2008年09月11日
日本でのオリンピックに関する総本山と言えば、日本オリンピック委員会(JOC)です。文部科学省管轄の機関であり、各競技団体に対する補助金や育成資金の供給も、国からこのJOCを通して行われます。しかし、日本パラリンピック委員会(IPC)は、日本障害者スポーツ協会の内部組織であり、その上部団体は、厚生労働省です。メダル獲得者に対する報奨金のことで、オリンピックとパラリンピックの違いが話題として取り上げられていましたが、報奨金のみならず、選手の強化資金や強化環境についても、全く異なるものである理由がここにあります。
厚生労働省管轄であるということで、パラリンピックは、スポーツである、と言うよりは、リハビリテーションの延長にある医療や福祉と言う側面で考えられてきた経緯があるようです。しかし、国際オリンピック委員会(IOC)が国際パラリンピック委員会(IPC)に対して、競技力の向上を目指すことを求めている、ということは、医療や福祉の側面だけからでは、もはや考えることは出来ません。その時代の変化とでも言うべき流れを、厚生労働省も、しっかりと認識すべきでしょう。スポーツ庁の論議がありましたが、こうした課題に対する対処の方策として、スポーツ庁の創設の論議は、大きな意味を持つのかもしれません。
世界では、身体障害者のスポーツ競技を統括する国際団体に、IWAFやIBSAという組織があります。固有のスポーツ競技を統括しているのではなく、IWAFは、車椅子や義足などの障害者アスリートのための団体のようですし、IBSAは、視覚障害者のためのスポーツ競技団体のようです。その他、特定のスポーツ競技を管轄している組織として、車椅子バスケットボールはIWBF、バレーボールではWOVD、などがあります。パラリンピックで採用されている20競技の中で、単独で国際競技団体が存在しているのは、ほとんどありません。IWAFやIBSAなどが、障害の種類に対応して、選手たちの参加可能なスポーツ競技を、それぞれ統括しているのが現状のようです。
しかし、各競技の国際連盟も、多くは、身体障害者のための競技分野もサポートし始めていることも事実のようです。恐らく、IOCとIPCの共同開催によるパラリンピック大会の始まりが、そのことに大きく影響しているように思われます。バスケットボールなどは、車椅子であろうが、健常者であろうが、使用するコートや競技設備は全く一緒です。健常者の試合の後で、車椅子バスケットをやることも、何の問題もありません。つまり、競技環境に問題がなければ、身体障害者も健常者も、どんなスポーツもお互いに同じ試合場でゲームが行えるわけです。もし、管轄する競技団体が、身体障害者の組織も、健常者の組織も、お互いに協力して同じスポーツを盛り上げていける機運が高まれば、2016年の東京の招致活動が掲げる「日本だからできるオリンピック」にも繋がるとは思いませんか?。
日本では、特に組織の縦割りの観念が強く、現存の競技団体間の交流すら、あまり聞いたことはありません。各競技のトップリーグの統括組織が、日本トップリーグ連携機能を組織し、共同でスポーツの発展や普及を目指す取り組みをしていますが、スポーツリーグが中心となって活動しているのみで、おのおのの競技団体が連携しているわけではないように思います。しかし、ひとつのキッカケ作りとしての基盤にはなるかもしれませんが・・・。
マイナーとされるスポーツ競技は、強化活動の資金調達も、日常的な課題を背負っています。身体障害者となれば、尚のこと、生活の保障さえままならない状態で、スポーツ競技に打ち込む環境を維持していくのは、大変なことだと思います。北京オリンピックでは、「次のロンドンも目指す」ということを多くのメダリストたちは語っていました。しかし、北京パラリンピックで勝利を勝ち取った選手たちは、「次」という言葉は言えるのでしょうか?。
年金問題など、いま国民の抱える問題のほとんどを背負っている舛添厚生労働大臣は、北京パラリンピックでのメダリストに対する報奨金について、初めて、正式な制度を設けることを発表しました。金メダル100万円、銀メダル70万円、銅メダル50万円です。TBSの「朝ズバ!」の中で、みのさんは、オリンピックでの報奨金との差を見て、「なんで差があるの?、同じでないとおかしいよ」と嘆いていらっしゃいました。確かにお国の考えることは、なんでも差をつけたがります。オリンピックとパラリンピックの大会の権威のようなものを考えているのでしょうか?。まあそれは、ケチな役人根性と一笑して、それでも新しい制度ができたことは、喜ばしい事実です。そして、舛添大臣は、同時に、指導者の育成、戦士の育成・強化、障害者スポーツの支援などの実施も明言していました。これこそ、身体障害者アスリートの人たちにとっては、嬉しいニュースなのではないでしょうか?。何が出来るかは、今後を見守る必要はありますが、彼らは、一時的な報奨金ではなく、日常の支えが必要なのです。そうした側面から考えると、文部科学省がやっていることと、これから厚生労働省がやろうとしていることを、スポーツ庁に一本化して、日本のスポーツ全体が底上げできるような体制を作っていった方が、いいような気がします。組織論だけにとらわれて、選手が置き去りにされることは、避けなければなりませんし、それなら国民が置き去りにされているいまの政治と何ら変わらないですよね。
バスケットボールを愛する私も、あまり車椅子バスケットを見る機会がありませんでしたが、5月のゴールデンウィークに東京体育館で行われた大会を見に行ってきました。車椅子同士がものすごい音を響かせて衝突したり、車椅子から飛ばされる選手がいたり・・・。あれは、本当に格闘技です。普段と全く同じコートの中で、普段とは全く違うバスケットボールが、そこにはありました。スピードも、力強さも、戦術も、全く違う次元のスポーツとして、堪能しました。もしこうした試合が、全日本選手権と同じ舞台で見れたら・・・。観客が喜ばないことは、絶対にありません。
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2008年09月10日
熱戦を展開する北京パラリンピック。残念なことに、NHK教育テレビの夜のハイライトでしか選手の活躍を見ることは出来ませんが、続々と届くメダル獲得のニュースは、本当に嬉しく感じます。北京パラリンピックは、20競技472種目で争われていますが、実は、この種目数は、前回のアテネ大会よりも、43種目も減っています。これは、パラリンピック独特の競技体制のよるもので、また、その影には、苦渋に満ちた考え方があるのです。
パラリンピックは、障害の種類やその程度によって、各競技ともクラス分けが行われています。男子陸上の100mなどは、13ものクラスに分けられているのです。100mスプリント競技に、13人のチャンピオンが存在する、ということです。スポーツ競技は、常に、戦う者たちは平等な条件の中で、個々の能力を発揮して、その勝敗を決するのが原則です。公平である、ということです。身体障害者の場合、障害の度合いもさまざまです。そして、障害の種類もさまざまです。一律に基準を作ることなんか、元々無理なことです。しかし、競技として成立させる以上、公平の原則は、絶対的に必要となります。そのために、多くの苦労が関係者の中にあるのは、理解できます。ただし、全く違う次元で、その方策が論じられているとしたら、そこに参加する競技者は、何か別の利害に翻弄される立場に立たされかねません。
種目が多いと、ひとつひとつのメダルの価値が下がる、ということは、パラリンピックで長年議論のテーマになってきたことのようです。2001年に、オリンピックとパラリンピックが、同じ組織委員会で運営されることが決定したことをキッカケに、パラリンピックの運営にも一役買うようになった国際オリンピック委員会(IOC)から国際パラリンピック委員会(IPC)が突きつけられた条件に対し、IPCは、クラス分けに合理性という判断を導入し始めたのです。IOCが求めた条件とは、「メダルの価値とは、競技力の質の高さである」、ということです。つまり、競技力の向上を大前提として、パラリンピックは、世界一を決する場のみの存在に、その開催趣旨を変貌させていくことになりました。
障害の程度や種類を細かく分類していくと、中には、出場選手が少なく、競技として成立しない種目も出てきます。だからと言って、競技力の低い選手を出場させては、左記のIOCの考えには合致しないものになります。そこで、出場選手の少ない種目を、他の種目と統合していったのです。その結果が、マイナス43種目です。しかし、柔道やレスリングのように、体重をコントロールすれば出場資格を得られる、という訳には行きません。必然的に、障害の度合いの低いクラスに再エントリーしなければ、出場機会すら得られなくなります。競技力の向上が、パラリンピックをより素晴らしいものに変えていくテーマだとしたら、現実に障害で苦しむ中で、スポーツに生きる術を見つけ、頑張っている選手たちは、パラリンピックの精神にすら適さない存在となるのでしょうか?。これは、オリンピックを開催しようとしている東京も、真剣に考えるべき問題だと思います。確かに、大きな国際総合競技大会を開催する上で、大会運営の効率や効果を考えることは必要な措置です。オリンピックも、参加規模11,500人を上限とすることをIOCも明言しています。しかし、パラリンピックを、メダルの価値や競技力のみで、その大会の価値を図るのは、大きな間違いだと思います。ちなみに、冬季大会は、前回のトリノから、102種目もの種目が削減されています。(276種目から174種目に変更)
