2008年01月23日

三崎戦で闘志を全開に出せなかった秋山は、敗者に違いない。

「プロレスとは、桃源郷なり」  /  桃太郎

          「闘志」


 大晦日の「やれんのか!」で行われた、三崎和雄vs秋山成勲の試合を見なお
してみた。 秋山陣営がクレームをつけている三崎の蹴りが「4点ポジション
での頭部への攻撃」に当たるかどうかを確認するためだった。 ビデオを巻き
戻して何度も見てみたが、はっきりと断言できない微妙な感じだ。 そもそも、
この試合って、4点ポジションの攻撃は反則だったのだろうか。 PRIDE
オフィシャルルールだと、10キロ以上の体重差があったときに、軽量の選手
が4点ポジションでの攻撃の是非を選択できることになっている。 あの日の
ふたりは、ほとんど体重差はないんだけど・・。 まあ、いいか。
 一昨年の大晦日、桜庭和志との対戦に、秋山は保湿クリームを塗ってリング
に上がった。 クリームを塗ることで相手に掴まれないようにしたわけだ。 
この件をとがめられて、一年経った今もヌルヌル秋山なんて呼ばれちゃったり
するんだけど、これって、秋山の闘志の表れだったと思う。 そこまでしても
勝ちたかったということだ。 秋山は柔道家と韓国人の誇りを背負っていた。
ピークをとっくに過ぎてる桜庭に負けるわけにはいかなかったのだ。 轟々と
燃えさかる闘志が「どんなことをしても勝ちたい」と思わせた。 見境がなく
なっていたのだ。
 「やれんのか!」で闘志を燃やしていたのは三崎の方だった。 絶対に負け
られない、という気持ちが全身にみなぎっていた。 しかし、試合は序盤から、
秋山の圧力に押され気味で進行する。 6分過ぎに右のストレートをもらって
からは、完全に劣勢になった。 僕は「このままじゃ、三崎は勝てないな」と
思って見ていた。 そこに訪れた、千載一遇のチャンス。 秋山の顔面を蹴り
上げた三崎には、それが4点ポジションであるかどうかは関係がなかった。 
相手に情けをかける余裕などなかったのだ。
 三崎が秋山に勝てたのは「どんなことをしても勝ちたい」という気持ちが強
かったからだと思う。 秋山が先に得たチャンスで三崎を仕留められなかった
のは、その気持ちが少し足りなかったからだ。 右ストレートでダウンを奪っ
たときに、桜庭戦のような闘志で攻め続けていれば、あそこで試合は終わって
いた。 モチベーションの差が勝敗を分けたのだと思う。 もし、三崎と秋山
との間に再戦があったら、次は三崎に勝機はない。 もう三崎は「どんなこと
をしても勝ちたい」という気持ちにはなれないからだ。
 桜庭と秋山の間に再戦があったら、結果はどうなるだろうか。 「あの野郎、
叩きつぶしてやる」という気持ちでなく「もう同じリングに上がるのも嫌だ」
と思っている桜庭には、やはり勝機はないのだろう。 当たり前のことだけど、
格闘技には闘志が必要なのだ。
三崎戦で闘志を全開に出せなかった秋山は、
敗者に違いない。
 それが僕の結論である。

posted by 桃太郎 |05:15 | 桃太郎 |
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