2008年08月31日

“NBA@東京ドーム”~インドアスポーツイベント不滅の観客動員

2日間で約8万人の観衆を集め、当時、屋内施設としては最大の規模を誇った東京ドームで開催されたNBAの公式戦「NBA JAPAN GAMES」が、いまから12年前の1996年に行われました。インドアスポーツとしては、恐らく、史上最大規模で、この記録は当分破られることはないでしょう。残念ながら、いまの大学生でも記憶にない方の方が多いと思われるほど、昔のことになってしまいました。
1996年11月7日と9日に開催されたこの歴史的ゲームは、1990年、1992年、1994年に続き、4回目となる北米大陸以外で行われる唯一(当時)のアメリカ・プロスポーツの公式戦でした。ピッチャーマウンド上にコートが設置され、セカンドベース付近から外野方向にかけては、約5,000席の巨大な仮設スタンドも設置されました。観客席は、外野に近い内野席の一角(仮設スタンドにより見切れ)と外野スタンド席以外は、すべて観客で埋め尽くされ、東京ドーム開館以来、初めてバックネットが完全に取り外されました。
一般に販売されたチケットは、全体の約90%にあたる36,000枚(1日当り)。優先販売やチームへの引渡し分(契約あり)、当日券で販売された立見席、またスポンサー招待などの分を加えると、約40,000人が東京ドームに詰め掛けました。また、1996年は、NBA日本公式戦で初めて、イースタンカンファレンスから2チームが来日。それまでは、渡航時間や帰国後のシーズンスケジュールなどの課題を解決するために、ウェスタンカンファレンスから対戦チームは来日していたのですが、その課題を乗り越えて、それまで以上の強豪チームが参加することになりました。また、従来は、帰国後のスケジュールを考え、シーズンの開幕戦として行っていたのですが、今回は、シーズン開幕後のゲームということになり、両チームとも、アメリカで開幕戦を行った後、日本で2試合行うことになったのです。来日前、そして帰国後のチームの体調管理等を考えると、無謀とも言えるその課題を、NBA、そして来日した両チームは払拭してくれたのです。
NBAの人気が高まり、多くの観客が見に来てくれる、という期待感はありましたが、一方では、より知名度の高い人気チームを呼びたい、という希望は、招聘元のNBA日本総代理店を当時務めていた商社では考えていました。しかし、そのためには、上記のスケジュールに関する問題以外に、金銭負担に関わる課題があったのです。このイベントは、単なる興行としてだけではなく、シーズン公式戦として開催されるため、来日するチームのホームゲームを1試合づつ、興行権を譲り渡してもらわなければなりません。そのため、前シーズンの実績をベースに、各チームの興行収益を日本側が負担しなければならないのです。当時のオーランド・マジックは、来日前にトレード移籍したシャキール・オニールや、ペニー・ハーダウェイという2枚看板を抱え、人気を博していたため、チケットはソールドアウト状態だったのです。しかも、ホームアリーナのキャパシティも大きかったため、金額にして数億円規模になっていました。2回連続で横浜アリーナで開催していましたが、そこでは、14,000人しか入らず、チケット価格を倍以上にしなければ、その金銭保障を賄うことはできません。結果的に、東京ドーム開催という構想が現実味を帯びたのです。
アメリカでは、NCAAファイナル4という、全米大学バスケットボール選手権のベスト4が、ひとつの会場に一堂に会して行われるイベントがありますが、過去の例を見ても、その観客動員数は、肝を潰す規模でした。インディアナポリスのRCAドームとか、シアトルのスーパードームとか、NFLフットボールのホームスタジアムが超満員になるのです。しかも、チケットは、開催が決定すると同時に即完売する人気です。
まさに、その規模に近いものをやろうとしていた訳です。先に述べた会場設営での課題も、かなりの時間を費やして、ひとつひとつの課題が解決されていきました。東京ドームが、民間施設でなければ、絶対に無理だったと思います。問題はそれだけではなく、設営作業は、前のイベントの関係で、深夜に行わなければならないこと。また、第2戦終了後には、直ちにバックネットを現状復帰しなければならないこと。などなど・・・、数え上げればきりが無いほどに、大きな課題が山積しました。バックネットの現状復帰については、翌日から日米野球の開催が控えていたためです。もちろん、バックネットの撤去も現状復帰作業も、こちらの負担です。また、野球場ですから、アリーナ施設を使用する場合と比べ、運営に使用する諸室が足りませんでした。そこで、メディア施設に関しては、1塁側のブルペン、つまり投球練習場の中を仮設対応で改修し、約200名が利用可能なメディアワークルームとしました。3塁ブルペンには、記者会見場が仮設設置されました。ちなみに、ホームチームであるジャイアンツのロッカールームは、使用不可能ということで、開かずの間に終わりました。
施設の問題が解決すると、このイベントの最大の課題が待っていました。観客動員です。つまり、チケットを完売させなければ、東京ドームで行う意味がありません。幸運にも、1992年と1994年に横浜アリーナで開催した際には、発売と同時にほぼ完売になるなどして、手応えはありましたが、なにせ今回はその3倍もの数を売らなければなりません。しかも、東京ドームという見易いか見易くないかもわからない野球場でやるのですから、不安はかなりありました。しかし、当時かなりの数の会員を集めていた公式ファンクラブの存在、そして大会のスポンサーとなっていただいた企業が、大会スポンサーとしての各種権利を活用して、全国キャンペーン計画してくれていた事もあり、不安と気体が入り交じる中、とにかく、プロモーション計画の策定を開始しました。
まず、第一前提に置いたのは、7月19日から開幕するアトランタ・オリンピック前に、80%以上を売り切ることです。それ以降は、販売の伸びが鈍化することは仕方ありませんでしたが、アトランタでの“ドリーチーム”の活躍と、その魔法の威力に期待したのです。また、スポンサー各社によるキャンペーン展開の効果にも期待がありましたから、問題は、チケット発売から1週間程度で、どのくらい販売の加速が付くかどうかという初動対策でした。イベントの全体予算規模は、それまでの3回とは比較にならないほどのものでしたが、逆に、チケットが売れなければ悲惨な結末が待っていることになります。それだけに、宣伝予算は、本当に限れたものしかありませんでした。当時、協力してくれた大手広告代理店の方々にお願いして、可能な限りの“例外中の例外”的な計画策定が進められました。中には、NBAファンの一流のクリエーターの方が、奉仕としか思えないような予算で、見事なCMを作ってくれた、という有難い話しもあります。この方には、キチンと、良い席で観戦していただいたことは、言うまでもありません。とにかく、今まで以上に幅広い認知が必要になりましたので、新聞の全面広告を、チケット発売2週間前から展開し、ラスト1週間では、集中してTVCMを投下しました。加えて、交通広告や大量のチラシ配布、ポスター掲載などの通例的な手法も展開し、なんとかチケット発売当日まで漕ぎ着けたのです。結果は、予想を超える動き出しで、何とかチケット販売に目処を付けることが出来ました。新聞広告では、日本経済新聞にまで広告を掲出しましたが、NBAファンの傾向に関して、公式ファンクラブの会員のデータやそれまでのさまざまな調査データがありましたので、会社に勤めている20代の社会人の方々の多くに支持されていることは分かっていました。もちろん、スポンサーセールス的なビジネス判断もありましたが、結果的にかなり効果はあったのではないかと考えています。
私が主に担当していたスポンサーシップ業務も、それまで以上の協賛金を集めることが要求されていましたし、スポンサー各社独自のプロモーションの実施が、特に期待されていました。単に、イベント協賛の型通りのパッケージ提案ではなく、イベント協賛により獲得できる諸権利の詳細と、その活用方法を具体的に提案していきました。結果的に、10社のスポンサー企業を獲得し、また、多くのスポンサーに、イベントをテーマとしたプロモーションを実施していただきました。特に、あるコンビニエンスストアが展開してくれた全国キャンペーンと、外資系ビール会社による、いままでに経験したことのないような手法によるブランディング戦略とが、いまでも印象に残っています。
コンビニエンスストアでは、プレミアムキャンペーンに加え、ごく少数の当選者を対象とした「VIPパッケージ」というものが当るオープンキャンペーンを実施しました。「VIPパッケージ」とは、選手の宿泊するホテルと同じホテルへの宿泊、一般の方々は対象としていない公式レセプションパーティーへの出席、そして最上席での観戦と、お金を出しても買えないような特典をパッケージにしたものです。当選者の皆さんをホテルの一室に集めて、当選のお祝いを述べさせていただくチャンスがあったのですが、皆さんの目がキラキラ輝いているのを見て、やってよかったと思いました。コンビニエンスストアの担当者から、後に、「いろいろスポーツをテーマにキャンペーンをやる中で、バスケットボールのファンの皆さんは、いい人ばかりで感心しました」、と言われました。バスケットボールに関わる人たち全員に対して言われているようで、その言葉は、いまも忘れられません。
外資系ビール会社は、アメリカでは大きなシェアを持つものの、日本ではなかなかシェアを獲得することが出来ずにいました。日本のビール会社との販売提携を締結したばかりで、とにかく、ブランドの認知に力を入れていました。そこで、実施したのは、試合当日の東京ドーム内でのビール販売を、そのブランドのビールで独占してしまったこと。そして、隣接する飲食店が入ったビルの壁面一面を、そのビールの広告で埋めてしまったことです。もちろん、仮設スタンドの横のグラウンドレベルにも、臨時売店を2ヶ所設置し、販売とPRを展開していきました。恐らく、想像よりもコストはそれ程掛かっていなかったと思います。しかし、普段は絶対に無理、ということを、外資系ビール会社の担当者はやってしまったのですね。凄いと思いました。裏方で私も協力はさせていただきましたが、あの方の行動力溢れる姿は、いまでも見習うべき姿勢だと考えています。
テレビ放送も、過去最大規模となりました。1996年は、先程も述べました通り、開幕戦ではなかったため、従来の土日開催ではなく、1戦は木曜日の夜、もう1戦は土曜日の昼に開催されました。それにより、日本での第1戦のテレビ中継も、テレビ朝日により23時台からの開始となり、視聴率も少し期待が持てました。(結果的に、以前よりも2%ほど高かった)グランド上に設置された巨大な仮設スタンドの裏側に、何台ものテレビ中継車輌が並び、中継スタッフ用の控室やワーキングルームも、プレハブで仮設設置されました。また、アメリカへは、TNT(ターナーネットワークテレビジョン)、そしてオーランドの地元局、日本向けとして、テレビ朝日とNHKハイビジョン放送が入り、合計で30台ものテレビカメラが設置されました。更に、中国や台湾、そしてタイなどの東南アジア数カ国にも中継され、制作体制も中継体制も、それまでより規模は拡大しました。そこで学んだテレビ中継の基礎的ノウハウは、いまでも本当に役立っています。当時は、まだ衛星回線を通じての伝送でしたし、デジタル制作ではありませんでしたので、その分、多くのスタッフが関わって制作が進行する姿を見ることが出来たことが、良かったのでしょう。
本番の11月までの約6ヶ月間は、まさに、嵐のような状態でしたが、東京ドームの中でバスケットボールイベントを実施し、1日4万人もの観衆を集められたという実績は、私個人にとっても大きな自身にもなりましたし、さまざまなノウハウを吸収できた機会となりました。1999年にも同会場でNBA日本公式戦は開催されていますが、1996年で味わった感動は忘れられません。4万人の熱気を、コートサイドで見上げながら感じた感覚は、表現できません。
NBA JAPAN GAMES 1996
NBA JAPAN GAMES 1996
NBA JAPAN GAMES 1996


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2008年08月31日

国際スポーツ大会の運営予算と収入確保の課題

男子バスケットボール世界選手権、世界陸上競技選手権大阪大会、世界ノルディックスキー世界選手権札幌大会、バレーボール世界選手権・・・と、各種スポーツの世界大会が、ここ数年の間に、続々と開催されました。そして、世界バスケでは、日本協会の人事問題にまで発展した赤字問題がいろいろと報道されましたが、しかし、大阪市の財政負担額に大きさに対する市民からの声が波紋を呼んだ世界陸上、そして同じく開催地行政からの補助金が、当初の倍以上に膨らんだ世界ノルディックと、バスケットだけに限らず、世界選手権大会を誘致した金銭的な結果だけを見れば、どの大会も、大きな財政負担を強いられています。世界ノルディックは、FIS(国際スキー連盟)からの分配金に対する為替レートの関係もあり、黒字に終わった、との報道がありましたが、それも、予算合計で38億円もの開催地自治体からの補助金があったこそのものです。
バレーボールは言うに及ばず、日本で世界一流の大会が開催されることは、スポーツファンにとっては、本当に嬉しい限りです。生で見ることはもちろん、日本での開催を機に、テレビ放送が行われることも、“世界を見る”機会が実現できるわけで、大きな事業成果があると思います。しかし、常に、その決算が問題視され続けています。当初予算と決算数字との差は、支出額の見積りの甘さもあるかもしれません。警備費等、世界情勢の変化に伴う緊急的な対策費の追加があったのかもしれません。ただし、世界陸上や世界ノルディックの例は、あまりにも開催地自治体の負担が大きいと言わざるを得ません。ちなみに、世界陸上では、大会総費用93億円の内、約40億円が大阪市の負担と報道されていますし、同じく、世界ノルディックでも、大会予算の52億円の内、約38億円が札幌市の負担と、大会公式ウェブサイトに公表されていた報告には記載されています。世界バスケは、赤字額と言われている13億円は、確かに巨額ですが、公表されている当初予算通りだとすると、開催地自治体からの負担額は、最終決算額としている約36億円中、全開催地合計で7-8億円程度です。赤字が悪い、自治体の負担はしょうがない・・・、云々という議論は、全く相容れないものですが、世界大会の招致のためには、開催地自治体の巨額の負担なくして成り立たないのが現実なのでしょうか?。
来年3月に、福島県猪苗代町で開催されるフリースタイルスキー世界選手権も、例外ではありません。招致時の予算策定額と、現実的な見積額との差が3.5倍以上にもなったことは、計画段階の甘さが指摘されても仕方がない事実です。5億8千万円から14億円になり、それが21億2千万円になり、更に、8億1千万円で“新予算”が策定される、という数字遊びとしか思えない計画策定の様子に、驚きを隠せません。その差額の約13億円とは、一体なんだったのか?。
国際スポーツ大会の招致には、競技団体だけではなく、開催地の自治体の協力が欠かせません。当然、多くの補助を期待するのも仕方ないでしょう。しかし、補助の規模に対する前提となる予算面での計画性の低さが問題なのだと思います。特に、支出を補う収入の確保に関する課題は、常に問われます。世界ノルディックも観客動員の伸び悩みが、結局は当初3億円程度の見込みに対して約半分程度にとどまってしまいましたし、世界陸上でも、同様な論議が更に加速しました。では、スポンサーシップ収入は?、というと、当然その収入に大きく頼るのは、安易な考えの場合が多いようです。景気がどうのこうの以前に、大会のスポーツイベントとしてのマーケティングバリューの問題でしょう。テレビ放送があり、世界での開催実績もあり、特に、世界陸上は、1991年に東京で成功している事例を残しています。そこには、マーケティング的な見地からも、スポンサー企業は、大きな期待を見出すかもしれません。事実、全体予算の30%が事業収入という予算書も残されています。しかし、行政が主体で、単なる金集めとしか思えない協賛集めの場合、協賛の“価値”を示せるはずもなく、当然期待薄とならざるを得ません。
何十億円という大きな予算額を前提としても、絵空事になりますので、以下に、数億円規模の国際大会の事業予算計画について述べます。あくまでも、個人的なシュミレーション案ですが、基準としてご覧ください。

