2009年08月26日

中邑への支持がイマイチなのは、かつて得た貯金を使い果たしたってことだ。

「プロレスとは、桃源郷なり」  /  桃太郎

    「ファンは見ていた」


 2009年のG1クライマックスは、苦節12年、雑草のように逞しく力を
つけた真壁刀義が、見事に初優勝を果たした。 決勝戦のリングで、中邑真輔
と対峙したとき、会場からは「真壁コール」が起きていた。 僕を含めて多く
のファンが中邑でなく、真壁を応援していた。
 真壁は決勝戦の開始前に、チェーンを本部席に預け、セコンドの本間朋晃を
控え室に帰した。 中邑との正々堂々の勝負を望んだのだ。 だけど、真壁が
そんな行動に出ずに、チェーンを試合中に使っていても、ファンは真壁を応援
したと思う。 だって、真壁への支持は、ここ最近の活躍だけでなく、何年間
も積み重ねて培われたものだからだ。
 2005年に、新日本プロレスがユークスに身売りしてから、真壁のヒール
ぶりには性根が据わってきた。 蝶野正洋のように「なんちゃってヒール」を
演じるのではなく、本当に嫌われ、怖がられるヒール像を追求した。 凶器攻
撃もセコンドの介入も当たり前、汚い言葉をまき散らし、ツバも吐きまくった。
自分がプロレスラーとして成功するためにどうするべきか、会社が勢いを取り
戻すためにはどうすればよいか、を考えた結果が、性根を据えてヒールになる
ことだったのだ。 真壁の両目が開いた瞬間だった。
 2006年には、金村キンタローと有刺鉄線デスマッチで闘って勝利した。
2008年には、ゼロワンの「火祭り」に出場して準優勝になった。 真壁は
自ら道を切り開き、一歩ずつ進んできた。 その行動の全てをファンはちゃん
と見ていた。 そして評価していた。 だから、G1クライマックス優勝戦と
いう大舞台で、真壁は大きな声援を得たのだ。
 その真壁に比べたら、矢野通の頑張りなんて、まだまだ足りない。 真壁の
パートナーとして、同じ道を歩いてきたといっても、真壁のあとをついてきた
だけのことだ。 矢野が真壁と同じくらいの声援をもらおうと思ったら、真壁
ができなかったことを成し遂げなければならない。 たとえば、総合格闘技に
出て勝利するとか、もっとハードなデスマッチ路線を突き進むとか、中邑との
CHAOS同門対決で歴史的な名勝負を残すとか・・。 自分がプロレスラー
として成功するためにはどうするべきか、会社がまた勢いを取り戻すためには
どうすればよいのか、を真剣に考え抜いてみることだ。 かつての真壁がそう
したようにね。
 棚橋弘至が支持されてるのも「頑張っている」とファンが認めているからだ。
中邑への支持がイマイチなのは、
かつて得た貯金を使い果たしたってことだ。
 現時点では、中邑よりも真壁だった。
 ファンはそう見ていた。

posted by upro |08:03 | 桃太郎 | コメント(0) |
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2009年08月26日

「勝手に表彰式~G1」

「プロレス彩強伝説 117」 /彩

   「勝手に表彰式~G1」

 G1が真壁選手の優勝で幕を下ろしました。とてもよい大会でした。そこ
で勝手に表彰式を行います。

◇ベストバウト 棚橋弘至vs真壁刀義
 全試合を見て比較することは物理的に不可能ですから、私が見た中で
この試合を選ばせていただきます。
 二人とも死力を尽くしたいい試合でした。
 棚橋の試合はいつしか「武藤」を感じるようになってきていますね。

◇MVP 真壁刀義
 当然といえば当然ですが、鎖などの反則も当たり前にやる真壁がなぜあ
れほどの歓声を集めたのか不思議です。

◇殊勲賞 中邑真輔
 賛否両論あれボマイエは痛そうです。総合格闘技で使えそう。
 あれだけのメンバーを全勝で駆け抜けた実績は素晴らしいと思います。

◇敢闘賞 棚橋弘至
 IWGPチャンピオンとしてTAJIRIに付け狙われる立場でありながら決勝トー
ナメントに勝ち上がった実績は素晴らしいと思いました。
 ベルト返上したそうですが、またチャンピオンに挑戦してもらいたい。

◇技能賞 田中将斗
 火祭りとの連戦、すさまじい体力勝負だったと思います。
 私は一位通過を予想していたんですが、同点が3人で最後はコイントスって
ファンはちょっと納得しないんじゃないかと思います。以前は最終日に出場者
決定トーナメントやってましたし。

