2010年03月25日

ウォッカ引退の憂い…その後継者はレッド?ブエナ?

       『Number』記念イベントを満喫

先日22日の祝日、丸ビルの『Numbere』30周年記念イベントに顔を出してきた。
会場は小さいものだっただが、30人のアスリートの大パネルと創刊号からの表紙すべてが展示されており、スポーツファンにとってはたまらないひと時を過ごせた。
ひとりで何時間もその歴史を楽しんでいたのだが、時代、時代によって、その時期旬のスポーツが取りあげられていた。
一重に「スポーツ」と言っても、流行り廃りがあるものなんだと、改めて実感した次第である。


       生徒として三十路のオッサンも参加してきた

それと並行して、ゲストを招いての『Number学校』たるイベントもあり、無料にも関わらず思う存分に満喫してきた。
私は、宮本選手(ヴィッセル神戸所属)の授業を楽しみにしていたのだが、私が着いた頃には整理券が配り終え、定員オーバーということで立ち見(残念……)。
なんでも、今回は宮本選手が校長役を務めるということで。
彼の授業は「夢」を語る子供向けの授業だったようだ。
30のおっさんが出席せずによかったのかもしれない。

その代わりと言っては失礼だが、小倉隆氏(現タレント、解説者)や二宮清純氏(スポーツライター)の講義を受けることができた。
いずれも30分程度のものだったが、充実した時間過ごせた。
特に、1時限目の小倉氏の話は、現役時代のエピソードやオフレコの話も交えながら(本人はブログとかに書かないでね、と言っていたので詳しい内容はやめとこう)かなり楽しいものだった。
本人は、後のふたりが大物なので、自分は前座だと謙遜気味に言っていたが、私が受けた3人(宮本選手は立ち見でしたが)の中では、最も内容の濃いものだったような気がする。
酒やけでガラガラ声だったのは、まぁ御愛嬌ということでしょうか。
現役時代は、「レフティーモンスター」の名で人気をはくしたが、今はすっかりしゃべくりモンスターと化していた。
これは嫌味ではありませんよ。
セカンドキャリアも充実してなによりより。
本人は、現場への復帰も熱望しているようで、A級ライセンスを取得して、今はS級に向け勉強中とのこと。
やっぱり、アーセン・ベンゲル(現アーセナル監督)の元でプレーした影響が大きいと本人も言っていた。

とまぁ、『Number』の記念イベントの話はこれくらにしとこう。
まだまだ、書きたいことは山のようにあるのだが、すべて主観だけになってしまいそうなので。


       スポーツには旬がある。でも競馬にはない。

その記念イベントで創刊号からの表紙を観ていて気になったことがひとつある。
どのスポーツも時期ごとに旬であるか否かがある。
でも、競馬が表紙を飾っているのが非常に多かったことに驚かされた。
しかも、30年定期的にである。
そう考えれば、30年に渡り、ずっと人気の上げ下げがなかったスポーツのひとつとも言える。
「ギャンブル」と言ってしまえばそれまでなのだが、競馬もやはりスポーツのひとつと数えられて間違いないのだろう。
オグリキャップや武豊騎手というスターが出現したのも大きいとも思われますが。


       歴史的名(迷)牝ウォッカがターフを去った寂しさ

競馬といえば、先日惜しまれながらも引退したウォッカのことをなしにしては語れない。
引退レースが日本での引退でなかったのは残念だが、日本最後のレースがあのジャパンカップの激闘(2cmでの勝利)であったこともあるので、尚惜しい。
なんとも不思議な名馬であり名牝であった。
G1・7勝にもかかわらず、その他のG2レースやG3レースではとりこぼす不思議な馬だった。
道悪や小回りでは実力を発揮できないなど、弱点も多く持っていたところが競馬ファンの心をくすぐったのかもしれない。
そして、G1ではダービーや安田記念やヴィクトリアマイルでの大圧勝劇や天皇賞でのダイワスカーレットとの激闘(これも2cmでの勝利)、そしてジャパンカップでの復活劇。
彼女の名レースは挙げ始めたらきりがない。
もしかしたら、ディープインパクトよりもより鮮烈なインパクトを残したかもしれない。
もう、競馬ファンには、一生脳裏から離れないであろう名馬であり迷馬であったことは間違いない。
そんな名馬が引退式もなく、ターフを去ったことはちょっと物憂げな気持ちもなる。
ただ、そんなウォッカ号はこれから何十年と語り継がれていくことは間違いない。