<計画前提要素>
◇対象スポーツ:バスケットボール、バレーボール、ハンドボールなどのインドアスポーツ
◇想定大会期間:試合日 計日間, 準備、公式練習、休息日 計6日間  総計14日間
◇想定開催地:大都市圏 または 地方都市(県庁所在地)
◇想定会場:2会場 主会場/7,000人以上収容クラス+補助会場/3,000人収容クラス
<支出費目毎の想定負担率>
1.会場費 5-10% (施設使用料) ※すべて含む
2.会場設営・制作費 5-10% (設営、撤去、仮設制作、装飾制作、運搬、設営什器リース等)
3.会場運営費 15-20% (警備、観客対応、メディア対応、プロトコール、物品調達、ケータリング等)
4.競技運営費 5-10% (競技機材調達、競技進行、選手対応、審判対応、メディカル対応等)
5.宿泊・輸送費 35-40% (宿泊費、食事費、輸送車輌費、ホテル内大会施設運営費等)
6.広報・宣伝費 10-15% (メディア資料作成、ウェブサイト運営、宣材制作、媒体広告費等)
7.マーケティング経費 5-10% (チケット販売、マーチャンダイジング販売等)
8.総務経費 5-10% (事務局運営、その他)
<収入費目の想定配分率>
1.チケット収入 30-35% (主会場のみの収入期待を想定し、1日4,000人動員規模にて)
2.スポンサーシップ収入 25-30% (VIK相当額を含む。また、権利購入料等は差し引く)
3.開催地自治体、公共団体、国際連盟等からの補助金・助成金・寄付金 30-35%
4.販売収入 5-10% (大会プログラム、記念品、その他)
※テレビ放送権は、国際連盟扱いと想定し、国際連盟から一部が補助金として入る想定。
<大会開催総予算想定>
◇大都市圏開催の場合: 4億5千万円~5億円
◇地方都市開催の場合: 3億円~3億5千万円

上記は、過去に私が携わった大会や公表されている各種大会の予算規模を、各種実施条件等を整理した上で、適正な業務量や物量を想定して、金額規模を想定したものです。よって、条件設定が異なれば、また、競技種目に独特の要件がある場合は、数値は異なってきます。しかし、特に収入面に関しては、インドアスポーツの場合、全体の予算の中で、少なくとも1/3以上の動員成果に向けて努力しなければ、結果的に、前に述べたように、各種補助や助成に頼る結果になります。また、スポンサーシップについては、各スポーツ競技によって、国際連盟などが規定するマーケティング戦略上の契約条件が異なりますので、一概に言えるものではありませんが、収入全体の構成比率、また金額レベルから考えると、この程度の期待を持てないと、更に補助や助成に頼らざるを得ない結果となります。バレーボールなどの場合は、国際連盟とテレビ局間で、テレビ放送以外の事業関連も含めた包括契約が存在していると言われていますので、自治体や公共団体など以外に、事業補填がある場合があります。
上記のシュミレーション案から考えると、フリースタイルスキーやノルディックスキーなどの屋外のウインタースポーツは、会場設計次第では、有料入場という概念すら厳しいのかもしれません。よって、他の収入に頼らざるを得ない、とも言えます。結果的に、自治体の財政負担にシワ寄せがいくのだと思います。しかし、一方で、収入が期待できない分、単純に支出の削減を、机上だけで数字の計算に任せてしまうと、実際の業務への支障がどうなるか、と言った現実的な面が損なわれてしまう危険性を生じます。人件費を削減するためのボランティアの動員とか、会場設営の簡略化とか、警備や観客対策のレベルダウンなど、本番当日に起こりえるリスクの計算まで念頭に入れてあるのかどうかが課題でしょう。ボランティアは、単なる安い労働力としてしか捉えていないリスク、また、有料入場なのに満足な対応が何もない事への観客の反応に対するリスク、そして、会場周辺の整備の不徹底から生じるアクセスコントロールに関するリスクなど、リスク=金銭負担ということに留意すべきです。リスクを回避するためにはお金が掛かりますし、リスクを犯してしまうと、後に余計なお金の負担を強いられるケースは多々あります。
スポーツイベント、特に国際大会開催時の予算で、最も構成比率が高くなるものは、宿泊・輸送費です。特に、選手や役員の宿泊のために要する予算は、全体の1/3を超える場合もあります。また、それは、大都市圏と地方都市でも大きく異なってきます。十分な収容能力があるホテルが少ない、または分散宿泊を余儀なくされる場合や、試合会場から離れた場所でしか宿泊施設が瀬賄えない場合など、ホテル要件によって、輸送対策にも影響します。当然のことながら、都市や地域によって、宿泊単価や食事単価が相当異なる場合もあります。倍以上の差が生じることも珍しくありません。
また、会場運営費に関しても、開催地の地元のスタッフを活用することはよくありますが、スポーツイベントの特殊事情までは、経験値として乏しい場合もあり、多数のイベント開催でノウハウがある東京などからスタッフが派遣されるなどして、経費増になることも多々あります。運営上の安全性や効率、また、国際大会独自の要件をカバーするためには必要な措置ですが、計画段階において、こうした考えが欠落していると、結果的に金額規模で数倍の狂いが生じる場合もありますので、気を付けなければならないでしょう。
更に、最大の懸念は、会場施設の状態にあります。国際大会レベルの大会開催に適応した施設や設備が整っていれば、金銭的には非常に効率的なものになります。会場の既存施設や設備の活用で、運営上の必要要件をカバーでき、会場使用料の負担額だけをフォーカスすれば良いからです。しかし、そうでない場合、仮設設置の必要や、臨時での敷設や設備導入を余儀なくされる場合も、珍しくはありません。特に、IT関連の設備導入は、仮設とは言え、場合によっては、予算額を数倍に引き上げてしまう危険性も含みます。屋内施設だけでなく、屋外のウインタースポーツでは、もっと深刻な問題かもしれません。競技リザルトシステムを導入している場合、当然、情報伝送および管理システムは、仮設のITインフラの上に構築されることになりますので、インドアイベント以上に、その負担は増大するはずです。先に述べた“削れない負担”が、そこにあります。
以前にブログで述べた各種スポーツイベント要件が、いろいろ出てきましたが、要は、イベント現場でのシュミレーションなくして、現実的な予算数字は保障できない、ということです。

posted by umekichihouse |07:18 | イベントオペレーション | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月30日

日本のスポーツアリーナ “BEST 10” !!

YOKOHAMA ARENA
SAITAMA SUPER ARENA
長年、スポーツイベントのスポンサーシップやオペレーション業務に関わってきた中で、とにかく、いつも思うことがあります。施設の問題です。古い、使いにくい、利用規定が厳しい、融通が利かない、などなど・・・。日本にあるスポーツアリーナ、つまりは大半が“体育館”ですが、地域住民の健康とスポーツ活動の促進を促していくための施設として・・・云々。もはや聞き飽きたセリフですが、公共施設としての体育館は、行政が管轄しますから、その運営施策も、行政の倫理観や価値観で決められているケースがほとんどです。利用する人の立場や、貸し切りでイベントを行おうとしている人たちの利便性は、すべてとは言いませんが、ほとんど無視したルール作りになっています。加えて、周辺住民に対する配慮を前提として、夜の何時以降は車輌の出入りは禁止とか、設営や撤去の都合で深夜の時間帯を利用させているにもかかわらず、音を出してはいけない、とか・・・。スポーツイベントやコンサートなどの興行の利用を対象として、通常より高い利用料金を設定しているのにもかかわらず、興行を実施する際には、あれこれと規制をかけたり、何かというと課金対象にしてしまいます。随分と悪口が多いと思う方もいるでしょうが、これが、現実です。そんな中で、イベントの運営や設営に携わっている人たちは、悪戦苦闘しながらも、立派にイベントを成し遂げている毎日なのです。
そんな中で、私は、常に、「理想的なスポーツアリーナ施設はないものか?」ということを考えています。実際に利用実績がある施設に関しては、良い点や悪い点が明確に理解できていますが、無数にある全国の施設を検証するためには、膨大なお金と時間を使いますので、実際に見に行くことは到底不可能です。そこで、ある程度の規模の国際大会やスポーツイベントの開催実績を元に、資料ベースですが、3,000席以上の既存客席を有する施設の中で“これは!”というスポーツアリーナをピックアップし、全部で67施設を検証してみました。既存の施設環境もさることながら、実際に、国際大会レベルのスポーツイベントのオペレーション計画に対応できるのか否か、また、運営コスト面も考慮して、仮設工事の必要度合いの低いことや、アリーナから適切な時間的距離の位置に、適切な宿泊施設があることなど、イベント運営上の具体的な検証ポイントを、その評価基準として検証しています。
個人的な独断と偏見ですが、その中のベスト10の施設を下記にご紹介してみます。ただし、ベスト10とは言いましたが、順位は付けません。上位10施設という観点でご覧ください。国際大会などのスポーツイベントで、開催会場に関してお考えの方がいらっしゃいましたら、余談のつもりで見てください。(記載している観客席数は、バスケットやバレーなどのボールゲーム実施時のアリーナ設定を前提としたものです。)
1.<北海道札幌市 北海道立総合体育センター ※通称 きたえーる>
アリーナ面積:3,886㎡, アリーナサイズ:84mX50m, 観客席数:5,872席(仮設1000席追加可能)
2.<三重県伊勢市 三重県営サンアリーナ>
アリーナ面積:3,489㎡, アリーナサイズ:83mX48m, 観客席数:7,160席
3.<愛知県名古屋市 日本ガイシホール ※ネーミングライツ導入中>
アリーナ面積:3,646㎡, アリーナサイズ:84mX49m, 観客席数:7,000席
4.<大阪府大阪市 大阪市中央体育館>
アリーナ面積:3,580㎡, アリーナサイズ:77mX46m, 観客席数:7,322席
5.<広島県広島市 広島県立総合体育館 ※通称 広島グリーンアリーナ>
アリーナ面積:3,500㎡, アリーナサイズ:80mX48m, 観客席数:6,738席
6.<神奈川県横浜市 横浜アリーナ>
アリーナ面積:8,000㎡, アリーナサイズ:114mX78m, 観客席数:14,000席
7.<埼玉県さいたま市 さいたまスーパーアリーナ>
アリーナ面積:6,175㎡, アリーナサイズ:95mX65m, 観客席数:21,197席(アリーナモード使用時)
8.<東京都渋谷区 国立代々木競技場第1体育館>
アリーナ面積:4,002㎡, アリーナサイズ:95mX47m, 観客席数:9,079席(仮設2000席追加可能)
9.<大阪府大阪市 大阪城ホール>
アリーナ面積:3,500㎡, アリーナサイズ:83mX48m, 観客席数:10,956席
10.<福岡県福岡市 マリンメッセ福岡>
アリーナ面積:8,000㎡, アリーナサイズ:100mX80m, 観客席数:7,400席
上記を選出した理由をご説明するために、基本的な検証ポイントについて、まずは述べさせていただきます。
第1に、競技スペースとなるメインアリーナの広さです。ルールに沿ったコートスペースと、その急変の競技運営スペース、そして、可動席や仮設席によるアリーナ席の十分な設置スペースなどを考慮すると、最低レベルでも3,500㎡前後の広さは必要となります。アリーナ席の規模が大きければ、その広さは拡大します。アリーナの縦と横の長さについては、少なくとも、80mX50m前後のサイズは必要です。特に、短辺のサイズが小さいと、競技運営に障害が生じる場合がありますので、最低でも47-48mは必要となるでしょう。(可動席の設置方法にもよります。)
第2は、観客席の規模ですが、一般販売可能座席数が、その全体の数値の70%で4,000席になる規模でないと、興行収入の確保という点で影響します。また、大会運営上、約1,000~1,200席が、テーブル設置席となるプレス席やコメンタリーポジション(テーブル設置のために倍の席数を使用)、来賓席、選手席、関係者席等の確保のために必要となりますし、また、テレビ放送制作上、カメラポジションのスペースの確保のために必要になります。つまり、総座席数が、最低レベルでも7,000席前後ないと、必要な一般座席数が確保できないのです。
第3は、第2のポイントで述べた7,000席前後の客席数規模の施設では、アリーナ面のコンディションが、木製フロアであることが必要条件となります。もちろん、競技コートとして、そのまま使用できる品質であることはもちろんです。特に、バスケットボールでは、厳密にフロアの仕様条件が、国際連盟の規定で定められています。ただし、このポイントでは、10,000席以上のレベルの大規模施設では、無視できます。何故ならば、座席規模が大きいことで、興行収入規模の拡大も期待でき、そこでの拡大分を、仮設フロアの設置費用として使えるからです。よって、10,000席以上の施設では、適正な木製フロアが常設されていることは必要条件とはしません。
第4は、メインアリーナ内の照明照度の適性具合です。テレビ放送を前提として、国際レベルでは、1,800~2,000ルクスの照度がアリーナ全面平均で確保できることが常識になっています。
第5は、空調設備の能力です。単に観客席エリアだけではなく、フロア面にも適切に空調効果があるような空調システムでなければなりません。アリーナ内で、空気が循環せず、満員の状況の中で、想定以上に室内温度が上昇するケースはよくあります。満員の状態での能力検証が必要です。
第6は、施設全体としての電気設備の容量規模です。臨時電源の規模はもちろんですが、空調設備使用時には、電気使用量は拡大しますので、それによって運営上、臨時で使用する電気容量に影響が出ることは避けなければなりません。EPSという配電盤装置の位置も、競技運営に支障のない位置にあるのが理想です。
第7は、メインアリーナ周辺のバックヤード内の諸室環境です。必要な部屋数や各諸室の広さの状況、更衣室内のシャワー設備やトイレ設備の有無など、まずは、競技運営に必要な施設環境が整っているか否か、ということです。その点でも、仮設を必要とする場合は、第3のポイントと同様に、10,000席以上の大規模施設以外は、マイナスポイントです。
第8は、メディア関連施設やテレビ放送関連施設用の諸室、スペースを適正な場所に確保できるか、ということです。かなり重要な要件で、メディアワークルーム等は、来場するメディアの数にもよりますが、250~300㎡の規模の部屋は必要ですし、テレビ中継車の駐車位置も普通車で10台前後分のスペースが、会場施設に隣接して必要です。メインアリーナ付近になければ、会議室が集中して配置してある会議棟などの隣接施設の利用も考慮できます。また、剣道や柔道で使用する武道場内を仮設利用する場合もあります。
第9は、VIPなどに対するサービス施設であるホスピタリティスペースの確保です。第8のポイントで挙げた諸室の半分程度のスペースで十分ですが、飲食を伴いますので、利用規約の確認も必要です。
第10は、通信設備の問題です。ブロードバンド回線での通信は、いまや、必要不可欠なコミュニケーションインフラですので、既存設備として、光通信回線の基礎設備の有無が課題です。特に、導入が遅れている地方の施設は、現地の通信会社にも確認の上、仮設工事の必要性も含めて、詳細なチェックが必要でしょう。
以上の10ポイントの検証課題を精査して、すべてに満足できる内容を得られなくても、一部の仮設や臨時対策にて、課題を解決できる範疇にあると考えられるレベルの施設が、上記に挙げた10の施設です。
ただし、「三重県営サンアリーナ」に関しては、来年、新体操世界選手権の開催を控えている、ということもあり、施設の内容は素晴らしいので、期待値を込めて取り上げましたが、ひとつ重大な課題があります。アリーナの近隣に、適切な宿泊施設が少ないということと、空港からの移動距離がかなりある、ということです。国際大会の場合、選手が宿泊する施設から試合会場や練習会場までの時間的な移動距離は、大型バスにて、約20分前後が限界と考えます。渋滞を考慮しても最大で30分圏内に、それらの施設がないと、競技進行上の問題や、何よりも選手の負担が増加されます。空港からの距離については、車で約1時間圏内であることが通常です。こうした点で考えると、大都市圏の場合は、さほど問題は生じませんが、どうしても地方都市の場合は、宿泊施設や輸送の問題で、神経質な課題が浮上するのが常です。
最後に、上記に取り上げる客席規模に満たないけれど、施設や設備内容が充実していて、お勧めの施設を、7会場、下記にご紹介します。トップリーグなどのリーグ戦開催には、非常に適した施設だと思います。
1.<群馬県前橋市 群馬県総合スポーツセンター ぐんまアリーナ> 5,433席
2.<愛知県豊田市 スカイホール豊田> 4,450席
3.<岐阜県岐阜市 岐阜メモリアルセンター で愛ドーム> 4,564席
4.<大阪府大阪市 舞洲アリーナ> 5,820席
5.<兵庫県神戸市 グリーンアリーナ神戸> 4,852席
6.<兵庫県神戸市 神戸ポートアイランドホール> 5,464席
7.<鹿児島県鹿児島市 鹿児島アリーナ> 4,200席


