2007年11月30日
アメリカのアトランタで行われている、短水路全米選手権の初日、マイケル・フェルプスが200m200ヤード(約183m)個人メドレーに出場。ライバルのライアン・ロックティーとの一騎打ちが予想されたが、ロックティーが自身の持つ全米記録を更新する1分40秒08で圧勝。
バタフライではフェルプスがわずかに先着したものの、ロックティーは得意のバックでフェルプスにリードすると、平泳ぎでその差をさらに広げ、最後までフェルプスを寄せ付けず、優勝を飾った。
敗れたフェルプスは「自分のレースをした」と淡々とした表情。10月下旬に不注意で手首を怪我し、しばらくプールから遠ざかったのも影響したようだ。
posted by Oikawa |12:28 |
北京五輪 |
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2007年11月30日
来年の北京五輪へ向け、アメリカの選手たちも冬季練習を開始した。
世界陸上で女子100mで優勝したヴェロニカ・キャンベルは、大学時代の同級生でチームメイトでもあるブラウンと11月の上旬に故郷のジャマイカで結婚。練習拠点もアーカンソーからフロリダへ移した。また、アーカンソー大学で同じくブラウマンコーチに師事していた400mハードル(世界陸上ファイナル進出)のデリク・ウィリアムスもシーズンを終えると同時にコーチ探しに奔走し、キャンベル同様、ブラウマンコーチに再び指導を受ける決意をしフロリダへ。
一方、200m銅メダルのスペアモンは家族のいるアーカンソー残留。コーチも変更。アメリカ一厳しいのでは?と思われるコーチを迎え、北京で金メダルを目指す。
上記の3人と練習していたタイソン・ゲイだけがまだ未定の状態。タイソンは世界陸上のあと、疲労によるバーンアウトのような状態になっていたので、まだ北京へ向けて、自分がどこで、誰と練習すべきか決めかねている様子だ。最も、IAAFの表彰式などもあり、ほかの選手と比べると、ゆっくりと考える時間もないのだから、仕方のないところか。
とはいえ、北京への戦いはすでに始まっている。タイソンがどんな決断をするのか、気になるところだ。
posted by Oikawa |08:20 |
北京五輪 |
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2007年11月08日
9ヵ月になったばかりの愛娘アイラちゃんの応援を背に、ラドクリフがニューヨークを駆け抜け、見事に復帰マラソンで優勝した。北京で日本勢のライバルの一人になることは間違いない。
詳細は、スポナビのコラムをお読みください。
posted by Oikawa |21:16 |
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2007年11月04日
ニューヨークシティマラソンの前日、ニューヨークではアメリカ男子マラソンのオリンピック選考会が行われた。これまでは、2月頃に単独で選考レースが行われていたが、今年からアメリカを代表するマラソンレースの前日に選考会を開催することに。ちなみに女子は4月のボストンマラソンの前日に行われる。
優勝したのは、マラソンがこれで2レース目となったライアン・ホール(25才)。27キロからスパートしそのまま独走し、2時間9分02秒の好タイムでで北京行きを決めた。アップダウンが激しく、リズムのつかみにくいセントラルパークのコースで、2時間10分をきったのは大いに評価できる。北京では日本選手の強敵になるかもしれない。2位にはデーサン・リッツェンハイン、3位にはブライアン・セルが入り、元世界最高記録保持者のハリド・ハヌーシは4位に終わった。
悲しいニュースが会見場に走ったのは、北京行きを決めた3選手の喜びの記者会見も終わりに近づいた頃だった。ブライアン・セルが「オリンピックをずっと夢見ていたので、本当にうれしい、人生で最高の瞬間だ。生まれたばかりの娘のおかげ」と男泣きにくれたわずか後のことだ。
記者の一人が「ライアン・シェイが棄権したが、仲間としてどう思うか」という質問に、ニューヨークロードランナーの広報が「その話はここでは辞めよう」と制止したときだった。メディアルームでTVを見ていた記者たちは、ライアン・シェイが9キロ地点で、発作のような症状を起こし、ただならぬ状態で病院に運ばれたこと知っていたが、走っていた3選手はもちろん知らなかったため、その質問に不思議そうな表情に。
3選手を代表し、ライアン・ホールが「レースのためにハードな練習をしてきているので、最後まで走れなかったのは残念…」と無難な答えをしたのも当然のこと。
それから数分後、レースディレクターのマリー・ウィッテンバーグが泣き腫らした表情で会見場に現れ、「ライアン・シェイが先ほど病院で亡くなりました」と声を絞り出すと、3選手は放心状態に陥り、3位のブライアン・セルは泣き崩れた。優勝したライアン・ホールと奥さんは、亡くなったライアン・シェイと夏に結婚したばかりの妻と4人でゴール後に喜びを分かち合う約束をしていたため、しばらくの間、状況が理解できなかったようだ。
アテネ五輪で銀メダルを獲得したメブ・ケフレジキはシェイの練習仲間の一人で、この日も一緒に朝食をとったという。自分が五輪を逃した悔しさよりも、友人を亡くしたショックの方がはるかに大きく、ニュースを聞くと肩を震わせ、シェイについて語っていた。メブだけではなく、多くのトップ選手がコロラドなどで一緒に合宿をし、切磋琢磨しあってきた同士なため、そのショックは計り知れない。
将来ある選手を失ってしまったこと、そしてレース中にこのような痛ましく悲しい出来事が起こったことが残念でならない。
ライアン・シェイ選手のご冥福をお祈りしたい。
posted by Oikawa |14:52 |
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2007年11月03日
日曜日に行われるニューヨークシティマラソンに先立ち、月曜日から毎日、有力選手の記者会見が行われている。金曜日には、車椅子レースに参加する副島、土田の両選手が記者会見に参加した。記者会見では、ボストンやベルリンでのゴールシーンの映像などを含めて紹介が行われた。
副島正純:大分で良くなかったので、モチベーションは下がり気味ですが、せっかく呼んでもらったので楽しみたい。選手層も高いし、レベルが高く厳しいレースになると思う。(そういったレースで)どれくらいできるか確認したい。全部出し切って楽しめれば。トップで戻ってきたいし、新記録も狙っている。
土田和歌子:ニューヨークは初めてなのでコースが分からないので、不利だと思うけれど、今の自分の力が世界でどれくらい通用するのか。上位を目指したいと思う。(大分に続き2週連続のレースとなるが)タフな事だと思うけれど、チャレンジした選手がいるので、自分もできると思う。
車椅子ランナーは、ほかのランナーよりも一足先にスタートする。世界各国から37000人ものランナーが走るレースで、日本人ランナーがトップで戻ってくるのを見られるか。
posted by Oikawa |05:43 |
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