        ウォッカの後継者たちに未来を託して

そして、そのウォッカ号の後継者とも呼ばれるのが、昨年の2冠のブエナビスタとそのブエナビスタの3冠を阻止したレッドディザイアである。
この2頭はウォッカも煮え湯を飲まされ続けたドバイでの戦いが待っている。
彼女たちとウォッカとの直接対決が観れなかったのは残念極まりないのだが、もしかすると、また競馬界に新たな1ページが刻まれる可能性がある。
レッドディザイアに関しては、先日ドバイの前哨戦でもあるマクトゥームチャレンジラウンド3で大外から一気の差し切り勝利。
本番に向けても、大きな期待が寄せられる。
もし、ドバイのG1を制することになると、もちろん日本馬史上初の快挙である。
ブエナビスタはレッドディザイアとの直接対決ではないが、京都記念を余裕の圧勝劇で、これもドバイ初制覇に自信をのぞかせる。
もしかしたら、2頭ともドバイの観客をアッと言わせるかもしれない。
競馬界もグロバール化が進み、今や日本馬は一目置かれる存在になっているのだから。


       競馬はスポーツなのか否か?

「競馬はスポーツではない」という人もいる。
でも、ただ馬が勝利を目指すだけの世界だけではなく、そこには、調教師や生産者牧場や調教助手さんたちの人間ドラマも隠れている。
スポーツは人間がするものという定義があったとしても、やっぱり競馬はスポーツのひとつと私は考える。
そして、日本の競馬界が世界を席巻する日も近いのかもしれない。
その歴史的な瞬間をレッドディザイアやブエナビスタで私たちは目にすることができるのかもしれないのだ。
日本での放送があるのかはわからないが、心の底から応援しよう。


       日本でもG1の季節が到来

そういえば、今週は日本でもG1の高松宮記念がある。
金欠の私には、馬券を買う余裕はないが、いちスポーツファンとして満喫させてもらおう。

時代は日々変わり続ける。
それは競馬界も同じだ。
競馬界が世界へ進出し、更なる発展を願って今日はこれでお開きにしよう。
がんばれ!日本競馬!
にしても、競馬界も人間界も女性が強い時代になりました……

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posted by uzura176 |07:59 | スポーツ全般 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2010年03月18日

本田圭祐は「ホンモノ」だと思って間違いないですか?

        有言実行を体現した彼に拍手を

やってくれましたね、本田圭佑選手。
チャンピオンズリーグでの素晴らしい活躍に胸躍らせました。
W杯3か月前にして、劇的に変貌しつつある。
今の日本代表を変えることができるのは、やはり彼なのかもしれない。

ここでも、何度も取りあげ(その都度多いに叩かれた苦い経験もあるが……)てきた甲斐があるってもんだ。
と言っても、サッカー専門で書いているわけではないので数度なんですが……
にしても、サッカーのことを書くのは、本当に久しぶりだ。
皆さん、お詳しいので私が語るまでもないと思い、どうしてもさけがちになってしまう。


        どうして本田圭佑という選手に何故こうも惹かれてしまうのだろう

その中でも、何故か本田選手のことを書く機会が多い。
自分でも不思議である。
好きな選手はいっぱいいる。彼だけじゃない。
日本人選手だけでも、長友、中沢、遠藤、森本選手など数え始めたらきりがない。
外国人選手に関しては、好きなんてものを超えて好奇の眼差しで観ることができない。
自分でも、本田選手が特別好きだという実感はないのだが、どこかで彼に惹かれる自分がいるのだろう。
だから、性懲りもなく彼のことを頻繁に書いてしまう次第である。


      上手いから?速いから?強いから?それだけじゃアスリートは語れない。

本当に不思議な選手である。
サッカー選手としてアスリートとして彼は本当に秀でているのかと、ふと思うときがある。
スピード、スキル、フィジカル、テクニックなど言い始めたらきりがないが、どうしても彼に特別秀でた技量があるとは思えない。
でも、結果は残すし、言うことも言う。
1サッカー選手としてではなく、1人間として彼に惹かれるのかもしれない。
だから、頻繁に語りたくなってしまう。