◇もう少しがんばれ賞 TAJIRI
 棚橋を破るも棚橋は決勝トーナメントに進んだわけで、TAJIRIはG1でほと
んどなにも残していません。確かに毒霧からの展開がTAJIRIの持ち味です
が、それがなくても何とかなったんじゃないかなと思います。
 最終日、大森戦も完全に捨ててしまったのももったいない。こういうときに
存在感を示さないと。 

 よい大会でした。

posted by upro |08:01 | | コメント(0) |
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2009年08月26日

日本全国各地で試合を行い、日本中のファンを魅了したとしても世間一般から見ればそれは「プロレス界」という限られた世界の中だけのローカルな話なのだ。

「スター未満」 / 大鉄


ウチのカミサンはプロレス好きだ。
どのくらい好きかというと、坂口憲二の事を「荒鷲の息子」と呼び、生前の
三沢光晴のことを「社長」と呼んでいたぐらいだ。わかり辛い?

カミサンのプロレス好きは私の影響ではなく、幼いころにいつも一緒に
テレビを観ていたおばあちゃんの影響だそうだ。私と親しくなったのも、
お互いにプロレス好きだと知ったことも理由の一つだろう。
二人での初めてのバレンタインデーは、日本武道館でのマサ斉藤の引退試合
観戦だった。

そんなカミサンの一番のお気に入りは武藤敬司だ。
髪の毛のあるころからのファンだが、元々ジャン・レノのファンでもある
「ハゲ・ヒゲ」好きの彼女にとっては、現在の姿の方がより好みのようで
ある。そんな彼女が先日、全日本の道場が地元(砧から移転してたんだね)
の夏祭りに出店し、そこで武藤のサイン会が開かれるという情報を武藤の
ブログで発見し、わざわざ電車に乗って息子を連れて行ってきた。
ちなみに、なぜ私は行かなかったのかというと、郷ひろみのコンサート当日
だったからなのだが。

帰宅したあと様子を訊いてみると、1000円のエコバッグ一つ買っただけで
サインも入れてもらえ、息子と3人での記念写真も撮って貰えたと、ご満悦
だった。1000円のエコバッグだけじゃサインはもらえないんじゃないかと
心配だったところへ、売り子の「若手くん」が「あちらの列でサイン入れて
ますよ」と、とっても親切に教えてくれたのが嬉しかったそうだ。

そんな話をしたしばらく後、PCに向かって何やら調べごとをしていた彼女
が突然「ギャー!」と声を上げた。そして私の方へやって来て言うに
「今日、私にエコバッグを売ってくれた若手くん、カズ・ハヤシだった。」
「えー!」と今度は私が声を上げてしまった。
カズ・ハヤシが売り子をしていたことに驚いたわけではない。
当然知っているはずのカミサンが、カズ・ハヤシに気付かなかったことに
驚いたのだ。カズが出ている試合を一緒に観戦した事だってあるのに。

そもそも私は、現在の日本人プロレスラーで一番の男前はカズ・ハヤシ
ではないかと密かに思っていた。そして、イケメンアイドル好きでも
あるカミサンが、そんな男前を見過ごすなど有り得ない事だ。
「そういえば、随分カッコ良い若手くんだなあって思ったのよ」と
後になって言う彼女。嬉しかったのは親切にしてもらったからだけでは
なかったようだ。しかし、カズは立派な世界ジュニア王者。決して
「若手くん」ではない。

まあカミサンにしてみれば、お目当ては武藤ただ一人だった訳で、他の選手
にも会えるかもしれないなんて端から期待していなかったので、武藤以外は
認識する対象にセットされていなかったのだろう。プロレス好きのカミサン
ですらこの有様なのだから、一般の祭り客にとっては武藤以外は下手をする
とプロレスラーとしてすら認識されていなかったかもしれない。

カズは現在、全日本の道場でコーチ役を務めているという。
週刊プロレスの取材には、早く一人前のプロレスラーとしての仕事が出来る
ようにするため、合理的な指導を心がけている、というような話をしていた。
カズは優秀なプロレスラーであることに間違いはない。
海外を含む色々なマットで活躍し、また色々な指導を受けてきた経験もある。
指導者としてもきっと優秀で、良い仕事が出来るレスラーを多く育てること
が出来るかもしれない。
しかし、それはあくまでもリング上での良い仕事だ。

好きでプロレスを観に来た観客が集まっているプロレス会場では、高い評価
を受けることが出来るだろう。グッズ売り場に顔を出せば、多くのファンに
サインを求められるだろう。しかし、街の商店街の夏祭りでは、現役の世界
ジュニア王者の前にサインを求める列が出来ないことを、カズはどう思った
のだろうか?

