2010年07月21日
今年は遅めに来たような気がする野球の季節
例年ならこの時季は、スポーツシーンは野球一色のはずである。
しかしながら、今年は4年に1度の祭典サッカーW杯があった。
しかも、南半球で冬開催ということで、6月から7月というイレギュラーな時季になったこともある。
そんな私も、W杯開催中は朝も夜も関係なくテレビにかじりつきサッカーのための生活をおくってきた。
そんな、日本中がそして世界中が熱狂の渦にある間も、プロ野球は淡々と行われていた。
そして、サッカーW杯が終わった。
プロ野球から離れてしまっていた私は、正しく浦島太郎状態である。
チームの成績や個人成績もほとんどわからない。
そして、先週あたりからやっと野球を観戦する体になりつつある。
にしても、昨日のプロ野球は見所満載だった
昨日の劇的な試合の連続からもう野球モード全開といったところだろうか。
セリーグ3試合の劇的なサヨナラ劇。
47歳工藤投手の元気な姿。
10年にひとりとも言われた中田の遅すぎるプロ第1号。
正直、1日で楽しむには贅沢過ぎる。
スポーツニュースを何度観てもニヤついてしまうくらいだ。
もう充分、野球モードに体が戻ったことをわかって頂けるだろう。
やっぱり夏は野球と生ビールに限る。
実力伯仲のパリーグは今もっともスリリングなリーグ
昨日だけに限ったことではない。
今シーズンのプロ野球はなにせ混戦の様相であることが盛り上がりに一段と火をつけている。
特にパリーグの混戦ぶりは、まるでサラリーキャップ制度でも導入されているかのような激戦モードである。
各チーム90試合近く消化した時点で、まだまだ1位から6位までどう転がるかわからない状況である。
まして、3位以内が条件となるプレーオフに関してはどこのチームにもまだまだチャンスがある(正直楽天イーグルスは黄信号だが)。
生粋の関西人で、阪神タイガース文化の中で育った者が言うのもなんだが、ここ10年のパリーグは面白い。
戦力均衡もさることながら、キャラクター濃い選手が目白押しである。
特に各チームいる絶対的なエースピッチャーは皆大リーグにも劣らない存在感を示している。
交流戦が始まって以来、セリーグに煮え湯を飲ませ続けてきているのは、このエース投手たちの存在あってに他ならない。
早くもプレーオフ進出チームが決まったかのようなセリーグ
そして、毎年人気実力ともパリーグに押され気味セリーグ。
前半戦終了時点で、もうプレーオフに進出チームは決まってしまったようである。
ここ10年の上位と下位の実力さ(経済格差ともいえるか)は深刻である。
我がタイガースがその上位組に位置していることは、昔のタイガースを知る者にとっては喜ばしいのだが、この2分化現象はセリーグの魅力を半減させてしまっているような気がしないでもない。
そこが近年のセリーグとパリーグの差なのではないか。
だから、人気も拮抗しつつある。
そういう意味では、“人気のセ”とか“実力のパ”などという言葉が、過去の遺産になっていることを1プロ野球ファンとして喜ばないといけないのかもしれない。
オールスターは夏の風物詩、意味がないなんて寂しいことは言わないで
今週末は、オールスター。
顔ぶれを見てもフレッシュな選手が多く楽しめそうだ。
交流戦が始まって以来、オールスターの意義を問われ続けているが、やっぱりオールスターは、選手の目標のためにも、ファンの楽しみとしても不可欠なものだと思う。
それは、MLBのオールスターを観ても、改めて実感させられる。
まぁ、あちらさんは、ワールドシリーズのアドバンテージが懸かっているという裏事情もあるのだが。
日本も2戦制なんて中途半端な形にしないで、1発勝負か3戦制にして、日本シリーズの開幕戦を決める形をとってもいいのに。
まぁ、勝負は交流戦でついているということでしょうか。
今年は1位から5位までパリーグ独占でしたもんね。
秋まで、プロ野球満喫させてもらいます。
ワールドカップでサボった分まで。
posted by uzura176 |23:38 |
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2010年04月19日
本当に辛い1日がきてしまった……
とうとう、この日がやってきてしまった……
タイガース金本選手の試合連続フルイニング出場1492で終止符を告げた。
タイガースファンの私、プロ野球ファン、そして世界の野球ファンにとっても辛い特別な日になった。
この日が来ることはわかっていた。
でも、受け入れがたい現実に、今は感想を述べるのも正直きつい。
それだけ偉大な記録であり、これからも破られることは何十年、何百年はないだろう。
プロとして、野球人として、人間として心から畏敬の念を感じる。
そして、彼のプレーを観る世代に生まれたことを感謝する。
私はこの試合は観戦できなかったのだが、スコアボードに彼の名前が告げられなかったことを現場にいた人は、どのような心境でそれを見守ったのだろうか。
おそらく、勝負云々を超越した気持ちに苛まれたに違いない。
大阪では、号外も配られたそうだ。
自ら身を引く勇気と潔さ
でも、自らの引き際を自分で悟り、自ら英断を下したのも彼らしくて潔くてかっこよかった。
もう彼は、ひとりの人としての領域を超越している。
首脳陣はメンバー表を提出する最後まで彼を説得にあたったらしい。
でも、彼はチームに迷惑をかける状況で自分の記録を更新することを良しとしなかった。
自分の道は自分で決める。
あのカル・リプケンも自らの意思で記録に終止符を打った。
その潔さに“鉄人”という概念を超えて、“哀愁”や“男気”のようなものを感じてならない。
生きるか死ぬかの世界に怪我という言い訳はない。まるで武士のようだ
思えば長く長く、険しい道のりだったことだろう。
凡人の私では理解しがたい努力と苦悩の連続だったに違いない。
左手こうの骨を折っても、片腕で野球を続けた。
「肉離れや捻挫は怪我とは言わない」という名言も記憶に新しい。
そして、彼はただ試合に出続けただけの選手ではない。
結果も記録も記憶も、すべての面において文句のつけようがない。
ただ出続けたわけじゃない
私にとって印象的なのは、彼の全力プレーを怠らない姿勢である。
ただ単にチンタラプレーをして成し遂げられた記録ではない。
特に印象的なのは、彼の走る姿である。
彼のようなベテランプレーヤーやホームランバッターというものは、凡打を打つと一塁まで軽く走る。
ただ、彼はチャンスがある限りは、一塁まで全力疾走を怠らない姿勢の持ち主だ。
守備でも集中力をとぎらさず、走塁でもひとつ前の塁を奪う気概、そして文句のつけようがないバッティング。
その3拍子すべてを兼ね備えてのこの記録は、ただの1492という数字だけの概念に収まらない。
ひとつでも欠けていたら、その快挙は雲がかったのもになるだろうし、全力プレーという姿勢がなければ、その意味は半減してしまう。
ただ、彼はそのすべてを満たしての大記録を果たしたのである。
全力を継続する力
私の中で彼の忘れられない言葉がある。
「オフシーズンなんてものはないんですよ」と。
単なる
365日中の144試合ではない。
彼は365日がプロなのである。
今の時代サラリーマンも公務員も首相にだって休みはある。
だが、彼は365日をしかも10年以上休みなく闘い続けたのである。
試合に出続けたらから“鉄人”ではない。
怪我に打ち勝ったから“鉄人”ではない。
と、私は彼に関して思う。
絶え間ない闘いをいっときも切らさず、プロであり続ける姿勢こそが“鉄人”である所以である。
簡単に言ってしまえば(という言い回しが失礼だが)、その生き様が“鉄人”だと思う。
だから、野球ファンに限らず、アスリートも一般人も彼に惹かれるのではないだろうか。
彼のモチベーションはあって然るべきもの