       メンタルタフネスという最強の武器を持つ男

やはり、彼の魅力はそのメンタリティーにあるのではないでしょうか。
それひとつで、世界の大舞台で結果を残せるほどサッカーの世界は甘いものではないと自覚しているが、彼の言動や結果をを観ていると、やはりそこが大きく関連しているよう思えてならない。

誰かと比較するのは好きではないが、自信の塊だったころの中田英寿選手とどうしても相通ずるものがある。
彼も決して、世界のトップで戦えるほどの技量があったとは思えない。
ただ、彼らに共通しているのは「自信」という確固たるものである。
それが、プレイや結果にどれほど影響を及ぼすかというのは、ふたりの結果を見ていてもわかる。

今やスポーツは身体だけでやるものではなく、「心」でやるものになっている。
プレッシャーを乗り越える。メンタルで負けない。
スポーツにおける必要不可欠なものになっている。


       専門家ではないが、彼はどうしても推したい選手のひとりだ

私はサッカーの経験者でもなければ、専門家でもない。
だから、日本代表のことに大それたことを言うこともないのだが、もう彼は必要な選手になっているのではだろうか。
ポジションがどうとか、先発出場かジョーカー的な途中出場かとか、考え方は様々だろう。
だが、彼のメンタリティーや考え方が今の日本代表に限らず、日本のスポーツには、いや日本のスポーツ文化には必要な気がしてならない。

世界のベスト4は壮大な目標であり、夢以上のものなのかもしれない。
事実、その力があるとは言い難い日本代表には、世界を経験して戦う戦士がほしい。


      彼はサッカード素人がとやかく言わなくても彼は前へ進むのだろう

彼にはまだまだやることがある。
彼の未来がどうなるかなんて誰にもわからない。
ただ、彼はその未来を切り開いていくような気がしてならない。

何かこれ以上書いてもボロが出てきそうなので、今日はこれくらいで切り上げよう。
本田圭佑選手と日本代表の輝く未来を願って。

posted by uzura176 |07:28 | サッカー | コメント(0) | トラックバック(0)
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2010年03月17日

哀愁漂うNBAプレーヤー、グラント・ヒル

         久しぶりのNBA生観戦

NBAもシーズン終盤戦、盛り上がってきました。

先日、久しぶりのNBA生観戦(と言ってもテレビでですが)。
カードは王者ロサンゼルス・レイカーズVSフェニックス・サンズ。
サンズファンとしては、なんとか昨シーズン王者に土をつけてほしいと願っていたのだが、結局健闘虚しく敗れてしまった。
まぁ、両チームともプレーオフ進出は決定的なので、さほど激しいゲームにはならず、実力通りの結果となった。
にしても、ちょっと悔しいというのも本音なのだが……


        サンズの戦いぶりが好きだ。そしてあの選手を忘れてはいけない

私がサンズファンなのは、スティーブ・ナッシュを中心としたハイテンポオフェンス(日本ではラン&ガンの方が親しみあるかも)に心惹かれるからだ。
もちろん、ナッシュとスタウドマウアーのファンなのだが、この試合に関しては違う選手を中心に観ていた。
というか、目を奪われた。


        過去の栄光にすがらない彼が眩しい

その名も、グラント・ヒル。
今年NBA15年目を迎える老兵(言葉が悪いかなぁ……)。
90年代のNBAファンならもうたまらない選手なのではないでしょうか。
FILAのバッシュがこの時は流行ったもんだ。
M・Jことマイケル・ジョーダンの後継者とも言われた時期もあったし、デビューイヤーの1994年には、ジェイソン・キッドとともに新人王にも輝いている。
デューク大学時代にはNCAAチャンピオンにも2度も導いている。

しかし、彼の現役生活は決して順風満帆だったとは言い難い。
3年目までは、オールスター得票でもトップを獲るような華々しい活躍を魅せていたのだが、その後は怪我怪我怪我の連続。
もう、なんで彼にだけこんなにも不幸襲いかかるのだろうかと、不思議なくらいに。
チームもピストンズから始まり、マジックと渡り歩き、今現在サンズに在籍している次第である。


