2008年08月14日
「語ろう! プロレス」 // mitu
第103 回 「栄光の架け橋」
栄光への架け橋を再び--。
北京オリンピックで連覇に挑んだ、体操日本代表のテレビ中継につい
たサブタイトルだ。
ここで、体操日本代表の実況で使われた「栄光への架け橋」との言葉。
これは、前回2004年アテネ大会のNHKテーマ曲・ゆずの「栄光の
架け橋」にちなんだ、金メダルを獲得した瞬間の名実況からくるものだ
ろう。
「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」--。アテネ五
輪体操男子団体決勝、金メダルを決めた瞬間の情熱のこもった実況は、
時間を超えて、人々の心に残り続ける。
今回、惜しくも連覇を逃した日本代表だが、「栄光の架け橋」は、胸
に輝く銀メダルとともに、確かに架かったはずだ。
北京に沸く今年の夏--。
でも、夏と言えばG1だった。
今年もG1をやっている、けれど・・・・・。
先週土曜日から始まったはずのG1。
その日の深夜、ワールドプロレスリングの中継は、いつやったか知ら
ないけれど、ずーっと前のIWGPタッグ選手権だった。
やる気があるのか? テレビ朝日。
局としてのプロレス中継の姿勢もそうだが、もう一つ気になっている
ことがある。ここ数年、深夜のプロレス中継をほとんどみていないのだ
が、たまにみると、気になるのが、実況アナのレベルの低さである。
心に残るものがない。
この春、終了してしまったテレビ東京の深夜番組「どハッスル」に、
若林健治アナがゲスト出演していた。「ただ、プロレスの実況がした
かった」だけで、日テレをやめてしまったという若林アナ。文字通り、
人生をプロレスに捧げてしまったのだ。
この「どハッスル」の中で、ハッスルでの天龍の試合を、若林アナが
実況をしていた。
不覚にも、深夜ひとり、この実況を聞いて、涙がこぼれそうになった。
言葉が魂を揺さぶり、心の奥の底にある「何か」を引き出すことがある。
若林アナの、
情熱と愛情に充ち満ちた実況は、
私の中の「何か」を激しく揺さぶった。
おそらく、記憶にも、記録にも残らない、今年のG1。
でも、やっぱり、それじゃあ、寂しい。
誰でもいい。もう一度、「栄光の架け橋」を魅せてほしい。
過去を振り返るだけでなく、今、現在進行形のプロレスで、涙を流し
てみたい。
posted by mitu |22:46 |
mitu |
2008年05月18日
「語ろう! プロレス」 // mitu
第102 回 「愛別離苦の拳」
「ハッスルでも、見に行こうよ」--きっかけは、かつての観戦仲間からの
メールだった。このメンバーで、会場に行くのは、まる2年ぶりだ。
5月13日。後楽園ホール。ハッスルハウス36。
席で待ち合わせることにし、開始ちょっと前にホールに滑り込んだ。自分自
身にとっても、1年2カ月ぶりのホールでの生観戦だ。背広姿が目立つ会場
は、ほぼ満員。よく入っている。
「前説」、「開演」前のあおりビデオの後は、川田と崔による歌合戦。
川田の「望郷じょんがら」には腹を抱えて笑ったが、「これって、福祉大相
撲だよな」と、冷静にみてしまう自分がいる。
第1ハッスルの「℃」(ドシー)、第2ハッスルのHG、とそれなりに見せ
場が続く。まぁ、初っ切り、といったところか。それはそれで、楽しい。
そして、迎えたセミハッスル。
天龍・TAJIRI・崔 VS ボノちゃん・よしえちゃん・あーちゃん
会場に轟く「サンダーストーム」。このテーマを会場で聞くのも3年ぶり。
後から入場してきた、ボノちゃん組の、あえて荒谷に対して、ペットボトル
を投げつける天龍――。これまでの「オペラ」とは空気が違うぞ。
そしてゴング。
次々に選手が登場。最後の組み合わせは、天龍と荒谷だ。
荒谷を自軍コーナーに追い込んだ天龍が、かつての弟子を打ちのめす。
チョップ!チョップ!パンチ!チョップ!チョップ!パンチ!!!