今回自ら身を引いたのは走・攻・守のひとつが、怪我で欠けてしまったことはいうまでもない。
ひとつでも、チームの足を引っ張る要素があるのであれば、身を引く。
これは、彼にとっては至極当然の話だったのかもしれない。
そして彼は、きちんと実行に移した。
誰もそれを望んでいないことを解かっていながらも……
今回の記録が途絶えたことで彼のモチベーションを心配する声もある。
私はそうは思わない。
だって、彼はプロ中のプロなのだから。
肩の傷が癒えるまでは、ベンチから代打要員として使われることになるだろう。
正直、彼が守備中にベンチに座っている姿は観たくない。
ただ、本人はもう切り替えていることだろう。
そして、連続試合出場はこれからも続く(当分は代打ということになるでしょう)。
でも、連続試合出場も彼は「駄目だ」と判断したら潔くまた身を引くのであろう。
それもプロとしての決断だろうから尊重せねば。
ギネスとか小さい問題ではない。彼の功績はもっと偉大だ
今回途絶えた大記録はギネスに申請すると球団発表している。
でも、彼の記録はそんななんでもありのものでは収まらない。
むしろ、申請を却下してほしいくらいだ。
そんなものに載せなくても、今の時代を生きた日本人の記憶にちゃんと刻み込まれているのだから。
闘いこれからも続く。私には彼の終わりは全く見えない
そして、今はまだシーズンが始まったばかりだ。
そして、彼はまだ42歳だ(彼にだけ使える言葉だ)。
彼の闘いはこれからも果てしなく続く。
私は、タイガースファンとしてだけではなく、ひとりの人間として彼の闘いを見守り続けたい。
引退? 想像もつきません。
あと10年は彼の雄姿を見守り続けるんだから。
posted by uzura176 |04:50 |
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2010年04月08日
野球ファンとして、言葉を失うほど無念である
私は大阪生まれ大阪育ちの人間である。
だから、幼いころから虎や牛を追っかけてきたことは言うまでもない。
それでも、この話題に触れないわけにはいかない。
木村拓也氏の突然の死去。
あまりにも早過ぎる……
心からご冥福をお祈りしたいと思います。
彼の現役時代に思いをはせる
虎ファンにとって、彼はずっと嫌らしく、そして羨ましい存在であった。
日本一のユーティリティプレーヤー。
そんな代名詞が彼にはピッタリだった。
昨シーズン、ジャイアンツで急造の捕手を務めたのは記憶に新しい。
実は、高校時代は俊足・強肩の捕手でならしていたらしい。
なんでも、投手以外のポジションをプロ生活の間にすべて守ったという。
これは、野球経験者(私もそうだが)にとって、口にするほど簡単なことではない。
内野、外野の違いはもちろん、センターラインから左右変わるだけでも、景色や打球はすべて変わってくる。
それがプロ野球で生き残るための策だったとはいえ、とてつもない努力を積み重ねたことが窺える。
ましてや、捕手などは特殊中の特殊なポジション。
体の小さいハンデを乗り越え、しかも常勝ジャイアンツで生き残るには想像を絶する葛藤もあったことだろう。
木村拓也選手といえば、ジャイアンツよりもカープの印象が強い。
前田選手や金本選手のようなスター選手に隠れながらも、空くポジションごとにそこへ滑り込み、そして嫌らしい打撃と走塁をもみせる。
野球はひとりではできないということを、嫌というほど示してくれた。
事実、ドラフト外で入ったファイターズも含めてもカープ時代の実績やキャリアが燦然と輝く。
2度もお払い箱をくらいながらもしたたかにプロ野球の世界で生き残ってきた。
そこには、彼にしか分からない工夫や鍛錬があったに違いない。
どん底からの日本代表は少年に夢を与えたに違いない
そんな彼も2004年のアテネ五輪の日本代表に選ばれている。
スター揃いの中で、その潤滑油的な役割をこなし、誰かがアクシデントに陥ろうと準備を怠っていなかったことを今でも思い出す。
結果は銅メダルと不本意なものだったかもしれないが、彼の役割は見ているこちらが思うよりもチームにとっては重要な存在だったに違いない。
彼の去り際は潔く、そしてかっこよかった
昨年、チームが日本一に輝くの見届けてからから、突然の引退を発表した。
若手が台頭し、ポジションが次々と埋まっていくのを見て、「もう、自分の居場所はない」と悟ったのかもしれない。
いや、ドラフト外からここまで数々の苦汁を味わいながらも、プロの世界で生き残り続けた自分に納得したというほうが正しい。
プロ野球の世界は、素人の私たちが思う何倍もシビアで厳しい世界である。
彼のような選手は、1年1年が勝負の年である。
そこで20年近く闘い続けてきた自分を讃えるような気持ちだからこそ、潔く身を引けたのではないだろうか。
そして、ジャイアンツで守備・走塁コーチの就任。
引退したとはいえ、第2の野球人生が彼には待っていた。
これは、長らくギリギリの世界で生き残ってきた彼への野球の神様からのご褒美だ。
引退して、ユニホームを着られる選手は、ほんの数握りの限られた者だけなのだから。
そんな順風満帆とも言える彼の人生にも残酷な結果が待っていた。
本当に人生とはわからないものである。
多くの努力が報われてきた彼に、こんな辛い最期が待っていたなんて……
昨日の伝統の1戦は複雑な気持ちで観ていた
昨日ジャイアンツはライバル・タイガースと甲子園で戦っていた。
その選手たちの目は、なにか決意めいたものを感じた。
ペナントレースのただの1試合ではないという覚悟が見えた。
我がタイガースが負けたにもかかわらず、私にはなんの悔しさもわかなかった。
木村氏の逝去を背負ったジャイアンツナインには、甲子園という大ホームも意味を成さなかった。
それだけ、昨日のジャイアンツ選手は悲壮感と覚悟があった。
もし、タイガースがジャイアンツに勝っても私は複雑な気分の勝利だったような気がする。
初めてだった。
ジャイアンツの背中を何か目に見えない力が押しているように感じたのは。
やっぱり早過ぎる、惜しくてなりません
最後に、木村拓也氏の急逝、本当に無念で悔しくてなりません。
1プロ野球ファンとして。
しつこいようですが、ご冥福をもう1度お祈りしたい。
木村拓也氏のプロでの生き様を多くの若手選手に見習ってほしい
今、プロ野球には木村拓也氏が現役時代のときのように、レギュラー当落線上をさまよっている選手は多い。
そういう選手たちは木村拓也氏から得るものは多いだろう。
第2の木村拓也が出てくるかを楽しみにしながら、今年のペナントレースを見守ろう。
posted by uzura176 |17:07 |
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2009年12月10日
このタイミングというのも彼らしいのかもしれない
タイガースファンならずとも、衝撃的なニュースではなかっただろうか。
“レッドスター”こと、赤星憲弘選手の現役引退報道。
虎党の私にとっては、寂しさを通り越して放心状態になってしまいました。
首の怪我を押して出場していたことは、ファンにとっては周知の事実のだが、まさかここまでの重傷だったとは……
当初は頚椎のヘルニアということだったのだが、実は「中心性脊髄損傷」というアスリートでなくとも、大変な怪我だった。
小さい体ながらファイターでもあった赤星選手でさえ、現役を諦めなければならない状況。
それでも、発表がこの時期までずれこんだことが、彼にまだ闘志があった証拠ではないだろうか。
本来であれば、引退試合やセレモニーを行われてもおかしくない、ファンにとっては“小さい巨人”である。
彼のプレーに生きがいを求めていたファンも多いのではないだろうか。
それだけ彼は偉大な選手であった。
