2009年07月04日

40歳になった船木は、20歳の自分にも勝つことはできない。

「プロレスとは、桃源郷なり」  /  桃太郎

      「プロレスマン」


 朝、テレビを見ていたら、ビッグカメラに出没する「ナゾのピアノマン」の
ことを取り上げていた。 毎日、楽器売り場に現れ、電子ピアノを弾く男性が
いるのだそうだ。 身なりはホームレス風なのだが、その指先が奏でる美しい
メロディーは、売り場を別空間へと変えてしまう。 通りかかる人の足を止め、
視線を釘付ける。 今日も男は、誰に頼まれたわけでもないのに、ひとり電子
ピアノを弾き、人々を楽しませている。
 ナゾのピアノマンは、真野和男さんという方で77歳。 平成13年頃から
毎日、ビッグカメラの楽器売り場に通っているのらしい。 もともと音楽関係
の仕事をしていたのだが、48歳のときに重いぜんそくを患い、八丈島で療養
生活を送った。 60代半ばになって東京に戻ってから、音楽への情熱が蘇り、
電子ピアノを弾く生活を始めたのらしい。 お店の迷惑になることを心配して、
1店舗には1時間半くらいまでと決め、午前中はベスト電器の新宿高島屋店、
午後はビックカメラの有楽町店本館、夕方はビックカメラの新宿西口店に出没
する。 興味のある人は、ぜひ見に行ってみてよね。
 どうして、そんなにピアノがうまいんですか。 問いに真野さんは答えた。
「毎日4~6時間も弾くんですよ。そりゃうまくなりますよ」
 確かに、そりゃそうだ。 でも、1日に4~6時間も弾くことが凄いのだ。
それだけ音楽が好きだということだ。 根っからの「ピアノマン」なのである。
 8/30、全日本プロレスの両国国技館大会で、船木誠勝がプロレス復帰を
果たすことになった。 武藤敬司は会見で、船木のことを「オレ以上に天才と
言われてた男」と表現したが、確かに15歳でデビューしたときから、船木は
ずっと注目され、期待されてきた。 新日本プロレスは、アントニオ猪木から
前田日明、高田延彦へと引き継がれ、そのあとは船木がを支えるのだと思って
いた。 だが、船木は、新生UWFに移籍し、藤原組を経て、パンクラスへと
流れて行った。 ヒクソン・グレイシーに敗れてからは、リングからも去って
しまった。
 船木にはプロレスラーとしての高い素質があった。 武藤よりも、橋本真也
よりも、棚橋弘至よりもあったと思う。 しかし、船木は「プロレスマン」で
はない。 毎日プロレスのことを考えていられるほど、プロレスが好きなわけ
じゃなかった。 20年前には武藤が一目置くほどの天才であっても、その頃
の貯金が今も残っているわけがない。
 40歳になった船木は、
 20歳の自分にも勝つことはできない。
 僕らはきっと、失望させられちゃうのだろう。
 船木は、純粋なプロレスでは勝負すべきでない。
 プロレスマンの武藤には、もう勝てやしないよ。

posted by upro |09:25 | 桃太郎 | コメント(0) |
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