2006年10月01日
プロ野球 寂しいニュースから
9月が終わり、プロ野球の世界でも選手の入れ替えが始まる。 ドラフトで胸を踊らせ、新たにプロの門を叩くものもいれば、戦力外通告という形で首を切られ球団または球界から去っていく者もいる。 一昨日3球団、12人の選手が戦力外通告を受けた。 楽天 佐竹学外野手(31) 永池恭男内野手(32) 日本ハム 横山道哉投手(29) 岩下修壱投手(33) 井場友和投手(30) 矢野論投手(28) 佐々木貴賀投手(25) 森章剛外野手(27) 横浜 村西哲幸投手(25) 森大輔投手(24) 福本誠内野手(30) 田中一徳外野手(24) 決まったことはしょうがないが、個人的にはとても残念に感じる。村西・佐々木・田中は自分と同じ年、森大輔は一つ下でいずれも自分が高校の時から全国に名前が響いていた選手。 村西は滋賀・比叡山高のエースとして春夏連続出場。右上手から、最速146キロの速球と切れ味の鋭いスライダー、そしてこの手の本格派では珍しくナックルという武器も持っていた。また臆さず向かって行く強気な投球を見せ、ピンチを次々と切り抜けていく姿に何度もこの年最強の投手は彼だと感じたものだ。夏の滋賀大会では無安打無失点試合を達成するなど、33回無失点。甲子園では春夏共に初戦で敗れたが、共に大会の優勝校とぶつかり、春1失点・夏2失点と好投していた。 だが当時から故障が多く、プロになってからもそれが響いてかあまり大成しなかったようだ。昨年生き残るために下手投げに改造し、かわす投球をする彼の姿からは残念ながら高校時代の凄み・迫力を感じることができなくなっていた。 佐々木は香川・高松西高出身。彼は甲子園に出れず、しかも出身校は無名校。だが投手を始めたのが高校入学後というキャリアの短さながら、150キロの速球を投げる左投手ということで話題になった。 日ハム入団後、一度左の中継ぎ投手としてほぼ一年間投げ続けたこともある。その時は速球の速さ、勢いを生かし相手を捻じ伏せる投球を見せていた。しかし当時から欠点として言われていたコントロールの悪さが響いてか、その後あまり使われることは無かった。その欠点を結局は克服出来なかったのか?スケールの大きさを感じさせる投手なだけに残念である。 田中はPL学院の1番打者として3度の甲子園を経験している。甲子園史上最高の名勝負と謳われた、1998年夏の準々決勝、横浜対PLの一戦でPL側の選手として当時2年生ながら最も活躍した選手と言ってもいいだろう。 彼はこの試合1番打者として出場し、横浜の松坂(現・西武)から4安打を放ち苦しめる。また延長で追いついた時、ヘッドスライディングでホームインし、土で顔が真っ黒になり雄たけびをあげていた気迫溢れる姿が印象に残る。 彼の特徴は50メートル5秒9の俊足を生かした守備範囲の広い外野守備と走塁、そしてミート力の高さだ。この武器を持って2年夏は松坂を苦しめ、3年春は覚前(元・近鉄)、七野(元・横浜など)とともにチームをベスト4に導いた。この学年では最も名前が知れた野手の一人として、横浜にドラフト1位で入団。 しかし入団後は165センチ67キロという小柄な体系のせいで、または木のバットに対応仕切れなかったのか?打撃の力不足が響いてかあまり試合に出ることが出来なくなった。いい1番打者になる素質を持っていただけに、横浜での7年間は彼にとって残念なものになってしまった。 森は石川の七尾工の左腕エース。彼自身は甲子園出場の経験は無い。しかし左腕から繰り出される最速149キロの威力のある速球、鋭く落ちるスライダーを持っていた彼はスカウトの注目を集めていた。また3年夏の1回戦では23奪三振で無安打無得点試合を達成。その快挙から一気に全国区の注目選手となった。(彼はこの夏2回戦で負けるのだが、2回戦はリリーフして無失点。1点も取られることなく最後の夏を終えている。) しかしその後の彼の野球人生は、苦難の連続だったようだ。社会人三菱ふそう時代は、「ベーブルース杯」MVPなど活躍をしたが左ヒジの故障にも悩まされた。それでも素質を高く買った横浜に自由獲得枠の高評価で入団。だがその頃から制球を意識するあまり、ひじに痛みが生じるという投球恐怖症に悩まされる。それが無くなった後、今度は投げる感覚を取り戻すことが出来ずに苦しんだ。そのため彼は1軍ではもちろん、2軍でもほとんど投げることが出来なかった。 球団も期待をして取ったが、このような選手を長く置いておくという決断が出来なかったのだろう。しっかり投げられれば、今苦しい投手陣の台所事情を救える可能性を持った選手だっただけに残念である。またもしこのまま終わってしまうのなら、彼にとっても悔いの残る野球人生であったのではないか?とも思える。 彼らの中にはそのまま野球から身を引くもの、他の球団に拾われる者、トライアウトを受ける者、社会人・クラブチームなどでプレーを続ける者と分かれるだろう。また上記で紹介した選手達は、まだ若くどういう道を進んだとしても、目の前は可能性で満ちている。どの道を選ぶにしても、本人の悔いの残らない道を模索して欲しい。
posted by コフィー |08:43 |
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