現在の日本のプロレス界の中では、カズはスター選手の一人だろう。
しかし、世間一般から見れば、プロレス界のスターなどスターとみなされ
ていない。
日本全国各地で試合を行い、
日本中のファンを魅了したとしても
世間一般から見ればそれは「プロレス界」という
限られた世界の中だけのローカルな話なのだ。

結局今でも、世間に通用するスターとしては、プロレス界では猪木が一番
だということになってしまう。テレビによる露出がほとんどない今の選手
達が一般的知名度を持てないのは仕方のないことなのかもしれない。
しかし、地元ではもっと知名度があって良いんじゃないか?

カズは、道場内でのトレーニングだけではなく、地元の人たちに自分達が
プロレスラーであることをアピールすることも考えてはどうだろうか。
道場内でも出来るかもしれないが、わざわざ近所の公園へ行って練習する
とか。しかも科学的トレーニングだけではなく、もっと野蛮な練習方法で
人間離れしたレスラーの凄さを見せつけた方が良い。
道場でのちゃんこばかりではなく、たまには近所の飲食店で、桁外れの
量を飲み食いしたりした方が良いぞ。

個々の選手を認識してもらう前に、先ずは自分達がプロレスラーの集団
だということを、地元の人たちに認識してもらおう。そして、「何だか
プロレスラーっていうのは凄い人たちなんだね」って思ってもらおう。
来年の夏祭りの目玉は、武藤のサイン会ではなく自分達の試合をみせる
事を考えてはどうか。「普段凄い練習をして、凄くたくさん食事をして
いるのは、こういうことをするためだったんだ」と地元の人たちに理解
してもらうのだ。

地元の人たちに対しては自分達を生で露出できる。
それで地元の人気者になれなければ、テレビで露出できたところで本当の
スターになどなれる訳がない。スレたプロレスファンから評価される事
ばかりじゃなく、地元のちびっ子達から憧れられる存在になる事も考えた
方が良い。自分達から「プロレス界」の殻を破って外に出て行かなければ、
世間の方から殻の中に入って来てくれる事は無いのだから。。
先ずは、プロレスラーとしての自信を持ってご近所付き合いをしよう。


posted by upro |07:56 | 大鉄 | コメント(0) |
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2009年08月12日

サヨナラ、高田延彦。ずっと期待してた僕がバカだったよ。

「プロレスとは、桃源郷なり」  /  桃太郎

   「サヨナラ、高田延彦」


 7/26、両国国技館で行われた「ハッスルエイド2009」には、「さよ
なら高田総統」というサブタイトルがついていた。 5年半も続けてきた看板
キャラの「高田総統」が、ついに見納めになる。 僕はこのアルマゲドンに、
最後の期待をかけていた。
 ハッスルが始まったときは、まさかこんなプロレスショーが展開されるとは
思ってもみなかった。 橋本真也と、小川直也と、高田延彦が参加する新しい
プロレス団体だと思っていた。 PRIDEを引退した高田がプロレスに復帰
するものだと期待し、橋本や小川との対戦が実現するものだと思った。 事実、
ハッスルワンでは、僕の期待に応えたメンバーが出場したのだ。 プレデター、
ケビン・ランデルマン、マーク・コールマン、ミル・マスカラス、ドスカラス、
ベイダー、ダスティ・ローデス、ビル・ゴールドバーグが出場した。 日本人
選手も、橋本、小川、川田利明、小島聡、大谷晋二郎、田中将斗らが出ている。
信じられないほど豪華なリングが広がっていた。
 高田が総統キャラで登場したのは、ハッスル2からである。 コスプレ姿と
妙にうまい喋りがウケて、総統キャラは受け入れられた。 更に、1年後には
インリン・オブ・ジョイトイがリングに上がる。 初のハッスルマニアでは、
狂言師である和泉元彌が鈴木健想と好勝負を演じ、HGはデビュー戦を勝利で
飾った。 もう、僕が期待したプロレスはどこかへ吹き飛んでしまっていた。
 でも、いつかは高田のフルスロットルのプロレスが見られると信じていた。
橋本も、小川もいなくなってしまったけれど、いつかは、ムチのようにしなる
キックと、ゴッチ式の美しいスープレックスと、藤原仕込みのガチガチのサブ
ミッションが見られると思っていた。 それなのに、高田は、結局、最後まで
茶番劇を演じただけだった。 レーザービターンを誤射して自爆しただって?
何やってんだよ。 がっかりだよ。
 高田にとって、プロレスとは何だったのだろう。 高田にとって、プロレス
ファンとはいったい何なのだろう。 本当に「下々の諸君」だと思ってたのか。
サヨナラ、高田延彦。
ずっと期待してた僕がバカだったよ。
 高田は、武藤敬司と同い年の47歳だ。 だけど、武藤よりもよっぽどコン
ディションはいい。 全日本プロレスで武藤と夢のタッグを組んでもいいし、
新日本プロレスで棚橋弘至と闘ってもいい。 高田には、まだ活躍できる場所
がある。 今ならまだ、三冠選手権やIWGPヘビーのベルトを腰に巻く時間
も残ってると思う。 高田に、プロレスLOVEがあるのならばね。
 このままリングを去るのなんて、もったいない。
 もう一回、フルスロットルで。