パラリンピックには、身体障害者のスポーツ大会という側面から、まだまだ、大きな課題が残されています。ひとつは、ドーピング問題です。世界アンチドーピング機関(WADA)は、世界中の各国アンチドーピング機関はもちろんのこと、各国際連盟やその参加の各国競技団体に至るまで、厳格に禁止薬物を示し、その使用禁止を促しています。その措置を受けるのは、IPCも例外ではありません。しかし、身体に障害を持つパラリンピック選手たちは、治療行為として、時には禁止薬物やその成分が含有された薬物を使用しなければならないケースが多々あります。事実、パラリンピック期間中は、薬物治療が行えず、障害の様子の変化に苦しむ選手もいるとのことです。そこで、IPCでは、Therapeutic Use Exemption(TUE)(治療行為での使用の免除)という方策を導入しています。簡単に言うと、治療目的で、WADAのリストにある禁止薬物を使用しなければならない場合は、事前に指定の方法で申請すれば、免除対象となる、というものです。ただし、ケースバイケースの対処になるので、IPCは、北京パラリンピックに出場する選手に対して、TSUマネジメントに関する情報を流し、理解を求めているようです。時には生死に関わる問題も秘めていますので、パラリンピックが抱える特殊な課題と言えます。
また、義足や車椅子など、単なる運動補助に留まらない、競技力向上を目的とした機具の登場も、大きな課題を秘めています。なぜならば、これらの機具の開発のためには、多額の資金が必要となり、資金がない選手たちにとって、時には、機具の性能によって競技力の優劣に差が生じてしまうからです。経済的に豊かな身体障害者が、どれだけいるのでしょうか?。ほんの一握りの選手たちのみが、こうした恩恵に預かれる環境にあるならば、それは、より厳密なルール体系を構築しなければならないでしょう。身体障害者のための技術進歩が、こうした側面で弊害をもたらすのは、まさに矛盾の極みです。
その他にも、障害を偽装して競技に参加したことがばれたケースなど、モラルに反する問題なども生じています。健常者以上に公平さが求められるパラリンピックでありながら、そのことが、さまざまな弊害をもたらす課題も秘めていることに、パラリンピックという大会の運営に、独特の難しさがあることを学びました。
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2008年09月09日
北京オリンピックの興奮もそろそろ落ち着いたと思っていたら、9月6日から、身体障害者による世界最高峰のスポーツ大会、パラリンピックが開幕しました。開催都市は、オリンピックと同じ、中国・北京。17日まで、12日間に渡り、20競技、なんと472種目で熱戦が展開されます。日本からも、160人を超える選手団が参加しており、既に、メダル獲得のニュースも飛び込んでいます。しかし、オリンピックの302種目の1.5倍以上の種目で、世界の頂点が争われるパラリンピックは、世の中的にはあまり話題になりません。テレビ放送そのものが、ほとんどないことが最大の要因だと思います。NHKと民放で、合計930時間以上ものテレビ放送を行ったオリンピックに比べ、パラリンピックは、NHKによる毎日のハイライト放送があるのみです。1日50分間のハイライトが、NHK教育テレビで夜の10時過ぎから放送され、その再放送がNHK総合で朝の10時から放送される、というのがすべてです。NHK衛星第一放送ではもちろん、民放では、ニュース報道以外、全く中継されることはありません。
2016年、東京はオリンピックを開催すべく動いています。その結論は、来年秋に下されます。先日の正式候補地決定の際には、東京の実施計画案に対する評価は1位ということでした。しかし、都民、日本国民の中では、まだまだ十分な歓迎ムードは生まれていないのではないでしょうか。私個人としては、ぜひやってほしい。しかし、今回のパラリンピックの扱いを見ていると、本当に東京でオリンピックをやっていいのか?、と考えさせられました。今回の北京から、オリンピックとパラリンピックは、同じ組織委員会により運営されています。北京市そして中国は、社会主義国であり、国威発揚のためなら、全人民を動員できる力があります。北京オリンピックでの人海戦術による大会運営の姿は、まさにそれを物語っていました。同じ事を東京で行うことは不可能です。都民や国民、みんなが協力して、みんなが力を合わせなければ、この2つの大会を、同じ運営組織で運営するのは、相当な負担を強いられるのではないでしょうか。それを克服し、掲げられたスローガンのように、日本だからできるオリンピック、を成し遂げるためにこそ、パラリンピックの魅力と現実を、もっと知ることが必要なのではないでしょうか?。
パラリンピックとは、Paraplegic(半身不随)とOlympicとの造語に始まります。それが、視覚や聴覚障害の人など半身不随以外の人たちも参加するようになり、1985年に、Parallel(平行)とOlympicの造語となり、「もうひとつのオリンピック」という意味を持つことになります。TBSテレビの朝の情報番組、「朝ズバ!」のメインキャスターである“みのもんた”さんは、オリンピック期間中でさえ、「北京オリンピック・パラリンピック」と、2つの大会を一緒に言葉にし続けていました。前記の造語の変遷から見ると、まさにみのさんの言葉は、パラリンピックの存在意義を、明確に表現していることなのです。「もうひとつのオリンピック」という言葉は、非常に重い意味を持つものだと思います。同じく1985年には、国際オリンピック委員会(IOC)も、国際パラリンピック委員会(IPC)に対して、正式にオリンピックの呼称を使用することに同意しています。そして、1988年から、オリンピック開催都市とパラリンピック開催都市は、同じ都市にすることが決まります。ソウル大会です。更に、2000年のシドニー大会の時、オリンピック開催都市は、パラリンピックも開催することが、正式に義務付けられました。2001年には、2008年の夏季大会と2010の冬季大会からは、オリンピックの大会運営を担う組織委員会が、パラリンピックも運営することになり、同じ組織委員会が2つの大会の大会運営を担うことも決定されたのです。その最初の大会が、今回の北京、ということです。
体に障害を持つ人たちのスポーツに対する情熱は、健常者のそれとは、全く違う次元にあることを、選手たちの日常の姿を見ていると強く感じます。競技力の向上とか、勝つこととか、という次元ではなく、生きるために・・・、という強い信念を感じるのです。だから、私のような一人のスポーツファンとして、選手たちならば同じアスリートとして、パラリンピックに出場している選手たちから学ぶことは、言葉で語れないほど、底が深く、たくさんあると思います。
2000年夏、さいたま新都心に開館したさいたまスーパーアリーナの開館記念として、アメリカやスペインの男子バスケットボール代表チームを招聘し、国際大会が行われました。その記念すべきコートに、車椅子バスケット日本代表の選手たちが招待されたのです。シドニーパラリンピックに出場する面々です。車椅子バスケットをテーマにしたマンガ「リアル」の作者である井上武彦氏の協力によって実現したものですが、運営に携わっていた一人として、私は、彼らの誘導と対応に当りました。私の頭の中には、車椅子の人たちをどうしたら安全に誘導できるか、ということしかありませんでした。しかし、現実に彼らを見て、私の考えは全く間違っていたことを思い知らされたのです。彼らは、車椅子を自分の体の一部として操り、一般の人たち以上の運動センスを持つアスリートたちでした。余計な心配ばかりする私は、少し恥ずかしい思いをしたことを覚えています。今回、日本選手団の主将を務める京谷選手も、その中にいました。コート上で、彼らが一人ひとり紹介される姿からは、日本代表としてのオーラがしっかり感じられました。オリンピック出場を逃した男子バスケットボール日本代表も大会には参加していましたが、その存在感の違いは、全く比較にならないものだったのです。Jリーグ創設時のプロサッカー選手が、不運から車椅子の生活となり、やがて車椅子バスケットボールに、世界への挑戦の舞台を求めました。ワールドカップに夢を馳せるサッカー時代の仲間の姿を見て、「俺も日の丸をつけて世界と戦ってやる」。その思いは、北京でも生きています。参加するだけではありません。金を取るために、彼らは北京で戦っているのです。京谷選手のことです。
そして、今月3日。スカパー!で、大会終了後の録画放送ですが、車椅子バスケットのテレビ放送が決まりました。
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2008年08月26日
2009年10月2日。コペンハーゲンで開催される第121次IOC総会にて、2016年のオリンピックおよびパラリンピックの開催都市が決定されます。来年春には、IOCによる候補都市の視察があり、6月にはプレゼンテーションなどが予定されており、いよいよ、招致活動が本格化します。候補地は、東京の他、アメリカ・シカゴ、ブラジル・リオデジャネイロ、スペイン・マドリード。東京にとって、全体の1/3ものテレビ放映権を拠出するアメリカのテレビマネーの影響や、同じアジア大陸の北京開催から間がないことなど、幾つかの心配はあると思いますが、ロンドンの次にまたヨーロッパ圏内ということもあり、マドリードはどうかと?。リオは、財政面での懸念が指摘されていますよね。やっはり、シカゴが強敵でしょうか?。何れにしても、「日本だから、できる。あたらしいオリンピック」のスローガンの通り、東京らしい、日本らしいオリンピックを、ぜひ実現していただきたい、と思いますし、北京五輪での成績に留まることなく、日本の競技力向上をもっと推進していくためにも、オリンピックの開催は、絶対に必要だと考えます。
