2009年03月05日

「オリンピック・マーケティング」その5 ~競技運営を支えるテクノロジーの進化② IT編

1992年バルセロナ五輪。プロフェッショナル・アスリートたちが、次々とオリンピックに参戦する時代を向かえ、オリンピックは、アマチュアスポーツの祭典から、世界最大規模のスポーツ競技大会へ、そして、世界の勝者を決する世界最高峰の戦いの舞台へと変貌を遂げます。その象徴が、NBAのスーパースターたちがアメリカ代表としてチームを結成し、世界中を魅了したことでしょう。また、オリンピックは、このバルセロナ大会から、ITを駆使した大会運営を強いられることになります。オリンピックが生み出す膨大な情報を、的確に管理し、統合し、そして発信していくための技術が、大会運営の骨格となって、オリンピックという大会そのものを支えていく時代を迎えようとしていました。

1992年バルセロナ五輪では、Eメールが登場します。しかし、まだその程度でした。そして、1994年冬季リレハンメルからは、IBMが、オリンピックの情報システムの運営に乗り出し、システムの管理及びPCの供給を開始します。IBMが、本格的にオリンピックの舞台で、その世界No.1としての力を試されるようになるのは、1996年、地元開催のアトランタ五輪からです。しかし、数千人のエンジニアを送り込み、世界に認められた威信をも打ち砕いた、オリンピックが生み出す膨大な情報量の前に、IBMは成す術がなかったのです。システム開発は進まず、テストランすらままならない状況が続き、システムダウンの連続でした。まさに、世界最高の舞台で演じた失態でした。オリンピックという大会の規模、そして、そこから生み出される情報量の大きさを、IBMは完全に読み違えていたのです。

1998年冬季長野五輪は、そのIBMにとって、まさに失地回復の場となったのです。約8万7千のアクレディテーション、つまり、8万7千人の大会参加者、関係者の認証と登録データを扱い、期間中の総計6億3,500万ヒットもの公式ウェブサイトへのアクセス量をカバーしていきました。IBMが長野五輪で取り扱ったデータ量は、1テラバイト(1,000ギガ)。いまでは驚くほどものではなくなっていますが、1994年リレハンメルの約5倍、システム規模としては、3倍の規模にまで、オリンピックが生み出す情報量は拡大していたのです。こうしたことからすると、1998年の長野五輪は、オリンピックにおけるIT分野の基礎を築いた大会だったとも言えます。そして、2年後の2000年シドニー五輪では、IBMは、約6,000人ものエンジニアを動員し、長野での十数倍の情報量に挑み、その大役を果たすことになります。しかし、IOC、国際オリンピック委員会は、シドニー五輪で費やされた400億円ものIT運用に関わるコストが大きな負担となっており、オリンピックにおけるIT分野の運営体制のあり方を再検討することを迫られます。ここに、IBMとオリンピックとの歴史は、幕を閉じることになるのです。

ここで、IOCは、2002年の冬季ソルトレーク五輪からのオリンピックでのIT分野の運用体制を、1社に依存する体制から、複数のスペシャリストを集結させた共同運営体制としていきます。情報管理システム全体の運用を担当するシステムインテグレーターに、コンピュータ機器、計時、その他関連機器やスポーツ競技システムを担うスペシャリスト企業を加えた、まさにオリンピックITの“ドリームチーム”の結成です。そして、IOCが、オリンピックにおけるIT分野の管理人、システムインテグレーターに指名したのは、現在のAtosOrigin社です。本部をパリに置く、世界的なITサービスプロバイダーであり、TOPスポンサーには、2001年、TOPⅤからの参画です。AtosOriginは、複数のIT企業が合併して今日のグループを築き挙げており、グループのひとつであるSema社は、1992年バルセロナ五輪でのIT分野を担当していた実績を持ちます。そして現在では、59億ユーロもの売上規模を誇る、大企業グループに成長しています。

オリンピックにおけるIT分野の事業規模を数字で示すと、北京五輪を例として、下記のようになります。

・完全な代理データネットワーク
・1,000台のサーバー
・1,000台のネットワーク及びセキュリティデバイス
・10,000台のコンピュータ端末
・4,000台のプリンター
・4,800台のリザルトシステム端末
    ※2,450台のCIS(コメンテーターインフォメーションシステム)端末
    ※2,350台のインターネット端末(INFO2008)
・20万時間のテストラン

“INFO2008”とは、IBMがアトランタ五輪で構築したオリンピック・情報管理システムに名付けられた名称ですが、IBMが去った後も、この名称は引き継がれていたのですね。CIS端末とは、元々はテレビ中継用のコメンタリーポジションで活用するために開発されたタッチパネル式の情報端末で、現在では、メディアや大会関係者用としての活用されているため、競技会場や主要な大会関連施設のさまざまな場所に設置されています。それにしても、関連機器だけの量を見るだけでも、オリンピック大会の規模の大きさがわかります。