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2008年08月29日

新シーズンのJBLに臨む2つのプロ球団

私の愛するバスケットボール、男子の日本バスケットボールリーグ「JBL」は、9月26日から、新生JBL2シーズン目の火蓋を切ろうとしています。今年は、昨年加入したプロ球団、「レラカムイ北海道」に加えて、いよいよJBL2チーム目となるプロ球団も始動します。栃木県を本拠地とする「リンク栃木ブレックス」です。高校バスケットボール界の雄“能代工業高校”の元監督、加藤三彦氏をヘッドコーチに迎え、着々と戦力を整えつつある様子が、報道などを通じて伺えます。日本のバスケットボールの歴史を作ってきた企業チームの壁に、新生プロ球団がどのように立ち向かうのか、興味が沸きます。
一方で、創設4シーズン目を迎える独立プロリーグのbjリーグ。今年からは、JBLからbjリーグに戦いの場を移した浜松・東三河フェニックス(旧OSGフェニックス)と、新生チームの滋賀レイクスターズの2チームを加えて、計12チームのリーグに拡大しました。東西カンファレンスに分かれて、1チーム計56試合を戦います。当初は、2010年に12チームへの拡大を目標としていただけに、2年も早く、目標を達成したことになります。最終的には、30~40チームに拡大する構想があるようですが、WEB上で確認する限りにおいても、秋田、神奈川、長野、京都、島根、宮崎などに設立準備を進めている組織が立ち上がっているようで、順調に行けば、今後10年から15年で目標のチーム数が見えてくる可能性が出ています。ただし、チームやリーグの経営面では、まだまだ試行錯誤を繰り返している姿が見て取れるのですが・・・。経営課題に関しては、別の機会に譲るとして、地方のバスケットボールファンにとっては、“生で見る”機会の拡大は、非常に喜ばしいことだと考えます。
さて、日本バスケットボールリーグ、JBLですが、企業チームとプロ球団が混在する中で、昨シーズン、新たな船出をしました。bjリーグより4チーム少ない8チームであることは変わりませんが、今年は、2つのプロ球団と6つの企業チームの混在ということで、私は、戦いの舞台から少し離れたポイントに注目しています。
まず、プロ球団の経営の中核である収入の確保という面です。当然、チケット収入にフォーカスされます。そこで確固たる経営基盤が作れなければ、存続できません。スポンサーという収入は、確かに期待したいところですが、それは、多くの観客を動員して、多くのファンに支持される基盤が出来るまでは、大きな期待は無理でしょう。つまり、本拠地である地域の人たちに支持される基盤作りこそ、プロ球団の経営資源の根底にあるものだと思います。
反面、企業チームは、企業からの“運営予算”が確保され、また、給料や契約金(プロ契約選手の場合)ということで人件費も保証されています。つまり、リーグの試合での興行収入は、一切関係のない立場です。観客が多くても少なくても、チームの財政には全く影響が無いのです。
これら2つのチームが対戦した場合、プロ球団がホームチームの場合は、当然のことながら、積極的な動員戦略を展開しなければなりませんし、お金を払って見に来てくれている人たちに対して、できる限りのファンサービスを展開していく必要があります。リピーターを育てなければなりませんし、段階的に客単価を上げていく必要もあります。相手の企業チームにも、積極的な協力を求めたいところです。お互いにプロ球団であれば、リーグ全体の人気の獲得や、集客力の向上を目指して、協力体制が取れるところですが、果たして、共存共栄という理念は、そこに通用するのでしょうか?。プロ球団が、企業チームのホームゲームに参戦した時は、どうでしょうか?。本来であれば、アウェイの試合でも、次のホームゲームを念頭に入れたプロモーションの展開やPR機会の創出なども考えると思います。しかし、企業チームが満足に観客動員策を取らず、観客席がガラガラであれば、プロ球団は、ただスケジュールをこなすだけの戦いを強いられます。勝ち負けの結果のみにしか、彼らの期待は向けられません。それでは、リーグ全体の人気獲得などは、夢のまた夢に終わります。
JBLは、昨年、新シーズンを迎えるにあたり、興行権を各チームに渡し、自主興行を推進したようですが、期待に応えたのは、半数に満たないチームだけでした。自主興行をやっているチームでも、テレビの放映で見る限りですが、観客席は埋まらず、試合コートの周りに見え隠れするのは、いつも通りの“日本リーグ”の姿だけでした。やはり、企業チームには、興行権云々の問題以前に、財源的な危機意識が無いため、チームを運営するという経営面での努力が全く見られないのです。レラカムイ北海道は、昨シーズン、どのように考えたのでしょうか?。
スポーツとテレビをテーマにした時にも述べましたが、日本でのバスケットボールは、決してメジャーな存在ではありません。評価の基準は色々あると思いますが、ビジネス面から考えると、年間100億円を超える規模で運営されている日本サッカー協会や、日本相撲協会などと比較すれば、その差は歴然としています。「お金の問題ではない」と言われてしまいそうですが、ビジネスライクに、お金が集まるシステムが構築できなければ、育成も強化も語れないのです。お金がすべてとは言いませんが、お金を無視して“メジャー”への道はありません。
JBLも、bjリーグも、ルールや試合環境は違いますが、同じバスケットボールなのです。日本中でバスケットボールの魅力を体感できて、楽しめる環境がたくさんあることは、まず、バスケットボールへの注目度は向上しますし、何よりも市場が拡大していくチャンスが広がります。お互いに切磋琢磨して頑張っていく中で、市場が拡大し、そこで、お互いの利点を共有し合えるような提携プランが出てきても、決して遅くはないと考えます。いまは、まず、日本でのバスケットボールのステイタスポジションを、少しでも上げていくことです。お互いに頑張ってください。

posted by umekichihouse |12:53 | バスケットボール | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月29日

スポーツイベントとオフィシャルサプライヤー

スポーツイベントの収入は、下記の5項目が主たる収入源となるのが一般的です。
○チケット収入
○スポンサーシップ収入
○マーチャンダイジング収入(グッズ販売およびライセンシング)
○テレビ放映権収入
○補助・助成金または寄付金(開催地自治体や公的団体、競技団体など)
スポーツリーグの場合は、その他に、クラブ全体の経営資源を活用した収入源確保の施策が考えられるため、上記に加えて、幾つかの項目が考えられますが、国際大会などの場合は、上記の5項目が一般的です。ただし、国際大会になると、主催する国際競技団体がマーケティング権を開催地に有償で付与する場合があり、手に入れた金額のすべてが収入として期待できない場合があります。また、イベントのブランド力、つまり、マーケティングバリューがさほど高くない、一言で言えばメディアの関心が低いマイナーな域の競技スポーツの場合などは、スポンサーシップやテレビ放映権収入は、あまり期待できない、と言っていいでしょう。よって、ほとんどの場合、チケット販売と、開催地自治体などからの補助・助成金などに、その大半は依存せざるを得ません。
一方で、支出を見ると、下記の15項目が主な支出費目となります。
◇会場使用コスト(諸室等の付帯施設、電気・照明・空調等の付帯設備使用を含む)
◇会場設営コスト(仮設制作、装飾制作、設営什器調達、運搬および専任スタッフ人件費)
◇会場運営コスト(警備、観客対応、プロトコール、メディア対応等の主に外注の人件費)
◇競技運営コスト(競技機材調達、競技役員経費、会場演出関連費など)
◇式典運営コスト(開会式、レセプション、閉会式運営の会場、運営、演出等の業務経費)
◇宿泊・輸送コスト(公式ホテル運営、対応スタッフ経費等を含む)
◇外部調達コスト(運営機材・機器、備品、飲食物、スポーツ用品等のリース、購入、運搬費)
◇IT関連コスト(インフラ整備、IT関連機材調達、専用ソフト開発、運搬および専任スタッフの人件費)
◇アクレディテーション関連コスト(ADカードの申請受付、認可、リスト集積、カード制作等)
◇ボランティア対応コスト(募集、選抜、教育・研修等)
◇テレビ制作コスト(ホストブロードキャスト関連の外注コスト)
◇チケット販売コスト(販売手数料、チケット印刷費等)
◇マーチャンダイジングコスト(商品製造、販売、プログラム制作等)
◇広報・宣伝コスト(広報資料制作、媒体広告、WEBサイト運営等)
◇その他経費(表彰物制作、事務局運営等)
イベントの規模によって、削除される、または規模を縮小して他の業務に集約する場合などもあるため、上記はほぼ最大レベルと考えられます。収入項目が非常に限られている中で、支出項目は、大会規模が大きければ大きいほど、多岐に渡っていきます。よって、支出の抑制は、スポーツイベントの重要な業務要素です。ただし、単純に“コストカット”する、ということではなく、そこには、“ファイナンシャルマネジメント”のセンスとノウハウが必要となります。コスト費目と内容を、如何に効率的に集約し、如何に無駄や重複を防ぐか。スタッフの配置計画を効率化して、如何に人件費を抑制するか、など、計画の策定段階から、緻密にやってこそ、効率的で安全なコストセーブが実現できるのです。数字だけを見るのではなく、イベント計画自体の実効性や運営の効率性を踏まえて、支出の抑制は考えていかなければなりません。無理や抑制は、イベント運営自体の安全性を損なう危険もはらんではるからです。
支出抑制の対策の中で、イベント計画と最も連鎖的に考えていけるのが、外部調達コストの抑制です。単に、物品の数を減らしたり、品質を落とすのではなく、スポンサーシップと連動して、物品やサービスの提供コストを対価とするサプライヤー、またはサービスプロバイダーとなるパートナーを見つけることです。
スポンサーシップは、イベントにおける広告や各種マーケティング権、ホスピタリティなど、スポンサーがイベントに協賛することで、享受できるメリットを対価として、協賛金を支払います。金銭です。これに対して、サプライヤーやサービスプロバイダーは、各社の製品やサービスを、イベントに無償で提供することにより、協賛します。ただし協賛金は支払わず、各社の製品やサービスの相応なコストを、協賛金に代わる対価とします。
北京五輪などのオリンピックでも、TOPスポンサーから国内スポンサー、オフィシャルサプライヤーはもちろんですが、スポンサーシッププログラムに参加しているほとんどの企業は、各社独自の製品やサービスなどをオリンピックの運営のために提供しています。その数や量は、膨大なものです。そして、その提供される製品やサービスは、オリンピックの運営に適した品質が求められます。単に、品物を提供するだけで、サプライヤーの義務を果たしたとは言えません。高い品質の製品やサービスだからこそ、その企業のブランド力を高める機会が与えられるのです。もし、粗悪のものであれば、大会運営に多大な支障が出てしまいます。現代のレベルに達していないような低機能な製品では、その役割を十分に果たすことが出来ず、これも大会運営を停滞させてしまいます。アトランタ五輪でのIBMの失敗が、その一例です。場合によっては、スポンサー企業の評価を著しく損ないます。だからこそ、一流のイベントには、それに相応しい一流の製品やサービスが求められ、ブランド力を高める機会が得られるのです。
つまり、物量や規模だけでサプライヤーからの支援を喜んでいるようでは、本当の意味での支出コストの抑制にはなりません。場合によっては、“高い買い物”になってしまいます。しかし、イベントの主催者が、適正な考えと、慎重な計画を持っていれば、サプライヤーの存在は、イベントを開催する上で、非常に有難いものになります。時には、お金で買えないサービスを受ける機会に恵まれることもあります。
何処にでもあるような話しですが、スポーツイベントには、多くのスタッフや役員が運営に携わります。特に、ボランティアや現場のスタッフは、多くの観客の目に映り、場合よってはテレビ放送を通じて映し出されてしまいます。よって、イベントのブランド力を高める戦略の一つとして、デザインが統一されたスタッフウェアを着用させるのは、非常に効果があります。更に、スタッフウェアのデザインが素晴らしいものであれば、視覚的な効果だけでなく、接客印象も良く捉えられる場合もあります。「そのウェアは売ってないんですか?」といわれるケースも多々ありますよね。マーチャンダイジングと連動すれば、記念品販売に対する販促効果も生まれます。全く同じデザインやカラーでは、運営上混乱してしまいますが、それは計画段階で計算ずくで行えば問題は避けられるでしょう。更に、機能素材を採用した着心地がよく通気性が良いものや、収納ポケットなどの付帯機能が付いているものなどは、運営スタッフやボランティアに対して、非常に高い好印象を与えます。彼らは、イベント時以外は、そのサプライヤー企業のお客さんになるかもしれません。普段は、スポーツウェアの機能性などは考えない人でも、その良さを知れば、次は買ってもらえるかもしれないのです。サプライヤーにとって、高い品質のものを提供することのメリットは、イベントの運営に寄与すると同時に、自分たちの商売を拡大するチャンスにもなるのです。
私の実体験ですが、あるスポーツ用品メーカーでイベント業務を担当していた時、マラソン大会のスポンサーになり、一般のランナーも参加しますので、彼らに対する効果的なプロモーションは何か?、ということを考えました。通常であれば、スタートやゴール地点に、展示ブース等を出し、PRの場とするのが普通ですが、それでは、見るだけ、触るだけで、あまりブランドスイッチを促す効果は得られません。特に、ウェアに関しては、機能性の高さを訴えても、着てもらえなければ言葉で説明するに留まります。そこで、フィニッシャーTシャツという、完走者全員に配布される記念品を、すべて高機能素材を使用したTシャツにしました。そのメーカーが打ち出したいメッセージそのものを記念品にしたのです。当然、コストは、通常素材の倍程度になりました。しかし、次の年、そのTシャツを着ているランナーがたくさんいるのに驚きました。何人の人からも、「着心地がいい」という評価を頂きました。こうしたことは、続けていくことが大事ですが、対象がフルマラソンを走っている人たちですから、その効果は絶大です。年齢層も幅広いので、口コミ効果も期待できます。もし、コスト高を惜しんでいたら、そこで失うマーケティングチャンスは、その金額の何倍にもなっていたかもしれません。
一方、最近では、情報管理システムを導入しないと、イベントのコミュニケーション活動も効率的に行えませんし、大会関係者間の情報の共有化もスムーズにいきません。逆に言うと、ITシステムは、スポーツイベントに欠かせないものです。メディア関連施設には、共用で使用できるPCサービスを設置するのが当たり前ですし、通信回線は、写真などが即時に伝送できるブロードバンド環境が当たり前です。プレス席には、館内共聴による国際映像が映し出される液晶モニターがありますし、コピー機もネットワーク環境でプリンターとしても使用できるような設定が当たり前です。つまり、普段のオフィスにいる環境とほぼ同じIT設備が、単発的なスポーツイベントの現場にも必要不可欠なのです。当然、単発ですから、すべてが仮設であり、臨時調達を必要とするものばかりです。それらをすべてコストで賄えば、主催者の負担もかなり大きくなってしまいます。それらも、サプライヤーに依存する重要なカテゴリーになっているのです。昔は、コピー機やTVモニターを数台手配するだけで済みました。しかし、いまや、個人個人が、PC端末を通じて情報を取り出せる時代ですから、コミュニケーション環境が効率的になる一方で、必要な機材の調達量は、膨大なものになっています。こうした分野のサプライヤー企業、またはコンサルティングなどのサービスを提供するサービスプロバイダー企業に対して、如何にイベントへの協賛メリットを提案し、また、支援を受けるサービスの対価を正確に見抜いていくか、というノウハウが、必要になっているのです。
広告的な見地からは、観客が多数動員でき、メディアによる情報発信性が高く、そして多くの視聴者が期待できるテレビ中継があれば、当然のことながら、スポンサーシップの価値は高まります。しかし、単なるイメージの向上を狙ったり、媒体広告的な宣伝活動としてのイベント協賛を活用しようとする考えは、もはやほとんどのスポンサー企業は持っていないでしょう。そのイベントが、如何に使えるか、という視点で、スポンサー企業側が持つコミュニケーション課題を解決できるのか?、ということを考えるべき時代になっていると思います。スポーツイベントは、情報の発信力が無ければ商品価値はありません。情報とは、試合の勝敗であり、記録であり、イベント独自の話題です。ポイントは、その情報の中に、スポンサー企業のメッセージを、如何に組み入れていくか、ということです。企業ブランドのこと、新製品の機能性のこと、新サービスのこと、などなど・・・。要は、具体性のある情報です。