5回の盗塁王、俊足を活かした広範囲の守備範囲、そしてゴールデングラブ賞。
たった9年の現役生活にもかかわらず毎年当り前のように記録を積み重ねた。
ただ、私にとっては記録より記憶の方が鮮烈だった。
入団当初生で彼を観たことがあるのだが、とてもプロ野球選手やアスリートとは思えない体の小ささ、そして線の細さ。
玄人ぶっていた私は、2軍で何年間がんばって、プロの壁にぶち当たりその現役生活をひっそり終えていくのだろうと感じていた。
だが、蓋を開けてみると、1年目からセンターの定位置を奪い、そして新人王、盗塁王を獲得した。
私の眼は、節穴だったということだ。
でもそれだけ、彼は他の選手に囲まれるとまるで子供のような小ささであったことを昨日のことのように思い出す。
体の小ささをハンデに、そして言い訳にしなかった男
今年22年間の現役生活を終えた立浪選手にも言えることだが、体の小ささを言い訳にしない選手というのは、本当にハートが強い選手でなければならない。
格闘技のように階級が分かれていないスポーツでは、体がものをいう。
それは、“草”がつくとはいえバスケットボールをしている私は痛感している。
たった5cmの身長、5キロの体重の差がどれだけ大きな差になるか。
そんな中でも闘い抜いた赤星選手は正しく心のファイターであった。
彼が残した功績はプロ野球にとどまらない
彼が盗塁の概念を変えたと言っても過言ではない。
甲子園では彼が出塁すると、空気が変わる。
球場全体が彼の動きに釘づけになる。
“走れ”コール”などという、選手にとってはありがた迷惑なコールさえあった。
そんな中でも、彼はその期待に違わぬ俊足披露した。
野球は本来、投手と打者の1対1の戦いに醍醐味がある。
守備の選手や走者はあくまでもおまけである。
その概念さえ崩してしまったのが彼である。
ファンの方も1度は観た時があるだろう。
彼が1塁ベース上にいるとき、カメラアングルが3塁方向から投手と走者赤星の駆け引きに専念されていたシーンを。
昔から、足の速い選手が走者に出るとたまに使われていたが、赤星選手が出てきて以来、そのカメラアングルはテレビ中継では当たり前の光景になった。
彼は、野球界に一石を投じただけではなく、野球中継の在り方さえも変えてしまった稀有な選手である。
こういう男気があってもいい
それにしても彼の引き際は潔くて、かっこいい。
名プレーヤーたるもの、引退は早めに発表し、引退試合や引退セレモニーでその舞台を作ることが常識になりつつある。
もちろん、彼も実動9年とはいえそこまでの領域に達している選手でもある。
そんな彼が、日本シリーズも終わり、各選手が契約更改を始める、引退を発表するというのは、何か男の美学、潔い引き際を感じさせる。
会見でも、涙さえ見せず、たんたんとその野球人生を振り返り、引退を決断した経緯を語る。
考え方によってはドライ過ぎるように感じるが、それが彼のやり方であり、生き方なのであろう。
私はその姿に、昨今忘れられていた、日本男児の美学のようなものを感じてならない。
彼は、しっとりとフィールドから去った。
でも、ファンの心にはあの迅雷の問うような盗塁、そしてセンターフィールドを躍動する彼の姿ずっと心の中に生き続けることだろう。
野球という枠に収まらない、これからの人生を期待したい
彼は現役時代、盗塁をひとつ決めるごとに、車いすを寄付するという慈善事業をしていた。
現役を引退した今、それはもうできなくなる。
ただ、彼の人柄的にもお金だけではない、人の役に立つ行いを続けていくような気がする。
本来は、野球を引退した選手は、“野球界に恩返しをしたい”とか“野球界に残りたい”という言葉を残す。
至極当然の話である。
野球が彼らの礎であり、野球が人生のすべてだったのだから。
でも、赤星選手には野球というフィールドに固執しなくとも、世間を動かす人望や人柄、そして人徳がある。
どんな、舞台でもよい。
彼のこれからの活躍を願わずにはいられない。
ちなみにJR東京時代に運転士の免許も取得しているそう。
これも、堅実な彼らしいエピソードなのではないでしょうか。
そして最後に、本当にお疲れさまでした。
私には“9年しか”とは到底思えない。
常に100%の力で走り抜いた彼には“9年も”と思っている。
赤い星はこれからも色褪せることはない。
posted by uzura176 |13:35 |
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2009年10月26日
涙するほどの葛藤と戦っただけでも充分やないか
菊池雄星投手(花巻東)は、日本でのプレーを選んだ。
18歳にして、人生を大きく分岐する選択を彼自身がしたのであれば、それは尊重されるべきだし、その英断に私は心から敬意を表したい。
会見で涙するほどだから多くの葛藤に苛まれたに違いない。
まだ何も決まっていないが、1野球ファンとして“御苦労さま”と声をかけてあげたい。
彼の人生は彼が決めたらいい
世間の注目は、メジャーかプロ野球かの選択であったことは今さらながら言うまでもない。
でも念のため確認しておきたい。
ネット上でもアンケートで討論されていたが、皆好き勝手言っていた(このテーマで書く私もそのひとりなのかもしれないが)。
やれ“メジャーは甘くない(通用しない)”、やれ“日本のプロ野球で観てみたい”、やれ“経験をつんでからでも遅くない”などなど。
もちろん、報道の自由はあって然るべきだろうし、ファンの声も大事だと思う。
ただ、18歳の青年が苦悩している時に、周りからガヤガヤ言うのもいかがなものかとも思わないでもなかった。
個人的には、本人の意見や考えが反映されればそれに越したことはないと考えている。
それが、メジャーであろうと、プロ野球であろうとも。
比較しようがないくらい、かけ離れた世界なのかもしれない
でも、私はこの2つを選択すること自体、非常に難解なことだと思う。
唯一の共通点は“ベースボール”というところだけであって、国も違えば、レベルも違う。
ルールも道具も微妙にズレがあるし、組織としてのシステムも大幅に違う。
もっと言えば、お金のあり方も全然違う。
結局のところ、ひとつのポイント焦点を合わせて討論するしかないのだろうが、Aはメジャーの方がよくても、Bはプロ野球の方が秀でているなんてことになるから話はさらにややこしくなる。
どちらでやるにしても一筋縄ではいかないだろう。
もちろん、生まれ育った国でやるという選択が無難と言えばそれまでなのだが。
彼の投げかけによって多くのことに気付かなければならないはずだ
今回、彼の動向には当然注目していたのだが、彼や昨年の田澤投手によって多くの問題定義がされた。
これはあまり議論にはのぼらないのだが、私がもっともその歪なシステムに気付かされたのは、ドラフトの在り方。
菊池投手は、日本でのプレーを望んだ場合“チームは問わない”ということが大前的であったことは報道でもなされていた。
だから、日本orアメリカという単純な図式になったのだと思う。
でも、よくよく考えてみれば、もしメジャーを選んだ場合は、彼にオファーを出す複数のチームから、彼自身がチームを選ぶことができるのだ。
一方、日本を選んだ場合、複数チームに指名され(巷では8~10球団が競合するらしい)クジ引きで彼の所属するチームが決まる。
これだけでも大きな違いがあると私は思う。
一方は、複数チームから出された条件を提示され、自らが選択することができる。
他方は、クジという安易な方法でその行く末を決められてしまうのだから。
誰も言わない理不尽なクジ引きというシステム
これは何年も前から感じていたのだが、才能と努力によって秀でた能力を持つ人間の人生をクジで決めてしまって本当にいいものなのだろうか。
しかも、当事者が引くならまだしも、第三者(見ず知らずの大人)たちが勝手にしてしまってええの?
