2009年03月06日
北京五輪では、オリンピック史上初の、すべての国際信号がHD(ハイディフィニッション,1080/50i)映像および5.1サラウンド音声で制作、配信されました。冬季トリノ五輪から部分的に始まっていたこうしたデジタル放送環境に適合した放送制作体制は、28競技すべてにおいてHD中継を行えるだけのカメラや中継車、そして専用機材、更には伝送用のシステムや環境も準備されたからこそ成し得たもので、それだけ世界のテレビ放送環境は、HD化が急激に進んでいる、という表れでもあるのでしょう。そうした状況の中で、IOC、国際オリンピック委員会は、過去、例外なくEBU、欧州放送連合との契約により、ヨーロッパ地域でのオリンピック放送を行ってきた歴史にピリオドを打ち、主要国の一部に対してはIOCの直接契約による交渉とし、また、それ以外の40ヶ国に対しては、パリに本部を置くスポーツエージェンシー、SPORTFIVE社と一括の放送権販売契約を締結しました。テレビ放送権料の補償額は明らかにされていませんが、北京五輪でのEBUの契約金である443百万USドルを超えていることは、想像するに容易いことでしょう。ちなみに、SPORTFIVE社が契約範疇とする40ヶ国を除く、IOCが直接契約交渉を行う対象国は、以下の通りです。
◇イタリア(SKYイタリアと既に契約済み)
◇トルコ(FOXトルコと既に契約済み)
◇その他、現在交渉継続中の国々:フランス、ドイツ、スペイン、イギリス
今回、IOCがパートナーとして選んだSPORTFIVE社とは、サッカーに詳しい方ならご存知のはずで、世界No.1クラスのフットボールエージェンシーとしても有名な存在であり、テレビ放送権、スポンサーシップ、スタジアム開発やホスピタリティプログラムの開発において、各国際競技連盟や各国のスポーツリーグと、テレビ局や企業との契約仲介を行っている世界的なスポーツエージェンシーです。もし、IOCがEBUとの関係がないとしたならば、何ら驚くニュースではありませんでしたが、IOCのニュースリリースの中でも、わざわざEBUに対するこれまでの貢献に感謝の意を述べているほど、その関係は、オリンピックのテレビ放送の歴史そのものでしたから、驚くというよりは、IOCの変わり身の意図に些か疑問を抱きました。ヨーロッパには、ユニバーサルアクセス権、つまり、世界的なスポーツイベントなどのテレビ中継は、無料放送で視聴できる環境を補償しなければならないことが、法的に義務付けられている国があります。これは、衛星放送の登場により、有料放送契約者の獲得のため、その事業者が、世界的なスポーツイベントやスポーツリーグのテレビ放送権を、高値で買いあさる行為が頻発したためです。これがまかり通ると、有料契約者以外は、そうしたスポーツ中継を視聴する機会を奪われてしまうことが、問題提起されたのです。FIFAワールドカップも、もちろんオリンピックも、世界中の人々にテレビ観戦できる機会を与えるため、長い間、それらのテレビ中継は各国の国営放送による放送に支えられてきました。EBUはもちろん、アジア地域ではABU、カリブ海諸国地域ではCBU、アラブ諸国地域ではASBUなど、国営放送の連合体による一括での放映権取得方式によって、経済的に貧しい国でも、ワールドカップやオリンピックはテレビ観戦できていたのです。
日韓ワールドカップの際には、衛星放送のスカパー!がテレビ放送権を獲得したことが話題になりましたが、これは基本料金以外は料金徴収の対象としないことと、地上波放送へのサブライセンスを行うことで成り立っていた契約でした。爆発的に高騰した放映権料のために、NHKと民放が組織するジャパンコンソーシアムが、黙って契約条件を呑むことを渋っていた隙を狙った早業でした。現在のJリーグの契約も言わずもながら・・・ですが、放送権料の高騰は、その金額が高いかどうか、適正かどうかという論議を超えて、その金額を支払う能力があるかないか、という次元の話になってきています。つまり、地上波放送でのユニバーサルアクセスを云々言っても、放映権料という甘い汁は吸えないのです。テレビ放送事業として、受益者負担による視聴契約収入を財源としたビジネスライクな側面での、投資に近い感覚で権利が取引され始めている、ということだと思います。
事実、IOCと1年前に契約を締結しているイタリアのSKYイタリアは、その名の通り、日本のスカパー!と同様の衛星放送事業会社です。IOCとの合意内容によれば、SKYイタリアは、イタリア国民が無料でオリンピックをテレビ観戦できるように、無料放送のテレビ局をパートナーとすることが条件であることが、幾度となく内容として出てきます。IOCは、この契約をユニークだと表現していますが、明らかに、大元の契約による高額な放送権料を目論んでのことだと読み取れます。また、SPORTFIVE社との契約にもありますが、無料放送のテレビ、有料チャンネルのテレビに加えて、モバイル電話やインターネットといったパーソナルメディアに関する権利も含まれた、すべての放送プラットフォームに、その契約は及んでいるのです。
アメリカNBCが、その親会社であるGEのTOPスポンサー契約をも合体された契約により、オリンピック放送の権利を継続させたことは、以前にも述べましたが、これも、単なるテレビ放送権だけではペイできないほどに、オリンピックの放送権料は高騰していることの裏返しであるようにも感じています。どんなに権利の範疇を拡大しようとも、その対価としての放送権料の高騰は、無料放送を前提としたオリンピックのブロードキャスティングのあり方を維持しようとするならば、そろそろ限界に達してきているようにも思います。(現実的な適性度合いというものは、私にも想像はつきませんが・・・。)
2010年の冬季バンクーバー五輪における放送権料は、総額で約11億ドル、2012年のロンドン五輪は、約27億ドルから28億ドルと言われています。合計で、38億から39億ドル。トリノ五輪と北京五輪の合計額である約25億ドルから、実に50%近い上昇率になっています。ジャパンコンソーシアムは、先頃、2010年と2012年を合わせて325億円で契約したと発表しています。トリノ五輪で38.5百万ドル、北京五輪で180百万ドルで契約した額の、これも50%近い上昇率です。このままいくと、2014年の冬季ソチ五輪と、2016年の東京になるかもしれない開催地未定の夏季大会では、実に57億ドル、もしかすると60億ドルにまで達してしまうかもしれないほどに、放送権料は高騰し続けるかもしれません。ジャパンコンソーシアムの契約料に換算すると、それは500億円近い数字になってしまいます。果たして、地元開催になった時、日韓ワールドカップの時のように、ジャパンコンソーシアムは契約できるのでしょうか?。NHKの受信料が高騰することだけは、勘弁して欲しいのですが・・・。
IOCのウェブサイトを見ると、その加盟国(国と地域)は205とあります。そして、ブロードキャスターの数は、25,200。アクレディテッド・メティア、つまり、IOCに認可されたメディア(社)の数、8,100の3倍にもなる数です。もちろん、すべてのテレビ局やラジオ局がオリンピック大会の放送権を保持している、ということではありません。“オリンピックを放送したいブロードキャスターは、これだけいるのだ”、という見せつけのようにも見えます。2010年のFIFAワールドカップ・南アフリカ大会以降、未開拓地であったアフリカ地域での放送権にまつわる契約の話が浮上してくるかもしれません。北京五輪開催で、もはや巨大市場としての姿を全世界に見せつけた中国での放送権料も、単独でクローズアップされる時が来るでしょう。こうして考えると、2016年に東京でオリンピックが開催される時には、オリンピック放送に巨大な転換期が訪れるようにも感じてしまいます。
さて、ますますテレビ放送の力がオリンピック大会にもたらす影響を強くしている中で、オリンピックをテレビ放送で伝える技術の発達は、日増しに進んできています。そして、オリンピック大会で実証された放送技術の数々は、各スポーツ競技別に、国際競技連盟が主催する世界レベルの大会におけるテレビ放送の役割や規模をも拡大しようとしています。HD映像や5.1サラウンド音声は、もはや世界のスタンダードとなっていくでしょうし、ここ数年間の間には、世界各国でデジタル放送への切り替えが進むと思われます。先のイタリアでは、2008年開始の予定が大幅に遅れる見込みであることがマスコミにも取り上げられていましたが、間違いなく世界の潮流はデジタル化へ向かっています。そして、HD映像や5.1サラウンド音声の技術を、オリンピックの舞台で支援しているのは、NHKなどの日本の技術であることを忘れることは出来ません。
また、ITインフラの整備が進む中で、国際信号を始めとするテレビ中継信号の伝送においても、世界中の光ファイバー網を通して行われており、オリンピック大会の運営における情報システム管理の進化と、その規模の拡大は、テレビ放送にも大きな影響を及ぼしつつあります。デジタル放送対応の中継が取り入れられるようになれば、テレビ中継で必要とされる情報量は、ますます拡大していきます。当然のことながら、大会そのものの運営上のシステム規模も、より大きくなっていくことは必然となり、ここに、またまた大きな懸念が生まれてきます。大会運営予算の増大です。選手数を10,500人規模に収めたり、そのために競技数を削減したりと、IOCは肥大化するオリンピック大会を、これ以上拡大させない方針を示してきました。しかし、オリンピックを取り巻くメディアやテレビ放送環境が拡大していく中で、大会の主役たる競技そのものの拡大は留めても、その周辺の拡大に歯止めが掛からなければ、オリンピックの大会組織委員会としての開催費用を賄う予算措置は、ますます混迷の度合いを増大させることにはならないものでしょうか?。北京五輪では、国と北京市は、総額5兆円近くもの投資を強いられていた事実があります。確かに、競技会場室等の建設や、交通インフラなどの整備は、他の先進国と比べれば、それだけの投資をしなければ開催都市としての体裁は整えられなかったでしょう。しかし、2016年に東京でオリンピックを開催する時にでも、現状で想定できる範囲以外のインフラ整備や、新たな技術導入が必要ならないとは限りません。そのひとつのカギが、テレビ放送であるかもしれないのです。
オリンピック大会のテレビ放送は、夏季大会で220の国と地域、そして冬季大会でも200の国と地域で放送されています。夏季大会は、2000年のシドニー五輪からその数値に達していますので、恐らく現状の最大値なのでしょう。つまり、現在は、放送エリアの拡大という目標から、それぞれの国や地域における放送時間量や中継の質の向上がフォーカスされているのです。古い記録しかありませんでしたが、1988年のソウル五輪で2,500時間だったホストブロードキャスターによる国際信号フィードの延べ時間は、2004年のアテネでは3,800時間に、また、1992年の冬季アルベールビル五輪で350時間だった延べ時間は、2006年のトリノ五輪で1,000時間に、それぞれ拡大の一途をたどっています。もちろん、そのすべてが各国で放送さているというデータではありませんが、IOCは、今後、より多くの延べ放送時間をギャランティするようにライツホルダーに求めてくるかもしれませんし、より多彩な放送技術を駆使した高質な中継放送を求めてくるかもしれません。そうした中で、もはや地上波だけによるオリンピック大会のテレビ中継は、限界に来ているのかもしれませんし、その流れが、衛星放送へもオリンピック放送の門戸を開放している要因なのかもしれません。多チャンネル放送でのテレビ中継です。
より大きなオリンピック・ムーブメントを具体化していくための財源として、放送権収入は大きなウェイトを占めています。しかし、巨大になりすぎた歪が、ISLの破綻のようなスポーツ界の悲劇を生まないように祈るばかりです。
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2009年03月05日
1992年バルセロナ五輪。プロフェッショナル・アスリートたちが、次々とオリンピックに参戦する時代を向かえ、オリンピックは、アマチュアスポーツの祭典から、世界最大規模のスポーツ競技大会へ、そして、世界の勝者を決する世界最高峰の戦いの舞台へと変貌を遂げます。その象徴が、NBAのスーパースターたちがアメリカ代表としてチームを結成し、世界中を魅了したことでしょう。また、オリンピックは、このバルセロナ大会から、ITを駆使した大会運営を強いられることになります。オリンピックが生み出す膨大な情報を、的確に管理し、統合し、そして発信していくための技術が、大会運営の骨格となって、オリンピックという大会そのものを支えていく時代を迎えようとしていました。
1992年バルセロナ五輪では、Eメールが登場します。しかし、まだその程度でした。そして、1994年冬季リレハンメルからは、IBMが、オリンピックの情報システムの運営に乗り出し、システムの管理及びPCの供給を開始します。IBMが、本格的にオリンピックの舞台で、その世界No.1としての力を試されるようになるのは、1996年、地元開催のアトランタ五輪からです。しかし、数千人のエンジニアを送り込み、世界に認められた威信をも打ち砕いた、オリンピックが生み出す膨大な情報量の前に、IBMは成す術がなかったのです。システム開発は進まず、テストランすらままならない状況が続き、システムダウンの連続でした。まさに、世界最高の舞台で演じた失態でした。オリンピックという大会の規模、そして、そこから生み出される情報量の大きさを、IBMは完全に読み違えていたのです。
1998年冬季長野五輪は、そのIBMにとって、まさに失地回復の場となったのです。約8万7千のアクレディテーション、つまり、8万7千人の大会参加者、関係者の認証と登録データを扱い、期間中の総計6億3,500万ヒットもの公式ウェブサイトへのアクセス量をカバーしていきました。IBMが長野五輪で取り扱ったデータ量は、1テラバイト(1,000ギガ)。いまでは驚くほどものではなくなっていますが、1994年リレハンメルの約5倍、システム規模としては、3倍の規模にまで、オリンピックが生み出す情報量は拡大していたのです。こうしたことからすると、1998年の長野五輪は、オリンピックにおけるIT分野の基礎を築いた大会だったとも言えます。そして、2年後の2000年シドニー五輪では、IBMは、約6,000人ものエンジニアを動員し、長野での十数倍の情報量に挑み、その大役を果たすことになります。しかし、IOC、国際オリンピック委員会は、シドニー五輪で費やされた400億円ものIT運用に関わるコストが大きな負担となっており、オリンピックにおけるIT分野の運営体制のあり方を再検討することを迫られます。ここに、IBMとオリンピックとの歴史は、幕を閉じることになるのです。
ここで、IOCは、2002年の冬季ソルトレーク五輪からのオリンピックでのIT分野の運用体制を、1社に依存する体制から、複数のスペシャリストを集結させた共同運営体制としていきます。情報管理システム全体の運用を担当するシステムインテグレーターに、コンピュータ機器、計時、その他関連機器やスポーツ競技システムを担うスペシャリスト企業を加えた、まさにオリンピックITの“ドリームチーム”の結成です。そして、IOCが、オリンピックにおけるIT分野の管理人、システムインテグレーターに指名したのは、現在のAtosOrigin社です。本部をパリに置く、世界的なITサービスプロバイダーであり、TOPスポンサーには、2001年、TOPⅤからの参画です。AtosOriginは、複数のIT企業が合併して今日のグループを築き挙げており、グループのひとつであるSema社は、1992年バルセロナ五輪でのIT分野を担当していた実績を持ちます。そして現在では、59億ユーロもの売上規模を誇る、大企業グループに成長しています。
オリンピックにおけるIT分野の事業規模を数字で示すと、北京五輪を例として、下記のようになります。
・完全な代理データネットワーク
・1,000台のサーバー
・1,000台のネットワーク及びセキュリティデバイス
・10,000台のコンピュータ端末
・4,000台のプリンター
・4,800台のリザルトシステム端末
※2,450台のCIS(コメンテーターインフォメーションシステム)端末
※2,350台のインターネット端末(INFO2008)
・20万時間のテストラン
“INFO2008”とは、IBMがアトランタ五輪で構築したオリンピック・情報管理システムに名付けられた名称ですが、IBMが去った後も、この名称は引き継がれていたのですね。CIS端末とは、元々はテレビ中継用のコメンタリーポジションで活用するために開発されたタッチパネル式の情報端末で、現在では、メディアや大会関係者用としての活用されているため、競技会場や主要な大会関連施設のさまざまな場所に設置されています。それにしても、関連機器だけの量を見るだけでも、オリンピック大会の規模の大きさがわかります。
では、AtosOriginの北京五輪での実績を、上記のハード機器を活用した実際の業務の中から見てみると・・・。
・34万件のアクレディテーションの処理
・150万件のニュース配信
・オリンピックニュースサービスによる毎日500以上の話題の配信
・1日150万件のINFO2008へのアクセス
・1日1,200万件のセキュリティ・フィルタリング作業
・競技結果確定から0.3秒での情報配信
発信される情報量もさることながら、世界中からアクセスされるその量から見ても、オリンピック大会は、もはや情報戦争とも戦っているようにも見えてしまいます。2000年のシドニー五輪でIBMが構築したシステムは、オリンピック情報検索、競技結果、大会運営情報管理の、3つのシステムを中心としたソリューションだったようですが、2004年のアテネからは、AtosOriginにより、そのシステム規模がより細分化され、それらは北京五輪にも継承されています。そのシステムとは、以下の通りです。
1.タイム計測・計時および記録システム
(競技記録や得点記録をリアルタイムで取得、記録、表示するシステム)
2.競技記録処理システム
(競技記録の収集、処理が行われたデータをあらゆる情報端末に配信するシステム)
3.大会情報発信システム
(大会関連ニュースや情報を、過去の記録や開催地上うも含めて管理し発信するシステム)
4.ゲームマネジメントシステム
(参加選手向け情報の提供およびサービス受付のサポートを行うシステム)
5.インターネットシステム
(大会公式ウェブサイトの運用システム)
6.大会組織委員会情報システム
(大会運営に関る組織委員会関連情報の管理とサービス提供を行うシステム)
競技そのもののデータや情報の管理はもちろんですが、大会に参加する選手のための情報システムや、大会運営を司る大会組織委員会の業務や事務に関する情報も、システム化されて管理しているのです。オリンピック大会は、情報システム抜きにして、もはや語れない領域にまで、IT分野の役割は拡大している、ということなのでしょう。それ故に、システムに動かされる大会運営ではなく、システムを使いこなす大会運営が実現されないと、本来のIT導入の意味が薄れてしまうことも、この規模を見るだけでヒシヒシと感じてしまいます。