では、AtosOriginの北京五輪での実績を、上記のハード機器を活用した実際の業務の中から見てみると・・・。

  ・34万件のアクレディテーションの処理
  ・150万件のニュース配信
  ・オリンピックニュースサービスによる毎日500以上の話題の配信
  ・1日150万件のINFO2008へのアクセス
  ・1日1,200万件のセキュリティ・フィルタリング作業
  ・競技結果確定から0.3秒での情報配信

発信される情報量もさることながら、世界中からアクセスされるその量から見ても、オリンピック大会は、もはや情報戦争とも戦っているようにも見えてしまいます。2000年のシドニー五輪でIBMが構築したシステムは、オリンピック情報検索、競技結果、大会運営情報管理の、3つのシステムを中心としたソリューションだったようですが、2004年のアテネからは、AtosOriginにより、そのシステム規模がより細分化され、それらは北京五輪にも継承されています。そのシステムとは、以下の通りです。

1.タイム計測・計時および記録システム
(競技記録や得点記録をリアルタイムで取得、記録、表示するシステム)
2.競技記録処理システム
(競技記録の収集、処理が行われたデータをあらゆる情報端末に配信するシステム)
3.大会情報発信システム
(大会関連ニュースや情報を、過去の記録や開催地上うも含めて管理し発信するシステム)
4.ゲームマネジメントシステム
(参加選手向け情報の提供およびサービス受付のサポートを行うシステム)
5.インターネットシステム
(大会公式ウェブサイトの運用システム)
6.大会組織委員会情報システム
(大会運営に関る組織委員会関連情報の管理とサービス提供を行うシステム)

競技そのもののデータや情報の管理はもちろんですが、大会に参加する選手のための情報システムや、大会運営を司る大会組織委員会の業務や事務に関する情報も、システム化されて管理しているのです。オリンピック大会は、情報システム抜きにして、もはや語れない領域にまで、IT分野の役割は拡大している、ということなのでしょう。それ故に、システムに動かされる大会運営ではなく、システムを使いこなす大会運営が実現されないと、本来のIT導入の意味が薄れてしまうことも、この規模を見るだけでヒシヒシと感じてしまいます。

先の北京五輪では、上記のオリンピックではスタンダードとなりつつあるシステム構成に加えて、2つのシステムが、ホストシティである北京市のプロジェクトとして稼動していました。北京が抱えていたオリンピック大会開催における大きな課題をも示していたこのプロジェクトとは、交通管理システムと、食品トレーサビリティ管理システムです。前者の交通管理システムは、言うまでもなく、慢性的な交通渋滞を抑制するために儲けられたもので、市内の道路交通網が一元管理され、交通渋滞の予測から、その対応に至るまでの情報を管理するために、10ものサブシステムが稼動していたようです。立候補時点から最も懸念されていた重要な課題であっただけに、北京市は、ITシステムにより、見事にその課題を解決する糸口を掴み、そして実行していたようです。また、後者の食品トレーサビリティ管理システムとは、オリンピック村など、選手や大会関係者用の施設で使用される食品のすべては、その生産地から一元管理され、生産者、生産過程、主か情報に至るまでの情報が、ひとつひとつの食品に添付されたICタグによって管理させていたようです。更には、出荷工程を管理するために、GPSをも活用した徹底ぶりだったようです。食品の偽装問題などもクローズアップされていましたので、ここにもITシステムが活用され、そして世界からの信頼を取り戻すための努力がなされていた、ということです。オリンピックの開催を通して、北京市のITインフラ整備は、驚異的に進歩したと言われています。このインフラ整備を通して次なるシステムが生まれてくるようになれば、オリンピック大会の開催によるひとつの功績として、オリンピック・レガシーになっていくのかもしれません。

ところで、ITがますますオリンピックの大会運営に欠かせないものになっている反面、そのセキュリティ対策に対する業務量が莫大に拡大しています。北京五輪では、ハッキングツールや不正ソフトを使用したネットワーク進入を防ぐために、インターネット経由でのメールの送受信を一切行わせていませんでした。つまり、オリンピック大会専用のネットワークの外側との通信は、基本的に遮断されていた、ということです。もちろん、ITインフラには、セキュリティを組み込むことも忘れてはいませんでしたが、実は、これらの作業を後手に回してしまい、AtosOriginとして初めてオリンピックに関わった2002年冬季ソルトレイク五輪では、システムの警報が不用意に作動してしまう事態を引き起こしていたのです。世界最先端のITスペシャリストとはいえ、やはり、ひとつひとつの経験の積み重ねが大きな実績を生み出していたのです。経験に勝る学習機会はないのです。

オリンピック大会におけるITとは、巨大なリレー競争のようなものだ、と解説する人がいます。選手がゴールするとOMEGAがそのタイを記録し、そのデータはAtosOriginのネットワークを通じて送信され、ジャッジの確認後に印刷システムに回されて、XEROXのプリンターに送られる。ここにも世界屈指のチームワークがありました。

posted by umekichihouse |06:21 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(0)
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