2008年01月26日
静香じゃない!!!ドンだ!!
「前座の力道山」 BY クレメンタイン
ドン荒川をご存知だろうか。既に還暦を超え、それでもなお時折参戦している、
かつて「前座の力道山」といわれた人物である。極めて個人的なことであるが、
私はドン荒川を取り上げて記事をずっと書きたいと思っていた。しかし、何を
どのように書けばよいかわからず、なかなか記事としてまとまったものを作り
あげることが出来なかったのだが、本日やっと念願が叶い、記事としてまとめ
ることが出来た。
ドン荒川を知らない人も多いであろう。特に私と同世代の若いファンならば、
マニアックな人間を除けば知らないはずだ。詳しいことは、ウィキペディアあ
たりで調べてみて欲しい。
こんなエピソードがある。かつて、観客席から笑い声が聞こえ、それを聞いた
アントニオ猪木は、怒ったような口調で、付き人に「誰の試合か」と聞いたこ
とがあったそうだ。新日本といえば、戦いを標榜していた団体である。つまり
は、レスラーが笑われるなど盛っての外であり、もっともあってはならないこ
とが今まさにリング上で行われていたのだ。そして、その首謀者はドン荒川。
彼はコミカルな動きで、観客を湧かせ、まさに笑いの渦へと巻き込んでいたの
だ。このような事態をアントニオ猪木が許すわけは無いと誰もが思ったが、ア
ントニオ猪木は、その首謀者を知ったとき、「荒川なら仕方がない」と、ふっ
と微笑んだという。
なぜアントニオ猪木は、ドン荒川の行動を黙認したのか。どうして、そこで怒
りをあらわにしなかったのか。それは、彼はただのコミカルレスラーではない
からだろう。肉体を見れば明らかなのだが、60を越えた今も身体はしっかり
と作りあげているのである。若いときもそうであった。彼はコミカルな動きを
続けながらも、その身体からはいつもただならぬ空気も醸し出していた。そし
て、当時から「セメントで強いのは、荒川だ」などと、観客に幻想を抱かせる
ほどの、そして現にアントニオ猪木すら認めざるをえないほどの下地を、ドン
荒川は持ち合わせていたのだ。
今のプロレス界において、ドン荒川のようなレスラーはいなくなった。いや、
当時においても稀有な存在であり、そもそもが天然記念物のようなものなのだ
から、このような嘆きは間違っている。だが、ドン荒川のもつ両義性のような
ものを、今のプロレス界で持った選手がいない、といえば、それは当てはまる
のではないだろうか。
今このような両義性を持つレスラーを挙げろといわれれば、間違いなくケンド
ー・カシンであろう。覆面の下に隠れた石沢常光はレスリングの雄であり、今
もなお総合に挑もうとしている。その内面を持ち合わせながらも、プロレスで
はいつまでもケンドー・カシンなのである。つまり、観客を煽り、相手レスラ
ーを茶化し、マスコミを煙に巻く。だが、飛びつき腕ひしぎ逆十字を出すその
一瞬だけ、石沢常光が築き上げたナイフをきらりと光らせるのである。
今のプロレス界では、どこかこのような両義性を持ち合わせることなく、極端
な両極化を生んでしまい、旨味とも言えるグレーの部分がなくなってきてしま
っているような気がするのだ。お笑いに走れば、レスリングの下地無きお笑い
となる。一方で真面目な方向といえば、すぐにタフマンコンテストが繰り広げ
られる。強さを求めて、総合で勝負しろという風潮もかつてはあった。
だが、それだけでは面白くない。たしかにお笑いプロレスも、タフマンコンテ
ストも、レスラーの総合挑戦も、どれも面白いものはある。だが、どうもその
深みの無さゆえか、消耗品と化しているような気がしてならないのだ。プロレ
スは、語ることの出来るジャンルでなければならない。そのときに、語るだけ
の厚味を持ち合わせなければ、語るに足りずとして、その魅力を充分に発揮す
ることは出来ない。
そして、今こそ必要なのは荒川イズムである。
静香じゃない!!!ドンだ!!
posted by クレメンタイン |23:10 |
クレメンタイン |