冷戦時代の東側諸国による国策としてのスポーツ強化のような戦略は、もはや共産国である中国以外にはありません。現在のロシアには、どうなんでしょうか?。ただし、オーストラリアのAIS(オーストラリア国立スポーツ研究所)のように、民主国家としての国が支援するトップアスリートの強化育成機関の存在は見逃せません。日本の1/6の人口でありながら、2000年シドニー五輪では、計58個ものメダルを獲得。競泳のイアン・ソープ選手も、AISから世界へ羽ばたいた一人です。2004年アテネ五輪でも、計49個のメダルを獲得。北京では、14個の金メダルを含めて計46個のメダルを獲得しました。東京都北区にある国立スポーツ科学センターは、このAISをモデルとして設立されたと聞いていますが、ぜひともこの施設の有効活用を、ハードとソフトの両面で図り、10年先を見据えたトップアスリートの養成、ナショナルチームの強化を牽引していただきたいと思います。
北京五輪での日本選手の残した結果を見ると、新聞等の論評にもある通り、力はあれど「勝負」に弱い、技術はあれど「勝負」に弱い、と言われているのがもっぱらです。精神力と言えば、言葉は簡単ですが、それだけではないでしょう。野球の敗戦では、準備不足が指摘されていました。かつてのアメリカの男子バスケットボールに見るように、プロ選手がシーズン直後、またはシーズン中に、長期間のチーム練習の時間を取ることは、非常に難解な課題です。バスケットボールの例ですが、アテネがオリンピックチャンピオンとなったアルゼンチンは、何人ものNBA選手を輩出していますが、オフシーズンには、必ずナショナルチームに合流して活動している、と聞きました。1度や2度ではなく、毎年繰り返していることで、ヨーロッパで活躍している選手たちとも連携が取れ、精神的にも戦術的にも、“チーム”としての完成度が高められているのでしょう。世界一流の選手が、次の世代の若手に強い刺激を与えて、トップチームの中でも選手層を厚くしている国もあります。ドイツなどです。NBAのスーパースターとなったダーク・ノヴィツキー選手は、オフシーズンには、常にナショナルチームに合流し、若手の指導に余念がないそうです。トップ選手を生み出す強化体制や組織があり、国家プロジェクトとしてのスポーツ支援体制があり、トップ選手が若手を育成する環境が生まれる。学校などの教育機関にスポーツ強化の現場を依存している日本では、指導者如何によっての強化策しか見えてきません。そこから、有望選手が発掘されても、世界に結び付けていくためには、どうすれば良いか、という課題には、日本の教育システムでは限界があります。国内の強化機関で力と才能を備えた選手は、どんどんヨーロッパやアメリカへ活躍の場を求め、そして、そこでは最先端の戦術と「勝負」感を学んでくる。それが、オーストラリアやアルゼンチンを、世界のトップランクに上り詰めさせた要因だと、私は考えます。
東京でオリンピックを開催する意義は、私は、日本のスポーツの競技力向上であると考えています。オリンピック開催がなければ、国は動かないでしょうし、財政面でのこれ以上の支援は望むべくもありません。ナショナルチームの強化は、もはや日常的に行っていかない限り、絶対に世界では通用していきません。それは、チームスポーツに限らず、すべての競技についても同じだと思います。世界基準で戦わないと、もはや1回戦も突破できなくなっている柔道。採点方法の変更に翻弄され続けている体操。一方で、“個”の力だけで勝ち取ったフェンシングのメダルなどは、これからより伸ばしていくためにも、ナショナルチーム政策が必要になってくるかもしれません。野球やソフトボールは、2012年は消えてしまいますが、ソフトボールの金メダル獲得でも分かる通り、団体競技、特にボールゲームでの活躍は、日本中を巻き込みます。バスケットボール、ハンドボールは、男女とも、出場権を逸しました。サッカー女子、ソフトボールの頑張りはあったものの、ホッケー女子、サッカー男子、男女バレーボール、野球は、残念な結果しか残せませんでした。日本リーグや学生リーグが日常的にある中で、ナショナルチーム活動への時間の取り方も課題になりますし、所属する企業や学校、チームにも、それぞれの思惑はあると思います。すべてがオリンピックのための慈善活動ではありませんから・・・。
2016年に、主力になる選手層を20歳から26歳のレンジで想定すると、今年12歳から18歳の年齢層に当たります。まず、これら中学生から高校生へのナショナルチームとしての強化戦略が、第一歩となる、と考えます。次に、2012年で20-26歳になるレンジでは、今年16-22歳の年齢層で、高校生から大学生となります。これらが、中期でのターゲットです。彼らは、2016年には、ベテランとしての牽引役になるべき層ですから、この2つの年齢層の強化目標の設定がカギではないでしょうか?。こうしてみると、“いま”の高校生は、2016年の担い手となりますね。
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2008年08月23日
北京五輪も、17日間というスポーツの祭典の舞台に幕を下ろそうとしています。開会式での“イカサマ”もありました。マラソンコースの沿道には、警備と称して多くの“サクラ”が動員されていました。大会前には、インターネット規制問題がありました。更に、大地震や複雑な国内情勢に端を発した暴動事件の影響も懸念されていました。しかし、多くの感動が生まれ、新たなスーパーヒーロー、ヒロインが誕生し、テレビ報道で見た限りですが、北京市民の多くの笑顔も見られました。果たして、北京五輪は、成功したのでしょうか?。
テレビ放映権収入は、北京だけで25億ドル。そして、9億ドルものTOPスポンサーからの収入。いまや、数千億円もの巨額なマーケティングマネーを生み出す力をもつ、国際オリンピック委員会、IOC。1980年代の財政苦難を乗り越え、テレビ放映権料を大幅に引き上げさせ、TOPプログラムという新たなスポンサーシッププログラムを生み出し、オリンピックを、世界最大級のブランドに仕立て上げた。その成果に対して、拝金主義などと非難されることもありました。しかし、IOCは、オリンピックというブランドを、守り続けてきた歴史があったことを知るべきでしょう。
幾多の便乗商法や、開催都市の組織委員会がやみくもに収益を求めた結果の悪しき顛末などなど・・・。IOCが乗り越えてきたハードルは、決して低いものではなかった、と思います。TOPプログラムも、世界中の加盟国の承認を取り付けることなど、誰しもが無理だと考えていたようですし、競技会場に一切の広告を許さないオリンピックで、巨額のスポンサー料を支払う企業などないと思われていたようです。しかし、それら多くの課題をクリアし、スポンサーの信頼を勝ち得たIOCは、ブランドを守るためにも、大きな投資をしてきました。先に述べた便乗商法に悩まされ続けたのは、一度や二度ではなかったはずです。それも、ビジネスの世界は、全世界に及びます。各国のオリンピック委員会の協力も、スポンサーの理解も得られなければ、「オリンピックというブランドの力」は、絶対に確立しなかったでしょう。オリンピックというブランドを、築き、育み、そして、IOCはそれを管理する術を学んだのだと思います。そして、オリンピックという巨大な“ムーブメント”が、オリンピックという“ブランド”に力を与えたのです。
オリンピックは、「象徴性」「力強さ」そして「格式」の3つが、オリンピックというブランド資産を築くために不可欠だ、としています。「象徴性」とは、五輪のマークです。5つの輪は、世界の5大陸を表し、それを描く6つの色は、あらゆる国旗の色を再現しています。「力強さ」とは、オリンピックのモットーである“より速く、より高く、より強く”を示します。そして、「格式」とは、“スポーツの世界と平和への切なる思いが出会う場を作り出す”というブランド力です。かのクーベルタン男爵は、100年も前に、「格式がなければ、オリンピックは単なる大規模な世界選手権になってしまう」と述べているそうです。
オリンピックというブランドは、開催都市にも、それを守り、管理する義務を課します。開催都市が、オリンピックが巨額な資金を呼び込む“金のなる木”だと考えたとき、オリンピック・ムーブメントは、その行く先を見失い、ブランドの力は失われてしまうかもしれません。そうした点で、今回の北京五輪を見たときに、些かの疑問は残ります。国威発揚、国家の威信など、共産主義国で行われたオリンピックの開催で問われたオリンピック開催の真の意義について、もう一度考える機会を与えてくれたのではないでしょうか。情報規制問題、人権問題など、幾多の問題を抱えるこの“目覚める大国”が、オリンピックを通して、世界にどのように映っていたのか、今後もメディアの報道に注目せざるを得ません。
ビジネスの世界から、多くのものを学び、それをオリンピック・ムーブメントをより高めていくために活かし、いま、大きな力を持つブランドとなったオリンピック。スポーツ界のみならず、いまでは、ビジネス界がオリンピックから学ぶ時がきているようです。ブランドの真の価値とは何なのか?。ブランドを守るとはどういうことなのか?。ブランドを管理することには何が必要なのか?・・・。単なる金儲けの手段がそこにあるのではありません。単なるマーケティング手法がそこにあるのでもありません。まずは、ブランドそのものを見つめ直すことから始めなければならないのでしょう。1980年代に、IOCがやってきたように・・・。
1994年の冬季リレハンメル大会から、オリンピックは、夏季と冬季のオリンピックを2年毎の開催にスケジュールを変えています。これは、以前読んだスポーツマーケティングの書籍によれば、マーケティングチャンスが4年に一度の機会にしかフォーカスされないのは、期間が長すぎて効果が薄れる、ということでした。確かに、4年毎では、オリンピック直後からの1-2年は、スポンサーにとっても権利を行使する上でもメリットが薄くなります。しかし、真実は違うようです。1年の中で冬と夏が続くと、その2大会の運営に十分な力を投下できないこと、つまり、IOCとして、十分に目が配れないこと。そして、何よりも、大会規模の拡大によって、選手団を派遣する各国オリンピック委員会の財政が圧迫されてしまうこと、がその理由にあったようです。その時期、IOCは、便乗商法対策や、開催都市に対するオリンピック・ムーブメントの真の価値を理解させるための対策に、翻弄され続けていたのですね。