荒谷の胸が赤く腫れ上がる。
骨と骨がぶつかる音が場内に重く響く。
人間、出会いがあれば、別れがある。愛別離苦は人生の常だ。
WARのエースになるはずだった男。古巣・全日本に復帰した際に、いの一
番に、連れてきた男――。「楽しい」路線で行くならそれでもいい。でも、
それに徹しているのか、貫いているのか――。
拳に込める熱い感情が、格闘技の殿堂を包んでいた。
ラリアットで3カウントを奪い、マイクをつかんだ天龍は叫んだ。
「おい荒谷! あーちゃんか? ふざけんなこの野郎! お前は相変わらず、
変わってねーなこの野郎! 中途半端なことやってやがったら・・またヤキ
を入れてやるぞこの野郎!」
拳の威力は、衰えたかもしれない。でも、天龍がかつての弟子に向けた激情
は、本物だった。
台本があろうとなかろうと、あの叫びは、少なくとも私の胸を打った。
プロレスで、生のリングで、男と男が、ぶつかり合う姿を見て、胸が熱くな
った。
叫びを聞いて、戦いを目の当たりにし、何かが、確かに何かが伝わった。
天龍のハッスル参戦は、馬場の晩年の「楽しいプロレス」の天龍版なのだと
思っていた。
しかし、風雲昇り龍・北向きの男・天龍源一郎。
いい意味で、裏切ってくれた。
明るく楽しいだけでない、激しい、熱い戦いがそこにはあった。
ホールを後にし、水道橋で一杯やった帰り道、若林健治アナの名調子が、
胸に浮かんできた。
「プロレスとは、裸の詩(うた)、心の詩、
漢の詩、涙の詩、魂の詩、そして天龍の詩!」
posted by mitu |06:21 |
mitu |
2008年04月20日
「語ろう! プロレス」 // mitu
第101 回 「再開」
早咲きの桜が散り、葉桜に街が包まれた。
スーツを着てる、というより、スーツに着られて歩いているような新人たち
も、スーツに、そして街になじんできた。
15年前、私もきっとそうだった。
社会に出たとき、最初に教えられたことのひとつ。
組織の一員として知り得たことを、むやみに他人に話してはならない。
たとえ、それが事実であったとしても。
たとえ、相手が家族であったとしても。
社会人であれば、どんな組織であれ、そこに属する者ならば、まずそれをた
たき込まれる。いわゆる「守秘義務」というやつである。
様々な事実がゆがんだ形で漏れることで生じる「誤解」が、その組織にとっ
て大きな誤解を生み、時には、「真実」をゆがめ、取り返しのつかないことが
おこる可能性があるからだ。
われらがプロレス村にも、絶対にふれてはならない「守秘義務」があった。
そして、数年前、それが破られた。
ミスター高橋の著作「流血の魔術 最強の演技」によってである。
さらに、高田延彦も著書「泣き虫」でそれに続き、今年に入って、週刊ファ
イトの元編集長による著作も出された。
ファイトが休刊し、ゴングが休刊し(いまは分裂後復刊)、週プロですら
かつての活力が失われて久しい昨今、もはやこうした所謂「暴露本」の流れ
がとまらない。
高橋本やそれに続く暴露本の類を読んだのは、プロレスファンの核ともい
える、わざわざメールマガジンまで読むような我々だったろう。
小さい頃から「プロレス?あんなの八百長だよ」という世間からの嘲笑に対
して戦い、懸命に生きてきた我々だ。しかし、同志であるはずの内部の人間か
ら「仕組みはこうでした。世間様の言うとおりです」と言われてしまったので
ある。
仲間同士では、さもストーリーがどうした、こうした、と語り、さも「仕組
み」をわかった振りをしてみても、どっかで、信じていた部分がある。それを、
身内からはしごを外されたのだ。これは、きつかった。
そしてボディブローのように、業界全体に、そして我々の心に「無気力」と
いう形で蔓延していく。
やがてプロレス村の住民は、テレビを見なくなり、専門誌を買わなくなり、
そして、会場に足を運ばなくなった。
高橋があの本を書いたのは、社内で意にそぐわないことがあったからだとも
いわれている。だとしても、高橋本は、出してはいけなかったと、今でも私は
思う。彼は小銭を稼いだかもしれないが、我々は多くのものを失った。
先日、同僚に仕事帰りに声をかけられ、電車の中で語りあった。
「最近、プロレス行ってる?」と聞かれても。
「ぜーんぜん。もう1年以上いってない」と答える私。
彼は、三銃士時代の新日に魅せられ、武藤や橋本の大ファンだった。伝説
の10・9での武藤vs高田、一連の橋本と小川との闘争に胸を熱くしていた。
あの頃の熱がないんだね、と嘆き、ジャンルの衰退の原因を効く彼に、
私は、プライドなどの格闘技へのファンの流出と、暴露本による業界自体へ
のボディブローがあることを指摘した。そして、つい、橋本と小川の一連の
抗争に、猪木の横槍で結果が直前でひっくり返されたりしたことまで、しゃ
べってしまった。
「え!あの橋本と小川の試合も結果が決まっていたんですか・・・・」
しまった! その瞬間、気がついた。
私も高橋と同じ間違いをしたのだ。プロレス村にどっぷりつかっていた私
のようなマニアでない彼に、「あのこと」は言ってはいけなかったのだ。
きっと日本全国でこんな会話が交わされてきたのだ。あの本や、それにま
つわる暴露本を読んだファンが情報交換し、ため息とともにジャンルの衰退
を嘆く。
でも、覆水盆に返らず。人の口に戸は立てられない。
だからこそ、今、叫びたい。
プロレスに熱を!
たとえ、何を言われても、それを超える熱き戦いを!
だから、3年ぶりに「語ろう!プロレス」。
再開します!
100 GONGS AND MORE!!
posted by mitu |10:04 |
mitu |