先の北京五輪では、上記のオリンピックではスタンダードとなりつつあるシステム構成に加えて、2つのシステムが、ホストシティである北京市のプロジェクトとして稼動していました。北京が抱えていたオリンピック大会開催における大きな課題をも示していたこのプロジェクトとは、交通管理システムと、食品トレーサビリティ管理システムです。前者の交通管理システムは、言うまでもなく、慢性的な交通渋滞を抑制するために儲けられたもので、市内の道路交通網が一元管理され、交通渋滞の予測から、その対応に至るまでの情報を管理するために、10ものサブシステムが稼動していたようです。立候補時点から最も懸念されていた重要な課題であっただけに、北京市は、ITシステムにより、見事にその課題を解決する糸口を掴み、そして実行していたようです。また、後者の食品トレーサビリティ管理システムとは、オリンピック村など、選手や大会関係者用の施設で使用される食品のすべては、その生産地から一元管理され、生産者、生産過程、主か情報に至るまでの情報が、ひとつひとつの食品に添付されたICタグによって管理させていたようです。更には、出荷工程を管理するために、GPSをも活用した徹底ぶりだったようです。食品の偽装問題などもクローズアップされていましたので、ここにもITシステムが活用され、そして世界からの信頼を取り戻すための努力がなされていた、ということです。オリンピックの開催を通して、北京市のITインフラ整備は、驚異的に進歩したと言われています。このインフラ整備を通して次なるシステムが生まれてくるようになれば、オリンピック大会の開催によるひとつの功績として、オリンピック・レガシーになっていくのかもしれません。
ところで、ITがますますオリンピックの大会運営に欠かせないものになっている反面、そのセキュリティ対策に対する業務量が莫大に拡大しています。北京五輪では、ハッキングツールや不正ソフトを使用したネットワーク進入を防ぐために、インターネット経由でのメールの送受信を一切行わせていませんでした。つまり、オリンピック大会専用のネットワークの外側との通信は、基本的に遮断されていた、ということです。もちろん、ITインフラには、セキュリティを組み込むことも忘れてはいませんでしたが、実は、これらの作業を後手に回してしまい、AtosOriginとして初めてオリンピックに関わった2002年冬季ソルトレイク五輪では、システムの警報が不用意に作動してしまう事態を引き起こしていたのです。世界最先端のITスペシャリストとはいえ、やはり、ひとつひとつの経験の積み重ねが大きな実績を生み出していたのです。経験に勝る学習機会はないのです。
オリンピック大会におけるITとは、巨大なリレー競争のようなものだ、と解説する人がいます。選手がゴールするとOMEGAがそのタイを記録し、そのデータはAtosOriginのネットワークを通じて送信され、ジャッジの確認後に印刷システムに回されて、XEROXのプリンターに送られる。ここにも世界屈指のチームワークがありました。
posted by umekichihouse |06:21 |
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2009年03月04日
陸上競技、競泳では1/100秒、自転車競技トラック種目では1/1000秒を競う、もはや人間による目視では判定が出来ないゼロコンマの世界にあるスポーツの戦いは、正確無比で公正な時間を測定する最先端の計時技術によって支えられています。北京五輪で生み出された陸上・男子100mの9.69秒、同じく200mの19.30秒、また、競泳・男子100m平泳ぎの58.91秒、男子100m自由形の47.05秒、そして、自転車・男子スプリントの9.815秒、チームスプリントの42.950秒、などなど・・・。ウサイン・ボルト、北島康介、イーモン・サリバン、クリス・ホイなど、オリンピックチャンピオンたちの名声の輝き以上に、ただの数字で示された記録という歴史に刻まれたその重みを、スポーツ競技の最前線で活躍している“計時のプロフェッショナル”たちは、常に肌で感じているのです。そして、彼らなくして、オリンピックというスポーツの祭典は、語ることは出来ないのです。
去る2月14日の全国紙朝刊に、オリンピックのオフィシャルタイムキーパーであるOMEGAの全面広告が掲載されました。時計メーカーが全面広告を掲載することは、珍しいことではありませんが、この広告には、単なる商品PRとか、企業PRという域を超えた、OMEGAの威信のようなものが切々と謳われています。「オメガは2010年バンクーバー冬季五輪大会の公式計時を担当します」。その一文だけで、OMEGAの技術力に対する自信のすべてを表すことができるのです。北京五輪での全28競技302種目の競技を陰で支えたこの計時のエキスパートは、2010年で通算24回目となる大役を果たすために動き出しているのです。2012年ロンドン五輪では、通算25回目のオフィシャルタイムキーパーとしての大役も決まっており、より正確な計時はもちろんのこと、彼らの技術力は、スポーツ競技の運営のあり方や、体制そのものまでを変えるほどの力を発揮するまでの存在にあります。また、オリンピックでのOMEGAの果たしてきた業績を紐解くと、OMEGAの歴史自体にも触れることができます。
夏季オリンピックで、北京までの30回の歴史の中で、オフィシャルタイムキーパー、もしくはオフィシャルタイミングスポンサーとして、OMEGAの名で計時を担当してきたのは、実は、9回しかありません。冬季オリンピックでは、先のトリノ五輪までの22回の歴史の中でも10回です。OMEGAとは、現在、スイスの時計製造グループであるスウォッチ・グループの中の、時計宝飾ブランド部門のひとつのブランドであり、ファッション・リスト・ウォッチで人気のスウォッチもそのひとつになります。オリンピックでは、グループのブランドであるスウォッチも、その名をオフィシャルタイムキーパーとして掲げていましたし、ロンジンも過去に2回のオリンピックで名を馳せています。それとは別に、スイスタイミングという名で、オリンピックのオフィシャルタイムキーパーを、夏季オリンピックで4回、冬季オリンピックで2回、計6回の大役を担っています。実は、このスイスタイミングこそ、スポーツ計時の歴史に数々の革新的な技術をもたらし、また、実際のオリンピックの大会運営の場に、多くのプロフェッショナルたちを送り込んでいる、まさにスポーツ計時のスペシャリスト集団なのです。
スイスタイミングとは、1972年に、OMEGAとLONGINESが共同で設立したスポーツ競技の計時専門会社で、現在では、事実上、スウォッチ・グループのスポーツ競技部門と言える存在です。近代オリンピック発祥の第1回アテネ大会で、既に計時を担当していたLONGINES。そして、1932年のロサンゼルス五輪で、たった30個のストップウォッチと供にオリンピックの計時に関わり始めたOMEGAの、脈々たるオリンピックにおけるスポーツ競技計時の歴史の中で培われてきた技術力を、実際に競技の現場で活かしていくために、設立されたようです。
先の北京五輪では、1秒間に2,000枚ものスチル撮影ができるハイスピードカメラや、陸上や競泳などでのフライングを自動判定するシステム、そしてボート競技では、GPSを利用した測定システムを持ち込んでいます。これは、1秒間に5回、各ボートの位置を測定し、ボート間の距離を測定したり、また、オールを漕いだ回数も分かるものだということです。更に、テレビ中継でも紹介されていましたが、男女マラソンでは、ランナーのシューレースにICチップを付けさせ、コース上の複数のポイントに設置されたアンテナでデータを受信しながら、レースの状況をコンピュータ解析する、というシステムも活用されています。一方で、スイスタイミングが、現在のオリンピックの大会運営で最も重視していることは、「あらゆる競技データを、素早く、正確に、大会関係者に伝えること」、だと言います。つまり、計時及び計測したタイムやスコアなどの競技データを、各競技の判定用、会場の情報システム、メディア用モニター、CISやテレビ中継用のグラフィックシステム、そしてインターネット上のウェブサイトなどへ、まさにライブで送信し、次に活用できる環境を維持していくための情報供給を行っていくことです。競泳などでは、スイマーがタッチ板に触れてフィニッシュした後、たった15秒で、あらゆる情報端末やスコアボードに記録が表示されるようになっています。ただ単に、正確にタイムを計測したり、スコアを計時することだけではなく、それら記録データを汎用していくシステムに活かしていくための技術が、既に大きな進化を始めている、ということなのです。
日本でスポーツ計時と言えば、SEIKOの名が浮かびます。SEIKOも、過去、オリンピックにおける“オフィシャルタイマー”を担うことが、計6回ありました。1964年の東京、1972年の札幌、そして1998年の長野など、日本開催の際にはもちろんですが、夏季では1992年のバルセロナ、そして冬季では1994年のリレハンメル、2002年のソルトレイクと、海外での開催の際にも、立派にその重責を担っています。SEIKOは、現在では、陸上や競泳、スピードスケートなどを始めとした国内のスポーツ競技大会はもちろんのこと、IAAF、国際陸上競技連盟のパートナーでもあり、世界の舞台でも、日本のスポーツ計時の技術力の高さを、遺憾なく発揮しています。その技術面で、SEIKOは、来る3月に長野市で開催される「世界距離別スピードスケート選手権大会」において、自転車のトラック競技でも知られている団体で争うパシュートレースに、選手の足にICチップを付けてタイム計測を行うトランスポンダー計測システムを登場させます。最新のタイマーシステムも使用するらしく、オリンピックの舞台でも認められた日本の計時技術も、ますます健在のようです。
そう言えば、もう30年くらい前だと思うのですが、SEIKOは、時計というイメージよりも、“オフィシャルタイマー”という存在感をブランドイメージとして感じさせていた時代がありました。もちろん、現在でも、TVCMなどを通して、そのメッセージは送り続けられていますが、その当時のメッセージには、スポーツ競技における1秒1秒の時間を、非常に大切に、貴重な一瞬として扱うことに使命を賭けている、という高尚な意図があったように覚えています。アイスホッケーで、マイナーペナルティを犯した選手が、一時退場のためペナルティボックスの中でじっと出番を待っている姿を、選手の気持ちの中から、2分間というドラマを語るものです。耐える気持ちと、いまにも飛び出したい気持ちの交差が、切々と語られていました。たった、2分間。しかし、ペナルティを受けた選手にとっては、果てしなく長い2分間。スポーツ競技における時間という概念の重さを、初めて教えられたように感じたものです。また、テニスでのチェンジコートにおける選手の心の中を、これも切々と語っていたものもありました。テニスでは、試合中は外部から一切にアドバイスも補助も受けられません。その中での90秒間の静寂の中で、気持ちを整え、切り替えて次のセットへ向かう選手の静から動きが、スーパースローで非常に丁寧に描かれていたと記憶しています。どちらのCMも、最後は、SEIKOというロゴと、“オフィシャルタイマー、セイコー”というナレーションで締め括られます。スポーツ競技にとって、スポーツ競技大会にとって、計時を担当する時計メーカーとは、スポンサーという立場を超えて、もはや、レフェリー等のジャッジする側の人間と同じように、大会そのものを動かしている存在なんだ、と強く印象付けられた思い出がありました。もしかしたら、スポーツやスポーツイベントに関わりたいという気持ちは、そこが原点になったのかもしれません。
オリンピックを支えてきたOMEGAも、現在はTOPスポンサーとして、オリンピック・マーケティングを支える存在の一躍を担っていますが、それは、単なるお金の力だけでその立場を勝ち得ているわけではありません。もし、OMEGAに、オリンピックの高度な競技力を測定するだけの技術もノウハウもなければ、単なる高級時計メーカーとして、多額のスポンサー料を支払って、広告などでオリンピックを謳うことしかできないでしょう。それでは、OMEGAは、オリンピックという世界最大のスポーツイベントの力を享受できるはずもありません。つまり、スポーツイベント・スポンサーとしては、全くの失敗例となってしまいます。しかし、OMEGAには、オリンピックの舞台を変えるまでの技術力がありました。オリンピック・アスリートたちが絶大な信頼を寄せる正確で公正な計時環境を作り上げる経験がありました。そしていま、世界的にIT技術が進化する中で、計測、計時された競技データを、優れたIT環境で活かすための技術が、いよいよ新しい歩みを始めました。現代のオリンピック・マーケティングに、最も必要とされる、世界で認められるスポーツ競技における最先端の技術力。その象徴たる存在が、OMEGAなのかもしれません。決して新しいだけではない。決して古いだけでもない。スポーツの進化と供に、OMEGAも進化し続けているのでしょう。IOCとOMEGA、スポーツとOMEGA。まさに“WIN-WIN”ですね。
「スポーツは、競い合うことで進歩するものだ。競い合うことで、スポーツの素晴らしさが生まれてくる。人間は、競争の中で成長するものだから、スポーツは、人間にとって、非常に大切なものなんだ」。これは、ナイキの創始者であるフィル・ナイト氏に、20年ほど前にお会いする機会があった時、彼が語っていた言葉です。“オリンピックは参加することに意義がある”と、クーベルタン男爵は言いました。しかし、競争が選手たちの向上心をかきたて、勝つことを追い求めることで、オリンピックの舞台は、世界中の選手たちの憧れの場になっていきました。競い合うことで、勝者は生まれますが、同時に敗者をも生み出します。しかし、その競争が、1/100秒であろうと、1/1000秒であろうと、正確で公正な記録で勝負を決するならば、そこで敗れた敗者も、スポーツを素晴らしさを忘れたりすることはないと思います。次なる勝利を目指すところへ、純粋に向かうことが出来るからです。その勝負を決する重要なタイムやスコアを背負っているのが、“オフィシャルタイムキーパー”であり、スポーツ計時のスペシャリストである、ということなのです。
先に述べたように、スポーツ計時は、既に、新しい時代の技術と相対することに迫られています。タイムやスコアが、単なる数値としてだけではなく、それが解析され、分析されながら、ゼロコンマ単位での情報となって、スポーツ競技の勝負を左右するものとして活用されているからです。また、世界中の人々が、高質化されたテレビ中継を視聴する中で、より迅速で分かり易い情報の紹介が求められるようになっています。単なるスポーツ競技の結果としての計時だけではなく、競技全体の経過を計時することや、時には、そのデータを表示する手法や方式も、より分かり易く多様なものを求められるようにもなっています。計時に必要な機器やシステムだけではなく、スポーツ競技に関わるシステムインテグレーターの重要度が増しているように、IT技術との連動による新しいシステム作りや運営にも、“オフィシャルタイムキーパー”の役割は拡大しつつあります。より素晴らしいオリンピックの発展のために、次は、どんな技術が生み出されていくのか。オリンピックの舞台裏にも、興味は尽きることはありません。
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2009年03月03日
1998年長野オリンピックでは、長野市の中心部に、アルペンやノルディック競技などの屋外競技用の表彰式会場が設けられました。“セントラルスクウェア”という名の表彰式場は、日本の選手がメダルを獲得した際には、大勢の人が詰め掛け、特に、ジャンプ団体で劇的な勝利を収めたその夜は、もはや山手線の朝のラッシュ並みに、黒山の人だかりになったものです。そのセントラルスクウェアに、ちょっとした騒動がありました。「清太郎看板騒動」です。セントラルスクウェアに設けられたステージの背後は、長野市の繁華街でもあり、多くの飲食店がひしめき合っているのですが、その中の割烹料理屋の看板が、見事に国際映像のテレビカメラのアングルに入り込む位置にあったのです。その名も、“割烹清太郎”。大漁旗のような絵面に清太郎の文字がクッキリ見える、見事な看板は、一時は全世界に露出されてしまいました。“クリーンベニュー”を定めたオリンピック憲章に抵触すると危惧され、直ぐにIOCに報告されたようですが、このたった一枚の古びた看板が、まさか大きな騒動を引き起こすとは、当の割烹店はもちろんのこと、IOCやNAOC、長野五輪組織委員会ですらノーマークだったようです。最終的には、IOCが“ノープロブレム”という判断を下して事なきを得たようですが、全国ニュースで報道されるなど、この清太郎看板がもたらした広告効果は、ある専門化によれば、1回の露出で7,000万円と値踏みされたそうです。
長野での清太郎のケースは、ほとんど笑い話で済まされましたが、オリンピック開催地における広告看板等の掲出については、その内容はIOCと大会組織委員会によって、厳密にチェックされます。すべて、というわけではありませんが、競技会場はもちろんのこと、大会に関連する施設やスペース、そしてマラソンや50km競歩のコース上の路上周辺については、すべて規制の対象となるようです。先の長野五輪では、リースで大会運営用に用意された備品や機材の一つ一つの製造メーカーのマークがチェックされ、正式なオリンピックスポンサー以外のものは、すべてマスキング対象となりました。普段は普通に営業している店舗などでも、オリンピック大会のための施設やスペースとして使用される場合は、すべて規制の対象となるため、長野五輪では、選手の待機所となった白馬村の民宿やレストハウスですら、マスキング用のテープを持ったNAOCの職員がやってきて、ちょっとした騒動になったようです。厳しいと思うのは、その規制が、観客や選手を応援する人たちにも及ぶことです。応援するために持ってきたノボリや横断幕に、地元の商店街や旅館の名前など、企業名やその類似の文字やデザインが入っていようものなら、即刻取締りの対象となります。宣伝活動とみなされてしまうのです。観客の中にまぎれて、こっそりスポーツメーカーのスタッフが、オリンピックスポンサーでもないのに観客にキャップやTシャツを配っているのを見たことがありましたが、これも、観客だから・・・、ということで許されるわけではなく、明らかに意図的と判断されれば、すべて排除の対象となります。私も、某外資系スポーツメーカーに勤務時代、所謂“ゲリラ”という隠密プロモーションを仕掛けたことがありましたが、大会の主催者にとっては、いい迷惑ですよね。膨大なスポンサー料を得ているオリンピックでは、尚更です。