posted by umekichihouse |05:20 | イベントオペレーション | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月28日

「グラスルーツイベントの魅力」その3~クリニックイベントの重要性

スポーツの裾野を広げ、スポーツへの参加を促進する機会を作るグラスルーツイベントは、どんなスポーツにも必要です。子供たちから、女性でも、お年寄りでも・・・。フットボールのファンでも、実際にはあんな激しいスポーツを、実際にやってみようというところにまではいきません。ただし、フラッグフットボールなら、その魅力を十分に体験できます。自分はもう体力が衰えているから、体育館の一般開放の時でも、なかなか参加しにくいんだよね、と言っている元バスケット選手なんかでも、3on3なら、結構やれるかもしれません。ランニングを始めたいんだけど、1人じゃつまらなくて・・・、と言っている人には、ランニング初心者がたくさん参加するイベントがあると、嬉しいかもしれません。とにかく、スポーツの普及ということを言うなら、まずは、参加機会をたくさん作らないと、言葉で言っているだけに終わってしまいます。
一方で、もっと上手になりたい、あの人に指導を受けてみたい、など、実際にスポーツに取り組んでいる人の中には、より深く、スポーツの魅力を知りたがったり、技術的に向上したい、と思っている人も多いと思います。また、憧れのスポーツ選手やコーチに指導を受けたいと、考えている人もいるでしょう。ソフトボールをやっている中学生が、上野選手が指導してくれる、ということになったら、参加したいと思う人は多いのではないですか?。そこで、そこに参加したからと言って、直ぐに100キロのボールを投げることは難しいと思いますが、上野選手のように、世界の舞台で戦いたい、と考える人は出てくるかもしれません。モチベーションを上げていくことは、やがては技術の向上にも繋がります。そうしたキッカケを作る機会を提供することも、グラスルーツイベントだとおもいます。
私が実際に携わったスポーツクリニックイベントでも、ランニングでは、かつてのトップランナーや、箱根駅伝常連校のコーチなどにお願いして、ランニングだけのレベルを卒業して、フルマラソン大会出場を目指したい、と思っている人たちを集めて、行ったことがあります。練習方法に関するアドバイスあり、実際に走るフォームに対してのアドバイスを受けたり、ペース配分や、時には、体調管理に関する事なんかも教えてもらいました。実績のある選手やコーチのアドバイスには、非常に具体性があります。参加者は彼らの実績を知ってますから、余計に真剣に耳を傾けます。一度や二度で速く走れるわけではありませんが、キッカケは大事ですし、本で読んだりするだけでは、なかなか見に付きません。テニスでも、バスケットボールでも、バレーボールでも、どんなスポーツでも同じです。
北京五輪のフェンシングで銀メダルを取った選手の通うクラブには、問合せが殺到しているようです。もしそこで、実際に指導を受けて、フェンシングにとりつかれたら、次のオリンピックを目指そうと、真剣に考えるかもしれません。人間は動機付けが大事ですよね。モチベーションを上げることが大事ですよね。そのキッカケを作る場に、憧れの選手やコーチがいたら、本気で取り組もうと考えるかもしれません。
スポーツクリニックイベントのやり方は、さまざまです。その対象者の経験や能力のレベルによって考えなければなりませんし、頻度の問題もあります。定期的にクリニックを行っているのは、本格的なスクールは別にすると、日本リーグやプロリーグで活動しているチーム単位で、地元への貢献ということでやっているケースが多いのではないでしょうか?。また、イベントを主催したり後援している企業や団体の理解によって、1年間通して実施できているケースもあります。非常に地味な活動なので、なかなか情報の発信性は高くないのですが、スポーツ支援に理解がある企業や団体が、増えていくような環境を作っていくことも、これからは、競技団体や行政の政策として、考えていかなければならないでしょう。
スポーツクリニックイベントでは、有名な選手などが指導者として参加してくれた場合などに、実技だけではなく、彼らの人生観のようなものを語っていただくトークショーなども取り入れる時があります。その選手が、どのようにして今日の実力を得られたのか・・・、などという話しは、インタビューなどで見聞きしても、実際に目の前で語られる機会はなかなかありません。説得力がありますよね。それも、モチベーション向上のための布石になります。
更に、プレイヤーではなく、指導する立場にある人たちに対するグラスルーツイベントがあってもいいと、私は考えています。セミナーや研修会の形式ではよくありますが、それらは、かなりレベルの高い指導者に対して行われるケースが大半です。中学や高校の先生の中には、全くそのスポーツの経験が無くても、部活動の顧問やコーチを任せられる場合もあると聞きます。その場合、指導される子供たちも困ってしまいます。そんな初心者先生のためのコーチングクリニックを、グラスルーツレベルでやる機会があるべきだと思うのです。スポーツの裾野を広げていくためには、実際にスポーツをやる人たちだけではなく、彼らを指導する立場の人たちも増やしていかなければなりません。そうすることで、スポーツを継続する機会が生まれます。
かつて、“メセナ”という言葉がはやりました。社会貢献という名目で、企業が商売とは全く関係のない公共性のある事業に、積極的に参加しようという、ある種のムーブメントです。しかし、今の時代は、そこに利益が見える事業や、直接、間接両方で、リターンが見える事業以外に、企業はなかなか関心を示しません。示せない、と言ったほうが正確です。企業イメージを向上させる云々という言葉は、私もセールストークでよく使いましたが、全く何の保証もない、また、検証不可能に近いものです。ただし、参加者の属性などが明確に示せて、適正な頻度で継続性のあるグラスルーツイベントを企画できれば、それは、イメージから実益を生み出せるものになるかもしれません。
NIKE RUNNING CLINIC 1998
NIKE RUNNING CLINIC 1998