今メジャーで活躍する松坂投手や松井投手もドラフト重複しクジによってその進路が決められた。
野茂投手は8球団ものチームが競合し、今は無き近鉄バッファローズに指名権が渡った。
清原選手なんて、ある意味どれもハズレだった(説明は不要だと思います)。
結果、ここで挙げた選手たちは、そのチームに入れて結果オーライの選手たちだ。
しかし、このクジによって野球人生があらぬ方へ向かった選手も、実は多くいるのではないだろうか。
それは結果論だから、いちいち“あの時のクジがなぁ……”なんてことはないのだろうが。
いずれにせよ、将来を嘱望される若者の人生を大人たちのクジ引きで決めてしまうのには、どうも抵抗がある。
アメリカの人たちは、日本のプロ野球がこういうドラフトのシステムで行っていることを知っているのだろうか。
もし、知っているならこれをどういう風に受け止めているのだろうか。
菊池投手の日本かメジャーも大事なアンケートなのだろうが、アメリカで“日本のドラフトのシステムをどう思いますか?”というアンケートもしてほしいものである。
傲慢なお国だから「よその国のことは知ったこっちゃない!」と一喝されてしまいそうだが……
勉強不足でお恥ずかしいのだが、MLBはドラフト制度自体があるのだろうか。
あっても、ほとんどの選手が即メジャーではなく、下のクラスから這い上がらないといけないシステムなので、日本のものとは様相が違うのだろう。
日本のドラフト上位選手は、1年目から即戦力として期待されているケースが多いので。
野球ではないが、NBA(バスケットボール)やNFL(アメフト)のドラフトは、完全ウェバー制度が基本である。
しかも、その指名権もトレードの対象になっているので、おそろしくシステムがややこしい。
だが、戦力均衡という観点で言えば、かなり機能しており、どちらのリーグも全チームが実力拮抗しており、スリリングなリーグ戦が毎年展開されている。
日本のプロ野球がドラフトを完全ウェバー制にするか、サッカー界のように完全自由化競争にするかまでは、話が到らないだろうが、もしそのいづれにかにすれば“クジ”という悪しきシステムだけはなくなると思うのだが……
あまり、この“クジ”に関して議論されているところをみたときがないのだが、多くの人はなんとも思っていないのだろうか。
私はずっとずっと違和感を持っている。
このご時世、就活をしなくてもひきてあまたというだけで喜ばしいことのだろうが、だからって“人の人生をクジ引き?”って思う人がもっともっといそうなものだが……
そもそもクライマックスシリーズという名前がサブい
話が飛んでしまうが、プロ野球のクライマックスシリーズにも疑問を呈する意見が多い。
確かに12チーム2リーグ制でプレーオフということだけでも、突っ込みどころ満載なのだが……
しかも、セカンドシリーズは優勝チームに1勝のアドバンテージって。
しかも、全試合優勝チームのホームゲーム。
これってもう、“リーグ戦の優勝チームが日本シリーズに出なきゃ誰も納得しないぞ”ってやり方だと思うんですが……
それこそ、アップセットやスリリングな一発勝負のプレーオフの概念を無視しているような……
でも、一応やらなきゃ儲からないし……って、魂胆が見え見え。
ファンも気付き始めているはずなのに、NPBはこれからもこの強引なやり方をごり押ししていくのでしょうか。
それこそ、こんなプレーオフがあることをアメリカの人らには知られたくない。
英語でなんというかわからないが“そんなんありえへんっ”って関西人ばりに突っ込まれること間違いないだろうから(関西人の私が言うのも変だが)。
そら、こんな馬鹿げたことしてたら、舐められて当然なんですが……
決して野球のレベルは日本が劣っていないと思っているので(それはWBCでも証明されている)余計に中途半端なアメリカの真似ごとをしていることが恥ずかしい。
雄星君、どんなユニホームでも野球がやれる素晴らしさを噛みしめて
アカン、甚だしい脱線はこれくらいにして。
菊池選手はどこでプレーするのだろうか。
私はタイガースを贔屓にしている人間だが、どうせ日本でやるのなら、やっぱり地元のイーグルスで地域の人に愛されながらプレーできるのが、彼の幸せだと感じる。
でもやっぱり答えは“クジ”なんだなぁ……
まぁ、それも承知の上での日本でのプレーを選んだわけだから、どのチームに行っても精一杯やって下さい、としか言いようがない。
目の前の試練をひとつずつ越えていけば、おのずと海の向こうも見えてくるはずだから。
どのチームに行っても、どの国でプレーしても、オッサンは君を応援しとるで、雄星君。
posted by uzura176 |19:23 |
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2009年10月21日
野球が最も熱いシーズンが来た
クライマックスシリーズも佳境に入り、MLBのプレーオフも“これぞ死闘”というゲームが繰り広げられている。
やはり、10月の野球は面白い。
テレビ観戦で追いかけるのに手一杯の状況だ。
書くネタには事欠かないはずなのだが。
上だけじゃなく下も見なければ視野は広がらない
しかしである。
そんな中、私はというと、いつもお世話になっており、師事を仰ぐ方の息子さんの少年野球の観戦に行く。
観戦というほどのものではなく、練習のお手伝いをしに行ったと言う方が正しい。
ボールを持つのもグラウンドに立つのも17年振りということで、少年野球だというのにドキドキとワクワクが入り混じった複雑な気持ちでそのグラウンドに向かった。
集合時間はなんと6時!
