2009年11月22日
「パンクラスを知る」 ■ 平田
「パンクラス15年の奇跡」というビデオを見ました。
パンクラスに関して私の知識は、朝プロライターのYoshiさんと
飲みに行ったときに、いろいろと教えていただいたくらいで、
冨宅選手を泉州力選手の興行で見た事がある程度であります。
ダイジェストで数々の試合を見ての感想は、どんどんスケールが
小さくなって行くという印象でした。
最初はシャムロックというすごい存在がいたんだな、
船木と鈴木は一回しかやらなかったんだという感慨、
山田学って誰なんだろう?ライガー?なんて考えながら
楽しく見ておりました。
しかし、近藤が台頭するなどいろいろドラマがありつつ、
最後に北岡ら新鋭が登場してきても、熱が伝わってきませんでした。
ダイジェストだから仕方ないかもしれませんが、船木がヒクソン
グレイシーに敗れて引退したところからおかしくなったのでしょう。
この事変以降では新日からライガー、飯塚、矢野が登場して新日勢が
全敗したことくらいが興味深い事件でした。
この全敗が鈴木を新日のリングに引きずり上げるための策だったの
かなあと、裏事情を勝手に想像して楽しみました。
同じような現象が今の総合格闘技に現れてきております。
階級制です。これはつまらない。スポーツ化する意味がわかりません。
レスリング、柔道、ボクシング、空手、テコンドー数々の階級制を
有するスポーツが存在する中で、コンスタントにテレビで放映されて
おもしろいものがどれほどあるでしょうか。
万人に受けるようなショーを期待する一般人にとって、階級は無差別級
=ヘビー級しかないというのが私の持論です。
プロレスではジュニアヘビー級がありますが、これはスピーディーな
試合展開を魅せるためであるでしょう。
プロレスにおけるヘビー級は実際には無差別級として機能しており、
丸藤や小川がGHCを戴冠したノアのような団体が人気を得ました。
新日のリングでもジュニアヘビーのレスラーがヘビー級のレスラーと
対戦したり、タッグマッチで混じって戦ったりすることがエンター
テイメント性を高めていると考えます。
橋本対ライガーのIWGP戦も許容された過去があります。
現代の総合格闘技はパンクラス等の歴史を学んで、階級制を廃すべきである。
ミノワマンがサップ、ホンマンを倒したことこそ階級制の意味の
なさを如実に表している。
本当に面白いショーが観られる時代の到来を期待します。
魔裟斗の引退戦の相手も
K-1ヘビー級王者でよいのです。
posted by upro |10:44 |
平田 |
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2009年11月22日
「リアリティー」 / 大鉄
あくまでも私個人の価値観ではあるが、プロレスにおいて一番重要な事は
リアリティーだと思う。
必ずしもリアルである必要はないが、リアリティーはなくてはならない。
リング上の試合に限って言えば、リアリティーとは説得力のことだと
言い換えても良い。例えば技の威力にしても、実際にどれだけのダメージ
を与えたかよりも、観客にどれだけダメージが伝わったかの方が重要だ。
だからレスラーは体が大きい方が良い。
単純な張り手でも、体の大きなレスラーがやると一般人とは明らかに違う
説得力がある。
で、今一番リアリティーを欠いているプロレスラーは中邑真輔だろう。
「ボマイエ」の説得力の無さについては前回述べた。打撃系の格闘技として
見れば、ただの膝蹴りで試合が決まっても不思議はない、という反論もある
かもしれないが、そうすると今度は、毎回同じ技で試合が決まることの
リアリティーが問題となるはずだ。
どう見ても「バック転補助の失敗」にしか見えないリバースパワースラム
の説得力など言うまでもないだろう。
それ以上に問題なのは、いわゆる「猪木問題」だ。
既に引退している猪木との対戦自体、全くリアリティーが無い。
長州力を電流爆破に引っ張り出した大仁田厚とは次元が違う。
当事、引退していたとはいえ、長州力は「そこ」にいた。
今、猪木は「そこ」にはいないのだ。
大体、中邑の言う「ストロングスタイル」とやらは、10年以上前に
引退している、66歳の元プロレスラーと戦うためのものなのか?
現役のIWGP王者が、闘魂ビンタをもらって喜んでいる素人と同じレベル
に見られかねないぞ。
「IWGPの輝きを取り戻すため」というのも話が見えない。
そもそも、現在の猪木はIWGP王者を名乗っている訳でもなければ、初代
IWGPのベルトを持って登場してくるわけでもない。初代だろうが現在の
物だろうが、世間一般のIWGPの認知度など、猪木個人の認知度に遠く
及ばない。仮に今、猪木と対戦して勝利できたとしても、世間一般から
見たら、タッキーの二番煎じ程度にしかならない恐れすらある。
猪木と対戦して倒せば、その認知度を奪い取れるなどという、単純で
甘いものではないのだ。初代IWGPのベルトではなく、「元気ですか!」
と「イチ、ニ、サン、ダァー!」を賭けたほうが、対世間としてはむしろ
効果が高いはずだ。
これまでの中邑の言動の端々には「プロレスだからこんなもんで良い
だろう」という意識が見え隠れしているように思えてしまう。
驚くことに、そんな中邑であっても支持するファンが少なからずいる。
きっと、私のようにプロレスにリアリティーを求めるファンは少数派
になってしまったのだろう。多くのファンはプロレスにリアリティー
など求めておらず、だから中邑のようなリアリティーを欠くレスラー
も平気で認めることが出来るのだろう。
中邑自身プロレスファンであったことは有名な話だが、そのころから
既に、ファンはプロレスにリアリティーを求めていなかったのかも
しれない。少なくとも、中邑自身はそういうタイプのファンだった
はずだ。
しかし、もし本当に中邑の言うように、
初代IWGPのベルトの方が
現在のものよりも輝いていたのだとすれば、
それはその時代のプロレスの方が
リアリティーがあったからに違いない。
中邑が本当にするべきことは、猪木との対戦などではなく、
自分自身でもっとリアリティーのある戦いを繰り広げることのはずだ。
「どうせプロレスはこんなもんだ」と思われている限り、
ベルトが輝きを増すことなどありえない。
そして、我々ファンが出来ることは、今の中邑のようなレスラーを
易々とは認めないことだ。
プロレスは決して「こんなもの」ではないはずだ。
しかし、選手やファンがそういう意識でいれば、必然的に「そんなもの」
になっていく。プロレスごときに本気になるのは、今の時代では格好悪い
事なのかもしれない。しかし、上辺だけの格好良さを求めるのであれば、
何もプロレスである必要は無い。選手もファンも本気で向かい合わなくては、
日々の地味な鍛錬と肉体の酷使を必要とするプロレスのようなジャンルは
割が合わないと思うのだが。
せっかくリアルな肉体を使って戦っているのに、バーチャルな物にしか
見られないのでは意味が無い。だったら、本当にバーチャルな物の方が
良い物が出来てしまう。プロレスファンは、プロレスをリアルな戦いと
して観るべきだ。そして、リアリティーが足りない選手に対しては厳しい
態度で臨まなくてはならない。訳知り顔で、物わかりの良いファンを
気取っても、本気で楽しめないのであればせっかくのプロレスが勿体無い。
中邑もファンも、最も猪木から自分のものにしなければならないのは、
「馬鹿になれ」の精神じゃないかな。
posted by upro |10:39 |
大鉄 |
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