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2008年08月28日

「グラスルーツイベントの魅力」その2~3on3バスケット創成期ストーリー

3on3バスケットやビーチバレー、フラッグフットボールなどの新しいスポーツスタイルが、ここ20年近くの間に、どんどん日本でも浸透して来ました。そして、多くの大会が開催されてきました。ただし、3on3バスケットやビーチバーが、“イコール”グラスルーツイベント、というのは間違いです。それらのスポーツスタイルは、グラスルーツイベントの手法のひとつであって、グラスルーツイベントそのもの、ではありません。グラスルーツイベントは、あるスポーツ種目を特定したものではなく、末端の一般の人たちを対象とした「スポーツへの参加機会の提供」を主眼とするものですから、対象となるスポーツは、何でも構わないのです。ただし、どんな場所でも、どんな仲間とでも、気軽に楽しめる機会を提供することが狙いですから、グラスルーツイベントで重要なのは、その運営にあります。時には、独自のローカルルールを作って楽しむこともありますし、本来の競技ルールのすべてを遵守することも必要ありません。それだけに、イベントを運営する際には、非常に多くの細かい作業を強いられるのです。
3on3バスケットで、私が実際に携わった仕事について、例として、述べさせていただきます。
■どうして3on3をやろうと考えたのか?
1990年には東京体育館で、初のNBA日本公式戦が開催されました。NBAが北米大陸以外で公式戦を開催したのは、これが初めてです。マンガ「スラムダンク」が大人気を博していました。そして、バスケットボールシューズがタウンファッションアイテムとして大流行していました。新しいブランドが、次々と登場しました。そんな、1980年代の終盤から1990年代初頭の時期に、当時勤務していた広告代理店で、アメリカのスポーツ専門チャンネルESPNと提携したスポーツ情報番組の制作に関わっていて、ある日、面白い映像を見つけたのです。街の中の10m以上もあると思われる広い道路の上に、無数のバスケットボールのゴールが横倒しになっていたのです。「何故こんなところにバスケットボールのゴールがこんなにもあるのか?」と思いました。その映像は、竜巻の発生で、バスケットボール大会の最中に、ゴールがなぎ倒された、という事件のニュースだったのです。竜巻の威力に驚くよりも、私は、無数のゴールが、道路の真ん中にあることに興味が沸き、仕事でも親しくさせていただいていてバスケットボール雑誌の編集長としても有名な方に、調べていただきました。分かったのは、3on3バスケットの大会が、アメリカ中で行われており、ルールもキチンと定められて、参加者の規模も非常に大きいものだ、ということでした。私の見た映像は、田舎の街のものでしたが、大きな都市のオフィス街でも開催されている、ということでした。
当時、仕事でのお得意先でもあったNIKEに、「3on3」をやってみませんか?、と声を掛けてみました。NIKEは、“エアジョーダンシーリーズ”など、バスケットボールシューズでは人気はあったものの、プレイヤーの中でのシェアは、圧倒的に日本のメーカーに後れを取っていました。「なんとかプレーしている人たちにNIKEのシューズの良さを知ってもらいたい」、ということから、プレイヤーに接触しに行くのではなく、イベントにプレイヤーを集めて、そこでNIKEを体験してもらおう、ということで、3on3バスケット大会の実現に向けて、暗中模索が始まりました。
まずは、ゴール機材の調達の方法を考えました。体育館にあるような本格的なゴールは使えません。ESPNで見たゴールは、簡易式で何処にでも設置できるようでしたので、そのゴールを探しました。そして、たまたま知り合いのトレーニング器具の輸入をやっているアメリカ人の友人に頼んでみました。しかし、間違いなく、ゴールはあったのですが、円高だったためか、1台10万円近くもしたのです。NIKEの担当者は、5台買うことを決めてくれて、早速手配することにしました。保管は、商品の在庫を収納していた倉庫を使わせていただきました。
次は、場所の問題です。体育館ではどうしてもやりたくありませんでした。せっかく、専用のゴールを買ったこともありましたし、何よりも体育館では、いつものバスケットと変わりません。青空の下で、のびのびとした環境の中でやってみたかったのです。参加者も、絶対に喜んでくれると思いました。大阪の支店から、ある大手の販売店が、周年事業を考えていて、そのルートで、神戸にあるポートピアランドという遊園地の一角が候補になりました。前のブログに添付した写真が、その場所です。地面は平坦でしたし、ラインも、白色のガムテープを使えば問題ないことを確認しました。コートは全部で3面取れるスペースです。そうして、ようやく、大会開催の目処が立ちました。
■イベント企画の策定と独自のルール作りに悪戦苦闘!
アメリカで行われていたルールを参考に、通常のバスケットボールをやっている人たちに分かりやすくするために、ルールブックを作りました。会場のセッティングの方法も、できるだけ詳細に計画しました。屋外のコンクリートの地面の下にコートを設定するわけですから、会場設営の時間も計算しなければなりません。設営が終わっていたら夕方になっていた・・・、なんてことにならないように。ルールについては、それほど苦労しませんでしたが、問題はレフェリーです。アメリカでは、セルフジャッジ、つまり、プレーしている自分たちが自らジャッジするのです。フェアプレーそのものですね。ただし、日本では、最初からは無理だろうと思いました。そこで、バスケットボール雑誌の出版社の知り合いに頼んで、協力してもらいました。NIKEの担当者もバスケットボール選手だったので、積極的にレフェリーを担当してもらいました。とにかく、出来る限り、自らの手でやることを心掛けました。このイベントは、NIKEが協賛しているイベントではなくて、NIKEがやっているイベントなんだ、ということを参加者にアピールしたかったのです。すべての開催内容を書類にして、参加者に渡せるように準備し、いよいよ募集活動が始まりました。
■イベントの現場の運営はひとり“10役”は当たり前!
大阪の大手販売店を窓口に始まった参加者募集も、思ったよりも順調で、多くのチームが参加してくれることになりました。実は、そこで出合った大学のOB同士で結成したチームは、その後もずっと全国大会に出場するような常連になりました。チームは、1チーム4人。1人はリザーブです。チームは同じデザインのウェアを着用することを義務付けました。試合が分かりやすくするためだったのですが、これが思わぬ効果を生みました。学校のユニフォームをそのまま着て来た中学生もいましたが、かなりユニークなTシャツを、この他界のために作ってきてくれたチームもたくさんいたのです。「結構、ウェアのアピールが出来るな!。」と、NIKEの担当者が考えたのは、言うまでもありません。この自由なスタイルが、3on3バスケットの魅力にもなるんだ、ということも実感しました。
大会の前日、実は、最も苦労したのはこの時なんです。ゴールの組み立てです。現場では、バックボードの部分と、土台の部分を繋ぐだけでいいようにするため、バックボードの組立てだけはすべて終えようと思ったのですか、アメリカの製品で、作りが大雑把で、ボルトひとつのジョイントも力でねじ込んだり、悪戦苦闘の連続でした。朝から始めて、4台のゴール(予備に1台)が組み上がった時には、外は暗くなっていました。
会場には、朝の6時には到着し、まずは、ライン引きです。コートの外側は、正確にスクエアにしなければならず、これは、中学時代の算数が役に立ちました。コンパスを使って直角を作る方法です。3ポイントライン、3on3では2ポイントラインですが、曲線を描くのも、慎重に少しづつやりました。スポーツですから、コートがキッチリ出来ていないと、試合になりません。曲がったラインを見たら、気分も悪いと思います。次に、NIKEの商品を展示したり試してもらうテントを建て、大会用に作った大きなバナーも設置しました。もちろん、地面の意志やゴミは、綺麗に掃除したのは言うまでもありません。そうして、参加者の受付の時間がやってきました。
開会式では、競技の説明から、1日のスケジュールの説明、そして、3on3バスケットがどのようにして行われるのかを説明しなければなりません。それらは、すべて私がやりました。最初ですから、ルールを覚えてもらわないと、話しにならないからです。試合が始まると、レフェリーは、私を含めて、先にご紹介した人たちで、ほぼ1日中、ホイッスルを吹き続けました。太陽がカンカンに降り注ぐ炎天下です。参加者には、ドリンクのサービスも行いました。スポーツですから、参加者の体調管理は、主催者の責任にもなります。コンクリートの地面の上ですから、擦り傷は当たり前です。応急処置用の備品も用意し、専門で対応する人を配置しました。スポーツ傷害保険はかけていましたが、医師や看護師を待機させておく必要については、参加者の規模を考えて、対応した方かいい場合もありますね。
そして、長い1日が終わり、上位入賞者には、賞品が渡されて、参加者は帰途につきました。帰り際に、ほとんどの参加者から、「楽しかった」と声を掛けてもらいました。これが、最高に嬉しいんですよね。
■どんどん広がって、もはやグラスルーツのレベルではなくなってしまった3on3!
神戸で初開催した次の年、1992年には、大阪はもちろんのこと、東京も含めて、仙台、名古屋、札幌の各支店からも開催の要請があり、5都市での開催となりました。最大の懸念は、会場です。各地からの情報や独自の交渉によって、札幌は、大通り公園にあるテレビ塔下のスペース、仙台はサンモール商店街というアーケード街の中、東京は、国立代々木第一体育館の原宿口前の広場、名古屋は高速道路下のイベント広場、大阪は西宮球場前の広場を、それぞれ使用することになりました。すべて地元の販売店の協力があって、使用の許可を得ることが出来ました。一番驚かれたのは、札幌です。こんなところで、バスケットなんかできるの?。当たり前ですよね。しかし、一番ギャラリーが集まってくれたのは、札幌でした。夏の観光客シーズンでもあり、黒山の人だかり、とはこのことを言うのだと思いました。テレビ塔の人たちも、その様子を見て、本当に感謝してくれましたし、聞くところによると、その後、テレビ塔では独自に3on3バスケットのイベント開催したようです。まさに、“草の根”が広がったのです。参加チーム数は、約300。人数にして1,000人を超えました。その1,000人の人たちが、周りの仲間に3on3バスケットの楽しさを話してくれれば、ますますその輪は広がります。それは、次の年に実証されます。
1993年には、原宿に、フープタウンという専用施設がオープンしました。NIKEもショップを設置して、最初に3on3バスケットの開催に尽力してくれた担当者が、その店の店長さんになりました。フープタウンがオープンしたころには、日本テレビで放送していたビートたけしさんが司会の「元気が出るテレビ」で3on3が取り上げられ、TBSでは、フープタウンで番組を制作し始めました。NIKEの3on3バスケット大会も、フープタウンでの関東地区予選が毎週のように開催されるなど、全国的に規模が拡大して、最終的に、全国6都市(福岡も開催)、約1,200以上のチームが参加しました。人数にして5,000人近くにも及びます。決勝大会は、もちろんフープタウンで開催。同時に、NIKEが主催するアジア各国での大会の優勝チームを集めて、アジア選手権も開催したのです。
この頃になると、私の気持ちの中にも、少し疑問がわいてきました。3on3バスケットというイベントを運営しているだけで、ただ参加者の規模を拡大することだけを考えていないか?、と・・・。目的と目標を失うと、グラスルーツでも、単なるイベント化して経費だけが嵩んでいく結果になります。NIKEは、その後も、横浜アリーナなどの大規模施設で、1万人以上の参加人数を集めて大会を開催し続けました。しかし、途中でイベントの方向を元に戻し、開催地に根付いた開催形態で開催しています。それは、賢明な判断だったと思います。
グラスルーツイベントは、それを実施すること自体が目的ではありません。目的があってのグラスルーツなのです。
NIKE 3ON3 @OSAKA 1992
NIKE 3ON3 @SAPPORO 1992
NIKE 3ON3 @SENDAI 1992


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2008年08月28日

「グラスルーツイベントの魅力」その1~スポーツ参加者を拡大するために!

NIKE 3ON3 @KOBE 1991
グラスルーツイベントとは、言葉の意味通り、“草の根”イベントです。つまり、スポーツを全くやっていなかった人に、スポーツをやる魅力を伝えることや、もっとうまくなりたいと思っている人たちに、技術や戦術を教えたり、また、新たに体験するスポーツの場を提供したり・・・と、スポーツに限って言えば、日常でスポーツに接している人たちや、接しようとしている人たちに対する、スポーツの機会を提供するためのイベントであると、私は考えています。よって、すべてのスポーツに、グラスルーツイベントは対応します。更に、その手法や場所、参加者の年代や経験に至るまで、グラスルーツイベントは、企画次第で、どのような内容でも実施可能です。
ただし、グラスルーツイベントを企画する上で、ひとつだけ注意する点があります。それは、何のために行うのか、何を目標として行うのか、などの目的や目標を明確に設定しないと、それは単なるお遊びで終わってしまう、ということです。グラスルーツイベントとは、目的や目標の対象となる参加者に対して、直接相対して行うプレゼンスマーケティングのひとつの手法でもあると思います。その点から考えると、グラスルーツイベントとは、そのイベントに観客を集めたり、テレビで放映したり、イベントそのもののPRを狙った興行的なものとは全く異なります。つまり、イベント運営の手法も、運営体制も、そしてイベント会場の設定そのものも、グラスルーツイベント独自のノウハウが必要となります。
グラスルーツイベントの、最も代表的なものは、スポーツをする機会を、参加者に提供するイベントです。日頃、スポーツをやりたくても、場所や一緒にやる仲間がいなかったり、用具が無かったりして、なかなかチャンスが無い人たちに向けて、場所や、他の参加者を集めて、スポーツをする機会を作ります。それが、定期的に行われる場合もあるでしょうし、また、さまざまな場所で行われる場合もあるでしょう。3on3バスケットボールやビーチバレーボール、フットサルなんかも、元々は、好きな仲間が集まって、簡単にスポーツを楽しむために生まれてきたようなスタイルです。本格的なコートや施設でやれなくても、3on3ならゴールがひとつあればいいし、砂浜などのビーチでは、ネットを張ればいい。私は詳しくはありませんが、フットサルも発祥は同じようなスタイルだったと思います。ビーチバレーボールは、いまやオリンピック種目にもなって、競技スポーツとしても普及していますが、根本的には、どんな人でも、ネットとボールと仲間があと3人いれば出来てしまう、所謂“草の根”スポーツだったのです。
タッチフットボールというのもあります。タックルすると危険なので、相手の体にタッチするとタックルされたことにするのです。フラッグフットボールも同じですが、腰の位置に布をつけて、それを取るとタックルになる、ということです。NFLは、フットボールの普及のために、世界中でフラッグフットボールを広めていて、世界大会が開催されるまでになっています。ヘルメットや防具などの専用用具なしでできますから、女性でも子供でも、ルールさえ守れば、安全にフットボールの体験することが出来ます。
こうして考えると、グラスルーツイベントは、スポーツの普及のためにあるような感じですが、その普及により、スポーツの参加人口や機会が増えることで、商売に大きな影響がある企業があります。スポーツ用品メーカーです。
彼らは、一部のアスリートたちのためだけにシューズやウェアを売っても、儲けは出ません。一般の人たちが、スポーツをやってこそ、彼らの商売の機会は拡大するのです。ファッションブームによって、一時的にスポーツ用品がファッションアイテムとして売れる場合がありますが、それは、バブルだと考えた方がいいのです。確かに、それら企業の中には、ファッションアイテムとして、特別なデザインした商品を開発することもあります。しかし、それは、一時的な、ごく限られたターゲットに向けてのブランディング戦略であって、商売の本筋ではありません。つまり、スポーツ用品メーカーのプレゼンスマーケティングの手法として、グラスルーツイベントは、地味ですが、非常に効果を発揮する場合が多いのです。参加者に、実際に商品を使ってもらう機会も作れますし、市場調査を行うことも可能です。販売店とのタイアップにより、データベースを作ったりも出来ます。参加者のイベント参加の申し込み窓口を、タイアップ先の販売店にすることもできます。1回のイベント規模が小さくても、繰り返すことによって、また、場所を変えていくことによって、積み重ねていけば、膨大な規模になって行きますし、参加対象を毎回変えていけば、幅広い年齢や性別の人たちが、潜在顧客として獲得できるかもしれないチャンスが生まれます。会場の立地や環境が素晴らしかった、など、イベントの質を高く評価してもらえれば、ブランディング効果も高まります。要は、規模や派手さのようなハード的なものではなく、参加者一人一人に対して、キチンとメッセージを伝えることと、対話していくこと、が重要なのです。販売店の店頭と同じですよね。そして、スポーツ用品メーカーは、イベントの協賛社ではなく、主催者、つまり当事者として、イベントに関わるべきだと思います。グラスルーツイベントは、お金で買うものではなく、お金を参加者のために使ってください。会場作り、用具や器具の用意、参加賞の用意、安全対策や保険加入などなど・・・。その点からも、興行イベントとは、全く逆のタイプなのが、グラスルーツイベントです。
3on3バスケットなどは、地域の活性化のために、行政が主催して行われたこともあります。新築の商業施設の開店記念イベントとして行われたこともあります。一言で言えば、客寄せパンダですが、そのようなケースは、スポーツそのものを道具として活用しているだけなので、私は、グラスルーツイベントとは言いません。グラスルーツイベントとは、スポーツそのものが、その機会や参加者を拡大することで、目的や目標を実現させる手法なのです。