ただし、私の個人的な意見としては、2年に一度の開催は、オリンピックを常に新鮮な気持ちで楽しむために丁度良いサイクルであるような気がしますし、もちろん、マーケティングプログラムを策定するのにも、理にかなっていると思います。何よりも、夏に登場した選手が冬にも挑戦できる機会が生まれるのは、面白いですよね。日本にも、スピードスケート選手にいましたよね。それと、“クールランニング”という映画を思い出してしまいました。
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2008年08月22日
スポーツ競技には、「ルール」があります。選手は、チームは、そのルールの中で、勝利を目指して、激闘を繰り広げていきます。28競技302種目で競い合われている北京五輪も、そのルールがあるからこそ、時にはドラマを生み、時には予想もしない悲劇も生み出すのです。しかし、スポーツ競技のルールは、幾多の変遷を強いられてきました。その中には、より公正に勝者を決するために変更されたものもあれば、ごく一部の思惑や意図によって変更されたものもあったでしょう。また、巨額の放送権を前提として、テレビ放送の意向に沿った変更も、過去も現在も繰り返されています。
アテネ五輪以降、4年間の間に、採点手法を大きく変えた体操競技。ラリーポイント制を導入したバドミントンや卓球。柔道やレスリングは、今回もまた、判定の曖昧さを露呈しました。人間が採点し、裁き、勝者を決する。百分の一秒を精密機械が測定する。そこには、人間が持つ力量の限界もあるでしょうし、どんなに精巧な機械にも、狂いは生じるでしょう。過去には、千分の一秒までを測定していたこともあります。機械の能力は、恐らくそれ以上のタイムを測定できたでしょう。しかし、ほんの“数ミリ”“千分の一秒”を測定してまで敗者を作り出す必要があるのか、という論議がありました。人間の能力の限界をはるかに超えた世界に踏み込んでまで、優劣を決しなければならないのか・・・、ということです。アスリートの能力がますます高まり、それを容認しなければならない時代が来るのかもしれませんが、それが果たしてスポーツの持つ本当の魅力なのか?、と私は問いたいと思います。
北京五輪への参加規模は、過去最大のものになりました。以前にも述べたように、大会の運営規模も、過去最大です。そうした中でも、スポーツ競技大会の運営の根幹には、競技の運営があります。スポーツ競技の大会ですから、当たり前と言えば当たり前なのですが、その“根幹”を成す競技運営は、審判や競技役員のみで成り立っているわけではありません。大会の運営機能のすべてが、競技運営を支え、また、競技運営は、大会のすべての運営機能に、大きな影響を与えます。つまり、「ルール」とは、競技の運営のみならず、大会運営そのものにも、大きく影響する重要なファクターなのです。「ルール」を知らずして、それぞれの競技の運営体制は作れませんし、会場のセッティングのひとつひとつも、「ルール」に則って構築されています。そこに、イベント運営の要素が加味されていくのです。そして、競技そのものを理解せずして、大会の運営は成り立ちません。
国際大会の運営を任された時、常に考えるのは、競技運営を担当する方々とのコミュニケーションです。「ルール」に解釈はありませんが、その「ルール」に則った大会独自の「レギュレーション」があります。「レギュレーション」とは、競技の運営や進行を取り巻くすべての運営基準であり、「ルール」とは逆に、細部にまで至るところで、さまざまな解釈が必要になる場合があります。それは、単に競技の主役である選手やチームだけでなく、観客対応やメディア対応、テレビ放送制作、プロトコール、そして、会場の設営から機材や備品の配置やスタッフの配置まで、競技会場全体を運営していくための要素のすべてが対象となります。だからこそ、まず、競技運営を担当する方々と話し合い、理解し合えないと、大会運営そのものがフリーズしてしまうのです。
オリンピックでは、国際競技連盟(IF)が競技運営の主体となり、世界各国の競技連盟・協会からスタッフの派遣を仰ぎます。もちろん、開催国の競技連盟がその中心となることは言うまでもありません。彼らが、4年に一度、実施するオリンピックの中での競技運営は、まさに運営モデルのショーケースとも言えます。ひとつひとつの運営機能の配置や設営面でのレイアウト。そして、最新の機材を利用したITシステムやタイム掲示システムの構築、また、競技データの作成と配信のシステムなど・・・。実際に、私も、2006年に日本で行われた男子バスケットボール世界選手権の運営計画立案の際に、アテネ五輪の現地に行かれた方々から、細かい情報を入手して、独自に検証し、可能な限り最新の運営体制を取るべく努力しました。その大半は、競技運営そのものに関わる内容ですが、ほとんどは、大会運営に影響する要素ばかりです。より高度な運営体制を作り上げることとは、知ること、理解すること、に始まると思います。だからこそ、競技運営側との連携は、万全でなければ、スポーツ競技の国際大会は成り立ちません。もちろん、競技会場の仕様条件や、運営上の課題を解決するために、競技運営側に譲歩を求めるケースも多々あります。だからこそ、その連携は必要なんです。
“競技は、競技団体がやるから、我々は、この部分だけをやれば良いよね・・・”、と言った安易な言葉は、常に聞こえてきます。“競技の人たちは、運営を理解してくれない”とか、その逆のケースであったり、大会が大きくなればなるほど、大会全体の運営業務の規模や種類が膨大に膨らむため、理解し得ないところからは逃げてしまうんですね。IT技術の進化によっても、スポーツイベントの運営体制は大きく変わってきています。ITは苦手だから・・・、と言ってしまっては大会は動きません。私も、本音を言うと苦手でした。でも、本当に懸命に勉強しました。海外から競技機材を輸送する際には、国際輸送に関しても、一夜漬けで勉強しました。テレビ放送、メディア、プロトコール、もちろん、通信回線のことや電気工事や仮設制作に関する事に至るまで、大会運営に関連するすべての要素を、最新のレベルで習得していかないと、大会が動かないのですから・・・。
競技運営も同じです。スポーツ競技の大会やスポーツイベントに携わる時、その競技を知ること、理解することは、その大会やイベントを一流なものにするための第一歩なのです。
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2008年08月22日
北京市内のアチコチから打ち上げられた花火が、巨大な足跡を形作り、メインスタジアムに向かって行く。テレビで見ていて、少し滑稽でしたが、意味が分かると“凄い!”と感じたものです。しかし・・・、なんとCGによるイカサマだったとは、過去のオリンピックでこんなことありました!?。本当に拍子抜けですよね。しかも、子供の歌声まで細工が施されていたとは・・・。国家プロジェクトでも、国の威信でも、なんでもいいですけど、ウソを見せられたのにはガッカリです。オリンピックは、スポーツの祭典で、真実のみがそこにあるべきなのに、中国は、オリンピックを、世界に向けたショーケースにしようとしたんでしょうか?。しかも、あまりにも長かったような気がしましたが、私だけですか?。
オリンピックには、世界に向けたメッセージが必要です。そのメッセージを具現化したものが、開会式での「演出」であり、過去のどのオリンピックでも、時代の象徴と、開催国からのメッセージがしっかりと表現されていました。だからこそ、三千年の歴史と、いまの中国をどのように表現してくれるのか、期待していたものです。裏切られたとは思いませんが、何か、中国の食品偽装や商標の不正使用など、偽者文化を体現したようで、後味は良いものではなかったですよね。演出だった、と言えば、“そうか”という人もいるでしょう。しかし、オリンピックの大会演出は、もっと、開催都市や国のオリンピック開催都市、あるいは開催国としてのメッセージ性が無ければならないんだと思います。派手さや、奇抜さを求めているのではありません。スポーツイベント、特に、国際大会での大会演出について、改めて考えさせられる出来事でした。
国際大会では、運営要素の一部として、「演出」は重要なものです。そのスポーツをより魅力あるものに見せたり、選手やチームのモチベーションを上げたり、大会の品格や威厳のようなものを表したり、と、競技の進行と合い間って、クリエイトされていくものです。決して外面を良く見せようとするものではないはずです。言ってみれば、試合会場を包む会場内の空気全体を、さまざまな場面に合せて、コントロールするイベント技術だと、私は考えています。だからこそ、競技の中身を知らずして、国際大会の演出はできません。以前に、テレビの放送制作上の重要要素のひとつとして、その競技を知ることである、と述べました。演出という役割にも、同じことが言えます。演出のための競技ではなく、競技のための演出が必要なのです。
オリンピックもそうですが、国際大会では、「演出」という運営機能は、大会全体のイメージを醸成する式典演出と、大会の根幹である競技の進行をサポートするゲームエンタテイメントがあります。
式典演出は、開会式やレセプションから表彰式まで、大会の公式行事として、大会の言わば“顔”となるものです。そこでの演出は、コンセプトは、オリンピックと全く同じだと思います。その実施規模や実施レベルは、いろいろあると思いますが、シンプルでも、競技全体のスタートを表す号砲が開会式であり、大会の勝者を称え、次の大会へ繋ぐ橋渡しが閉会式だと思います。しかし、単に演出という言葉に踊らされて、ショーアップのみに傾注しがちな考えは、多々あることも事実です。この辺は、大会運営機能としての「演出」のあり方を見直す、ひとつのポイントではないでしょうか?。
