ぶんきち日記

オリンピック・デザイン ~プレイバック1964編~その2

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オリンピックの開催理念。大会のシンボルマークに込められる魂のようなものだと思いますが、2020年の東京大会について考えてみると、何か未だにぼやけた感じが気になります。成熟し、経済発展を遂げた東京。片方で、東日本大震災からの復興の姿をアピールする、などの論議も以前には聞こえてきました。招致活動段階では、1964年のレガシーを活かしつつ、コンパクトな大会運営を実現する、と言っておきながら、現在では、新たな施設建設を取りやめて、その最大とも言えるコンセプトを無視したかのようなカイゼンが進みつつあります。全体を見通せば、東京オリンピックではなく、関東オリンピックじゃないか、と冗談を言いたくなるような結末が見え隠れしています。都知事は、コンパクトとは、財政的なことを言うんだ、みたいな発言を堂々と言っています。開催理念。レガシーを語ることは、そもそもの開催理念なくして、どんなレガシーを残そうとしているのか、明確に言えるんでしょうか。何か、開催することのみに突き進んで、何のための開催なのか、置き忘れているのではないでしょうか。 1964年から50年ということで、数々のテレビ番組が放送されている中で、「東京にオリンピックを呼んだ男」というタイトルのスペシャルドラマが放送されていました。戦後の混乱から立ち直った姿を東京から世界に発信する。そこからスポーツの素晴らしさをもう一度世界で再認識して平和を謳う。そんな理念から東京オリンピックの招致が始まり、そこに加わることになったアメリカ在住の日系二世の方が主人公のドラマです。ドラマの最後は、ミュンヘンで行われたIOC総会の投票で、昨年と同様に、「TOKTO 1964」という紙を見せて投票結果を発表する様子などは、少し作られた感がありましたが、10月10日の開会式の様子は実写が使用され、非常に感慨深く見させていただきました。恐らく、開催理念がこうも明確に打ち出されると、素直に感情に響くのでしょう。1964年の東京オリンピックがあって、本当に良かった、と心から思えました。 最近、2022年開催の冬季オリンピック開催候補都市が、財政的理由から次々と撤退している、とニュースを目にしました。大会規模の拡大は、開催都市に大きな財政負担を強いることは、先のソチ大会を見てもよく分かります。ロシアという国の事情にも特殊性はあると思いますが、夏季大会では中国も莫大な国家予算を投入しています。ロンドンは、同じ轍を踏むまいと緊縮財政を目指しても、膨らんだ風船を萎ませるのは、オリンピックという大会の価値の根幹にかかわる部分に大きな影響を与えます。結果、ロンドンですら、当初の規模から大きく予算を膨らましてしまうことになっています。国威発揚と世界的成熟都市での新しいオリンピックの姿。理想としては素晴らしい理念に見えても、国家間でのオリンピック開催に対する意図は、全く異なります。それが、北京大会とソチ大会によって、軌道修正の目論見が崩れた、と私は思います。だからこそ、共産国の国威発揚と同じレベルの強い意志ある開催理念が、成熟した国や都市で行う場合は重要になるのでしょう。北欧のある都市では、ウインタースポーツの人気が絶大であっても、国民や市民はオリンピックは求めていない、という住民の意見が立候補を断念させています。毎年のように開催されるワールドカップや世界選手権で十分に満足、ということです。スポーツを楽しむだけなら、それだけでいいのです。そして、オリンピック開催には、もっと大きく明確な開催理念が必要なのです。その力の強さが国民や市民の支持を呼ぶのでしょう。 東京都民の70%以上がオリンピック開催を支持している。招致活動の最終局面では、そんなデータがでていました。いま思うと、本当にそうなのか、と疑いたくなりますが、いま喜んでいるのは、ひょとするとスポーツ界だけなのかもしれません。日常的にスポーツに接していない人々や、スポーツからの恩恵を受けていない人々にとって、オリンピック開催とはなんなのでしょう。その辺を、もう一度、キチンと示しながら、本心から2020年を歓迎できるような開催理念を、万人に理解できる言葉で、本心から共感できる姿で、ぜひ聞きたいと思っているのは、私だけでしょうか。先のドラマを見続けていながら、心の中には何かモヤモヤしたものが湧いていました。 日本のスポーツ界には、ぜひ2021年以降の日本のスポーツ、スポーツ産業の姿を見据えた目標示してほしい、と個人的には思っています。それは、単なるスポーツの強化でも、普及でもありません。それは、1964年で終わりにしましょう。21世紀の日本の目指すスポーツ界の姿。企業に依存し続け、アマチュア主義に縛られ続けたふりをしていた姿から脱却し、スポーツを一つの産業として、経済的な成長を生み出し、人材を生み出す構造に作り替えていく機会。そんな夢を私は描いているのですが・・・・・。スポーツ庁云々はどうでもいいのです。まずは、スポーツ界が自ら立ち上がり、自らに成長力を身に付けないと、お上からの補助や助成に頼った経営は、もはや限界なのではないか、と思うのです。2020年の東京オリンピックは、大きなウネリをもたらすと思います。それは、1964年のような国民に広く夢をもたらしたようなものとは違い、非常に現実的な課題をいろいろと浮き彫りにしていくものだと思います。そのウネリに乗れるのか、飲み込まれるのか・・・・・。東京都には、何とか無事に開催して終わればいい、としか思えない雰囲気を感じてしまいます。いまこそ、日本のスポーツ界が、一致団結して改革に踏み出す時なのではないか・・・・・、と大袈裟なことを言っているのは、私だけなのでしょうね。そうでないことを祈ります。

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今  昌司 / Masashi KON

専修大学法学部卒。広告会社数社で営業、スポーツ事業などを歴任。ナイキジャパンではイベントマネジャーとしてイベント業務、伊藤忠商事ではNBAの日本国内業務、主にスポンサーシップ業務を担当。各社勤務を経て、2002年よりスポーツ分野に特化したプランニング業務やイベントオペレーション業務を主としたフリーランスプランナーとして活動中(現在)。その他、2013年より2年間、帝京大学経済学部経営学科で非常勤講師、各所でスポーツマネジメント関連の臨時講師などを務め、2016年より亜細亜大学経営学部ホスピタリティマネジメント学科で非常勤講師を兼務している。スポーツビジネス全般に、スポンサー、広告会社、スポーツ組織、メディア等の様々な視点で実務に携わってきた経験から、「現場感覚」「現場視点」「現場思考」を大切にすることをモットーにしている。
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