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2008年08月27日

スポーツイベントの競技会場におけるブランディング戦略

ブルーを基調カラーに、レッドとイエローのコントラストが、競技会場の中を彩る会場装飾。普段は広告看板が設置される位置にも、それらのカラーリングで統一された看板が競技エリアを彩っていました。北京五輪のテレビ中継で、印象に残っている背景のイメージは、それらのカラーリングのものだったと思います。特に、ホッケー会場の、フィールドのグリーンを取り囲むように配色されていたイエローとレッドの鮮やかさは、素晴らしいと思いました。日本でたまにテレビ中継されているグラウンドの姿は、フィールドの人工芝のグリーは同じでも、その周りは陸上のトラックの茶系の濃い色であるのが普通ですよね。アリーナ施設は、観客席のフェンスも、同一イメージのシートでカバーされ、プレス席のテーブルシートもすべてブルーなので、会場全体の色調が、非常に統一感があって、緊張感あふれるセッティングでした。
スポーツイベント、特に国際大会の競技会場は、そのタイトルの格が高ければ高いほど、会場の装飾的なセッティングは、十分に考慮すべき要素です。単なる飾り付けではありません。ましてや、会場の老朽化を隠すことでも、余計な掲示物をマスキングするためのものでもありません。大会の主役である選手たちに、「この大会は特別なんだ」という気持ちを持たせていくことが、大会運営側としての、最大限の“演出”になるのです。アリーナ施設は、特に、競技スペースはもちろんのこと、観客席に至るまでのアリーナの空間全体の雰囲気やイメージを、真剣勝負の場として、可能な限りのアイディアを追究していかなくてはなりません。「ゾクッ」とする緊張感、とよく言いますが、武者震いさせるほど、会場の空気に緊迫感をもたせるのです。それには、色、配置、色調、そしてそのサイズなど、計算ずくめで会場装飾は計画されるべきものです。
オリンピックでは、こうしたビジュアルプレゼンテーション戦略を、非常に大事にしています。会場内に一切の広告掲出を許していないからでも、汚い会場を良く見せるためでもありません。テレビに映し出される映像は、選手やチームを捉えますが、その背景には、常に統一されたイメージがあり、そこには五輪のマークが必ずあります。普段の広告看板の位置にも、敢えて同じサイズの看板を設置し、イメージデザインを配置しているのも、このテレビ中継を十分に意識したものです。また、競技会場の入口(セキュリティゲート)から、館内の案内看板やサインの一つ一つに至るまで、同一の配色とデザインが施されています。施設内にいる限り、「ここはオリンピックの会場なんだ」、という意識付けが行われているのです。一種の洗脳作戦かもしれません。このことにより、オリンピックが“特別なもの”という意識付けを行い、オリンピックの“ブランド価値”を高めていくのです。
オリンピックが、このようなビジュアルプレゼンテーションにこだわったのは、テレビ放映権やTOPプログラムが本格的に始まった1980年代後半です。その発端は、1984年のロサンゼルス五輪だったそうです。商業主義といわれ、400億円以上の黒字を稼ぎ出したことは、常にスポーツマーケティングの先駆者的な扱いでクローズアップされますが、実は、この大会の各会場は、ほとんどが既存の施設が使用され、そのひとつひとつに、いま話題のネーミングライツが導入されました。競泳会場は、“マクドナルド・スイム・アリーナ”(正確ではありませんが、こんなイメージということで・・・)とか、バスケットボール会場は、“コカ・コーラ・アリーナ”(同様)とかです。それに伴い、会場装飾には、各スポンサーのイメージカラーが配色されたのです。ロサンゼルス五輪以降は、テレビ放映権の販売システムも、スポンサーシッププログラムも、IOCがすべてを主導しましたので、会場のネーミングライツの導入は、その一回だけだったようですが、その後の大会では、この手法を、大会毎のイメージカラーで採用して行ったのです。確かに、映像の背景のイメージカラーやデザインを見ると、どの大会だったのかが分かります。
随分昔ですが、あるスポーツ用品ブランドの広告を作成するために、契約選手の写真をフォトエージェンシーに借りに行った時のことです。ベストショットと思う写真を見つけたのですが、選手の背景には、どの大会かが明確に分かる装飾デザインが施されていました。その時、「大会の主催者側の了解を取るべきかどうかを、確認した方がいい」とアドバイスされました。法的にその写真の広告使用が、肖像権意外で発生するか否かの判断は別にして、写真を見ただけで、どの大会が分かる、というのは、相当特別な大会なんだな?、と思った記憶が残っています。先程のオリンピックの例と兼ね合わせると、それこそが、スポーツイベントのブランディングなんだ、ということに気が付きます。会場の装飾ひとつで、大会そのものの価値が作り出せる、ということになります。
スポーツイベントの大会運営業務の根本には、会場施設の設営と各種セッティング作業があります。この業務が安易に進められると、運営現場で、余計な対応に追われてしまう危険性が多々あります。一方で、ブランディングという見地からの、装飾計画も、すべてのセッティングが終わってから考えるべきものではなくて、競技運営上の必要な機材や備品の配置や仮設物の設置計画プランを策定する段階から、同時に計画されるべきものなのです。特に、計画がアマい場合は、観客席からの視線を遮ったり、通行の障害になったりして、大会のイメージをダウンさせる結果にもなりかねません。また、会場全体を見通す“目”も必要です。デザインは、一目で見た瞬間に、その反応が湧き上がってきます。統一感のない、無駄な配置や配色が多いものなどは、うんざりしますよね。
とかく、設営は設営の専門業者に・・・、という大会主催者が多いと思いますが、設営計画や会場装飾計画は、本来、イベントの価値が一番分かっている主催者が、行うべきものだと思います。
FIVB OQT 2008
FIVB WORLD GRAD PRIX 2008
FIBA ASIA CHAMPIONSHIP 2007
NBA JAPAN GAMES 2003


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2008年08月27日

スポーツイベントとIT技術

“スポーツと平和の祭典”オリンピック。閉幕翌日の25日の新聞各紙に掲載された総括記事は、10,500人という参加選手の規模を維持する方向を打ち出し、野球とソフトボールの復活の可能性に影を落とす発言をしたIOCロゲ会長の記者会見の内容と、共産国中国の、どこまでも自らの“中国流”を貫いた結末を論評したものでした。人海戦術、ネット規制と報道規制、抗議活動に対する過激な抑圧など、オリンピックを国威発揚の場と化した中国は、この先どのように変わっていくのか、あるいは何も変わらないのか、見守りたいと思います。
そして、オリンピックは、“スポーツと平和の祭典”であると同時に、ハイテク技術のショーケースにもなっています。膨大な量の情報と、何十万人という関係者間のコミュニケーション、そして、28競技302種目にも及ぶ競技記録など、オリンピックの扱う情報量と、全世界に配信されるそのスピードと精度は、最先端のIT技術や計測・計時システムによって支えられているのです。
スポーツイベント、特に、国際大会としての規模が大きければ大きい程、高度なIT技術と、ブロードバンドによる通信インフラなくして、もはや運営は成り立ちません。そして、大会運営を、より効率的に、より高度化する上で、IT関連の大会パートナーの存在と、運営側のITに対するノウハウの取得は、絶対条件になっています。オリンピックは、まさにそのショーケースであると同時に、スポーツイベントにおけるIT技術の活用方法や対策を学ぶ上で、最適なものになっているとも言えるのです。
オリンピックで、Eメールが登場したのは、1992年のバルセロナ五輪です。当時は、日本ではまだPCも一人に一台の時代ではなく、パソコン通信と呼ばれていた通信サービスが主流でした。私も、当時勤務していた広告代理店で、いまの@niftyの全身である会社を担当していたこともあり、自宅で新聞記事のデータベース検索をよく利用していました。しかし、その程度だったのです。1994年の冬季リレハンメル五輪からは、IBMが情報管理システムとPCの供給を担当することになります。そして、1996年のアトランタ五輪では、IBMは正式にTOPスポンサーとして、また、地元アメリカ開催ということもあり、“ビックブルー”の名の下に、最新の情報管理システムを構築すべく、動き出します。しかし、ここで大きな失態を演じてしまいます。絶対にできる、と言っていたシステム開発が、テストランも満足に出来ないほど、進まなかったのです。大会期間中に何千人という技術者を動員して対応したという逸話が残されていますが、インターネット先進国のアメリカのトップ企業でさえ、オリンピックに、IT技術を満足に生かすことは出来なかったのです。冬季五輪では、その参加規模は、約2,500人前後。(長野五輪では2,300人)その5倍近くの参加規模にすら、対応できない程に、オリンピックの扱う情報量と、求められる処理能力と配信規模の大きさは、膨大なものだった、という訳です。結果的に、2000年のシドニー五輪を最後に、IBMは、オリンピックから去ることになります。
1998年の冬季長野五輪では、そのIBMが、威信に掛けて、取り組んだことが、記録として残されています。約8万7千のアクレディテーション、つまり、8万7千人の大会参加者、関係者の認証と登録データを扱い、期間中の総計6億3,500万ヒットもの公式ウェブサイトへのアクセス量をカバーしました。長野市内には、専用サーバーが3箇所に分散されて配置され、トラブルへの対応策も取られました。メール専用のサーバーを設置したのも、この長野からだということです。関係者全員に大会専用のメールアドレスが与えられて、まさに、オリンピックでのIT業務の基礎が築かれました。しかし、IBMが長野で扱ったデータ量は、1テラバイト(1,000ギガ)ということで、現在とは比較になりませんが、1994年リレハンメルの約5倍。システム規模としては、3倍の規模になっていたそうです。
しかし、2000年のシドニーでは、アクレディテーションだけで、冬季五輪の約2.5倍もの量となり、しかも、競技種目は4倍あるわけですから、扱うデータ量もそれに比例して拡大します。アトランタでの失態をリカバーすべく、IBMがシドニーに送り込んだ技術者の数は、6,000人にも及んだということですから、規模の大きさが想像できます。しかし、IOCは、この時、重大な決断をします。シドニーでITに掛かった経費は、約400億円という大きな負担になっていたのです。1社にすべてを依存するのではなく、システムインテグレーターを担うIT専門企業を中核として、それぞれの専門分野を持つ複数のスペシャリストたちを束ねる共同企業体で、オリンピックのIT業務は担当させた方がよい、ということになったのです。
私も、ITに関しては、全くのド素人で、PC画面の裏側のシステム、ソフトウェア、通信インフラなどについては、勉強しても不可解なことばかりでした。現在、スポーツイベントの運営で、いま最も重要なのは、情報管理のシステム化と情報配信のスピード化です。すべての競技は、その結果を、専用システムで集積、計測、計時され、更に専用システムで集計し、蓄積し、分析しています。そして、それらデータは、メディアやテレビ放送制作に配信され、一般の人たちに伝えられます。大会運営情報は、大会運営に関るすべての情報やデータが蓄積され、情報の共有化やセキュリティ対策、認可・認証システムへ汎用されます。もちろん、公式ウェブサイトの運用や、コミュニケーションにも、IT技術は活用されます。そうしたことから、運営の現場では、日々、勉強でした。ブロードバンドの普及によって、通信インフラに関わるノウハウも必要になりましたね。NTTやKDDIのパンフレット資料をどれだけ読み込んだことか・・・。これらの経験から、先程のIOCの決定の如く、IT分野に関しては、それを担当する核となるシステムインテグレーターを何処に委託するのか、誰に委ねるのかの決定は、非常に重要になります。その下に、システム設計やソフト開発、インフラ整備と言った多くの業務があり、それを統括して実行するのがシステムインテグレーターだからです。大会運営の生命線と言っても過言ではありません。サーバー1台がダウンするだけで、すべての業務がフリーズしてしまうことも起こりえる時代なのですから・・・。
今回の北京オリンピックでは、2002年の冬季トリノ五輪に引き続き、IT分野のTOPスポンサーである「Atos Origin」社が、大会におけるすべての情報管理システムを、設計から運用までを取り仕切ったそうです。掛かった経費は、シドニーの半分以下ということですから、如何に、IT環境が効率的に整備されているかが窺い知れます。
北京五輪で、「Atos Origin」社が取り扱った業務は、以下の通りです。
◇IT関連システムに関するセキュリティ対策とリスクマネジメント
◇“ゲームマネジメントシステム(GMS)”の設計と運用
◇“情報配信システム(IDS)”の設計と運用
簡単に言うと、まず、セキュリティ対策とリスクマネジメントですが、ITインフラのデザインや設計から運用までを行う中で、予想されるすべてのリスクに対して、その対策を施していく、ということです。各専用のネットワークを分離したり、ウィルスなどのリスクに対しては、1日24時間の体制でフィルター対策を講じたり、想像を絶する規模のテストを繰り返します。何かあってからでは、手遅れなんですね。
“ゲームマネジメントシステム”とは、大会運営機能の中枢とも言えます。アクレディテーションカード(ADカード)の発給対象であるすべての大会関係者の認証と登録を行うアクレディテーションシステム。関係者の車輌移動の管理とリソース提供を行う輸送システム。医療体制と処置に関する事歴データを管理し、分析する、メディカルエンカウンターシステム。VIPの接遇や管理のためのプロトコールシステム。これは、VIPの行動スケジュールから到着から宿泊、出発まで、すべてのサービス情報を管理します。誰が、何時到着して、どこに宿泊して、何をして、何時帰る、などなど、VIPに対する接遇のための情報が一元化されているのです。そして、ボランティアを含むすべての大会運営スタッフの情報を管理するスタッフインフォメーションシステムです。各運営業務単位で、必要人数、配置場所、シフト計画、スタッフウェアの配布計画まで、すべてのスタッフに関する情報が集積され、必要な業務部署や管轄する管理部署へ共有情報として提供されます。運営ボランティアだけで7万5千人。その他、北京市内のインフォメーションステーションで活動する人の数などを加えると、20万人とも言われている人数を、このシステムが管理するのです。まさに、グローバル企業並みの規模ですね。
そして、“情報配信システム”ですが、「INFO2008」と呼ばれているものです。1996年のアトランタ五輪から、この名称が使用されているようですが、大会関係情報、競技結果テータなどの情報が集積され、大会施設内の900箇所の専用端末が置かれた場所で、20万人以上の大会関係者がアクセスすることが可能です。まさに、大会運営の情報中枢と言えます。また、今回の北京五輪では、初めて、無線LANによるサービスが開始され、メディアは、自身のPCからもアクセスできるようになりました。競技結果データや参加選手やチームなどの競技関連データは、コメンタリー・インフォメション・システム(CIS)で、テレビ放送関係者に配信されます。また、今回からは、遠隔地からのリモート操作も可能になり、コメンタリーポジションのスタッフが操作するのと同時に、例えばニューヨークの本社にいるディレクターが、同じ端末を操作できる、と言ったこともできるようになったそうです。更に、公式ウェブサイトなどへのインターネット配信、世界のニュース通信社へのほぼ同時のタイミング(競技終了後0.3秒ということです)での競技結果データの配信、そして印刷出力機器への配信などが、「INFO2008」によって行われます。
扱われたデータ量は、アテネ五輪の約1.8倍。アクレディテーションは、当初予想をはるかに上回る34万件が処理されたとのことです。あまりにも、巨大すぎて、想像すらできません。
「INFO2008」に送られ、集積される競技結果データも、TOPスポンサーてある「OMEGA」社のハイテクシステムが活躍しています。陸上競技や競泳でのフライング感知装置や、競泳のタッチ板もOMEGA社の開発によるものです。スイマーの手のタッチにのみ反応し、水しぶきには反応しなかったり、リレーの引継ぎの際の速すぎるスタートも検知してしまうシステムになっているそうです。OMEGAは、計時のみならず、全28競技の会場で使用される各競技専用のスコアボード322機、公式発表用のスコアボード70機、全長175kmにもなる信号線、そして65台のテレビ制作用信号発生器など、420トン以上の機材の提供も賄っているそうです。また、計時システムのスペシャリストも、450人送り込まれ、我々がテレビで一喜一憂する競技結果を計時・測定していたそうです。長野五輪では、日本が誇る“オフィシャルタイマー”のSEIKOが活躍しましたが、スポーツイベントでの計時や測定、またはスコアリングシステムは、いまや、その正確性ももちろん、瞬時に結果を送出しなければならないため、タイミングを担当する企業に限りませんが、競技機材やシステムを扱う各企業と、先のIT企業との連携は、ますます重要になってきます。そして、それらを統合して管轄し、大会運営の中で調整するために、革新を続けるIT分野のノウハウや知識の習得は、スポーツイベントの運営者には、必要不可欠なものになっているのだと思います。
2016年にオリンピックが東京で開催されたとしたら、それらの技術力やシステム力は、どこまで向上し、大会運営を支配するようになっているのか?。興味でもあり、脅威でもあります。

posted by umekichihouse |04:25 | イベントオペレーション | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月26日

2016年東京オリンピックの開催を願う!

