選手が遠くから静かにじっと見つめていました。千葉ホークスと宮城MAXは兄弟チームのような関係であり合同練習などもしているそうです。そして、京谷選手にとって藤井選手は、相手チームのライバル選手であり日本代表チームの仲間でもあります。そして、弟分としてとても可愛がっている後輩です。そんな藤井選手の成長はとっても嬉しくて、喜んでいる藤井選手の姿を見て素直に「おめでとう」という気持ちになったそうです。 しかし、千葉ホークスとして目指してきた史上初の4連覇を達成出来ずに悔しい気持ちでいっぱいでもありました。そんな複雑な思いを抱えてながら、宮城MAXの表彰式やインタビューの様子を見つめていたそうです。そして、今大会を振り返って、 「4連覇が目標ということで、ずっとやってきましたが、明確な敵がいないというのは、モチベーションを上げるという意味ではとても難しかった。それに、去年の優勝メンバーから2人の選手が移籍していなくなり(昨年のMVP)香西も留学先から1週間前に戻ってきたばかりだったんです。それにキャプテンの鈴木も怪我をしながら試合に出場し続けました。チーム事情や状態は決して良くはなかったんです。でも、それを負けたことの言い訳には出来ません。負けたという事実はきちんと受け止めます。これで、うちのチームはこれから強くなりますよ。来年は宮城を倒すという明確な目標が出来ましたからね。来年は絶対に優勝します」 と語っていた時の声の調子はとても力強いものでした。そして、最後に笑顔になってポツリと 「4連覇出来なかったのは事実ですけど、負けたことばかり取り上げないで、毎年メンバーが変わりながらも11年連続で決勝に進んでいるという事をもっと評価して欲しいですね」 と言っていました。日本選手権が終わりいよいよ北京パラリンピックに向けて動き出しています。 「もう若くないので(笑)疲れもあるし、日本選手権とパラリンピックの事と両方に気持ちを向けてやっていくのは、正直きつかったです。でもこれからはパラリンピックに向けて気持ちを切り替えてしっかりやっていきますよ」 と決意を語ってくれました。 大舞台、北京パラリンピックは、9月6日から9月17日まで行われます。
posted by watakana |21:23 |
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