2009年03月06日
「オリンピック・マーケティング」その6 ~ブロードキャスティングの拡大と変貌
北京五輪では、オリンピック史上初の、すべての国際信号がHD(ハイディフィニッション,1080/50i)映像および5.1サラウンド音声で制作、配信されました。冬季トリノ五輪から部分的に始まっていたこうしたデジタル放送環境に適合した放送制作体制は、28競技すべてにおいてHD中継を行えるだけのカメラや中継車、そして専用機材、更には伝送用のシステムや環境も準備されたからこそ成し得たもので、それだけ世界のテレビ放送環境は、HD化が急激に進んでいる、という表れでもあるのでしょう。そうした状況の中で、IOC、国際オリンピック委員会は、過去、例外なくEBU、欧州放送連合との契約により、ヨーロッパ地域でのオリンピック放送を行ってきた歴史にピリオドを打ち、主要国の一部に対してはIOCの直接契約による交渉とし、また、それ以外の40ヶ国に対しては、パリに本部を置くスポーツエージェンシー、SPORTFIVE社と一括の放送権販売契約を締結しました。テレビ放送権料の補償額は明らかにされていませんが、北京五輪でのEBUの契約金である443百万USドルを超えていることは、想像するに容易いことでしょう。ちなみに、SPORTFIVE社が契約範疇とする40ヶ国を除く、IOCが直接契約交渉を行う対象国は、以下の通りです。 ◇イタリア(SKYイタリアと既に契約済み) ◇トルコ(FOXトルコと既に契約済み) ◇その他、現在交渉継続中の国々:フランス、ドイツ、スペイン、イギリス 今回、IOCがパートナーとして選んだSPORTFIVE社とは、サッカーに詳しい方ならご存知のはずで、世界No.1クラスのフットボールエージェンシーとしても有名な存在であり、テレビ放送権、スポンサーシップ、スタジアム開発やホスピタリティプログラムの開発において、各国際競技連盟や各国のスポーツリーグと、テレビ局や企業との契約仲介を行っている世界的なスポーツエージェンシーです。もし、IOCがEBUとの関係がないとしたならば、何ら驚くニュースではありませんでしたが、IOCのニュースリリースの中でも、わざわざEBUに対するこれまでの貢献に感謝の意を述べているほど、その関係は、オリンピックのテレビ放送の歴史そのものでしたから、驚くというよりは、IOCの変わり身の意図に些か疑問を抱きました。ヨーロッパには、ユニバーサルアクセス権、つまり、世界的なスポーツイベントなどのテレビ中継は、無料放送で視聴できる環境を補償しなければならないことが、法的に義務付けられている国があります。これは、衛星放送の登場により、有料放送契約者の獲得のため、その事業者が、世界的なスポーツイベントやスポーツリーグのテレビ放送権を、高値で買いあさる行為が頻発したためです。これがまかり通ると、有料契約者以外は、そうしたスポーツ中継を視聴する機会を奪われてしまうことが、問題提起されたのです。FIFAワールドカップも、もちろんオリンピックも、世界中の人々にテレビ観戦できる機会を与えるため、長い間、それらのテレビ中継は各国の国営放送による放送に支えられてきました。EBUはもちろん、アジア地域ではABU、カリブ海諸国地域ではCBU、アラブ諸国地域ではASBUなど、国営放送の連合体による一括での放映権取得方式によって、経済的に貧しい国でも、ワールドカップやオリンピックはテレビ観戦できていたのです。 日韓ワールドカップの際には、衛星放送のスカパー!がテレビ放送権を獲得したことが話題になりましたが、これは基本料金以外は料金徴収の対象としないことと、地上波放送へのサブライセンスを行うことで成り立っていた契約でした。爆発的に高騰した放映権料のために、NHKと民放が組織するジャパンコンソーシアムが、黙って契約条件を呑むことを渋っていた隙を狙った早業でした。現在のJリーグの契約も言わずもながら・・・ですが、放送権料の高騰は、その金額が高いかどうか、適正かどうかという論議を超えて、その金額を支払う能力があるかないか、という次元の話になってきています。