ゲームエンタテイメントは、演出ではありながら、競技運営と一体となった、言わば競技そのものと私は考えます。音楽を流したり、ダンサーが踊ったりすることが、なぜ競技に必要なんだ!・・・、と怒られてしまいそうですが、それは、テレビ演出としてタレントを起用しているバレーボールなんかしか見ていないからでしょう。テレビ演出を否定するわけではありません。恐らく、全く違う次元でも目的があるはずです。視聴率とか、話題性とか・・・。テレビ演出は、テレビの画面の向こうにいる視聴者に対しての、“ショー”なんです。一方、ゲームエンタテイメント、つまり競技演出は、会場の中の観客、選手、関係者のすべてを一体にするための効果装置なのです。試合の進行や、試合の状況に応じた音楽演出、的確なゲームアナウンス、そして、試合の中断を埋めて、観客の興奮を途切れさせないためのアトラクションやパフォーマンス。すべては、競技と一体となって、会場の空気を作り出すのです。
オリンピックの各競技会場でも、音楽演出はふんだんに使われていますし、ダンサーなどによるパフォーマンスもありますね。競技を主管する国際競技連盟も、最近はゲームエンタテイメントの重要性に着目しているようです。多くの観客を集めることにより、テレビ放送への期待を増し、新しいファン層を作り出すこと。プロリーグに触発されているだけではなく、これは、間違いなく、スポーツマネジメント時代の興行的な感性が理解されてきている証拠だと思います。もちろん、大会の主役は選手であり、根幹にあるものは競技であることは、変わりありません。
バレーボールの話に戻りますが、テレビ演出のパワーが、新たなバレーボールファンを作り出してきたことも、事実として認識すべきでしょう。熱狂するファンの中で、選手たちがベストなパフォーマンスを発揮して勝つ。競技が根幹にあることだけを忘れなければ、その実績は、見習うべき要素だと思います。すべてマネをする、ということではありません。全く拒否しようとするものでもありません。自分たちの扱うスポーツには、ファンを獲得し、満足させ、そして選手たちのベストなパフォーマンスを引き足すために、何をすべきかを、研究し、検証しなければならないのです。エンタテイメントに溢れている時代ですから、スポーツには、本物と真実を共感させるアイディアが必要になってくると、私は考えています。スポーツ競技は、結果を予想させず、リアルタイムでその結果を導き出します。勝っても、負けても、それが真実なのですから、そこに“余計な化粧をした演出”はいらないのだと思います。
posted by umekichihouse |06:59 |
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2008年08月21日
全28競技が、37の会場で繰り広げられている北京五輪。37会場の内、新設されたのは22会場あるということですが、そのほとんどが、恒久的な施設ではなく、オリンピックのために仮設された屋外競技用のものが多いように思います。逆に言うと、特にインドアスポーツの会場施設は、ほとんどが既存のアリーナ施設を使用されている、とも言えます。また、鳥の巣と呼ばれるメインスタジアムの国家体育場の9万1千人を筆頭に、体操競技が行われた北京国家体育館は、1万8千人、北島選手の平泳ぎ2冠に沸いた、通称アクアキューブの国家水泳センターも、1万8千人もの観客収容規模があり、押し並べて、各施設の観客収容能力の高さにも驚きます。バルセロナ五輪以来、NBAのスター選手の登場で沸かせているバスケットボール会場の五棵松体育館や、バレーボール会場の首都体育館も、1万8千人というキャパシティを誇っています。また、大学の体育館を使用している競技として、柔道、卓球、重量挙げ、レスリングなどがありますが、テレビで見ている限りですが、大学の体育施設とは思えない立派な施設もありました。もちろん、一部の改修は施しているのだと思いますが、競技会場としては、どの会場も、素晴らしいと感じています。大会前は、建設や整備の遅れが問い質されていましたが、さすが国家プロジェクトですね。
スポーツイベント、特に、大きな規模のスポーツイベントや国際大会になると、会場施設の課題が大きくクローズアップされます。まずは、使用可能な会場がなければ試合は出来ないわけですから・・・。そこで、大会運営を司る上で、会場の施設検証と、大会における利用計画上の設計業務が、最も重要なカギとなります。北京五輪をテレビで見る時の、会場の姿の裏側こそが、私のような人間の仕事の舞台となるのです。決して、観客収容能力などの一元的な問題ではありません。大会成功のための成否に関わるキーポイントです。
一番分かりやすいのは、日本の“体育館”とを比較することです。どの街にも体育館はありますが、そのほとんどは、地域住民の体育振興や交流を目的として建設され、運用されています。行政的な建前なのはもちろんです。その建前があるからこそ、体育館は、“体育”のための施設にしかなっていません。常設の観客席は少なく、バックヤードも、更衣室は狭く、十分な数の部屋もありません。これでは、国内のトップリーグですら、満足に開催できない、と思われるものがほとんどです。多目的ホール型の施設も含めて、大都市や一部の地方都市には、ここ10年で、興行開催も視野に入れたアリーナ施設が建設されてきました。しかし、その観客収容能力は、最大規模でも、仮設のスタンド設置を含まなければ、7-8,000人というのが精一杯です。1万人を超える規模の施設は、数えるほどしかないのです。
日本で国際大会を開催する際に、特に課題となるのは、会場の運営機能に関する施設や設備の貧弱さです。また、会議室や更衣室などの諸室のロケーションも、建築図面上の計算はあっても、運営的な視点から見た計画ノウハウは、全く生かされていないように思われます。
まず、諸室の内容に関する課題ですが、国際大会の場合、更衣室だけで複数の部屋数が必要となりますし、その広さや室内の設備(トイレ、シャワーなど)も最低限のものは整っていなければなりません。しかし、ほとんどの施設は、男女の更衣室があるだけでしょう。競技大会ですから、まず考えるのは、適切な設備の整った更衣室などの選手やチームが使用する施設環境です。ここでまず、大きな課題を抱えてしまいます。次に、競技の運営の中枢となる諸室。そして、会場全体の運営を司るために使用する諸室などの、運営機能を集約するための諸室施設です。また、メディアワークルーム等のメディア関連施設やテレビ放送制作のための放送関連施設も、適正な収容能力のある広さで、また、会場内の適切な場所になければなりません。特に、テレビ制作のためには、中継車輌が常駐するコンパウンドと呼ばれるスペースが、会場の建物と隣接してなければなりません。更に、大会の来賓の接遇に用いられるホスピタリティ施設を、既存の諸室の中で設ける必要があります。その他にも、スタッフ用の控室や更衣室、主催競技連盟の役員用のオフィス、倉庫などなど・・・、少なくとも、20から30(1部屋の広さによって異なる)の数の諸室が、メインアリーナを中心として、会場内の適切な場所になければならないのです。
次に、各諸室のロケーションに関する課題ですが、これは、以前に述べた「アクレディテーション(AD)」の機能に大きく関係します。ADカードは、個人の大会における身分を表したIDの機能と、セキュリティ対策上のアクセスコントロールを、効率的に運用するためのアクセス機能との、2つの機能を持ちます。この2つの機能により、会場内での通行は、保安上、それぞれの立場や職責により制限されるわけですが、会場内の各諸室のロケーションが、このアクセスコントロール計画と整合性が取れていない場合、「ADカード」による通行や進入のコントロールは、全く出来ないことになります。これでは、選手やチームの警備体制はもちろんのこと、会場内の運営にも支障が出ます。あらゆる通路やコンコースをフリーな状態にしなければ、人が通れなくなってしまったり、アクセスチェックの箇所が、無尽蔵に増えて、セキュリティ要員のスタッフだらけになってしまいます。
諸室やその設備は、仮設すればいいんじゃないの??・・・、ということも物理的には可能なんですが、好き好んで大会の予算を無駄遣いすることはないですよね。また、諸室のロケーションに関しても同様です。無いのなら、適切な場所に部屋を作ればいいんじゃないか??・・・。日本で行われる国際大会レベルのスポーツイベントで、たった一回の大会のために、如何に、仮設や改修で予算が超過しているか・・・。きっとビックリするはずです。それほど、日本の“体育館”は、大きなイベント開催には、適合しないものが多いのです。ただ、多くの観客を収容できるだけでは、その本質を満たしていないですね。
