2008年07月16日
新日本が猪木さんを無視するのは、本当は怖いからなのだ。
「プロレスとは、桃源郷なり」 / 桃太郎
「在日」
在日という意味は、本来は日本にいるという意味だ。 ところが、日本では
「在日」というと、在日の韓国人・朝鮮人を指して呼ぶことが多い。 沖縄の
米兵も、働きにきているブラジル人やインド人も在日のはずだけど、在日とは
呼ばない。 この在日と言う言葉には、字面以上の深い意味がある。
金泰泳や、秋山成勲は帰化したため、今は在日ではない。 秋山は在日4世
だったらしいから、本人だけじゃなく、きっと彼の親御さんも日本で生まれて
育ったのだと思う。 日本で生まれて育ったのに、自分は日本人ではない。
本当の祖国は海を越えた向こう側にある。 そう教えられたとき、少年たちは
どう感じたのであろうか。
少年時代には、人と違うことは「誇り」であることが多い。 自分とは何か
を問いつめたとき、在日であることにアイデンティティーを見いだしたりした
かも知れない。 だが、現実の社会を見ると、在日であることで差別されたり、
不当な扱いをされることも多々ある。 K-1や総合格闘技で活躍し、実力で
名声を勝ちとったのに、帰化という道を選んだのだから、在日を背負う人生は、
かなりの重量感だったのだと思う。
きっと、その重量感が滲み出るのだろう、在日のファイターにはピリピリと
した緊張感がある。 日本のヌルい環境で育った僕にとって、金や秋山の目は
とても怖く感じる。 たぶん、実際に会ったりでもしたら、腰が引けちゃって
オドオドすると思う。 僕にとって在日とは、日々戦場を生き抜いている兵士
みたいなもの。 ちょっと近寄りがたいというのが本音なのである。
僕は、猪木さんも同じような少年時代を過ごしたのではないかと思っている。
猪木さんは日本人だけれど、中学生のときに一家で地球の反対側に渡り「在ブ
ラジル日本人」になっている。 ブラジルでは、差別され不当な扱いもされた
だろう。 その中で「誇り」として見いだしたものは、祖国「日本」への思い
だったのだろうか。 いや、違う。 亡き祖父への思いだった。
猪木さんの旺盛な事業欲は、おじいさんの影響である。 おじいさんはよく
「乞食になっても世界一の乞食になれ」と言っていたそうで、アントニオ猪木
自伝によると「よく言えば豪傑、悪く言えば山師的なスケールの大きな快男児
だった」という。 「良いときは天下をとる勢いだが、悪いときは無一文にな
る」なんて、猪木さんそのものではないか。 猪木さんは国籍は日本人だけど、
発想や行動は日本人離れしている。 それはおじいさんが注入した壮大な世界
観からきてるのだ。
そんな猪木さんに、ヌルい環境で育った新日本プロレスがついていけるわけ
がない。
新日本が猪木さんを無視するのは、
本当は怖いからなのだ。
猪木さんは「在日」の世界人だ。
いいや、宇宙人かな。
posted by 桃太郎 |05:14 |
桃太郎 |


