2008年08月27日
スポーツイベントとIT技術
“スポーツと平和の祭典”オリンピック。閉幕翌日の25日の新聞各紙に掲載された総括記事は、10,500人という参加選手の規模を維持する方向を打ち出し、野球とソフトボールの復活の可能性に影を落とす発言をしたIOCロゲ会長の記者会見の内容と、共産国中国の、どこまでも自らの“中国流”を貫いた結末を論評したものでした。人海戦術、ネット規制と報道規制、抗議活動に対する過激な抑圧など、オリンピックを国威発揚の場と化した中国は、この先どのように変わっていくのか、あるいは何も変わらないのか、見守りたいと思います。 そして、オリンピックは、“スポーツと平和の祭典”であると同時に、ハイテク技術のショーケースにもなっています。膨大な量の情報と、何十万人という関係者間のコミュニケーション、そして、28競技302種目にも及ぶ競技記録など、オリンピックの扱う情報量と、全世界に配信されるそのスピードと精度は、最先端のIT技術や計測・計時システムによって支えられているのです。 スポーツイベント、特に、国際大会としての規模が大きければ大きい程、高度なIT技術と、ブロードバンドによる通信インフラなくして、もはや運営は成り立ちません。そして、大会運営を、より効率的に、より高度化する上で、IT関連の大会パートナーの存在と、運営側のITに対するノウハウの取得は、絶対条件になっています。オリンピックは、まさにそのショーケースであると同時に、スポーツイベントにおけるIT技術の活用方法や対策を学ぶ上で、最適なものになっているとも言えるのです。 オリンピックで、Eメールが登場したのは、1992年のバルセロナ五輪です。当時は、日本ではまだPCも一人に一台の時代ではなく、パソコン通信と呼ばれていた通信サービスが主流でした。私も、当時勤務していた広告代理店で、いまの@niftyの全身である会社を担当していたこともあり、自宅で新聞記事のデータベース検索をよく利用していました。しかし、その程度だったのです。1994年の冬季リレハンメル五輪からは、IBMが情報管理システムとPCの供給を担当することになります。そして、1996年のアトランタ五輪では、IBMは正式にTOPスポンサーとして、また、地元アメリカ開催ということもあり、“ビックブルー”の名の下に、最新の情報管理システムを構築すべく、動き出します。しかし、ここで大きな失態を演じてしまいます。絶対にできる、と言っていたシステム開発が、テストランも満足に出来ないほど、進まなかったのです。大会期間中に何千人という技術者を動員して対応したという逸話が残されていますが、インターネット先進国のアメリカのトップ企業でさえ、オリンピックに、IT技術を満足に生かすことは出来なかったのです。冬季五輪では、その参加規模は、約2,500人前後。(長野五輪では2,300人)その5倍近くの参加規模にすら、対応できない程に、オリンピックの扱う情報量と、求められる処理能力と配信規模の大きさは、膨大なものだった、という訳です。結果的に、2000年のシドニー五輪を最後に、IBMは、オリンピックから去ることになります。 1998年の冬季長野五輪では、そのIBMが、威信に掛けて、取り組んだことが、記録として残されています。約8万7千のアクレディテーション、つまり、8万7千人の大会参加者、関係者の認証と登録データを扱い、期間中の総計6億3,500万ヒットもの公式ウェブサイトへのアクセス量をカバーしました。長野市内には、専用サーバーが3箇所に分散されて配置され、トラブルへの対応策も取られました。メール専用のサーバーを設置したのも、この長野からだということです。関係者全員に大会専用のメールアドレスが与えられて、まさに、オリンピックでのIT業務の基礎が築かれました。しかし、IBMが長野で扱ったデータ量は、1テラバイト(1,000ギガ)ということで、現在とは比較になりませんが、1994年リレハンメルの約5倍。システム規模としては、3倍の規模になっていたそうです。 しかし、2000年のシドニーでは、アクレディテーションだけで、冬季五輪の約2.5倍もの量となり、しかも、競技種目は4倍あるわけですから、扱うデータ量もそれに比例して拡大します。アトランタでの失態をリカバーすべく、IBMがシドニーに送り込んだ技術者の数は、6,000人にも及んだということですから、規模の大きさが想像できます。しかし、IOCは、この時、重大な決断をします。シドニーでITに掛かった経費は、約400億円という大きな負担になっていたのです。1社にすべてを依存するのではなく、システムインテグレーターを担うIT専門企業を中核として、それぞれの専門分野を持つ複数のスペシャリストたちを束ねる共同企業体で、オリンピックのIT業務は担当させた方がよい、ということになったのです。 私も、ITに関しては、全くのド素人で、PC画面の裏側のシステム、ソフトウェア、通信インフラなどについては、勉強しても不可解なことばかりでした。現在、スポーツイベントの運営で、いま最も重要なのは、情報管理のシステム化と情報配信のスピード化です。すべての競技は、その結果を、専用システムで集積、計測、計時され、更に専用システムで集計し、蓄積し、分析しています。そして、それらデータは、メディアやテレビ放送制作に配信され、一般の人たちに伝えられます。大会運営情報は、大会運営に関るすべての情報やデータが蓄積され、情報の共有化やセキュリティ対策、認可・認証システムへ汎用されます。もちろん、公式ウェブサイトの運用や、コミュニケーションにも、IT技術は活用されます。そうしたことから、運営の現場では、日々、勉強でした。ブロードバンドの普及によって、通信インフラに関わるノウハウも必要になりましたね。NTTやKDDIのパンフレット資料をどれだけ読み込んだことか・・・。これらの経験から、先程のIOCの決定の如く、IT分野に関しては、それを担当する核となるシステムインテグレーターを何処に委託するのか、誰に委ねるのかの決定は、非常に重要になります。