       どんな苦境にも、彼は腐らずプレーヤーであり続けた

そんな絶頂期を過ぎた彼なのだが、なんと昨シーズンは全試合に出場。
そして、今季もチームの不動のスターターをはっている。
37歳、必ずしも全盛期の華麗なプレイを見せてくれるわけではない。
しかし、相手マークマンを嘲笑うかのような、老獪なプレイぶりは必見である。

一時期は、期待が大きかっただけに、物足りないとの批評を受けた時期もある。
事実、現役15年の中でまだファイナルの経験もない。
本来なら自分に嫌気がさしたり、マスメディアに翻弄されて、自分を駄目にしてしまった可能性もあるだろう。

だが、彼の躍動する(は言い過ぎだが)プレイを観ていると、そんな大きな壁や怪我を含めてすべて乗り越えてきたことが窺える。
スピードもジャンプ力も落ちた。
格別FG%が上がったわけでもないし、ディフェンスのスペシャリストでもない。

ただ、純粋にバスケットボールをそしてプレイを楽しんでいる姿がそこにはあった。
全盛期を知る者にとっては寂しい姿かもしれない。
でも私には、そんな風には観えなかった。
脂の乗り切った時期はほとんど怪我でプレイできていない。
そんな時間をひとつひとつ取り返すようにプレイする彼の姿が、愛おしくてならなかった。

この試合でも、今やNBAナンバー1プレーヤーとも言えるコービーとマッチアップする機会が幾度とあった。
懸命にディフェンスし、そして物怖じせず果敢に1on1を仕掛ける姿は、どこか「まだまだ若い者には負けん」と言っているような気がしてならなかった。


       スターの競演もいい。でもそれだけではスポーツは楽しめない

コービーのアクロバティックなプレイにはやはり目を奪われる。
レブロン・ジェームズのキングたるゆえんのプレイにも目を見張るものがある。
だが、ヒルのようなベテラン選手が、懸命にプレイする姿にも私は心揺さぶれる。

それは、バスケットプレイヤーに限らず、峠を過ぎたにもかかわらず、現役にしがみつきプレイするアスリートはやはり輝いている。
カズでもゴンでも工藤投手でも皆共通しているのは、自分の衰えを感じつつも、今ある精一杯のプレイをするプロ魂。
私たちファンは、そういうベテランアスリートから何かを感じないといけないのではないだろうか。


        佳境に入ったNBA。4月にはどんなドラマが待っているのか

あと1カ月もすれば、NBAはプレーオフへと突入する。
観戦をかまけていた私には、とやかく言う資格はないのかもしれないが、今から楽しみだ。

そして、ヒルが所属するサンズもそのプレーオフには、ほぼ確実に出場することになるだろう。
しかし、彼がNBAファイナルに進出すること、そしてチャンピオンズリングを手にすることは限りなく可能性がないに等しい。
それは、冷静に観ているファンならご存知のはず。

それでも私は、彼の残り少ない現役生活をこの目にしかと焼き付けたい。
プロの世界は結果がすべてだという人もいるだろう。
でも、試合に負けようが打ちのめされようが、心揺れ動かす選手もいる。
そんな彼らを観るのもスポーツの醍醐味といってもいいのではないか。


        ヒルには届かないが、彼に言いたい

拝啓グラント・ヒル様
あなたのプレイ、いや衰えを隠せない今のプレイが私は好きだ。
華麗なダンクも相手を翻弄するようなプレイじゃなくてもいい。
ただただ、あなたがバスケットボールを楽しむ姿を1年でも、いや1試合でも多く見せて下さい。
それが、NBAオールドファンの切実な願いでもある。
そんなファンは決して私だけではないはずだ。

posted by uzura176 |23:41 | バスケットボール | コメント(2) | トラックバック(1)
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2010年03月11日

アイバーソンの行く末が心配……でも信じるしかない

       もう帰ってこないのかA・Iよ

今シーズン、古巣のフィラデルフィア・76ersに復帰したA・Iことアレン・アイバーソンが今季中に戦列に復帰しないことがわかった。
現地2日のニュースなのでもう古いなのだが、NBAでのプレイを心底喜んでいた私にとっては、なんとも悲しいニュースである。
現地では、もうアイバーソンがNBAでプレイすることはないと報じられているし、そうなってしまう可能性も高い。