余談ですが、北京五輪でのアリーナ施設の外観は、箱型というかスクエアの形をしたものが多いですよね。建築デザイン家によれば、“都市の景観や文化的背景を考慮したデザイン”、こそが、街のシンボルたるアリーナ施設にはふさわしい、ということになり、斬新な形になるんでしょうけど、問題なのは中身だと思うんです。あくまでも個人的な感想ですが、1964年の東京オリンピックを機に建設された、国立代々木競技場や駒沢室内競技場の外観についてどう思いますか?。私が初めて東京に来て、これらの建物を見たとき、凄いな!、と思いました。特に、バスケットボールをやっていた私にとっては、代々木第二体育館は、まさに聖地のような場所でしたので、感激したのを覚えています。しかし、スポーツイベントの運営に携わっているいま考えると、これらの建物は、使いにくい建物の局地に思えます。理由は先程述べたとおりです。規模は、第一体育館で、1万人近く入りますし、小さい方の第二体育館でも3千人強の収容能力があります。でも、バックヤードは、旧態以前としたままで、先に述べた通り、仮設費用が掛かるんですよね。第二体育館などは、狭すぎてどうにもなりません。話を北京に戻すと、北京五輪の各施設の形は、観客席の規模に比例して建物の大きさは大きくなる一方で、その下の空間を使って、諸室の設置やコンコースの設定をするスペースが広がり、非常に合理的だと思います。フロントヤードとバックヤードをうまくバランスを取ると、あんなスクエア型になるのではないでしょうか???。素人なので、あくまでも突飛な考えなのかもしれませんが・・・。例を挙げると、横浜アリーナが近いですよね。バックヤードも機能的ですし、観客の出入りやコンコースも分かりやすい構造になっています。身勝手なお勧めですが、実際に使用したものとして、そう思います。個人的な資料として、自分なりに、運営上の効率に配慮したアリーナ施設の簡易図面を作成したことがあります。もちろん、普段は地域住民も活用できることも配慮してですが、結果としては、相応の観客席規模を取ると、外観はスクエア型が理にかなってくるのです。体育館の新築計画があれば、一度、その設計段階から見てみたいと思います。
さて、スポーツイベントの実施に当たって、まず行うのは、会場の検証視察だと思います。インスペクションですね。私の場合、過去の経験値から、インスペクションモデルというものを作成しています。全部で15項目、80以上のチェックポイントを想定して、想定されている会場の隅々まで見て歩きます。その場合、単に諸室内の内観だけを見るのではなく、他の諸室との位置関係や、メインアリーナとの位置関係を、常に計算しながら進めます。
オリンピック中継を見ると、試合後の選手は、ミックスゾーンという共同取材エリアを通過して控室に戻る姿を見ますよね。その前の位置には、テレビのインタビューポジションがあります。オリンピックの場合、一切の広告露出はありませんから、通常のスポーツイベントだと、選手の背後に、スポンサーロゴが小さくたくさん並んだバックボードが置かれているところですね。実は、このミックスゾーンの位置が、各運営諸室やメディア関連施設を配置する上で、重要なカギになるのです。メディアは、このミックスゾーン以外、一切選手と接触は出来ません。そのように、アクセスエリアを制限するからです。しかし、このミックスゾーンの場所の設定を間違えると、メディアと選手の動線が一緒になってしまい、メディアはミックスゾーン以外でも勝手にインタビューできてしまうことになるのです。これはほんの一例ですが、テレビ中継を見ているだけで、会場によっては運営担当者が苦労して設定していることに気がつく場面が多々あります。柔道なんか、試合後、結構選手が遠回りするのを強いられていましたよね。競泳では、アテネ五輪と何か違うことに気が付きませんでしたか?。スタートとゴールの位置が逆でしたよね。もちろん、テレビカメラの位置が逆ならば、簡単にそうなってしまうのですが、なぜそうなったか、考えると、競泳プールと飛び込みやシンクロ用のプールが一会場に並列で設置されていたからだと思います。つまり、スタートとゴールの位置は、会場全体からすると、丁度真ん中辺りなんですね。観客席が見やすいこと、そして、これは想像でしかありませんが、選手の準備するエリア(更衣室や待機場所など)の位置関係からも、そうなったのかもしれません。
インスペクションが終わると、そこでの情報を元に、「利用計画」を平面図面上で設計します。諸室の配置やメインアリーナのレイアウトです。そして、その計画を元に、先程述べたアクセスコントロールに関する検証をします。その上で、ADカードに記載されるアクセスエリアの区分を検証し、チェックポイントの位置や警備員などの配置位置を、効率的なものになるように検証します。北京五輪では、人海戦術が得意技のようですが、日本ではそうは行きませんよね。1人でも人件費をセーブすることも、大会運営上は全体に必要なんです。そのための、計画検証でもあるんです。
2016年のオリンピック候補地として立候補している東京ですが、その計画書を見ると、非常にコンパクトな会場配置になっていることに気が付きます。各会場間や関連施設との移動の利便性を考えてのことだと思いますが、いまのところ、各競技会場の利用計画がどうなっているのかは分かりません。しかし、既存の施設の利用も計画には含まれていると思いますので、ハードを前提とするのではなく、運営というソフトを前提とした計画になれば良いと思います。また、新設する施設は、ぜひとも、東京で常に大きな国際大会が開催されるような、観客にも、運営側にも、そしてもちろん主役である選手たちにも、利便性の高い施設が出来ることを願っています。
テレビで競技の進行が見え隠れしていると、つい、内部の運営の様子を想像してしまうのは、職業病かもしれませんが、スポーツイベント運営の実体験した人は、きっとこの苦労が分かってますよね。
posted by umekichihouse |12:36 |
オリンピック |
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2008年08月21日
28競技、302種目ものイベントが繰り広げられている北京五輪。いよいよ終盤ですね。テレビ放送を見ている限り、その運営は、当初、いろいろと懸念されていた部分もあったと思いますが、概ね良好という感じですね。ただし、裏側ではドタバタ劇もあるでしょうし、予想外のトラブルなんかも発生しているのではないでしょうか。報道関係者も多数北京で奮闘していますし、何人かの人たちはブログやコラムで近況も報告してくれています。ぜひ、真実のオリンピック運営の裏側を、覗き見たい気がします。
各種競技の世界大会が、28競技、302種目も同時に開催されている、という表現がふさわしい世界最大の総合競技大会であるオリンピック。テレビや報道を通じて、世界中の人々を釘付けにしていますが、その大会運営の実態はどのようなものなのかを、探ってみたいと思います。私は実際にオリンピックの運営には携わった経験がありませんので、単一競技の国際大会の運営の実態を、オリンピックに置き換えて、シュミレーションしてみます。
スポーツイベントの大会運営を計画していく上で、最も重要なのは、その組織作りです。単に、何々部とかいう部署や、ディレクターとかいう肩書きの問題ではなく、大会運営の機能が、その実態に即したものかどうか、というのが問われる問題だと思います。具体的に言うと、日本国内で行われる各種スポーツの国際大会で、以外に言葉として運営組織の中に出てこない名称が多々あります。「運営」、「プロトコール」、「メディア対応または報道対応」などです。大会運営なのに「運営」という名の部署がないのはおかしいですよね。これは、日本協会や地方協会などの競技団体が主催・主管しているために、大会運営そのものが、競技の運営に集約してしまっているからだと思います。もちろん、競技大会ですから、その競技を円滑に、高度なレベルで運営していくことは、競技大会の根幹です。しかし、多くの観客を動員し、多くの来賓をお迎えし、また、多くのメディアに取材を依頼し、更に、テレビ放送もあるとすると、競技を取り巻く人々のオペレーションやコントロール、それぞれの業務管轄エリアの運営は、競技の運営に大きな影響を与えます。よって、国際大会の運営は、複数の運営業務がそれぞれの管轄エリアで実行される一方で、それらが一体となって進められないと、小さな問題やトラブルも、大きな事故やイベントそのものを停滞させてしまうことに繋がりかねません。競技の進行や運営を軸とした、すべての運営業務の横断的な連携が、大会を成功に導くためのカギとなるのです。そして、競技の運営や進行を取り巻く会場全体の運営を司る業務部署が、独立して機能することが必要になるのです。オリンピックの大会運営が、その模範となるでしょう。
オリンピックは、IOCから開催都市として指名を受けた都市が、大会運営の骨格となります。そこに、国の関係官庁や組織が加わり、また、その国の競技団体も入って、「組織委員会」が構成されます。「組織委員会」を構成することに関しては、単一競技の国際大会と変わりませんが、一都市がその主体となるという点で、競技団体が主体となって構成される場合とは、スケールが違ってきます。しかし、「組織委員会」が、競技から会場の運営などを、すべて管轄するわけではありません。競技の運営そのものは、28競技の国際競技連盟(IF)が、それぞれの競技会場内の運営を司り、競技の運営を統括します。そこに、地元の競技団体が、スタッフの派遣などを含めて実行部隊として加わるのです。一方で、28競技会場に共通してオペレーションされる業務も多々あります。この点から、単一競技大会とは、その対象規模が大きく異なってきます。「メディア対応とメディア施設のオペレーション」、「放送制作対応と放送施設のオペレーション」、「プロトコール」、「輸送」および「宿泊対応と宿泊施設のオペレーション」などが大会現場での業務になります。また、大会の数年前から準備されるものとしては、「競技会場施設の利用計画設計」、「アクレディテーション(IOCマニュアルに沿って)」、そして重要な収入源である「チケッティング」と「国内スポンサーのスポンサーシップ」などです。この中で、放送権とワールドワイドでのスポンサーシップは、IOCが直接統括しているので、ホストブロードキャストに関する業務や、TOPスポンサーに対する対応は、IOCやそのエージェントが担当することになるのでしょう。