つまり、地上波放送でのユニバーサルアクセスを云々言っても、放映権料という甘い汁は吸えないのです。テレビ放送事業として、受益者負担による視聴契約収入を財源としたビジネスライクな側面での、投資に近い感覚で権利が取引され始めている、ということだと思います。 事実、IOCと1年前に契約を締結しているイタリアのSKYイタリアは、その名の通り、日本のスカパー!と同様の衛星放送事業会社です。IOCとの合意内容によれば、SKYイタリアは、イタリア国民が無料でオリンピックをテレビ観戦できるように、無料放送のテレビ局をパートナーとすることが条件であることが、幾度となく内容として出てきます。IOCは、この契約をユニークだと表現していますが、明らかに、大元の契約による高額な放送権料を目論んでのことだと読み取れます。また、SPORTFIVE社との契約にもありますが、無料放送のテレビ、有料チャンネルのテレビに加えて、モバイル電話やインターネットといったパーソナルメディアに関する権利も含まれた、すべての放送プラットフォームに、その契約は及んでいるのです。 アメリカNBCが、その親会社であるGEのTOPスポンサー契約をも合体された契約により、オリンピック放送の権利を継続させたことは、以前にも述べましたが、これも、単なるテレビ放送権だけではペイできないほどに、オリンピックの放送権料は高騰していることの裏返しであるようにも感じています。どんなに権利の範疇を拡大しようとも、その対価としての放送権料の高騰は、無料放送を前提としたオリンピックのブロードキャスティングのあり方を維持しようとするならば、そろそろ限界に達してきているようにも思います。(現実的な適性度合いというものは、私にも想像はつきませんが・・・。) 2010年の冬季バンクーバー五輪における放送権料は、総額で約11億ドル、2012年のロンドン五輪は、約27億ドルから28億ドルと言われています。合計で、38億から39億ドル。トリノ五輪と北京五輪の合計額である約25億ドルから、実に50%近い上昇率になっています。ジャパンコンソーシアムは、先頃、2010年と2012年を合わせて325億円で契約したと発表しています。トリノ五輪で38.5百万ドル、北京五輪で180百万ドルで契約した額の、これも50%近い上昇率です。このままいくと、2014年の冬季ソチ五輪と、2016年の東京になるかもしれない開催地未定の夏季大会では、実に57億ドル、もしかすると60億ドルにまで達してしまうかもしれないほどに、放送権料は高騰し続けるかもしれません。ジャパンコンソーシアムの契約料に換算すると、それは500億円近い数字になってしまいます。果たして、地元開催になった時、日韓ワールドカップの時のように、ジャパンコンソーシアムは契約できるのでしょうか?。NHKの受信料が高騰することだけは、勘弁して欲しいのですが・・・。 IOCのウェブサイトを見ると、その加盟国(国と地域)は205とあります。そして、ブロードキャスターの数は、25,200。アクレディテッド・メティア、つまり、IOCに認可されたメディア(社)の数、8,100の3倍にもなる数です。もちろん、すべてのテレビ局やラジオ局がオリンピック大会の放送権を保持している、ということではありません。“オリンピックを放送したいブロードキャスターは、これだけいるのだ”、という見せつけのようにも見えます。2010年のFIFAワールドカップ・南アフリカ大会以降、未開拓地であったアフリカ地域での放送権にまつわる契約の話が浮上してくるかもしれません。北京五輪開催で、もはや巨大市場としての姿を全世界に見せつけた中国での放送権料も、単独でクローズアップされる時が来るでしょう。こうして考えると、2016年に東京でオリンピックが開催される時には、オリンピック放送に巨大な転換期が訪れるようにも感じてしまいます。 さて、ますますテレビ放送の力がオリンピック大会にもたらす影響を強くしている中で、オリンピックをテレビ放送で伝える技術の発達は、日増しに進んできています。そして、オリンピック大会で実証された放送技術の数々は、各スポーツ競技別に、国際競技連盟が主催する世界レベルの大会におけるテレビ放送の役割や規模をも拡大しようとしています。