2008年09月12日

「NBAにまつわるビジネスストーリー」その1 ~デビッド・スターンの偉業

第4代NBAコミッショナー、デビッド・スターン、66歳。1978年、法律顧問としてNBAに入り、1980年には、当時コミッショナーだったラリー・オブライエンに次ぐNo.2の地位を手に入れます。そして1984年、スターンは、荒廃するNBAを立て直すため、コミッショナーに就任するのです。その後、NBAにさまざまな改革をもたらし、収益を拡大させ、そして、国際化を果たすことになります。いま、世界のバスケットボール界でNo.1リーグの地位を不動のものにしているNBAは、デビッド・スターン、彼の偉業を抜きにして語れません。コミッショナー就任後の約四半世紀に成し遂げた、NBAのビジネスストーリーそのものと言える彼の仕事ぶりと、当時のNBAを、今回は振り返りたいと思います。

今回から数回に分けて、私自身が過去に執筆した原稿から抜粋して、世界最高峰のプロバスケットボールリーグであるNBAにまつわるビジネスストーリーの、ほんの一端をご紹介します。なお、10数年前の古い原稿もあるので、一部加筆訂正をしています。ご了承ください。では、時代は、1984年に戻ります。



いまから約30年前。NBAは、多くの課題を抱えていた。多くのチームは財政難に喘ぎ、選手は麻薬スキャンダルに揺れ、NBA自体も大した利益を上げてはいなかった。とは言っても、スーパースター不在の時代と言うわけではなかった。マジック・ジョンソン、ラリー・バード、カリーム・アブドュル・ジャバー、そしてDr.Jことジュリアス・アービンと、いまでも伝説として語り継がれるNBAのスーパースターたちが輝ける素晴らしい時代が到来しつつあった。1984年には、あのマイケル・ジョーダンがNBA入りしている。

しかし、23チーム中、17のチームは赤字経営に陥っており、倒産寸前のチームもあるほどだった。何が原因だったのだろう?。一言で言えば、NBA自体が自壊作用を起こしていたのだ。自分で自分の首を絞めていた、ということだ。NBAファイナルでマジック・ジョンソンがいるのにも関わらず、テレビ放送は深夜の時間での録画放送しかなく、視聴率も思わしいものではなかったという。

そして、1984年2月。ラリー・オブライエンの後を引き継ぎ、デビッド・スターンは、第4代NBAコミッショナーに就任した。まず彼が着手したのは、薬物使用が蔓延していた状況を打開することだった。薬物使用に対する治療を選手たちに受けさせ、それを拒否するものたちをNBAから追放した。スターンは、選手たちに治療の支援と更正の機会を与えたのである。薬物乱用の状況は、NBAというリーグのイメージダウンに大きく影響していたこともあり、彼のこの対策に掛ける執念は凄いものだったと言う。

次の改革は、いよいよ財政の再建である。まず天井知らずに高騰し続ける選手の年棒に制限を設けた。サラリーキャップの導入である。各チームに選手年俸の合計額の上限を定めることにより、財政的な基盤の弱い球団の不利を軽減することが目的だった。当時の制限率は、リーグの総収入に対して53%。現在は日本円にして60億円を遥かに超えているが、当時はその数分の一程度。スターンには、サラリーキップを導入する一方で、リーグの収入を拡大することを課せられた。当時のNBAのテレビ放送は、どの程度放送されていたかというと、実は微々たるものだったのである。それも、1シーズン6試合程度だったというから、現在の隆盛からは全く想像がつかない。ライセンス商品もご他聞に漏れず。全く世に流通していなかった。笑い話だが、NBAの最初のライセンス商品は、タオルだったらしい。ある日、突然、タオルメーカーの社長さんがスターンの下を訪れ、「ぜひNBAのマークをつけたタオルを売りたい」と申し出たという。後に、この社長さんをスターンはNBAに引き抜いてしまった。NBAの本格的なライセンスビジネスとマーチャンダイジングビジネスは、ここから始まったというから、偶然とは実に恐ろしい。

テレビ放送も、当時はケーブルテレビが普及しつつあり、全国ネットによるテレビ放送だけでなく、こうしたケーブルテレビを通じたローカルでのテレビ放送権も拡大し、リーグのみならず、チームが単独で扱えるビジネスの領域も拡大していった。しかし、まだまだ財政的な余裕は全く生み出せていない。こうした中で、NBAは何故、10数年という短期間で急成長を遂げることが出来たのだろう。テレビ放送の拡大に伴い、スポンサーを必要としたが、スターンは、NBA自らがスポンサーの獲得に乗り出すことを推し進めたのである。それがひとつの答えかもしれない。「NBAには、雑誌がある。次にアリーナがある。ケーブル・テレビもある。そして全国ネットのテレビもある。スポンサーに対して、我々は、これだけの宣伝機会を提供でき、そのひとつひとつが相乗効果をもたらし、更なる可能性を広げられるのですよ!」。スターンは、多く企業を自ら説き伏せていった。テレビ放送が拡大し、ライセンス商品の市場も拡大する。しかし、テレビ放送には多くのスポンサーが必要である。スターンのセールスぶりに、多くのスポンサーが耳を傾け、スポンサーが増えていくと共に、テレビ放送機会もうなぎ上りに増えていった。元々が微々たるものだったので、比較すること自体おかしいが、現在のNBAビジネスの基礎は、スターンによるこのセールス手法が原点となっているのである。いまで言うインテグレーテッド・マーケティングである。決して物事を単一的に見たり考えたりせず、総合的に物事を統合していく視点は、プロスポーツの本来の魅力を知り尽くした、非常にシンプルな手法だったのかもしれない。

いまや、世界の主要都市にオフィスを構えているNBAも、改革の原点は、このスターンの熱意から始まったのだ。

posted by umekichihouse |06:06 | バスケットボール | コメント(1) | トラックバック(0)
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「NBAにまつわるビジネスストーリー」その1 ~デビッド・スターンの偉業

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将来スポーツビジネス(米4大スポーツのうちの1つ)を
希望する者の1人として、米4大スポーツリーグのTopで
あるスターン(NBA)、タグリアフ(前コミッショナー。現在は
グッテル)(NFL)、ベットマン(NHL)、そしてセリグ(MLB)
の実績(何を残してきたのか)を一言で語れる位には
なりたいと思っています。
スターンはおっしゃる通り、
① NBAの国際化を強力に推進(最近では中国)
② マーケティング
(リーグで横串のチームマーケティング部の設立)
③ プロスポーツ界初のサラリーキャップ制度の導入
(NFLのハードキャップに対し、ソフトキャップの導入)
の実績を残された方であるという認識です。
今後も楽しみにしております。

posted by Baseball all of my life | 2008-09-12 18:32

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