まだ辺りは白みがかった明け方。
この時季になると、ジャンパーを羽織っていても肌寒い。
“本当にこんな時間から野球なんて出来るのか”そんな気持ちも同居させながら10分前に現場に入った。
遠くから近付いていくと駆けて行くと、そこにはもう小さな人影が無数浮かび上がってきた。
その無数の人影は、まだ日が昇りきってもいないのに、ノックを受けている。
“おはようございます!”と、この時間にこのでかさの声もないだろうと感じながら、朝一番の挨拶をする。
すると、その子供たちは“誰だこのオッサン?”という表情を浮かべながらも、負けじと大きな声で挨拶を返してくれた。
こんな気持ちいいことはない。
知らない人でも、相手が挨拶をしたら、きちんと返す。
これは、野球界のしきたりというよりも、人間界のルールみたいなものだ。
こんな常識的なことができない大人が増える中、子供たちはなんの違和感もなくできる。
そのことに、感心と共に驚かされた。
ベンチの中には、コーチの方々や親御さんも数人いる。
自分が来た理由と社交辞令的な挨拶をすると、彼らも笑顔で私を迎え入れてくれた。
現場に来るまでの不安はこの時点で吹き飛んだ。
あとは、邪魔にならぬよう、そして子供たちと共に早朝野球を楽しむだけだ。
と、三十路のオッサンが子供たちと混じってやろうとしていることに少し無理を感じながら。
しかもこちらは、ボールの握りも忘れかけているほどのブランクがあるのに。
子供たちがランニングやアップを始めると、私もストレッチをして備える。
キャッチボールが始まったので、子供たちが暴投した時のために球拾いでもしようと、片側の後ろに陣取ったのだが、小学校5、6年の彼らはほとんど暴投など放らない。
普段から高い意識でやっていることが窺える。
中々のレベルだ。
とはいっても、ボールがとんでこないもんだからしょっぱなから手持ちぶさただ……
どこが手伝いなんだと、虚しい気持ちでグローブを抱えているだけになってしまった。
予想だにしなかった事態に……
すると、師事を仰ぐ先生が手招きをして“こっちでキャッチボールをするぞ”というジェスチャーをしている。
“エッ、今日はそんなつもりじゃなくお手伝いのつもりできたのだが……”という気持ちとこのブランクでボールを投げることなんて出来るのかという気持ちで、言われるがままお相手して頂いた。
すると、50代の球とは思えない回転の効いた直球が私のグラブに収まった。
これは、精進してかからんとマズイことになると思いボールを返そうと思ったら、いきなりのアクシデント。
ボールがめちゃ小さい……
いや、よくよく考えると自分が野球をしている頃より、身長は30cm近く伸びているんだ。
ボールが小さいというよりも、握る手がでかくなっていただけなのである。
月日というものは無情なものである。
いきなり私に酷なシュチュエーションを作り出す。
それでも、なんとかキャッチボールを済ませホッと胸をなでおろしていたところ、いきなりコーチが子供たちを二手に分け始めた。
キャッチボールが終わったとたん、紅白戦を始めるようだ。
もう私の出る幕はないかなと思っていたのだが、ボールケースみたいなものを渡されて、ファールでボールがなくなったら、ピッチャーにボールを投げてやってくれとのこと。
昔は、“こんな雑用をなんで俺が”(生意気なくそがきだったもんで)と思ったものだが、今はひとつでも仕事を与えられて少し嬉しい。
居場所がない不安もあるのだろうが、特等席で子供たちの野球を観戦できることを心から楽しんでいるのかもしれない。
子供たちほど素直な生きものはいない
試合形式の練習はそつなく進んで行った。
私はやることもたいしてないので、球拾いと子供たちのプレーに大声で一喜一憂していた。
すると、バッターボックスに向かう子供たちが私に色んなことを訪ねてくる。
大阪弁でガヤガヤさわぐオッサンに関心を持ったようだ。
“大阪の人?”“いったいどっち応援してるの?(みんなに声援を送っていたので)”“すごい筋肉ですね(その彼は私の膝をみていっていたので、それ膝やとツッコンでおきました”“俺にチャンス回ってくるかなぁ”。
うーーん、おもしろい。
正直なところ、私は昔から子供というものが大っ嫌いだったのに。
ひとりひとりみんな聞いてくることが違うし、子供たちとひと括りにしてしまってはいけない。
こんな子供たちにも、もう立派な個性があるのだと。
そして、何より素振りをする目、守備に付く目、キラキラ輝いている。
“自分が野球をしていた頃はこんな楽しくなかったなぁ”なんて思いながら、少し羨ましい気持ちにもなった。
大人が子供に接する難しさ
しかしである。
そんなベースボールを楽しむ彼らの目が曇る時がある。
そう、当たり前のなのだが、コーチに怒られる時、そして指導を受けるとき彼らの目には脅えがうかがえるのだ。
この時ばかりは複雑な気持ちにさせられた。
コーチたちは、子供たちに愛情を込めて指導しているつもりなのであろう。
事実、的をえた指導をされている。
でも、彼らと選手たちのギャップは大きく見えてならなかった。
おそらく、コーチの方々は自分たち学生の頃厳しい指導を受けてこられたのだろう。
しかし、今の子供たちに同じ指導をしてしまっていいものなのだろうか?
しかも、小学生相手にまるで中学生や高校生をしかりつけるように……
もちろん、私は子供たちに助け舟を出すことはできないのだが、複雑な面持ちでその状況を見守っていた。
日本とアメリカ少年野球との違い
一度、アメリカで子供たちに野球を教える日本人の方にお話を聞いた時がある
その話を聞いて、日本の野球の現状の違いに驚かされたものである。
アメリカでは、子供たちに野球を教える際、怒ることはほとんどないそうだ。
野球をやる意義・意味は、野球を楽しむことにあるということを徹底的に伝える。
それが、子供たちの将来につながるということ聞かされた。
先日行った少年野球の子供たちはまさしく野球を楽しんでいた。
だが、大人たちに怒られると何かに怯えるように目が曇る。
これが、日本とアメリカとの決定的な違いなんだと思い知らされる。
大人が悪いとは一概には言えない。
だって、彼らは貴重な仕事の休みを割いて、子供たちに野球を教えることに腐心しているのだから。
ただ、大人と子供の間に大きな壁があるということも変えようのない事実なのであろう。
病み気味のオッサンが子供からもらったもの
なんにせよ、私はひたむきにボールを追いかける子どもたちに元気をもらった。
また機会があれば、足を運びたいとも思うのだが、“またやかましいのが来た”と思われそうでちょっと怖い。
でも、やっぱり行こうと思う。
最後に見た美しい光景
最後に。
練習が終わり、子供たちもコーチたちも散り散りになっていった。
そこに、ひとつの家族がいた。
子供に練習を見学に来たお母さん、そしてコーチをしているお父さん。
その3人が自転車で横並びになりながら帰る後ろ姿は、日本の家族、そして日本の野球が忘れかけていた何かを思い出させてくれるような光景だった。
私はその微笑ましい光景を見えなくなるまでずっと見守った。
自分も子供のころこんな経験をしていたら、今頃は野球を続けていたのかもしれないと感じながら。
日本の野球は、WBCやプロ野球だけではない。
こういう小さな野球を積み重なって今の野球大国があることを忘れないでいたい。
posted by uzura176 |21:06 |
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2009年10月13日
なんとも歯がゆい話だ
野村克也監督と楽天ゴールデンイーグルスの溝は深く、そして更に幅が広くなってしまったようだ。
74歳の日本球界の至宝は、今年ユニホームを脱ぐことが決定的。
“アブさん”も引退してしまうようだし、シーズンが終わりプレーオフに入り盛り上がるはずなのに、なにかどんよりとした雲がプロ野球に立ちこめているような気がしないでもない。
野村監督は、野球界にいて当たり前の存在だと思っていた。
そんな彼に突きつけられた通告は、あまりにも厳しいものだったと言うほかない。
“チームの方針”とはこういうときに使うものでなない
年齢と高年俸、そして既定路線だったということが、解任の理由のようだが、どうも解せない。
なぜなら、本人がまだまだやる気満々なのだから。
しつこいようだが、もう1度言う。74歳である。
世間一般の74歳は、もうとうに隠居生活に入っているというのに、彼のバイタリティーには驚かされるばかりである。
本人としても、あの歳になってもうお金ではない領域にまでいっているような気もするのだが、どうなのだろうか。