        離脱の理由が物悲しい

離脱の理由は、4歳になる娘の看病にあたるというのだが、それ以上に家庭崩壊の危機に瀕しているともいう。
奥さんが裁判所に離婚の申し立てを行っていることからも、事態は深刻なことが窺える。

アスリートにとって家庭がプレイにどれだけ影響するかは、タイガー・ウッズの例からもわかるように一筋縄ではいかない。
そして、また元のように戻ることがどれだけ不可能に近いかは、言うまでもないだろう。
悔しいが、アイバーソンのプレイは今季が見納めになってしまうだろう。
ファンとしては歯がゆい気持ちでいっぱいである。


        もし、このまま引退となっても彼の栄光は色褪せない

ここでも、アイバーソンのことは何度も取り上げてきた。
私が彼の大ファンであることもそうだが、それ以上に彼には如何なる苦境も乗り越えてほしかったからである。
リーグMVPや4度の得点王、チャンピオンという称号以外はほとんど手に入れた彼だからこそ、尻つぼみや退行していくような様は観たくなかった。
でも現状は、このまま過去の栄光にすがり、そして過去の人になってしまうのだろう……

彼のプレイのことはもう書く必要がないと思っている。
ここでも散々紹介してきたし、ファンの脳裏にはあの華麗なプレイは目に焼き付いているだろうから。
だからこそ、来季も彼のプレイを観たい。
まだ年齢的に老けこむ歳ではないのだから。


      自分が過ちを犯した経験があるからこそ彼のことが他人事に思えない

それにはまず、家庭修復が最善の道なのだろう。
でも、そう簡単にいくとはどうしても思えない。
女性は強い。
一度決めたことは、そう簡単に覆すことはないだろう。
何故ここまで、彼の将来を憂いているかというと、ファンであることはもちろん、自分も10数年付き合った恋人と別れを経験しているからだ。
自分と彼と比較するのはおこがましいことは重々承知の上だが、プライベートのことであるからとも考える。
アイバーソン自身、また元のような家庭に戻りたいはずだ。
もし、それが上手くいかないようであれば、彼の現役生活はピリオドを打つことになるに違いない。
それだけ、私生活がプレイに及ぼす影響が大きいのはアスリートならではである。
一般の社会人とは比べようもない。

私自身も別れを経験した時は、食事も喉を通らず、通っても味がしない、睡眠も全く取れない状況に陥った。
元々線が細い自分が10キロ以上痩せてしまうほど苦しかった。
もう、2度とあんな経験をすることはないだろう(というかできません)。

今、アイバーソンはどんな心境なのだろうか?
おそらく、私ほどではないとしても、パニックに近い状況に陥ってしまっているのではないだろうか。
それが、今シーズンのプレイはしないという決断になったと私は考える。
プレイをしないというよりも、できない状況なのではないだろうか。

だからこそ、来シーズンは帰ってきてほしい。
もしかすると、離婚して家庭はもうないかもしれない。
それは、こちらが想像する以上に辛いことだろう。
でも、その苦難、苦境を乗り越え、ファンにまたあのプレイを魅せることが今の彼の最大の試練でもあり、義務だと思う。
心さえ満たされれば、必ずまたあのA・Iが観れると私は信じている。


        帰って来い!A・Iよ、そして誰しもが君を待っている

今回は自分のこともあり、少し感情移入し過ぎてしまった感がある。
ブログとはいえ、公私混同もいいところだ……
まだまだ未熟だと自戒しながらキーボードを叩いている次第である。

まぁ、自分のことはさておき、やっぱりA・Iにはこのまま終わってほしくない。
数々の栄光と数々の奇跡的なプレイが私生活の失敗ですべてが水の泡になるのはあまりにも悲しいし、虚しい。

やっぱり、躍動する彼がいないとNBAは盛り上がりに欠ける。
「ジ・アンサー」NBAでニックネームをつけられる選手は、ごく一部の選手だけだ。
彼もその一人。
そんな彼が、またコートに帰ってくるとことを願って、今日はこれで終わりにしようと思う。

