2009年06月23日
「プロレス彩強伝説 117」 /彩
「船木の復活」
船木誠勝が長い年月を超えて、プロレス界に復帰するそうである。私は
船木が新日本を離脱した頃からちょうどプロレスを見始めたため、彼の
行動はリアルタイムに見続けてきた。
私は船木が新日本のエースになるべきと思っていたし、武藤が「私以上
に期待された」というのは今のファンには信じられないかもしれないが、あ
ながち嘘ではない。プロレスを離脱したとき、ファンは時計の針が止ま
ってしまう。
凱旋した帰国先は新日本ではなくUWF。若き船木は一緒に入団した鈴木、
藤原とともにまさに一時代を築いた。その後、山崎、藤原、高田を連破し、
UWFのエースに上り詰めたときにUWFは崩壊。
その会場は大都市ではなく、長野県松本市。しかも交通の便の大変悪い
田舎に私も足を運んでいた。目の前で幻の団体が終焉した。
その後、パンクラス旗揚げ。秒殺という新機軸を打ち出し、その後、格闘
技のブームが去っても現在もこの団体は存在する。
そして、運命のヒクソングレイシー戦。
「負けたら引退」という言葉はおそらく船木がつくったのだろう。そして本当
に船木は引退してしまった。
DREAMという総合格闘技団体が船木に声をかけるが、船木vs桜庭は「夢」
と言われれば夢だが、引退する年齢にある船木には厳しい世界である。
俳優への道を画策するが思うように稼げず、工事現場で働いていた、とい
う話もUWF時代を知るものとしては世間の厳しさを痛感した。
そして、船木におけるプロレスという時計の針がもう一度動き始める。
総合格闘技でだめだった曙が活躍するように世間のプロレスに向ける目
はおそらく厳しい。そして、船木も掌底など懐かしい技を繰り出してくれるだ
ろう。
今回のマッチメークには鈴木が入っている。
おそらく鈴木は蝶野、武藤には目もくれず船木をつぶしにくる。
そしておそらく船木はつぶされるだろう。
このマッチメークに喜ぶのは間違いなくアラフォーのおじさん世代。
でも若いファン層にも届くような
「懐かしくも」「新しい」試合を見せてほしい。
しかし、このタイミングで武藤社長が狙ったのは船木のプロレス復帰だっ
たとは恐れ入りました。どうせなら全日本に入団してほしいですね。
そうしたら、GURENTAIかな?
posted by upro |06:33 |
彩 |
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2009年06月19日
「プロレスとは、桃源郷なり」 / 桃太郎
「ビンタ」
6月13日、試合中に受けたバックドロップがもとで、三沢光晴さんが亡く
なってしまった。 死因は頸髄離断。 首の骨が折れ、その中の神経までもが
完全に切り離されてしまったのらしい。 頸髄が切れるとすぐに心肺停止状態
になる。 たとえ、リングドクターがいても、AEDがあっても、三沢さんは
助からなかった。 あのリングの上では、もう誰にもどうしようもなかった。
残酷な言い方だけど、三沢さんはいつかリング上で死ぬことになったのだと
思う。 今回の事故は受け身を取り損なったとか、打ちどころが悪かったとか
ということではないように思う。 きっと三沢さんの首は、長年の激闘で金属
疲労を起こしてしまいボロボロだったのだ。 全日本時代の激しすぎた四天王
プロレス、その後、NOAHを旗揚げしてからも、相手の攻撃を正面から受け
止めるプロレスを貫き通した。 その結果、三沢さんの首は、技を受け止める
だけの強度を失い、いつ折れてもおかしくない状態だったのではなかったか。
あのバックドロップは、最後のピースを指先で弾いただけ。 相手を死なせる
ほど危険な技ではなかった。 斎藤彰俊に罪はない。
三沢さんを死なせない方法はあった。 それはリングに上げないことだ。
一昨年あたりから、三沢さんのコンディションの悪さは見えていた。 お腹は
ポッコリと出ていたし、試合中でも寝転んでいるときが多かった。 僕たちは、
そのことをもっと厳しく注視するべきだったのだ。 NOAHの選手たちは、
「社長、オレたちに任せてください」と言うべきだった。 それができなかっ
たのは、みんなが三沢さんに甘えていたからだと思う。 三沢さんの指示どお
りにしていれば間違いない、オレたちは三沢さんの後ろをついていきます。
それが正しいと思っていた。 三沢さんは一歩ずつ「死」に近づいていたのに。
1988年4月22日、沖縄の奥武山体育館で、藤波辰爾はアントニオ猪木
