ぶんきち日記

「現役新聞記者の著書から感じたスポーツジャーナリストの姿」その2 ~経営と報道現場の矛盾

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テレビの映像と音声、そして新聞や雑誌の写真と活字。頭で考える前に感覚的に目や耳に飛び込んでくるテレビの映像や音声は、視聴者に考えさせる時間を与える間もなく、強い影響を与えます。特に、映像が伝えるリアリティは、ライブで瞬間を捉える力があり、取材するテレビ記者やカメラマンは、状況の観察力を求められ、その状況の流れの中で、映像を捉えるのだと思います。逆に言えば、テレビ報道とは、画がなければその価値はどう評価したらいいのか?、という疑問が残るのです。だからこそ、テレビは画が欲しい。そして、その映像がリアルであればあるほど、アナウンスや余計な解説などは邪魔になる時もあります。つまり、テレビ報道の命は、映像のリアリティだと思うのです。しかし、新聞報道は、言葉で伝えるしかない。スポーツ報道なら、より取材対象の心理描写までを捉えなければ、真実味のある言葉にならないし、表面的な事実だけならば、それはテレビに敵うはずがありません。だからこそ、記者の目による洞察力が必要になる。そして、読者は、記者が綴った言葉を読み、頭で考えるのです。つまり、新聞報道の命は、言葉の表現力だと思うのです。記者が取材で得た事実や状況、心理を、どうすれば奥深くまで読者に伝えられるか。報道写真も同じです。瞬間を撮影した1枚の写真は、記録ではなく、言葉と同じように読者に語りかけるものでなければならない。だからこそ、報道写真には、ついつい見入ってしまいます。

毎日新聞の滝口隆司氏の著書「スポーツ報道論」の中には、スポーツジャーナリストに求められる要素として、“スポーツの本質を描くこと”、と書かれてあります。そして、それは、テレビでも、新聞や雑誌でも、変わらないことだと思います。スポーツジャーナリストは、誰もがスポーツの本質を求めようとします。その本質の表現の方法が、テレビは映像になり、新聞や雑誌は言葉になる。しかし、スポーツの本質を描くためには、スポーツの本質とは何かを知らなければならない。そのためには、技術のことをまず分かろうとする。更には、戦術を読み取ろうとする。それが出来なければ、疑惑の判定があった場合、その判定は本当に正しいのか、何が間違っているのかを、理解することすら出来ません。そうすると、本来伝えるべき言葉が、伝えなければならない言葉が出てきません。テレビでもそうです。どのシーンを注目させるべきなのか、何処を見せるべきなのかを、判断することすら出来ません。

滝口氏は著書の中で、最近は、新聞社でも専門記者は要らない、と言ったような風潮が生まれてきていて、記者がサラリーマン化しているように感じる、と書いています。新聞社とて、企業としての経営がありますので、その観点からは、メディアも経営効率を求める流れの中にあるのかもしれません。故に、スポーツ記者は不足しがちになり、兼務してさまざまな取材をこなさなければならなくなり、結果的に、スポーツの本質を捉えていくようなスキルを身に付ける時間も機会も少なくなってしまうようです。一人の読者からすると、非常に残念に思いますし、そう言えば、最近はたまにしか“思わず読み入ってしまう”ような奥の深い記事を見かけなくなったように感じます。これは!、という記事は、必ずクリッピングしておくことを習慣にしているのですが、それも最近は本当に少なくなりました。たまの特集や連載くらいでしょうか?。いまは、専門性ではなく、記事を仕上げる能力が求められるのだそうです。しかし、活字離れやネットメディアの台頭、そして、明らかに減少している新聞や雑誌の発行部数を見ると、滝口氏の言っている通り、いまこそ専門性の高いスポーツ記事が求められる、と私も思います。スポーツイベントの現場でも、そうしたスポーツをよく理解して、本質を見抜く力のある記者と話していると、楽しくもあり、また、メディアに対するサービス精神も高まります。昔は、どの新聞社にも大御所と呼ばれる名物記者がいました。しかし、いまは、元選手の評論家先生にお任せが多いそうです。また、メディアがスポーツ・スポンサーシップに乗り出してきていることや、世界的な大会の日本開催が頻繁にあること、そして、スポーツの普及と強化をお題目に、政治がスポーツに積極的に関わるようになってきたことで、政治、経済、国際、社会と、報道が対象とするあらゆる分野が、スポーツと関わるようになってきた現代では、より一層、スポーツ記者にも専門性が求められていいのではないか、と思います。何れにしても、経営と報道の現場の思惑の違いが露骨に表れてきている中で、スポーツ報道の本質を何処まで貫き通すことが出来るのか、これからも報道の裏側を気にしつつ、スポーツの本質が描かれた記事を待ち望みたいと思います。