HD映像や5.1サラウンド音声は、もはや世界のスタンダードとなっていくでしょうし、ここ数年間の間には、世界各国でデジタル放送への切り替えが進むと思われます。先のイタリアでは、2008年開始の予定が大幅に遅れる見込みであることがマスコミにも取り上げられていましたが、間違いなく世界の潮流はデジタル化へ向かっています。そして、HD映像や5.1サラウンド音声の技術を、オリンピックの舞台で支援しているのは、NHKなどの日本の技術であることを忘れることは出来ません。 また、ITインフラの整備が進む中で、国際信号を始めとするテレビ中継信号の伝送においても、世界中の光ファイバー網を通して行われており、オリンピック大会の運営における情報システム管理の進化と、その規模の拡大は、テレビ放送にも大きな影響を及ぼしつつあります。デジタル放送対応の中継が取り入れられるようになれば、テレビ中継で必要とされる情報量は、ますます拡大していきます。当然のことながら、大会そのものの運営上のシステム規模も、より大きくなっていくことは必然となり、ここに、またまた大きな懸念が生まれてきます。大会運営予算の増大です。選手数を10,500人規模に収めたり、そのために競技数を削減したりと、IOCは肥大化するオリンピック大会を、これ以上拡大させない方針を示してきました。しかし、オリンピックを取り巻くメディアやテレビ放送環境が拡大していく中で、大会の主役たる競技そのものの拡大は留めても、その周辺の拡大に歯止めが掛からなければ、オリンピックの大会組織委員会としての開催費用を賄う予算措置は、ますます混迷の度合いを増大させることにはならないものでしょうか?。北京五輪では、国と北京市は、総額5兆円近くもの投資を強いられていた事実があります。確かに、競技会場室等の建設や、交通インフラなどの整備は、他の先進国と比べれば、それだけの投資をしなければ開催都市としての体裁は整えられなかったでしょう。しかし、2016年に東京でオリンピックを開催する時にでも、現状で想定できる範囲以外のインフラ整備や、新たな技術導入が必要ならないとは限りません。そのひとつのカギが、テレビ放送であるかもしれないのです。 オリンピック大会のテレビ放送は、夏季大会で220の国と地域、そして冬季大会でも200の国と地域で放送されています。夏季大会は、2000年のシドニー五輪からその数値に達していますので、恐らく現状の最大値なのでしょう。つまり、現在は、放送エリアの拡大という目標から、それぞれの国や地域における放送時間量や中継の質の向上がフォーカスされているのです。古い記録しかありませんでしたが、1988年のソウル五輪で2,500時間だったホストブロードキャスターによる国際信号フィードの延べ時間は、2004年のアテネでは3,800時間に、また、1992年の冬季アルベールビル五輪で350時間だった延べ時間は、2006年のトリノ五輪で1,000時間に、それぞれ拡大の一途をたどっています。もちろん、そのすべてが各国で放送さているというデータではありませんが、IOCは、今後、より多くの延べ放送時間をギャランティするようにライツホルダーに求めてくるかもしれませんし、より多彩な放送技術を駆使した高質な中継放送を求めてくるかもしれません。そうした中で、もはや地上波だけによるオリンピック大会のテレビ中継は、限界に来ているのかもしれませんし、その流れが、衛星放送へもオリンピック放送の門戸を開放している要因なのかもしれません。多チャンネル放送でのテレビ中継です。 より大きなオリンピック・ムーブメントを具体化していくための財源として、放送権収入は大きなウェイトを占めています。しかし、巨大になりすぎた歪が、ISLの破綻のようなスポーツ界の悲劇を生まないように祈るばかりです。
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posted by umekichihouse |05:58 |
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