私は待っている。
あのつぶらな瞳、曲芸のようなショット、忍者のようなスピード、目にもとまらぬドライブ、誰しもが憧れるレッグスルーやクロスオーバー。
どんな形でもいい。
絶対に帰ってきてくれ!
彼の出す「答え」を信じてやまない。

posted by uzura176 |06:37 | バスケットボール | コメント(0) | トラックバック(0)
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2010年03月08日

元木由紀雄の雄姿を忘れない。これからのご活躍も願って

ミスターラグビー・元木由紀雄がピッチを去る……

ラグビーファン歴20年以上の私にとっては感慨深く、そして寂しい。
大工大校時代から彼のプレイを見続けてきた者にとってはそのひとつひとつのプレイが今でも鮮烈に脳裏に刻み込まれている。

そして昨日、引退試合とも言えるオールスターで最後の彼の雄姿を瞼に焼き付けた。
出来すぎの話だが、元木選手のオレンジオールスターが勝利し、その決勝トライを挙げた彼がMVPに輝いた。
自らその花道を飾った。
私から言わせてもらえば、代表キャップ歴代最多の79、高校、明大、神戸製鋼での活躍から見れば、最後のMVPはおまけみたいなものなのだが、やはりスターは最後までスターの道を自ら作った。


       山あり谷ありのラガーマン人生

彼の選手人生は、すべてのラガーマンが羨むものだろうが、決して順風満帆だったとは言い難い。
コンタクトの激しいラグビーなら当然のことなのだが数々の怪我を乗り越えた。
そしてストレスからくるパニック障害を患ったこともある。
それでも彼はそのすべてを乗り越えてきた。
正しく「鉄人」である。

彼のポジションは生涯センター(CTB)であった。
これも、ポジションが流動的になりつつあるラグビー界では珍しい。
センターと言えば、縦への突進力もさることながら、パスセンスも求められる難しいポジションである。
そして、なにより彼の突き刺さるようなタックルは今でも目を閉じると思い出される。
代表では、対面の選手彼よりひと回りもふた回りの大きな海外選手である。
普通、タックルする相手が自分より大きい場合は膝下に、とラグビー界では相場が決まっている。
しかし、彼のタックルは相手の腰元に矢のように突き刺さる。
そして、自分より大きい選手をひっくり返してしまうことすらあった。
あの炎のようなタックルがもう見れないと思うとやはり寂しい想いがつのる。

        センターの概念を覆した男

印象的なのは、彼のプレイスタイルが歳を追うたびに変化していったことにもある。
それが、38歳まで現役を続けることができた原動力なのかもしれない。
高校・大学までの彼は、相手をなぎ倒して突破していくプレイスタイルであったことを思い出す。
一度のタックルを受けて倒された選手は、ラックでボールを保持するために体を味方の方へ倒すのが定石である。
しかし、彼は一度倒された後でも、もう一度立ち上がり走り出すことがあった。
そのプレイを観たときは目が点になったのを覚えている。
「前へ」は明大の歴史あるスローガンだが、それは基本的にFWを指しての意味合いが多い。
だが彼は、バックスでありながらもそのスローガンを身をもって示していた。


        理念は変えずとも柔軟性も持ち合わせていた選手

大学までの屈強なイメージは、今でもオールドファンにとっては忘れられない雄姿だろう。
でも、彼がただ「強い」だけの選手で収まらなかったのが、神鋼に進んでからである。
平尾誠治という天才プレーヤーがいた神鋼で彼のプレイスタイルは変わった。
頑強なプレイだけではなく、テクニシャンとしても際立っていた。
数年後に、大畑という天才韋駄天ウィングがいたのも大きいのかもしれない。
自分ひとりで突破するスタイルから味方を活かすプレイスタイルも身に付けた。
「強くて上手い」日本では稀有な選手と変貌していった。
今でも、彼の全盛期を超えるセンターは現れていないといっても過言ではない。


        すべてをやり尽くしたからこそでる言葉と笑顔

そんな彼が「ラグビー人生に悔いなし」と笑顔で語った。
彼のプレイを観られないのは寂しいが、その清々しい顔に、ファンである私がウジウジしていてはいけないと思った。
もう十分にその雄姿は見せてもらった。
後はその姿を脳裏に焼き付けておけば良いだけの話だ。
本当にお疲れ様でした。

今後は神鋼のアドバイザーなどとして若手育成に当たるという。
私にとって神戸製鋼スティラーズは今でも大ファンのチームだ。
それでも彼にはひとつのチームに収まらない活躍を期待したい。
2019年、日本でラグビーW杯が開催される。
もしかしたら、監督として、そうじゃなくても何らかの形で日本代表に携わる彼の姿を見たい。
でもやっぱり、せっかくの自国開催。
できたら監督としてその雄姿を見せてもらいたいものだ。
9年後のことは誰にもわからない。
でも、これからの彼の活躍と発展を祈って。
あなたのプレイは一生忘れません!