あの歳になって、まだまだ野球の奥深さを探究していこうという心意気にチームは答えてくれなかったことが悲しい。
なにより悲しんでいるのは、地元仙台のファンだと思うのだが、チームはそのへんを察しているのだろうか。
なぜ、これだけ話がもつれたかといえば、やはりゴールデンイーグルスの今季の躍進のせいであろう。
岩隈、田中将大という2枚看板がいるとはいえ、あの戦力で激戦パリーグを2位になったことは称賛に値するに違いない。
打線も好調だったとはいえ、ほとんどの選手が他チームをお払い箱になった者や生え抜きの雑草軍団である。
田尾氏が監督を務めたチーム発足元年は、超がつくほどのダントツの最下位。
そういえば彼の解任の時も仙台のファンは暖かかったなぁ(おそらく人柄の柔らかい地域なんでしょうね)。
そこに白羽の矢がたったのは“再生工場”との異名をとる名将野村氏だった。
もちろん、就任1年目は最下位。
でも、そこから地道に這い上がり、4年目の今季それが成就したとも言える。
地元ファンからすれば、たった4年でここまでチーム力を押し上げた野村監督には感謝の気持ちでいっぱいなのではないだろうか。
だって、5年前に今のゴールデンイーグルスの姿を想像できた人はほとんどいなかっただろうから。
結果を残すのがプロ、でも結果を残しても駄目なんか……
チームに好成績をもたらしての解任は異例である。
いつだったか忘れてしまったが、西武ラインオンズの森監督がパリーグを制して、日本シリーズ直前に解任が発表されたことを思い出すが、それ以来なのではないだろうか。
こんな理不尽な結末は誰も望んでいないような気がするのだが。
もし、これを選手たちのモチベーションを上げる為なんて言われてしまうと、ナンセンス極まりないことだ。
監督の来季の動向次第で、気分が変わるような選手は決してプロのアスリートとはいえない。
やる気に充ち溢れているから余計に辛い
なにが悔しいって、本人がやる気じゃなでないですか。
それに見合う結果も残した。
だから、野村さんはかっこええんじゃないですか。
いい意味で野球バカなんじゃないですか。
彼は「ユニホームを着て死にたい」と本気で思っているんじゃですか。
仰木さんとは犬猿の仲だったようだが、その生き様は共通している。
そこに理屈なんてないし、人として男として魅力的なんだ。
これを、ゴチャゴチャとごたくを並べ辞めさすということがまかり通ってしまうこと自体情けない気持ちになる。
それこそ、こんな大人の都合を見せつけられて、子供たちに悪影響を及ぼすのではないか。
なんか虚しくなってきてしまった……
誰か、というかどこかのチームが彼の死に場所をつくってやってほしい。
それが、ゴールデンイーグルスであればそれに越したことはないが、それはもうない。
他の11チーム、いやシダックスの時のように社会人リーグでもいい。
大学野球でも高校野球でもいい(そんな簡単な問題ではないのは承知ですが)。
とにかく、野村監督にユニホームを着させてやってくれ。
いないんだから、あんなにユニホームの似合う74歳は。あんな体型なのに……
時代は変わる。でもそれは過去を蔑ろにすることではない
プロ野球は今、指導者も世代交代の過渡期を迎えているのかもしれない。
長嶋も王も病に倒れ、その2大巨頭の裏街道を走ってきた重鎮も今去ろうとしている。
そして、外国人監督のパイオニアでもあるボビー・バレンタインも、煮え切らない結末で去った。
そして、原監督を代表とする若い指導者が台頭をあらわしてきた。
それはそれで喜ばしい。
でも、本当にそれでいいのだろうか?
野球はその競技のおもしろさは当然のこと、歴史あることにも意義のある競技である。
高齢化社会の星とまでは言わないが、野村さんは多くの野球ファンと老人に勇気を与えてもいるはずである。
別に彼のボヤキを聞きたいわけじゃない。
ただ、純粋に名将がユニホームを着続けることを1ファンとして願っている。
野村さんは自らを“月見草”に例えたが、今や私の中では立派な大きな花であるし、ファンにとってもそうだろう。
ノムさん、いつの日かまたあのネチネチ節をまってます
あぁ、なんか儚くて侘しいなぁ……
こんな時でもサッチーは元気いっぱいなんかな?
野球界の発展と歴史が尊ばれることを願って終わりにしよう。
ノムさん、あえて“お疲れ様”はいいませんよっ!
ホンマ、ゴールデンイーグルスが日本一に昇り詰めたらどないなるんやろ?
posted by uzura176 |07:14 |
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2009年10月10日
虚無感だけが残った、そんなシーズンだった
虎のシーズンが終わった。
虎党の私のシーズンも終わってしまった……
90年代のあれだけ弱いタイガースを知っている私でさえ、今年は不甲斐ない終焉だった。
むしろ、弱小時代が懐かしくすら感じてしまう。
こんな中途半端なチームに成り下がってしまったのはどうしてなのだろう。
永遠のライバルは、その間に着々と“チーム”をつくっていたのに。
21世紀に入ってのタイガースは、成績が良くも悪くも魅力的な存在だった。
それは他のチームのファンも認めてくれるところではないだろうか。
結果は伴わずとも野村監督が土台を築き、星野、岡田体制でその地位を確固たるものにしていたはずだ。
その王朝時代にあぐらをかいてしまったことは否めない。
ベテランがチームを引っ張らざるえない事実、そんな彼らの粋についてこれない若手、そして引っ張っていた存在の彼らの衰え、そしてその穴埋めをするためにお金にものをいわせた強引な補強。
悪循環のスパイラルに陥ってしまったことは、年々落ちていく成績が物語っている。
強い時代しかしらないファンからすれば、よもやのBクラス転落だと思う。
ただ、岡田監督の時代からその兆候は現れていた。
“JFK”というプロ野球の概念を覆すような存在で先発投手は、“完投”という大きな目標を見失っていた。
鉄人のポジションを奪い取ろうという意気込みを感じる若手もいなかった。
勝てるチーム強いチームが魅力的なわけではない
私の主観的な考えなのだが、贔屓のチームが強くなくてもいい。
むしろ、反感びいきの者にとっては弱いくらいで丁度いい。
その方が応援しがいがあるってもんだ。
でも、そこには絶対的な条件がある。
頑張ってほしい、勝ってほしい、いい試合を観たい。
すべてはチームとしての魅力があってこそである。
タイガースの選手を個々でみると、魅力的な選手に溢れているはずだ。
スタジアムも日本一、いや世界一のものだと関西人は自負しているだろう。
しかし、“チーム”という単位であるとその魅力が失せてしまうのだ。
プロ野球を熱心に観ている者ではないので偉そうなことは言えないが、関西育ちの私でさえ、阪神じゃないゲームの方が観ていて面白い。
今年躍進したゴールデンイーグルスやライバルジャイアンツのように。
強い弱いの問題じゃない。
アバウトな言い方になってしまうが、今のタイガースの野球を観ていてもワクワクしないのだ。
極端な言い方をすれば、勝っても心ときめかないという感じだろうか。
皆が全力プレーをする、チームとしての一体感がある、必死が伝わってくる、プロ意識の高さを示すなどなど。
なんでもいい。
金本選手や藤川選手のような華のある個人がなければ、本当に堕落したチームに映りかねない。
強い時期でもダレたプレーをする選手が何人か見受けられた。
でも勝利至上主義やメディアの結果論体質でそれはあまり表立ったものにはならなかった。
私はその頃から、また駄目トラに戻るような気がしてならなかった。
後出しジャンケンのような気がしないでもないが、今年の結果を受けて“やっぱりな……”という気持ちの方が強い。
えてして1年目の監督というのは結果が出ないことが多い。
真弓監督もその例に洩れなかっただけという考え方もあるかもしれない。
でも私は、真弓監督が就任する前からその兆候があったので、問題は根が深いような気がしてならない。
今年1年のポカで済みそうな気がしない。
暗黒の時代に突入しないことを願うしかない。
膿は溜まるもの、それを抜くのには苦痛が伴う
勝てるチームを作るのは難しい。
でも、魅力的なチームを作るのはもっと難しい。
単なる若返りや戦力補強という、上っ面の問題では片づけられない。
チーム、そして球団の真の部分から抜本的改革が必要なのかもしれない。
フロントも首脳陣も選手も明確な答えは出ないだろう。
でも、そういうとき最も頼りになるのはファンであると思う。
本当にファンは勝利だけを求めているのか?