posted by upro |06:17 | 桃太郎 | コメント(0) |
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2009年08月02日

現状維持のための努力だけでは、遅かれ早かれ「かつてのスター」になってしまう。

「スター」 / 大鉄


先日、郷ひろみのコンサートに行ってきた。
何を隠そう私はデビュー当時からの郷ひろみのファンなのだ。
アントニオ猪木や長州力よりもずっと前から、郷は私にとって憧れの
スターだった。

きっかけは楽曲の良さだった。
もしかしたら、私の心を掴んだのは始めは郷本人ではなく、筒美京平
だったのかもしれない。しかし、今でも私がコンサートに足を運ぶのは、
楽曲だけではなく郷本人の魅力に惹かれているからだ。そうでなければ、
家でCDでも聴いていたほうが良い。

テレビ画面からでも伝わるかもしれないが、ステージを生で観ると、
郷ひろみがどれだけ優れたエンターテイナーであるのかがよく分かる。
ステージセットや照明、演出やバンドの力量に負う部分も確かにあるが、
郷自身の歌唱やダンスがその魅力の根本であることは間違いない。

レコードセールス的には若いころには及ばないが、ステージ上での歌唱や
ダンスの説得力は、衰えていないどころかむしろ進化しているようで
さえある。昔のヒット曲を歌っても、他の多くの歌手の場合ように過去を
再現して懐かしむためのものにはならず、現役のパフォーマー郷ひろみ
の、数多くのレパートリーの一部として消化される。今現在の郷ひろみ
本人の魅力が、数々の名曲たちの魅力をも上回っているのだ。若いころ
の郷ひろみを知らない新しいファンに対してでも、昔のヒット曲を歌う
現在の郷ひろみの魅力はダイレクトに伝わる。

郷は今年54歳になるが、46歳のときに一旦芸能活動を休止している。
50歳になった時に、自分の思い描いている姿になっているための準備を
するためというのがその理由だった。そして、その通り50歳になる年に
芸能活動を再開している。きっと今は、彼が思い描いていた50代の
郷ひろみを実現できているのだろう。

20代の時にも、郷は何度か日本での仕事を入れずにレッスンのために渡米
する期間を設けている。これは話題づくりや箔付けのためではなく、本人
の希望によるものだ。所属事務所が良く認めたものだが、「今の自分には
人気に見合うだけの実力が備わっていない」という本人の自覚と危機感が
事務所を説得したのであろう。郷ひろみには、自分のあるべき姿とそれに
足りないものが見えていたのだ。だからこそ、空っぽのアイドルではなく
本物のスターとして、長い間活躍できるのだ。

郷ひろみと同年代というと、プロレス界では藤波辰爾あたりになる。
藤波は郷よりも2歳年上なだけだ。しかし、50代の藤波のファイトは
残念ながら懐メロ歌手に近い。
ドラゴンロケットで会場が沸くとき、観客達は若かりしころの藤波の雄姿を
今の姿の向こうに重ね合せて見ている。数々のドラゴン殺法にしても、実際
の技の説得力よりは、むしろ元祖としての有難みの方が強く感じられる。
昔を知らないファンがいきなり観ても、魅力が感じられるかは疑問だ。
30歳のころは今の棚橋にも負けないような肉体美を誇っていたのに、今の
観客はあえてそこに触れないようにしているようですらある。

藤波が努力を怠っていたとは言わない。むしろよく頑張った方だろう。
腰痛も乗り越えて復帰も果たしている。50歳を越えても現役でファイト
出来ているだけでも大したものだ。しかし、その努力は自分の思い描く
将来の姿を実現するためのものではなく、全盛期からの衰えをいかに
遅らせるかというだけのものだったと思う。郷ひろみのように、理想の
50代というビジョンはなかったのだ。
もっとも、藤波に言わせれば、50歳を過ぎても現役でファイトしている事
自体、思い描いていたものと違うのかもしれない。むしろ、「ファイト
していない50代の自分」を実現するための努力が足りなかったのか?