       一見の価値あり!インビクタスにはラグビーを超えた何かがある

偶然なのかもしれないが、彼が引退を発表した日に遅まきながら『インビクタス・負けざる者たち』を観に行った。
これにもなにか因縁めいたものを感じる。
私は映画評論家ではないので、あれこれ語るつもりはないが、ラグビーファンにも、そうじゃない人にも観てほしい作品だった。
作品の善し悪しは、観て頂いてその人の主観で感じてもらえればいい。
ただ、本当にあった実話であることは間違いない。
スポーツ(ラグビー)が国(南アフリカ)をひとつにし、国民をもひとつにする。
アパルトヘイトという悲しい差別を乗り越え、自国で開いたラグビーW杯で国が劇的に変貌していくという話である。
主演はネルソン・マンデラ役のモーガン・フリーマン、助演は南アフリカキャプテンでもあるフランソワ・ピナール役のマット・デイモン。
そして、監督は名優であり名監督でもあるクリント・イーストウッド。
もう間違いありません。
ラグビーファンからすれば、もうちょっとプレイシーンをリアリティー溢れる風に撮ってほしかったのだが、おそらくそれは名匠イーストウッドが単なるスポ魂映画にしたくないという配慮があったのかもしれない、と勝手に解釈している次第である。
イーストウッドファンには「らしくない」と不評らしいが、私はこの雄大な実話はあれこれこねくり回したくないという配慮がイーストウッドにあったのだと、これも勝手に解釈している。
にしても、モーガン・フリーマンは適役だった。
マンデラ元大統領も親交があり、もし映画化されるならフリーマンにお願いしたいとのたっての希望だったようなので、これも良しとしよう。
というか、あのマンデラ氏を演じるのにフリーマン以外に誰がいるんだ、って言うのが本音の人も多いでしょうが。
マット・デイモンもカッコよかった。
というよりも、ピナールの生き様や立ち振る舞いもカッコよかったんでしょうなぁ。


      2019年、元木由紀雄はどのような立ち位置にいるのか?

そんなW杯が9年後日本で開かれる。
幸いにも日本には人種差別はない。
だが、このW杯で日本がひとつになり、大きなうねりを伴い大旋風を起こすことを願わずにはいられない。
ちなみに、この時の南アフリカの成績は…… やめとこ。
作品を観てのお楽しみということで。

その2019年ワールドカップで元木由紀雄という元名選手がどのような貢献をしているのか。
今から楽しみでならない。
映画化されるような素晴らしいワールドカップになることを願ってお開きにしたい。

元木選手本当にお疲れ様でした。
でも、本当の戦いはこれからかもしれませんよ。
と、「インビクタス」を観て思いました。

posted by uzura176 |06:44 | ラグビー | コメント(0) | トラックバック(1)
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2010年03月01日

バンクーバー五輪で教えられたもの。いや選手たちにかな?

        オリンピックは人類に不可欠なもの

いよいよ今日、2週間に渡るバンクーバーの宴が終わる……

平穏な生活を犠牲にしてまで、つぶさにその戦況を見守ってきたがその甲斐はあった。
相変わらずの、マスメディアのメダル勘定報道には辟易とさせながらだが。
しかも、BSを観れない環境の自分には「観たい」ものが物悲しさも募った……