私は何か違うような気がしてならない。
ファンの心の奥底にある声を、耳を研ぎ澄まし聞き、それを実践する。
それは勝つチームを作るより圧倒的に難しいことだ。
でも、関西の雄としてそれをやることは至上命題である。
甲子園球場が泣いているぞ!
私はファンの声を代弁しているつもりは毛頭ないが、結果さえ残してくれればいいんだというファンはそんなにもいないもんじゃないでしょうか。
スワローズには拍手を贈りたい
にしても、3位の座を争ったスワローズはよく踏ん張った。
スターティングメンバーをみれば、ビックネームなんてごく一部。
8月9月に地獄を見たチームは、大抵の場合は蟻地獄にはまったように落ちていく。
でも、チーム一丸で踏みとどまった。
あの団結力、執念のようなものが今季のタイガースに欠けていたものかもしれない。
なんにせよ、スワローズファンに皆さんおめでとうございます。
タイガースとカープ(そういえばここもあの戦力でよく戦った)の分まで2強を苦しめてきて下さい。
今年の秋は例年以上に憂鬱になりそうだ……
私は今季のタイガースを観ていて、なにか物悲しい気持ちになった。
そして、来季からも憂いている。
今、タイガースファンはなにを思うのか。
その辺を聞かせてもらいたいが、タイガースじゃなくてこんなネガティブな内容に終始してしまった私の方がお叱りを受けてしまうのかな……
まぁ、MLBのプレーオフでも楽しみますかな。
posted by uzura176 |05:13 |
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2009年09月24日
ぐうの音も出ないとはこんな時に使うのか
吾輩はトラ党である。
イコール“アンチジャイアンツ”は言うまでもない。
そのジャイアンツが昨日セリーグ優勝を果たした。
本来なら、悔しくて腹立たしくて飯も喉を通らないはずである。
昔の面影すら消えたようなジャイアンツ
なのになんだろう、この清々しさといったらない。
これまでのジャイアンツは、ぶっちぎりで優勝したところで、“所詮、金の力やん”という慣用句で片付けていた。
ドラフトの制度までもひん曲げ、FA権の理念をはなから覆すやり口、それを利用して若い有望選手をかっさらい、各チームのエースと4番をかき集める。
今まで“そんなチームの優勝に価値なんてない”と他の5球団のファンは揶揄してきたはず。
タイガースファンに限らず、他の4球団のファンも同様の気持ちがあるに違いないと思うのだが、どうですか?
少なくとも私は20年以上プロ野球を見守り続けて、ジャイアンツが優勝した時は胸糞悪い想いと、この慣用句で片付け、言い逃れてきた。
だが、今年のジャイアンツの戦いぶりには、非の打ちどころも、そんな不貞腐れた言い逃れさえも許さないものがあった。
今季ほどプロ野球を観なかった年もないのだが(タイガースが不甲斐ないというものあるかもしれないが)、ニュースで観るジャイアンツは、過去何十年さかのぼろうともまた違った野球をしていた。
日替わりのようにヒーローが変わり、ベテランや若手や外国人選手の垣根がないチームだった。
認めざるえないんです
要は、素晴らしいチームだった。
憎たらしいほど強いジャイアンツは、これまで幾度となく観てきた。
しかし、今年のジャイアンツは強いプラス、プロ野球チームの理想型のようなチームだった。
私は今年東京に越して来たが、東京ドーム近くでジャイアンツのユニホーム姿のファンを見る度に、“なんでこんな金満球団を応援できるんだ”という気持ちになっていたことを白状せねば。
そのファンたちに詫びたい。
あなたたちは、あんな魅力的な野球をするチームに心惹かれていたんですね。
純粋な野球ファンとして、その気持ち本当によくわかる。
話を元に戻すが、今年のジャイアンツの魅力は若手選手の躍動感とチームの一体感にあったのではないだろうか。
年俸の安い選手が這い上がり、数億円プレーヤーの座を脅かす。
それに負けじと名声をすでに得ている名選手が、必死の若手に呼応するようにチーム内のレギュラー争いに加わる。
そしてその中に、外国人助っ人が絶妙なスパイスとなってチームの軸をつくる。
そんな選手たちを掌握して、コントロールする首脳陣たち。
その首脳陣は、1軍2軍問わず若い選手を育てあげ、そしてチャンスを与える。
すべてが過去ジャイアンツでは想像もできなかった姿である。
でも、現実としてこれぞ“チーム力”というものを如何なく見せつけたジャイアンツの姿がここにある。
育成選手が始まった頃なんて、ジャイアンツには無縁の話だと思っていたファンも多いのではないでしょうか。
それが今や、もっとも育成選手が花開いたチームであり、その名のごとく“育成”してきたチームであったことを証明した。
今年のジャイアンツにはやってもらわにゃ
いやはや、もう文句のつけようがございません。
見事なチーム、そしてチーム作りである。
それでも、まだ今シーズンが終わったわけではない。
クライマックスシリーズ、日本シリーズが待ち受けている。
以前の私なら、一昨年のようにプレーオフで敗れ去るジャイアンツを期待していただろう。
だが、今年のジャイアンツには負けてもらっては困るという想いがある。
理想のチームと理想の結果を残したチームが、理不尽な負け方をしてしまったら“ペナントレースって何?”ということになりかねない。
スポーツは、いいチームがいい結果をもたらすことが本来の姿であると思う。
そこに理不尽な要素は組み込まれるが、ここまでのチームがあっさりなんてことはあってはならないと思う。
おそらく、一生に一度しか言わないだろうが、“ホンモンの日本一になれ!ジャイアンツ”という気持ちである。
行き場のない私。トラさん…… 頼みまっせ
にしても、我がタイガースは情けないといったらない。
なにも成績が奮わないことを指しているのではない。
そんなもの90年代に嫌というほど観てきたのだから。
そんな万年最下位のチームでも私は、郷土愛というちょっと卑怯な決まり文句で許してきた。
そして支持し続けた。
でも、ここ数年のタイガースときたら、私がもっとも嫌っていた頃のジャイアンツの野球を踏襲しているだけのお粗末なチームに成り下がってしまっている。
ホンマ情けない……
いつから、アラフォートリオがいなければ何もできないチームになってしまったの?
野球は投手からというのなんて、子供でも知っているのに、何故若い投手が全然でてこないの? 育たないの?
