2008年05月30日
ピリピリ感もありつつ世の中に受け入れられるプロレスが、今芽生え始めているのではないかと感じている。
「教育」 ■ 平田
ちょっと前のコラムに「教育をテーマにしたプロレス」なんて
ことを勢いで書きましたが、具体的にはどんなことか考えてみました。
教育の「教」という字は「孝」と「攵」というパーツから成り、人に
感謝することの大切さを表しているという。
よって、教育とは人に感謝する心を育てるということでありましょう。
棚橋のリングでのアピールや武藤のプロレスラブなどの信条はファンへ
の感謝も含まれていると思います。
プロレス興行へ足を運ぶ、または映像で観戦してくれるファンへの感謝、
勝たせていただいた相手への敬意を伴う感謝、興行を影で支えてくれる
人々への感謝であります。
武藤がIWGPのベルトを奪取したときにはこれが前面に出た試合後
インタビューであった。
これには賛否両論ありましょうが、私としてはあからさま過ぎたと
感じました。やはり、大きな視点からコメントをしてほしかった。
つまり、ベルトはプロレス界を大きくするために奪取した、ファン
の期待は裏切らない、三沢との防衛戦も辞さないなどの煽りである。
夢をいだかせる内容がほしかった。
後藤がアピールしたのだから、次は後藤とやって若いエキスをもっと
吸いたいというコメントでも次なる闘いへの夢があった。
プロレス界の状態が悪いことは明白であり、それをチャンピオンが
意識しすぎるのは格好悪い。会社代表としてのコメントとレスラー
としてのコメントを分別していただければよいと思います。
世間の人がどこを注目するのか、武藤がベルトを巻いたということは
世間では些細なことですが、今話題を呼べるのは高田の遺伝子との
遭遇だと思います。武藤がドリームのリングに登場するというのは
面白い。もちろん、試合をするわけではありません。
前田や船木が呼応して真剣勝負できないプロレスラーがノコノコ現れる
リングではない、場違いだという批判がくるかもしれない。
「それは違う、真剣勝負だ、俺らの試合を実際に観てから言え!」
と武藤が主張。全日、新日のリングを観に来い、総合格闘技とはルール
が異なる、プロレス古来のルールの枠組みの中で真剣勝負が繰り広げられ
ている、とアピールしてプロレス界の格を総合格闘技と同格まで上げる。
そして、桜庭がそこに噛み付いて「武藤さん、俺とプロレスのルールとやら
の真剣勝負をしてください」なんてコメントがでたら面白い。
ここからは武藤対ドンフライの世界である。
あの試合は本当に武藤がフライの強烈なマウントパンチでやられると思った。
プロレスには頭突きがあったんだなどといろいろ励まされる部分があった。
武藤が新日本のリングでIWGP戦を闘うにあたり、煽り映像では
武藤対高田の試合がクローズアップされた。
高田が最強プロレスラーとしてヒクソンに挑戦できたのも、IWGPを
武藤から奪取した歴史が噛んでいることを忘れてはならない。
高田に恩がある人々は武藤に挑みプロレスを学んでほしい。
武藤がドリームに登場なんて試合しなくてもドリームがあるよ。
武藤はプロレス教育者、プロレスラブ、明るい部分を前面に押し出し、
これからメディアでは大好きな下ネタはそこそこにして、かっこいい
姿をみせつけてほしい。
かっこいい姿、リーダーシップ、相手のいい部分を引き出した上で
自分が輝く、総合格闘技のように相手の良さを如何に殺して相手を
ギブアップさせるかなんてひどいもんである。
相手を重んじるとともに、自分も輝く。そして、自分よりも輝ける
後進に身を譲る際も、自分を最後に輝かせてくれた上でフィナーレ
を飾ってくれる後進にスリーカウントをとられる。
アメリカでは最近そんな引退試合がありましたが、日本では武藤が
棚橋か諏訪魔との引退試合がそれになればいいなと思います。
高田は格闘家としては引退したが、プロレスラーとしては引退して
いないようなので、まだ楽しみだ。
田村との引退試合で高田の良さが全く観られなかったのは、
プロレスの試合ではなくPRIDEの試合であっただけのこと。
また、昭和の大物たちが自分の幕引きをうまくできなかったことが、
惨めでありまして、これは教育を疎かにしたためです。
ベビーフェイスにしろ、ヒールにしろ徹底しなければならない。
でも、金に飢えてプロレスラー皆がヒールに見えてしまったらおしまい。
藤波のようにベビーフェイスのイメージしかないレスラーは、
もっと世間に対して何かできたはずである。自分の地位に甘んじて
地味なことをしてしまったのかもしれない。
地味になるということは一部のファンには喜ばれるかもしれないが、
時代の流れ取り残されるのは明らか。
馳はその点、すごいレスラーである。
武藤への期待は留まるところを知らない。
レスラー自身が楽しみ他者もそれを喜ぶ、こういう関係の輪が広がること
こそが、教育のプロレス、感謝のプロレスではないでしょうか。
ハッスルがそういうプロレスかもしれませんが、真剣勝負のピリピリ
した雰囲気はやはり勝負には必要。
ピリピリ感もありつつ
世の中に受け入れられるプロレスが、
今芽生え始めているのではないか
と感じている。
いずれにせよ、基本軸は「教育」である。
posted by 平田 |23:38 |
平田 |