オリンピックは、参加選手団だけで1万1千人を超え、メディアの総数は4万人、そして、1万6千人の放送関係者と、「プロトコール」が対象とする大会の公式な来賓を加えると、約7万人近くの人々を迎え入れるイベントです。そして、競技や式典を観戦しに訪れる観客が、これに加わるわけですから、以前に述べましたボランティアの7万人以上という膨大な人数も頷けます。つまり、競技の運営を取り巻く人、物、金に対するすべての運営対処が、組織委員会に課せられた使命になるというわけです。
組織委員会は、開催地の中にある関連施設や競技会場の運営業務や、それらを繋ぐ輸送手段、選手や関係者に対するフードサービス、そしてセキュリティ対策などなど・・・、膨大な業務の数と、それぞれの専門性の高いノウハウを生かすために、数多くの専門部署を設けます。それらを、どのように統括し、横断的に情報を集約し、ひとつひとつの課題に答えを出していくかが、組織としての命題になるでしょう。お役所仕事とよく言いますが、縦割りの業務感覚では、トラブルを生み出すための組織になりかねません。ひとつの答えを明確に出していくためには、個別の運営業務機能を、如何にオペレーションしていくのかが、カギになっていくのでしょう。私も、小さいながら、いくつかの国際大会に関わっていく中で、多くの悲哀を味わってきました。原因のほとんどが、組織構成の曖昧さや、専門性の欠けた組織構成に起因するものです。ぜひ、オリンピックを通じて、再び、学びたいと思います。
posted by umekichihouse |05:18 |
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2008年08月21日
北京五輪のテレビ放送で、コメンテーターやアナウンサーの方々、また、選手やコーチも、首から黄色いストラップを掛けて、黄色いカードをぶら下げているのをよく見かけますね。これは、“アクレディテーションカード(ADカード)”というもので、北京五輪の競技施設や大会関連施設への入場や、施設内各所へのアクセスのために用いられる、パスポートのようなものです。これがないと、選手であっても大会関係者であっても、オリンピック施設内には入ることは出来ません。顔パスなんていうのは、絶対にあり得ません。(どんなに凄い肩書きを持ったVIPでも、必ず一旦、止められます。競技中以外では、選手も不携帯は許されません。)
スポーツイベント、特に、国際大会では、主にセキュリティ対策を円滑に行うために、この“アクレディテーション”は、非常に重要な業務要素になります。国内のスポーツ競技大会では、“IDパス”なんていう言い方をしているケースがありますが、この場合の“IDパス”とは、単に、パスを所持している人が、どんな役割の人なのかを、文字やカードの色で識別しているに過ぎません。所謂、身分証代わりに使用されているのです。海外からの選手が多数参加したり、メディアや放送関係者、来賓など、外部から多数の人々が関わる国際大会では、セキュリティ対策を如何に効率的に、また円滑に計画するかが重要になります。単に警備員を配置するだけではなく、会場内を運営機能を、その内容によってエリア区分し、それぞれのエリア毎に、どんなADカードを持っている人が進入できるのか、また、何処の座席を使用できるのかなどを、キチンとルール化して、大会に関わるすべての人々の認識を共通にしていきます。ADカードには、入場口や、会場内のチェック場所で、セキュリティチェックを受ける際に確認される情報が、記号、色、番号などで表示されており、不正使用を防止するための措置も取られています。顔写真を添付したり、バーコード式の認識機能を付したり、また、ホログラムという複製を防止するためのシールが貼られたりします。これらの情報は、ADカード一枚で、その所持している人が、大会にどのように関わっているのか、どのような許可を得ている人なのか、などを一目で判断できるようにデザインされているのです。
また、ADカードは、単に、警備上の理由からあるものではありません。“アクレディテーション”を計画する際に、最も重要なのは、大会に参加する、または関係する一人一人の、名前から、所属、大会での職務や立場などを、システマティックに区分していくことです。よって、その区分に必要な各種カテゴリーが、大会の性格に合せて計画されなければなりません。その作業によって、大会に関わるほとんどの人の「リスト」が出来上がるのです。
オリンピックを例にすると分かりやすいと思います。
日本のテレビのアナウンサーは、ジャパンコンソーシアム(JC)という共同体で、オリンピックの放送権を獲得していることは、以前にも述べましたが、ライツホルダーTVですから、彼らの身分は、「RT」というカテゴリー区分になります。テレビ放映権を保持しているテレビ局、という意味です。顔写真の横のオレンジ色がそのカテゴリーカラーで、その色の中に記号が記載されています。その中でも、「RTb」と、“b”が付くと、それはスタッフという意味になります。ちなみに、“c”は、国際放送センター(IBC)のみのスタッフで、彼らは、競技会場へのアクセスは制限されます。よって、「RT」カテゴリーは、“a”(RTの責任者クラス)から“c”の3つで区分されます。そして、更に、それらの区分に応じて、競技会場の中の、どのエリアまでは入れるのかが、自動的に決められます。先程の「リスト」に沿って決められていくのです。これを、「アクレディテーションチャート」と言います。その表示は、ADカードの下の部分を見れば分かります。ADカードには、青、赤、白の3色の色の表示がされていて、それぞれの色によって、進入が許可されているエリアの規模が異なります。大会運営や競技の役員や責任者は、青色になっていて、すべてのエリアへのアクセスが許可されている一方で、メディアは、選手の準備するエリアや運営に関係するエリアには立ち入れないために、白色になっている、という訳です。ちなみに、「RTa」および「RTb」は、赤色になっています。
その他に、青、赤、白のカラースペースの中には、数字やアルファベットの記号が付けられていて、それぞれの数字や記号で指定された特定のエリアへの進入許可の印しとなります。例えば、“4”の数字はメディアに関連する部屋やエリアであったり、“5”の数字は、放送制作にかかわる部屋やエリアであったりします。これらの表示に基づいて、警備員やセキュリティチェックを担当するスタッフが、本人が誰かは全く知らなくても、ADカードによって、進入の許可や制止をコントロールできる訳です。
また、28競技が行われるオリンピックでは、それぞれの競技会場毎にも、入場許可が必要で、その情報も、ADカードには明記されます。更には、会場内の席の位置も指定されています。ADカードを持っていれば、何処でも入れて、何処でも座れる、ということは決してありません。もちろん、座席にも、事前に申請が必要で、指定を受ける必要がある場合と、フリーになっているケースがあります。今回の北京五輪では、競泳の北島選手が出場した日には、ADカードを持っていても、入場規制(1社何人までとか・・・)が行われたと聞いています。
オリンピックでの“アクレディテーション”は、私の個人的な見解ですが、非常に合理的で、運営する側にとって見ると、理にかなったシステムであると考えています。ただし、すべての国際大会にそのまま使えるわけではありませんので、システムの根本は残して、後は、如何に応用するかが、運営側の腕の見せ所でしょう。
たったハガキ程度の大きさのカード1枚でも、オリンピックの大会運営には、重要な意味を持つものなのです。
posted by umekichihouse |05:17 |
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2008年08月21日
16日、17日の週末、北京五輪では、日本勢のメダリストが続々誕生しました。卓球団体や女子マラソンでは、メダルが期待されただけに残念ではありましたが、日本選手たちは頑張ってますね。北京五輪も前半戦を終わり、いよいよ後半戦に突入しましたが、オリンピックになると、全国紙も地方紙も、一面から社会面まで、オリンピックの話題で満載です。日曜日の朝日新聞朝刊の一面の見出しは、いきなり“9秒96ボルト金”。隣も“吉田連覇”の大きな活字が躍っていました。月曜日の朝刊も、“伊調馨連覇”ときて、更には“フェルプス8冠”。グルジア紛争でロシアが和平合意文書に署名した記事など、片隅に追いやられてしまっていました。社会部も経済部も国際部も、スポーツ記者の活躍に、この期間だけは形無しですね。
北京五輪でも、過去のオリンピックにも増して、世界各国のメディア各社から、多くの取材記者やカメラマンが訪れているようです。先日、北京に行っている知り合いの記者から聞いたのですが、アテネを上回る規模の受け入れ態勢だそうです。IOCから、正式に取材許可を得ている記者(カメラマンを含む)の数は、21,600人。会場の中では取材できない非公認のメディアを含めると、4万人を超えてしまう数の報道陣が北京に集結しているようです。参加している選手団の数が、約1万人といいますから、その4倍ものジャーナリストやカメラマンが、北京狭しと取材活動を展開しているのです。まさに、メディアもオリンピックスケールという訳です。
スポーツイベントでの大会運営業務の中で、メディアに対する専用施設や設備、各種サービスの提供、および案内や各種対応といったメディア対応業務は、非常に重要な要素です。イベントは、こうした報道機関によって報道されることで、多くのスポーツファンにその存在を知らしめる事になりますし、参加する選手やチームの活躍も、広く伝えていくことが出来るからです。つまり、スポーツを普及し、育成していく、という点においては、メディアも大きな役割を担っているということです。だからこそ、大会主催・主管者は、メディアに対して、公平で的確な取材機会を提供しなければなりません。ただ単に、メディアを受け入れるだけではダメです。競技の進行や運営に影響を与えることなく、しかも、メディアの取材活動を可能な限りサポートしていく、という、バランスの取れた運営体制を整えることが、大会主催・主管者には求められます。