もうやめとこう…… 虚しくなるだけだ。
今年のタイガースは、たとえ3位を獲得してプレーオフに進めたとしても(5割以下で日本一の可能性があるシステムにも問題ありなのだが)、応援できない。
かと言って、ジャイアンツを心の中から応援する私なんてありえないだろう。
ということは、プロ野球がもっとも面白い時期に、私は横目でチラチラみることになるのかな?
いや、パリーグもある。
って、いきなりパリーグファンになったら、パリーグを長年応援してきたファンに怒られそうだ。
だからやっぱり、心ここにあらずの状態で見守るしかない。
ジャイアンツを賞賛するのは今年が最後?にはならんやろなぁ……
ジャイアンツ、そしてジャイアンツファンの方々、ホンマにおめでとう。
あんたら強かった。ほんで何回もしつこいけど、ええチームや。
来年のこの時季は、180度違う内容のことを書いていることを願って。
1年でそうなるほど、プロ野球は甘くないんやろなぁ……
posted by uzura176 |08:59 |
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2009年09月19日
ペナントレース終盤真っただ中だが、どうも気持ちが来年に向いてしまう。
虎さんに元気がないことが要因かもしれないが……
今年のタイガースは勝ち負けの前に、なんか心震わせる雰囲気が今年はないのが残念だ。
やっぱり君のことは気になる。そして尊敬もしてしまう。
前回の工藤選手からうって変わって、今回は若者にスポットを当てようと思う。
私なんかがとやかく言わなくても、世間では騒がれまくっているようだが、菊地雄星選手(花巻東)。
46歳にも多くのドラマがあるが、その半分にも満たない18歳にもこれから数えきれないほどのドラマが待っているのだろう。
ファンはそれを何十年と見守っていくことになる。
それがファンにとっての喜びでもあるのだから、彼には早くも多くのものを背負っていることになる。
もちろん彼の出す結論を、世間は固唾をのんで見守っている。
メジャーリーグか?プロ野球か?
彼の決断ひとつで、これからの日本野球界の未来が変わってくると言っても過言ではない。
どちらが正しいわけでもない。
だから、彼には自分と向き合い、納得する答えを出してほしい。
どちらを選んでも君の選択は正しい
当初は、将来メジャー志望でありながらも、まずは日本のプロ野球でという意向をあらわしていた彼が、今本当に五分五分というところまでメジャーに傾きつつある。
どういう心境の変化があったのかはわからないが、自分の未来を真に考える18歳に三十路のオッサンは、感心しきりである。
だって、そうじゃないですか。
皆さん、自分と照らし合わせてみたらどうですか。
18歳で海を渡り、言葉も通じず、文化もまったく違うところへチャレンジしようとする勇気がありますか。
私が18の頃なんて、親のすねをかじり大学に通い、食わせてもらい、実家でヌクヌク暮らすことが当たり前に思っていた大たわけ者であります。
もし、自分が今の彼の立場に置かれたら、多くの人に求められるという嬉しい反面、発狂してしまうような不安に苛まれているに違いない。
そんな自分と彼は今、真に向き合っている。
自分の納得いく答えを周りに振り回されず、自分のペースでじっくり考えてほしい。
彼自身の人生なのだから。
やっぱりオファー殺到。なぜならそんだけの器だから
彼がメジャーを選択肢に入れてからというもの、彼にはメジャー球団が殺到しているらしい。
なんとその数10チーム。
夏の甲子園では、怪我や納得できないピッチングでもあっただろうが、この期待のされようである。
私も春・夏と甲子園まで足を運び生で観てきましたが、やはり凄い匂いとオーラを漂わせていた。
野球経験者とはいえ、投手をしたことのないド素人が言うことだからあまりあてにはならないだろうが、あの球速と角度、そしてあの負けん気の強さは、並みの投手でないことがヒシヒシ伝わってきた。
私が観に行ったときは、初戦の長崎日大に3本の本塁打を浴びるという散々な出来であったにもかかわらず、彼にはそのグラウンドには誰も持ち合わせていない何かがあった。
甲子園のバックネット裏もスカウト陣とおぼしき人たちが、スピードガンをもってごった返していた。
もし、日本でやることになっても5球団以上は競合することになるのだろう。
野茂選手以来の8球団ってのも、ない話ではない。
だって、それくらいの器の選手なのだから。
日本のプロ野球よ。もうみっともない姿をさらすのはよそう
個人的な気持ちとしては…… やめておこう。
どんな選択であれ、彼の考えや意見が絶対なのだから。
ただ、ひとつ危惧することがある。
もし、彼がメジャーへの挑戦を決めると、日本のマスコミやファンは、必ず“流出”という言葉を使いたがるだろう。
しかも、プロ野球への大打撃ということを銘うって。
でも、本当に彼がメジャーに挑戦することが、日本プロ野球の空洞化につながるのだろうか。
最近はめっきりプロ野球を観ることが減ってしまった私だが、たまにテレビで観るプロ野球には熱心なファンが山のように詰めかけている。
特に、パ・リーグファンは、何か賭けているようなものがあるような気がしてならない気迫を感じる。
20年以上プロ野球を見守ってきた者からすれば、信じられない光景であるのだが。
ひとりの逸材がメジャーに挑戦するだけで廃れるようなものであれば、とうにプロ野球なんてなくなってしまっているはずである。
プロ野球機構からすれば、菊地投手に限らず、人材の流出は由々しき事態なのだろうが、本当にプロ野球は選手あってのものと考えているのだろうか。
もし、そうだったら大間違いのような気がしてならない。
ファンや地域によって支えられる、それが本来あるべきプロチームの姿ではないか。
1流選手が本場で力を試したい。
これは至極当然の考えであって、もしそれを止めたいのであれば、プロ野球を世界一のリーグにするしかないのだ。
12チーム以上は増やさない、企業中心の運営方針、といった暗黙の了解があるような世界ではそれも夢の話だが……
田澤選手がメジャーに挑戦する際、プロ野球機構が掲げたルールなんて、ホンマに馬鹿げている。
自分で自分の首を絞めているようなものだ。
あんなアホなことばっかりやっていると、これからもどんどん選手たちがプロ野球という組織に魅力を感じなくなってしまうことは見え見えなのに。
付け焼刃の対策で、流出を防ごうという考え自体が安易である。
しっかりせえよ、プロ野球さんよ。
やっぱり彼はそういう星の下に生まれた
話が逸れまくってしまったが、菊地選手の行く末にはやっぱり大注目である。
プロ野球で野球の厳しさや上下関係を勉強するもよし、現時点で1流でありながらアメリカで底辺からチャレンジするのもよし。
どっちゃでもオッサンは君の決断を尊重するで。
ただ、どちらでも“チャレンジ”“トライ”する精神だけは忘れてほしくない。
“オマエが言うな”と突っ込まれそうだが、彼の良さはその才能だけでなく、才能に溺れないハングリー精神だと思う。
だから、メジャーへの想いも芽生えてきたのではないか。
そこを大事していけば、どんな舞台だろうと、彼は成功すると私は信じている。
にしても、“雄星”ってええ名前やなぁ。
雄星君。カッコエエ名前と丈夫な体を授けてくれた両親に感謝せねば。
って、これも私なんかに言われる筋合いはないのだが……
あっ、そうや、彼はチームや指導者やチームメイトにも恵まれていた。
ホンマええチームだったから、花巻東は。
やっぱ、彼はなんか持っている。
そういう星の下に生まれたんでしょうなぁ。
その強運無駄にするな。
そして、実力でつかみ取れ!
って、俺は星一徹か……
posted by uzura176 |10:48 |
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