“アンブッシュ・マーケティング”という言葉があります。これは、オリンピックに限らず、FIFAワールドカップや国際競技連盟の主催する世界大会では、いまや、当たり前のようにその規制が行われていますが、一言で言えば便乗商法です。直接的にオリンピックなどの公式の商標や意匠を用いることはなくても、如何にもその大会を連想するように仕向けられた言葉や表現を巧みに使用したり、イメージ的な写真や映像を用いたりする表現方法は、法的にも権利侵害を追及できないケースも多々あります。しかし、こうした意図的な便乗表現を用いて消費者を引き付けようとする商法は、やがては、その大会などのイメージを低下させたり、時には粗悪なものに変えてしまったりする影響を及ぼします。そのため、大会の開催地の組織委員会などに対して、IOCや国際競技連盟は、厳しくその取締りや排除を義務付けています。それが、大会を開催するための条件にもなっており、その対策が出来ないとなると、開催地としての立候補も出来ない、ということです。
オリンピック大会では、競技エリアには、オリンピックスポンサーの広告すら一切許していません。テレビでの中継映像を見ると一目瞭然ですが、いつもは広告看板が設置されている場所には、オリンピック大会のイメージデザインがコラージュされた看板や装飾が設置され、オリンピックそのもののブランディングが施されています。基本的には、オリンピック大会の場は、そのスポンサーであっても、そのイメージを損なうことは決して許されていません。また、競技会場の周辺や大会に関連する施設、または、ロードレースなどで使用する公道沿いにも、基本的には商業広告の類は、すべて排除の対象となります。オリンピックスポンサーですら、決められた場所や、許可を得た内容でなければ、単独で広告表現を掲出することは出来ません(特定のブースや店舗、サービスステーションなどのみ)。オリンピック大会を盛り上げるイベントプレゼンテーションの一貫として、街中の外灯などに、オリンピックのイメージデザインやマークと一緒にスポンサーロゴが掲載されているケースはありますが、ここまでなのです。つまり、オリンピック大会期間中の開催都市の中は、視覚的にはオリンピックイメージ一色とならなければならないのです。長野五輪で騒動となったさまざまな事柄の中でも、この広告看板に関する案件については、理屈ではなかなか市民に受け入れてもらうまでに苦労があったようですが、IOCが行っているオリンピックブランドのイメージを守り、維持していくための活動によって、結果を見れば、多額の放送権料やスポンサー料が配分される恩恵を、その開催都市は受けるわけです。
2016年オリンピックに立候補している各都市が提出した“立候補ファイル”の中にも、こうした“クリーンベニュー”を保障させる内容に対して、その取り組み姿勢を記述した項目があります。東京の招致委員会のファイルを例として抜粋すると、以下のように記述されています。
※招致委員会は、以下において屋外広告看板スペースを管理することを、書面にてその約束を取り付けている。
・すべての競技会場
・すべてのオリンピック大会に関連する施設
・競技で使用される通行路および道路
・競技会場の周辺エリア
・空港やIOC役員用のホテルを結ぶ路上ルート
・IOC役員用ホテルとオリンピック関連施設や競技会場を結ぶ路上ルート
・交通ターミナルと競技会場を結ぶルート
以上の内容において、具体的に示した広告用スペースの物量は、以下の通りです。
◇屋外広告看板: 計1,565ヶ所(広告料金換算:35百万ドル相当)
◇公共交通の車両広告: 計約128万ヶ所+22,533車輌(同上:129百万ドル相当)
◇空港の広告スペース: 計1,129ヶ所(同上:3.6百万ドル相当)
ちなみに、対象期間は、2016年7月1日から9月30日までの3ヶ月間ということです。総額で168百万ドル相当もの広告掲出に変わる権利を保障させるのですから、こうした面からも、オリンピックの開催都市の負担は、思わぬところにもあることが分かります。
オリンピックが世界で認知され、そしてその大会の価値が世界で理解されているからこそ、その商業価値を利用すべく、あの手この手で悪事を働こうとする人が後を立たないのでしょうが、北京五輪でも話題になったように、オリンピック関連グッズの非正規商品も、数多くの問題を引き起こしています。長野五輪の時や日韓ワールドカップの時は、開催地の主要な商店街が、大会を盛り上げる意味で、さまざまなPR活動を行おうとしていました。しかし、そのほとんどは、商店街のPR目的の宣伝活動だと判断され、中止させられています。その中には、子供用の景品のようなグッズを作って、買い物客にプレゼントしていたケースもありました。しかし、その景品が、果たして適正な品質のものだったのか、または、適切なデザインが施されていたものだったのか、というと、これらは内緒で作られたものですから、まったく適合するものではありません。そうすると、悪かろう安かろうというイメージが、もしかしたら正規商品に及ぶかもしれない。従って、それらは例外なく、“アンブッシュ”とされてしまうのです。もちろん、悪意があるなしに関係はありません。特に、オリンピックの公式ライセンス商品には、厳しくその品質管理が義務付けられており、既存商品に公式商品としてマークをつけるだけでも、非常に煩雑な手続きを要しなければ許諾に至りません。もし、品質管理が徹底していない“公式ラーメン”を食べて食中毒事件でも起こったら、影響は、その製造メーカーだけでなく、オリンピックの“公式”というところから、オリンピックそのもののイメージにも及んでしまうからです。衣料品などでも同じように品質が問題になるケースが多々あります。洗濯したらプリントがはがれてしまったり、素材そのものがダメになってしまったり・・・。たかが一着のTシャツであっても、時には、オリンピックのライセンスビジネス全体の信用を左右することにもなりかねないのです。大袈裟なようですが、それは、少しばかり値段の高いライセンス商品を買う立場に立ってみれば、その気持ちは良く分かるはずです。
オリンピックにおけるこうしたブラントを保護していく活動は、単に、多額のスポンサー料を支払っているスポンサーのためだけに行っているわけではありません。また、オリンピック大会期間中には、ほぼ全世界のオリンピック中継をモニタリングしているということですが、これも、多額の放送権料を支払っているテレビ局やラジオ局のためだけに行っているわけでもありません。すべては、オリンピックというブランドのイメージを、保護し、そして維持しながら、より価値の高いものへと高めていくために行っています。そして、その結果が、次の契約時に、より多くの権利料収入としてIOCに入り、そのほぼ半分の財源は、オリンピック大会を開催する開催地組織委員会のために使われていくのです。更に、オリンピック大会の価値を高めていくために・・・。
また、近年、放送権の領域に、インターネットによる動画配信や放送形式の中継が加味されるようになっています。更に、メディアとしてのウェブサイト上でのマーケティング権も、報道との境目を論議しながら、その価値を高めつつあります。事実、北京五輪では、放送におけるモニタリングと同様に、インターネット上でのモニタリングも行われたそうです。どの程度の規模になっているのかは、あまりにも規模が大きすぎて、想像すら出来ませんが、こうした地道な努力も、オリンピックのブランドを守っていくためには、必要な時代になってきているのです。
“アンブッシュ”の立場にもいましたし、それらと敵対する立場にもいました。“アンブッシュ”と見られる行為の、決してすべてが意図的で悪意で行われているものとは限りません。先の商店街のケースのように、好意的なものもあります。しかし、大元である価値の存在を損ねてしまうような結果は、“アンブッシュ”をも貶めることになるのだと、認識すべきです。それでもモラルを守れないならば、そこからは単なる犯罪にしかならないことを自覚するべきです。
posted by umekichihouse |05:43 |
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2009年03月02日
4年間を契約期間単位として、IOCがその最高位のスポンサーと位置付ける“TOP”スポンサー(Partners)。1988年の冬季カルガリー大会と夏季ソウル大会を対象として第一期(TOPⅠ)の制度が開始されたこのプログラムは、9社で9,600万ドルの収入を得て始まり、2010年の冬季バンクーバー大会と2012年夏季ロンドン大会を対象としたTOPⅦでは、その収入がついに10億ドルを突破すると言います。TOPⅠの10倍もの規模です。そして、北京五輪前のIOC、国際オリンピック委員会のジャック・ロゲ会長は、記者会見で、2014年の冬季ソチ大会と、東京が名乗りを上げている2016年夏季五輪を対象としたTOPⅧでは11億ドルにまで達するだろう、と言っているほどに、TOPプログラムが集める財源はまだまだ拡大傾向にあるようです。しかし、TOPⅦがスタートした現在のTOPスポンサーの顔ぶれは、前期TOPⅥまでの契約スポンサー数から、コダック、ジョンソン&ジョンソン、マニュライフ、そしてレノボの4社が撤退し、また、そのレノボの代わりのコンピュータ機器分野で、日本でも小型モバイルパソコンで売り上げを拡大しつつあるエイサーが加わるなどの変動もあり、結果的に、9社となっています。
<TOP Partners TOPⅦ 2009-2012>
・Coca-Cola(TOPⅠ~):ノンアルコール飲料分野
・acer(TOPⅦ~):コンピュータ機器
・AtosOrigin(TOPⅤ~):IT分野
・GE(TOPⅤ~):※後述
・McDonald‘s(TOPⅣ~):店舗フードサービス分野
・OMEGA(TOPⅤ~):計時、得点表示、リザルトサービス分野
・Panasonic(TOPⅠ~):※後述
・SAMSUNG(TOPⅣ~):無線通信機器分野
・VISA(TOPⅠ~):個人支払システム
世界的経済不況の影響もあったのか、医薬品分野のジョンソン&ジョンソンの撤退は、マスコミ報道でも伝えられましたが、ジョンソン&ジョンソンは、2006年からの契約であり、1期のみの契約であったようです。また、第一期から契約を継続していたコダックの撤退は、デジタル技術の進歩に伴うスポンサーカテゴリーの狭間で、そのスポンサー価値を見出せなくなってきたこともひとつの要因であるように、以前報じられていました。
元々、オリンピックスポンサーは、オリンピック憲章の規定に従い、オリンピック大会の競技場には、一切の広告表示を置くことが許されていません。世界的スポーツイベントであるサッカーのワールドカップや、世界陸上などの単一競技での世界最高峰の舞台が、競技会場に広告看板を設置し、テレビ中継を通じて世界中に社名やブランド名を露出していくことに価値を見出しているスポンサーシップシステムとは、明らかに一線を画しています。
では、TOPスポンサーとしての価値とは、どこにあるのか?。IOCは、TOPスポンサーの権利とその行使機会について、以下のように定義しています。
「TOPスポンサーは、指定された製品カテゴリ-の中で、独占的な世界規模でのマーケティング権利と機会を受け、また、オリンピック・ムーブメントの様々なメンバーがIOC、各国オリンピック委員会、およびオリンピック組織委員会というさまざまなオリンピック・ムーブメントのメンバーと供に、マーケティングプログラムを開発することができます。 加えて、以下の世界規模でのマーケティング機会を、TOPスポンサーは享受できます。
- すべてのオリンピックのイメージの使用、および商品・製品における適切なオリンピックの称号の使用
- オリンピック大会における招待、接遇(ホスピタリティ)機会
- オリンピック放送での優先的な広告機会を含む、顧客に対する直接的な広告とプロモーションの機会
- オリンピック大会会場における売店、店舗の設置、および販売、展示の機会
- 便乗商法(アンブッシュ・マーケティング)からの権利保護
- 公式なオリンピックスポンサーであることを示す一団としての表示を通じた幅広い認知拡大」
つまり、オリンピックという大会の存在自体の価値や意義、そして世界的な認知を背景として、オリンピックを公式に支援できる機会を提供されているという独占的な権利を有していることが、TOPスポンサーとしての価値であり、与えられる権利の行使によって、その価値は具体化される、というものです。露出という一方的なメディア価値を対価としているスポンサーシップの場合、単に、広告看板等でメディアに社名やブランド名が露出する度合いを、その評価基準としますが、オリンピックのスポンサーシップでは、オリンピックという総合スポーツ競技大会そのものが持つ価値の高さのみが、その評価基準である、ということもいえるのではないでしょうか?。よって、IOCは、これらスポンサーの力を得ながら、自らがオリンピックの価値をより向上していく努力が求められるということで、その具体的な活動がオリンピック・ムーブメント、ということになります。IOCとTOPスポンサーは、オリンピックの価値を高めていくという責務を背負っている、という点においては、ある種の運命共同体のような関係にあるのかもしれません。それだけに、TOPスポンサーとしての価値は、そのスポンサーとなる企業の価値をも示すことにもなります。
この点において、オリンピックのスポンサーシップシステムは、スポンサー企業それぞれの製品やサービスのクォリティの高さを、オリンピック大会の運営そのものに活かす機会を設けており、その機会とは、オリンピックという大会が全世界に注目される存在であるだけに、世界最高レベルのメディア報道やテレビ放送による情報の発信力を背景として、巨大なショーケースとなっています。つまり、社名やブランド名、商品名の露出による効果よりも、より具体的に、企業価値、商品価値、ブランド価値を、全世界に伝える機会を、独占的に持つことが出来る、というわけです。
最も特徴的な例は、2005年からTOPスポンサーの一員となったアメリカを代表するコングロマリット、GEです。GEがTOPスポンサーとなった経緯は、他のスポンサーとは全く異なり、アメリカにおけるテレビ放映権契約と密接に絡み合っています。GEは、1986年に電気機器メーカーであるRCAを買収し、同時にRCAが設立したNBCをも傘下に収めています。そして、NBCは、夏季大会は1988年ソウル大会以降、冬季大会は2002年ソルトレイク大会から、長期に渡るオリンピック放映権を獲得していますが、2004年のアテネ大会前に行われた2010年の冬季大会、2012年の夏季大会(当時はまだ開催地は未決定)の放映権交渉では、かつてない条件で契約を締結したのです。2010年の冬季バンクーバー大会を、8億2,000万ドル、2012年の夏季大会を、11億8,100万ドルで契約した上で、更に、親会社であるGEのTOPスポンサー契約を上乗せしたのです。その額は、2億ドル。総計で22億ドルを超える規模の大型契約となりました。テレビ放映権の契約交渉に、スポンサーシップ契約をも持ち出した背景は、IOCの要求だったという話しもありますが、それにしても、金銭以上に、GEグループの支援を得られるというメリットは、オリンピックという巨大なインフラ整備を必要とするスポーツイベントの運営環境を整える上で、IOCにとってはこの上ないものがあったのではないでしょうか?。GEのスポンサーシップ・カテゴリーは、一言で言えば、インフラストラクチャー・ソリューションといったところです。事実、北京五輪では、インフラ整備を目的とした19ものプロジェクトに参加しています。GEのスポンサーシップ・カテゴリーを、IOCの資料では、GEグループ7社の社名を列記して、その各社製品やサービスを選択する(Select)、と記載しています。7社とは、GE Energy、GE Healthcare、GE Transport、GE Infrastructure、GE Cosumer & Industrial、GE Advanced Materials、GE Equipment Service、です。社名を見るだけで、何でも出来る、と思うくらいに、1社でこれだけの複雑で大規模な受注を受けることが出来る企業は、なかなかありません。ちなみに、北京五輪でGEが携わったインフラ整備事業、および設備設置事業の具体例は、下記の通りです。
◇電力と冷暖房を供給する天然ガスによるコンバインドサイクル発電用タービンの供給
◇市街の排水処理に対応した最先端の膜/フィルター製品を提供
◇『鳥の巣』国立スタジアムに送電システムおよび照明装置を配備
◇『Water Cube』国立競泳センターに競技用照明装置を配備
◇組織委員会ビルに先進の照明装置および無停電電源装置(UPS)を配備
◇国立コンベンション・センターに電力ソリューションおよびセキュリティ・システムを配備
◇老山競輪場と北京射撃競技ホールに配電システムを配備
◇北京電力供給局に電力管理ソリューションを提供
◇北京空港に爆発物探知を可能にする中国初の手荷物検査装置を配備
◇北京市地下鉄に監視システムを提供、および先進の火災警報およびセキュリティ・システムを納入
◇豊台ソフトボール競技場および北京コンベンション・センターにセキュリティ/監視システムを配備
◇北京の市街路に交通監視や照明装置を導入
◇北京オリンピックの選手村の総合病院に磁気共鳴断層撮影装置(MRI)を設置
※このMRIは、GEヘルスケアグループの日本法人であるGE横河メディカルシステムが開発・製造
また、TOPⅦからは、日本企業として唯一、TOPⅠからオリンピックスポンサーを継続しているパナソニックが、その契約領域を拡大し、それまでのAV機器および放送機器分野に加えて、デジタルスチルカメラの要素が追加され、また、テレビ、音響機器、AV記録メディア、カーマルチメディア機器等もカテゴリー分野として追加されています。コダックのカテゴリーであったスチルカメラ分野が、デジタル機器への流れをそのままに、パナソニックがその契約対象としたようですね。技術の進化や企業のグループ化や業界の再編成によって、製品やサービスの領域だけによる、スポンサーシップ・カテゴリーの分類が難しくなってきている中で、企業数という点でのスポンサーシップの拡大よりも、今後は、ひとつひとつの契約対象の拡大によって、オリンピック・スポンサーシップも様変わりしていくのかもしれません。ちなみに、パナソニックは、2016年(TOPⅧ)まで、契約を更新しています。
オリンピックは、世界最大の“ショーケース”とも言われます。世界中から注目され、人が集まり、そして膨大な情報が発信される舞台に、選手のみならず、開発力や技術力をアピールしようとするスポンサー各社も、ライバルに勝つために乗り込んでくるのです。そこに、社名やブランド名があるだけでは、選手がエントリーしただけの状態と変わりなく、そこで如何に最良のパフォーマンスを示すか、ということが、スポンサー企業のミッションでもあるわけです。オリンピックという大会の価値は、スポンサーという存在があってこそ、高められる時代なのかもしれません。