では、先に取り上げた活字メディアの経営という観点から、それらの発行部数に注目して、どのくらいメディアパワーが低下しているのかを検証してみます。ちなみに、世界における日本国内での新聞の発行部数は、先進国の中ではダントツで、アメリカの5,380万部を1千万部以上も上回る6,850万部(2008年)となっています。人口の違いから見ても、日本の中での新聞メディアの影響力は、非常に高いことを示した数値です。しかも、アメリカは1,463紙なのに対して、日本は僅かに110紙。日本では全国紙の普及が当たり前のようになっている実情が、この数値からも良く分かります。お隣の韓国でも、214紙で1,620万部、ドイツは365紙で2,070万部。イギリスでは、新聞の数は114紙と日本に近いものの、全体では1,800万部しかありません。宅配というシステムが、発行部数にも大きな影響を与えているのでしょう。では、昨年度のデータで、全国紙の発行部数を見てみると、以下のようになります。

(%は、全国の総世帯数5,273万世帯に対する世帯普及率を示します。)
・読売新聞  1,002万部(19%)
・朝日新聞    804万部(15%)
・毎日新聞    388万部( 7%)
・日本経済新聞   305万部( 5%)
・産経新聞    220万部( 4%)

また、駅売りを主な販売網とするスポーツ新聞はどうかというと、スポーツニッポンが約120万部でトップのようですが、他の日刊スポーツ、サンケイスポーツ、スポーツ報知などは、ほぼ同じ規模で約100万部前後の発行部数になっています。2007年度の数値ですが、日本全国の地方紙を含めた新聞の総発行部数は、朝刊単独で3,440万部。これは、10年前の1997年度と比較すると、174万部(3.2%)もの部数減少になっている数値だそうです。スポーツ紙でも、2007年度で492万部と、1997年度からは144万部(22.1%)も部数を落としています。すべての新聞を対象とした1世帯当りの新聞購読数も、1997年の1.18から、2007年には1.01と急激に減少しており、これは宅配によるスポーツ新聞の減少が大きく影響していることと、インターネットのブロードバンド環境の整備が進んだ年代と重なるため、活字離れによる影響も含まれている、とある研究機関の調査にはありました。

更に、世界的経済不況の影響もあり、最近落ち込みが顕著な新聞広告が、更にその落ち込み度合いを増しているようです。部数の減少と、広告の減少。供に、新聞社の経営には多大な打撃であるはずで、この辺にも、先に述べた人事関係の効率化による報道現場の疲弊の原因がありそうです。スポーツの本質を描くことこそ、読者を引き付ける記事であるはずなのですが、それに相反するように、専門性の高いスポーツ記者が少なくなっていることは、メディアとはいえ、経営と報道現場に大いなる矛盾を抱えている実情を物語るものだと思います。