その下に、システム設計やソフト開発、インフラ整備と言った多くの業務があり、それを統括して実行するのがシステムインテグレーターだからです。大会運営の生命線と言っても過言ではありません。サーバー1台がダウンするだけで、すべての業務がフリーズしてしまうことも起こりえる時代なのですから・・・。 今回の北京オリンピックでは、2002年の冬季トリノ五輪に引き続き、IT分野のTOPスポンサーである「Atos Origin」社が、大会におけるすべての情報管理システムを、設計から運用までを取り仕切ったそうです。掛かった経費は、シドニーの半分以下ということですから、如何に、IT環境が効率的に整備されているかが窺い知れます。 北京五輪で、「Atos Origin」社が取り扱った業務は、以下の通りです。 ◇IT関連システムに関するセキュリティ対策とリスクマネジメント ◇“ゲームマネジメントシステム(GMS)”の設計と運用 ◇“情報配信システム(IDS)”の設計と運用 簡単に言うと、まず、セキュリティ対策とリスクマネジメントですが、ITインフラのデザインや設計から運用までを行う中で、予想されるすべてのリスクに対して、その対策を施していく、ということです。各専用のネットワークを分離したり、ウィルスなどのリスクに対しては、1日24時間の体制でフィルター対策を講じたり、想像を絶する規模のテストを繰り返します。何かあってからでは、手遅れなんですね。 “ゲームマネジメントシステム”とは、大会運営機能の中枢とも言えます。アクレディテーションカード(ADカード)の発給対象であるすべての大会関係者の認証と登録を行うアクレディテーションシステム。関係者の車輌移動の管理とリソース提供を行う輸送システム。医療体制と処置に関する事歴データを管理し、分析する、メディカルエンカウンターシステム。VIPの接遇や管理のためのプロトコールシステム。これは、VIPの行動スケジュールから到着から宿泊、出発まで、すべてのサービス情報を管理します。誰が、何時到着して、どこに宿泊して、何をして、何時帰る、などなど、VIPに対する接遇のための情報が一元化されているのです。そして、ボランティアを含むすべての大会運営スタッフの情報を管理するスタッフインフォメーションシステムです。各運営業務単位で、必要人数、配置場所、シフト計画、スタッフウェアの配布計画まで、すべてのスタッフに関する情報が集積され、必要な業務部署や管轄する管理部署へ共有情報として提供されます。運営ボランティアだけで7万5千人。その他、北京市内のインフォメーションステーションで活動する人の数などを加えると、20万人とも言われている人数を、このシステムが管理するのです。まさに、グローバル企業並みの規模ですね。 そして、“情報配信システム”ですが、「INFO2008」と呼ばれているものです。1996年のアトランタ五輪から、この名称が使用されているようですが、大会関係情報、競技結果テータなどの情報が集積され、大会施設内の900箇所の専用端末が置かれた場所で、20万人以上の大会関係者がアクセスすることが可能です。まさに、大会運営の情報中枢と言えます。また、今回の北京五輪では、初めて、無線LANによるサービスが開始され、メディアは、自身のPCからもアクセスできるようになりました。競技結果データや参加選手やチームなどの競技関連データは、コメンタリー・インフォメション・システム(CIS)で、テレビ放送関係者に配信されます。また、今回からは、遠隔地からのリモート操作も可能になり、コメンタリーポジションのスタッフが操作するのと同時に、例えばニューヨークの本社にいるディレクターが、同じ端末を操作できる、と言ったこともできるようになったそうです。更に、公式ウェブサイトなどへのインターネット配信、世界のニュース通信社へのほぼ同時のタイミング(競技終了後0.3秒ということです)での競技結果データの配信、そして印刷出力機器への配信などが、「INFO2008」によって行われます。 扱われたデータ量は、アテネ五輪の約1.8倍。アクレディテーションは、当初予想をはるかに上回る34万件が処理されたとのことです。あまりにも、巨大すぎて、想像すらできません。 「INFO2008」に送られ、集積される競技結果データも、TOPスポンサーてある「OMEGA」社のハイテクシステムが活躍しています。陸上競技や競泳でのフライング感知装置や、競泳のタッチ板もOMEGA社の開発によるものです。スイマーの手のタッチにのみ反応し、水しぶきには反応しなかったり、リレーの引継ぎの際の速すぎるスタートも検知してしまうシステムになっているそうです。OMEGAは、計時のみならず、全28競技の会場で使用される各競技専用のスコアボード322機、公式発表用のスコアボード70機、全長175kmにもなる信号線、そして65台のテレビ制作用信号発生器など、420トン以上の機材の提供も賄っているそうです。また、計時システムのスペシャリストも、450人送り込まれ、我々がテレビで一喜一憂する競技結果を計時・測定していたそうです。長野五輪では、日本が誇る“オフィシャルタイマー”のSEIKOが活躍しましたが、スポーツイベントでの計時や測定、またはスコアリングシステムは、いまや、その正確性ももちろん、瞬時に結果を送出しなければならないため、タイミングを担当する企業に限りませんが、競技機材やシステムを扱う各企業と、先のIT企業との連携は、ますます重要になってきます。そして、それらを統合して管轄し、大会運営の中で調整するために、革新を続けるIT分野のノウハウや知識の習得は、スポーツイベントの運営者には、必要不可欠なものになっているのだと思います。 2016年にオリンピックが東京で開催されたとしたら、それらの技術力やシステム力は、どこまで向上し、大会運営を支配するようになっているのか?。興味でもあり、脅威でもあります。
posted by umekichihouse |04:25 |
イベントオペレーション |
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