posted by umekichihouse |05:58 |
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2009年03月01日
2010年バンクーバー冬季五輪まで1年を切り、いよいよ日本選手の動向も、オリンピックへ向けての報道内容が増えてきました。先頃、バンクーバーのパシフィック・コロシアムでは、フィギュアスケートの4大陸選手権が開催されるなど、プレ大会、リハーサル大会も目白押しのようです。しかし、世界的経済不況の波は、ここにも押し寄せているようで、選手村建設に6億8,300万ドルもの融資を行っているアメリカの投資会社、フォートレス・インベストメントグループがその融資を引き上げるというような報道が出たり、スポンサーとして決定していたGMカナダなどの有力企業が、スポンサーからの撤退を表明するなど、些か暗い影を落としていることが気になります。
カナダでのオリンピック開催と言えば、1976年のモントリオール五輪が思い出されますが、この時も、市は多額の負債を抱えて大会を成立させた経緯から、後に、長期に渡る税負担の増加を市民にもたらすことになりました。スポーツマーケティングの尖兵とも言われる1984年のロサンゼルス五輪は、こうした行政負担からオリンピックを開放するために、民間資金の導入によって多額の黒字をもたらし、後に、オリンピックは儲かる、という甘い妄想を植え付けたことも事実です。オリンピック開催により、競技施設はもちろん、交通から宿泊施設などに至るさまざまなインフラ整備の動きは加速され、一時的には巨大な経済効果をもたらすことは、先の北京五輪を背景とした中国経済の成長度合いも見てもよく分かります。しかし、本当に、オリンピックは儲かるのか?。
ひとつの答えは、1988年に長野で開催された冬季オリンピックの裏側を覗くと、その一端が見えてきます。
長野新幹線が開業し、後にさまざまな論議を巻き起こすことになる多くの“ハコモノ”が建設され、また、大いなる無駄と揶揄された道路整備も進みました。インフラ整備関連だけで数千億円規模の公共工事が行われ、特に、施設の維持管理費の負担は、未だに県民や市民にのしかかっています。大会組織委員会、NAOCの決算発表では、51億9,900万円もの黒字となったということで、冬季史上最大規模の総額1,143億1,000万円にも膨れ上がった大会運営費に対する論議も、表面的には、収束したかのようにも見られました。しかし、1,000億円を超える規模にまで膨らんだ大会運営費を巡る経緯は、IOC、国際オリンピック委員会が司るオリンピック・マーケティングを軸として、10年にも及ぶ長期に渡り、紆余曲折していたのです。そこには、オリンピックで開催地が儲かるなどという神話はどこにもなく、単に、IOCなどのオリンピック関連機関のみを潤していたという事実のみがありました。
当時の地元、信濃毎日新聞を紐解くと、その経緯が克明にわかります。1988年に、まだ候補地として立候補を検討している時点での大会予算規模は、約400円程度のものでした。内容は、下記の通りです。
<支出>
・仮設施設費 125億円
・管理費 82億円
・広報/報道費 48億円
・競技/会場運営費 20億円
・選手村運営費 20億円
・輸送費 16億円
・式典/文化プログラム費 18億円 その他
<収入>
・テレビ放映権料収入 310億円
・スポンサー収入 50億円
・入場料収入 20億円
・募金その他 20億円
そして、その後の1991年に、IOCに提出された開催概要計画書に記載された大会運営費は、760億円となっており、当初予算の倍近くの規模になっています。結果的に、この内容で長野は開催地として決定されます。第1次財政計画とも言えるこの予算の支出面での内訳の中には、施設関連費、競技/会場運営費など大幅に増額されたものや、新たに国際映像制作が147億円規模で追加されています。しかし、オリンピック開催の2年前には、大会運営費の総額は、945億円になり、更に、1年前に発表された第3次財政計画では、ついに大台を超えて1,030億円までに膨らむことになります。2年前の第2次財政計画時点では、経費の削減を進めたにもかかわらず、結果的には、予備費のみが減額された程度で、特に下記の費目において大幅な増額となっています。
・広報/報道費 208億円(当初から160億円増)
・情報通信費 191億円(当初はほとんど見込んでない)
・競技/会場運営費 140億円(当初から120億円増)
これら支出の見込みに対して、収入面での目論みはどうなっていたかというと、IOCに全権があるテレビ放映権やスポンサーシップからの収入については、1996年頃に急激な円高傾向となり、1米ドル=135円で試算していた目論見が、95円にまで落ち込んだため、一時的には50億円以上の収入減という事態にまでなりましたが、最終的に、レートは115円程度にまで回復し、第3次財政計画時点での両者の合計で、637億円となっています。1991年の第1次計画時点で654億円だったようなので、落ち込みは最小限で納まっているのです。しかし、1,000億円を超える規模までに増大した支出規模を支えるだけの収入を賄うためには、約400億円足りません。この金額を穴埋めするがために、NAOCは、まず入場料収入のかさ上げをしているようなのです。その推移を抜粋すると・・・、
・1991年(第1次計画時点) 33億円
・1996年(第2次計画時点) 53億円
・1997年(第3次計画時点) 72億円
という具合です。販売用にまわされていたチケットの総数は、128万枚。その内、61万枚は国内の一般向けに、20万枚は海外向けに、そして37万枚は関係者に対する特別枠として設定されていたようです。しかし、1997年の10月時点で、32万枚ものチケットが売れ残り、特に、海外向けに関しては、その半分が売れ残っていたということでした。実に3割弱ものチケットが売れ残っていた、という現状にも関わらず、大会運営予算を表面的に成立させるために、入場料収入の額は、支出の増加分を補うために、計画数字だけは増やされていたのです。
一方で、不足分の残り330億円は、どのように手当てしていたかというと、協賛宝くじからの収入を2.5倍にし、さまざまな細かい収入費目を足し併せて100億円もの収入費目を作り、最後には、税金の更なる投入をしない、という県民や市民との約束を反故にして、長野県と長野市は、併せて50億円もの税金投入をしています。更には、県や市から動員された職員の人件費の補填として、71億円もの公費が投入されています。入場料収入の目論見額の72億円と、事業外収入として計上されたこれら331億円の、合計400億円余りの数字が、これで完成していたのです。ただし、1,030億円とされていた支出規模も、本当は、1,400億円になっていた、という一部の報道もあり、ここでも収入の実態に併せて支出数字の見積もり合わせがあったのでは・・・、という疑念が残ります。
◇テレビ放映権料収入(by IOC) 356億円
◇スポンサーシップ収入(by IOC & NAOC) 281億円
◇入場料収入(by NAOC) 72億円
◇事業外収入 331億円
計 1,040億円(支出総額 1,030億円) ※第3次財政計画時点の予算
来年のバンクーバー五輪では、現時点で、競技施設関連予算の5億8,000万ドルを除く大会の運営費の予算総額は、約16億ドルとされています。長野五輪の2,176人という参加規模と比較すれば、2002年ソルトレイク五輪で2,399人、前回のトリノ五輪で2,508人と毎回拡大しており、恐らく、参加国、参加人数もより拡大するだろう、ということを考えると、長野の最終1,140億円に対するバンクーバーの16億ドルという規模も分かる気がします。ただし、長野五輪当時のTOPプログラム(TOPⅣ)からの全収入規模である5億7,900万ドルから、先のトリノ五輪と北京五輪を対象としたTOPプログラムからの収入である8億6,600万ドルに拡大している収入規模と、長野五輪で5億1,350万ドルであったテレビ放映権料収入から、バンクー場五輪で見込まれている11億2,700万ドルに拡大している収入規模を見ると、オリンピック・マーケティングから開催地が得られる収入は、その存在規模を大きく拡大している、ということが事実としてあります。つまり、開催地として試算した大会運営予算に対するオリンピック・マーケティングに対する依存度は、大きく拡大しているのです。長野五輪で得られたオリンピック・マーケティングからの収入は、国内スポンサー分も含めて637億円(第3次財政計画時点)。その割合は、大会運営予算に対して、約55%です。そして、バンクーバー五輪では、1,000億円を超える規模になり、大会運営予算に対する割合も6割程度で、割合としては長野五輪と大差ありません。この比較から考えると、長野五輪でのNAOCの財政に関わる問題は、収入という側面よりも、支出を抑制できなかった、というところにあったと言えるのではないでしょうか?。
ちなみに、IOCとオリンピック開催地組織委員会との間では、スポンサーやテレビ放映権料に関するシェアリングが明確に規定されています。現在は一部規定が変更されているようですが、長野五輪時点の規定を見ると、下記のようになっています。
◆TOPスポンサーからの収入:
IOC:10%,USOC:20%,各国NOCへの配分:20%,組織委員会:50%
※組織委員会分は、夏季大会が2、冬季大会が1の割合で配分
※長野の場合は、受け取る額の1/7がJOCへ、6/7がNAOCへ配分
(NAOCが実際に受け取れる収入は、全体の15%)
◆ゴールドスポンサーからの収入:
IOC:5%,JOM(当時):10%
上記残り85%の内、1/7がJOCへ、6/7がNAOCへ
(NAOCが実際に受け取れる収入は、全体の73%)
その他、ライセンス収入も、小売価格の5%か卸売価格の10%の高いほうが金額が収入と成るのですが、これもIOCは5%を取り、残りをJOCとシェアするようになっていました。テレビ放映権料については、当該大会のテレビ放映権料の40%がIOC、60%が組織委員会に渡っていたため、NAOCは、3億ドル以上の収入を得られることが出来ていたのです。(現在は、組織委員会が受け取れる額は、49%になっているようです。)為替幅が10円違えば、30億円以上もの損失が出るのですから、こうしたリスクに備える支出構造を計画しておくことも必要なのですね。
支出を抑制できず、当初の400億円から、760億円、945億円、そして1,030億円と拡大していった長野五輪における大会運営予算でしたが、その抑制できなかった要因は、果たしてどこにあったのでしょうか?。
当時の新聞報道を追っていくと、ひとつの事柄が見えてきます。それは、組織委員会事務局に190人もの役人を派遣していた県のお上意識が蔓延していた事務局の体質そのものです。会議は長い、無駄な資料作りに精力を費やしている、意思決定が遅い、情報などの共有意識がない、よって風通しが悪い組織になってしまう、などなど・・・。いまも、行政中心の組織には、同じような弊害があるようにも思いますが、長野五輪の組織委員会の場合は、それが、競技団体との対立や、末端ではボランティアとの軋轢さえも生んでいた様子が語られています。当時の事務局は、30人でスタートしたものが大会開催半年前には627人もの大所帯となっていたようですが、県と市の職員だけで半分を占めるその組織は、まさに行政の出先機関のような雰囲気があったようです。もちろん、民間からも86社197人ものスタッフが加わっていたようですが、役人主導で進められた準備作業が、如何に閉鎖的で、スポーツイベントに求められる臨機応変な対応の欠片もなかった様子が、分かる気がします。もしそうでなかった、と言うならば、身内とも言うべき競技団体との対立など起こるはずもありません。きっと、縄張り意識が助長していたのでしょう。また、ボランティアに対しては、「安い労働力」と、公言してはばからない県の職員もいたようです。延べ3万人以上とも言われたボランティアは、多くの応募があったようですが、最終的には人数不足に陥り、県や市の職員を半ば強制的にボランティアとして参加させていたようです。その数、延べ2,700人。自らの意志で参加することには何の問題もありませんが、以前取り上げた世界陸上大阪大会での大阪市の職員の失態など、プライドだけは高い中途半端なボランティアの存在は、大会運営上、時にはリスクにもなります。事実、「アッチの人に聞いてくれ!」のオンパレードだったようで、現場のボランティアは、途方にくれていたことでしょう。長野五輪期間中のインターネットへの書き込みの中に、あるボランティアの言葉がありました。「何も答えられないボランティアを通訳として差し向けたと、選手たちは私たちに不信感を持ったでしょう。選手たちから見れば、我々ボランティアもスタッフなのだから・・・。NAOCは、事前に情報をキチンと提供するなど、なぜしなかったのか。我々を信用していないのか」。「ボランティアをスタッフと同じ立場として考えて欲しい。情報をキチンと提供して欲しい」。世界陸上大阪大会の大会運営の様子を客観的に見ていても感じましたが、要するに、人の使い方を知らない人たちが、職責として上に立っているだけなのが問題なのです。上に立たされた公務員の皆さんは、やりたくてやっているわけではない、という意識なんでしょう。しかし、それでは、その下に配置されたボランティアの皆さんの意欲は、完全に削がれてしまいます。何のためのボランティアなのか?・・・。やはり、安い労働力、という認識が、本音の部分ではあるのだと思います。そんなところからも、長野五輪の組織委員会事務局の様子が伝わってきます。
物理的に抑制できないものは、最後は人的な手間を掛けてカバーしつつ、コストの抑制を考えなければ、解決策は見出せません。その意味から、予定を超えるボランティアの人的規模になったことは分かります。しかし、それをマネジメントできる体制も作らすに、単に人数だけを増やしても、それは、逆にコスト増に繋がってしまいます。その辺の感覚は、申し訳ありませんが、経験値の低い公務員の方々にはお分かりいただけない部分が多々あることは、私もよく感じることです。また、以前にも延べましたが、何が必要で、何は代替で賄えるか・・・、などという現場意識での運営計画の策定も、なかなかお分かりいただけない場面が多々生じます。決めたものは死ぬまで変えない、なんていう体質は、民間企業では有り得ませんし、特に、スポーツイベントの現場でそれを振りかざしたら、すべてがフリーズしてしまう危険性があります。主役である選手も、観戦する観客も、それらをサポートする運営スタッフも、みんな生身の人間なのですから・・・。
オリンピック・マーケティングというテーマから、少し逸脱してしまいましたが、長野五輪を振り返って検証すると、その財政を支えるオリンピック・マーケティングの拡大の兆しが見えてきた芽生えの時期でもあり、また、規模の拡大による開催費用の増大の深刻化が表面化していた時期でもあったような気がします。支出を抑制する、ということは、言葉では簡単ですが、そこには何かしらの犠牲が生じます。しかし、その犠牲を横目で見ながらオリンピックという価値を向上させて、大きな収入を得ることができている現在のオリンピックの姿を見ていると、オリンピックという世界最大のスポーツイベントの華やかな舞台の裏側にある、技術や人やノウハウなどの進化の過程、そしてその内容をしっかりと理解していくことこそ、健全な大会運営を実現させるスタートラインであるような気がしてなりません。大規模なだけに、そこには、人の欲やプライドがさまざまに入り組んできます。しかし、オリンピックに要求される最新の技術やノウハウ、そしてそれを扱うスペシャリストたちの力を、最大限に発揮する組織を構成し、運営していくことを、組織のトップの人たちは、もっと意識して、その指揮・統率する力を発揮すべきなのでしょう。
去る12日に、東京招致委員会からIOCへ、立候補ファイルが提出されました。開催経費として見込む組織委員会の予算は、3,100億円と言います。そして、その経済波及効果は、全国で2兆9,400億円ということですが、長野五輪の苦々しい轍を踏まないように、誰もが期待できるオリンピックが、ぜひ実現されるといいですね。
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2009年02月28日
1988年オリンピック開催を目指していた名古屋、そして、その20年後、2008年オリンピック開催を目指していた大阪。それぞれ、奇しくもソウル、北京という同じ東アジアのライバルたちに敗れ去り、オリンピック開催の夢は消えました。そして、その後、名古屋は愛知万博の開催に向かい、また、大阪は、東アジア競技大会、柔道や陸上競技の世界選手権の開催に向かうことになります。
名古屋と大阪は、何故敗れたのか?。
1981年のIOC、国際オリンピック委員会の総会で、ソウルと最後まで争った名古屋でしたが、当時のサマランチ会長が読み上げた都市名は、「ソウル」。固唾をのんで見守って「名古屋」という名が読み上げられることを期待していた私は、ひどく落胆したことを覚えています。2001年のIOC総会では、大阪は1回目の投票で惨敗しました。後に、1回目の投票で獲得した票数以上の国のIOCメンバーが、“大阪に投票したのに残念だった”、と発言したことで、大阪市民でなくとも困惑する珍事も発生しています。名古屋の場合は、愛知、岐阜、三重の東海3県の広域開催を計画の柱としていたようですが、招致失敗の最大の要因は、市民の関心が低かったことだと、当時のマスコミ報道は伝えています。また、IOCが重要視している開催国政府の保証(ガバメント・ギャランティー)に関しても、過去の東京や札幌と比べて、些か鈍かったようにも伝えられています。そして、大阪市の招致活動は、IOC総会の投票結果にも表れているように、期待したこととは全く逆の結果に終わっており、53億円と言われている招致費用を費やしたことに対する批判が相次ぎ、その後の大阪市の財政運営にも大きな負担を与えたと言われました。あまりの得票数の少なさを考えると、立候補ファイルに込められた計画そのものに欠陥があったのか、はたまたロビー活動の失敗だったのか、その原因を追究することすらナンセンスに思えるような結果でした。
大阪市の招致活動に関しては、今回の2016年と同様に、立候補ファイル提出後のIOC評価委員会による立候補都市の視察機会が設けられており、その時の資料を読み返してみると、その4日間の視察の状況がよく分かります。4日間の内容は、基本的に、午前中は立候補ファイルに基づいた各テーマ毎にその詳細を討議するワーキングセッションが行われ、午後は実際に競技会場候補施設などの現場視察に費やされたようです。スケジュールは、4日間の間、ほぼ目一杯の状況で、特に、ワーキングセッションでは、かなり専門的な、また、かなり詳細な内容に質問が多数出され、相当の時間を質疑応答に費やした、ということです。立候補ファイルに記述されている内容と、現実の発言内容に食い違いなどあろうものなら、それは質問の集中砲火を浴びせられる結果となったようなのです。大阪市の招致委員会としては、用意周到に準備をしていたと、この時の報告書では語られていますが、特に財政やマーケティングに関しては、突っ込んだ質問が相次いだようで、その後の議事進行を押してしまい、半分程度の内容は、その説明時間を短縮して行わなければならなかった、ということでした。IOC評価委員会による開催都市の視察は、想像以上に内容の濃い、実践的な内容である、ということなのです。