にエースの座を譲るよう要求した。 自らの前髪を切ることで決意を表明し、
猪木の頬をビンタもした。 あのときの猪木は45歳。 藤波の行動に戸惑い、
本当に任せられるのか心配もしたようだったが、自ら主役の座から降りた。
翌年には国会議員になり、無事にプロレスからのセミリタイアを果たした。
三沢さんも、誰かにビンタされたかったのではなかったか。 誰かが前髪を
切って「社長、オレたちに任せてください」と決起するのを待っていたのでは
なかったのか。 誰かがそうしていれば、悲劇は回避できたのかも知れない。
全ては結果論である。 それでも残された者は反省し、学習しなくてはなら
ない。 油断していると、悲劇は何度でも繰り返される。
泣きたくなかったら、勇気を持て。
最後に、三沢さんが教えてくれたことだ。
posted by upro |23:34 |
桃太郎 |
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2009年06月19日
「プロレス彩強伝説 117」 /彩
「三沢さんの訃報にふれて」
三沢さんの訃報、本当に驚きました。
私は友人からメールをもらったとき、本当にガセネタであってほしいと思い
ました。というより、技術的には最上級といえる選手に事故死などあり得る
のかという思いが強く残りました。
三沢さんの訃報で心配事がいくつかあります。
ひとつめはプロレスリングNOAHの存続。
年間歴に武道館大会と大きな目玉となるヘビーとジュニアのタッグリーグ
戦が埋め込まれ、ノアの興行形態は固まっています。これも三沢社長の
10年間の結晶でしょう。潮崎という新しいエースにタッグリーグで「帝王学」
をたたき込み、社長もほっと安心してしまったのでしょうか?
グリーンのリングは三沢色。潮崎は三沢さんの緑もいずれ継承してほしい
です。
ふたつめはやはり対戦相手の斎藤選手ですね。
斎藤選手も遅咲きの選手でようやく最近になってトップ戦線に顔を出し始
めた選手。心折れないでほしい。
みっつめは過激化するプロレス技。
かつて新日本プロレスでも馳浩選手の心臓が止まった出来事がありました。
その時も後藤選手の「バックドロップ」でした。
古くからある技ですが相手を頭から落とすバックドロップやパワーボム系の
技は新しく導入されるライセンス制度などで規制する必要があるかもしれま
せん。
スーパージュニアで展開されている特に飯伏選手やデビッド選手らの場外
プランチャ系の技も同様に過激化の一途にあります。
斎藤選手もNOAHのリングで何度もやっているバックドロップを仕掛けただ
けだと思います。
最後にはプロレスに対する世間の目。
これまでもプロレスラーが死去する報道は何度もされてきました。しかし、
業界のスーパースターである三沢さんの事故死は一言では済まされません。
棚橋もコメントしていましたが「死と隣り合わせ」の職業であること。一歩間
違えば明日のリングに「死」が待っているかもしれない、ということです。それ
を考えると
ファンの声援はプロレスの過激化を
生んでいるのかもしれない
と考えさせられるところもあります。
私はタイムマシンがあるなら3日前に戻って広島で会場入りする三沢さん
を拉致したいですね。
心よりご冥福をお祈りします。
posted by upro |23:32 |
彩 |
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2009年06月19日
「過去か未来か」 / 大鉄
福田前首相が辞任したころだったと思うが、あるコラムニストが次のような
事を書いていたのを読んだことがある。
「日本の政治家にとって、最終的なゴールは首相ではなく元首相になること
だ。」
確かに、言い得て妙だと思ったものだ。
元首相は現首相ほど責任を追及されることも無く、かといって政治家として
のステータスは首相の時と比べて大して下がることがない。えらそうな顔を
して無責任に言いたいことが言える絶好のポジションだ。森さんなんか正に
そんな感じに見える。あれだけ支持率の低い首相だったのに、辞めた後は
すっかり大物気取りじゃないか。
安倍さんや福田さんが、あんなに簡単に首相の座を下りたのも、元首相の方
が居心地の良いポジションだからだという訳だ。
でも、元首相達が影響力を保っていたとしても、次の首相候補として推せる
かというと、それは別の話だ。候補として名前が挙がったとたんに、首相と