2009年10月2日。コペンハーゲンで開催される第121次IOC総会にて、2016年のオリンピックおよびパラリンピックの開催都市が決定されます。来年春には、IOCによる候補都市の視察があり、6月にはプレゼンテーションなどが予定されており、いよいよ、招致活動が本格化します。候補地は、東京の他、アメリカ・シカゴ、ブラジル・リオデジャネイロ、スペイン・マドリード。東京にとって、全体の1/3ものテレビ放映権を拠出するアメリカのテレビマネーの影響や、同じアジア大陸の北京開催から間がないことなど、幾つかの心配はあると思いますが、ロンドンの次にまたヨーロッパ圏内ということもあり、マドリードはどうかと?。リオは、財政面での懸念が指摘されていますよね。やっはり、シカゴが強敵でしょうか?。何れにしても、「日本だから、できる。あたらしいオリンピック」のスローガンの通り、東京らしい、日本らしいオリンピックを、ぜひ実現していただきたい、と思いますし、北京五輪での成績に留まることなく、日本の競技力向上をもっと推進していくためにも、オリンピックの開催は、絶対に必要だと考えます。
冷戦時代の東側諸国による国策としてのスポーツ強化のような戦略は、もはや共産国である中国以外にはありません。現在のロシアには、どうなんでしょうか?。ただし、オーストラリアのAIS(オーストラリア国立スポーツ研究所)のように、民主国家としての国が支援するトップアスリートの強化育成機関の存在は見逃せません。日本の1/6の人口でありながら、2000年シドニー五輪では、計58個ものメダルを獲得。競泳のイアン・ソープ選手も、AISから世界へ羽ばたいた一人です。2004年アテネ五輪でも、計49個のメダルを獲得。北京では、14個の金メダルを含めて計46個のメダルを獲得しました。東京都北区にある国立スポーツ科学センターは、このAISをモデルとして設立されたと聞いていますが、ぜひともこの施設の有効活用を、ハードとソフトの両面で図り、10年先を見据えたトップアスリートの養成、ナショナルチームの強化を牽引していただきたいと思います。
北京五輪での日本選手の残した結果を見ると、新聞等の論評にもある通り、力はあれど「勝負」に弱い、技術はあれど「勝負」に弱い、と言われているのがもっぱらです。精神力と言えば、言葉は簡単ですが、それだけではないでしょう。野球の敗戦では、準備不足が指摘されていました。かつてのアメリカの男子バスケットボールに見るように、プロ選手がシーズン直後、またはシーズン中に、長期間のチーム練習の時間を取ることは、非常に難解な課題です。バスケットボールの例ですが、アテネがオリンピックチャンピオンとなったアルゼンチンは、何人ものNBA選手を輩出していますが、オフシーズンには、必ずナショナルチームに合流して活動している、と聞きました。1度や2度ではなく、毎年繰り返していることで、ヨーロッパで活躍している選手たちとも連携が取れ、精神的にも戦術的にも、“チーム”としての完成度が高められているのでしょう。世界一流の選手が、次の世代の若手に強い刺激を与えて、トップチームの中でも選手層を厚くしている国もあります。ドイツなどです。NBAのスーパースターとなったダーク・ノヴィツキー選手は、オフシーズンには、常にナショナルチームに合流し、若手の指導に余念がないそうです。トップ選手を生み出す強化体制や組織があり、国家プロジェクトとしてのスポーツ支援体制があり、トップ選手が若手を育成する環境が生まれる。学校などの教育機関にスポーツ強化の現場を依存している日本では、指導者如何によっての強化策しか見えてきません。そこから、有望選手が発掘されても、世界に結び付けていくためには、どうすれば良いか、という課題には、日本の教育システムでは限界があります。国内の強化機関で力と才能を備えた選手は、どんどんヨーロッパやアメリカへ活躍の場を求め、そして、そこでは最先端の戦術と「勝負」感を学んでくる。それが、オーストラリアやアルゼンチンを、世界のトップランクに上り詰めさせた要因だと、私は考えます。
東京でオリンピックを開催する意義は、私は、日本のスポーツの競技力向上であると考えています。オリンピック開催がなければ、国は動かないでしょうし、財政面でのこれ以上の支援は望むべくもありません。ナショナルチームの強化は、もはや日常的に行っていかない限り、絶対に世界では通用していきません。それは、チームスポーツに限らず、すべての競技についても同じだと思います。世界基準で戦わないと、もはや1回戦も突破できなくなっている柔道。採点方法の変更に翻弄され続けている体操。一方で、“個”の力だけで勝ち取ったフェンシングのメダルなどは、これからより伸ばしていくためにも、ナショナルチーム政策が必要になってくるかもしれません。野球やソフトボールは、2012年は消えてしまいますが、ソフトボールの金メダル獲得でも分かる通り、団体競技、特にボールゲームでの活躍は、日本中を巻き込みます。バスケットボール、ハンドボールは、男女とも、出場権を逸しました。サッカー女子、ソフトボールの頑張りはあったものの、ホッケー女子、サッカー男子、男女バレーボール、野球は、残念な結果しか残せませんでした。日本リーグや学生リーグが日常的にある中で、ナショナルチーム活動への時間の取り方も課題になりますし、所属する企業や学校、チームにも、それぞれの思惑はあると思います。すべてがオリンピックのための慈善活動ではありませんから・・・。
2016年に、主力になる選手層を20歳から26歳のレンジで想定すると、今年12歳から18歳の年齢層に当たります。まず、これら中学生から高校生へのナショナルチームとしての強化戦略が、第一歩となる、と考えます。次に、2012年で20-26歳になるレンジでは、今年16-22歳の年齢層で、高校生から大学生となります。これらが、中期でのターゲットです。彼らは、2016年には、ベテランとしての牽引役になるべき層ですから、この2つの年齢層の強化目標の設定がカギではないでしょうか?。こうしてみると、“いま”の高校生は、2016年の担い手となりますね。

posted by umekichihouse |05:14 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月26日

73分間に凝縮された北京オリンピック

スポーツの真髄と、アスリートたちの情熱と、そして一部の政治情勢が引き起こした悲劇をも含めて、17日間の北京五輪は、その幕を閉じました。すべての競技の終了から、24時間後の、昨日、25日19:30より、NHK総合テレビにて、恒例の「総集編」が放映されました。わずか73分間の番組に凝縮された北京五輪は、17日テレビ中継されたNHK地上波だけで200時間に及ぶ白熱のオリンピックを、見事に表現し、終幕にふさわしい内容でした。「夢の飛翔」と題されたこの番組は、北京での明日アスリートたちの活躍もさることながら、北京五輪の置かれた複雑な政治情勢の狭間も避けることなく表現し、今回のオリンピックの素顔を、忠実に現したものだったと思います。
逆に、閉会式前に、日本テレビ系列で放送された「総集編」。それは、私が思うには、北京で活躍したアスリートをタレント化して、視聴率を稼ごうとする、低俗なバラエティにしか映りませんでした。帰国していたメダリストたちは、ほとんど登場していたものの、その内容は、決して「総集編」と呼べるものではなかった、と思います。
日本テレビは、プロ野球初のテレビ中継。サッカーのトヨタカップのホスト局。箱根大学駅伝の完全中継。全国高校サッカー選手権の開催、そして世界陸上なとなど・・・。その功績は、書籍として出版されるまでに高く評価されています。しかし、世界最高峰のスポーツイベントの「総集編」が、この内容なのは、やはり視聴率だけが欲しかったのでしょうか?。スポーツ中継の担い手、パイオニアとして君臨し、多くの偉業を成し遂げてきた日本のテレビ界のパイオニアとしてプライドは、もはや化石と化したのでしょうか?。一ファンとして、残念でなりませんでした。
高騰するテレビ放映権料を背景に、NHKと民放局が組織するジャパンコンソーシアムも、オリンピック毎に、その負担は増加しています。それが故に、視聴率の獲得は、経営へのインパクトも高くなってきていることは、十分に理解できます。しかし、民放局で、唯一の「総集編」放映権をもつ日本テレビがあの内容ならば、日本テレビのスポーツ番組のレベルは、どうなってしまうのですか?。オリンピックを、スポーツを、全く理解していないディレクションであって、せめてスポーツ部署主導の制作でなかったことを祈ります。それほど、ひどかったと、私は思います。
また、日本テレビに限らず、今回の北京五輪における民放局の中継については、あまり評価されるものではなかったと思います。NHK衛星第一放送が民放と共に同時中継していた種目は、視聴可能な場合は、多くの人は、NHKを見たのではないでしょうか。特に、フジテレビのアナウンサーの知識の乏しさと、コメントの貧弱さには、呆れてしまいました。押並べて、タレントの起用による視聴率の獲得作戦は、理解できなくはありません。しかし、彼らを全くコントロールできていない番組ディレクションは、果たしてスポーツ中継のプロと言えるものなのでしょうか?。非常に疑問です。自社で高い放送権を拠出し、ショー要素を重視してゴールデンタイムで中継しているバレーボールの国際大会は、すべてがフジテレビやTBS単独での放送ですし、単一種目のみの大会ですから、視聴者には選択肢もあり、許せなくはありません。視聴率なくして、民放局の経営は成り立ちませんから・・・。しかし、オリンピックの中継は、IOCが言うまでもなく、公共性が高いという意味合いもありますし、また、それは真実を忠実に伝えるものであるべきと考えます。もちろん、コメンタリーも必要ですし、中継する種目の魅力を伝えるための、多少の演出は必要だと思います。でも、限度はありますよね。主役は、スタジオのタレントではなく、競技をしている選手たちなのですから・・・。
NHKは、かつてツール・ド・フランスという世界最大の自転車レースを、総集編という形で放送していました。距離3,500km、高低差にして2,000mを、3週間に渡り激走する世界一過酷なレースを、90分という時間に、その魅力とレースの醍醐味、チームとしてのサポート体制の妙、そして個々のレーサーたちの葛藤など、3週間のすべてを凝縮していました。サッカー・ワールドカップの時も同様です。NHKの制作能力とスポーツを知り尽くしたノウハウの高さに敬服します。
スポーツを知り尽くしているからこそ、日本のテレビ局は、数々の国際スポーツイベントで、ホストブロードキャスターとしての大役を任され、見事にその任を果たしてきました。世界陸上(日本テレビおよびTBS)、世界柔道(フジテレビ)、世界水泳(テレビ朝日)などなど・・・。その実績が評価されて、NHKを始めとして、今回の北京五輪放送機構(BOB)にも多数参加していました。それが、本家本元の日本での中継がこれでは・・・。
賛否両論あるでしょうが、4年に一度だからこそ、スポーツのありのままに伝えて欲しかったと思うのは、私だけでしょうか?。
ちなみに、24日に日本テレビで放送された「総集編」は、関東地区で14.3%という平均視聴率でした。また、オリンピック期間中に、民放各局が残した視聴率の実績の主なものは、下記の通りです。(新聞に掲載されたビデオリサーチ社による関東地区の視聴率データを抜粋)
1. 28.1% 日本テレビ(マラソン女子 17日)
2. 19.2% フジテレビ(野球予選 韓国戦 16日)
3. 19.1% TBS(野球予選 台湾戦 14日)
4. 15.6% TBS(柔道女子 48kg級 9日)
5. 13.0% 日本テレビ(ソフトボール 準決勝アメリカ戦 20日)  以上が、民放ベスト5です。

posted by umekichihouse |03:44 | メディアとスポーツ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月25日