郷ひろみのように、50歳になってもステージ上で輝いている自分を意識し
努力を重ねてきた者が、自分の人気が続いているうちに、出来るだけ
仕事を入れて稼いでおこうという姿勢で日々を過ごしていた者に、いざ
50歳になった時に大きな差をつけているのは当然のことだ。
藤波をはじめとする50代の現役選手たちは、50歳を過ぎても現役を続ける
という覚悟がないまま、不本意ながらリングに上がり続けているように
見えるときがある。

スターと呼ばれる者たちが、年齢を重ねてもなおスターであり続けるため
には、その年齢に達したときのスター像をイメージし、それを実現する
ための努力をしていくという作業が必要だ。
現状維持のための努力だけでは、
遅かれ早かれ「かつてのスター」になってしまう。

現役レスラーの中でその辺が比較的うまくいっているのは武藤だろうか。
彼の場合、肉体の中で頭髪の衰えが一番早かったために、イメージチェンジ
へのモチベーションが高まらざるを得なかった、という事情もあるだろうが、
やはり節目節目に渡米していたことも大きいと思う。アメリカのプロレス
自体からは吸収すべきものは特にないかもしれないが、日本のプロレス界の
流れから一旦離れることと、団体を離れて一レスラーとして活動することは
自身のレスラー像と商品価値を見つめ直す良いきっかけになるはずだ。
ファンの方も、渡米というきっかけがあったほうが変化を受け入れやすい。

逆にうまくいかなかったのが三沢だろう。
あの「三沢光晴のファイト」のままで行ける所まで行こうとした結果、
肉体の限界を越えてしまったのではないだろうか。そうなる前に引退する
というプランを実現できなかったために、少し現役を長く続けすぎて
しまったのかもしれない。40代の現役スターレスラーとしてのプランが
うまく出来ていなかったのだ。

若いころの藤波のような肉体美を誇る棚橋だって、20年後には今の藤波
みたいになってしまうかもしれない。それは決して本人が望んでいる姿
ではないだろう。いつまで現役を続けるつもりなのかは知らないが、もし
現役でいたいのであれば40代、50代の棚橋弘至がどういう選手である
べきか、今のうちから考えておかねばならない。その前に引退するので
あれば、スターにふさわしい引退のし方、引退後の姿を考えて欲しい。

かつての郷ひろみのように、そのための準備期間を設けるのは残念ながら
難しそうだ。会社にそれを認める余裕がなさそうだ。無期限だったはずの
アメリカ遠征も、結局会社の要請ですぐ帰って来てしまった。中邑や
後藤が思ったほど頼りにならなかったということか。新日本の台所事情
もあり、今の棚橋はチャンピオンとして日々の業務をこなさなければ
ならないのだが、自分の将来像というものも頭の中には常に入れておいて
欲しい。

一方、カード編成上大して重要ではなくなった中邑などは、将来の自分
のための努力を始めるなら今がチャンスだ。長期のアメリカ遠征なども
良いだろう。でも、間違っても会社に行かせてもらおうなどと思っては
いけない。会社にとっては将来有望な若手に投資した方が効率が良い
からだ。会社にとっては、今のスターが将来もスターでいる必要はなく、
新しいスターが次々に出てくれば良いのだから。

中邑も山本尚史のように自力でアメリカに渡ってみると良い。
むこうでは、山本にも相手にされない存在かもしれないぞ。
少し落ちたとはいえ、それでも中邑の新日本内での番付は、レスラー
としての実力の割りに高すぎると思う。団体のサポート無しでの自分の
商品価値がどれぐらいあるのか、自分自身で一度確かめてみると良いと
思う。そうして初めて、それを高めるために何が必要なのかが見えて
来るのだから。

そうは言っても、多くのプロレスラーはスターであり続ける努力の前に
スターになる努力をしている段階か。みんな今のことだけで精一杯で、
将来を考える余裕なんて無いのかな?
それを踏まえた上でも、運良くスターになれた者は、輝き続けるための
努力をする責任が、業界全体のためにもあると思う。かつてのスターが
皆その後落ちぶれてしまうような業界では、ファンに夢を与えられないよ。

posted by upro |23:34 | 大鉄 | コメント(0) |
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