ちなみに、招致委員会の役員やJOCの役員の他、大阪市長を始めとした大阪市の局長クラスの職員、各企業のトップ、大学教授などの蒼々たるメンバーが出席して行われたワーキングセッションのスケジュールは、下記のようなものでした。
<第1日目>
・テーマ1(国、地域および候補都市の特徴)
・テーマ7(全体的な競技のコンセプト)
<第2日目>
・テーマ4(環境保護および気象)
・テーマ5(財政)
・テーマ6(マーケティング)
・テーマ10(オリンピック村)
※予定していた「宿泊施設」「輸送」は翌日に繰越し
<第3日目>
・テーマ13(宿泊施設)
・テーマ14(輸送)
・テーマ2(法的側面)
・テーマ3(通関および入国手続き)
・テーマ9(パラリンピック競技大会)
<第4日目>
・テーマ11(医療/保健サービス)
・テーマ12(セキュリティ)
・テーマ15(テクノロジー)
・テーマ16(コミュニケーションおよびメディアサービス)
・テーマ17(オリンピズムと文化)
こうして内容を見てみると、今回の立候補ファイルの内容とほぼ同じ要素が網羅されており、また、第2日目の財政やマーケティングに、特に目が向くことも想像できます。現実的には、机上プランで終わらない堅実な財政計画と、それを支えるマーケティング計画の精度が、IOCの注目ポイントであることは、今回も変わらないのではないでしょうか?。
競技会場や大会関連施設の視察に関しても、IOC評価委員会は、大阪市の招致委員会の想像を超えるほど、精力的に動き回ったようです。当初は、すべて競技会場を視察する予定はなかったようですが、急遽、全会場の視察を希望したことも、そのひとつの表れです。招致委員会としては、各競技会場毎に歓迎ムードを演出する取り組みを計画していたようですが、実際は、現場でもかなり専門的な質問が相次ぐなど、スケジュールにも度々変更が生じていたようです。招致委員会の思惑以上に、IOC評価委員会のメンバーには、接待重視の期待など欠片もなかったのです。この辺の考え方も、ほんの小さな原因かもしれませんが、大阪市の招致失敗に繋がったのでは?・・・、と想像してしまいます。
この時の開催都市の視察は、2月に行われていますが、その視察を踏まえて、3ヵ月後の5月には、IOCから評価レポートが提出されています。その評価レポートに記載された大阪市の計画に対する評価は、下記のようなものでした。
<評価された項目>
競技計画、オリンピック村計画、環境対策、テクノロジー
<課題とされた項目>
輸送、非組織委員会予算
特に課題としてクローズアップされたのは、大阪市の負担で行われることを予定していたオリンピック開催関連のインフラ整備に対する財政負担でした。評価レポートでも、大阪市の課題とされた内容は、その解決が難しい、と判断されており、この時点で、ライバルの北京、トロント、パリとの差は、歴然となっていたのです。オリンピック村(選手村)から競技会場までの移動時間に関する懸念、そして、大阪市のインフラ整備に投入する財政負担の大きさに対する懸念。何れも、今回の立候補ファイルで、どの立候補都市も強調して有利さをアピールしている部分であり、コンパクトな会場施設の配置や、政府や行政の負担を抑制していることが、明確に謳われているところでもあります。この時の評価レポートの中にある各都市への課題点に関する評価を読み比べると、テクノロジーや慢性的な交通渋滞に対する懸念以外は、北京が圧倒的な評価を得ていたようで、この評価レポートの内容そのものに、最終的な開催地決定投票の結果が出た、と言えるのかも知れません。
また、各立候補都市に対する評価を押並べて見てみると、立候補ファイルに示されたテーマ毎に、かなり専門的な見地からの評価が多く、課題の抽出についても、核心を突いた内容がそのほとんどでした。立候補ファイルに記載された内容が、あまりにも理想だけを語ったものならば、現実の視察段階では、その矛盾が指摘され、逆に悪評価に繋がる、ということです。また、視察の際のワーキングセッションでのプレゼンテーションや、実際の会場視察においても、単なる段取りやムードの演出だけではなく、如何に立候補ファイルの記載された内容が正しく、現実に即した計画的なものであるのかをアピールしていく方策を検討すべきなのでしょう。大阪の失敗は、そうしたことを如実に語ってくれていると感じます。
なお、IOCの評価レポートの結果に対して、各立候補都市は、IOCに意見書を提出する機会が設けられており、この時の大阪の招致委員会も、IOCから提起された輸送や非組織委員会予算に対する課題などについて、意見書を提出して理解を求めようとしています。特に、非組織委員会予算に対しては、大阪市の財源の大きさや、オリンピックに直接関係しないインフラ整備をも含む、しかも長期的な計画であることを強調しています。この時、立候補ファイルに記載されたインフラ整備のための非組織委員会予算として計上された金額は、280億ドル。日本円(1ドル=100円として)にして、2兆8千億円。大阪市の年間予算の約半分に当たる規模です。大阪市の説明は、この280億ドルは、向こう7年間で支出するものとしており、また、この金額は、全額が大阪市の負担によるものではなく、国などによる分担になっていて、実際に大阪市の負担額は、3,400億円に留まるのだ、としています。しかし、この説明は分かるのですが、それでは、何故最初から立候補ファイルにそのように記載しなかったのか、ということが問われます。大阪市の意見書によるニュアンスでは、IOCから示された質問要項に沿って記載するとこうなった、と弁明気味の意見が述べられていますが、如何にもお役人の考えそうなことで、杓子定規に、その場凌ぎをやってしまったのでしょう。
大阪が何故北京に破れたのか?。・・・というよりは、最後の決戦前に、既に大阪は脱落していたことが、こうした経緯から読み取れました。立候補ファイルは、単なる形式だけのものではなく、如何に真実を描くか、というところが重要であることを、大阪の失敗から学ぶべきですね。東京の計画も、多額の財政出動が予定されており、計画的な見地からの整合性が、果たしてどこまで取れているものなのか・・・?。もう直、それは明白になります。
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2009年02月27日
世界的不況が表面化し、世界経済が混乱し始めた昨年秋ごろの報道では、2012年ロンドン五輪の施設建設や周辺インフラの整備などの財源が、大幅な縮小を強いられる事態に陥り、逆に、招致段階より4倍以上に膨れ上がっている建設コストに批判が集中しているなど、先の暗い話題が紹介されていました。現状で報道されているロンドン五輪関連の施設建設やインフラ整備などの予算規模は、93億2,500万ポンド。日本円にして1兆8,650円もの規模になっています。新設される8万人収容規模のオリンピックスタジアムは、当初計画の倍近くの1,200億円、選手村も計画を削減したものの、1,300億円規模に予算は膨らんでいるそうです。ロンドン五輪では、33の競技施設の内、半数は既存施設を活用する計画を招致段階で打ち出していましたが、それ以外に、先のオリンピックスタジアムや競泳会場など、9会場は新設であり、また、残りの9会場も仮設での設置が予定されており、ここに掛けられる工事費用は、前述の通り、莫大なものになっているのです。イギリス政府は、93億2,500万ポンドの内、約64%を負担するようですが、それ以外にも、多くの公的資金が使われるのは必至であり、今後、工事規模の縮小や代替案に対する論議が、ますます加速していくように思います。
さて、2012年オリンピックですが、各立候補都市が提出した“立候補ファイル”には、予定される競技会場に関する計画も、第9項にキチンと網羅されています。ファイル全体でも、競技会場に関する内容が最もボリュームがあり、イメージパースで示されている会場紹介も多々ありますので、どれも素晴らしい競技環境を映し出しているのですが、実際にはどのようなものになっているのか?。今回は、各立候補都市別に、想定している主な競技会場に関する計画について検証してみたいと思います。(競技会場の後の数値は、それぞれ、大会時の観客収容数、大会組織委員会以外の費用負担分の金額、大会組織委員会の費用負担分の金額、開館時期、の順で記載してあります。金額の単位はすべて百万USドル。)
<東京の立候補ファイルからの抜粋>
東京の計画では、新築を予定している競技会場は、下記の4会場です。
・オリンピックスタジアム(10万人/831/31/2015年5月)
陸上,サッカー
・代々木公園アリーナ(1万5千人/157/12/2015年5月)
バレーボール
・海の森水上競技場(1万4千人/305/43/2015年5月)
ボート
・葛西臨海公園(1万2千人/13/13/2015年5月)
カヌー(スラローム)
・若洲オリンピックマリーナ(2千人/70/16/2014年5月)
セーリング
※上記4施設合計の建設費:1,376百万ドル/同仮設費:115百万ドル
次に、既存施設を恒久施設として工事を行い利用する競技会場は、以下の8会場です。
・有明テニスの森(3千~1万人/50/6/2015年5月)
テニス
・日本武道館(1万1千人/36/5/2015年5月)
柔道
・東京辰巳国際水泳場(5千~2万人/227/135/2015年5月)
競泳,飛び込み,水球,シンクロナイズドスイミング
・夢の島公園アーチェリー場(7千人/4/19/2015年5月)
アーチェリー
・夢の島ユースプラザアリーナ(7千~1万8千人/385/11/2015年5月)
アリーナA(7千人):バドミントン
アリーナB(1万8千人):バスケットボール
アリーナC(1万2千人):体操,新体操,トランポリン
・大井ホッケー競技場(5千~1万人/22/24/2015年5月)
ホッケー
※上記4施設合計の工事費:724百万ドル/同仮設費:181百万ドル
また、既存施設を恒久施設工事を行なわず利用する競技会場は、以下の13会場です。
・東京ビックサイト(4千~1万人/0/29/2016年6月)
ホールA(1万人):レスリング
ホールB(6千~8千人):フェンシング,テコンドー
・国立代々木競技場(1万2千人/0/15/2016年6月)
ハンドボール
・東京体育館(8千人/0/4/2016年6月)
卓球
・国技館(1万人/0/9/2016年6月)
ボクシング
・夢の島競技場(1万4千人/0/46/2016年6月)
馬術
・東京国際フォーラム(5千人/0/1/2016年6月)
ウェイトリフティング
・陸上自衛隊朝霞訓練場(3千人/0/31/2015年5月)
射撃
※その他、サッカー会場として、国立霞ヶ丘競技場など6会場
※上記13施設合計の工事費:0百万ドル/同仮設費:159百万ドル
その他、仮設工事のみで競技会場を建設するものが7会場あり、その仮設工事費の合計は、129百万ドルです。以上、32競技会場の大会組織委員会以外(東京都の負担)の予算としての計上分は、合計2,100百万ドル。そして、大会組織委員会が負担する仮設工事などの予算は、合計455百万ドルとなり、競技会場に要する建設及び仮設工事費用の合計は、2,555百万ドル、ということです。東京の計画では、新規の恒久施設の建設は、全32施設中、4施設のみですが、既存施設の恒久施設としての工事ということで、8施設に掛ける費用の大きさが際立ちます。特に、有明テニスの森には、5,000人収容の第1コートを新設したり、現状からは想像できない規模にまで施設を拡大する夢の島ユースプラザは、ほとんど新築に近いものです。
では、シカゴのケースを見てみると、新築が予定されている競技会場は、7会場で、その建設費の合計は1,792百万ドル。大会組織委員会の負担分である仮設費は497百万ドルとなっています。新たに建設されるのは、メインスタジアムのオリンピックスタジアムの他、ボートおよびマラソン水泳競技会場、カヌー競技会場、自転車トラック競技会場、サッカー競技会場、ホッケー競技会場、そして水泳競技会場です。また、既存施設の恒久施設工事を行わない利用による競技会場は、12会場あり、その仮設工事費用は71百万ドル。更に、仮設のみで施設を建設する競技会場は、10会場で、その仮設工事費は114百万ドルとなっています。その他、射撃会場は既存施設を恒久施設としての工事を施して使用される予定で、その費用は大会組織委員会以外の負担分が19百万ドル、大会組織委員会負担分が7百万ドルとなっています。よって、大会組織委員会の負担分の合計工事予算は、611百万ドルとなっており、東京を160百万ドル程、上回っていることになります。
また、競技施設の7割が既存施設の利用で賄うとしているマドリードのケースを見ると、体操、ホッケー、バレーボール、バスケットボール等、8会場が新築される予定になっています。大会組織委員会以外の予算ですが、その建設費の合計は、907百万ドル。大会組織委員会予算となる仮設工事費は、107百万ドルとなっています。既存施設で恒久施設としての工事を要する競技会場は、メインスタジアムのオリンピックスタジアムや水泳会場を含めて6会場あり、その改修工事費は732百万ドル。仮設工事費は、32百万ドルとなっています。一方、既存施設で恒久施設としての工事を必要としない競技会場は、17会場もありますが、その仮設工事費は66百万ドルに収まっています。既存施設を活用する競技会場は、33会場中、23会場と、全体の7割になっていることが、マドリードの計画の特長のようです。そして、大会組織委員会の負担する合計工事予算は、205百万ドルと、シカゴの1/3、東京の半分以下の規模で納めているのも、マドリードの特徴と言えるでしょう。競技会場施設の充実振りが、アピールポイントになっていることが、ここでもよく分かります。
最後に、リオ・デ・ジャネイロのケースを見てみると、複数の競技を開催できるOTCという多目的ホールや水泳競技会場を含めた9会場が新築の予定になっています。既存施設で恒久施設としての工事を要する競技会場は、メインスタジアムや自転車トラック競技会場など8会場、そして、既存施設で恒久施設としての工事を必要としない競技会場は、マラカナスタジアムを含めたサッカー競技の5会場や、体操競技会場、バレーボール競技会場など10会場となっています。また、仮設工事のみで施設を建設する競技会場は、7会場です。ただし、リオ・デ・ジャネイロの“立候補ファイル”に示されたこの項目に記載された金額数値の単位が、百万USドル単位になっているのですが、仮設工事のみで施設を建設する工事費だけを見ても、その合計は78,446百万ドルとあり、これはどう見ても金額単位の設定ミスであるように思いました。(日本円にすると7兆8千億円にもなってしまいます。) 千ドル単位だと78百万ドルとなり、他の立候補都市の計画金額とも近いものになるのですが、どうなんでしょうか?。ちなみに、千ドル単位だとすると、大会組織委員会以外の負担の合計は、478百万ドル。そして、大会組織委員会の負担の合計は、282百万ドルとなりますが、果たして正解はどうなのでしょうか???・・・。(困った、困った・・・。)
posted by umekichihouse |07:16 |
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2009年02月26日
先の2008年北京五輪では21億ドル、2012年のロンドン五輪では24億ドルと報道されているオリンピックの大会運営予算。2016年オリンピックの各立候補都市が“立候補ファイル”で示した大会組織委員会予算は、何れもその規模を上回るものになっており、シカゴは倍以上、東京やリオ・デ・ジャネイロでも1.5倍程度までになっています。マドリードは、ほぼロンドン五輪並みの計画規模ですが、それも今後何処まで膨らむのか、ロンドンの現状を見ても、決して予断は許されないでしょう。大会組織委員会が直接管理するこの大会の運営を支える財源は、前回も述べたように、リオ・デ・ジャネイロが803百万ドル、シカゴは少ないものの83百万ドルを、政府または州や市の行政からの補助金に頼りますが、東京とマドリードは、一切の公的財政支援を受けずに大会を開催する計画を発表しています。しかし、メインスタジアムの建設や、選手村、メディアの前線基地となるメインプレスセンター(MPC)、国際放送センター(IBC)などの関連施設の建設など、大会組織委員会が管理しない施設などのインフラ整備に費やされる予算は、数千億円にも及ぶ規模が想定されており、膨れ上がったロンドンのそうした予算額や、国家プロジェクトとして大規模なインフラ整備を行った北京ほどではないものの、大会運営の裏側には、大規模な財政出動が実態としてあります。
世界的な経済不況が長期化する様相を呈している中で、各立候補都市は、大会運営に直接関るその予算を、どのように計画しているのか?。それは、収入確保に関する計画以上に、注目されるところです。今回は、その支出に関する計画内容を、“立候補ファイル”に示された予算数値を紐解きながら、各立候補都市の意図を読み取ってみたいと思います。
まず、最初の費目としてある大会組織委員会が負担する設備投資に関してですが、これは、シカゴのみが201百万ドルを計上しています。シカゴは、大会組織委員会の管理以外の、競技会場の設備投資予算に関して、東京やマドリードの1/30以下の金額しか計上しておらず、また、83百万ドルを政府補助金で得ているための計上なのかどうか?。真意は図りかねます。その他の3立候補都市は、大会組織委員会としては、一切、設備投資に関する負担を計上していません。
では、それ以外の費目について、以下に、各立候補都市別に“立候補ファイル”に示された金額数値を比較しながら、検証していきます。(金額数値は、各費目毎に、東京、シカゴ、マドリード、リオ・デ・ジャネイロの順番で記載しています。また、金額の単位は、すべて百万USドルで、数値は2016年の計画数値を用いています。)
◇競技会場の運営関連
733(24%)/953(22%)/256(10%)/368(11%)
◇選手村の運営関連
174( 6%)/280( 7%)/138( 5%)/328(10%)
◇メインプレスセンター/国際放送センターの運営関連
63( 2%)/ 58( 1%)/ 50( 2%)/ 51( 2%)
※上記、大会施設運営関連費目の合計:
東京 970百万ドル(全体比31%)
シカゴ 1,291百万ドル(同30%)