今回の北京五輪では、北京市内のオリンピック公園の中に、総面積63,000㎡ものメインプレスセンター(MPC)を設置し、世界150カ国以上の報道機関各社から送り込まれたIOC公認の2,1600人という数の記者やカメラマンを受け入れています。MPCの規模は、オリンピック史上最大で、中には、3つ星級と5つ星級のホテルまで備えていると言うことです。立地は、鳥の巣と呼ばれているメインスタジアム、国家体育場やウォーターキューブと呼ばれている国家水泳センターにも徒歩で数分で行ける距離にあるということで、ロケーションも万全です。
メインプレスセンターには、1Fにフロントやロビー、ワーキングルームなどがあり、2Fには、IOCや組織委員会が、公式で全400回以上の記者会見を行う記者会見場や、IOCおよび組織委員会のメディアオペレーション本部があります。地下1Fには、2,000㎡という広さのTOPスポンサー、コダックが運営するサービスセンターや、4,000㎡の国際レストラン、400㎡もの広さのマクドナルドがあります。マクドナルドもTOPスポンサーですが、400㎡もの広さのマクドナルドって、見たことありますか?。さすが、オリンピックですね。ちなみに、MPCの63,000㎡という広さは、バスケットボールコート15面分くらいで、学校の体育館のフロアが7つか8つも入る規模です。
ワーキングルームには、記者が配信記事を作成するテーブルが並べられており、約1,000席もあるということです。また、ブロードバンドによる無線LAN回線も配備され、インターネット回線を通じて、記事や写真が次々と伝送される設備も整っています。また、全28競技の公式記録や選手情報などの資料が入るピジョンホールという、まさに鳩小屋のようにボックスが並んでいる資料棚が、ずらりと並びます。更に、ワーキングルームとは別に、有料ではありますが、各報道機関独自の専用オフィスも設けられていて、世界144カ国、110社が、まさに北京五輪臨時支社をMPCに設置しています。また、ロビーや室内は、中国風の装飾がなされているということで、なかなか評判がいいようです。ここから、全世界に、選手たちの活躍を、刻々と伝えているんですね。
MPC全体の収容規模は、5,600人。その他に、各競技会場には、VMCという各会場専用のメディアセンターも設けられていて、規模は異なりますが、MPCと同様の設備内容が配備されています。また、同じ北京市内にあるコンベンションセンターの中に、北京国際メディアセンター(BIMC)というIOC非公認のメディアが活動する拠点も設けられています。延べ約15,000人に対応するということで、ここも凄い規模です。
メディアとは別に、北京五輪放送機構や世界各国の120もの放送局が活動する国際放送センター(IBC)のことは、以前にも述べましたが、ここでも16,000人もの放送関係者が働いています。IBCの総面積は、MPCの2倍以上の139,950㎡ということで、野球グラウンドの10倍以上の広さです。想像を絶する広さです。
メインプレスセンターを始め、北京市内のメディア施設で働くボランティアは、2,880名ということですが、2007年のプレ大会ではいろいろ問題があったと聞きました。しかし、北京五輪開幕後は、記者からの評判も、なかなか上々ということで、この1年の間に、猛烈にトレーニングしたんでしょうね。メディアから聞くこうした評価は、大会運営側としては嬉しい言葉だと思います。メディアも、それを支えるスタッフも、あと1週間、頑張れ!!
posted by umekichihouse |05:16 |
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2008年08月21日
全6種目が同時並行で行われる体操競技。男子団体では、連覇こそ逃したものの、日本は見事に銀メダルを獲得。そして、男子個人総合では、19歳内村選手が大逆転でまたまた銀メダルでした。テレビ放送は、NHKによる生中継でしたが、途中の3種目目からの放送開始だったのは残念でした。しかし、あん馬の落下(なんと23位)から、1種目づつ上位に這い上がる様子を鳥肌の立つ思いでテレビに釘付けになってしまいました。
ピリピリする緊張感と、技のダイナミックな迫力、そして選手の悲喜こもごもの表情など、映像から伝わる臨場感は抜群でしたが、実は、この体操競技の中継映像を制作していたのは、日本のNHKだったのです。
国際的なスポーツイベントでは、テレビ中継映像(国際映像・音声、国際信号とも言う)を制作する役割を担うために、ホストブロードキャスター(HB)がいます。通常は、開催国内の中継放送を担当するテレビ局が、その役割をかねるケースがほとんどですが、28競技が行われるオリンピックでは、ひとつの開催都市で28大会もの国際大会が同時に開催されるようなものなので、その制作体制の規模は、尋常なものではありません。しかも、ひとつの競技の中でも、数試合、数種目同時に進行する競技もありますから、制作体制は、28グループが母体となり、その中にも複数の制作チームが組まれることになりのです。今回の北京五輪も、BOB、北京五輪放送機構という組織名で、世界25カ国から、約1万2千人ものスタッフが参加しています。その中の体操、新体操、そしてトランポリン(同一会場を使用)の中継制作を担当するのが、NHKという訳です。他に、日本からは、柔道とテコンドー(同一会場を使用)を担当するフジテレビのクルーなどが参加しています。フジテレビは、大阪で開催された世界柔道のホストブロードキャスターを務めるなど、国際連盟からも高い評価があり、今回の大役を担当するとこになった、ということです。ちなみに、NHKは、1988年のソウル五輪から体操競技を担当しているそうで、NHKなくしてオリンピックの体操中継は有り得ない、っていう感じです。
日本の他には、野球はキューバ、ボクシングはカナダ、アーチェリーは韓国、などなど・・・。まさに、テレビ界の“ドリームチーム”が北京五輪のテレビ放送を支えているわけです。
ところで、ホストブロードキャスターに問われる資質とは何なのでしょうか?。
それは、単なる放送に関る技術力が高いとか、歴史がある、ということではありません。スポーツ中継で最も重要なのは、その競技の特性や魅力、そしてもちろんルール的な解釈をも、十分に理解していることです。つまり、その競技を知り尽くしてこそ、制作する映像に“魂”が宿る、という訳です。その力量は、放送体制を計画する段階で、既に試されます。北京五輪での柔道の中継を見て、お分かり頂いていると思いますが、今回のベースカメラ映像は、床面ギリギリの高さから選手を煽るような角度から撮影しているように見えました。単に、客席スタンドの後方から俯瞰的に競技場を映す場合と異なり、非常に臨場感というか緊張感があります。これは、偶然の産物ではなく、先にご紹介したフジテレビによる経験値から要望し、それを組織委員会が受け入れた、という経緯があったそうです。柔道を知り尽くしている、まさにお家芸です。また、畳の下には、独自のノウハウで開発した小型マイクが装着されていて、すり足の音などが鮮明に伝わっていたと思います。もちろん、ズームアップの角度や、7台のカメラでカバーしているそれぞれの映像のスイッチングなど、5分間の試合時間中、あますところなく“柔道”を伝えるための努力が、あらゆる面で費やされているのです。これは、技術力ではなく、人間力なんですね。
ホストブロードキャスターは、世界各国に送る国際映像を制作しているだけでなく、世界130局以上のライツホールディングブロードキャスター(ライツホルダー)、つまり、放送権を保有する放送局(テレビだけでなくラジオも含みます)に対するさまざまなサービス対応も担います。その拠点となるのが、IBCと呼ばれる国際放送センターになります。ここでも世界中のスタッフが活躍しています。また、オリンピック中継やニュースの中で、「北京IBCスタジオ」というテロップが挿入されているのを見た記憶があると思います。IBCの中には、ホストブロードキャスターが制作するすべての競技の映像や各会場でライツホルダーが独自の撮影した映像などと共に、各会場で実況された音声も集められます。そして、テレビ局ごとの要望に沿って、各国へ伝送されます。それらホストブロードキャスト機能が集約されている拠点である一方で、各ライツホルダー毎のスタジオやワーキングスペースが設けられているのも、このIBCです。オリンピック中継やニュースの中で、「北京IBCスタジオ」というテロップが挿入されているのを見た記憶があると思います。まさに、臨時の放送局1社が引っ越してきたような規模ですよね。
また、今回の北京五輪では、すべての競技が、HD(ハイディフィニッション)、つまり、ハイビジョンで放送されています。BOBは、野球で言うと、ベースの下に仕込まれたカメラなど、小型カメラに至るまで、ハイビジョン化にこだわったそうです。そして、そのハイビジョン技術は、NHKなどが開発した日本の技術が存分に生かされているということです。しかも、使用される機材は、これまたメイドインジャパンです。「オリンピックマーケティング」でも取り上げたPanasonicの最新の放送機材が生かされているのです。
柔道は2面、バドミントンは3面、卓球は4面と、同じ会場の中でも、試合コートや試合場のある毎に、専門チームが配置され、世界各国に刻々と中継映像が送り出されているオリンピックのテレビ放送。選手の活躍する姿に感動すると共に、その感動の映像を日々送っているテレビ界の日本代表にも、拍手を贈りたいものです。
posted by umekichihouse |05:14 |
オリンピック |
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