では、雑誌はどうなっているか見てみると、スポーツの本質を描くことで、日本版の「スポーツイラストレイテッド」誌の如く、コアなスポーツファンに人気の高い「スポーツグラフィックNumber」誌は、最高時の半分以下の部数にはなっているものの、所謂一般雑誌と肩を並べるレベルの約20万部となっています。雑誌は、ここ数年の間に、どの雑誌も例外なく部数を激減させており、700万部とも800万部とも言われた驚異的な発行部数を誇っていた週刊少年ジャンプですら、現在は278万部にまで部数を落としています。また、先のNumberに追随するように、一時は多数のスポーツ系のノンフィクションを掲載する雑誌が創刊されていましたが、現在ではほとんどが消えていってしまいました。その状況には、2つの要因があるように感じています。ひとつは、テーマ性の問題です。Numberも、1990年代前半のF1ブーム以前までは赤字続きだったそうですが、それ以降、NBA人気、Jリーグの誕生、そしてサッカー日本代表のワールドカップ出場、更には、格闘技の台頭など、それぞれの年代でブームになるスポーツが登場し、また、格闘技などの新しいスポーツ分野が人気を博すようになったりと、その年代毎にNumberの読者層を次々と変えていきました。しかし、新創刊された雑誌の多くは、サッカーや格闘技など、特定の人気スポーツに偏った内容に終始していた感じは否めず、結果的に、幅広いスポーツファン層を取り込むことが出来なかったのではないか、と思います。そして、もうひとつは、雑誌の記事の裏の主役とも言えるスポーツライターの質の問題です。Numberは、1980年の創刊号で、山際淳司氏の“江夏の21球”が話題となり、Numberという雑誌そのものが斬新に思えました。「スポーツ報道論」の著者、毎日新聞の滝口氏も、本の中でこのNumberのことを書かれていましたが、スポーツの本質というものの捉え方を、選手の心理の中まで踏み込んだドラマを描いた、と私は思っています。しかし、スポーツが生み出すドラマを、前回述べたように、選手の家族や生活の中までに踏み込んだ時、それはスポーツの本質を描いたものなのか?、と問われると、私は少し違うように思います。Numberも、数多くのスポーツライターの方が執筆しておられます。ひとりひとりの個性や、ひとりひとりの専門性がある一方で、彼らが描くスポーツは、あくまでもスポーツ競技の中にいるアスリートという前提を崩していないように思うのです。そこが決定的な違いです。だからこそ、スポーツの本質を逸脱せずに、ドラマを描くことが出来るのだと思うのです。スポーツそのものの捉え方が、新興雑誌のライターの方々とは、違っていたように思います。

Jリーグの発足した1993年前後の年には、多くのサッカーライターが誕生しました。サッカー関連の雑誌や、一般紙でも多くの関連記事が掲載されました。また、当時、私の携わっていたNBAの仕事の中でも、NBAなどのアメリカのプロスポーツを専門に取材するスポーツライターさんが登場してきました。スポーツライターという職業は、そんなに儲かるのか?、などという邪推をしていたほどです。しかし、彼らがスポーツの本質を描くだけの能力を兼ね備えていたか、もしくは兼ね備えようとしていたか、というと、それは些か疑問です。やはり、ブームに乗った雑誌業界と同じで、一過性だったようです。そして、そのことが、現在でもスポーツジャーナリズムというものが、社会的にも認知されにくく、そのジャーナリストの専門性が評価されにくい状況を作っているようにも感じます。雑誌というメディアは、新聞記者以上に、スポーツの奥底までを描く力を求められると思います。読ませる、そして残しておける価値を、雑誌の中にスポーツを描くライターの方々は、生み出さなくてはなりません。そこに、“記者”と“ライター”のスポーツに対する捉え方の違いがあるのではないでしょうか。新聞社のスポーツ記者が、新聞社としての企業経営の方針によって、場合によってはその本質を失いつつある中で、雑誌不況と言われる中でのスポーツライターの苦悩も時々耳にします。より深く、より的確にスポーツの本質を描き出す力を備えた記者、そしてライターが、その腕を存分に振るえるようなスポーツの報道現場は、決してなくなりはしません。問題は、記者やライターたち、スポーツジャーナリストたちを、育てていくこと。それが、スポーツの活性化にも繋がると、私は信じています。



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今  昌司 / Masashi KON

専修大学法学部卒。広告会社数社で営業、スポーツ事業などを歴任。ナイキジャパンではイベントマネジャーとしてイベント業務、伊藤忠商事ではNBAの日本国内業務、主にスポンサーシップ業務を担当。各社勤務を経て、2002年よりスポーツ分野に特化したプランニング業務やイベントオペレーション業務を主としたフリーランスプランナーとして活動中(現在)。その他、2013年より2年間、帝京大学経済学部経営学科で非常勤講師、各所でスポーツマネジメント関連の臨時講師などを務め、2016年より亜細亜大学経営学部ホスピタリティマネジメント学科で非常勤講師を兼務している。スポーツビジネス全般に、スポンサー、広告会社、スポーツ組織、メディア等の様々な視点で実務に携わってきた経験から、「現場感覚」「現場視点」「現場思考」を大切にすることをモットーにしている。
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