マドリード 444百万ドル(同17%) ※東京の1/2、シカゴの1/3
リオ・デ・ジャネイロ 747百万ドル(23%)
上記費目は、運営スタッフなどの人件費を除く、設営や装飾、そして備品や什器の設置、および運営環境を整備する付帯要素を網羅したものと推測されます。すべての立候補都市で、MPC、IBCの運営コストはほぼ同等レベルなのに対して、競技会場の運営コストは、最低のマドリードと最高のシカゴとの差が、約3.5倍もの規模になっています。これは、新設会場のための費用を抑えているシカゴは、大会運営や競技運営のための仮設的な施設整備や備品や機材の充当に費用が掛かるからだと推測されます。元々のハードに投資しなくても、その施設をオリンピック大会で使用するために整備することは、当然のことながら必要に迫られますから、公共投資的な費用を費やす必要がない分、純然たる大会運営費用で、大会運営環境の整備は行わなければならないのでしょう。
一方で、競技会場の新設及び既存施設の恒久施設とするための工事に2,434百万ドルを費やす予定のマドリードは、大会組織委員会の予算としては、設営や装飾、運営環境の整備に掛かる予算を、必要最低限に抑えられているようです。選手村についても、大会後の活用計画が詳細に計画されています。大会で予定される利用計画に準じた大会後の利用について、ここは学校、ここはホテル、ここは病院・・・、などと事細かく計画されていることに驚きました。また、マドリードが大会組織委員会以外の予算として選手村の建設費用として金額を計上していないのは、大会後の活用を見越した施設の一時的な借用ということでの、選手村施設の利用を前提にしているのかもしれませんが(あくまでも推測ですが・・・)、大会後の利用計画にまで踏み込んだ精度の高い計画性が、選手村の運営コストを最低限に抑えているのかもしれません。
東京は、シカゴと同様に、既存施設を、恒久施設としての工事を必要としない活用の仕方を予定する施設が13会場あり、ここでの運営環境整備に掛かる費用がかなり費やされるために、予算の1/4に近い規模のウェイトになっているものと推測します。それにしても、マドリードの3倍、4倍の運営コストを要する東京とシカゴの計画は、どの立候補都市も謳っている既存施設の有効活用という謳い文句とは現実離れしているようでもあり、これは、既存施設のオリンピックレベルの競技大会開催に必要とされるファシリティレベルの差が影響しているとしか思えません。逆に言うと、マドリードの既存施設は、非常に充実している、ということでもあります。
リオ・デ・ジャネイロの選手村の運営コストが、東京の約1.9倍、マドリードの2.4倍になっていますが、リオ・デ・ジャネイロは、選手村の仮設工事費を大会組織委員会の予算として計上していることもあり、このような金額になっていると推測します。各立候補都市供に、大会の運営計画もさることながら、予算計上の施策についてもそれぞれの考え方があるようで、一概に比較できないために、本当の意図を読み取るまでには至りません。
◇スタッフ人件費関連
235( 8%)/575(13%)/325(12%)/397(12%)
運営予算の全体比から見ると、東京のみが他の立候補都市より5%ほど低い数値になっています。これは、東京都や都内市町村の職員の応援を見越した人件費の抑制を予定してのことなのか?、ボランティアの募集や研修に掛かる費用がここに計上されているとすれば、ボランティア関連の経費を抑制してのことなのか?、確かな根拠は不明です。最も低いレベルでコストを抑えていることはひとつの評価対象かもしれませんが、現実的には、大会運営で最も重要なのはスタッフの人力であり、ここに東京が適正なコストを計上できないとすると、少し大会運営の根本を見誤っているような気がしてなりません。あくまでも、他の立候補都市との比較においての感想に留まりますが、それにしても、大会運営予算が最低規模のマドリードの7割程度しか計上されていない、というのは気になります。ちなみに、シカゴの金額的な大きさは、単なる人件費単価の高さなのか、人数の多さなのか、はたまた研修などの人事関連コストの問題なのか・・・、は不明です。
◇情報通信(IT)関連
503(16%)/475(11%)/490(18%)/565(17%)
ここ10年で、世界的に大容量で高速の通信インフラが整備され、それに伴い、IT技術も飛躍的に向上したために、スポーツ競技におけるデータ解析や分析、そしてそれら情報の伝達や伝送手段が、飛躍的にハイテク化しました。そして、大会全体の情報量も飛躍的に増大し、単なる計時機器やコンピュータ機器等の問題以上に、情報を管理、運用するシステム全体の精度が重要視される時代になっています。光ファイバー伝送は、テレビ中継における伝送手段としても、もはや当たり前になっており、それらインフラの整備状況は、オリンピックの立候補都市にとっても“あって当たり前”の条件になりつつあります。上記計上金額を見ると、その都市の通信インフラの整備状況やIT環境に対する対応力のバロメーターのようにも見えます。そのことからすると、やはりリオ・デ・ジャネイロだけは、若干の立ち遅れが無きにしも非ず、という印象を受けます。
◇式典・文化プログラム関連
118( 4%)/142( 3%)/207( 8%)/145( 4%)
開会式、閉会式、表彰式、文化プログラム、そして聖火リレーなどの運営コストですが、開会式に東京の1.5倍、閉会式には2倍の費用を計上しているマドリードの計画意図が、式典の充実に重きを置いていることがよく分かります。また、マドリードは、文化プログラムにも、リオ・デ・ジャネイロの2倍、東京との比較では9倍以上の費用を計上しており、オリンピックを通じて、スペイン、そしてマドリードの文化を世界に発信していこう、という意図が更に表れています。全体予算が最も低い中で、式典や文化プログラムの実施に、最も高いウェイトを置いているマドリードのオリンピック招致の目的が、この辺にも明確に示されているようにも感じました。
◇パラリンピック運営関連
143( 5%)/217( 5%)/ 89( 3%)/197( 6%)
オリンピック後に同じ会場や施設を利用して行われるパラリンピックの運営費であり、パラリンピック開催だけのための専門のコストが計上されているものと推測します。先の大会関連施設の運営コストと、ほぼ同等の比率で金額が計上されていることから、各立候補都市供に、パラリンピックもオリンピックと同様の考え方を前提とした運営計画を考えていると推測されます。
◇その他支出項目について
上記以外の費目については、犯罪率が高いとされるリオ・デ・ジャネイロや、治安の悪さが指摘されているシカゴの警備に関するコスト規模が、リオ・デ・ジャネイロは27百万ドルと東京の1/5、シカゴは48百万ドルと同じく東京の1/3弱の規模しか計上されていないことが些か気になりました。警察機関の全面的な協力で賄う計画なのかどうか・・・。有料サービスでの対応で賄う計画ではないのかもしれません。
また、輸送に関しては、マドリードが他の立候補都市の1/2から1/3程度しか計上されてなく、大会施設周辺の公共交通網の整備の万全さの表れなのかどうか、注目したいところでもあります。
posted by umekichihouse |06:08 |
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2009年02月25日
2016年オリンピックに立候補する4都市が提出した“立候補ファイル”。前回は、その収入に関する計画内容を検証してみましたが、今回は、それをもう少し掘り下げて検証してみたいと思います。そのテーマは、チケッティング、そして、国内スポンサーおよびサプライヤーに関する2つです。
[1]チケッティング
まずは、収入の2割前後のウェイトを占め、金銭面以外にも、大会全体の盛り上げに必要な観客動員に結びつくチケッティングに関する内容です。各立候補都市のチケット販売による収入規模は、前回取り上げましたが、今回は、各立候補都市が計画するチケット価格の想定計画について比較しながら、観客動員対策に対する各立候補都市の構想を検証してみます。以下は、“立候補ファイル”に示された凡そのプライシングに関する内容です。
<東京>
・チケット販売総定規模 730万枚
・予算計画上の販売目標率 85%
・想定する平均チケット単価 87ドル(50%が50ドル以下の設定)
※開会式:231~1,389ドル/人気競技:9~324ドル
<シカゴ>
・チケット販売総定規模 (記述不明)
・予算計画上の販売目標率 (記述不明)
・想定する平均チケット単価 71ドル(51%以上が50ドル以下の設定)
※開会式:520~1,645ドル/人気競技:平均141ドル(それ以外は61ドル以下)
<マドリード>
・チケット販売総定規模 794万枚
・予算計画上の販売目標率 76.5%
・想定する平均チケット単価 (記述不明)
※開会式:490~840ドル/人気競技:36~249ドル
<リオ・デ・ジャネイロ>
・チケット販売総定規模 700万枚
・予算計画上の販売目標率 81%
・想定する平均チケット単価 36ドル(31%が20ドル以下の設定)
リオ・デ・ジャネイロのファイルでは、他の立候補都市のファイルと比較して、チケッティングに関する記述が詳しくなく、あまり正確な情報は理解できませんでしたが、予算全体に占めるチケット収入金額が、418百万ドルと、シカゴの半分の規模でしかなく、それは、想定するチケット単価の低さからも容易に推論できます。800百万ドル以上の補助や助成を政府や行政から得ているため、多くの市民や国民に観戦の機会を与えることを目的としているのか?。それとも、経済環境からこれ以上の値付けはできないためなのか?。確かな根拠は不明ですが、お国柄を表していることなのかもしれません。何れにしても、財政基盤の安定を考える上では、かなり不利な計画であると言えるのではないでしょうか。
マドリードは、ファイルからは想定するチケット単価を見つけ出すことは出来ませんでしたが、チケットの販売目標率とチケット販売収入の予定額から計算すると、チケット単価は83ドルとなり、東京の計画に近いものとなります。しかし、販売目標率が、東京よりも9%も低く、これは、数多くの国際スポーツイベントの開催実績から導き出した経験値による数値のようなので、東京やシカゴと比較すると300百万ドル以上もの収入の差がありますが、堅実な計画を示しているのかもしれません。また、人気競技で想定するチケット単価も、東京やシカゴよりも低いことも、そうした経験値を踏まえた判断なのでしょう。収益よりも、実質的な観客動員を具体化することを念頭においているのかもしれません。
東京とシカゴの計画は、ほぼ等々のように感じましたが、東京の想定する平均チケット単価が、87ドルというのは、半数規模のチケットが供に50ドル以下の設定であることから考えると、高額帯のプライシング比率がシカゴよりも高いことを示しています。シカゴよりも平均値で16ドルも高いというのは、競技会場の座席キャパシティが影響していることなのでしょう。また、逆に、インドアスポーツや陸上競技など、アメリカの得意種目での、より高い割合での収益確保を念頭に置いたシカゴの戦略が影響しているのかもしれません。チケッティングは、収入の確保という点においては、最も確実な収入源であり、計画算定できる側面を持ちます。また、大会全体を盛り上げるためには、満員レベルにするための観客動員も欠くことのできない戦略であり、ここは、プロスポーツを始めとする数多くの実戦経験があるアメリカのスポーツ興行力を前提とした自信が、4都市で最も高額なチケッティングに関する予算額を導き出す結果となっているのでしょう。
[2]国内スポンサーシップと公式サプライヤー
開催国内のみにその活動範囲を限定された国内スポンサーの獲得は、収入の確保においても、また、大会運営上の必要な機材や機器の提供、そしてサービスの提供を受けていくためにも、重要な要素であることは間違いありません。先の北京五輪では、2,140億円という大会運営予算規模であったことが報道されていましたが、その半分を国内スポンサーシップで賄ったとされています。IOCの資料(大会開幕前に作成されたメディアガイド)によると、公式パートナーには、海外企業を含めた11社、公式スポンサーには同じく10社、そして公式サプライヤーとして15社が名を連ねており、計36社が国内スポンサーとなっています。
2016年オリンピックの“立候補ファイル”でも、3段階のカテゴリーランクに国内スポンサーは区分されており、簡単な表記を見ると、トップランクとしては、“Partner”、次に、“Sonsor、そして”Supplier“となっています。1社10億円から50億円以上ものフィーを支払うことになるわけですが、マドリードやリオ・デ・ジャネイロは、個々スポンサー候補のカテゴリー毎に、想定するフィーの金額規模も記載してあります。また、ファイルの中には、各招致委員会が想定するスポンサー企業の業種を、想定候補として示しているのですが、この一覧を見ていると、それぞれの立候補都市毎のイベントスポンサーシップ市場における傾向というか、それぞれの業種のスポンサー企業に対する期待するところの考え方も、マチマチであることが読み取れます。4立候補都市の取り上げているスポンサー候補業種を、ひとつのファーマットで一覧にしてみと、意外にも、重複する業種は少ないものでした。もちろん、業種の名称は、ほとんど重なっています。しかし、注目したいのは、3段階に区分された国内スポンサーシップのカテゴリー毎の候補としては、ほとんど一致してこないのです。具体的に一部の例を下記に取り上げてみます。
・航空会社を、東京とシカゴはSponsorと位置付けているが、マドリードとリオ・デ・ジャネイロはSupplierと位置付けている。
・自動車メーカーを、東京とシカゴはSponsorと位置付けているが、マドリードとリオ・デ・ジャネイロはSupplierと位置付けている。
・ホテルを、シカゴとリオ・デ・ジャネイロは、それぞれSponsor、Supplierと位置付けているが、東京とマドリードはスポンサーシップの対象として想定していない。
・メディアを、東京、マドリード、リオ・デ・ジャネイロは、それぞれSupplierと位置付けているが、シカゴはスポンサーシップの対象として想定していない。
上記以外にも、それぞれの開催都市の生活環境や経済環境を背景として、スポーツのスポンサーシップに対する考え方の違いが窺い知れるのですが、東京の計画は、現状のJOC、日本オリンピック委員会のパートナーシッププログラムを元に内容が構成されているようです。一方で、マドリードやリオ・デ・ジャネイロの計画では、大会運営に必要とされるさまざまなサービスを提供する業種が、Supplier候補として取り上げられており、金銭的な収入を期待する半面、物品やサービスの提供によるコストセーブによって大会の収支構造を支えようとする意図が見えてきます。特に、マドリードの場合は、Partner候補としては、6業種程度しか記載されていませんが、Supplier候補の業種では、15業種も記載されており、その内容を見ても、警備、輸送、通信、物流、医療、施設管理や機械技術など、大会運営に必要とされるであろう現実的な業務業種がそのほとんどです。金銭的な支援を求める対象と、大会運営の円滑化や効率化という点で支援を求める対象を、バランスよく計画しているのだと思います。スポンサーシップは、大会運営に大きな財源をもたらすものですが、スポーツ競技大会の運営で必要とされるさまざまなソリューションを提供してくれる存在であることも、忘れてはならない、ということですね。面白いのは、リオ・デ・ジャネイロのファイルには、ボランティアの募集や研修、清掃、印刷、そして建設や紙の供給、というカテゴリーもありました。確かに、膨大な量の用紙が必要にはなりますが、他のカテゴリーを見ても、何か産業構造のレベルの違いのようなものも、各都市のファイルの中に見え隠れしています。
先に、北京五輪の運営予算が2,140億円と述べましたが、今回の4立候補都市の予算計画で最も低いマドリードでも、2,659百万ドル。シカゴに至っては、4,267百万ドルと、北京五輪の2倍の規模にもなっています。北京五輪の場合は、共産主義国家であったこと、そしてそれに伴い、人件費や経費の発生根拠などの考え方の違いによって、一概に今回の予算計画と比較することはナンセンスかもしれません。オリンピックで7万人。パラリンピックを含めると10万人という数のボランティアが人海戦術で立ち回った北京五輪。アテネ五輪やシドニー五輪でのボランティアは、4万5千人程度ですから、その倍の数のボランティアに関わる経費を賄うことだけを考えても、金銭的な比較は容易ではありません。しかし、大会運営を支える予算規模が、3,000百万ドル、4,000百万ドル規模にまで拡大していることは、公的資金に頼らず、民間からの資金援助によって賄おうとする計画そのものに、より精密な確実性や現実的な検証の目が必要になっていることも見逃せません。今回の4立候補都市が提出した“立候補ファイル”の中に、どこまで現実に即した意図が込められているものなのか、次回、支出面の検証をしながら、更に読み取っていきたいと思います。
ちなみに、東京の国内スポンサーシップに関する合計金額である766百万ドルの、更に倍の規模の収入を想定しているシカゴの計画を見ると、現状の経済力以前に、何か計画的な意図があるのか?、とも勘繰りたくなりました。
posted by umekichihouse |06:17 |
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2009年02月24日
2016年オリンピックの“立候補ファイル”。その8項目目には、財務計画に関する内容が記載されています。前回は、大会組織委員会の予算として計上されている内容以外の費目、つまり、大会組織委員会が直接管理しない費用について取り上げましたが、今回は、大会組織委員会が直接管理し、また、その収入を確保しなければならない予算計画の収入面にフォーカスして取り上げたいと思います。
スポーツイベントにおける運営予算計画は、確保できる見込みを想定した収入規模を前提として、支出内容を収入規模に収める方策を検討していくアプローチと、逆に、支出内容を費目毎に積み上げながら、その規模に応じた収入確保の方策を検討していくアプローチがあると思います。前者の場合は、確実性の高い収入確保が見込める一方で、その金額規模に収めようとする支出項目の策定を行いがちであるため、実施計画に伴う支出の実際の金額規模が、時として収入規模を超えてしまうケースが多々あります。収支均衡は理想であるものの、収入の枠に数値的な側面だけを捉えて支出規模を収めようとしても、なかなか理想通りには行きません。後者のケースの場合は、支出内容は、現実的な積算根拠を元に算出されるため、確実な予算規模の策定が可能である反面、それをカバーすべき収入の確保の方策に、時として無理を生じさせる可能性が生まれてしまいます。支出の規模に合わせようと、実現性の低い規模にまで収入の見込みを増大させてしまったり、期待値のみが高い費目の設定や金額規模の設定を行ってしまうからです。