しての実績がどうだったか問われてしまうに違いない。過去の存在でいるから
こそステータスが保たれている訳で、未来を託せるかどうかという話になると
一気に立場は弱くなる。
実は民主党にだって元首相はいる。羽田さんだ。
でも彼は、自民党の元首相達ほど影響力を持っているようには見えない。
民主党にとっては、そこが大事なところだ。未だに政権をとった事がない、
というのが民主党の最大のセールスポイントなのだから。もし、元首相の
羽田さんが先頭に立って率いているような党だったら、政権交代によって
種々の問題が解決する、などと主張するのは難しくなるはずだ。「この前
羽田さんが首相だったときはどうだったの?」とつっこまれてしまう。
民主党が目指すのは、あくまでも新しい政治であって、羽田政権の再現で
あってはならないのだ。
プロレス界においても、新しい時代を切り開くための戦いは、未だトップを
とった事のない選手によって仕掛けられなくてはならない。
長州にしろ天龍にしろ、3番手以下の存在だった選手がトップを目指したから
こそ、革命としてのリアリティーがあった。世代闘争にしたって、下の世代
がトップをとった後では戦いが成立しない。トップ経験者同士の戦いでは、
ただの権力争いにしかならないし、どちらが勝っても新しい時代の幕開けは
期待できない。
中邑真輔は、もう既にトップを経験してしまっている。
CHAOSが何を主張してもイマイチ説得力を持たないのは、実は仕方のない
ことなのだ。何をやりたいのかよく分からないが、何であるにせよ「前に
お前がトップだったときにやれば良かっただろう」と言われたら終わりだ。
矢野達と組んだ中邑は、かつて野党から与党に返り咲くために、社会党と
組んだ自民党のようなものだ。自分がトップに返り咲くために主義主張は
二の次になっている。
中邑は他人に噛み付いている場合ではない。
トップ経験者である中邑には、革命も世代闘争も仕掛けることは出来ない
のだ。今彼がするべきことは、過去の自分を検証し、その問題点を全て
洗い出した上で、自ら解決したことを万人に示すということだ。
この前中邑がトップだった時期がバラ色の時代だったなどとは誰も思って
いない。誰もその時代に戻ることなど望んでいない。
中邑は、今の自分が過去の象徴となって
しまっていることを自覚するべきだ。
未来の象徴となりたければ、先ず自分が生まれ変わらなくては
ならない。ヒールになれば生まれ変われるなどという簡単な話ではない。
とりあえず、道場で体から鍛えなおせ。
自民党の森さんみたいに、過去の人としてポジションを築いた方が幸せに
なれるかも知れないけどね。
posted by upro |23:26 |
大鉄 |
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2009年06月11日
「高山対ムタ」 ■ 平田
高山対ムタの試合をビデオ観戦する機会に恵まれました。
一回目は一人で観戦、二回目は会社の同僚二人と共に観(せ)ました。
同僚のうち一人は職場で新日Tシャツを着ているのでプロレス
ファンかと思いきや、ファンだった人です。
高山の格が高岩と同じという時代で止まってるとのこと。
まずはやはり武藤の巧さに盛り上がりました。
最後の負け際の毒霧もうけました。
ただ、やはり武藤は年を取りすぎた、高山は肉体に説得力がなく、
全体的にあまりよい評ではありませんでした。
もう一人の方は酒を飲んだ後でもあり眠そうな感じでした。
なかなかプロレスを復興するのは難しそうですね。
桃太郎さんの猪木が格好良かったというコラムに尽きるでしょう。
高校時代の私は橋本が格好良かったと思ったことも事実、近年思い
直して武藤の方が格好良かったかな、なんて思いつつも、新世代の
しびれるレスラーは現れていないのも事実です。
中西の戴冠がありましたが、中西が格好いいとは残念ながら・・・
高山対ムタを実現しても新規ファンを呼ぶどころか古きファンを
取り戻せない、この現実に高山対ムタを楽しむためにはファンを
継続していなければならない意味を知った。
レジェンドとか昭和だとか叫んでもファンは戻らない。
女性ファンをいくらつけたって新しい継続的なファンは得られない。
だが明るい兆しもある。
硬派な時代の到来を予感する。
posted by upro |00:34 |
平田 |
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