バスケットボール競技者登録数の推移に見る普及と育成の課題

日本バスケットボール協会への競技者としての登録人数は、現在、約60万人を越えています。(確かなデータの出典先が確認できないので、参考まで記載すると、2007年度の数値で、612,304人となっています。)
内、約90%の50万人以上が、高校生、中学生、そしてミニバスケットの小学生が占めます。つまり、日本バスケット協会が収入とする彼らからの登録料の大半が、これら子供たちからのもの、と言うことになります。少子化が進む中で、今後の日本でもバスケットボールの普及と育成がどのように進んでいくのかは、単なる技術的な指導や強化と言った側面よりも、バスケットボールへの参加人口を如何に維持していくのか、如何に拡大していくのか、という市場論理に掛かっているのではないでしょうか?。つまり、現実的なマーケティング戦略の観点で、物事を考えなければならない段階にきているのだと思います。
もちろん、トップ選手の育成、そして強化は、やがてはオリンピック出場に繋がり、以前にも述べた通り、メディアやテレビを動かし、参加人口の拡大に大きな影響をもたらしていくことは間違いありませんので、強化という側面を、無視しているのではありません。課題は、その両方の側面を、如何に台車の両輪のごとく、平行して動かしていくのか、ということだと思います。どちらかが、停滞すれば、台車の行く方向は大きく迂回してしまい、望むべき結果は決して得られないでしょう。
2000年に、個人での選手登録制度を導入した日本バスケットボール協会ですが、それまでのチーム登録をベースとした競技者人数の数値を見ると、2000年は、約50万人だったのに対して、1995年と1996年の数値は、その倍の約100万人となっています。1992年バルセロナ五輪に、NBAのスーパースター軍団“ドリームチーム”が登場しました。同じ年の11月。横浜アリーナでは、日本で2度目のNBA日本公式戦が開催されました。井上雄彦氏のマンガ「スラムダンク」が大人気を博し、掲載された週刊少年ジャンプは、650万部を突破しました。そして、1996年には、再び、アトランタの地でアメリカがバスケットボールで世界の頂点に立ち、東京ドームでは、2日間で8万人もの観客を集めて、4回目となるNBA日本公式戦が行われたのです。1991年頃からは、3on3バスケットのイベントが開催され、スポーツ用品メーカーやスポーツショップなどが主催する大会が、日本中で行われました。それらすべてのムーブメントが、バスケットボールというスポーツを、ひとつのカルチャーに変え、新たなファンを開拓していったのです。バスケットボールシューズのカジュアル的な流行、NBAグッズの流行、そして、NBAのテレビ番組も、地上波で放送されていきました。もちろん、バスケットは単なるファッション的なものだけではなく、スポーツとしての人気を獲得し、バスケットボール部員の増加にも繋がったことは、100万人という数字が示しています。
1997年以降は、微減に転じますが、それでも、競技者は、70万人から80万人という規模を維持しつつ、その周辺には、10倍以上のファン層が存在していたことは、間違いありません。
では、なぜ、その当時のムーブメントは、維持できなかったのでしょうか?。
一言でいうと、流行を作り出した側面は確かなものだったと思いますが、実態の動きまでは、把握できなかったのではないでしょうか?。つまり、バスケットボールをプレーしている人たちへの、中・長期的な対策が、全く無かった、ということです。流行の動きだけに一喜一憂していた、スポーツとしてのバスケットボールの普及や育成を担う、日本バスケットボール協会を始めとする競技団体の責任は大きかったと思います。
当時、NBAの日本での総代理業務を担っていた商社で、NBAの日本におけるスポンサーシップを中心として、仕事の場を得ていた私は、そのことを、本当に痛感しています。NBAの日本におけるリーグ・パートナーシップはもちろんのこと、公式戦開催の際にでも、スポンサーセールスは、簡単なものではありませんでした。テレビ中継の視聴率は、高くても4-5%程度、PR活動も、こちらからアプローチしていかないと、なかなか記事として取り上げてくれません。ブームとは言いますが、その裏では、必死の思いで、ファンを増やそうとする人たちが汗を流していました。それでも、我々が競技者の拡大までを、どうのこうのする力はありません。バスケットボールをやっている人たちは、その魅力を知っている訳ですから、そのやっている人たちが、ファン層の底辺にいてくれたら、マーケットのパイは、安定したものになり、我々のターゲットが次には何処にいるのかが、明確に推定できます。しかし、一般的には、“ブームは去った”との論評しか聞こえてきませんでした。
ヒーローの誕生、日本代表が世界で戦える強いチームになること、そして、それに憧れる子供たちが、次の市場を作っていく。こんな図式は誰でも考えます。考えても、ヒーローは生まれてきません。考えるだけでは、日本はオリンピックに出ることすら出来ません。何が必要なのか・・・?。
前のブログでも書きましたが、バスケットボール関わる人たちが、一致団結して、あらゆる側面から、日本のバスケットに対して行動すべきだと思います。指導や教育もあります。トップチームの強化もあります。JBLやWJBLというトップリーグもあります。実業団やクラブチームもあります。もちろん、ミニバスケットから高校生、大学生の選手たちもいます。私のような大会の運営に携わっている人たちもいます。スポンサーシップやテレビ放送に深い知識と経験を持つ広告会社やエージェントの人たちもいます。教育、スポーツマネジメント、スポーツマーケティング、そして強化育成なとなど・・・。とにかく、バスケットボールというスポーツやっている人たちのことを、まず、考えましょう。

posted by umekichihouse |09:49 | バスケットボール | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月25日

スペイン・バスケットボールの10年の軌跡に見る選手強化

北京五輪、男子バスケットボール決勝。NBAのスーパースター軍団、アメリカと、2006年世界チャンピオン、スペインの対決。両者の予選ラウンドでの対戦は、37点差。決勝も、アメリカの優位は絶対的に動かないと思われた試合でした。
アメリカは、NBA選手で構成されたプロ軍団。“ドリームチーム”の名を轟かせた1992年バルセロナ五輪以来、NBAを代表する選手でアメリカ代表を構成し、常に世界の頂点を目論んでいました。しかし、シドニー五輪で苦戦しながらも金メダルを獲得して以来、世界選手権とオリンピックで、3度の敗戦を喫しました。2002年、バスケットボールの母国、しかもその聖地とも言われるインディアナポリスで開催された世界選手権。そこでアメリカは、6位という苦汁を舐めされられました。旧ユーゴスラビアに準々決勝で敗退すると、5-6位決定戦では、スペインにも敗退。予選ラウンドでもアルゼンチンに負けており、3敗を喫した、まさに完敗でした。2004年アテネ五輪でも敗れ、オリンピックでの連勝も途切れます。2006年、日本で開催された世界選手権での復権に賭けたものの、またもや敗れ、3位に甘んじます。
そこから、アメリカは、3年計画という覇権奪還戦略を開始します。2005年の北京五輪のアメリカ大陸予選から、ヘッドコーチに、デューク大学のマイク・シャシェスフキー、アシスタントコーチにも、大学のコーチを迎え、世界の舞台で戦う体制を固め、しかも、3年後の北京五輪まで、主力メンバーを固定する戦略を打ち出しました。オリンピック、世界選手権にNBA選手が出場することは、自分のオフシーズンを犠牲にすることを意味します。また、そこでの故障やケガは、次のシーズンに向けて、プロ選手としてのダメージを受けます。その点でも、USAB(アメリカバスケットボール協会)は、候補選手ひとりひとりに、納得いくまで話し合いの機会を持ちました。そして、選ばれた12名は、2005年の世界選手権の予選に参加し、2006年、日本に乗り込みました。そこで、勝利すれば、2007年のオリンピック予選は免除されます。しかし、結果は敗戦。北京五輪へ向けて、まさに、3年という期間を通して、主力メンバーを固定した編成で、動き出すことになります。アメリカは、オリンピックや世界選手権の本番まで、その準備期間が1ヶ月に満たない中で迎えなければなりません。NBAのシーズンが6月に終了するからです。しかし、個々の準備が短くとも、3年の間、主力メンバーとコーチ陣が固定されたアメリカは、それまでと違い、国際ルールへの対応や、代表チーム戦に対する対応も、着々と順応することができたようです。
しかし、NBAのグローバル化は、ヨーロッパを中心に、世界各国にNBA選手を誕生させ、その選手たちは、各国代表チームの牽引役として、チーム力を向上させ、アメリカの優位を許しません。それでも、いままでのアメリカではありませんでした。常に20点以上の差で勝ち続け、決勝の舞台に返り咲いたのです。決勝は、まさに、激闘でした。ブライアント、レブロン、キッドと言ったNBAのオールスターたちが、NBAファイナルでも見せたことのないような形相で、スペインゴールに襲い掛かり、リバウンドを捥ぎ取り、執拗なディフェンスを繰り返します。まさに死闘を繰り広げたのです。アメリカは、王座を奪還しましたが、私は、スペインの戦いぶりに、異様なまでの脅威を覚えました。スペインが負けた、という印象は、正直言って、あまりありません。点差からの勝敗は決しましたが、この時のスペインの強さは、世界のどの国にも、絶対的な優位は無くなったことを証明するものだと思います。アメリカファンの皆様には大変失礼ですが、アメリカが、今後も世界で勝ち続ける保障は、どこにもないのです。それは、NBAを見ている方々なら、既にお分かりでしょう。NBAは、世界のスーパースターたちが活躍する舞台に、その地位を拡大しているのですから・・・。私がNBAの仕事に携わっていた10年以上前とは、世界のバスケットボールの勢力図は、確実に変わっているのです。
スペインチームのNo.6。リッキー・ルビオ。なんと今年18歳。現在はまだ17歳の“ジュニア世代”です。決して経験を積ませるための代表入りではないことを、決勝の舞台での活躍が示す通り、エースガードのナバーロにも、決して引けを取るものではありません。190cmの大型ポイントガード。もはや、トップチームのエース候補としての風格さえありました。今回のスペイン代表は、28歳前後の世代の選手が、7名います。1999年、ポルトガルで行われたU-19世界選手権で優勝した時の主力メンバーたちです。ナバーロ、ロペス両選手は、翌年のシドニー五輪にも出場し、2002年世界選手権からは、いまやNBAのオールスターメンバーであるパウ・ガソルらも加えて、スペインの世界王者への道が動き出します。1999年からの、10年。ポルトガルでも決勝はアメリカ戦でしたが、今回の決勝での戦いぶりが示す通り、スペインには、もはやアメリカは、好敵手ではあっても、決して脅威にはならなくなっています。2000年、シドニー五輪直前のさいたまスーパーアリーナで、私はナバーロを見ていますが、その時、彼の年齢は20歳。翌年予定されていたU-21(ヤングメン)世界選手権に出てくる世代だな、という感覚しかありませんでした。しかし、その時、彼はすでに、トップチームのエースガードの地位を獲得していたのです。今回現れた新星“リッキー”を軸として、2012年、ロンドン。そして、2016年。スペインがどんなチームを作っていくのか、楽しみです。
正直言って、2016年に東京でオリンピックが開催されたとしても、日本バスケットボールは、いまのままでは、戦う準備すら出来ません。日本代表が、オリンピックで活躍する姿を夢見るひとりのファンとして、協会、指導者、チーム、選手たちが、一丸となることを望みます。そして、そのターゲットは、もはや、10代の“原石”たちなのです。

posted by umekichihouse |06:39 | バスケットボール | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月24日

スポーツイベントとテレビ制作

北京五輪もいよいよ最終日。17日間、たっぷりとテレビで観戦させていただきました。オリンピックは、世界中でのテレビ放送により、世界何十億人という人々に、その感動と興奮の模様が届けられます。現在高騰するテレビ放映権ですが、それ以上の金額を提示されようとしても、有料放送へのテレビ放映権の売り渡しは、IOCは頑として拒否の姿勢を貫きます。オリンピックは、テレビを通して、世界中の人々に見られるからこそ、そのブランドの価値を維持できるとも言えるのです。その恩恵を、今日も私は受けています。
北京五輪の日本国内でのテレビ放送は、NHK総合テレビで198時間、衛星第一放送で350時間、そして衛星ハイビジョン-放送でも70時間。更に、民放地上波では、各局計173時間、BSデジタル放送でも、145時間。総計、なんと936時間もの放送体制が組まれていました。(数値は計画段階のものです。) 1日あたりの時間に換算しても、55時間という長さです。約2日分以上の時間数ですから、複数の局で一斉にオリンピックが中継されていたことが如実にわかります。まさに、オリンピック協奏曲が吹き荒れた2週間でした。
オリンピックに限らず、スポーツイベントでは、テレビ放送の有無は、そのイベント価値に大きな影響を与えます。試合会場に足を運ぶ人たちだけではなく、テレビを通して、日本中のスポーツファンに試合の模様を克明に伝え、試合会場と一緒に応援する姿は、サッカー中継の際にもよく見られます。仕事帰りの酒場で、仲間と一緒に大きなスクリーンを前に応援したり、クローズドサーキットの臨時会場で、大勢で応援するする様子は、国際大会の際には、ニュース報道でも取り上げられていますよね。選手やチームと一体となって勝利を喜んだり、敗戦に涙したりと・・・。今回の北京五輪でも、選手の地元では、どの競技でも、そのような姿がよく見られました。
もちろん、国際大会と言えども、必ずテレビ中継があるとは限りません。「テレビが作り出すマイナー競技」について述べた時に記述した通り、オリンピックの出場が掛かった試合であっても、視聴率が望めなければ、中継機会は得られません。番組スポンサーがつかないようなコンテンツバリューが低い競技は、民放テレビ局にとって、何の興味の対象にもなりません。NHKであっても、一部のファンにしか支持されていないような競技には、なかなかチャンスは巡ってこないのが現実です。放映権料という問題ではありません。時には、制作費を負担するから放送してくれ、と言っても拒否されてしまいます。特に、民放では、視聴率が期待できなければ、たった一つの番組でさえ、経営全体に大きく影響するのですから・・・。(飯の種のスポットCM収入への影響が顕著)
だからこそ、私は、たとえCS放送であっても、ローカル放送だけであっても、テレビ放送の機会があるスポーツイベントの現場では、テレビ制作の方々に、運営の司る立場として、可能な限りのサポートをしているつもりです。そのために、テレビ制作に関して、多くのことを学んできたつもりです。逆に、大会運営上、テレビ制作に関する知識は、大会運営の効率化や、運営業務全体に関る障害の発生を防ぐ上でも、絶対に持つべきであると考えます。“テレビは、テレビ局がやるから、我々が関与するところじゃないよ”。競技団体の方々は、ほとんどこの感覚です。これでは、運営課題の問題以前に、良いテレビ放送は実現できませんよね。それは、テレビを見る視聴者にも伝わってしまうはずです。テレビを見ていたら、ガラガラの観客席が目立つばかりで、何の緊張感も伝わってこない。試合コートの周りが何の装飾もなくて、これじゃ高校の試合をテレビで見ているのと変わらない。もっといろんなアングルからプレーを取って欲しいのに、いつも同じアングルからの映像しかない。その大会や試合を運営している人たちでさえ、こんなテレビ中継は見ていて飽きてしまいます。試合の中身が、選手たちの勝利を目指す気持ちにどんなに溢れていても、テレビに映し出される試合の様子は、試合会場全体の雰囲気を、露骨に表す場合があります。それは、大会運営に携わる立場としては、非常につらいところです。恥ずかしくもなります。だからこそ、スポーツイベントの運営では、テレビ制作側にも、競技を理解して勉強してもらいますし、それに応えるべく、運営側も、ライブスポーツの魅力を、より良い条件で伝えられるように、お互いに切磋琢磨すべきだと思います。成り行き任せで済ませるならば、テレビ中継は無いほうが、いいのかもしれません。その試合、そのスポーツの価値を低下させるだけです。
より迫力ある映像を撮るために、ベストなカメラポジションはどこか?。その設営に、どんな障害があるか?。ケーブリングによる通行障害はないか?。コメンタリーポジションの設置による観客席に対する不都合はないか?。中継車輌の駐車位置は適切か?。一般車輌の通行に問題はないか?。テレビ制作スタッフの控室やオフィススペースは、会場内に確保できるか?。インタビュー機会は、いつ、どこで、どのように設定し、それはメディア対応との整合性は取れているか?。会場照明は、適切な照度を確保できているか?。臨時での電源供給体制はとれるか?。信号伝送のルートは確保できるか?。それは会場の既存設備能力で賄えるか?。などなど・・・。
BOB、北京五輪放送機構が制作している国際信号は、北京市内にある国際放送センターを経由して、4つの放送回線で日本へ送られてきています。放送体制(放送枠や各局間事情)さえあれば、同時に最大4つの競技が日本で見ることが出来るわけです。その、国際信号を送り出している向こう側では、テレビ制作スタッフと、大会運営側との、さまざまな葛藤や行き違い、理想と現実のギャップなどあったことだと思います。しかし、そのさまざまな鬩ぎ合いの中で生まれた最高の映像と音声で、私たちは、オリンピックを楽しむことが出来ているのです。

posted by umekichihouse |04:48 | イベントオペレーション | コメント(0) | トラックバック(0)
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