2016年オリンピックの開催地として立候補している4都市の“立候補ファイル”に記された財務計画は、果たしてどのような意図や計画理念で策定されたのかは定かではありませんが、一定のフォーマットに収められているため、ひとつひとつの費目に示された金額を検証するだけで、それぞれの組織委員会の考え方の一端を垣間見ることができます。ちなみに、4都市の各予算規模の増額は、以下の通りです。(数値は2016年計画のもの)
<東京> 3,115百万USドル
<シカゴ> 4,267百万USドル
<マドリード> 2,659百万USドル
<リオ・デ・ジャネイロ> 3,265百万USドル
総額規模から見ると、最高レベルのシカゴと、最低のマドリードとは、1,608百万ドルもの格差があり、東京とリオ・デ・ジャネイロとは、ほぼ同等レベルの規模になっています。なぜこれだけの格差が生まれているのか?。なぜシカゴはこれだけの費用を必要とするのか?。そして、なぜマドリードはこれだけ低い予算で賄えるのか?。そうした観点からも、各費目毎の検証をしながら、それぞれの予算計画に対する意図を読んでいきたいと思います。
(金額数値は、各費目毎に、東京、シカゴ、マドリード、リオ・デ・ジャネイロの順番で記載しています。また、金額の単位は、すべて百万USドルで、数値は2016年の計画数値を用いています。)
①IOCによる分配金に関しての費目
◇放送権料分配収入(IOC Contribution)
◇TOPスポンサーシップ料分配収入(TOP Sponsorship)
上記2つの項目は、すべての立候補都市に一律の条件であり、どの財務計画にも同一の金額が記載されています。放送権収入からの分配は、675百万ドル、そして、TOPスポンサーシップ収入からの分売は、335百万ドル、となっています。TOPスポンサーから得られる収入の分配に関しては、IOCの規定により、50%が冬季及び夏季オリンピックの大会組織委員会に分配されることになっており、冬季組織委員会と夏季組織委員会との分配率は、“1:2”となっています。つまり、計上されている335百万ドルから逆算すると、2013-2016年のTOPⅧで得られる収入総額の見込みは、約10億ドルということになります。北京五輪前に、IOCロゲ会長は、2013-2016年は11億ドル以上の規模になる、と記者発表していましたが、TOPⅦ並みの見込み額に想定を抑えた、ということなのでしょう。
一方で、放送権収入に関しては、IOCは、それぞれの大会における放送権契約の総額の49%を大会の組織委員会に分配する、としてあり、その比率から逆算すると、2016年の放映権料は、1,378百万ドル、ということになり、北京五輪時の1,700百万ドルを大きく下回ります。しかも、その金額規模は、2000年のシドニー五輪並みであり、この点においては、確かな根拠が不明確です。高騰を続けてきた放送権料を抑制する意図なのか?、敢えて低く見積もったものなのか?・・・。
IOC、国際オリンピック委員会は、去る18日、それまでEBU、欧州放送連合との契約を継続してきたヨーロッパ地区でのオリンピック放送を、2014年と2016年の大会に関しては、パリに本部を置くスポーツエージェンシー、スポーツファイブ社にその権利販売の代理人を任せる契約を締結したことを発表しています。また、EBU加盟国は52ヶ国ですが、スポーツファイブ社が販売を行う権利を持つ範囲は40ヶ国であり、既に契約済みのトルコやイタリアを含めて、フランス、ドイツ、スペイン、イギリスなどの経済大国は、スポーツファイブ社との契約からは除外されているようです。これら除外されている各国の放送局や放送グループとの契約交渉は、IOCが直接行うようですが、このIOCとスポーツファイブ社との契約によって、オリンピックの放送権料は、恐らく、より高騰しているものと想像することは容易く、その状況から、“立候補ファイル”で一律に計上されている675百万ドルという数値は、かなり低いレベルでの見込み数値と言えるでしょう。IOCの何らかしらの意図なのか?、開催地が決定していないことによる暫定数値、というものでしかないのか?、はたまた、IOCの分売に関する規定が変えられたのか?、・・・。何れにしても、放送権料が高くなれば、それだけ大会組織委員会に分配される金額は増えるわけですから、一旦はリーズナブルなものとして考えましょう。
②大会組織委員会独自のマーケティングによる収入に関しての費目
◇国内スポンサーシップ(Local Sponsorship)
708(23%)/902(21%)/325(12%)/313(10%)
◇公式サプライヤー(Official Suppliers)
58( 2%)/553(13%)/331(12%)/282( 9%)
◇チケットセールス(Ticket Sales)
815(26%)/836(20%)/506(19%)/418(13%)
◇ライセンシング(Licensing)
129( 4%)/198( 4%)/122( 5%)/ 52( 2%)
※上記の立候補都市毎の合計と全体予算に占める割合
・東京 1,710百万ドル(55%)
・シカゴ 2,489百万ドル(58%)
・マドリード 1,284百万ドル(48%)
・リオ・デ・ジャネイロ 1,065百万ドル(34%)
シカゴと東京との差は、779百万ドル。全体予算の差額は、1,152百万ドルですから、その68%は、独自のマーケティング収入でカバーしようとしているのが、シカゴの戦略です。一方で、東京は、IOCからの分配金と合わせると、全体の9割近くを、所謂マーケティング収入に頼る収入構造である、ということが言えると思います。シカゴは、IOCの分配金を足しても、全体の8割余りでしかなく、これは、後述する寄付金や政府などからの助成金の割合が、高い(全体の9%)ということです。それにしても、チケット販売を含めて、組織委員会独自のマーケティング収入で、全体の7割近い収入を確保するという自信は、やはり、プロスポーツ大国としての経験がものを言っているのかどうか?、かなり興味深い内容です。
マドリードとリオ・デ・ジャネイロは、かなり低い割合になっています。マドリードは、全体予算が他の立候補都市よりも低い(東京とは456百万ドル、シカゴとは1,608百万ドルもの差)から、ということもありますが、全体比率からしても、5割以下のウェイトしか置いていないようです。更に低いレベルなのが、リオ・デ・ジャネイロで、全体予算に占める割合は、34%しかありません。これは、後述する政府や市からの助成金の割合が高いからです。この数値的な傾向だけを捉えると、リオ・デ・ジャネイロの収入構造は、日本の地方都市での国際大会の予算計画に近いものがあるように思います。開催国内の市場に収益源を求めることができる経済力の有無、という経済環境の格差も影響していると思いますが、倍以上、もしくは1.5倍くらいもの差が、この計画数字にも表れている、ということは、立候補都市としてのアピールポイントのひとつであろう、財政基盤の確かさを、些か低く捉えられる可能性も多少はあるのではないでしょうか?。
何れにしても、世界No.1、No.2のGDPを誇るアメリカと日本の経済力を背景として、そのことが露骨に収支構造にも表れていることを考えると、支出計画という戦略的な側面を考えなければ、財政面での安定性は、東京とシカゴに分があるようにも感じるところです。しかし、世界的経済不況の影響が、両国の経済にどこまで深刻な打撃を与えるかは、まだまだ未知数なところもあり、7年後の経済状況如何では、この収入構造が破綻してしまう可能性もあります。その点から考えると、全体を抑えたレベルで計画を策定しているマドリードにも、別の意味での安定性を垣間見ることができます。
③政府・行政・一般からの補助および助成に関しての費目
◇寄付(Donations)
86( 3%)/285( 7%)/ 4( 0%)/ 35( 1%)
◇補助金・助成金(Subsidies)
0( 0%)/ 83( 2%)/ 0( 0%)/803(25%)
◇その他収入(Other)
270( 9%)/384( 9%)/295(11%)/314(10%)
特徴的なのは、全体予算の25%を、国、州、市から均等に補助金を得る想定のリオ・デ・ジャネイロの計画です。ブラジルは、世界的な経済不況の影響が比較的軽微だとも言われているようですが、この依存率は、IOCにどのような印象を与えるものなのでしょうか?。また、アメリカらしく、シカゴが、寄付による収入に300億円近い期待をしているところも面白いです。その他収入に関する詳細は不明ですが、金額が大きく、その内容も知りたいところです。
posted by umekichihouse |06:09 |
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2009年02月23日
去る2月12日、2016年に開催される夏季オリンピックの開催候補地として立候補している東京都は、IOC、国際オリンピック委員会に“立候補ファイル”なるものを提出しました。この“立候補ファイル”は、IOCから示されたオリンピック開催に関するさまざまな必要要件に対して、各立候補都市がその質問に回答する、という形式のものとされていますが、実際にファイルの中身を見てみると、すべての内容は、一律のフォーマットの中にそれぞれの候補地が考えている開催計画を織り込むものになっており、図面や写真、または図表の形式など以外は、一行一行の文章や、ひとつひとつの数値をキチンと読まないと、各候補都市の違いなど、明確にはわかりません。確かに、表紙のイメージや、使用されている写真の使い方など、お国柄や主張する意図を伝えようとする工夫自体は明確に分かります。東京オリンピック・パラリンピック招致委員会が提出したファイルは、和紙に印刷され、しかも、3部に分かれているファイルは、それぞれ和綴じの仕様で製本されており、更には、その3部のセットは、各セット毎に風呂敷包みで梱包されていたようです。しかし、問題は、そうした体裁だけではなく、もちろんのこと、その中身にあります。4月には、各立候補都市にIOCの評価委員会のメンバーが現地調査のため訪れる予定になっており、その際にも、今回提出したファイルの内容に基づいた実地検証が行われるのではないでしょうか?。(昔のように接待漬けのご一行様扱いではないと思います。) ちなみに、現地調査の日程は、下記のような予定になっているようです。
◇シカゴ 4/4-7
◇東京 4/16-19
◇マドリード 4/29-5/2
◇リオ・デ・ジャネイロ 5/5-8
それぞれ延べ4日間の日程のようですが、問題なのは、どの要件を重点的に視察するのか、ということでしょう。それぞれの都市が抱えている一番の課題に対してフォーカスするのか?、または、各都市の最も象徴的な施設やその候補地を検分するのか?、はたまた、都市環境の整備状況を、治安や交通網なども踏まえて観光客のように見て歩くのか???・・・。たった4日間ですべてを網羅することは不可能ですから、その辺の的の絞り方も、ひとつの戦略であるのかもしれません。朝日新聞のコラムにもありましたが、コストセーブを掲げての計画作りはいいとしても、過剰な接待やセレモニーばかりにお金を掛けるのは、その計画のコンセプトをも否定することにもなりかねないので、ここは、より実践的な対応に終始するように、期待するところです。
では、IOCに提出された“立候補ファイル”には、実際にどのような内容が網羅されているものなのか?。東京を始めとして、全4都市の“立候補ファイル”は公開されていますので、そのすべてを同じ机上に載せて、ひとつ、素人検証をしてみたいと思います。検証は、今回の①総論的雑感編、そして、②大会運営予算 収入編、③大会運営予算 支出編、④競技会場編・・・、と4つのテーマに分けます。
では、最初のテーマは、「総論的雑感」です。“立候補ファイル”は、17の項目に分けられて構成されており、3部に分けられている冊子の1部目には、最もベーシックな要件となる8つの項目が網羅されています。そこには、各立候補都市が、オリンピック招致に対してどのようなアピールをしているのか、また、政治や行政からの支援体制、そして財政的な計画内容が、具体的な数値を含めて記載されています。
まず、各立候補都市の大会関連施設の配置と、それらを結ぶ交通網、そして都市環境の平面的な情報が、一枚の図面に示されています。東京のアピールポイントとしては、8km圏内にほとんどの競技施設が網羅され、コンパクトな大会運営を実現できる旨が謳われていますが、ベイエリアをも網羅するため、水上スポーツ競技の会場も、キチンとこの圏内に収まっているわけです。ちなみに、8km圏内という指針の意味は?、というと、車での移動時間に関係しています。つまり、選手村などから競技施設までの移動時間が、専用車輌で15分から20分圏内にあることが前提となっているからです。国際競技連盟の主催する世界レベルの国際大会でも、このような時間的距離の重要度は当たり前であり、地方都市などは、適切な場所に適切なホテルがないことで、度々問題にもなる案件です。では、他の立候補都市の図面を見てみると、東京との比較において、下記のような感想を持ちました。
<シカゴ>
ミシガン湖岸のシカゴという都市の立地を生かして、4つの会場エリアが設定されており、東京と同様に、8km圏内に主要な大会施設はほとんど網羅(91%の会場は選手村から15分圏内にある)できているようです。東京のように湖を取り囲む立地にはなっていませんが、施設の配置状況は、私が見る限り、東京よりも集約されている、という感じを持ちました。また、空港と選手村との距離も30km足らずのようで、距離感としては東京と遜色無いようです。ホテルは市街地に10満室あり、宿泊環境も、10km圏内に8万室ある東京とも同レベルにあります。しかし、図面では読み取ることの出来ない課題が、シカゴにはあるようです。治安の悪さです。また、意外に公共交通網が整備不足である点と、以前から財政基盤の脆弱さがあった、ということも不安材料として取り上げられています。
<マドリード>
マドリードは、8kmではなく、10km圏内ということで、ほとんどの大会施設を網羅する配置になっています。また、その7割は既存施設で賄えるということ。更に、空港から中心部までの距離も車で20分圏内ということや、交通インフラの整備は進んでいるということで、東京やシカゴと、決定的な違いはないでしょう。しかし、内陸部にあるため、また、シカゴのように大きな湖がないため、水上スポーツ競技は、大きな河川の流域を利用した競技会場の設定になっています。大きくは、2つのゾーン(ファイルでは、コアゾーンとリバーゾーンという表記です)のエリアに競技施設が集中しており、リバーゾーンでは、河川の流域に広く競技施設が分散されていて、恐らく、周りの環境も自然に溢れているのでは?・・・、と思いました。宿泊環境は、市内に6万5千室のキャパシティがありますが、幾分不足気味かもしれません。なお、バスク地方独立を求める武力組織の存在が、治安に関する不安材料と言えます。
<リオ・デ・ジャネイロ>
大会施設の配置に関して、最も広範囲に分散しているのが、リオ・デ・ジャネイロです。凡その競技会場を網羅するだけで約25kmもの圏域となり、選手村から最大で30分足らずの時間を要する施設配置になっています。空港から選手村までは、約30km程度ですが、日常的な選手の移動をカバーする輸送計画に、相当に重点を置く計画が必要になるのではないでしょうか?。しかも、競技会場は4つのエリアに分散して配置されていますが、選手村があり半数の競技会場が位置する中心エリアから、他の3つのエリアのすべては、15kmから25kmくらいのところにあります。このため、大会施設の配置状況に関しては、コンパクトな大会運営という点において、リオ・デ・ジャネイロが最も不利でしょう。また、宿泊施設が市内に5万室と少なく、更に、犯罪率が高いことでも知られているため、2014年のサッカーW杯開催も契機として、そうした改善が進むかどうか、注目したいところでもあります。
以上のように、4都市の大会施設の配置状況を、一枚の図面上で検証しただけですが、見た目での競技会場の配置や選手村やMPC、メインプレスセンター、IBC、国際放送センターを含めた大会主要施設の配置の状況は、リオ・デ・ジャネイロ以外は、大きな欠陥と言える点はないように思います。課題となるのは、別の項目にもある大会関係者用の高級レベルのホテルやメディア用のホテルと競技会場との位置関係と、すべての大会関係施設を繋ぐ輸送網の整備状況、という点にあるのではないでしょうか?。道路や公共交通機関などのインフラの実態が、ひとつのカギになると思います。その点から言うと、現在の東京の計画は、引けを取るものではないようです。
最近の世界的経済不況の影響により、国や都市の行政が、一番その必要性を問われるのは、税金の投入による公共施設の建設や整備です。かつては、オリンピックの開催により数多くの施設が建設され、また、さまざまな公共的なインフラが整備されてきました。1964年に開催された東京オリンピックの例を持ち出すまでもなく、シドニーでも、アテネでも、そして北京でも、主要施設の新たな建設なくしてオリンピックの開催はあり得ませんでした。しかし、近年、冬季大会も含めて、既存施設の活用や施設の一部改修による低コスト開催の実現に動き出すケースも見られるようになり、今回のシカゴは、ほとんどの競技会場を既存施設で賄うことを特徴としているようです。東京も、基本的には、現存の施設を活用した計画を打ち出していますが、各都市の発表している大会運営予算以外の費用、つまり、組織委員会の予算に含まれない費用に関して見てみると、意外に各立候補都市の実情を窺い知ることができます。以下、各立候補都市毎に整理してみます。(数値単位は百万米ドル、数値は2016年)
<東京>
・競技施設 新設:1,559/改修:821 (計2,380)
・選手村 新設:942 ・MPC/IBC 改修:158
※その他、競技会場に関する設備投資の増加費用見込み:2,380
<シカゴ>
・競技施設 新設:54(他に、組織委員会予算にて:139)
・選手村 新設:977 ・MPC/IBC 0
※その他、設備投資の増加費用見込み 競技会場:69/選手村:1,250
<マドリード>
・競技施設 新設:1,704/改修:730 (計2,434)
・選手村 0 ・MPC/IBC 新設:328
※その他、設備投資の増加費用見込み 選手村:45/交通インフラ:267
<リオ・デ・ジャネイロ>
・競技施設 新設:425/改修:143
・選手村 新設:495 ・MPC/IBC 新設:235
※その他、設備投資の増加費用見込み 競技会場:282/MPC・IBC:235/交通インフラ:1,242/セキュリティ:424(運営においても507追加)
