2007年12月04日
劇団四季というビジネスモデル ~プロレスの団体運営とは~
「劇団四季というビジネスモデル ~プロレスの団体運営とは~」 クレメンタイン 私は劇団四季を見に行く。 一連の無我の離脱や所属解除騒動の中で、私は団体のあり方について考えるこ とにした。 そこで思いついたのが、劇団四季である。 何の話かと突っ込まれそうだが、これはセルフプロデュースの問題にも関わっ てくる問題なのでじっくりと読んで欲しい。 私は劇団四季の舞台を見に行こうと思ったときに、それは誰か一人の俳優を目 当てに行くのではなく、劇団四季の○○○という演目の公演を見に行くのであ る。私のようなミュージカルの知識のないものには、主演が誰で、どのような 人物であるのか、などということはわからない。わかるのは、劇団四季のミュ ージカルは面白い、もしくは面白かった記憶があるということだけである。そ して、前述のような役者の情報は、さして気にすることもない。それこそパン フレットを手にとって、「へえええ」と少し頷くだけで、一週間後には何も覚 えちゃいない。だが、劇団四季は大盛況のようである。専用シアターまで作り あげ、連日にぎわっているようだ。ここで重要なのは劇団四季という名前であ り、劇団四季としてのクオリティーの高さである。そこにはもちろんそれぞれ の役者の上手さは、必須条件であるが、パッケージとしてのクオリティーは役 者一人のそれを超える。 一方で、スターの名前一つで動く公演なども多数存在する。有名俳優や女優が 行うというかたちのものである。これを否定するつもりはないが、ここではあ えて団体というパッケージによる成功に注目したい。 そして、今のプロレス界の現状を見てみると、この形態を目指しているところ もあれば、目指しているのかすらはっきりしないところもある。代表的な成功 例は、ハッスルやマッスル、それにドラゴンゲート、DDTといったところに なるだろう。一方で新日本やNOAHはパッケージとしてのクオリティーより も、選手のネームバリューや実力で勝負しようとしている。たとえばポスター に、ネームバリューの高い選手を中心に、何人も並べたものを撮るのは代表的 である。 これはどうも不思議な現象である。老舗であるほど団体の名前で勝負できなく なっている。そして、ベテランが増えれば増えるほど、やはり名前に頼らなけ ればいけなくなる。これ自体は決して難しい問題ではなく、ハッスルなどは要 するに自分の役割や立ち位置が極めて明確に線引きされているのに対して、老 舗団体においてベテランレスラーに「お前の役割は前座」といえない事情でも あるのだろう。だからといって、今のプロレスラー一人のネームバリューで、 武道館を満杯にするということは、「小橋建太がガンから復帰する」くらいの インパクトがなければ不可能となっている。 おそらく今後、個人名で一過性の人気は得られても、団体としての魅力を回復 しないかぎり、観客を多く呼ぶことは出来ない。私は非情な言い方をすれば、 そのための解雇は仕方ないものがあると思っている。それはプロの興行団体と しては、当然のことである。だが一方で、今回の後藤達俊所属解除問題などが、 団体のイメージを損なっていることも明白なのである。 果たして一連の騒動は何を重要視しての行動なのだろうか。団体でもなく、プ ロレスラーの名前でもない、何かしらの違うところから噴出したもののように 思える。まだまだビジネスモデルとしては、幼稚と指摘されてもおかしくない くらいのプロレス業界ではあるが、経営システムからの見直しがやはり必要に 思えてならない。そう考えると、実は草間政一氏を失ったことはプロレス界の 大きな痛手ではなかったのだろうか。かつて三銃士興行を行おうという提案が されたときに、我々の会社としてメリットが見受けられないような興行であれ ば、賛同できないといった彼の発言は、よく考えると至極全うだったのではな いだろうか。 私は今のプロレス界において足りないのは、選手の努力よりも周りのサポート であると考えている。だからこそ、周りからのサポートよりも、邪魔が多いよ うに思える今のプロレス界が残念に思えて仕方がない。今回の無我の件であっ ても、もっと良い展開の仕方があったように思われる。 第二章では、セルフプロデュースの災難について書いていく。
posted by クレメンタイン |00:51 |
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