        敗者はひとりもいなかった

4年間の集大成を一瞬、数秒、数分に賭けるアスリートは、月並みの表現だが「美しく、そして儚い」。
ひとり、ひとりのアスリートたちのひとつのものに賭ける姿は、何物にも代えがたい。
もちろん、勝負の世界なのだから「勝った・負けた」そして、メダルという皆が追い求めるものもある。
でも、私のような凡人、いや苦労を厭う人間からすれば、出場している選手すべてが「勝者」にしかみえない。
ひとつのものに人生を捧げる。
しかも、日本人アスリートにとっては、五輪選手といえども、ほとんどの選手が満足いく環境に身をおけず、なにかを犠牲にしながら、一瞬一瞬に賭ける。
オリンピックの周期は4年だが、彼ら彼女たちにとっては、もっと長いスパンで「苦と悩み」を乗り越えてきているはずだ。
だから、勝とうが負けようがアスリートの流す涙には、心揺れ動かされるものがある。


        アスリートの人生に少しでも共鳴したい。それがスポーツ観戦

それでも、やっぱり報道はその人間ドラマを追わずに、結果だけを垂れ流すことしかできない。
4年間を追い続けるようなドキュメンタリーも少々見れるが、それはごくごく一部の人気選手のみである。
それも、無理からのお涙ちょうだい仕上げのものが多い。
結果だけでなく、それ以外も追ってもらえるだけでも、その選手は幸運そのものなのだ。
私は、日本人選手に限らず、五輪選手の人生・苦悩・葛藤をもっともっと見たいのだけれども、人数的にも時間的にもそんなわけにもいかない。
もう、そこは勝手な想像や妄想を駆り立て、彼らの人生に共有したつもりになるしかない。


        このブログは身勝手で結果報告すらできない代物

オリンピック期間中は何度もブログを書こうと思ったのだが、何故かそういう気持ちになれなかった。
おそらく、やったとしても結果報告や「おめでとう」しか言えない自分に嫌気がさしていたからだろう。
それじゃ、テレビや新聞の報道のなんら変わりない。
何か、そういうものにしたくない。
そんな気持ちがあったからだと、いまさらながらに思う。

だから、今回も誰がメダルを獲ったとか、だれが頑張ったとかはなしにしよう。
誰しもが頑張っていたのは当たり前だし、メダルの数勘定はマスメディアさんにお任せのなだから。


        眼を見る=スポーツ観戦でもいいじゃないか

抽象的な表現ばかりで嫌気がさしている人もいるだろうが、メダル勘定よりはましだと自分で自分を慰める……

私が今回注目していたのは、勝敗はもちろんのこと、選手たちの「眼」だ。
なぜ、あんなに強い「眼」をしているのだろう。
なぜ、あんなに美しい「眼」をしているのだろう。
「眼」を観るだけで、選手ひとりひとりの人生が見えてくるし、その必死さも伝わってくる。
「眼力」という言葉があるけど、アスリートのそれは、普段の暮らしや街並みを歩いていても見れないものだ(そりゃそうや)。

今回のオリンピックでも数々の「涙」を目にしてきた。
うれし涙、悔し涙、充実感溢れる「涙」。
さまざまな「涙」があったが、それは当たり前のことながら「眼」から流れる。
でも、これって非常に合理的でもあり、神秘的なことのような気がしてならない。
「涙」は「眼」から流れる。
これは、神様の悪戯じゃなくて、神様の功績でもある。

人間には五感がある。
でも、やはり「眼」の力が最も偉大なものだと痛感した(これは決して視覚障害を持つ方を中傷するものではありませんのでお許し下さい)。
どんな言葉よりも「眼」の方が、よっぽど物事を語る。
そこに私は惹きこまれしまった。


        スポーツは目で見るんじゃなく、「眼」を心で見るもの

あてもない安っぽい詩人のようになってきたので、これくらいにしておこう。

4年後のソチ大会も私は「眼」を観て、観戦するのだろう。
いや、その前にサッカーW杯、ほんでロンドン五輪、4年周期大会は「眼」を観るに限る。
それが、スポーツ通ぶる私のいきついた結論である。
「勝ち負けやルールはそのあとなんだ」と今さらながら思い知らされる。
もっと言えばスポーツじゃない。
やっぱりスポーツを観る前に人を見る。
それが、もっとも正しいスポーツ観戦術なのかもしれない。
いや、スポーツに限らずに人間がやるから面白い。そして心打たれる。
30過ぎて気付いたのは遅すぎ?

しゃーない。勘違いしてきたものは……

posted by uzura176 |05:41 | スポーツ全般 | コメント(0) | トラックバック(0)
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