上記を見てみると、東京とマドリードは、競技会場や選手村の新規建設や改修に多額の設備投資を強いられることが分かります。また、リオ・デ・ジャネイロが、交通インフラの整備不足や治安問題の解決のための投資を強いられている状況も、上記の数値から読み取れます。それにしても、コンパクトを謳う東京にしても、合計では6,000億円以上の設備投資(追加も含めて)が必要であることが分かり、些か気の重い事実を目の当たりにしました。
posted by umekichihouse |06:53 |
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2008年09月11日
日本でのオリンピックに関する総本山と言えば、日本オリンピック委員会(JOC)です。文部科学省管轄の機関であり、各競技団体に対する補助金や育成資金の供給も、国からこのJOCを通して行われます。しかし、日本パラリンピック委員会(IPC)は、日本障害者スポーツ協会の内部組織であり、その上部団体は、厚生労働省です。メダル獲得者に対する報奨金のことで、オリンピックとパラリンピックの違いが話題として取り上げられていましたが、報奨金のみならず、選手の強化資金や強化環境についても、全く異なるものである理由がここにあります。
厚生労働省管轄であるということで、パラリンピックは、スポーツである、と言うよりは、リハビリテーションの延長にある医療や福祉と言う側面で考えられてきた経緯があるようです。しかし、国際オリンピック委員会(IOC)が国際パラリンピック委員会(IPC)に対して、競技力の向上を目指すことを求めている、ということは、医療や福祉の側面だけからでは、もはや考えることは出来ません。その時代の変化とでも言うべき流れを、厚生労働省も、しっかりと認識すべきでしょう。スポーツ庁の論議がありましたが、こうした課題に対する対処の方策として、スポーツ庁の創設の論議は、大きな意味を持つのかもしれません。
世界では、身体障害者のスポーツ競技を統括する国際団体に、IWAFやIBSAという組織があります。固有のスポーツ競技を統括しているのではなく、IWAFは、車椅子や義足などの障害者アスリートのための団体のようですし、IBSAは、視覚障害者のためのスポーツ競技団体のようです。その他、特定のスポーツ競技を管轄している組織として、車椅子バスケットボールはIWBF、バレーボールではWOVD、などがあります。パラリンピックで採用されている20競技の中で、単独で国際競技団体が存在しているのは、ほとんどありません。IWAFやIBSAなどが、障害の種類に対応して、選手たちの参加可能なスポーツ競技を、それぞれ統括しているのが現状のようです。
しかし、各競技の国際連盟も、多くは、身体障害者のための競技分野もサポートし始めていることも事実のようです。恐らく、IOCとIPCの共同開催によるパラリンピック大会の始まりが、そのことに大きく影響しているように思われます。バスケットボールなどは、車椅子であろうが、健常者であろうが、使用するコートや競技設備は全く一緒です。健常者の試合の後で、車椅子バスケットをやることも、何の問題もありません。つまり、競技環境に問題がなければ、身体障害者も健常者も、どんなスポーツもお互いに同じ試合場でゲームが行えるわけです。もし、管轄する競技団体が、身体障害者の組織も、健常者の組織も、お互いに協力して同じスポーツを盛り上げていける機運が高まれば、2016年の東京の招致活動が掲げる「日本だからできるオリンピック」にも繋がるとは思いませんか?。
日本では、特に組織の縦割りの観念が強く、現存の競技団体間の交流すら、あまり聞いたことはありません。各競技のトップリーグの統括組織が、日本トップリーグ連携機能を組織し、共同でスポーツの発展や普及を目指す取り組みをしていますが、スポーツリーグが中心となって活動しているのみで、おのおのの競技団体が連携しているわけではないように思います。しかし、ひとつのキッカケ作りとしての基盤にはなるかもしれませんが・・・。
マイナーとされるスポーツ競技は、強化活動の資金調達も、日常的な課題を背負っています。身体障害者となれば、尚のこと、生活の保障さえままならない状態で、スポーツ競技に打ち込む環境を維持していくのは、大変なことだと思います。北京オリンピックでは、「次のロンドンも目指す」ということを多くのメダリストたちは語っていました。しかし、北京パラリンピックで勝利を勝ち取った選手たちは、「次」という言葉は言えるのでしょうか?。
年金問題など、いま国民の抱える問題のほとんどを背負っている舛添厚生労働大臣は、北京パラリンピックでのメダリストに対する報奨金について、初めて、正式な制度を設けることを発表しました。金メダル100万円、銀メダル70万円、銅メダル50万円です。TBSの「朝ズバ!」の中で、みのさんは、オリンピックでの報奨金との差を見て、「なんで差があるの?、同じでないとおかしいよ」と嘆いていらっしゃいました。確かにお国の考えることは、なんでも差をつけたがります。オリンピックとパラリンピックの大会の権威のようなものを考えているのでしょうか?。まあそれは、ケチな役人根性と一笑して、それでも新しい制度ができたことは、喜ばしい事実です。そして、舛添大臣は、同時に、指導者の育成、戦士の育成・強化、障害者スポーツの支援などの実施も明言していました。これこそ、身体障害者アスリートの人たちにとっては、嬉しいニュースなのではないでしょうか?。何が出来るかは、今後を見守る必要はありますが、彼らは、一時的な報奨金ではなく、日常の支えが必要なのです。そうした側面から考えると、文部科学省がやっていることと、これから厚生労働省がやろうとしていることを、スポーツ庁に一本化して、日本のスポーツ全体が底上げできるような体制を作っていった方が、いいような気がします。組織論だけにとらわれて、選手が置き去りにされることは、避けなければなりませんし、それなら国民が置き去りにされているいまの政治と何ら変わらないですよね。
バスケットボールを愛する私も、あまり車椅子バスケットを見る機会がありませんでしたが、5月のゴールデンウィークに東京体育館で行われた大会を見に行ってきました。車椅子同士がものすごい音を響かせて衝突したり、車椅子から飛ばされる選手がいたり・・・。あれは、本当に格闘技です。普段と全く同じコートの中で、普段とは全く違うバスケットボールが、そこにはありました。スピードも、力強さも、戦術も、全く違う次元のスポーツとして、堪能しました。もしこうした試合が、全日本選手権と同じ舞台で見れたら・・・。観客が喜ばないことは、絶対にありません。
posted by umekichihouse |04:18 |
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2008年09月10日
熱戦を展開する北京パラリンピック。残念なことに、NHK教育テレビの夜のハイライトでしか選手の活躍を見ることは出来ませんが、続々と届くメダル獲得のニュースは、本当に嬉しく感じます。北京パラリンピックは、20競技472種目で争われていますが、実は、この種目数は、前回のアテネ大会よりも、43種目も減っています。これは、パラリンピック独特の競技体制のよるもので、また、その影には、苦渋に満ちた考え方があるのです。
パラリンピックは、障害の種類やその程度によって、各競技ともクラス分けが行われています。男子陸上の100mなどは、13ものクラスに分けられているのです。100mスプリント競技に、13人のチャンピオンが存在する、ということです。スポーツ競技は、常に、戦う者たちは平等な条件の中で、個々の能力を発揮して、その勝敗を決するのが原則です。公平である、ということです。身体障害者の場合、障害の度合いもさまざまです。そして、障害の種類もさまざまです。一律に基準を作ることなんか、元々無理なことです。しかし、競技として成立させる以上、公平の原則は、絶対的に必要となります。そのために、多くの苦労が関係者の中にあるのは、理解できます。ただし、全く違う次元で、その方策が論じられているとしたら、そこに参加する競技者は、何か別の利害に翻弄される立場に立たされかねません。
種目が多いと、ひとつひとつのメダルの価値が下がる、ということは、パラリンピックで長年議論のテーマになってきたことのようです。2001年に、オリンピックとパラリンピックが、同じ組織委員会で運営されることが決定したことをキッカケに、パラリンピックの運営にも一役買うようになった国際オリンピック委員会(IOC)から国際パラリンピック委員会(IPC)が突きつけられた条件に対し、IPCは、クラス分けに合理性という判断を導入し始めたのです。IOCが求めた条件とは、「メダルの価値とは、競技力の質の高さである」、ということです。つまり、競技力の向上を大前提として、パラリンピックは、世界一を決する場のみの存在に、その開催趣旨を変貌させていくことになりました。
障害の程度や種類を細かく分類していくと、中には、出場選手が少なく、競技として成立しない種目も出てきます。だからと言って、競技力の低い選手を出場させては、左記のIOCの考えには合致しないものになります。そこで、出場選手の少ない種目を、他の種目と統合していったのです。その結果が、マイナス43種目です。しかし、柔道やレスリングのように、体重をコントロールすれば出場資格を得られる、という訳には行きません。必然的に、障害の度合いの低いクラスに再エントリーしなければ、出場機会すら得られなくなります。競技力の向上が、パラリンピックをより素晴らしいものに変えていくテーマだとしたら、現実に障害で苦しむ中で、スポーツに生きる術を見つけ、頑張っている選手たちは、パラリンピックの精神にすら適さない存在となるのでしょうか?。これは、オリンピックを開催しようとしている東京も、真剣に考えるべき問題だと思います。確かに、大きな国際総合競技大会を開催する上で、大会運営の効率や効果を考えることは必要な措置です。オリンピックも、参加規模11,500人を上限とすることをIOCも明言しています。しかし、パラリンピックを、メダルの価値や競技力のみで、その大会の価値を図るのは、大きな間違いだと思います。ちなみに、冬季大会は、前回のトリノから、102種目もの種目が削減されています。(276種目から174種目に変更)
パラリンピックには、身体障害者のスポーツ大会という側面から、まだまだ、大きな課題が残されています。ひとつは、ドーピング問題です。世界アンチドーピング機関(WADA)は、世界中の各国アンチドーピング機関はもちろんのこと、各国際連盟やその参加の各国競技団体に至るまで、厳格に禁止薬物を示し、その使用禁止を促しています。その措置を受けるのは、IPCも例外ではありません。しかし、身体に障害を持つパラリンピック選手たちは、治療行為として、時には禁止薬物やその成分が含有された薬物を使用しなければならないケースが多々あります。事実、パラリンピック期間中は、薬物治療が行えず、障害の様子の変化に苦しむ選手もいるとのことです。そこで、IPCでは、Therapeutic Use Exemption(TUE)(治療行為での使用の免除)という方策を導入しています。簡単に言うと、治療目的で、WADAのリストにある禁止薬物を使用しなければならない場合は、事前に指定の方法で申請すれば、免除対象となる、というものです。ただし、ケースバイケースの対処になるので、IPCは、北京パラリンピックに出場する選手に対して、TSUマネジメントに関する情報を流し、理解を求めているようです。時には生死に関わる問題も秘めていますので、パラリンピックが抱える特殊な課題と言えます。
また、義足や車椅子など、単なる運動補助に留まらない、競技力向上を目的とした機具の登場も、大きな課題を秘めています。なぜならば、これらの機具の開発のためには、多額の資金が必要となり、資金がない選手たちにとって、時には、機具の性能によって競技力の優劣に差が生じてしまうからです。経済的に豊かな身体障害者が、どれだけいるのでしょうか?。ほんの一握りの選手たちのみが、こうした恩恵に預かれる環境にあるならば、それは、より厳密なルール体系を構築しなければならないでしょう。身体障害者のための技術進歩が、こうした側面で弊害をもたらすのは、まさに矛盾の極みです。
その他にも、障害を偽装して競技に参加したことがばれたケースなど、モラルに反する問題なども生じています。健常者以上に公平さが求められるパラリンピックでありながら、そのことが、さまざまな弊害をもたらす課題も秘めていることに、パラリンピックという大会の運営に、独特の難しさがあることを学びました。
posted by umekichihouse |04:59 |
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2008年09月09日
北京オリンピックの興奮もそろそろ落ち着いたと思っていたら、9月6日から、身体障害者による世界最高峰のスポーツ大会、パラリンピックが開幕しました。開催都市は、オリンピックと同じ、中国・北京。17日まで、12日間に渡り、20競技、なんと472種目で熱戦が展開されます。日本からも、160人を超える選手団が参加しており、既に、メダル獲得のニュースも飛び込んでいます。しかし、オリンピックの302種目の1.5倍以上の種目で、世界の頂点が争われるパラリンピックは、世の中的にはあまり話題になりません。テレビ放送そのものが、ほとんどないことが最大の要因だと思います。NHKと民放で、合計930時間以上ものテレビ放送を行ったオリンピックに比べ、パラリンピックは、NHKによる毎日のハイライト放送があるのみです。1日50分間のハイライトが、NHK教育テレビで夜の10時過ぎから放送され、その再放送がNHK総合で朝の10時から放送される、というのがすべてです。NHK衛星第一放送ではもちろん、民放では、ニュース報道以外、全く中継されることはありません。
2016年、東京はオリンピックを開催すべく動いています。その結論は、来年秋に下されます。先日の正式候補地決定の際には、東京の実施計画案に対する評価は1位ということでした。しかし、都民、日本国民の中では、まだまだ十分な歓迎ムードは生まれていないのではないでしょうか。私個人としては、ぜひやってほしい。しかし、今回のパラリンピックの扱いを見ていると、本当に東京でオリンピックをやっていいのか?、と考えさせられました。今回の北京から、オリンピックとパラリンピックは、同じ組織委員会により運営されています。北京市そして中国は、社会主義国であり、国威発揚のためなら、全人民を動員できる力があります。北京オリンピックでの人海戦術による大会運営の姿は、まさにそれを物語っていました。同じ事を東京で行うことは不可能です。都民や国民、みんなが協力して、みんなが力を合わせなければ、この2つの大会を、同じ運営組織で運営するのは、相当な負担を強いられるのではないでしょうか。それを克服し、掲げられたスローガンのように、日本だからできるオリンピック、を成し遂げるためにこそ、パラリンピックの魅力と現実を、もっと知ることが必要なのではないでしょうか?。
パラリンピックとは、Paraplegic(半身不随)とOlympicとの造語に始まります。それが、視覚や聴覚障害の人など半身不随以外の人たちも参加するようになり、1985年に、Parallel(平行)とOlympicの造語となり、「もうひとつのオリンピック」という意味を持つことになります。TBSテレビの朝の情報番組、「朝ズバ!」のメインキャスターである“みのもんた”さんは、オリンピック期間中でさえ、「北京オリンピック・パラリンピック」と、2つの大会を一緒に言葉にし続けていました。前記の造語の変遷から見ると、まさにみのさんの言葉は、パラリンピックの存在意義を、明確に表現していることなのです。「もうひとつのオリンピック」という言葉は、非常に重い意味を持つものだと思います。同じく1985年には、国際オリンピック委員会(IOC)も、国際パラリンピック委員会(IPC)に対して、正式にオリンピックの呼称を使用することに同意しています。そして、1988年から、オリンピック開催都市とパラリンピック開催都市は、同じ都市にすることが決まります。ソウル大会です。更に、2000年のシドニー大会の時、オリンピック開催都市は、パラリンピックも開催することが、正式に義務付けられました。2001年には、2008年の夏季大会と2010の冬季大会からは、オリンピックの大会運営を担う組織委員会が、パラリンピックも運営することになり、同じ組織委員会が2つの大会の大会運営を担うことも決定されたのです。その最初の大会が、今回の北京、ということです。
体に障害を持つ人たちのスポーツに対する情熱は、健常者のそれとは、全く違う次元にあることを、選手たちの日常の姿を見ていると強く感じます。競技力の向上とか、勝つこととか、という次元ではなく、生きるために・・・、という強い信念を感じるのです。だから、私のような一人のスポーツファンとして、選手たちならば同じアスリートとして、パラリンピックに出場している選手たちから学ぶことは、言葉で語れないほど、底が深く、たくさんあると思います。
2000年夏、さいたま新都心に開館したさいたまスーパーアリーナの開館記念として、アメリカやスペインの男子バスケットボール代表チームを招聘し、国際大会が行われました。その記念すべきコートに、車椅子バスケット日本代表の選手たちが招待されたのです。シドニーパラリンピックに出場する面々です。車椅子バスケットをテーマにしたマンガ「リアル」の作者である井上武彦氏の協力によって実現したものですが、運営に携わっていた一人として、私は、彼らの誘導と対応に当りました。私の頭の中には、車椅子の人たちをどうしたら安全に誘導できるか、ということしかありませんでした。しかし、現実に彼らを見て、私の考えは全く間違っていたことを思い知らされたのです。彼らは、車椅子を自分の体の一部として操り、一般の人たち以上の運動センスを持つアスリートたちでした。余計な心配ばかりする私は、少し恥ずかしい思いをしたことを覚えています。今回、日本選手団の主将を務める京谷選手も、その中にいました。コート上で、彼らが一人ひとり紹介される姿からは、日本代表としてのオーラがしっかり感じられました。オリンピック出場を逃した男子バスケットボール日本代表も大会には参加していましたが、その存在感の違いは、全く比較にならないものだったのです。Jリーグ創設時のプロサッカー選手が、不運から車椅子の生活となり、やがて車椅子バスケットボールに、世界への挑戦の舞台を求めました。ワールドカップに夢を馳せるサッカー時代の仲間の姿を見て、「俺も日の丸をつけて世界と戦ってやる」。その思いは、北京でも生きています。参加するだけではありません。金を取るために、彼らは北京で戦っているのです。京谷選手のことです。
そして、今月3日。スカパー!で、大会終了後の録画放送ですが、車椅子バスケットのテレビ放送が決まりました。
posted by umekichihouse |02:43 |
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