2006年08月29日
最近は一緒に練習することがなくなったが、以前は毎週スパーリングをしていた子がいた。彼の名は「ユーリ・ポソコフ」、ウクライナ人である。昨日、K-1札幌大会のビデオをやっと見ることが出来、今年調子の良いピーター・アーツの姿を見てると、いつもユーリを思い出すのである。別に顔が似てるわけではない。ファイトスタイルがK-1チャンピオンになったころのピーター・アーツとだぶるのである。ユーリを見ていて思うのは、試合が始まるまでまったくナーバスになることがないということである。リングに上がる瞬間なんかは嬉しそうな顔をしているかのような表情で上がっていく。前へがんがん出て行く感じはまさに昔のピーター・アーツを彷彿させるものがある。そんな彼のことを ピーター・アーツも将来、楽しみな選手であると言っている。以前、先生がピーター・アーツのゴーサインがでれば日本へ送りたいとも言ってた事がある。ただ今はユーリは大学へ行っており、選手以外の生き方もしっかり決めて人生を歩み始めている。最近は練習も十分に行うことができないだようし、試合にも以前のように出ることがなくなっている。しかし、願わくば日本で試合をすることが出来るような環境をわたしは作ってあげられたらと思うのである。
プロフィール
名前 Yuriy Posokhov
身長 6’ 2”
体重 205
出身地 ウクライナ
生年月日 04/12/87
選手歴 7
主な戦績、タイトルなど USA BA East Coast Champion, PKF American Champion, USKBA American Champion
得意技 Left body kick(左ボディーキック), Right Back kick(右後ろ蹴り)
好きな選手: Andy Hugh, Peter Aerts
1. ムエタイをはじめたきっかけは何ですか?
ムエタイを始めた当初はただ単に何かスポーツをし、ダイエットしたいと思っていたのですが、今では楽しさと自分の向上ためにやっております。
2. 一番印象に残っている試合はどれですか?
14歳のときのマジソンスクエアガーデンでの26歳のハンガリーの選手との試合です。試合は厳しかったですが、自分なりによくやったと思います。そのときの自分の勇姿を誇りに思っています。
3. 日本のK-1についてどうお感じですか?
とても面白く、エキサイティングな競技です。試合、特に日本選手のは最高です。
4. 今後の目標を教えてください。
試合と試合の間の期間にトレーニングをし、将来的にはいい成績で大学を卒業し、今までどうり試合に勝つことを目指しております。
5. 日本人のファンの方に一言メッセージをお願いします。
ファンはファイターをサポートしてくれる重要な存在です。ファンのおかげでリングの上でもがんばれるので、感謝したいと思います。われわれ選手とファンの皆さんでムエタイを世界一の格闘技にしましょう。
posted by ケン伊藤 |14:09 |
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2006年08月28日
そういえば、わたしが所属しているジムについてはいままで触れてこなかった。このブログを書きはじめた当初、丁度関わっていた試合の取材やら、自分の紹介などで、書くタイミングを逃していたのだが、ひと段落したところで是非私の先生を紹介したいと思う。
< 私の先生、ブラディミア・ボロディンについて >
彼はロシア出身で7歳からマーシャルアーツを始める。15歳にはソ連で国内ジュニアチャンピオンになる。18歳でソ連のアーミーチャンピオンに。その後USSR世界チャンピオンとなる。1984年から1991年までオランダはドージョーチャクリキにてトム・ハーリックとともに選手育成に励む。そのときの教え子のなかには、K-1初代チャンピオン”ブランコ・シカティック”そして我が先生のことを慕っている”ピーター・アーツ”がいる。ピーター・アーツとは今でも親交があり、ときどき連絡を取っているようだ。そんな先生はよくドミニカ共和国へバケーションへ出かける。いつも決まって一週間ほどいっては帰ってくると、太って帰ってくる。太ることは別に良いのだが、わたしとの練習のときにいつになくインターバルが多くなるのだ。休憩が多くなるのはいいのだが、ちょっと複雑である。子供が二人いるのだが女の子の名前は”リーザ”男の子は”ダニエル”。このリーザというのが先生に顔も似てるが、性格にそっくりではないかと思う。この子を見てると格闘家になったらいいのにといつも思う。一方、息子の方はおとなしい感じの子で、去年一緒に練習したことがあるのだが、先生も息子にはかなりあまくずい分おだてながら教えていたようだ。そんな先生だが、わたしを含め先生の教えを信じこのジムの選手はみな世界を目指している。そんなジムのことをまたの機会に書きたいと思う。先生のこともまだまだいっぱいあるのだが、今日はこれまで。
posted by ケン伊藤 |13:32 |
先生 |
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2006年08月25日
まだ2ヶ月も先の話だが、試合に出ることが決まった。まあ、正式にエントリーするのはもう少しあとだが、今は試合に出る喜びが強く練習が楽しい。このバトル・オブ・ブルックリンには昨年も出場した。スコットランドの選手との試合であったが判定で負けてしまった。だからどうしてもリベンジマッチをしたいと願っていた。まだ対戦相手が決まったわけではないが、スコットランドから選手が来てくれるのなら願ってもない。今はとりあえずは試合に向けての調整に集中していきたい。ところで、前回のときのメインイベントはうちのジムのホープであるディーマ・シルガノフがタイトルマッチを行い、ナショナルチャンピオンに輝いた。いつも一緒に練習をしてたから彼の活躍は自分のことのようにうれしい。そんな彼の写真も載せておこう。次回はイケメンファイター特集でもやってみよう。
posted by ケン伊藤 |14:25 |
ケン伊藤 |
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2006年08月23日
今までこの手の試合で日本人の観客をみかけることがほどんどなかったのだが、日系コミュニティーで少しずつだが試合の告知などおこなってきたこともあって実際に足を運んでいただいた方がいるのはとてもありがたい。このように日本人の観客で会場が埋められ日を夢見てがんばろうと思う。

posted by ケン伊藤 |03:59 |
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2006年08月23日
リングアナウンサーとして登場してきたのは、黒い空手着を着た男である。彼の名は”ジョナス・ニュネーツ”ジョナスとは何度も面識がある。最初はウェブスターホール(料理の鉄人の会場にもなっている)での試合の時、やはりリングアナウンサーをしていた。その次はわたしの試合のジャッジとして。あるときはマーシャルアーツ専門業者”HONDA”で偶然あったり。彼はニュージャージーの道場で師範をしている。もちろん教えているのは空手とフルコンタクトキックボクシング。そしてあのモンゴリアンファイターとのつながりをもっている。いつもの軽快なトークから始まり、選手のコールがおこなわれる。そして・・・・
次回へ続く。

posted by ケン伊藤 |03:21 |
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